Challenge No.88(2004年11-12月号)
「古い家」家族内の階級紛争

イシャイ・ゴラン著


「古い家」

ムハンマド・ディーブ著
ヒシャーム・スレイマン脚色・監督
WAC青年演劇グループ演

9月11日(この日に起きたことは何でも因縁付けられてしまう日だが)、イスラエルの「オフブロードウェイ」、テルアビブのツァヴタホールでアマチュア劇場祭が開かれた。

16組の参加者の中に、ヒシャーム・スレイマン監督のもとムハンマド・ディーブの「古い家」を演じたナザレのグループがあった。

演じたのは、建設労働者と高校生たちだ。

その演技は、社会変革を広めるものとしての劇場の役割を復活させるものだった。人気の商業劇場は、より広い層の客に受ける低い一般水準を自らに課し、この役割を忘れ去ってしまっていたのだ。

劇の主人公は、ムスタファという労働者。兄のアフマドはエンジニア、弟のリファアトは法学生。ムスタファが一家の生計を支え、兄弟の学費も捻出しているのだが、それでも兄弟たちのことを考えると、自分は無力だと感じてしまう。

一家は貧しい界隈に住んでいる。仕事によって高い社会的地位を得ようと考えているアフマドは、自分より上流階級の女性と結婚したかった。そんな中で、見合いの申し出が舞い込む。相手は上流階級の女性だという。このチャンスを逃す手はない!古い家は結婚の障害になりそうなので、一家はもっときれいな界隈に引っ越すことにする。

収入を支えるムスタファは、この引越しに賛成できない。家族はそれを嫉妬と勘違いする。「彼はただの労働者で、そんな結婚できっこないからね」ここから激しい口論が始まる。一方、ムスタファは労働組合の友人、スレイマンとも話す。その会話の中で、彼は労働者と言う自分の階級に誇りを持つようになり、組合のリーダーへの立候補を決める。

ハイカラな新しい家を、未来の花嫁の家族が訪れる。しかし、奇妙なことに花嫁は来ていない。花嫁の両親は横柄で上流気取り、一方花婿の家族は貧しい出自を隠そうとしておもねり、おろおろする。

ついに避けられない瞬間が訪れる。今度はアフマドが花嫁の家を訪問し、彼女に知能遅滞があることを知る。それで、両親は彼女を階級の低い男と結婚させ、厄介払いしようとしたのだ。アフマドは婚約を取り消し、一家は古い家に戻ることにする。一同がまだ新しい家に座り込み、狼狽し打ちひしがれているそのとき、ムスタファが彼が選挙に当選したことを知らせに飛び込んでくる。

このアマチュアのアラブ人グループのうち、WAC(the Workers Advice Center)のメンバーが約半分を占める。彼らの住む社会では、伝統的家族主義と物質的成功の重視が結びついている。俳優であり同時に監督でもあるヒシャーム・スレイマンは、若いWACメンバーと2年以上共に活動してきた。彼は、社会が目をそらそうとする階級闘争に光を当てる劇を選んだ。

「この劇では、階級闘争が家族内でどんな形をとるのかを見て取ることが出来ます」と彼は言う。「これが、アラブ人労働組合に所属する労働者たちが毎日向き合っている現実なのです。演じている側も観ている側も、この劇を通してこの社会の不自然さと向き合うことができるのです。」

グループは9ヶ月間、演技に磨きをかけてきた。発声、性格描写、イメージの導き方を学び、化粧や音楽のワークショップに参加した。ビデオでリハーサルを見直し、他人の演技をも分析した。

こうして、宗教的な狂信や保守主義とは違った道を求めるアラブ人グループが誕生した。演劇祭で、こうした階級社会へのメッセージが語られることはめったにない。この階層は、イスラエルの文化施設や教育制度にずっと無視されてきたからだ。WACの金銭的、物資的、倫理的な支援がなければ、青年たちが声をあげることは出来なかっただろう。むしろ、声があることにさえ気付かなかったかもしれない。実際に彼らが声を上げたとき、その声はメディア(1チャンネル)と審判の両方の注目を集め、3等を受賞した。

演技の後、私は「ムスタファ」(オマール・マナスラ)に感想をきいた。彼はファイティングポーズを取る。「強い、強い、僕は強い!」


自分を演じているようだった

オマール・マナスラは、「古い家」で労働者ムスタファを演じる。彼は21歳でナザレ出身だ。コンクリート鋳型工の彼は、WACを通して就職した建設企業ソレル・ボネで2年間働いた後、エルサレムで現在の職についている(現在の職もWACの仲介である)。

アスマ・アグバリエが『チャレンジ』のためにマナスラにインタビューした。

ツァヴタでの公演に、何を期待していましたか。

怖かったです。私たちは経験の浅い新人ですし、ユダヤ人グループが主体を占める演劇祭でアラビア語の劇をやっても高い評価は得られないのではないか、とみな心配していました。でも、演技中はとてもいい精神状態でした。舞台恐怖症ではないので。

ムスタファの役についてどう感じていますか。

ヒシャームが最初に私に配役したとき、私は嫌がりました。私はヒシャームに言ったものです。「考えてみてよ、ムスタファは家族全員とけんかしなきゃならない。厄介事は現実の世界だけでもう十分だ。劇の中の世界でまで抱え込まなきゃいけないのか」と。私はいいことだらけの生活をしているリファアトの役がほしかったのです。女の子のことしか気にしていないのですから。私は、現実に直面している問題から逃避させてくれる役がほしかったのです。でも、ヒシャームは譲りませんでした。私がムスタファにぴったりだと言うのです。彼は正しかった。ムスタファを演じ始めたとき、私は彼に入り込んで、ムスタファの人格が私自身の中から出てきているように感じました。私と彼の人生が重なっているのを感じました。私は彼を演じているのではなく、自分自身を演じていました。演じ始めて後、私が演じているのではなく、自分のことを話しているようだったと言われました。今ではみな私をムスタファと呼びます。ただ、彼は組合のリーダーになり、オマールはなりませんでしたが。

観た人にどんなメッセージを伝えたいですか。

時々、この社会が労働者を軽視していると感じます。大卒の割合が増える中、労働者が自分の地位を社会に見つけるのは大変なことです。労働者は自分が無意味な存在だと感じ、現実の重要性にも関わらず、自分の職業を言うことを恥ずかしく思いがちです。私の友人の労働者は、4回結婚しようとしてそのたびに相手の家族に拒否されました。女性の家族は、結婚相手として医者かエンジニアを望んでいたからです。

私たちはこのメッセージを社会に伝えたい:労働者こそが社会の矛盾に挑戦し、大望を抱いている者だということを。労働者の社会への貢献は、法律家や学者に勝るとも劣らないのです。

演劇に出演したのは初めてですか?

2年前、ナザレの小学校の子供たちと一緒に喜劇を演じたことがあります。でも私が最初に劇に出たのは4年前です。「母の献身」という劇で、王の役を演じました。いかめしく残酷な役のはずだったのですが、母が最前列に座って私がステージに踏み出したとたん、「うちの息子だよ!」と叫ぶので私は吹きだしてしまいました。演技に戻るのがとても大変だったことを覚えています。

WACが開いたワークショップで、あなたはどんなことを学びましたか。

楽観的であること、自分に自信を持つこと、演じる役を感性でとらえ自分のものにすること、恥ずかしがらないこと、後ろに引っ込まないこと・・・そして、私の中に隠れていた力を解放することです。

(明城和子訳)

 

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