ニュース関連のサイト

1月5日〜19日にヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)とガリラヤ地方の生産者を訪問しました。みな、一日中テレビニュースを見て嘆き悲しんでいますが、どうにか日常生活を続けています。後日通信『ぜいとぅーん』で報告します。
「ガリラヤのシンディアナ」公式コメント(2009年1月10日)

ガザ地区へのイスラエル軍の攻撃について2009.1

パレスチナ情報センターが情報をまとめています。ガザ地区で支援活動を行っているパレスチナ子どものキャンペーンに現地からの声が掲載されています。

その他参照


ガザの封鎖解除を求める署名


<パレスチナ情報センター>特集「平和と繁栄の回廊構想」(日本政府のヨルダン渓谷開発援助計画について)


パレスチナ・オリーブのスタッフによる現地報告は通信『ぜいとぅーん』にあります。


粗訳あれこれ

(パレスチナ情報を翻訳しました)

現地情報

*『チャレンジ』についてはこちら

征服されざる人々:イスラエルのパレスチナ不法労働者たち
隔月誌『チャレンジ109号』(2008年5-6月号)

イスラエルのアラブ人女性ーー解放への障壁ーー
隔月誌『チャレンジ108号』(2008年3-4月号)

イスラエル軍の軍事侵攻について2006.7

ワファ・タイヤーラ 仕事に行く
隔月誌『チャレンジ94号』(2005年11-12月号)

「国際法および人権という普遍原理の遵守までイスラエルに対するボイコットと資本の引き揚げ、制裁措置を行うよう求めるパレスチナの市民社会からの呼びかけ」
パレスチナのNGO「Badil資料センター」のニューズレター『Al-Majdal』2005年夏号からの翻訳。パレスチナ情報センターのサイトにリンク。

貧困-イスラエルのユダヤ女性とアラブ女性の出会いの場-
隔月誌『チャレンジ91号』(2005年5-6月号)

土地の差別の撤廃を「シオンの地に未だアラブ人の土地はなく」
隔月誌『チャレンジ90号』(2005年3-4月号)。アラブ人(パレスチナ人)を排除し「土地のユダヤ化」を押し進めるイスラエルの一貫した姿勢がわかります。

「古い家」
隔月誌『チャレンジ88号』(2004年11-12月号)。アマチュア演劇祭にアラブ・パレスチナ人労働者のグループが参加しました。

WAC緊急ニュース
イスラエル政府がワーカーズ・アドバイス・センター(WAC)の解体を決定。

壁の裏側で
隔月誌『チャレンジ88号』(2004年11-12月号)。西岸地区からの違法労働者の生活。

ドルーズの良心的兵役拒否
News From Within(2004年)から。

愛国的軍務拒否者
隔月誌『チャレンジ85号』(2004年5-6月号)。

袋小路の突き当たりの壁
隔月誌『チャレンジ83号』(2004年1-2月号)。建設が進む「壁」。エルサレム周辺で起きていることは?

夏休みをどう過ごすか
ハアレツマガジン(2003年7月25日付)に掲載された。

イスラエルの市民権法改正--アラブ人家族のあいだに走る壁--
隔月誌『チャレンジ82号』(2003年11-12月号)に掲載された。2003年7月31日、クネセト(イスラエルの国会)は市民権法を改正し、イスラエル国民の配偶者の市民権申請について、ヨルダン川西岸地区とガザ地区出身者については認めないことにした。その意図と結果は?

ユダヤ系イスラエル人左派、アメリカ帝国、そして二国家解決案の終焉:ロニ・ベン=エフラートへのインタヴュー
MERIP(Middle Eastern Reportのオンライン版のインタヴュー、2003年8月21日の翻訳。

段ボールの上で寝る--ラマット・ガン公園の不法パレスチナ労働者--
隔月誌『チャレンジ82号』(2003年11-12月号)に掲載された。ヨルダン川西岸地区から分離フェンスをすり抜けて、労働者らが、テルアヴィヴ地区(イスラエル)にたどり着き、子どもたちに食べさせてやるパンを探し求める。

「ジュネーヴ合意:時空を超えて」
隔月誌『チャレンジ82号』(2003年11-12月号)に掲載された。先日調印された「ジュネーヴ合意」の意味することは?

「民族を抑圧する壁」
隔月誌『チャレンジ81号』(2003年9-10月号)に掲載された。壁続報。

「イスラエル労働市場を巡って−3つのNGOの議論」
隔月誌『チャレンジ81号』(2003年9-10月号)に掲載された。イスラエル内のアラブ人(パレスチナ人)労働者の失業問題と外国人労働者問題。

「職業紹介所の恐怖を乗り越える」
隔月誌『チャレンジ80号』(2003年7-8月号)に掲載された。東エルサレムのパレスチナ人労働者問題。

「“A Job to Win”上映―テルアビブの映画館で」
隔月誌『チャレンジ80号』(2003年7-8月号)に掲載された。

誤解を招く「フェンス」という言葉
ハアレツマガジン(2003年7月16日付)に掲載された。

インチキの「入植地撤去」はもうやめろ
ハアレツマガジン(2003年6月22日付)に掲載された。和平プロセスにとっては害悪になるだけの見え透いたジェスチャー、仮設入植地撤去について。

「ビデオ'48からの2作」
隔月誌『チャレンジ78号』(2003年3-4月号)に掲載された。「私の庭ではないところで」がテレビに登場、そして「仕事を勝ち取る」を発表

「アパルトヘイト・ウォール」
ハアレツマガジン(2003年4月23日付)に掲載された、壁に分断された農家の苦難。

「IDF(イスラエル国防軍)の兵役拒否運動つぶし」
隔月誌『チャレンジ78号』(2003年3-4月号)に掲載された。イスラエル軍の兵役拒否運動のいま。

「オリーブを喰う壁〜西岸の町カッフィーンから〜」
隔月誌『チャレンジ77号』(2003年1-2月号)に掲載された。ヨルダン川西岸地域に食い込んで建設されている壁について続報。

「新築の家を壊された――これで二度目」
隔月誌『チャレンジ75号』(2002年9-10月号)に掲載。止むことのないイスラエル政府による土地接収、家屋破壊の一例です。

良心的兵役拒否者支援フォーラム「アメリカのイラク攻撃に反対しよう!」
隔月誌『チャレンジ76号』(2002年11-12月号)に掲載。良心的兵役拒否中のイスラエルの若者がアメリカのイラク攻撃反対の声を上げました。

良心的兵役拒否者との連帯「軍事刑務所上空を舞う凧」
隔月誌『チャレンジ76号』(2002年11-12月号)に掲載。約100名が手作りの凧に平和と連帯のメッセージを書きこみ、その凧を軍事刑務所の上にあげ、良心的兵役拒否の収監者を励ました。

良心的兵役拒否者のYoni Yehezkel、軍事刑務所へ再収監
隔月誌『チャレンジ75号』(2002年9-10月号)に掲載された、良心的兵役拒否中のイスラエルの若者からのメッセージ。

「アル=バカーのサマーキャンプ:ガッサン・カナファーニーとナジー・アル=アリーの再会」
隔月誌『チャレンジ75号』(2002年9-10月号)に掲載された子どもたちのサマー・キャンプの様子。パレスチナ人の作家ガッサン・カナファーニーと風刺画家ナジー・アル=アリーの紹介にもなっている。

「100人もの兵士たちが〈インティファーダ症候群〉で治療を受ける」
マアリブ紙(2002年11月5日付)から。イスラエル軍のパレスチナ人に対する暴力が、イスラエル兵士自身もむしばんでしまったいる実態の一部です。

「外出禁止令という暴力」
過酷な外出禁止令の実態が報告されたものです。

「サーレム、囲まれた村」
隔月誌『チャレンジ74号』(2002年7-8月号)に掲載された。フェンスで分断される村の様子。

「安全確保を口実に境界を変更」
隔月誌『チャレンジ74号』(2002年7-8月号)に掲載された。ヨルダン川西岸地域を囲むフェンス建設について。

「兵役拒否は権利ではありません。義務なのです」
隔月誌『チャレンジ74号』(2002年7-8月号)に掲載された、兵役拒否者支援フォーラムでの高校生の発言。

自爆をめぐるパレスチナ人たちの議論
隔月誌『チャレンジ74号』(2002年7-8月号)に掲載された。議論の紹介と分析の記事。

追憶の奴隷はもういらない
隔月誌『チャレンジ73号』(2002年5-6月号)に掲載されたインタビュー記事。兵役を拒否した高校生3名がイスラエルの教育制度について自分たちの考えを語っています。

兵役拒否(高校生)続報
高校生が占領地での兵役拒否を表明した公開文書に名前を連ねているイガール・ローゼンバーグ君とヤイール・ヒロ君が再び刑務所に戻ることを宣告されました(2002年5月13日)

緊急報告
2001年10月〜2002年3月。パレスチナのNGOネットワークからの緊急報告です。3月29日付けの速報を追加しました。

「62人のイスラエルの若者が一人のパレスチナ人に与えた希望」
隔月誌『Challenge』71号(2002年1-2月)に掲載されたエルサレムに住むパレスチナ人からの手紙。

「『NO!』と言う人々」
隔月誌『Challenge』71号(2002年1-2月)からイスラエルの青年達による兵役拒否の続報です。

「拒否者の目覚め」
隔月誌『Challenge』70号(2001年11-12月)に掲載されたイスラエルの青年達による兵役拒否についてとこれらの青年達との対談の記事です。

「何が起こっているのか?」
アメリカの同時テロ事件以降、どさくさにまぎれて?イスラエル軍のパレスチナ侵攻、攻撃が激化しています。パレスチナ暫定自治区ベツレヘムにある難民キャンプからの生の声です。2001年10月22日付。

ガリラヤのユダヤ化
私たちのオリーブオイルを生産しているガリラヤで、いま何が起きているのか? ガリラヤはイスラエル北部に位置し、パレスチナ人がまとまって多く住み続けている地域です。2000年9月末にパレスチナで始まったアル・アクサ・インティファーダの影響など『Challenge』67号から。

オピニオン

エドワード.W.サイード「占領は残虐行為である」
2000年9月末から大規模に再熱したパレスチナ抵抗運動とイスラエルの弾圧は今も続いており、パレスチナ住民の状況はますます厳しくなっています。2001年8月には、ここ数十年なかったような規模で、武力攻撃や、道路封鎖(町や村を出入りできない)が行われています。人の出入り、物資の出入りが制限されているため、経済的にも大打撃を受けています。このような状況に対するコメントをエジプトのアフラーム紙のオンラインページ(英語)から粗訳。

エドワード.W.サイード「シャロンはイスラエルをどこへ導くのか」
2001年2月6日にイスラエル首相選挙が行われ、現職の労働党バラク首相が破れ、極右政治家のリクード党シャロン候補が大差で当選しました。選挙中に出されたコメントを粗訳。

ナワル・エル・サーダウィー「自業自得(自分で蒔いた種は自分で刈り取れ)」
エジプトの小説家(フェミニスト)であるサーダウィーが、パレスチナ、女性、イスラームに対する偏見を分かりやすく指摘しています。アフラーム紙オンラインページ5/31-6/6号より粗訳。

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