「The Palestine Monitor」
―パレスチナNGOネットワークの情報センターより―


岡田さんが訳されたものを転載させていただきました。

速報:イスラエルがパレスチナ人たちへの戦争を宣言
海外からの平和活動家たちが、午前8時半にアル=ラムでデモ

2002年3月29日午前7時半

イスラエル軍は、150台以上の戦車と兵力で、パレスチナ当局の本部を含むラーマ ッラーを完全に侵略している。イスラエル政府は、パレスチナ当局の管轄下にある西 岸の各地を占領するつもりであると公言し、軍事占領を強化し、パレスチナ人たちに 対して戦争を宣言した。

イスラエル軍は、ラーマッラー市の市民の家々を占拠し、一軒ごとの家宅捜索を行 っている。今の段階での、住民たちにとっての最大の脅威は、医療救援の手が届かな いことだ。今までの状況では4人のパレスチナ人が殺され、少なくとも10人−−ある いは、それ以上−−が負傷したとの報告がある。これらはイスラエルからの銃撃によ るもので、しかも戦車が封鎖しているために救急車が近づくことができず、手当を受 けられないままにされている。救急車が無理に近づけば、救急隊員たちが被害を受け るだろう。

イギリス、フランス、スイス、イタリア、そして合州国からの参加者を含む海外か らの平和活動家たちが、今、ラーマッラーに居る。昨日、これらの平和活動家たち 300人以上は、イスラエル当局によってラーマッラーに入ることを禁止されたが、今 朝から彼らたちはエルサレムからラーマッラーに近づこうと試みている。朝8時半に 、アル=ラムにある検問所前で、これらの平和活動家たちがデモを行うこととなって おり、報道機関も招待されている。

パレスチナ人たちに対するイスラエル政府の戦争宣言とパレスチナの地の完全な軍 事占領は、現在の危機を更に悪化させるだけだ。これをもたらした、そもそもの根は 、現代史のなかで最も長く続く軍事占領にこそ、ある。我々は国際社会に対して呼び かける。このイスラエル軍による残虐行為を止めるために、また医療関係者と救急車 が制約なしに行動することを認めるようイスラエル政府に最大限の圧力をかけるべく 、介入してほしい。


岡田さんが訳されたものを転載させていただきました。

プレス・リリース
パレスチナの民衆を絶滅させようとするイスラエルの意図:イスラエル軍がラーマッラーに侵攻、F16戦闘機でトゥルカレムを攻撃
2002年1月18日

イスラエル軍が、パレスチナの民衆に対する攻撃をさらにエスカレートさせ、ラーマッラーに侵攻・再占領し、F16戦闘機でトゥルカレムを攻撃した。

今日の朝5時半にイスラエル軍は、トゥルカレムにある「Muqata」ビルを攻撃した。複数のF16戦闘機が2波に渡る攻撃で合計8発のミサイルを発射して、1人のパレスチナ人を殺し、少なくとも40人以上が負傷、パレスチナ〔暫定自治〕当局の本部が完全に破壊された。

同時にイスラエル軍の戦車と装甲兵員輸送車の大部隊がラーマッラーに再侵攻した。戦車部隊と兵士たちは、ベトゥニアとアル=ティーレ、そしてラジオ通りからラーマッラー市内に入り、今のところ同市の半分以上の地域を占領している。

シャロンと彼の政府は、今週の前半〔1月14日〕にラーイド・カルミを暗殺し、それによって故意にパレスチナ側を挑発し、その反応を、パレスチナの民衆に対する長いあいだ計画されていた攻撃を開始するための言い訳としたのだ。イスラエルは34年間にわたって西岸地区とガザ回廊を占領し続けてきた。その占領こそが問題の根本原因であり、占領ゆえにこそイスラエル軍は非武装の住民たちを攻撃するのだ。シャロンは、イスラエルの軍事占領を拡大・強化することによって、こうした状況をさらにエスカレートさせようとしている。それによってシャロンは、問題の根をさらに深いものとし、同時に和平への可能性をも破壊しているのだ。


役重さんが訳されたものを転載させていただきました。

2001年12月2日

土曜日の晩と日曜日の朝のエルサレムとハイファにおける攻撃の結果、これまでのところ、25人のイスラエル人が殺され、約200人が負傷した。これによって、過去14ヶ月間に殺されたイスラエル人の総 数は239人となり、800人近くが負傷したことになる。

11月28日までに862人のパレスチナ人がイスラエル軍または入植者によって殺害され、他に25,000人のパレスチナ人が怪我をしている。これは、被占領地の西岸とガザ地区におけるパレスチナ人 の人口のほとんど1%にあたる。

これらの数字は恐ろしいものであり、また衝撃的である。さらに恐ろしいことは、これらの人々が、イスラエル政府の側における平和への本当の努力の欠如、そしてその足を引っ張り、強く求められている被占領パレスチナへの国際保護軍の派遣に消極的な国際社会の側の怠惰による犠牲者だということである。

これらの死は、「暴力が暴力を生む」という頻用されている表現の正しさを示しているだけでなく、ここでの問題の根元がイスラエルの占領にあるということを示している。

この暴力は、近代の歴史のなかで最も長期間にわたる軍事占領と、西岸・ガザ・エルサレムにおける何百もの非合法入植地の存在と継続的成長、そしてパレスチナ市民が日々被っている厳しい封鎖措置−−310万人の民衆に対する集団懲罰行為−−から派生したものである。

パレスチナ市民に対するイスラエルの軍事攻撃と占領、パレスチナ民衆に対する際限ない人種差別という組み合わせは、我々住民の諸部門の過激化に貢献し、かえって急進主義と暴力を養っている。

シャロンとその政府はイスラエルの住民の安全は、彼らの至上課題だと主張しているが、我々は、今、彼らの安全は、軍事行動への偏向と暴力的な解決のために保障できずにいるということの醜い実例を見ている。さらに、シャロンが故意に報復反応を引き起こそうとしていることも明らかである。9月の停戦以来、彼は200人のパレスチナ人を殺害した。そのうちの20人は超法規的に暗殺されている。

200キロの国境の治安管理という条件で西岸とガザにおけるパレスチナ独立国家を認めるかわりに、シャロンはパレスチナの街や村を取り囲む3000キロの境界線を構築するという方法を選んだ。そして、そのことは、安全を保障しなかった。

イスラエルによる非合法の暗殺政策、パレスチナ人のインフラストラクチャーと経済の破壊、保健・教育システムの壊滅、市民への攻撃にも関わらず、シャロンはイスラエルの占領からの自由を獲得しようとするパレスチナ人の自決権を破壊することはできず、イスラエル人に対して安全を保障することもできていない。すなわち、もしシャロンの方針がパレスチナ人の指導者を除去し、パレスチナ人の生命と生活、財産を破壊することならば、いかなる安全も保証することはできない。過去二日間の出来事が証明することは、シャロンが攻撃を激化させれば、イスラエル民衆への反撃も激しいものとなるということである。

コリン・パウエルの診断は正しかった。入植地と継続する占領は、パレスチナ国家および(二民族)平和共存を創り出すことを妨げる第一要因である。しかしながら、パウエルは、解決策を停戦−−それだけ で、双方に平和をもたらすに十分だろうと希望的に考え−−に限定してしまった。パウエルが現在の衝突を終結させるために、彼の洞察を十分に進めなかったからというだけで、切迫している破局の淵から両民族を引き戻す解決策がないということではない。それは存在する。

第一に、イスラエルの軍事攻撃を耐えてきたパレスチナ人のみならず、双方の安全を保障するために、国際監視(保護)軍のパレスチナ領への早急な派遣が必要である。

第二に、本当の、そして公正な平和構想が必要である。それは、バラクが提案したような完全に非現実的なものでなく、二国家の未来の安全と永続性を保障するバランスの取れた解決案でなければならない。和平交渉は、国連決議242号や338号、他の国連決議を履行することに集中した、平和のための真の提案でなければならない。それは、パレスチナ人の諸権利と西岸・ガザ地区における占領の終了、真の、主権を有した独立パレスチナ国家の実現を保障するものである。そうすれば、両民族は、平和共存に向けて歩み出すことができるであろう。

これまで我々が見てきたすべてのことから言えるのは、シャロンとイスラエル政府こそが、和平交渉の最大の障害であり、実際のところ、あらゆる交渉を拒否し、パレスチナ住民を侮辱し、尊厳を奪い続け、 民衆のなかに強いフラストレーションを産み出しているということである。

パレスチナ人を非人間化しようとするイスラエルのプロパガンダは、すべての問題の本質−−イスラエルの占領こそが、両民族の生活と未来を傷つけ、この地域の安定を脅かす癌であるということ−−から目をそらすものである。

今このときにもイスラエルの戦車はすべての街を包囲している。再占領とさらなる流血は目前に迫っているようにみえる。すべての移動は阻止され、医者、看護婦、学生、患者は身動きがとれない。すべての 住民が最悪のかたちの酷い集団懲罰に晒されている。

我々がどこに向かっているのか誰にも分からない。迅速な行動を起こさなければ、大規模な軍事行動によるイスラエルの報復を引き起こし、恐ろしい推測であるが、それは、虐殺−−世界が今、行動することに よって防ぐことのできる虐殺−−の危険をともなうものである。そして、今、行動することは、長期的に見て、両民族の安全と平和の保障に寄与することになるだろう。


岡田剛士さんが訳されたものを転載させていただきました

アピール
イスラエル軍がベイト・リーマとディール・ガッサーナに侵入−医療措置が6時間に渡って妨げられた
2001年10月24日

今日(24日)の午前2時頃、イスラエル軍がパレスチナ暫定自治の管轄下にあるベイト・リーマ村とディール・ガッサーナの各地に侵入し、再占領した。この攻撃で多数のパレスチナ人が犠牲となった。

イスラエル当局は、負傷者に対する救急医療のための通行を禁止した。つまり救急車が同村に入ることを許可せず、さらに村内の医者たちが手当を行うことさえ許さなかった。救急車は、午前3時からずっと同村の外で待機せざるを得なくさせられている。

1人のパレスチナ人は、治療が受けられずに出血しした。他に4人以上のパレスチナ人が重傷。多くの外国領事館や大使館、人権団体の医者たちが介入し、ようやく午前8時過ぎになってイスラエル軍は、国際的な医療機関とイスラエルの医療機関が立ち入ることを許可した。しかしパレスチナ側の救急車は、まだ立ち入ることを許可されていない。イスラエル軍は同村の再占領を続けている。

我々は多くの外国領事たちの支援に感謝する。こうした介入は、医療機関の立ち入りを実現するために不可欠であった。

イスラエル当局が、医療機関の立ち入りを−−とりわけそうした医療が必要とされる攻撃の間に−−禁止したことは、全く容認できないし、また強く非難されなければならない。さらに、医療措置の禁止は、国際法(ジュネーブ第4条約)を直接的に侵害するものだ。我々は国際社会に対して、この軍事攻撃を非難するとともに、パレスチナの諸地域からイスラエル軍は直ちに撤退せよと求めるようにと、呼びかける。

みなさんの声を以下に伝えてほしい。

ラーマッラーからの最新情報
ラーマッラーのベイト・リーマでのイスラエルの虐殺
2001年10月24日

今日の早朝、イスラエル軍の戦車と装甲車の部隊が、ラーマッラー地区の小さな村で約800人が住んでいるベイト・リーマ(パレスチナ暫定自治の管轄下にある)に侵入し、再占領した。今現在(午後2時)もなお、この村の住民たちに対する激しい攻撃が続いている。ベイト・リーマの住民の1人、バーシム・リマウィ博士によれば、この攻撃によって少なくとも7人以上が殺された。

救急車と民間防衛組織の車は、このラーマッラー地区の北西部にある村に入ることを(イスラエル軍によって)禁止されている。リマウィ博士によると、多くの負傷者たちが出血多量で死の危機にあり、応急措置が必要とされているにもかかわらず、占領軍は同村の医師が負傷者を助けに行くことをも禁止しているという。

占領軍はまた、負傷者の2人を拘束してどこかへ連れて行ってしまった、さらに数十人が拘束されたという報告もある。

この村の住民たちには外出禁止令がしかれているために、何が起こっているのかについての詳細な報告を得ることは不可能な状態にある。

目撃者によると、占領軍は戦車と装甲車の部隊と複数のヘリコプターからの激しい銃砲撃を行いながら、同村を再占領したという。同村の入口にあったパレスチナ治安部隊の検問所は破壊された。また村内にあるパレスチナの警察署は占領され、多数の家屋が侵入を受け、破壊された。

さらに複数の目撃者によると、占領軍は同村の一角に侵入する際に、多数の村の住民を人間の盾として使っていたという。

1軒の家は砲撃から火事になり、他の5軒の家はイスラエル軍によって占拠された。

イスラエル軍は、さらにラーマッラー地区北西部のディール・ガッサーナも襲撃した。ラーマッラー西部にあるクフル・ニイマ村では、イスラエル軍によって多数の人々が拘束されたという。

ラーマッラーの街の入口にもイスラエル軍が終結しているという報告もある。多数の戦車がアル=ビーレの入口に、またラーマッラー/エルサレム街道にも陣取っていると伝えられている。3台の戦車が、アル=ビーレの南部にあるウンム・アル=シャライート地区とラファト(パレスチナ暫定自治のA地域)に向かって前進しているのが目撃されている。

ラーマッラーには、厳重な軍事封鎖がしかれている。パレスチナ人たちは、誰一人として、入ることも出ることも許されていない。

緊急の報告
ベイト・リーマで複数の死者
2001年10月24日(水)午後1時

イスラエル軍は、ラーマッラーの北部にあるベイト・リーマ村の人々に対する軍事攻撃を継続している。今朝の午前3時以降に、このイスラエル軍の砲撃と軍事侵攻によって9人のパレスチナ人が殺された。イスラエル軍が医療機関と救急車の立ち入りを禁止し続けているために、負傷者たちは出血多量で死の危機にある。

さらにベイト・リーマでは、5軒の家のパレスチナ人たちが避難した。イスラエル軍が、これら5軒を破壊する準備を始めたからだ。またイスラエル軍は、今現在も、同村内でしらみつぶしの家宅捜索を行っており、多数の人々を拘束している。


緊急声明
イスラエルがパレスチナ自治地域に侵入/11歳の少女と25歳の男性が殺された
2001年10月18日付(岡田剛士訳)

今朝5時15分にイスラエル軍は、激しい砲撃と銃撃を市民に加えるべくパレスチナ自治地域に向けての戦車部隊の侵攻を開始した。現在、イスラエルが戦車部隊で包囲しているのは、ラーマッラー、アル=ビーレ、ジニーン、ナーブルス、そして(エルサレム近郊の)アル=アッザリーヤ地区などのパレスチナの都市で、そのうちの一部分に侵入、占領しており、住民たちには外出禁止令が出されている。

イスラエル軍はジニーンにあるパレスチナの女学校を砲撃し、11歳のリハーム・ナビール・アブー・ワルドを殺し、7人の女生徒が負傷、重体になっていると報じられている。アル=ビーレでは、イスラエルの狙撃兵がマルワーン・イブラーヒーム・ハリーフェ(25歳)を撃ち殺した。何の衝突もなかったが、それでも彼は銃撃されたのだ。ヘブロン近郊の別の学校に対しても、イスラエル軍は催涙ガス弾とゴム被服弾での射撃を行った。

イスラエルによるパレスチナ自治地域の再侵略は、現在の衝突をいっそう深刻で致死的なものとしている。シャロンは、彼の軍隊が人々の生命を脅かし、パレスチナ自治地域に外出禁止令をひくことで、彼自身の有名な戦術へと立ち戻った。つまり、その戦術とは、破壊し尽くすということだ。

我々は、パレスチナの市民社会の成員として、パレスチナ自治地域から直ちに撤退することを、そしてこれまでの諸合意と国際法に従うことを求めてイスラエルに対して圧力を行使するよう、国際社会に対して呼びかける。

我々は、皆さんに対して状況の推移についての情報を提供しつづけます。

(追加の情報)

ラーマッラー/午後1時25分
モハンマド・ジヤード・アブー・ラース(25歳)が、アル=ビーレにたいするイスラエル軍の攻撃の際に実弾で撃たれて重傷を負い、ラーマッラーにある病院で死亡した。


プレスリリース
暗殺というイスラエルの手段について
2001年10月17日付(岡田剛士訳)

今日の早朝、イスラエル政府の大臣レハヴァム・ゼエヴィが、宿泊していたエルサレムにあるホテルの彼の部屋の近くで銃撃された。イスラエル側の情報筋は、ゼエヴィがこれによって死亡したことを、後に確認した。現在のインティファーダが開始されて以降、イスラエルの政治家が暗殺されたのは初めてのことのだろう。

イスラエル政府は、現在のインティファーダが開始されてから2ヶ月後、つまり2000年11月から、パレスチナ人を標的とした不法な暗殺という手段をずっと継続しているのだ。

イスラエル軍は、この手段によって59人ものパレスチナ人を殺害しており、そのうちの19人は偶然に居合わせたために殺された人々で、5歳と7歳の2人の子どもすら含まれている。

1ヶ月前、2001年9月18日に合意された停戦の発効以降においても、イスラエル軍は暗殺という手段で3人のパレスチナ人を殺害、さらに〔それ以外の手段で〕50人もの人々が殺された。

現在のインティファーダが開始されて以降に殺されたパレスチナ人は750人、イスラエル人は169人以上となっている。

こうした流血事件の連続は、まさに暴力が暴力を生むことを示している。パレスチナとイスラエル、双方の民衆のための平和と安全は、国連諸決議の履行を通じて、そして西岸地区とガザ回廊におけるイスラエルの占領の終結を通じて、実現されるだろう。


緊急報告
イスラエルの封鎖措置は市民の生命を危険にさらす集団懲罰だ
2001年10月2日付(岡田剛士訳)

イスラエルによる封鎖措置はガザ回廊とヨルダン川西岸地区で継続している。現在のところ、西岸地区にある97ヶ所のイスラエル軍の検問所、ガザ回廊の32ヶ所の検問所、そして各地での道路封鎖によって、パレスチナ人たちの居住地域は220ヶ所のバラバラに孤立させられたバンツースタンとされてしまっている。

昨日(10月1日)、ナフラ・マアルーフ・ハリール・ハサンが、ラーマッラーの病院へ行くための許可を得られないまま、スルダ検問所で出産した。彼女の出産から1時間後にイスラエル軍兵士たちは、病院へ行く救急車に彼女を収容することを認めた。これは、検問所で出産せざるを得なかった女性の7例目だ。

幸いナフラと女児は元気だが、これまでには同様の状況下で2人の赤ちゃんが死亡しており、医療機関へ行くことを妨害されて24人のパレスチナ人が死んでいる。

封鎖措置によってパレスチナ経済が破壊され、医療サービスも機能できず、またパレスチナ人たちが仕事に行くことも妨げられているが、さらに封鎖措置は数千人の学生たちの教育にも影響を与えている。大学生たちは、自宅から大学へ行く道すがらにおいてさえ、逮捕するぞという脅迫や明白な理由の提示なしの遅延、催涙ガス攻撃、さまざまなハラスメントに直面している。

今日、ビールゼイト大学の学生たちが、こうした長期間の封鎖措置に反対して平和的なデモンストレイションを行った。学生と教師、そして支援者たち約1000人がスルダ検問所まで歩いてゆき、そこでスローガンを掲げ、歌をうたい、抗議を行った。

デモ隊のなかには座り込みをしている者たちもいたが、そこにイスラエル兵たちが催涙ガス弾を撃ち始めた。デモの参加者たちが逃げ始めると、兵士たちはゴム被覆の金属弾での発砲を開始した。

少なくとも10人のパレスチナ人が催涙ガスを吸い込んだために治療が必要であり、また2人の外国人が病院に収容された。このうちの1人、フランス人のGuy Mailleは、ゴム被覆の金属弾で額を撃たれている。

停戦が実現するかもしれないが、しかしパレスチナ人に対する集団懲罰はずっと続いている。パレスチナ人は自由に移動することもできず、さらには今日のような平和的手段による抵抗さえも暴力的な弾圧を受け、銃撃されるのだ。

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