大黒聟

舞  台  略  図

@ A B C D E
F G H
 
 
I J K
 
 
L M N
 

シテ(狐大黒) 内山ぽん作(天正流宗家)
アド(舅) 南里ぽんにっ太


 予めDに高札(柄付きの灰皿等で代用)、椅子、盆(盃の代わり)、扇子(酒器の代わり)、Eに罠用の紐(予め片方に輪を拵えておく)と皿、餌(適当な大きさのものであれば何でも可)を用意しておく。
 
【名乗之事】    
 
 舅、登場。常の出立。@よりCを経てGまで徐に歩み出て、名乗り。
(舅)  これは、この辺りに住まひ致す者で御座る。某(ソレガシ)、娘を一人(イチニン) 持って御座るが、未だ似合はしい聟が御座りませぬ。さる程に、今朝(コンチョウ)、柳津(ヤナイヅ)の大黒天へ祈誓(キセイ)を掛けて御座れば、まづ高札(タカフダ)を打て、との御示現を(ノ)下されて御座る。急いで高札を打たうと存ずる。
 舅、Dに下がり、高札を取り上げ、Fに置く。然る後に、一歩右に移動して高札を眺め遣り、いかにも満足げな表情を浮かべる。
(舅)  一段とよう御座る。
 舅、Eに下がり座って待機。
 ここで大黒、登場。大黒の面を付け、頭巾を被り、左肩に大きなずた袋を担ぎ、右手にピコピコハンマーを持ち、尻より狐の尾を下げる。ずた袋には予め穴を開けておく。
(大黒) <謡・次第>大きな袋を肩に掛け。
 大黒、謡を謡いつつ、Aまでゆっくりと歩を進め、正面に向き直る。
(大黒)  抑(ソモ/\)これは、七福神が中に、大黒天と申すは我が事なり。とはまっかな偽り。これは柳津に住まひ致す、甲羅を経し古狐で御座る。こゝに南里ぽんにっ太と申して、有徳な者の御座るが、今朝柳津の大黒天へ参って、声高(コワダカ)に祈るを聞いて御座れば、いかにも氏位高き人を、娘の聟に取らせてくれよとの祈誓で御座る。誠に恥づかしい申し事ながら、某、この年に至るまで未だに妻を持ちませぬ。彼の娘は殊ない美人ぢゃと評判の娘で御座る程に、某が聟に成りて参らうと存じ、まんまと大黒に成り済まいて、まづ高札を打て、との偽示現を(ノ)下ろいて御座る。ぽんにっ太は殊に大黒天に信心を(ノ)致す者で御座る程に、大黒に化けて彼が方へ参れば、某を聟に成さぬと言ふことはあるまいと存ずる。
 Aより一、二歩前に歩み出、顔を前に突き出して池か川の面に我が身を映す体をなす。然る後に正面を向く。
(大黒)  まづ、これ程までに化けて御座る。
 大黒、戻り掛けて1〜2秒静止した後、首を傾げる。再び顔を前に突き出し、我が身を移す体也。
(大黒) <驚いて>これはいかなこと。
 大黒、尾を見遣る。
(大黒)  南無稲荷大明神。化け損なって御座る。ハア、今から化け直いて参っては間に合ふまいが、まづ、これは何と致いたもので御座らうぞ。
 大黒、顔を傾げてしばし思案の体。
(大黒) <顔を上げて>イヤ、よい致し様がある。この尾はこれ、斯うしてくれう。
 大黒、尾をズボンのポケットに入れる。
(大黒)  これでよう御座る。
 大黒、後ずさりながらAに戻る。
(大黒)  もし余人が、彼の高札を先に見てはいかゞで御座るによって、急いで彼の屋敷へ参らうと存ずる。
 大黒、AよりBまでゆっくりと歩を進める。
(大黒)  イヤ、参る程にこれに高札がある。この高札は某が引くです。
 大黒、ピコピコハンマーを帯に差し、右手にて高札を引く。
(大黒)  ヤットナ。
 大黒、高札を右手に持ったまま、Hの方を見遣る。
(大黒)  これでよう御座る。急いで案内を乞はう。物申案内申。柳津辺(ヘン)より、聟の望みで来て、あるぞとよ。
 舅、立ち上がり、Hまで歩み出て、Fの方を見遣る。
(舅)  柳津辺と仰せらるゝは、もし大黒天様でばし御座るか。
(大黒)  遅い推かな。柳津辺より大黒天が、聟の望みで来て、あるぞとよ。
(舅)  ハア、これは忝う御座る。
 舅、一揖する。
(舅)  まづ、斯う御来臨成されて下されい。
(大黒)  心得た。
 大黒、Gまで進み、正面に向き直る。
(大黒)  床几をくれい。
(舅)  畏まって御座る。
 舅、Dまで歩んで椅子を取り、大黒の背後に回って椅子を置こうとする。
 大黒、あわてて脇に退き、舅の方に向き直る。
(大黒)  床几はそこへ置かしめ。
(舅)  心得ました。
 舅、床几をGに置き、Hを経てKに進み、大黒の方に向き直って正座する。
 大黒、Gに戻り、高札を後方に置き、ピコピコハンマーを右手に持ち直して、椅子に座る。
(舅)  さても/\、大黒天様には、この様なむさとした所へわざ%\御来臨の段、誠に有難う御座りまする。
 舅、深々と一礼する。以下、特に断らない限りは、舅は大黒と会話をするときには自分の台詞の直後に必ず軽く一礼すること。
(大黒)  いかに舅殿。某が其方の聟に成った上は、その身は言ふに及ばず、所まで富貴(フッキ)栄華に栄えさせうは、疑ひもないことぢゃ。左様心得。
(舅)  御意成さるゝ通り、此方の、聟に成らせらるゝ上は、私(ワタクシ)の身は言ふに及ばず、所まで富貴栄華に栄えまらせう事は、疑ひもないことで御座る。
 
【盃之事】    
 
(大黒)  さて某は、遠路遥々歩いて来たによって、殊の外喉が渇いた。まづ神酒(ミキ)をくれい。
(舅)  これは気が付きませなんだ。たゞ今お神酒を持って参りまする。
(大黒)  早うおこせい。
(舅)  心得ました。
 舅、Dまで移動し、まず右手に扇子を持つ。その後両手で盆を捧げ持ち、Gの右隣に移動して、大黒に向かって盆を捧げる。
(舅)  ハア、お盃で御座る。
(大黒)  ウム。
 大黒、ピコピコハンマーを帯に差し、袋を左脇に下ろして、舅より盆を左手で受け取る。
 舅、右手の扇子を開く。
(舅)  ハア、お神酒で御座る。
(大黒)  これへ注げい。
 大黒、盆を舅の前に差し出す。
(舅)  畏まって御座る。
 舅、扇子を使って酒を注ぐまねをする。この時、扇の裏が正面を向くようにすること。
(大黒)  ちゃうどある。
(舅)  ちゃうど御座る。
 大黒、両手で盆を持ち、酒をぐいっと呑む。呑み終えた後、顔をそむける。
(大黒)  ウム。さても/\まづい酒かな。舅殿、この酒は何ぢゃ。
(舅)  灘の銘酒で御座る。
(大黒)  何ぢゃ、灘の銘酒。
(舅)  中々。
(大黒)  抑、恵比寿、毘沙門、弁財天、世に福神多からん内にも、この大黒は米(ヨネ)をこそ福の第一と思し召せ。屡々(シバシバ)米俵(コメダワラ)を踏まへて示現するもその為なり。その神へ、この様な混ぜ物のある酒を、呑まするといふことがあるものか。
(舅)  ハア、斯様(カヨウ)の子細を初めて承りまして御座る。たゞ今純米酒を持って参りまするによって、この段は(ナ)何卒(ナニトゾ)御免成されて下されい。
(大黒)  とてものことに、純米大吟醸を持って参れ。
(舅)  畏まって御座る。
 舅、扇子を畳み、Dまで移動して、一旦扇子を置いた後、再び扇子を取り上げ、先程の場所に戻る。扇子を開き、今度は扇の表が正面を向くようにすること。
(舅)  ハア、純米大吟醸で御座る。
(大黒)  これへ注げい。
 以下、盃の事、演技同前。
(舅)  畏まって御座る。
(大黒)  ちゃうどある。
(舅)  ちゃうど御座る。
 大黒、酒をぐいっと呑む。呑み終えた後、二度大きく頷く。
(大黒)  フウム、これはよい酒ぢゃ。まったりとしてこくがあり、それでゐてしつこうないやい。
(舅)  それはよう御座りました。
(大黒)  また一つ注げい。
(舅)  心得ました。
(大黒)  又ちゃうどある。
(舅)  又ちゃうど御座る。
 大黒が酒を呑んでいる間に、舅、扇子を大黒の側に置いてKに移動。大黒の方に向き直って正座して深々と一礼する。
 
【引出物之事】    
 
(舅)  申し大黒天様。
(大黒)  何事ぢゃ。
(舅)  下界では即ち、結納と申しまして、婚礼の約定、相整うた印として、引き出物をおこす習ひが御座りまする。
(大黒)  やれ嬉しや。娘をおこすのみならず、引き出物もくるゝぢゃまで。早うこれへおこせい。
 大黒、舅に向かって手を差し出す。
(舅)  イヤ、私がおこすでは御座りませぬ。聟が舅へおこしまする。
(大黒)  何ぢゃ、某がおこす。
(舅)  中々。いかな大黒天様と申せども、結納の儀、相済まぬにおいては、娘を差し上ぐることは成りませぬ。
 「成りませぬ」の所で、舅、顔を二三度横に大きく振る。この時一礼は不要。
(大黒)  何ぢゃ、引き出物をおこさずは、娘は遣らぬと言ふか。
(舅)  中々。
(大黒)  ム。それならば是非に及ばぬ。引き出物をおこしてもやらうが、抑舅は何が欲しいぞ。
(舅)  とてものことに、世に宝と謳はるゝ程のものを賜りたう御座る。
(大黒)  それは尤ぢゃが、有様に言へば何が欲しいぞ。
(舅)  その御(オン)左手にお持ちやる、一大三千、大千世界の宝を入れ置きたる、袋を賜りたう御座る。
(大黒)  何ぢゃ、この袋が欲しい。
(舅)  中々。
(大黒)  この袋か。
 大黒、左脇の袋に目を遣り、再び向き直る。
(大黒)  これはちと、遣りにくい子細があるやい。
(舅)  これは又、いかやうなお事で御座るぞ。
(大黒)  さればそのことぢゃ。あの鼠と言ふ奴はいたづらなもので、昨日柳津の虚空蔵菩薩に招ばれて、茶を呑みに参ったれば、その暇に、これ。
 大黒、袋を左脇より取り上げ、正面にかざす。
(大黒)  この如く、大きな穴を開けをった。
(舅)  ハア。
(大黒)  何分、昨日の今日のことなれば、修繕もまゝ成らぬによって、この袋に入れ置きたる、一大三千、大千世界の宝は残らず置いて来た。いかに名高き宝の袋と雖も、空き袋では物の役には立つまいがの。
(舅)  いかにも、空き袋では物の役には立ちまするまい。即ち、袋は諦めまする。
(大黒)  それがよからう。
 大黒、袋を再び左脇に置く。
(舅)  されば、その御(オン)右手にお持ちやる、七珍(シッチン)万宝(マンボウ)、万(ヨロズ)の宝を打ち出だす、槌を舅へ下されうならば、有難き幸せで御座りまする。
(大黒)  何ぢゃ、この槌が欲しい。
(舅)  中々。
(大黒)  フウム。この大黒が宝を乞はれて、あれも遣らぬ、これも遣らぬとあっては、後難も口惜しい。これは大事の秘宝なれども、舅に取らせう。
(舅)  これは忝う御座る。
 舅、嬉しそうな表情で深々と一礼する。
(大黒)  さあ受け取れい。
 大黒、ピコピコハンマーを舅に差し出す。
(舅)  畏まって御座る。
 舅、立ち上がって大黒のもとに歩み寄る。
(舅)  慮外に御座る。
 舅、一礼してピコピコハンマーを受け取り、ピコピコハンマーを捧げ持つ。
(舅)  ハア、南無宝(タカラ)、南無宝。
 上の台詞を呟きつつ、元の位置に戻って、大黒に向き直る。
(舅)  さてこの槌は、思ひのまゝに万の宝を打ち出だすと聞き及うで御座るが、別(ベチ)に咒文でも御座りませうか。もし咒文など御座りませうならば、承りたう存じまする。
(大黒)  この大黒が日来使ふ宝に、咒文も何もあってこそ。たゞ出す宝のことを思うて、槌を打てば、何なりとも欲しいものが出(ズ)ることぢゃ。
(舅)  ハア、その分のことで御座るか。
(大黒)  中々。
 大黒、椅子から降りて胡坐にて直に座り、手酌で酒を呑み始める。
(舅)  慮外ながら、たゞ今試してみてもよう御座りませうか。
(大黒)  どうなりとも召され。
(舅)  私はよい馬を持ちませぬによって、馬を打ち出いてみまする。
 舅、正面に向き直り、ピコピコハンマーを右手に握り直して振り下ろす。
(舅)  ヤットナ。
 舅、2〜3秒静止し、首を傾げる。しばらくあって、又ピコピコハンマーを振り下ろす。
(舅)  馬よ出よ。
 舅、また2〜3秒静止し、首を傾げて物思いの体也。今度はピコピコハンマーを思い切り振り下ろす。
(舅)  開け胡麻。
 舅、また2〜3秒静止し、首を傾げて一層不審げな顔つきをする。然る後に大黒の方に向き直る。
(舅)  申し大黒天様。馬が出ませぬ。
(大黒)  ム、馬が出ぬか。
(舅)  中々。
(大黒)  フム。イヤ、思い出いたことがある。
(舅)  これは又、いかやうなおことで御座るぞ。
(大黒)  総じて宝といふものは主(ヌシ)を思ふものぢゃ。中にもこの槌は、某が年久しう使うたるものなれば、俄のことゝて、不貞て働かぬものでがな、あるらう。宝の心が落ち着くまでしばらく待たしめ。
(舅)  ハア。して、それにはいかほど暇(ヒマ)の要ることで御座るぞ。
(大黒)  何分宝のことぢゃによって、一年暇が要らうも、二年手間が取れうも知れぬことぢゃ。
(舅) <小声で独り言>ハア、苦々しいことぢゃ。
(大黒)  何か申したかの。
(舅) <慌てて>イヱ、何(ナン)でも御座りませぬ。
(大黒)  何がさて、随分念を(ノ)入れて待たしめ。
(舅) <不満そうに>ハア。
 舅、ピコピコハンマーを帯に差し、正座する。
 
【大黒歌之事】    
 
(舅)  申し大黒天様。
(大黒)  何事ぢゃ。
(舅)  この所の習ひにて、結納の儀、相済みましたる後には、目出度う舞ひ納めて祝儀と致しまする。あはれ大黒天様にも、舅のために一さし舞はせられいかしと、御(オン)願ひ奉りまする。
(大黒)  何ぢゃ、舞を舞へ。
(舅)  中々。
(大黒)  某は終(ツイ)に舞を舞うたことがないやい。
(舅)  これはいかなこと。福神の、舞を舞はせられぬといふことがあるもので御座るぞ。殊に大黒舞は聞き及うだ舞で御座る。
(大黒)  イヤ、余(ヨ)の大黒はいざ知らず、この大黒はつうっと不調法ぢゃによって、舞を舞ふことは成らぬ。
(舅)  大黒に、余の大黒も、この大黒もあるもので御座るぞ。平(ヒラ)に舞はせられい。
(大黒) <声に怒気を含ませて>イヤこゝな者が。舞を舞ふことは成らぬといふに。
(舅) <哀願するように>(ナニ)と、舞は成りませぬか。
(大黒)  おんでもないこと。
(舅) <実に残念そうに>ハア、残り多いことで御座る。
 ここで大黒、1、2秒程間合いを取る。
(大黒)  イヤ、思ひ出いたことがある。
(舅)  これは又、いかやうなお事で御座るぞ。
(大黒)  舞を舞ふ代はりに、歌を歌ふは何とぢゃ。
(舅) <不審そうに>これは一段とよう御座りませうが、さりながら、大黒のお歌とはちと心得ぬことで御座る。
(大黒)  これはいかなこと。舅は、大黒の歌をえ知らぬか。
(舅)  終に、聞いたことも御座りませぬ。
(大黒)  さて/\其方はむさとした。大黒を信仰(シンゴウ)する程の者が、この歌を知らいで叶はうか。今伝授しておまさう程に、よう聞け。
(舅)  畏まって御座る。
 大黒、盃を脇に置く。
(大黒) <謡>大きな袋を肩に掛け、大黒様が来掛かると、こゝに因幡の白兎、皮を剥かれて赤裸。
 大黒の謡い様、口伝也。舅、謡が進むにつれて次第に不吉そうな表情を見せる。「皮を〜」辺りでは耳を塞ぐ恰好をする。
(大黒)  これぞ即ち、大黒伝授。<悪戯っぽく>何と、目出度い歌ではないか。二番も歌うて聞かせうかの。
(舅)  イヤ、もうお歌は聞きたう御座りませぬ。何卒歌は仕舞うて下されい。
(大黒)  それは近頃残念ぢゃなう。
 大黒、再び手酌で酒を呑み始める。至極酩酊の体也。
 
【露見及罠之事】    
 
(大黒)  ヤイ/\舅。
(舅)  何事で御座る。
(大黒) <声に怒気を含ませて>最前より酒は出せども肴の一つだにお出しやらぬが、もし大黒に恨みばしおりゃるか。但し某を侮っての振舞か。
(舅) <あわてて平伏しながら>イヤ、滅相も御座りませぬ。大黒天様の御威勢に恐れて、はたと失念を(ノ)致いて御座る。たゞ今肴を持って参りまするによって、この段は(ナ)何卒御免成されて下されい。
 舅、何度も土下座する。台詞は通常よりもテンポを速くして、あせりを表現すること。
(大黒) <皮肉っぽく>イヤ、お持ちやるまいものを。
(舅)  イヤ、持って参りませう。
(大黒)  それは誠か。
(舅)  誠で御座る。
(大黒)  真実か。
(舅)  一定(イチジョウ)で御座る。
 ここで大黒、1秒程間合いを取る。
(大黒)  さうなうて叶はうか。とっとゝ持って参れ。
 大黒、扇を取って直接酒を呑む真似をする。
(舅)  畏まって御座る。
 舅、立ち上がり、Nに歩を進めて正面に向き直る。
 大黒、その間にますます乱れたる体をなしつつ、わざとならぬ体にてポケットより尾を出すこと。この演技、肝要也。
(舅)  これはいかなこと。福神と申せば、常に御機嫌良うして福々しいお方と聞き及うで御座るに、あの大黒様は何(ナニ)と致いたことで御座らうぞ。威勢と申し心ばへと申し、福神に似ぬお方で御座る。何(ナニ)とやらん怪しう御座るによって、ちと様子を窺はうと存ずる。
 舅、NよりLまでそろりそろりと歩を進める。
 大黒、ただただ酒を呑む体也。
 舅、Iまで歩み、隙間より大黒の方を窺う体をなす。
(舅)  ハヽア、したゝかに酔はせられて御座るは。
 この声を合図に、大黒、正面に背中を見せて横にごろりとなる。
 舅、大黒の尾を見て驚く。
(舅)  ヤ、これはいかなこと。
 舅、Lまで戻って正面に向き直る。
(舅)  さればこそ、言ふまいことか。あの大黒は狐が化けて御座った。さても/\憎い奴で御座る。これは何(ナニ)と致いたもので御座らうぞ。
 舅、しばし思案の体也。
(舅) <手を打って>イヤ、思ひ出いたことが御座る。
(舅)  あの古狐め。ようも/\身共を謀(タバカ)りをったな。
 舅、上記の台詞を呟きつつ、LよりNを通ってEまで小走りに歩を進める。
(舅)  たゞ置くことではないぞ。
 舅、上記の台詞を呟きつつ、罠の紐と皿、餌を手に取る。
(舅)  目にもの見せてくれう。
 Nを経てMまで歩を進める。
(舅)  なう腹立ちや/\。
 Mに罠の紐の輪にした方を置き、Nまで紐を這わせる。
(舅)  これでよう御座る。
 舅、一つ頷き、Kまで戻り、餌を置いた皿を捧げ持って大黒の方に向き直る。
(舅)  申し大黒天様。お肴を持って参りました。
 大黒、大儀そうに起き上がり、舅の方を見遣る。
(大黒)  ヤアラこゝな者が。肴を持って参るばかりのことで、この様に手間を取るといふことがあるものか。
(舅)  ハア、手ねばな者が料理を致いて御座る程に、斯く遅なはりまして御座る。真っ平許させられい。
(大黒)  それはさておき、何を持って参ったぞ。
(舅)  大黒天様へ差し上ぐる程の、お肴のことで御座れば、生半(ナマナカ)のものは出せませぬによって、これこの如く、上々の大黒鼠を油揚げにして参りました。
(大黒)  何ぢゃ、大黒鼠の油揚げ。
(舅)  中々。
 大黒、思わず身を乗り出して物欲しそうな体を示す。然る後に、あわてて立ち上がり、椅子の所に戻って座り直す。
(大黒)  なう軽忽(キョウコツ)や/\。大黒鼠は某の眷属ぢゃといふに、その鼠を肴に出すといふことがあるものか。
 大黒、顔をそむける体をなす。
(舅)  これは粗相を致しました。たゞ今別(ベチ)にお肴を料理して参りまするによって、この段は(ナ)何卒御免成されて下されい。即ちこのお皿はこゝへ下げまする。
 舅、Mまで進み、大黒に背を向けて皿が見えぬようにした上で、皿を床に置き、紐の輪を皿に載せ、輪の中心に餌を置く。然る後に、小走りでKまで戻る。
(大黒)  ともかうもして、早う代はりの肴を持って参れ。
(舅)  心得ました。
 舅、Nに歩を進めて身を屈め、左手に紐を持ち、右手にピコピコハンマーを持って待機する。
(大黒)  ハア生臭や/\。
 大黒、皿の方を見遣る。
(大黒)  この様なむさとしたものを。
 大黒、回りをきょろきょろと見回す。
(大黒)  持って参るといふことが。
 大黒、椅子より立ち上がる。
(大黒)  あるものか。
 大黒、Kの方を見遣る。しばらく様子を窺った後、Mの方を見遣る。
(大黒)  クン/\/\。さても/\うまい匂ひかな。
 大黒、四つん這いになってそっと罠の皿に近寄り、首を伸ばして見下ろす。
(大黒)  をゝ、これは上々の若鼠ぢゃ。食ひたいなあ/\。
 大黒、「食ひたいなあ」と呟きながら常に右より左へと移動して、皿の左側に陣取る。この時視線を常に皿から離さぬこと。
(大黒)  最早堪(コラ)へられぬ。たゞ一口。
 大黒、皿に飛び掛かって餌を右手で掴む。その際うまく紐の輪に手を通すこと。
 舅、タイミングを見計らって紐を引っ張る。
(舅)  そりゃ掛かったは。おのれ憎い奴の。この古狐めが。ようも/\、大黒に化けて身共を誑(タラ)しをったな。
 舅、紐を手繰り寄せる。大黒、抵抗する。以下、その繰り返し。
(大黒)  イヤ、某はその様な者では御座らぬ。真の大黒で御座る。
(舅)  おのれまだそのつれを言ふか。汝誠の大黒ならば、現奇特(ゲンキドク)を以て馬を出いてみよ。たゞ今目(マ)の前に馬を出さぬにおいては、たゞ一打ち。
 舅、ピコピコハンマーを振り上げる。
(大黒)  アヽ、まづ待たせられい。
(舅)  何(ナニ)と、待てとは。
(大黒)  物を言はせて下されい。
(舅)  物を言はせいとは。
(大黒)  馬は出ませぬが、物が出まして御座る。
(舅)  何(ナニ)が出たぞ。
 以下、両者ともに台詞の間合いを次第に詰めてゆくこと。
(大黒)  物が。
(舅)  何(ナニ)が。
(大黒)  物が。
(舅)  何(ナニ)が。
 ここで大黒、1秒程間合いを取る。
(大黒)  これこの通り、ぼろが出ました。
 舅、前にこける。その隙に大黒は手を輪から外し、四つん這いのままでFまで走り、正面に向き直る。
(大黒) <大声で>コ〜〜〜〜〜ン。
(舅)  ヤ、これはいかなこと。罠を外された。
 大黒、四つん這いのまま橋掛を通って一目散に楽屋に駆け入る。舅、大黒を目で追う。
(舅)  アヽ、あれへ駆けてゆくは。誰(タ)そをらぬか。それへ古狐が逃げてゆく。捕へてくれい。やるまいぞ/\。
 舅、ピコピコハンマーを振りかざしながら大黒の後を追う。「やるまいぞ/\」を繰り返しつつ、楽屋に入る。留め。


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