なのり(名乗)

これは天正流紳士録です。これに載っちまったが最後、もう二度と娑婆には戻れませぬ(^^;。
ご覚悟召されよ。>おおる
 
  宗 家

 内山ぽん作
 うちやまぽんさく
 豊前の人。言わずと知れた天正流の二代目家元(初代は正久)。天下の孤本、天正狂言本との運命的な出会いにより、自らが正久の後継者たることを毒電波で感じ、平成六年に天正流を開く。以後、精鋭なる弟子の四天王とともに、東に懇親会があれば笑いを取り、西に結婚式の二次会があれば祝言に華を添える等、地道に狂言の研究及び普及活動を続けている。
 平成十年、これまでの研究の成果を『天正狂言本ー本文・総索引・研究ー』と題して三百五十部出版し、世に問うも、一切話題にならず(;_;) 。現在は天正流初の狂言台本集である『天正狂言六義(仮題)』の完成に向けて、新作狂言の制作に日夜奮闘努力中である…はず(^^;。
 平成六年、「うゐるす」を披く。平成十年、「大黒聟」「寒山拾得」を制作。狂言師歴六年。目標は人間国宝四世茂山千作。ライバルは上質を知る男和泉元弥。俳号は茫洋。現在は鹿児島在住。
 
  職 分

 矢毛ぽん之丞
 や け ぽんのじょう
 肥後の人。天正流四天王の一人。西方・極楽浄土の守護者。平成六年、天正流の一番弟子として「うゐるす」のアド役でデビュー、「留守」の一言のみで主役を食う大活躍を見せる。「生涯一留守」の異名を持つ天正流切っての強者であるが、最近出演回数がめっきり減っているのが気になるところ。狂言師歴六年。現在は博多在住。
 南里ぽんにっ太
 なんり ぽんにった
 肥前の人。天正流四天王の一人。北方・佐賀平野の守護者。平成十年、「大黒聟」の大名役でデビュー。その後、九重での「大黒聟」再演、「寒山拾得」の大名役と、この年は一番弟子ぽん之丞を尻目に八面六臂の大活躍。声も意外(失礼!)によく通るし、あれで台詞さえきちんと覚えてくれれば最強の存在なのだが…。狂言師歴は三年。現在は筑前・春日在住。
 入口麦ぽんのパパ
 いりぐちばくぽんのぱぱ
 豊前の人。天正流四天王の一人。東方・欣求穢土の守護者。平成十年、「寒山拾得」の寒山役でデビュー。狂言師歴は二年と短いが、平成十一年春には「うゐるす」にてアド役及び謡の一人二役をこなす等、このところ先輩達を食う活躍を見せている。さすがは自称・地蔵菩薩の化身だけあって(?)、舞台度胸は抜群。俳号は麦麦、別号如洗。歌舞音曲のお部屋を主宰。現在は横浜在住。口癖は「ちゃきちゃきの浜っ子ばい」
 にわ雀謙ぽん
 に わ じゃんけんぽん
 尾張の人。天正流四天王の一人。南方・大正溶岩の守護者。平成十年、花のお江戸から鳴り物入り(笑)で弟子入り。平成十一年現在、初演はいまだ果たしていないが、家元のお膝元で修行している唯一の弟子であるだけに、今後の活躍が大いに期待される。通称は「じゃん(ジャン)」。先頃、宗家の指名により、めでたく天正流宗家代行代理(但し、午前2時〜5時の3時間のみ)に就任、着々と天正流内での地歩を固めつつある。また、草木も眠る丑三つ時、銀座の柳の下でガス燈の暗がりに店を構える夜鳴きの古本屋・じゃん謙堂書林の主人でもある。現在は鹿児島在住。
 中筋ぽん石斎
 なかすじぽんせきさい
 薩摩の人。実は摂津生まれの摂津育ち(幼少期まで)。もと、本ほぉむぺぇじの貴重な旦那衆の一人であったが、平成十二年、つい魔が差したのか、それとも飲んだ酒が悪かったのか、宴席にて宗家に天正流への弟子入りを志願。了承されるや、あれよあれよと言う間に、天正流宗家代行(但し、午前5時〜午後0時のみ)の地位をゲット、四天王なんか眼中にナッシングという超大物ぶりを発揮。目指すは梵天帝釈か、はたまた天界の弼馬温(爆)か。誠に末恐ろしい人物である。最近、新設されたお弁当のお部屋(^^;の主宰に就任、遂に念願の根拠地も手に入れ、更には「盒飯大師」(酔琴氏認定)、「酒菜神手(自称)」の称号も得て、ますます絶好調。ぽん作同様、ほぉむぺぇじのおぉなぁでもあるが、現在更新停止中(^^;。号は滾石斎。通称は「こん」。現在は薩州隼人族自治区在住。
 
  客 分

 平島左ぽん
 ひらしまさぽん
 筑前の人。もしかしたら観世流の次代を担っちゃうかも知れないと一部で恐れられている気鋭の女流能楽師。平成六年、縁あって「うゐるす」の謡役として天正流旗揚げ公演に友情出演、見事な喉を披露した。特筆すべきはその舞台度胸で、例え火が降ろうが槍が降ろうが、それこそ自分の出番がやって来ようが、一切動ずることなく座し続けるその姿は、今もぽん作の目に強く焼き付いている。残念ながらその後共演の機会はないが、いずれ何らかの形で再登場してもらいたい人材である。現在は長崎在住。
 
  旦 那 衆

 坂本洛洛
 さかもとらくらく
 豊前の人。ぽん作個人との付き合いの古さのわりには、天正流との接点はあまりなかったが、平成10年11月の天正流福岡公演において「寒山拾得」をプロデュース、一躍天正流の旦那衆の仲間入りを果たした。同氏の最大の功績は、同公演の内容をビデオに撮影して残したこと。この一事が天正流狂言の普及活動にどれほどの益をもたらしたかは推して知るべし。それだけでも、同氏の名は永遠に語り継がれるだけの価値があるというものである。現在は京都在住。
 中村座元
 なかむらざもと
 筑前の人。当時一介ならぬ二階の講師に過ぎなかったぽん作に狂言公演を依頼し、ぽん作が狂言師としてデビューするきっかけを作った大恩人。平成六年七月の天正流旗揚げ公演ではプロデュースを担当、同公演を大成功に導いた。平成十年七月には「大黒聟」の座元を務めるなど、長きにわたって天正流を支えてきた。俳号は囁女。同氏はまた最後の大黒伝授者としても知られる。現在は東京在住。
 庭先
 にわさきん
 伊予の人。天正流狂言との関わりはゼロに近いながら、本ほぉむぺぇじへの貢献度はNo.1の大旦那。いつの間にか切りのいい番号を取っていることから、切り番ハンターの異名を取る。平成十二年一月に本ほぉむぺぇじ始まって以来の功労賞を受賞(賞状なし。賞品はお菓子が4ケ)。歯とお菓子についてこのお方に語らせたら誰もかなう者なし。その実力を買われて、お菓子なお部屋を主宰。たちまち同部屋を狂言綺語随一の人気こぉなぁに仕立て上げ、今や天正流の影(表も?)の番長として君臨。その意向には宗家とて迂闊には逆らえないという。でもタバコの煙には極端に弱く、「さきん殺すに刃物は要らぬ、モクの一つも吸えばいい」と謳われている。現在は鹿児島在住。
 木戸酔琴(酔虎)
 きどすいきん(よいこ)
 長門の人。印度邪教狂手として、事ある毎にぽん作に戦いを挑んでくる天正流の好敵手のひとり。平成六年の天正流旗揚げ公演の際には、直後に不気味な踊りを披露して、場内を混乱の渦に巻き込んだことは記憶に新しいところである。お勉強もせんと、ワイン、日本酒、印度舞踊、合唱、リュート、競馬等、この世のあらゆる狂言綺語に時間と金を注ぎ込む蟋蟀(キリギリス)のようなお人だが、配下に最強お嬢様軍団を従えるので侮れない。特技はおしぼり投げと座り込み。俳号は何だっけ? 現在は鹿児島在住。
 ザトペック・東・ヒデ
 ざとぺっく・とん・ひで
 筑前の人。自称、カリスマうどん人。本ほぉむぺぇじとの関わりは平成十二年になってからというお方ながら、他の旦那衆を差し置いて、二階級特進で共謀奴(^^;的網頁の暫定主宰を任せられたという驚異の大型新人。得意技はザトペック話法。ひとたび炸裂すれば、百の食堂を定休日につき本日休業にし、千のレストランを昼食休憩に追い込むという。但し、スタミナに難ありとその実力を危惧する向きもあって、中々「暫定」の二文字が取れなかったが、このほどめでたく主宰に正式昇格を果たした。前名は「ヒデ」。いちいちカタカナに変換しなければならないこの名前は非常に評判が悪く、半強制的に「とん」に改名させられるという哀しい過去も持つ。究極の目標は学部長だと思ってたら、最近になって実は最高裁判事であることが判明(爆)。奥方のあんさんも最近になってROMからRAMに昇格。夫婦揃って大暴れされたらどうしましょう(^^;。現在は鹿児島在住。


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