うゐるす(改訂新版)

舞  台  略  図

@ A B C D E
F G H
 
 
I J K
 
 
L M N
 

シテ(遠国の大学者) 内山ぽん作(天正流宗家)
アド(医学部長他) 入口麦ぽんのパパ
  同  上


 アド、登場。まっすぐDに向かい、着座して待機。
 シテ、登場。常の出立。@よりBを経てFまで徐に歩み出て、名乗り。大名の如く、聊か大げさに肩を怒らせ、位高く演ずること。
(シテ)  遠国(オンゴク)に隠れもない大学者です。天下(テンガ)治まり、目出度い御代で御座れば、この間の、あなたこなたの大学改組は、誠に夥(オビタヽ)しいことで御座る。夫(ソレ)に付、うゐるす研究一筋の某(ソレガシ)も、この教養部へ参ると即ち、はや身の振りやうに悩まさるゝことで御座る。承りますれば、今日中にも望みの学部へ参上し、学部長に面会して、銘々が所属を決めいでは叶はぬさうに御座るが、さて何と致いたもので御座らうぞ。
 シテ、1〜2秒程思案の体を示した後、一転、にこやかな表情を浮かべる。
(シテ)  と、斯様(カヨウ)に謙遜は(ナ)申せども、某、疾うに参る学部は医学部に決まって御座る。世に学部もこそ多けれ、彼の医学部程、うゐるす学者の某に似合はしい学部は御座るまい。加へて今の医学部長は、某にとり、弟子も同然の者で御座るによって、某が参れば、嘸(サゾ)喜ぶことで御座らう。まづそろり/\と参らうと存ずる。
 シテ、徐に歩き出す。
(シテ)  誠に、この頃はうゐるす共も賢うなって、やれエイズぢゃといふては、此方へぞろり、エボラ出血熱ぢゃといふては、彼方へぞろり、ぞろり/\とぞろめくによって、某もやう/\渡世を致すといふもので御座る。
 シテ、上記の台詞を言いながら、J→N→L→F→B→Cの順に移動し、Dの方に向き直る。
(シテ)  イヤ、参る程にこれぢゃ。
 シテ、正面に向き直る。
(シテ)  勝手知ったる他人の家、わざ%\案内を乞ふには及ぶまいが、男は辞儀に余れと申すことも御座る。まづは案内を乞ふと致さう。
 シテ、再びDの方に向き直る。反り返っていかにも偉そうな体をなすこと。
(シテ) <威張って>物申、案内申。医学部長は内にをるか。
(アド)  留守。
 アド、一音一音を引き伸ばしてゆっくりと発声すること。
 シテ、驚きの表情を浮かべつつ、正面に向き直る。
(シテ)  何と留守か。はて面妖な。確かにおいでの筈ぢゃが。それにたゞ今の声、何とやらん聞き覚えのある声であった。
 シテ、顔を伏せて暫し思案の体。一転、勢いよく顔を上げる。
(シテ) <声に怒気を含ませて>ヱゝ、聞き覚えのあるこそ道理なれ。今のは医学部長の声ぢゃ。ムゝ、察するところは、某を嫌うて、居留守を使ふと見えた。さうとわかれば、このやうな所に長居は無用ぢゃ。例へ居よと言はれても、中々、居らるゝことではないやい。
 シテ、辺りをきょろきょろと見回し、然る後にFに移動する。その場に屈んで石を拾う真似をし、Dを見遣る。
(シテ)  ソリャ、斯うしてくれう。
 シテ、石をDに向かって投げる真似をし、耳に手を当てて音を聞く体也。
(アド)  パリ〜ン。
 シテ、満足げな表情を浮かべ、正面に向き直る。
(シテ)  ハッハッハ。覚えたか。よい気味の/\。
 シテ、腹を抱えて笑った後、表情を引き締める。
(シテ)  それはさておき、改めてどれへ参ったものであらうぞ。
 シテ、暫し思案の体也。
(シテ) <手を打って>をゝ、工学部が良い。近頃は電脳うゐるすと申して、こんぴゅうたあなる西洋機械(カラクリ)に巣食ふ、いかにも恐ろしいうゐるすがあると聞いたことが御座る。某は生(ショウ)ある者のうゐるすの他は、終(ツイ)に取り扱うたことが御座らぬが、彼も此もともにうゐるすと名乗るからには、某に取り扱はれぬといふことは御座るまい。次は工学部へ参らうと存ずる。
 シテ、徐ろに歩み出す。
(シテ)  さても/\、あの医学部長めは憎い奴で御座る。改組以前は(ナ)、随分某を頼うで置きながら、この期(ゴ)に及うで、したゝかに居留守を喰はせをった。斯うと知ってゐたならば、わざ/\参りはせなんだものを。近頃残念なことを致いた。常々、彼奴(キャツ)が面は、見とむない/\と思うて居たが、学部長ぢゃと思うて料簡を(ノ)して置いた。思へばざっとよい病(ヤマイ)晴れをしたといふものぢゃ。それに引き替へて、次の工学部長殿は、某が日頃心安うする人ぢゃによって、万が一にもこのやうなことは御座るまい。
 シテ、上記の台詞を言いながら、I→L→H→Nの順に移動し、Gの方に向き直る。
(シテ)  イヤ、参る程に此ぢゃ。
 シテ、正面に向き直る。
(シテ)  某のことで御座れば、わざ/\案内を乞ふまでも御座りますまいが、そこはそれ、男は辞儀に余れぢゃ。まづ案内を乞はうと存ずる。
 シテ、Gの方に向き直る。今度は肩を怒らすことなく、ひたすら低姿勢にて恭敬の意を表すること。
(シテ) <深々と頭を下げて>物申、案内申。工学部長殿は、内に御座りまするか、御座るか。
(アド)  留守。
 アド、演技同前。シテ、即顔を上げ、正面に向き直る。
(シテ) <声に怒気を含ませて>何ぢゃ留守ぢゃ。ヱゝ、腹立ちや/\。此処も居留守を使ひをった。その儀ならば余所へ行かうまでよ。何、まだ農学部が残ってをる。某の実家は農家で御座る程に、あながち縁のないことでも御座るまい。
 シテ、空を見上げる体を為す。
(シテ) <慌てて>はや日も暮れ掛かった。急いで参らう。
 シテ、徐ろに歩み出す。
(シテ) <不安を押し隠し無理に笑顔を作って>イヤ、斯う申すも何で御座るが、次の農学部は、悉皆(シッカイ)安全牌と申すもので御座る。
 シテ、上記の台詞を言いながら、足早にFを経てLまで移動し、Gの方に向き直る。
(シテ)  イヤ、参る程に此ぢゃ。急いで案内を乞はう。
 シテ、正座する。
(シテ) <恐る恐るという感じで>物申、案内申。農学部長様は、内においでで御座りませうや。
 シテ、上記の台詞を言いながら、ゆっくりと土下座する。
(アド)  留守。
 アド、演技同前。シテ、これを聞きて、したゝかに頭を床に打ち付け、2、3秒静止する。
(シテ) <震え震え起き上がり>ハッハッハッ。何の/\。これしきのことで参る某ではおりない。まだ付属高校が残ってゐる程にの。
 シテ、Mまで急いで這って移動し、Hの方に向き直る。
(シテ) <早口で>頼みまする/\。某で御座りまする。校長先生様は…。
(アド)  留守。
 アド、今度は心持ち短めに発声すること。
(シテ)  ク…。
 シテ、Gの方に向き直る。
(シテ)  ならば、付属中学校は…。
(アド) <間髪を入れず>留守。
 アド、更に短めに発声すること。シテ、Fの方に向き直る。
(シテ)  付属幼稚園…。
(アド) <シテの台詞が終わる前に>留守。
 シテ、がっくりと頭を垂れる。
(アド) <謡>此処(コヽ)を訪(ト)へども留守といふ。
 シテ、謡が始まると同時に速やかに立ち上がり、扇を右手に持ちて、前に突き出しつつ、MよりKへ移動。「留守」のところで前にこける。
(アド) <謡>彼処(カシコ)を訪へども留守といふ。
 シテ、同様の恰好にてKよりGへ移動。「留守」のところで前にこけること、同前。
(アド) <謡>これかや天下に隠れなき、末世に流行るWe留守とは、
 シテ、Jで正面に向き直って座り込み、左右に向かって呼び掛け、自らをアピールする体をなす。「留守」のところでしたたかに頭を打ち付け、そのまま謡が終わるまで身動きせぬこと。
(アド) <謡>かゝることをや申すらむ。
 シテ、ゆっくりと顔を上げる。
(シテ) <両手を顔に押し当てつつ>うぇぇ、えぇ、えぇ。
 シテ、暫く泣いたところで、ふと顔を上げ、Nの方を眺めやる。
(シテ)  をゝ、あれにおはすは前(サキノ)中納言、もとい、前文学部長、紫綬褒章、中野朝臣(アソン)三敏公では御座らぬか。
 シテ、中腰になりつつ、視線をMの床に移す。
(シテ)  ヱヽ、文学部は某には聊か役不足では御座れども、この期(ゴ)に及うでは、背に腹は代へられぬ。
 シテ、Nの方に身を乗り出す。
(シテ)  申し、中野大先生様。私で御座る/\。何卒私を彼の栄光ある文学部に雇うて下されい。
 シテ、1〜2秒程耳を澄ます体也。
(シテ)  何ぢゃ留守ぢゃ。それそこにをられて、何の留守で御座りまするぞ。
 シテ、NからMの方に視線を走らせる。
(シテ) <慌てて>アヽ、なお逃げやっそ。贅沢は申しませぬ。彼の悪名(アクミョウ)高き、国文研究室の助手でも良う御座る。斯う見えましても某、国語は一(イチノ)の得手で御座る。<目を伏せながら、小声で>と申しましても、小学校の時分のことで御座るが。<視線をもとに戻して>何と、助手のポストはもうないとおほせらるゝか。これはいかなこと。
 シテ、1、2秒思案の体の後、慌てて顔を上げ、視線をMからLへ移動する。
(シテ)  アヽ、お待ち下されい/\。助手で悪しくは、てぃーちんぐあしすたんとにお雇ひ下されい。その辺のタコ院生よりは何ぼうかましで御座らうぞ。
 シテ、視線をIに移動しながら立ち上がる。
(シテ)  申し、中野大先生様。お待ち下されい。遣るまいぞ/\。
 シテ、上記の台詞を言いながら、扇を右手に持ち、前方に突き出した恰好にて、F→B→@と移動。「遣るまいぞ」を繰り返しつつ、足早に楽屋に入る。留め。


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