小説にチャレンジして見ようと思いまして初春ですし       戻る
                      (この小説はフィクションであり現存の事実またはメンバーなどとは一切関係ない事を誓います)
「プロローグ」

「俺は、もうたくさんだ、もう、こんな事やってられっか、たくさんだったら、たくさんだ!!」
ギタリストのピートが叫んだ。
ここは、スタジオ286、ロック・バンド「H」の練習の真っ最中、突然ギタリストが切れたのだ。
「げっ!まずい、きっと、こいつが次に言うのは・・」
リーダーであるロジャーは「いつもの事だぜ、まったくこいつは」と思いながらも次の展開を予想した
「俺は・・・辞めるぜ〜〜〜!!!!」ピートの絶叫がスタジオ内に響きわたる
スタジオの換気ダクトが絶叫の振動でかすかにきらめいた気がした
「うげげ〜さてと、どうしようかな?
 来月のライブは入ってるし、次の月はないけど、その次は毎年恒例のライブがある・・あれは外したくないし
 こいつが辞めたら次を育てるまで2ヶ月はかかるし初心者だったら、もっとだろ〜今空いてるギタリストはあ〜
 うう〜〜ん、丁度はいないぞ〜くっそ〜もうちょっと早ければあいつに声かけたのによ〜
 じゃ〜あいつかあ〜って、ダメだあ〜、あいつは6バンド掛け持ちしてるぜ、くっそ〜よしっ!
 第1案、なだめる・・だがしかし、ここで、低姿勢に出て毎回こう脅されちゃ、かなわん、
 ずっと長くやっていく仲間だろ、自信を持て「俺」
 つ・・強く出るんだ、大丈夫がつ〜〜〜んと・・・言って、ああ、ホントに辞めたらど〜しよう
 そしたら、来月はライブが入ってるし、そして次の月は・・」
リーダー・ロジャーが巻き毛を震わして回転系の悶絶に絶句する様子を
ピートは「あほんだら」と思いながら睨みつけ興奮した手つきで愛用のSGをケースに詰め込むと
スタジオを飛び出した
振り向くと夜の闇にコンクリートのスタジオが月の光を浴びながら無愛想に建っていた
その姿は、あたかもたくさんのバンドマンを吸い込んでは吐き出し夢を食い尽くすモンスターの様だった
「俺は人間が嫌いなんだ・・男も女も、俺は信じない」ピートは駆け出した

「あ〜行っちまった」ドラマーのキースが無邪気に言った
「大丈夫さ、別に何て事ないさ」常に冷静で大人のジョンが、のんびり呟いた、
(確かに・・だが、もし万が一の場合はど〜すんだ〜補充するかライブをキャンセルするか
 君達ちゃんとキャンセル料割り勘してくれるんだろーか?
 主催者に何て言おう・・ああ〜次のライブの時もさそってくれるだろーか・・キャンセルしても〜!!)
ロジャーは悶絶のあまり宙を見つめ、そしてひと言呟いた
「くくっ・・・スタジオ代貰ってないぜ・・くそ〜俺が立て替えるのかよ〜」
リズム隊のアドリブが「ま〜そーだろーなー」と鳴っていた                            つづく

スタジオから走り続けていたピートは、愛宕大橋の辺りで息を切らした
大きな月が橋の欄干にもたれ水面を眺めるピートの背中を照らしていた
「ちきしょーあいつ等、まったく何をやりたいんだかなんて、ぜ〜んぜん判んないぜ
俺はもっと・・もっと・・俺は・・」
(そう・・俺はもっと・・何をしたいんだろう・・)真っ黒い水面が、こだまを返した「いったい何を?」
(そうさ、俺はいったい何をやっているんだろう、ギターを弾いてバンドをやってギターを弾いて
 そして、いったい何が残るんだろう、つまらない写真と音源が増えて行くだけだ、くそ〜
 何年やってもギターの事なんて、さっぱり判りゃしねーリズム・ギターの何処が悪い
 フォークギターで悪かったなあ〜俺は(クラシック)ギター部出身だあ〜
 早弾きなんて出来てたまるかあ〜!!
 ギターなんて止めてやる〜SGが何だってんだ、この橋の上からぶん投げてやる〜!!)
ピートはギターをケースごと頭の上に振り上げると腕に思い切り力を込めた
「さよならだ〜俺のギターライフ!愛しのSG!あばよお〜〜〜!」

スタジオをハケながらもロジャーの苦悩は続いていた
(だいたいだ〜何だか俺って苦労してる様な気がするぜ
 バンドを始めて早5年、音楽を楽しむよりバンド運営の調整に明け暮れてる
 くっそ〜だんだん腹立って来たぞ〜、よ〜し、頭来たから俺だって暴れて反社会的な行動してやる
 そ〜だ、まず手始めに、このスタジオで何か・・え〜と、機材は壊しちゃいけないしい現状復帰は義務だし〜
 マイクスタンドは脇に寄せて・・メンバーに八つ当たりすると次の練習が怖いし〜
 そーだ!灰皿の吸殻をごみ箱に捨ててやる〜!うん、世間では吸殻は灰皿に捨てるって事になってるし
 ごみ箱に吸殻を捨ててはいけませんって書いてある!
 ああ〜書いてある事に従わないなんて、すげ〜反社会だぜ〜!よし!
 んじゃあ、吸殻の火が消えてる事を確かめて・・と、火事になったら大変だ
 ジュースたらした方が安全かなあ〜じょぼじょぼ〜よし、絶対安全だな
 よ〜いしょっと、ばさ〜おっと灰がこぼれちまった、
 ティッシュ・ティッシュでふきふ〜きと・・スタジオ汚すと悪いしなあ〜)
「何やってんだ〜あいつ」「さ〜片付けてるんだろ〜灰皿いっぱいだったしな」「てーねーだよな〜」
リーダーの思惑と現実に誤差が生じるのは、このバンドではよくある事だった                   つづく

ピートは困り果てていた、と言うより鉤状になっていた
思い切り橋の外へ放り投げた自分のギターから最後の最後に手を放す事が出来なかったのだ
欄干を腹に挟んで「ク」の字に、なりながら右手はしっかりSGケースの肩ベルトを掴んでいた
「くっそ〜やっぱり捨てられないぜ、だってだって俺はギターが好きなんだ・・
 それにしても重いぜ、けっこ〜ここは腹筋で、ふんっ!げ〜俺って力ね〜くっそ〜誰か通れよ〜
 もう20分はこの格好だぜ、くそ〜・・・と、ピンポンパンポン・・おっ!電話だ。出れねーよ・・いやっ!
 無理しても出て助けを求めた方が正解かも・・そうだ、俺には腹筋がある、橋を掴んでいるこの左手を
 放しても、きっと大丈夫だぜ、腹を使え腹を・・もしもし〜」
 
「ほい、今日のスタジオ代ひとり千円ピートの分は(しょーがねーから)俺が立替とく!キース
 ピートは電話に出たか〜?」
「ああ、今話してる、何々、俺は鉤状になってる?はあ?腹筋?」
「なんだって〜」
「わかんね〜、腹筋でSGを支えてるんだそーだ」
「なんだ、それ、あいつ何時からそんな曲芸を・・じゃあストラップいらねーじゃねーか」
「それは立派なバンドの売りになりますよ、リーダー」
「だよなーそれも、いいな〜あれっ?電話終わったんか?んで、あいつ今何処だって?」
「うん、俺は愛宕橋の上だ〜!!ぎゃあああああ〜〜〜〜!!って言ってました」
「なんだ?最後のぎゃあってのは?」「さ〜何でもSGが落ちそうなんだとか」
「何っ!SGは落としたら絶対壊れる、いいかげんにしやがれなギターなんだぜ、
 ジョーダンじゃない、あいつの音はSGにブルース・ドライバーだ
 他のギターの音なんて、あいつじゃねー何だか判らんがSG救出作戦だ!
 橋へはしれえ〜〜!おっとジョークが決まっちまったぜ、わっはっは〜」
1人と相手の対面もあるだろうから無理にでも笑わなくちゃいけないんだろうかと迷っている2人は
橋へはしった

ピートは橋にぶら下がっていた、電話に出た拍子にバランスを崩して欄干からずり落ちかろうじて
橋に掴まっていたのだった
「おお〜何だ、これは〜!!SGは無事かあ〜!!」ロジャーが叫んだ
「お前よ〜言う事は、それだけかよ、人間とギターとどっちが大切なんだよ、だからお前は〜」
ピートが苦しそうながらも反論した、正論だった。
「そりゃ〜お前だよ、だけどそれ落としたら来月のライブは何使うんだよ、これは大変な問題だぜ」
「あほんだら、俺だってもう一本ギター位持ってるわい!」
「ああ、あの初心者セット1万5千円のだろ〜アンプ代引いたら8千円位かな?
 お前あれでライブする気かよ〜笑っちゃうぜ〜」「なに〜」
「まあまあ、ロジャー君、いろいろ積もる話はあるだろーが、まあ相手は腕一本で橋にぶら下がってる男だ
 まあ、大目にみてやろうじゃないか」
「つーか、みんな俺を助けろ〜!手を貸せ〜!」

「おっと、確かにそ〜だった。ほれよっと、みんなピートを引っ張れ〜よ〜いしょっ
 ぬぬ〜以外と重い、まずいぜ、こりゃ〜3人でも持ち上がらないぜ」
「振り子になってますからね、重心が下にある、ギターでも捨てれば何とかなるかも」冷静なジョンが分析した
「何!なんと、うう〜む、うう〜む、仕方ないピート、ギターを捨てろ、お前だけなら何とかなる」
「嫌だ!」「な事言ってる場合じゃねーぜ、ピートギターを捨てろ」
「嫌だ、俺はこのギターでずっとライブして来たんだ、初ライブから俺の盾になって俺を守ってくれたんだ」
「なんつー意地っぱりだ、こいつ、仕方ない、キース、ピートの手をしっかり持ってろよ
 ジョン俺の体を支えてくれ、欄干の上から俺が奴の体を引っ張り上げるから・・」

ロジャーは欄干の上に体を乗り出しピートのシャツを引っつかんだ、ピートの体温がシャツを通して伝わって来る
かなり不安定な体勢だった
「ど〜れ、そ〜と、そ〜と、1・2・3・ビリッ・・何!ビリィ〜〜〜?うわ〜キース、ピートの手を放すな〜」」
ロジャ〜はピートの手を、すんでの所で掴めた・・が、今度はロジャーの上半身まで欄干の外だった
「また振り子が長くなった」
「あほジョン、お前は何でも人事だ、一回何でもいいから当事者になってみろ、くそ〜しっかり体を支えろよ〜」

「おい。ピート、ギターを放せ」「いやだ」「おい、こっから落ちたら死ぬぜ」「いいさ、別なギター探せよ、」「・・」
「それよりさ、ロジャー、このまんまだとお前も落ちるぜ、お前こそ手を放せよ、死んでからまで怨まれちゃかなわん」
「あほおだな、ほんとに、お前は、俺はメンバーの手を放す様なリーダーじゃねーぜ
 いつでも、俺が放されてるだけさ、まず、いいさ、いいか?俺はお前が側に居てくれた事に感謝してる
 あの時も、この時も、お前は普段は好き勝手に生きてるけど、いつも、ぎりぎりの時には側に居た
 だから俺はバンドを続けられた、正直俺はお前の事をよく判らない、先の事も
 だけど、お前は俺が泣いていた時、黙って側に居た、だから俺はこの手は離さないぜ」マジな顔だった
「俺はお前と一緒に、このいけ好かないバンド業界を闘って行きたいんだ!だろっ!、」
ピートは驚いた様な瞳でふ〜と顔を上げ言った、
「だな、そうだった・・俺お前を助けて来たのかもしれないな、気が付かなかったけど
 ふふっ、そんじゃあ〜助けついでに今度も助けてやるぜ、お前の命をな」
そして、にこりと笑うと掴んでいた手から力を抜いた
黒々とした闇がピートを吸い込んだ、後に残ったのは
「化けて出るから、よろしくな〜」と言うピートの叫び声だけだった                            つづく

「何だよ・・これ、俺お前を掴んでたじゃないか、何だよ、いつでもこうだよ、お前って
 どうして、そうやって、知らん振りして・・そして・・そして助けるんだよ、俺どうすりゃいいんだよ
 ちきしょー、思えばお前は、いい奴だった、葬式には絶対行くからな
 そうだ!お前のお棺にはSGを入れてやるぜ、お前の一番大切な物だもんな
 ん〜火葬場の人は許可してくれるかなあ?
 お客さん、困りますよ、こんなもん入れちゃ、なんて怒るかもな、焼きあがるまで2倍かかりますよ
 なんて言われたりして・・いいさ、ピート、お前との友情の為に俺が焼き場の親父を説得してやる
 墓には、そ〜だな〜、エレキ弦と、そりゃ、ピックを備えるっつーのが常識的かな?
 お前はアニ―の黄緑とティアドロップ型ハードピックだよな、オニギリ型は嫌いだぜって言ってた
 好みにうるさいからな、お前って、絶対決めたもんしか使わなかった、ああ〜涙が出るぜ
 ところで、SGって、ちゃんと焼けるんだろうか・・なあジョン、SGって燃えるかなあ?」
「えっ、ああ、そう・・ジミヘンがちょろちょろって燃やしてたじゃないですか、多分燃えますよ
 ところで、この際なので忠告しますが、リーダー
 化けて出る前に、とりあえず助けるってのはどうですか?」
「何っ!だって、あいつ落ちたんだぜ、今頃河をどんぶらこ流れてTHIS IS THE SEAだぜ」
「リーダー、ちょい下を見てくださいな、これは中州ですよ、しかも川辺寄りの何となく行けそうな気がしませんか?」
「おおっ!ほんとだ、早速降りよう」「もうキースが先に行って降り口を捜してる筈だし」「よ〜し、じゃ〜行くぜ〜!!」

(宙を飛んだ部分なんて憶えてない、一瞬だったし着地は直ぐだった
 だけど、俺はもう死ぬのかなあと思った瞬間の気持ちは憶えてる
 俺、もっと人を愛したり、人にも愛されたりすれば良かったんだよなって
 一瞬だから、それ以上は感じられなかったけど・・)
ピートは寝転がったまま橋を見上げた、自分と言う人間がまだ、そこにぶら下っている様な気がした
それは怒りだったり見栄だったり憎しみだったり欲望だったり
その全てを橋に引っ掛けたまんま、中身の人間としての魂だけが、ずるりと滑り落ちた、そんな気がした
俺、明日から人間変わるのかもなあ
凄い素直でいい奴になってたら、どうしよう、それって俺じゃね〜よな〜そ〜だ、SGはどうなったかなあ〜)

ピートはしっかり掴んだSGを引き寄せ開けてみた
ネックを掴んで、ぐぐっと引き寄せるとヘッドの部分がばっくりと大きく割れたSGが顔を出した
(ああ・・そうだよな〜無事な訳ないよな・・つーか・・これで済んだのは奇跡だよ、だけどな〜)
ピートはばっくり開いたSGの傷口を眺めて、つくづく悲しい情ない気持ちに襲われた
(お前、壊れんなよ〜身体なくなったみたいな気分だぜ〜)
「あら?だって、あなったって、さっき私を捨てようとしたじゃない、だから私壊れてあげたのよ」
ギターが答えた様な気がした
(だよなあ〜俺が悪かった、すまん、だからこれからもずっと一緒に居てくれ・・なっ)
「判ったわ、じゃあ、修理してね、
 ラオックスできっと6万5千円かかると思うけど、それ位出してくれるわよね!!」
(出すさ・・愛するお前の為だもの・・・てか・・・)

目をつぶると河の水音が音楽となって自分を包んでいた
(人は河をながれ海にたどり着き旅は終わるんだ、俺は今上流に居るのか
 それとも、知らずに河口に居るんだろうか
 まずは旅の終わりは今日じゃあなかった・・こんな人生で河口じゃ、たまんね〜
 俺は、もっと長い旅をして大きい河口に出たいぜ、SGと一緒にな・・そして)

「お〜い、居たぜ〜ここだあ〜」キースの大声が聞こえた、間もなくロジャーが駆け寄ってきた
「ああ〜居たぜ、バラバラにもなってない
 ぎゃあ、目を開けた、動いた、逃げろ〜あっ!違うか・・おい、心拍数は正常か?!脈拍はいくつだ!?
 返事をしろピート!!」
「わ・・判るか、そんな事、痛くて動けねーぜ、だがな、多分、全身打撲と内臓破裂だぜ、この感じだとな
 ほ〜〜れ、きっと今に口から血をゲボゲボ〜っと吐いてえ〜」
「ぎゃああああああ〜〜〜止めろ〜その先は言うなあ〜聞きたくない〜」
「ほんとに、お前って人の言う事を真に受ける男だよな、こうして話してるんだぜ、死なね〜よ」
「だって、誰かがここから落ちたら死ぬぜって・・ん??俺が言ったのか・・」
「よく考えると、こんな所から落ちても、なかなか死ねませんよね」ジョンが冷静に分析した

「まずは、良かったさ。おい起きろよ、結局は打ち身だけか?たいした事なくて良かったよな〜
 そ〜そ〜そう言えばスタジオ代なんだけど〜」
「・・・・お前ってさ〜良かったな、の次が、その言葉かよ、それってさ〜ちょっとさ〜」
「えっ!何言ってんだよ、無事だったんだね良かったね、が終わったら事務連絡だろ
 俺は本気でお前の事心配してるんだぜ!」
「ほお〜そ〜かい、じゃあ、この言葉を聞いてもお前は冷静で居られるかな?
 SGは、ぶっ壊れたぜ、来月のライブには間に合わないぜ!!」
「な・・なに〜!!なんだと〜何て事してくれやがるんだ〜お前はあ〜〜!!」
「ほ〜れ、動揺してるぜ、まったく」
ピートは、悶絶するロジャーを、妙に明るい気分で眺めていた
「ほんとに俺って口だけ達者な男だよ、怪我してんのによ、
 だけどな、いくらお前が動揺しようとも、さっき橋にぶら下りながら聞いたお前の言葉は忘れんぜ」

月は明るく広瀬川を照らし4人のバンドマンを浮かび上がらせる
「ま〜ま〜ロジャー、ダスキン・レント・オールにSGもあるかもしれないじゃないですか」
「あほジョン、そんな物ある訳ねーだろー」
「確かに、ある訳ないのは知ってるけど、そう言ってこの場が収まるのなら、いいかな〜と」
「だから〜ど〜してお前はあ〜」「誰か俺を病院に運べよ〜」「知るか〜」「何〜」
こうして4人の楽しい練習は今日も終わったのでありました!!                      「完」