ある地域に、「水没した都市」と呼ばれている、都市の大部分が水没した遺跡がある。
この遺跡は、かつてこの地に栄えた魔法文明国家の遺跡だと言われている。
ある調査チームの報告によれば、この都市は数千年前に建立されたもので、このような発達した都市は、当時の世界には―少なくとも学校で教えている歴史の中では―存在し得ないものだ。
この都市を造ったと言われている魔法文明国家には、もう一つの言い伝えがあった。
海を汚し、世界に災いをもたらす魔法の兵器「波蝕の鎧」の伝説が。
ナッシュがこの遺跡に立ち寄ったのは、その「波蝕の鎧」の手がかりを掴むためだった。
この遺跡は、幻想的な雰囲気漂う空間だった。
都市の大部分を飲み込んだ水は、青く透き通るきれいな水で。
都市もまた、当時の姿を今にとどめている。
時折、天井から差し込む光が都市全体を照らす。
今にも人が目の前に現れるのでは、と思うのだが、その気配はまるっきりない。
静かな、とても静かな・・・・・・。
「雰囲気はいいんだけど・・・・・・退屈ね・・・。」
黒い服に緑色の髪の女が、周囲を見渡した。
「お前なあ・・・観光に来ているんじゃないんだぞ。」
ナッシュがため息をついた。右手にはいつ敵に襲われてもいいように、拳銃を握り締めている。
「何か面白いことがあるかな、って思ってついてきたのに・・・見当違いだったわ。」
女が少し残念そうな表情を浮かべた。
「・・・飽きっぽい女だな。」
ナッシュがきつい一言を言う。
「せめて”好奇心が旺盛”といって頂戴。」
女がそっぽを向いた・・・と。
水の上に林立している柱の間に、一人の青年の姿が見えた。
青年は薄黄色の丈の長い上着を着、その上に短い丈の外套を纏っている。
顔立ちは東アジアの人々に近く、身長は女より少し高いぐらいだろう。
その青年が、床の上を歩くように水面の上を歩いている。
女が青年を指差して、ナッシュに声をかけた。
「あの子、春麗の弟子って言う子じゃない?」
ナッシュも青年を見た。
「・・・確かに似ているが・・・。」
ナッシュは首をかしげた。
確かにその青年は、自分と同様、「波蝕の鎧」捜索隊に参加しているメンバーである。
しかし、彼は自分とは違うチームに所属していて、現在はこの場所にいないはずである。
「ちょっと声をかけてみるわ。」
女はそういうと、黒い羽を広げた。
女は宙に舞い上がると、青年のところに飛んでいった。
「おい!モリガン!」
ナッシュが呼びかけたが、”モリガン”と呼ばれたその女には聞き耳持たずの状態だった。
「ねえ、坊や。」
モリガンの声に、青年が顔を上げた。
間近で見ると、本当に例の”春麗の弟子”そっくりだ。
「・・・・・・。」
青年はただ、モリガンを見上げているだけ。
「お友達はどうしたの?・・・迷子?」
「・・・・・・。」
「・・・私の美貌がきつすぎるのかしら?」
「・・・・・・。」
「・・・さあ、こっちにいらっしゃい・・・。」
モリガンが青年に手を差し伸べた。
青年は右手をすっと挙げ、モリガンに手を差し伸べた。
しかしその手はモリガンの手を握らず、モリガンの胸に手をかざした。
「・・・・・・消えろ。」
青年の言葉とともに、すさまじい突風がモリガンを襲った!
「きゃあっ!」
突然の奇襲にモリガンはなすすべもなく、風に吹き飛ばされてしまった。・・・このままでは床に激突してしまう。
「危ない!」
ナッシュは豪快なヘッドスライディングで突っ込み、ギリギリのところでモリガンを受け止めた。
「大丈夫か?」
ナッシュはモリガンに訊いた。
「・・・おかげさまで。」
モリガンはあまりダメージを受けていないようだ。
そんな二人を見て、青年が言った。
「・・・ほう、連れがいたのか・・・。」
ナッシュは拳銃を構え、青年に誰何した。
「・・・誰だ、お前は?」
「・・・名のるほどの者ではないが・・・命が惜しくばここから立ち去れ。」
「・・・残念だが、俺も仕事でな。」
ナッシュがきっぱりと答えると、青年は再び右手を振り上げた。
すると、水が螺旋を描きながら青年の左右に集まり、大きな水柱となった。
青年はナッシュにささやいた。
「・・・それなら・・・力ずくでも帰ってもらおう。」
水柱が2本、ナッシュ達に向かって突進してきた。
ナッシュは拳銃をしまい、右腕を後ろに引いた。
そして、フリスビーを投げる要領で、三日月状の闘気弾を水柱めがけて投げた。
「ソニックブーム!」
闘気弾は水柱にぶつかり、水しぶきを上げた。
その隙を付いてナッシュはモリガンの腕を掴み、都市の奥へと駆け出した。
「ちょ、ちょっと!」
モリガンがナッシュに叫んだ。
「今は逃げるのが先決だ!」
水しぶきが止んだ時、ナッシュとモリガンの姿はそこにはなかった。
「・・・・・・逃がさん。」
青年の言葉に呼応するように、水の中から何十匹もの蛇が顔を出した。
青年は蛇に向かって命令した。
「今の二人を逃がすな。」
蛇は主の命令を聞くと、すぐにナッシュ達を追いかけた。
逃げるナッシュとモリガン。
二人を押し流さんばかりの勢いで、水から生まれた蛇が追いかけてくる。
そのあまりに多すぎて、あまりにしつこい蛇の大群に、モリガンは高揚感を通り越して嫌悪感さえ感じた。
「・・・しつこいわね。」
モリガンが体をのけぞらせ、右手に妖気を纏わせる。
右手に纏った金色の妖気は大きな火の玉となって、蛇に向かって放たれた。
「ソウルフィスト!」
火の玉は蛇の群れに命中し、蛇の体は無数の水滴となって飛び散った。
「・・・たいしたことないわね。」
と、モリガンが不敵な笑みを浮かべた。
しかし。
散らばった水滴が―まるで心を持っているかのように―寄り集まってきているではないか。
しかも、少しずつではあるが、元の姿に戻りつつある。
モリガンは軽い驚愕を受けた。
ナッシュが叫ぶ。
「モリガン、下がってろ!」
ナッシュの言葉で我に帰ったモリガンは、後ろに飛び退いた。
ナッシュが右脚を振り上げ、その勢いで弧を描きながら、後ろに向かって飛び上がった。
「サマーソルト!」
ナッシュの振り上げた脚の軌道に沿って、白い鎌形の衝撃波が生まれた。
衝撃波は天井に激突し、上から瓦礫の雨を降らせた。
蛇になりかけていた水は、あっという間に瓦礫の下敷きになった。
ナッシュは地面に降り立つと、一言呟いた。
「これで少しは、時間が稼げるだろう。」
そして、すぐに瓦礫に背を向け、モリガンとともに奥に走り出した。
蛇に追われ、第六感を頼りに走っていくうちに、二人は遺跡の奥の、大きな広間にたどり着いた。
床に浅く細い溝が縦横無尽に刻まれており、溝に沿って水が流れている。
水は部屋の中央の、七本の柱に囲まれた空間に吸い込まれていく。
七本の柱の上には、直径60センチぐらいの黒い球体が宙に浮かんでいる。
「・・・これは・・・!」
時々赤や緑の模様が浮かぶこの球体を見上げて、ナッシュが呟いた。
「・・・・・・”ワーニング・スフィア”!」
ナッシュの呟きに、モリガンが続く。
「・・・そのとおりだ。」
「!?」
二人は後ろを振り返った。
例の青年が追いついたのだろうか。・・・・・・しかし、青年の姿はどこにもない。
「あいつの声・・・。」
「と言うことは・・・。」
二人は黒い球体に視線を向けた。
声はまさしく、目の前の黒い球体からだった。
「・・・なるほど・・・。さっきの男はお前か。」
ナッシュが言った。
「・・・そうだ。」
球体は緑色のほのかな光を放ちながら、答えた。
「・・・あなた、”カタストロフ”と同じ姿をしているわね。・・・もしかして、お仲間かしら?」
モリガンが球体に言った。
「ほう、”カタストロフ”を知っていたとは・・・只者ではないな。・・・・・・・・・私の名は”インプリケイション”。・・・お察しのとおり、私も”カタストロフ”と同様、ある男によって創られた存在だ。」
球体は二人に答えた。
「その”ある男”とは何者だ?」
ナッシュが球体に尋ねた。
「・・・少なくともお前達二人の先祖ではない。」
球体のその答えに、モリガンは興ざめした。
「・・・あなた達って、本当にお堅いわね。・・・他に言うことはないの?」
「・・・どんなことだ?」
「そうねえ・・・あなたがあの坊やの姿で私たちの前に現れる理由、とか。」
球体はくっくっと笑った。
「・・・そんなことか。」
「まさか・・・・・・その”末裔”と言うのは・・・?!」
ナッシュとモリガンがその”末裔”の名を言いかけたそのとき。
「・・・そこまでわかれば、もうお前達に語ることはない。」
黒い球体が緑色の光を放ち、高速で回り始めた。
「・・・・・・帰れ。」
その言葉と同時に、二人の目の前に大きな水の壁が迫ってきた。
「津波だ!」
ナッシュが叫んだ。
「逃げるわよ!」
モリガンがナッシュの手を掴み、空に舞い上がる。
だが。
津波は二人の想像以上に高かった。
二人は津波から逃げ切れず、飲み込まれてしまった。
「うわあーっ!」
・・・・・・・・・
気がついた時、二人は最初に青年を見た所まで流されていた。
二人がさっきまでいたはずの遺跡は、すでに消えてしまっていた。
「何だったのよ・・・もう・・・!」
モリガンが頭を振りながら起き上がった。
ナッシュは頭を掻いて、答えた。
「さあな・・・ただ・・・・・・・。」
ナッシュはそう言いかけて、視線をモリガンから遺跡の入り口に目を向けた。
遺跡の入り口に人が見える。
その人はフードのついたトレーナーを着、紺色のズボンをはいた青年・・・春麗の弟子だった。
何も知らない青年は、二人に向かって手を振った。
「ナッシュさん!モリガンさん!大丈夫ですか?!」
END