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夫の独り言

私のパソコン遍歴(Feb.11, 2001)

(今回は江國さんとは全く関係ありません)
 もう1ヶ月前のことですが、21世紀への手紙が16年前の自分から届きました。この手紙には当時の自分がNECのパソコンPC-8801mkII SRのゲームにはまっていることが書かれていました。
 私が最初に触ったパソコンはNECのPC8201ハンドヘルド型というパソコン(1983年発売)です。父が仕事の関係で使っていた物で、電子タイプライターの画面が縦5行ぐらいある物でした。当時のパソコンはNECで言えば9800シリーズ8800シリーズ6000シリーズなどがあり、富士通はFM7などがありました。ハンドヘルドというのは一応持ち運びができるという物で、とても椅子に座ってもも(ラップ)の上に置いて使えるような物ではありませんでした。その後パソコンは小さくなって、ラップトップパソコンから、ノートパソコンへ、そしてパームトップ、PDA(personal degital assistants)さらには携帯へとどんどん小さくなりました。当時はハードディスクもなく、すべて何らかの記録媒体に必要なデータは記録させていました。我が家にあった記録メディアとしてはなんとカセットテープ。パソコン用のリーダーのないカセットテープと専用のテープレコーダーがあり、いちいちそれとパソコンをつなげて記録していました。そして私が小学校4年の頃初めてMSXというパソコンを買って貰ってもらいました。当時は色々なメーカーがMSXパソコンを作っていて、SONY・SANYO・CANON・PIONEERなどがMSXパソコンを売っていました。ちなみに私が愛用したのはYAMAHAのパソコンで、MSX用のカートリッジ式のゲームで遊んでいました。BASICという言語も少しいじるようになり、考えてみたら、中学校に入る以前から、英語の単語は少しは知っていました。その後、父親がNECのPC-8801mkII SRというパソコンを買ったため、私もそれをいじるようになりました。ただ、買ってすぐにまた新しいパソコンが出てくるという、サイクルの早さに、ちょっとうんざりしたのもその頃です。そして、高校に入ってからはあまりパソコンはいじらなくなりました。
 その後、再びパソコンをいじるようになったのは、大学の情報処理の授業をうけてからです。パソコンを欲しいという気持ちはありましたがまだまだ値段が高くてどうせワープロぐらいにしか使わないだろうと考えて、東京で一人暮らしをしていた私はNECの文豪MINI5UJというワープロを買いました。今でこそ英語のスペルチェック機能はワープロにもパソコンのワープロソフトやメールソフトにも標準でついているようですが、当時はわざわざスペルチェックのカードを買わないとスペルチェックはできませんでした。あと、英文に関して言えば、右揃えという機能もいまでは何も指定しなくても英文であれば自動的になりますが、当時はその機能すらないワープロもありました。
 その頃(93年)父親はというと、仕事場でMACを使い始めました。それを初めて見たときは今までと全然違うパソコンの形態に驚きました。まず、マウスという物があったこと。今でこそマウスのないパソコンは皆無ですが当時はとてもめずらしかったのです。つまりGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)というものになり、マウスでアイコンをクリックすることでアプリケーションを始めることが可能になっていました。あと、スイッチがキーボードにあったこと。それまではパソコンの本体にスイッチがあるパソコンしか観たことがありませんでした。また、スイッチを切るという作業も、パソコンの中で終了のコマンドを入力することで終わることも驚きでした。だいたいそれ以前は具合が悪くなったら、てきとーにスイッチをオフにすればよかったのです。まあ、ハードディスクがなかったという理由もあるのでしょうが。あとそのMACに関して言えばディスプレーと本体が一緒になっていました。昔はパソコン用のディスプレーとパソコンを繋いで使う物しかなかったし、MSXに関して言えばフツーのテレビにビデオの映像端子と音声端子(モノラル)でつなげて使っていました。
 そして本格的にパソコンが普及する時代に入ったころ私はアメリカにいました。95年の1月から3月中頃まで私はアメリカのミネソタ州立大に短期留学していたのですが、当時既に留学生でも全員メールアドレスを与えられました。日本語の使えるパソコンは数が限られていたのけれども、日本の友人とメールをしたのは楽しい思い出です。その頃驚いたことはホームステイ先のパソコンがインターネットにつながっていて、小学校5年のホストブラザーがAOLでKIDS ONLYのサイトで数人の女の子といくつかのチャットルームでチャットしていたこと。ホストの母親が旅行に行くのに航空券をインターネットで予約、支払いしていたこと。事情があってホストの父親が家にいなければならないときに、在宅で仕事をしていたこと。大学でE-CARDを友達に送ったこと。すべてもう6年も前のことです。そのとき、まもなくパソコンがものすごい勢いで日本に来ることを感じました。ちなみにこの時ホストファミリーでも留学先の大学でも使っていたのはすべてMACでした。
 その後日本の大学にもどりWINDOW95のブームでパソコンが普及するものの、一人暮らしではとても買えるような物ではなかったし、MACに対する憧れはあったけれども当時のMACはめちゃめちゃ高くてだめでした。メールに関して言えば、大学でメールアドレスをもらえたのでアメリカの友人には連絡を取ることができましたし、それで十分でした。
 社会人になり、当時の彼女(今の妻)が留学中に買ったMACを貰いました。CPU75MHz・HDD1GB・16MのMACで、OSは英語版の7.5.1。このパソコンをメモリー64Mにして、日本語のOS8.5をインストールして使い始めました。モデムも144bpsを56Kに変更。パソコン本体とディスプレーが別のタイプで、途中でディスプレーが壊れたので安い日本製のディスプレーを買って約1年半間使いました。個人的には父親のMACを観たときの衝撃とアメリカで使っていたパソコンがMACだったんで、愛着はありました。ハードディスクに名前が付けられるところや、OSをインストールした日をパソコンの誕生日として認識するところや、お正月には「謹賀新年」と立ち上げの画面に出るところなど、かわいらしいところが好きでした。それでももう古くなってしまい、よくフリーズするので新しいパソコンが欲しくなりました。私が自分のお金で初めて買うパソコンです。MACを買うかWINDOWSを買うか、2ヶ月ぐらい悩んで、初めてWINDOWSパソコンを買うことにしました。アメリカのホストの家もWINDOWSに買い換えたという話も聞いていて、会社で使うパソコンもWINDOWSということを考えると少しはWINDOWSに慣れた方がいいかなと思ったのもあります。iMacはディスプレー一体で場所をとらないのはいいのだけれども今あるディスプレーがもったいなかったし、MACのデスクトップはめちゃめちゃ高いのしかなくて諦めました。(その後G4CUBEが出たときはちょっとうらやましかった。)結局買ったパソコンはGATEWAYのペンティアムIIIで600MHzのものです。それが我が家に来て触った感覚は妻も私も同じで「かわいくない」というものでした。まあ、パソコンはかわいいとかかわいくないとか言う物ではないのでしょうが、効果音やら壁紙やら、標準でついている物はMACの真似に思えて、触ること自体が楽しいパソコンではないのかなと思いました。とは言っても、次第に愛着もわいてきました。その後このHPを立ち上げて、今は何も問題なく動くし、フリーズしたことはありません。もうすぐこのパソコンが来て1年になります。シェア的なことも考えるとWINDOWSにしてよかったのかなと思います。それでも、MACを見捨てたことに対する後ろめたさもあります。GUIやマルチタスクなどの先駆的な考え方をいち早く採用したMACは、パソコンの普及に大きく貢献したのは間違いないし、マックユーザーをあれほどまでに魅了するMACの魅力は、すごいと思います。ちょっと悲しいことですが良いアイディアがあってそれを最初に使った会社がいつまでも安泰というわけではないのが現実のようです。
 今後は、もう少しHTMLやCGIを勉強したいです。
 全くの趣味の雑記を読んでくれた方ありがとうございます。でもこんなの何人が読むのかな?