実学ノススメ
前に大学院で講義を聴いていたときの次の言葉が印象に残っている。
「学問は実学であるべきだ」
つまり、学問は何らかの形で社会貢献するものでなければならない、ということだ。
我が北大の教育理念の一つに「実学」というのがあるが、
では実学とはどのようなものか、をここでは考えてみたい。
始めに強調したいのは、私のいう実学とは、学んだ知識を役立てよ、ということだけではない。
知識そのものは役立たないかもしれないが、勉強することで得た考え方を役立てようと考えるのも、実学なのである。
まず、私はこの考えに対し、賛成である。
ただ学ぶだけでも、学ばないよりましだが、どうせなら、自分の勉強したことを、何かの役に立てたいものだ。
大学は、クイズ王養成所ではないのだ。
就職試験などで、人事課がよく聞くことに「大学時代何を学びましたか」というのがあるが、
一つの解釈として、「あなたが大学で学んだことは、将来の仕事でどのように役立つと考えますか」と言えるだろう。
それが明確な人は、たとえ就職難の現代でもきちんと就職できるという。企業のニーズに合うからだ。
「学問は実学であるべきだ」と考えることで、一つメリットがある。
それは「自分はなんで勉強しているのか」を常に考えることができる、ということだ。
大学進学率が50%付近までに増加した現代、このことを考えて大学に行く学生は多くはないかもしれない。
我が北大も例外ではない。何で大学に来ているのかわからないままダラダラと過ごしている学生が多い。
北大はすばらしいと思っていた私は、入学後1週間で、このような現実に気づかされ失望したことがある。
「大学は遊ぶための場所」だと公言する人も多い。
私はそれに反対はしないが、「遊ぶだけでいいのか?」とは問いたい。
私は、大学に進学したのは、英語の先生の免許をとりたい、という理由があった。
そのために北大文学部に入り、英語学を勉強しようと言う目的があった。
大学院に入ったのも、もっと英語学を研究して、大学の教員になりたい、という理由がある。
でなければ、百万単位のお金を親に出してもらうのは失礼だ。少なくとも私はそう思う。
「お前みたいなのはまれだよ」と親にも友達にも言われる。それで結構だ。
理由付けして学んだ方が、勉強だって面白いし、多少つらくても続けられるのだ。
「何で学ぶのか」をしっかり考えることから、実学は始まる、と強く考えている。
もっと抽象的に言えば、"Why are you here?「なぜあなたはここにいるのか」"であろう。
では、私の学んでいる英語学・言語学は実学か、という疑問があるだろう。
答えはズバリ"YES"である。でなければ私は言語学など学ばない。
知識そのものも役に立つ。わかりやすいものをいくつかを挙げると
・言語教育の改善に役立つ(文法・長文読解などのカリキュラム改善)
・より良い辞書・参考書を書く
・語学教師の養成。
などである。
考え方も役に立つ。私の指導教官のモットーでもあるが
「データに基づいて分析せよ。理屈だけでは何の意味もなさない」
彼は実証主義と呼んでいるが、これこそが私にとっての「実学のススメ」なのだ。
言語学以外の人文科学では
文学なら、人間心理・文化を学べる。文学は、心理や文化を反映した芸術品だからだ。
歴史なら、過去に起きたことを、現代に適用すればよい。
「こうしたら成功する」「こうしたら失敗する」なんてことを、歴史的出来事から学べると思う。
例えば、現代の不況を改善するためには、アメリカ大恐慌を勉強してみてはどうかと思う。
それが完全に役立つとは言わないが、解決するための何らかのヒントはつかめると思う。
哲学を学ぶなら、「いかに生きるべきか」をよく研究する。そしてその考えを、人々に広める。
芸術なら、自分がただただ芸術的センスが高いことを誇るだけではなく
芸術が、人間にどのような効果があるのかを考えるとよいかもしれない。
例えばどのような癒し効果があるかとか、どんな芸術が人を元気にするかとか。音楽療法はその典型である。
326のメッセージも、人を元気付けている意味で、実学の芸術と言えるだろう。
ざっと考えるだけでもこのような目的があるといえる。
他の学問だって、学ぶ目的は必ずある。ただ、その目的を自分で見出せないだけだ。
受験戦争で、競争に勝つためだけに、勉強に追い立てられる現代だからこそ
(といっても受験勉強にだって、競争以外にちゃんと目的はあるのだが)
ちょっと立ち止まって、「自分は何のために学ぶのか」「自分の勉強していることは何の役に立つのか」を常に意識したい。
そうすることが、大学進学や就職などで、面白い人生を送れるんじゃないかと思う。
追伸:このエッセーを読んで何か感じるものがあれば、
安河内哲也「それでいいのか?大学生!」(ナガセブックス。900円+税)を読むことを薦めます。
大学生だけじゃなく、高校生、社会人にもきっと面白い本だと思います。
(2002年6月29日)