英文法の話
第2回「a? an? the? 英語の冠詞」
さて前回は、「名詞には数えられるものと数えられないものとがある」なんてことをお話しましたが、
第2回は、英語の冠詞の話を少ししたいと思います。
これまた使いこなすには難しいもので、英語の専門家でさえそう言います。
なので、ここでは私が知っている範囲で話を展開します。
英語の冠詞にはa, an, theがありますが、それぞれの原則をまず話し、
その後、前回の話しと絡めて、冠詞を少しでも理解してもらえるようにしたいと思います。
ではまず冠詞の原則。
冠詞は名詞に付く。
a cat, an orange, the bookなどなど。
当たり前すぎるでしょうが、これは以後の話しでとっても大事になります。
次に
a(an) : 後ろに来る名詞が、誰か(話し手または聞き手)にとって限定できないもの。
英文法の参考書などで、aやanを不定冠詞と呼びますが、その理由はこの原則から来ています。
例えば、
This is a book.
と私が話したとすると、
そのbookがどんな本なのか、聞き手にはわからないだろう、と思って話しをしているのです。
(話し手は、自分で「これは本です」と言っているのだから、どんな本かはわかっていると思います)
別の例では
I want a new car.
と話したならば、新しい車ということしか聞き手には伝えていない(例えば車種などを聞き手は限定できない)ことになります。
あるいは、話し手すら、「新しい車なら何でもいい(つまり限定しない)」と思っているかもしれません。
とにかく、どんな新車かは限定できない(しない)ことを表すので、aを使うのです。
次に
the : 後ろにくる名詞が、誰か(話し手または聞き手)にとって限定できるもの。
参考書でtheを定冠詞と呼ぶのはこのためです。
例えば、
The book is very interesting.
と私が言ったら、その本は話し手にも聞き手にも、何の本のことか限定できることを表現しています。
次に、よく「塩をとってくれ」と英語で言うときに、
Pass me the salt, please.
などと言いまして、私は昔「なんでtheをつけるんだろう?」と考えたことがありました。
その理由は、さっきの原則で説明できます。つまり塩をとってくれ、という場合、その場面として
普通、塩をとってくれ、と頼む相手の手の届く場所にあるその塩だよ、と考えているのです。
こうして、どの塩かを限定しているわけです。
もう一つだけ。
The man whom I saw yesterday was my uncle.
ここでなぜmanにtheが付いているかというと、
「私が昨日見かけた」(whom I saw yesterday)という部分によって、どの男か限定されているからです。
とにかく、なんらかの形で、どの名詞のことかを限定できればよいわけです。
前回の名詞の話しと絡めるために、もうちょっと突っ込んだ話しをします。
それは
a(an)は、数えられる名詞にしか付かない、という原則です。(逆にいうと、数えられる名詞には普通何か冠詞がつきます)
(ちなみに、theは、数えられる名詞にも数えられない名詞にも付けることができます)
だから、a bookとかan appleとか言えても、
a waterとかa meatとかは、普通言いません。
・・・とここで、「いや、数えられない名詞だって、数えようと思えば数えられるじゃないか」と思った人は素晴らしい。
実は、a waterとかa meatと言えなくもないのです。(あくまで「普通」は言わないだけです)
a(an)は数えられる名詞にしか付かない・・・もっと言えば、その名詞が数えられると見なす場合は
a(an)をつけることは可能です。
数えられるということは、なんらかの形で区切ることができる、という話しを前回したのを思い出してください。
そうするとa waterというのは、グラスに入ったかなんかで水を区切ると考えているので、
a waterといったら、それは一杯のグラス(あるいはコップ)に入った水、と解釈するわけです。
a meatについても、例えば
Beef is a delicious meat.
と言った場合、「何種類かある肉の中で、牛肉は美味しい」と解釈できます。
つまり、何種類かの肉・・・豚肉、鶏肉、羊肉などと種類で肉を区切り、その中で牛肉が美味い、と言っているのです。
こうして、数えられる=区切ることができる名詞にはa(an)が付くことができます。
ちょっと話題を変えて、次の2つの文を比べてみてください。
He threw a stone at me. 「彼は私を目掛けて石を投げつけた」
His house is made of stone. 「彼の家は石でできている」
違いは・・・そうです、stoneにaが付いているか付いていないか、です。
さっきの原則を思い出してください・・・a(an)は数えられる名詞に付く。
つまり、上の文では、石を数えられるものとしてみているわけです。
彼は私に一個の石を投げつけたことになります。
ところが下の文では、石を材料と見なしているわけで、
その場合、もはや石は数えられるか数えられないかは問題になりません。だからaがつかないのです。
もう一つ。
He goes to a church every Sunday.
He goes to church every Sunday.
これも、churchにaがあるかないか、の違いがあります。
しかし、この2つは意味が大きく変わります。
上の文では、教会を数えられる=区切られるものと見なしています。
つまり、彼は、どこの教会かはわからない(限定できない)けど、ある教会に毎週日曜通っている、という意味になります。
ところが、下の文では、もはや教会を数えられる=区切られるものとは見なしていません。
具体的にどの教会か?と区切って考えるのではなく、区切らないで教会全体を見て、
その教会全体がもっているもの=祈る場所、という機能、を重要視していると考えられます。
つまり、下の文では、自動的に「彼は毎週日曜、教会に祈りに行っている」という意味に取られるのです。
上の文では、必ずしも彼は祈りに行かなくても良くて、例えばただただ教会に行くだけでも、教会の絵を書きに行くだけでも良いのです。
(もちろん、祈りに行っている、と解釈できなくもないですが)
go to bedで「ベッドに行く」ではなく「寝る」と訳すのも(bedにaが付いていないのに注意!)、
個別のbedを見るのではなく、bed全体を見て、その全体がもつもの=寝るための場所、を重要視しているからです。
このように冠詞があればその名詞は数えられる=区切ることができる、と見なし
冠詞が無ければその名詞は数えられない=区切られない、と見なすわけです。
ただ、これはルールというよりは、習慣の問題になります。そういう面では、実際に使うときは柔軟に使い分けることになります。
また、ここで出した原則で説明できない用法もたくさんあります。
だからこそ、冠詞は難しいのです。
ここで示したのは、あくまで原則です。でもこれを知っていれば結構冠詞を使えるようになるのでは、とも思います。
次回は、いつになるかはわかりませんが、
この冠詞とある構文や熟語との関連性を考えてみたいと思います。
扱う予定なのは、何か驚きや感動を表す感嘆文、「〜がある」という意味のthere構文、a few、a little「少しの」です。
(2004年4月29日)