単語と意味をちょっと考える
第1回「意味が同じというのは?」
さて、前回までは単語を形・文法の面から少し話をしてきましたが、
今回からは単語を見る視点を変えまして、意味の面から見てみたいと思います。
「意味」と簡単に言いますが、それって何?という問題は実に難しいのです。
誰もが納得する答えというのを私は出せませんが、ここでは普段使う意味での「意味」という言葉を使います。
(この時点ですでにこんがらがりそうですが、深く考えないようにします)
で、この第4部では、主に単語のもつ意味を考えていきます。
古くは、スイスのソシュールという(恐らく20世紀で最もエライ)言語学者がいますが、
彼は「記号(=文字)と意味の対応関係は恣意的である」と言いました。
恣意的というのは「気ままな」、つまり「規則がない」ということです。
ソシュールがこう言ったのはちゃんと理由がありまして、
例えば、イヌを見て、「イヌ」といったり「dog」と言ったり「chien」(フランス語)と言えたりするのは何故でしょうか。
全く同じものを指すんだから、同じ文字がそのものに与えられて当然じゃないか、と。
でも実際はそうじゃない、「犬」「dog」「chien」とか使い分けるじゃないか、というわけで上の発言へとつながるわけです。
のっけから哲学的なカタい話になりましたが、つまり同じものを指すのに違う文字を使っているのが、私たちのことばの現実なのです。
で、いわゆる「意味が同じ」単語のセットというのがあるのですが、実は必ずしもそうとは限らないのです。
それが今回のテーマです。例によって具体例をふんだんに話していきたいと思います。
まずは目に見えるものから取り上げましょう。
例えば「イヌ」と「ワンちゃん」は、いずれも犬という動物を指すわけですから、意味は同じということになります。
しかし、「イヌ」というよりは「ワンちゃん」というほうが、犬に対してより愛情がこもっているような感じがしませんか?
そうなると、意味が全く同じ、というのは言いすぎになると思います。
次に、いまや手放せない(?)携帯電話はどうでしょう。
「携帯電話」といっても「ケータイ」といっても、指すものは同じですが、
友達同士ではいちいち「携帯電話」とは言わないと思います。そうなるとこの2つ、ちょっとは意味が違うことになります。
もう一つだけ、「スーツ」と「背広」はどうでしょう。
同じものを指すのでも、「背広」というのはおじんくさいと感じる人もいる、と聞いたことがあります。
次は少し抽象的に、人やものの様子を表す言葉の例を出しましょう。
例えば、同窓会かなんかで、久々に会った人(とても仲良しな人としましょう)が太っていたら
「おまえ太ったなぁ」とか「おまえブタになったなぁ」とかいえます。もちろんどっちも太っていることを指します。
しかし、この2つ、聞いた感じが違う気がしませんか?…いや、どっちを言われたって気分は良くないでしょうが、
それにしたって、いくら仲良しでも面と向かって「ブタになったなぁ」はないですよね。
同じことを言っているのに、気分の悪くなる度合いがこの2つで違う(気がする)のはなぜでしょう?
それは、「ブタになった」ということで、多少なりとも本物のブタのイメージが起きるからだと思われます。
ブタのイメージは色々ありますが、太っている以外に、「美しいとはいえない」かもしれないし、
もっと単純に「人間扱いしろや」ということで気分が悪くなるのかもしれません。
もう一つだけ、例えば1500mlのペットボトルに飲み物が半分残っているとしましょう。
これを言葉で表すのにも、二通りあるのです。
例えば、買って数分もたっていないという状況であれば、「もう半分しかない」と言うでしょう。
逆に、買ってから時間がたって、もうなくなるころだろう、と思いながら見ると、「まだ半分ある」となります。
この2つは感じ方が違うのがわかりますか。前者は「少ない」ことを強調し、後者は「多い」ことを強調しています。
こんなふうに、例はいくらでもあげられるのですが、とにかく「意味が同じ」といわれているものでも
使う場面や使う人の気持ちによって、意味が違うように映るというのがよくあるのです。
ここで気づいて欲しいのは、今話している「意味が違う」と判断する根拠は、いたって主観的であることです。
つまり、私がここで話した内容に反対する人がいても当然なのです。「背広」だっておじんくさくないぞ、という人がいたって良いわけです。
70年代くらいまでは、こういう考え方はむしろ異端児扱いされていて、
ある二つの単語が同じものを指す場合、その二つの単語は同じ意味を持っている、と扱うのが主流でした。
しかし、私たちの普段のことばの使い方から考えると、70年代までの主流の考え方は、ちょっと違うんじゃない?と思えるのです。
だから、「意味が同じ」とは言わないで、「意味がほぼ同じ」という言い方をするのが普通です。
そういうわけで、もし「この2つの単語は意味が(ほぼ)同じ」といわれたら、
何か違うんだろう、じゃあどう違うんだろうか?と考えてみると面白いかもしれません。
次回は、意味が反対と言われる場合を取り上げます。
(2003年8月8日)