眠れる森は1998年9月から12月まで放送された全12話のテレビドラマである
木村拓哉と中山美穂が主演したドラマで、30%を越える高視聴率を得た人気ドラマであった

木村拓哉が出たドラマには優れた作品が数多くある
初期の傑作『そのときハートは盗まれた』から『ロングバケーション』『信長』『ラブジェネレーション』など
テレビドラマの中でも名作と言ってもいいような優れた作品を数多く世に送り出してきた
この『眠れる森』もそのような優れたドラマの一つである
手に汗握る緊迫したサスペンス、謎が謎を呼ぶミステリアスな構成、迫真の内容
またそれでいて“森”に代表される豊かな詩情性も合わせ持っていて
これが放送されたときには強烈な魅力で視聴者を引きつけ
全国数千万人もの人々が“何かが起こりそう”という予感に駆られてこのドラマに釘付けになったのである
11話までの出来は申し分なくすばらしいもので
このままいけば、いわゆる「連ドラ」史上でも最高傑作になり得たドラマなのであった

しかしそれ故に最終回を見た視聴者はひどくがっかりしたに違いないだろう
あれだけ迫真に満ちた筋立てで最後の“謎”へ突き進んでいたこのドラマが
まったく拍子抜けの形で終わってしまったからだ
それはまったく陳腐でつまらない終わり方で
天をも突く勢いで聳え上っていったこのドラマは、最後の最後でガラガラと崩れ落ちてしまったのである

犯人が輝一郎だったことも別に驚くほどのことでもない陳腐なものだった
(『眠れる森』の最大の謎は「犯人は誰か」というものではなく、実は「誰が殺されたのか」だったのである)
ラストのクライマックス「聖夜の結婚式」で起ったことも
国府がウェイターに化けて輝一郎を刺しただけで
これによって輝一郎を狂気に追いやったが、しかし実につまらない拍子抜けのものだった
実那子と直季も物語の中ほどで突然「姉弟」ということにされ
(これは物語に辻褄を合わせるための陳腐な手法である)
ラストシーンでも別れ別れになり直季は死んで(?)しまう
原田美枝子の鬼気迫る演技によって“何かとてつもないもの”を予感させた輝一郎の母も
結局ほとんど何もすることなく、うやむやのうちに消えてしまった
『眠れる森』の最終回は実につまらい拍子抜けしたもので
これを見た者に何か「釈然としない」気持ちを起こさせるものだった

僕もそのような感じ方をした一人で
この結末はおかしい、『眠れる森』にはもっと別の終わり方があったんじゃないかという疑問を持った
そこで放送が終わり次第本屋に行って『眠れる森』の脚本本を買ってきた
そしてそれを精細に読み解いて考えた結果
これは脚本家がドラマに内蔵されているものをうまく引き出すことが出来なかったのだという結論に到達した
せっかく優れた名作を書く機会を手に入れたのに、それを自分自身でダメにしてしまったのである
(こういうことは小説の世界でもよく起ることである)

物語の基調となる“眠れる森”を福島県御倉と群馬県中之森に分裂させてしまったことも重大な手落ちである
殺害家族の顔写真を公開させたことも痛恨の失敗であった
実那子の幼なじみで「小さな恋のメロディー」のような関係にあった沖田少年
(まさにかれこそが直季であるべきだったのである)
彼を「溺死」させたことも物語を歪める原因だった
また由理と敬太という脇筋に、物語の最後で爆発させるべきだった情動を使い果たしてしまったことも大きな失敗だ
そして一番ひどい失敗は、実那子と直季を「姉弟」にしてしまい近親相姦で永遠に隔てたことである
彼らを「姉弟」にする必然性はどこにもなく、ただ「弟だから姉を助け続けたんだ」という
陳腐な辻褄合わせの道具にしただけである

以上のような数々の失策を犯したために
『眠れる森』は大傑作となることができずに、中途半端なドラマとして終わったのである

このホームページに掲載した『眠れる森・最終回―クライマックス』は
放送された『眠れる森』とは別の形の最終回を書こうとしたものである
このドラマに本来内蔵されていたもの
脚本家の失敗によって引き出すことが出来なかったものを
ここであらためて引き出してみようとしたものである

放送された『眠れる森』には上記の数々の失敗があるが
全体としてはよく出来ていて、11話までの内容にはほとんど手を加えなくても済むものである
最後の最終回さえなんとかすれば、優れたドラマとして完成できるのである
大傑作になり得た『眠れる森』を中途半端で終わらせないために
あえてこのようなものを書き、ここに掲載することにした次第です

『眠れる森』を見た方には、楽しめる内容になっていると思います
『眠れる森』はこういう終わり方も出来たのだという感想をお持ちになられれば幸いです