
野球は会議室でやっているんじゃなく球場でやっているんだ!
第34編
| 選抜はなぜそれほどまでに権威的なのか?−2003.02.10 |
| 今年から新設された希望枠・神宮枠を含めた選抜出場34校が決定しました。出場校決定から数日間は、ヤフーの掲示板等で選考結果や選考基準について、侃々諤々の議論が繰り広げれていたようです。私は、選抜大会は「高野連が好きな高校を選んで行う大会だ」という認識を持っているので、選考結果や基準について賛成反対の立場から熱く語っても時間の無駄のような気がします。といっても、選抜大会が好きなわけではありません。どちらかといえば、嫌いです。21世紀枠という不条理な制度は論外として、選考過程で「品位や校風」という前時代的言葉を持ち出して、何故に高校を差別化するのかが理解できません。また、あたかも儀式のように、何故に各校に出場決定の電話連絡をするのかも理解できません。21世紀枠選考にしても、都道府県推薦・地区推薦・本選考という3段階の手順を踏んでいます。本選考だけで十分事足りるのではないかと思うのですが。どれも自らに権威を付与する為に行っているとしか思えません。選手権大会に比べ、圧倒的に人気のない選抜大会。「権威」という目に見えない観念的なものだけでも上回っているのだと世間に錯覚あるいは認知させようとしている毎日新聞の底意がみえみえで、哀れでさえあります。権威は、実力が備わっていてこそ意義があるもの。実力なき権威は、失笑の種にしかなりません。選抜大会を権威付けるのは一向にかまいませんが、第三者が評価しない自己満足の追求をしていて虚しくないのでしょうか。そういえば、虚栄あるいは虚飾という言葉がありますね・・・。 |
| 21世紀枠3年連続的中ちゅうのもね・・・−2003.02.10 |
| 今年の選抜大会21世紀枠には、新潟の県立柏崎高校と島根の県立隠岐高校が選出されました。21世紀枠が採用されてから、今年で3年目。私は、21世紀枠選出校予想が3年連続で的中してしまいました。採用初年は21世紀枠の実体なるものが不透明だった為、地区推薦の段階での予想でしたが、昨年今年は都道府県推薦段階の予想で見事的中。見事と自画自賛していますが、実際のところ21世紀枠という制度の趣旨と高野連の好みを把握している人なら、誰でも的中できます。特に今年の場合は、ほとんどの人が都道府県推薦段階で予想的中していたのでは。それほど今年は簡単でした。もっと言えば、島根県大会で隠岐高校は結果的に優勝したわけですが、ベスト8入りした時点で「あー、これで隠岐高校の21世紀枠での選抜出場は決定だな」と思ったものです。隠岐高校の21世紀枠出場が正式決定した時は、心中複雑でした。隠岐高校のように先天的ハンデを抱えたチームが甲子園という晴れ舞台に出場することは非常に嬉しかったのですが、私が不条理極まりないと常々酷評している21世紀枠での出場ですから。今も「21世紀枠という制度は、不条理かつアホでバカチンなもの」という認識に変わりはないものの、隠岐高校にしろ柏崎高校にしろ、出場する高校に対しては含むところは一切ありません。出場するからには引け目に思うことなく、全国の強豪に勝つことを第一義に試合して欲しいと思っています。しかし、21世紀枠で落選とされた高校の選手たちや選出校よりも上位の成績を残しても出場できなかった高校の選手たちの気持ちは、「選抜だからしょうがない。僕らの分まで頑張ってくれ」という風にはなかなか割り切れるものではありません。悔しくて悔しくて、「選抜大会なんかテレビでも新聞でも絶対に観るもんかい!」と思っている選手も多いのでは。「さっぱりしているのがスポーツマン」とマスコミは喧伝していますが、勝負や結果や評価に過度にこだわるのが本当のスポーツマン。こだわるからこそ、向上心が生まれてくるのです。柏崎高校と隠岐高校の選手たちは選抜出場決定に歓喜したでしょうが、その一方で怒りや悲しみや不信という感情に苛まれている選手達の方が圧倒的に多いことを肝に銘じてほしいですね。 余談ですが、柏崎高校の選出については賛否両論がネット上で飛びかっているようですが、いらぬ憶測を招かない為にも意図的に選出しないという選択肢もあったような気がします。21世紀枠の選考基準はとても抽象的なので、どの高校を選出することも可能なわけですし、理由はいくらでも後付けできますから。この選出が賢明だったのか否かと問われれば、私も答えに窮します。 |
| 2塁審判の位置取りはやっぱり解せん!−2003.02.24 |
| 高校野球中継をテレビ観戦している時、球場で試合を観戦している時、いつも妙に気になってしょうがないことがあります。それは2塁審判の位置取り。ホームと2塁の対角線上でピッチャーマウンドの少し後ろあたり。観戦している私でも鬱陶しく感じるのですから、守備についている選手達にはもっと鬱陶しくも目障りな存在なのでは。国際ルールに倣うということで、数年前から2塁審判の位置取りが変わりました。私の現役時代は、2塁ベースの後ろあたりが審判の定位置でした。打球や送球が2塁審判に当たるというハプニングは見たことも経験したこともありませんでしたが、今の位置取りになってからというもの、打球が2塁審判を直撃したり、捕手や投手の2塁への送球が2塁審判に命中という珍プレーを何度も目撃するようになりました。ダイヤモンドの中にいれば、ボールに当たる確率が高くなるのは当然の理。プレーに関するルール改正ならば受け入れることも已むなしとは思うものの、審判の位置取りに関するどうみても不合理な変更に、本場のアメリカがどうであれ、国際的にどうであれ、倣う必要はないと思います。審判はルール上石ころとみなされているらしいですが、1.5メートルは優に超える大きな石ころがダイヤモンド内に転がっているのは、プレー上芳しいことではないと愚考しておる次第です。 |
| 監督さんと集音マイクの危ない関係?!−2003.02.24 |
| 試合時のベンチ内での行動で監督さんのタイプを大別すれば、静と動の二つに分かれます。ベンチ奥の椅子に物静かに座って、淡々とサインを出すだけという人。これが静タイプ。ベンチの最前列に仁王立ちして、サインを出すとともに常時大声で選手達を叱咤激励する人。これが動タイプです。私は公式戦や練習試合など多くの試合を観てきましたが、静と動の中間に位置するタイプの人は少なく、ほとんどの監督さんが静と動のどちらかに属しているような気がします。クールな人と熱い人。タイプこそ違えど、野球に対する熱い想いはどちらも同じ。わが山口県で静と動という正反対のタイプの監督さんを挙げるとすれば、静は宇部商業・玉国監督、動は岩国高校・河口監督が代表格。山口県を代表する強豪校の指揮官です。不思議なことに、お二人とも教師ではなく、サラリーマン監督という共通点があります。玉国監督は練習試合でも公式戦でもサインを淡々と出すのみで、大声を出すという光景をほとんど見かけたことがありません。顔は『ジュラシックパークに出てくる恐竜のチラノザウルス』のような顔をしていますが、試合後のインタビューではウイットに富んだコメントやおやじキャグを時々発しますので、意外や温厚な人なのかもしれないですね。一方、動の河口監督。私の観戦ホーム球場が柳井市民球場ということもあり、岩国高校の試合はもう数え切れないぐらい観ています。河口監督は、ベンチ内でいつも黄色いメガホン片手に仁王立ち。攻撃の時は、サインを出しつつ黄色いメガホン越しに選手達を叱咤激励。守備の時も、黄色いメガホン越しに選手達を叱咤激励。岩国高校のベンチで一番声を出しているのは、選手達ではなく、監督さんであることは間違いありません。とにかく球場中に響き渡るようなだみ声で、のべつまくなし叱咤激励しています。私は便宜上叱咤激励と表現していますが、そのほとんどが選手たちに対する叱責と罵詈雑言の嵐。聞いていて、「それは差別用語だろう」、「それはちょっといいすぎちゃうか」とか「ひとりツッコミひとりボケの毒舌漫才をやっているのか」と思うこともしばしば。テレビやラジオ中継のある試合なんかでは、集音マイクでベンチの声も拾われますから、河口監督も叱咤激励の際には言葉を選ばないと、差別用語が公共電波にのる可能性があるので注意が必要です。ヒッキー宇多田も新曲「colors」のサビメロで、「口は災いの元」と詠ってます。ベンチ内では毒舌トーク炸裂の河口監督ですが、試合後のインタビューでは一転、謙虚でしおらしいコメントを連発。このギャップがなんとも面白いのです。顔は『日焼けしたいかつい鯉のぼり』に似ていますが、なかなか本音を語らない曲者タイプの監督さんです。本当はどういう方なんでしょうね。余計なお世話ですが、中継がある試合の時は、集音マイクがどの位置に設置されているのかをまず確認した上で吼るようにして下さい。「集音マイクが災いの元」とならぬよう。 |
| 語りたくはないけど、語るに落ちてしまったなぁ。21世紀枠−2003.06.23 |
| この「高校野球見聞録」と「高校野球異論反論」の更新もついついさぼってしまい、いつの間にやら6月下旬。高校野球の本番である夏季大会の抽選が決まった地区もちらほら。最終更新が選抜大会の始まる前の2月下旬ですから、なんと4か月もサボっていたことに。別段ネタがなかった訳ではないのですが、どうしても書く気になれませんでした。私が記事を書く気をなくした理由は、選抜大会でのある光景を観てしまったから。私が以前から選抜大会で採用された21世紀枠という制度を批判し、「そんな不条理でバカチン制度は即刻廃止すべきだ」と主張しているのはご存知だと思います。制度自体が不当だと思っているので、制度の恩恵によって選出された高校の勝敗にはまったく興味はありません。制度採用初年度の01年大会で、沖縄の宜野座高が旋風を巻き起こしたことで、高野連やマスコミ、はたまた当初は否定していた高校野球ファンも21世紀枠の採用が成功であったと賞賛したものです。3年目の今年の大会は、選出2校がともに初戦敗退。しかも、隠岐高校にいたっては屈辱的大敗を喫しました。この結果をもって、マスコミや蝙蝠的高校野球ファンは、「21世紀枠廃止すべし」の大合唱。結果によって、主義主張をころころ変えるなんて恥ずかしくないのでしょうか。小姑的嫌味はさておき、今年の21世紀枠選考で問題となったのが柏崎高校の選出。ご存知の通り、柏崎高校は拉致被害者の母校。高野連が出したコメントや主催の毎日新聞が書いた関連記事では、「柏崎高校の選出と拉致問題とは無関係」としきりに強調していました。選考の過程で政治的要素が加味されなかったことを主張したかったのでしょう。しかし、開幕日の柏崎高校の入場行進時にも、その後の同校の試合時にも、NHKのカメラは母校の応援に駆けつけた拉致被害者の姿を何度も映し出し、アナウンサーも拉致被害者某さんのことに何度も言及しました。「選考過程で政治的要素は加味しなかった」と言いながら、この始末。語るに落ちたとはこのことです。事前の打ち合わせなしに、NHKのカメラが拉致被害者を映す訳がないし、官僚的と評判のNHKのアナウンサーがわざわざ言及するはずがありません。高校野球というアマチュアスポーツに、拉致問題という政治的要素を介入させてしまうような21世紀枠という制度は、一刻も早く廃止すべきです。もう呆れてあまり語りたくはないのですが、「語るに落ちた」出来事を語ってしまいました・・・。 |