0-1 Crimson Air  Crosed World

■穂群原学園 

 中学の頃の事だ。遠坂凛は、その少年が真赤い校庭で繰り返し繰り返し走り高跳びをしているのを眺めていたことがある。
 幾度と無く挑み、幾度と無くしくじり。しかし届かぬ高みへと手を伸ばすその姿を凛は見つめていた。いつまでも、いつまでも。飽きることなく。
 凛には理解できなかった。あるいは、信じがたかったのかもしれない。
 掲げられたバーは彼の身体能力の限界より遥かに高く、それを補う技術も持っていない。
 そして、凛だけではなく、その少年にもそれはわかっている筈なのに。
 なのに、彼は挑み続ける。いつか届くと、無意味ではないと。ただただ失敗を積み上げる事による自己練磨を、折れることなく続けていた。

 ―――凛は、何事につけ見切りが早い。
 その時点で達成しうることはどんなに可能性が低くとも成し遂げるが、出来ないことは最初からやらない。出来る条件を整えるまで回避する。
 それは彼女が優れているが故の手法だ。条件さえ整えれば大概のことは出来るが故の余裕とも言い替える事もできるだろう。
 自己の資質と鍛錬に自信があるからこそのその余裕を、凛は誇りに思っており。
 だが、だからこそ、それは尊いものに見えた。
 出来るとか、出来ないとか。その挑戦に意味を求めず無限の可能性に手を伸ばすこと。凛には無い何かがとても眩しかったことを、今も覚えている。


 そして、今。
 視線の先、あの日と同じ真っ赤な世界に少年は居た。
 少し遅くなった放課後、校門へ向かう途中にふと振り返った校舎。
 その窓に切り取られた教室の風景に、衛宮士郎の姿があったのだ。
 士郎は傍らの机に幾度か持ち運んでいるのを見たことのある工具箱を置き、凛の眼にはストーブの屍骸としか思えないモノを眺めている。
 彼は生徒会長と親しく、度々校内の備品の修理を請け負っているのは、凛も知るところだ。
 魔力で強化された視力で観察している凛に気づくことなく士郎はストーブであったものに手をかざし、瞬間。
「っ!?」
 凛は思わず半歩後ずさっていた。
 驚愕の思いと、感情から切り離した判断力が激突してせめぎあう。

 曰く、彼が魔術師の筈は無い。衛宮の家は魔術とは関係が無い筈。
 曰く、魔力を物体に通す存在は例外なく魔術師である。

 そして、遠坂凛は魔術師であった。
 魔術師とは、理をもって情を殺すものだ。
(そう。認めなさい。彼は魔術師だった・・・巧妙に魔力を隠していた、モグリの)
 知らず、拳を握り締める。
 魔術師が、身近に潜んでいた。よりにもよって、この時期に。
 この時期。一瞬よぎっためまいのような感覚を振り払い、凛は今日の日付を確認する。
 2月2日。
 聖杯戦争が始まるという時に…魔術師が自分の拠点に潜んでいた。
 これを偶然と思うほどに、凛もうっかりしているわけではない。
(・・・なら、確かめなくちゃ)
 何を?
(聖杯戦争・・・それに彼が関わっているかどうか。聖杯戦争は情報戦。わたしの領地とも言えるこの学校にわたしの知らない魔術師が居るのはまずい。最低限マスターかどうかだけでも確認しておかないと)
 どうやって?
(普段すれ違っても気づけないほど魔力の隠蔽に優れた相手よ。魔術師である事に気付いたと悟られればきっと警戒される。こちらがサーヴァントを召還してから接触すればサーヴァント同士は感知しあえるからわかるかもしれないけど、それじゃ手遅れになるかもしれない)
 何がどう手遅れなのかとかという点からは無意識に目をそらし、凛は口元に握った拳をあてて考え込む。
(と、なれば・・・むしろ魔術師と気づいてないふりをして近づくべき? ただの同級生、ただの女の子っぽく?)
 なんとなく、バッグから手鏡を取り出して覗き込む。
 髪に乱れが無いか確認し、にっこりと優等生っぽく笑ってみてから凛は自分の行動に気がついてピキリと表情を凍らせた。
(な、何をしてるのわたし? ・・・って、そう。そうよね)
 ひとしきり狼狽してから一人納得。
(これが一番合理的、かつ確実な方法。うん、危険かもしれないけど・・・)
 視線の先には赤い部屋の中、無言でストーブを修理する少年。
 あの日のまま、ただひたむきに。
(そう、これは情報戦。別段その、なんというか、そういうのではなく、あくまでも聖杯戦争の一環としてね、うん。それ)
 どれだ?
(つまり・・・女として彼に近づいて、その―――恋人ってことになれば、上半身をあらためる機会ぐらいつくれる! 多分! きっと! なんとなく!)

 ・・・遠坂凛は、優秀な魔術師である。
 自他共に認めるそれは事実である。
 あるのだが。
 それと同じくらい、乙女でもあったのだ。
 実に残念なレベルで。

(そう、これがわたしの保有している戦力下で考えうる最良の手段! わたしが彼をどう思ってるとかそういうのじゃなくて、その、あの・・・ええぃ!)
 山間に消えようとする夕日に負けないほど真っ赤になった頬をペシリとひと叩き。
 計画の根幹に感じる不安に首を振って否定。否定。否定。カット・カット・カットォッ!
(大丈夫! これでもそれなりに容姿には自信あるし、学園内でのイメージもいい感じの筈だし・・・ラブレターだって結構もらってるし・・・こ、好みとかの問題さえなければ・・・)
 不安はそっちか。
(自信を持ちなさい遠坂凛! 衛宮君に恋人が居るってのは聞かない・・・って桜はどうなのかしら?)
 士郎の家に通い妻状態になっている間桐桜。これは強敵である。
 魔術師でもある彼女は面立ちの綺麗さや、既に彼ののど元に食い込んでいる家族同然の立場もさることながら、凛の持たない強大すぎる武器を手にしているのがあまりにまずい。
(あの胸は・・・反則よ。禁止よ・・・くっ、いつか没収してやる…!)
 果てしなく湧き上がる殺意を取り敢えず思考からカットして再度検討。
(でも、たしか・・・友達に冷やかされたときに桜は家族だ! そういうのじゃない! とか叫んでたわね。たしか)
 ちなみに、凛が廊下の角からこっそり士郎を観察していたときのことだ。
 照れ隠しという可能性も無いではないが、あの真っ直ぐがとりえの少年だ。おそらく本気と見ていいだろう。その後桜が可哀想なくらいしょんぼりしてたし。
(他に恋人が居るなら桜を家に迎える筈ないし・・・多分、衛宮君はフリー。桜もまだ彼を篭絡してはいない)
 もう一度手鏡をチェック。
 髪がはねてないか? リボンの位置はこれでいいのか? 歯は? 服に汚れとかはついてないか? スカートの長さは? コートの赤さは?
(OK。全て問題無し。現状で発揮しうる最大戦力を発揮できているわ)
 遠坂凛という少女の本質は攻めにあり、こちらから踏み込んでいく際にその能力を最大限に発揮する性質を持つ。何事につけ、先手を打つことこそ彼女の本領。
 だから。


決戦のときは、今アポカリプス・ナウ!)

 拳をひときわ強く握って凛は鏡から視線をあげた。仇敵を睨みえつけるような視線で教室の中の少年を見据え―――
「ってあれ?」
 ―――ようとして、視線が空振った。
 既に、教室の中は空っぽだ。
 赤から紫へと色を変える残光に照らされたそこには、もはや誰も居ない。
 どうやら予想よりも遥かに早く修理は終わっていたらしい。
「・・・不覚」
 顔を平手でおさえて凛は呻いた。
 策士諸葛凛、見事に策に溺れるの巻。
 躊躇していては何もつかめないとわかっていた筈なのに。うっかりした! いつもの通りにうっかりした!
「はぁ・・・」
 凛はため息とともにがっくりと肩を落とす。
 なんとなく勢いで突っ走っていただけに、我に返ってしまえばその反動が憂鬱となって心を掴む。よく考えたら令呪確認するだけなら体育の時にでもこっそり使い魔でも飛ばせばいいじゃん。
「…帰ろ」
 ぽつりと呟いて凛は踵を返し、とぼとぼと家路へ―――
「遠坂、何やってんだ? こんなとこで」
 つけなかった。
「え? ・・・ぅエ!?」
 目の前に、少年が居る。赤みのかかった髪の、真っ直ぐな瞳の少年。
 衛宮士郎が、そこに居た。
「衛宮君・・・なんでここに・・・?」
「? いや、帰ろうと思ったら遠坂がなんだか鏡睨んでブツブツ言ってたから」
 ぁぅ・・・と呻いて凛は口に手を当てて表情をごまかす。
(あ、でもそれって取り敢えずわたしに興味をもってくれてる・・・とみていいのかしら)
 ちらりと見上げると、士郎は不思議そうに見返してきた。
 相変わらず、何を考えているのかよくわからないぐるぐるした目で。
「そ、その・・・えっと、衛宮君?」
 言葉がうまく出ない。
 一度放棄しただけに、作戦続行するべきかこの場は適当に切り上げるべきかどうかで激しく迷う。
 繰り返すが、遠坂凛という少女の本質は攻めにある。
 こちらから踏み込んでいく際にその能力を最大限に発揮し、受けに回るといまいちもろい。魔術戦闘につけ、夜の戦闘につけ。いや、まだ未経験だがなんとなく。
「・・・体の調子でもわるいのか? 遠坂」
 常に無く動揺している凛に、士郎は気遣わしげな顔で尋ねた。打算、計算、一切無し。混じりけ無しの善意で。
(・・・いいな、ほんとに)
 それで、決心はついた。
 もう理由やらなんやらはどうでもいい。この胸の衝動をそのまま叩きつける! 心臓直撃、ぶち抜きで! 抜いてどうする!
「―――衛宮君。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん。なんだ、遠坂?」
 きょとんとした表情の士郎を親の敵のように睨み付ける。
 落ち着け、落ち着け。クールになれ。氷よりもクールな冷静さが不可欠なのだ。
 そんな事を自分に言い聞かせながら少女、遠坂凛の生まれて始めての勝負が始まった。

(あ なたが好きなの・・・! って、そ、それはストレートすぎてちょっと恥ずかしいし、わたしとつきあいなさい! って言うとどこへ? とか真顔で言われそう だし、わたしのお味噌汁を作って・・・って先走りすぎ! しかも逆! あ、でもむしろありかも? あなたがわたしの翼よ! …意味不明)
 自問、自答、そして自爆という終わりの無い転舞曲を繰り返しながら凛はぐっと拳を握り。
(よし―――当たって、砕く!)
 そして、拳を握りしめてついに口を開く。
「衛宮君、わたしと―――」

 ごくりと唾を飲み込み、凛は。

「やらないか?」

「え・・・ぅぇええええええええ!?」
「あれ!? ちが、今のわたしじゃない!」
 自問自答何百何千と言う言葉から選びぬかれた必殺の一撃を口にする前に、無意味に重々しい声にタイミングをかっさらわれて悲鳴をあげた。
「違うって! なんでこっち見てんのよ! 赤くなってるのよ!」
 がぁっ! と叫びながら凛は声の割り込んできた方へ全力で振り向いた。
「誰よ今の・・・って綺礼!?」
 そこに居たのは神父服を着込んだ重々しい表情の男。だが、その筋肉質な体つきはどうみてもただ神に仕えてるだけの人間とは思えない。
 あからさまに物騒な雰囲気を漂わせているその男の名は言峰綺礼。二言で言えばマッチョ神父、一言で言えば変態である。
「あ、あんたよりにもよってなんて事言うのよ! むしろなんでこんなとこに居るのよ!」
「ふむ、先んじて二つ目の問いに答えるならば君達に用があったからだ。一つ目の問いに関しては君が難儀しているようだったのでな。私なりに手助けをしてみた」
 憤怒の問いに、言峰は真顔で頷いて答える。
「て、手助け!?」
 悪意大好きのこの男だが、曲解はしても嘘はつかない。案外、本気であの台詞が口説き文句として成立すると思っているのかも知れない。
 …あれ、ひょっとしたら成立しちゃうの? 
 恋愛経験ゼロの少女の懊悩を堪能してから言峰は士郎の方に目を向ける。
「そちらはどうでも良いことだ。それよりも・・・衛宮士郎、だな?」
 綺礼に問われ、士郎は彼にしては珍しくあからさまにむっとした表情で頷いた。
「そうだけど・・・人に名乗らせるんなら自分も名乗ったらどうだ?」
 ふむと頷き、綺礼はうっすらと笑みを浮かべて十字を切る。
「私は言峰綺礼。神父ではあるが、君と同じ魔術師でもある」
「っ・・・!」
「ちょ、ちょっと綺礼!」
 それぞれ違う理由で動揺する若者二人に綺礼は口の端をつりあげて笑った。
「私は衛宮切嗣が魔術師である事を知っている。切嗣に息子が居たという事は最近まで知らなかったが、知ってみれば魔術師の子が魔術師であることは必然だろう?」
 さらりと口にされた名前に、士郎の目が鋭くなる。
「・・・親父を、知っているのか?」
「よく知っているが、その辺りを知りたければ本編をやり、ZEROを読むべきだ。むしろやっていないのならばこれを読むのをやめてPS2版でも買い求めるがいい。廉価版も発売されているのだからな」
「メタな発言はやめなさい綺礼。で? わたし『達』に用って言ってたけど?」
 どこへ向けたものかわからない忠告にため息をつきながら割り込む凛に綺礼は頷き、淡々と話を進める。
「知っての通り、この街の聖杯戦争はもはや開始まで猶予がない」
「・・・聖杯戦争?」
「魔術師によるバトルロワイヤルよ」
 鸚鵡返しに尋ねる士郎に凛は人差し指をぴんっと立てて見せた。
「数十年に一度7人の魔術師が集まり殺しあう・・・そういうイベント。求めるのは聖杯・・・あの、聖杯よ。本物かニセモノかはわからないけど取りあえず手に入ればなんでも願いが叶うって言われてるわ。ついでに、わたしも参加予定」
「なんだよそれ・・・っていうか、遠坂も魔術師だったのか!?」
「そうよ。ちなみに衛宮君ちに通ってる桜も魔術師かつわたしの妹」
 つい数分前までは想像もしていなかった情報の奔流に打ちのめされ、士郎はパックリと口を開けて硬直する。大パンチでも余裕で入るだろうからコンボで6割は持っていけそうだ。
「ま、ゆっくり考えていいわよ。その間にこっちで専門的な話を進めとくから」
「・・・ありがとう・・・姉御」
「誰が姉御よ!」
 錯乱してる士郎に簡潔なつっこみを叩き込んで凛は綺礼に向き直った。
「で? 聖杯戦争がどうしたのよ。まだわたしはサーヴァントを召喚してないわよ」
「状況が変わった。取りあえず、当面の所召喚の必要はなくなったと言えるだろう」
 綺礼は重要事項をあっさりと言ってのけ、視線を空へ向ける。
「私の妻は協会の魔術師なのだが、先ほどサーヴァントを召喚しようとしてな」
「妻!? ・・・って奥さん!? あんた結婚してたの!?」
「うむ、後妻だ。前の妻との間には子も居る」
「再婚!? 子供!? あんたの!?」
「その子供がおまえだ、凛」
「?! ぁぅぇおぁ!? ■■■■■■ッ!?」
「もちろん嘘だが」
 凛様、速攻ガンド撃ちである。
「冗談はさておき」
 至近距離から放たれた黒い魔力弾を不気味な身軽さでひらりと回避し、何事も無かったかのように綺礼は続ける。
「ランサーとしてクーフーリンを召喚しようとしたのだが・・・」
「ちょ、ちょっと待って! そんなことわたしに教えていいの? サーヴァントを召喚してなくてもわたしはマスターよ!?」
「かまわん。どの道このままでは聖杯戦争が正常に運営できない。この召喚はおそらく無効になるだろう」
 重々しく言って綺礼は目を閉じた。
「ちなみに、何故クーフーリンかというと、くーふー凛、というわけだ。娘よ」
「まだそのネタを引っ張るか!」
 ジョン・ウーばりの二挺ガンド撃ちをウォシャスキー兄弟っぽいのけぞる動きでまとめて回避し、すいっと元の姿勢にもどって言葉を続ける。
「召喚したものが、想定と違った。いや、それだけではないが、取りあえず様々な意味でおかしい。異常だ」
「あんたが一番異常よ・・・ほんと、心の底から・・・」
 兄弟子兼師匠の狂った言動にげっそりしながら凛はなんとか精神を立て直す。
「で? 召喚に失敗したっていうの?」
「いや、召喚は成功だった筈だ。能力からして英霊であることは間違いないであろうし、諸処の疑問を無視すればあれは、くーふー凛だ」
「その発音はやめなさい! ・・・はぁ・・・で? 結局何がおかしいわけ?」
 問われて綺礼は考え込み、しばらくして口を結んだまま首を振った。
「・・・いや、ここで説明するのは避けよう。おそらく理解してはもらえないだろうからな。本人達に直接会った方が早い」
「? …まあいいわ。で、教会に行けばいいのかしら?」
 凛が綺礼の工房を口にするが、返答は否定だ。
「いや、行き先は衛宮邸だ」
「? 俺んち・・・?」
 蚊帳の外で混乱しつづけていた士郎のきょとんとした顔に綺礼はふっと笑う。
「そうだ。場所を知っている者が居たのでな。先に向かってもらった。おまえにもこの状況を理解してもらう必要が在る以上、道々説明ができるのも都合が良い。説明するのは私ではなく娘だが」
「まだ言うか。キ○ガイ神父・・・」
「うむ。ゴッドファーザーと呼んでくれて構わない」
 凛は、冴え渡るボディーブローで混沌の男を黙らせた。
 


0-2  Re-birth

■深山町 住宅地へ続く坂道

「・・・じゃあ、とりあえず確認するわ。聖杯戦争について把握できたことを言ってみて?」
 教室に置きっぱなしだった鞄を回収してから帰宅するまでの間に受けた凛の密度が高い授業を思い出しつつ、士郎は理解できたことを列挙してみる。
「えっ と―――まず、聖杯を得る為の戦いであること。参加者は魔術師で、サーヴァントって呼ばれる物凄い使い魔を従える権利を持つこと。サーヴァントは過去の英 雄が半精霊化したものをクラスっていう型に押し込めて現界させたもので、宝具っていう反則級アーティファクトをもってる。聖杯を手に入れるにはサーヴァン トが必要で、サーヴァントを無力化するにはマスターの方を叩いた方が早いから参加したら、勝ち残らない限り大概死ぬ。一応敗北後に協会に逃げ込むことで保 護してもらえる制度あり。こんなところかな?」
「そうね。付け加えるならマスターは基本的に聖杯に選ばれてなるモノで、わたしはそのマスターに既に選ばれているわ」
「そして、衛宮士郎。おまえもな」
 凛の台詞に割り込み、綺礼は士郎の手を素早く掴む。
「!? 俺にそういう趣味はない!」
「安心するがいい。私もおまえは対象年齢外だ・・・この聖痣が、マスターとして選べれたという印だ。正式に契約すればここに令呪…サーヴァントへの命令権を具現化した紋章が刻まれる」
 言うだけ言って手を離し、綺礼は唇の端を持ち上げる。よく考えるととんでもない事実が含まれていたような気がするので、凛も士郎も考えるのをやめた。
「聞いているか? 凛。つまり、これで確認がとれたわけだ。この男も、マスターだと」
「・・・・・・」
 いずれ戦う運命という示唆に、凛はぐっと眉をひそめて綺礼を睨む。
 その視線を受け流し、神父はあごで正面を指した。
「ついたようだな・・・では、なにが起こったのか、私にわかる限りを説明しよう」
 衛宮邸の立派な門まで後数歩。
「まず一点。召喚されたクーフーリンは女だった」
「は?」
 きょとんとした表情の凛を無視して門をくぐる。
「ついでに、クーフーリン以外も色々と召喚された。全員間違いなく英霊だ。クーフーリン達が断言したからな」
「ちょ、どういう―――」
「よう、コトミネ。遅かったじゃねぇか」
 凛の台詞に威勢の良い、それでいて耳に心地よい女性の声が重なった。
「ああ。やはり説明に時間がかかった」
 門の内側に立っていた長身の女に声をかける綺礼の視線をたどり、凛と士郎は硬直する。
「召喚された英霊は定員を既に上回る八名。そして、伝説にどう伝わっているかに関わらず、全員女だった」
 衛宮家の戸の前に立っていたのはメリハリのあるボディーラインがくっきりと浮かび上がった青いボディースーツを着て赤い槍をぶら下げた女性。
 真っ赤な外套を着込み、ぷいっとそっぽを向いている白い髪の少女。そして。

「今一度、問おう。貴方が私のマスターか?」

 真直ぐに士郎を見詰める、金の髪と銀の鎧の少女の姿。
「―――セイ・・・バー?」
 意思や思考よりも早く、言葉がこぼれた。
「はい。シロウ・・・お久しぶりです!」
 瞬間、厳しくしかめられていた少女の顔が親愛に緩む。その視線と言葉に、士郎の表情もまた喜びに緩んだ。
「ちょ、ちょっと衛宮君! 何よ!? あの子と知り合いなの!?」
 凛に問われ、というよりも詰問、むしろ尋問され、士郎は困惑の表情を浮かべた。
「い、いや、その―――」
 そらした視線で見つめる自らの右手にはくっきりと浮かぶ複雑な文様、『令呪』がある。それが、令呪であると今の士郎には理解ができる。
 だが、そこまでだ。少女、セイバーに関しての記憶は霞がかかったようにおぼろでつかみ所が無い。
「・・・知らない、のか? ・・・俺」
 だが知らぬと言い切ることもできないのもまた、確かだ。目の前の少女と共に居ることが、こんなにも自然に感じられるのだから。
 ・・・まあ、言い始めた途端ムッとした表情でこちらを睨みだした金髪の少女の顔も怖いし。
「ちなみに、残りの連中はいつのまにかどこかへ消えていた。逃げられたらしい」
「ど、どこかって・・・そんなのんきな!」
 凛の驚愕にうむと頷き綺礼は続ける。
「放っておくわけにはいかん。だからまず君たちに話を持ってきたのだ。そこに居る二人は逃げず、私にこう言ったよ。『自分は衛宮士郎という魔術師を知っている』と」
「お、俺!? なんでさ!?」
 後ずさる士郎に綺礼はこともなげに首を横に振った。
「私にわかるわけがあるまい。わかることは、これが聖杯戦争というシステムそのものを揺るがしかねない異常事態であることと、彼女がセイバーのサーヴァントであることをおまえが言い当てたということだけだ」
「う・・・」
「でもどういうこと?サーヴァントシステムが誤作動してる・・・ってことよね?」
 唇に人差し指の第二関節を当てて凛は思考をめぐらせる。
 だが、どうにも情報が足りず形にならなかったようですぐに首を振って綺礼の方へ視線を向けた。
「駄目ね。さっぱりだわ・・・なんでこんなことになったか、予想はついてるの?」
「多元平行で存在する筈の可能性が混濁した結果、偏った結果のみが現れた・・・とでも解釈するしかあるまい。案外平行世界のどこかで、誰かがが他の世界に無茶でもしたのかも知れんな」
「う・・・」
 どうでもよさげに言われた台詞に凛は反射的に呻いた。
 もちろん、そういうことをしでかしかねない『手段』に心当たりがあるだけで、その『手段』は彼女にはまだまだ届かぬ高みなのだが・・・
「どうした? 遠坂」
「え!? ううん、な、なんでもない」
 あせあせと手を振る凛にきょとんとしながら士郎はセイバーのほうへ視線を移す。
「えっと・・・セイバー。セイバーは俺のことを、知ってるのか?」
「はい。私は士郎と契約して聖杯戦争に参加した記憶があります」
 セイバーはそこまできっぱりと言って、やや自信なさげな表情になる。
「ただ・・・参加したこと、それと何度か戦いを経験したことまでは間違いないのですが、その結果どうなったのかは記憶にありません」
「英霊ってシステムは時間と世界を超越してるから他の平行世界で士郎と契約したセイバーがまたこの世界で士郎と契約するのはありえるとして・・・記憶が中途半端に繋がっているのは妙ね」
「ここまで異常な事態だ。今更ひとつふたつ謎が増えた所で問題あるまい。それで、どうするのだ。セイバーのサーヴァント。この半人前の魔術師にマスターを勤めさせるのか?」
 問われたセイバーは胸を張ってはっきりと頷いた。
「無論だ。契約の有無など関係なく、私はシロウを守ると誓った剣だ。私が『在る』限り、シロウの傍でシロウを守りつづける。これは、私の意思だ」
「ふむ。ならばそれもよかろう。どうせ契約も形だけでは在るしな」
 そして綺礼はあっさりと言って肩をすくめた。
「ちょ、なによそれ。サーヴァントってのは確か・・・」
「単独行動はスキル無しなら二時間程度だ。だが、彼女たちはもはや厳密にはサーヴァントではない・・・生身の体を持っている。受肉という状態だな。問題ない。問題ないとするしかない。その他にどうしろというのだ」
 綺礼にしてはかなり珍しい投げやりな言い方に凛は質問をやめた。ここまで原則無視が続けばもう、なにが起きたっておかしくはない。
「・・・たとえば、わたしの手にいきなり令呪が出てきてもね」
 かざした手には、くっきりと令呪が浮かび上がっていた。
 ふぅと息をついて凛は辺りを見渡す。
「で? これは誰と契約した証なのかしらね・・・」
「私だ。それが契約の証というわけでもないがな」
 言いながら凛の前に歩み出たの赤い外套の少女だった。ツンツンと立てた短い銀髪をゆらし、難しい顔で凛と士郎を交互に見つめる。
「・・・なんだよ」
 なんとなく居心地悪く士郎が言うと赤い少女はふんと鼻を鳴らして凛に視線を固定した。
「私は・・・おそらくアーチャーのサーヴァントだ。そしてセイバー程ではないが君と契約していた記憶がある。いくつかのポイントがひっかかるので本当の記憶なのかは定かでないがね」
「アーチャー、ね。わたしはセイバーを召喚するつもりだったんだけど?」
 凛の疑わしげな視線にアーチャーはふっと笑い肩をすくめる。
「見事に失敗というのが、私の知ってる君の結末だ。いつも通り、肝心な所で・・・って奴だな」
「ぐっ、それを知ってるってことは・・・たしかにわたしに関する記憶ってのはあるみたいね・・・」
 顔を手のひらで覆ってうめく凛に納得の色を見た綺礼は改めて士郎に目を向けた。
「では衛宮士郎。以後、召喚されたサーヴァントは君に管理してもらうことになる。受肉した彼女達は通常と違いマスターからの魔力補給を必要としないが、代わりに霊体に戻れないし食事等も必要となる。深いことを考えずに人間として扱うことを薦めよう」
「・・・ああ、わかった」
 こっくり頷く士郎に綺礼は重々しく十字を切った。
「では、確かに頼んだぞ。彼女達を」
「達!? 達ってなんだよ! セイバーだけじゃないのか!?」
「いや、ランサー達もだ。行方のわからないサーヴァント達も見つかり次第君に預かってもらうことになる・・・ああ、アーチャーは凛のもとへ行くかもしれんがな」
 あっさりと言われ士郎は呆然と立ち並ぶ美女&美少女×2を見渡す。しかもまだ増えるらしいという。
 ・・・まずい。
 それは、一成人男子としてまずい。
 そしてそれ以上に、この家には既に居候状態な虎が一匹いるのがまずい。
 幸い今は高校―――もとい、学園の研修旅行で旅の空だが別段いつまでも帰ってこないわけではないのだ。
 ひとりならまだ誤魔化せても、そんな人数がここで生活するのが当然とするような言い訳があるだろうか。
 実は全員生き別れの妹で・・・?
 実は全員親父が見つけてきた許婚だとか・・・?
 実は全員中国武術の最高峰称号取得者で100年に一度の大会があるってのはいかがなものか・・・?
 なんとなく、最後のが一番現状に近いような気はしないでもない。
「無茶言うなよ! 召喚したのはあんた達だろ!?」
「残念ながら私の教会にはそれだけの人数を泊まらせる余裕は無いからな」
「孤児院やってる筈だろう!?」
 怒鳴られて綺礼は重々しく首を振る。
「あれは、嘘だ」
「嘘かよ!?」
「色々と考えて子供達の手配までしたのだが、妻に怒られてやめた」
 淡々と喋る綺礼に士郎は複雑な表情で首を振った。
「だからって・・・確かに部屋はあるけど・・・なんだよ8人って」
 綺礼は少し考える。
「そうだな。おまえにとっては断るのも良い結果を生むかもしれんな」
 囁くように言って眼を閉じ、冷たく笑う。
「破 壊能力でいけば戦闘機にも相当すると言われる破壊力を持つサーヴァントが、セイバーとアーチャーを除いた六人も路頭に迷い、しかも本質的に共存できない者 もその中に居るわけだからな、暴れだすのにそう時間はかかるまい。惨劇の場にかけつければおまえは望みをかなえられるというわけだ。正義の味方という望み を、な」
「っ・・・」
 反射的に拳を握った士郎はなんとか自制して息をつき、代わりに凛へと目を向けた。
「遠坂。サーヴァントってそんなに凄いのか?」
「そうね…言うならばデタラメ。別の言い方をすれば生きてる理不尽ってところね。人間サイズの身体だけど、間違いなくあれは精霊クラスの魔力を持ってるんだから。暴れだしたら大変なことになるでしょうね。大惨事よ」
 躊躇無く言い切られて士郎の腹は決まった。
「わかった。うちで面倒見るよ。全員。放っとくわけには、いかない」
「ふむ、そうか。君の選択を尊重しよう」
 逃げられないようにしておいてと舌打ちする士郎にニタニタと笑い、言峰は凛の方へと向き直る。
「では凛、君はどうする? アーチャーは君と契約したが、引き取るか? それとも彼に押し付けるかね?」
「…そんな事しないわよ。なんか色々納得いかないけど、確かにわたしはこいつに会ったことがあると思うから」
 赤衣の少女騎士はその言葉に一つ頷き、凛の背後に控える。
「まあ、偶発的な事態だが納得するとしよう。この状況では戦うこともないだろうしな」
「それは、わたしの実力に不満でもあるのかしら」
 ギロリと睨まれてアーチャーは苦笑交じりに肩をすくめた。
「いや、君の実力はわかっているが、聖杯戦争において君は・・・」
「何よ」
「・・・いや、意味の無い話だ。忘れて欲しい」
 その煮え切らない言動に眉をしかめた凛の傍らで士郎は深くため息をつく。
「それにしても、藤ねえが帰ってくるまでに何とかなるのかなぁ・・・」
「心配するなとは言えんが、出来るだけ早く解決できるよう務めよう。それまでサーヴァント達を仲違いさせないようせいぜい努力する事だ」
 淡々と言ってくる綺礼に士郎はため息をついた。
「わかったよ。ともかく、今はセイバーと、えっと、ランサー・・・さんをうちに泊めればいいんだろ?」
「いや、実はもう一人居る」
「もう一人!?」
 あっさりと言われた言葉に士郎が驚くよりも早く。
「引き取らせるだと? 無礼な。万死に値するぞ雑種」
 声は、頭上から響いた。
「な、なんだ!?」
「ふん、貴様如きに我の名などもったいないが教えてやろう。我の名はギルガメッシュ。英雄王だ。雑種」
 高さ3メートルに届こうという門の上に、一人の女性が立っている。
 金のフルプレートに身を包み、髪は豪華に金髪縦ロール。全身からゴージャスオーラを放ち仁王立ちだ。
「・・・ギルガメッシュ。高いところが好きなのはかまわないが、話が進まんからさっさと降りて来い」
「な、なんだと!? 貴様はいつもいつも我への敬いが足りぬ!」
 面倒そうな綺礼の台詞に腹立たしげに叫びながらもギルガメッシュは一段低い塀へ飛び降りた。
 超重量の鎧を着込んでいるとは思えぬ軽い身のこなしは流石英霊というべき体さばきなのだが。
「あ」
 その足に履かれているのは、金属製の脚甲なのだ。当然。滑る。
「なぁああああああああああああ!?」
「!」
 ずるんと一回点してそのまま宙に身を躍らせたギルガメッシュが落下を始めた瞬間、士郎は意識より早く動いていた。
 落下地点へと駆け込み、大きく腕を広げて金の鎧に包まれた体を受け止める。
 ドスッ!
「ぬぉ・・・」
 腕が抜けそうな大重量の負荷に、士郎は思わず苦悶の声を漏らしたがなんとかこらえきった。
 地面すれすれまで下がった両腕に抱えたギルガメッシュの体を、なんとか普通の横抱きの位置まで持ち上げる。
「・・・へぇ」
 なんとなく、遠坂の目が怖い。なんでさ!?
「はぁ・・・だ、大丈夫?」
「う、うむ・・・ホメ、褒めてやろう・・・」
 落下のショックでやや呆然としていたギルガメッシュは真っ白な頭のまま口を動かしかけたが・・・
「って、いい加減に降ろさんか雑種! 万死に値するぞ!」
 いわゆるお姫様抱っこな現状に気付いてジタバタと暴れ始めた。
「う、うわ! 急に暴れるなって!」
 いきなりな暴挙に、ただでさえプルプルと震えていた士郎の手が耐えられるはずもなかった。
 おもわずその体を離してしまいギルガメッシュの体は地面に転がる。ごちっ、と硬質の音が響いた。
「・・・ぬ、く・・・」
「あ・・・ごめん」
 心底すまなそうに差し伸べてきた手を振り払い、ギルガメッシュはフンとそっぽを向いて立ち上がった。
「まったく・・・我の肌に許可無く触れるだけでも無礼千万であるというのに、よりによって地面に叩きつけるとは・・・」
「いや、落としただけでしょうに。しかもあんたが暴れたのが悪い」
 凛が半眼でつっこみを入れるのを完全無視してギルガメッシュはギロリ、と士郎を睨む。意外に背が低いので見上げるようになっているが。
「大体、今の我程度の体重も支えられぬとは情けない。それでも衛宮切嗣の息子か?」
「う・・・面目ない」
 どうもこの人たちの間では有名らしい父の名を出されると弱い士郎である。が。
「その鎧、重くて」
「ぬ・・・」
 根本的に、鉄板のカタマリであるフルプレートを着込んだ人間の落下だ。むしろ受け止められたことを誉めてやるべきであろう。
「・・・ふん」
 ギルガメッシュはぷいっとそっぽを向いて腕を組んだ。
「まあよい。今回は特別に不問にしてやろう。雑種。だが次は無いからな」
「ああ、ありがとう」
 にこっと微笑む士郎にギルガメッシュは口をへの字に曲げて更にそっぽを向く。
「・・・鎧は今後着ぬから、次は頑張れ」
「?」
「っ! 違うぞ! この我がちょくちょく躓いたり階段から足を踏み外したりタンスの角に足の小指を打ってるわけではないぞ!? わ、我をそんなうっかり屋だと思うな雑種!」
 顔を真っ赤にして吼え猛る英雄王に士郎はきょとんと首を傾げた。
「・・・よくわからないけど、とりあえず・・・君も・・・サーヴァント?」
 む、とギルガメッシュの暴走が収まった所で傍観していた綺礼が重々しく頷く。
「その通りだ衛宮士郎。彼女はギルガメッシュ。前回の聖杯戦争で私が契約したサーヴァントだ」
「ちょ、待ちなさい綺礼!どういうこと?前回の聖杯戦争にあんたが参加してたってのも初耳だし、そもそもサーヴァントは聖杯戦争が終わったら・・・」
「消滅するが、それは聖杯のサポート無しにサーヴァントを維持するには相当量の魔力が必要になるからだ。元々膨大な魔力回路を有するなら不可能ではない。そうだな、君ならば多少自力での魔術行使に影響は出るだろうが、維持可能だろう」
 単純に魔力生成量の多さで言うならば綺礼の職場には文字通り人間離れした化物も居たが、まあそういうのを除けば凛のレベルは超人枠と言って良い。経験さえ積み上げれば、いずれバケモノレベルに到達するのは間違いあるまい。
「他にも、サーヴァントに一般人を襲わせてその魂を吸収したり、殺さぬまでも魔術儀式で魔力を他者から抽出しつづけるという手もある」
「それで・・・あんたはどんな手段を使ったってのよ」
 凛の目つきが鋭いものになった。背後でアーチャーが半身になり、いつでも飛び出せる体勢をとる。
「先程言った、『孤児院と偽って集めた子供』を使って死なぬ程度に搾り取ろうとしていた。妻にしこたま殴られてやめたがな。十九発目の左ストレートなど、本格的に昇天するかと思ったものだ」
 遠い目になり、何故か僅かに笑ってから綺礼は金の鎧をガシャガシャさせている英霊王を視線で示した。
「ともあれ、ギルガメッシュは前回の聖杯戦争の際に聖杯の中身を浴びて受肉している。今回召喚された8人と同じく、魔力の供給は必要無い」
「・・・一つ、質問があります」
 そこへ割り込んできたのはやや硬い声。
「セイバー?」
「ギルガメッシュ・・・いえ、あえてアーチャーと呼びますが、貴女は私を覚えているか?」
 ゆっくりと士郎の前、ギルガメッシュとの間に割り込んだセイバーに綺礼はふむと頷いた。
「そうか。どこかで見たような気はしていたが・・・君は切嗣のサーヴァントか」
「え!? そうなのか!? っていうか親父マスターだったの!? ・・・遠坂、知ってる?」
「・・・そういえば、わたし・・・前回の聖杯戦争の顛末、殆ど知らないわ。なにが起きたかとかは知ってるけど参加者とかはさっぱり」
「聞かれなかったからな。教えた記憶は無い」
 綺礼にあっさり言われ、凛はたらっと汗をかく。
 遠坂凛。保有技能『うっかり』 評価 A ここまで来るともはや呪い。一番大切なときに限って必ず判定に失敗する
 ちなみにギルガメッシュは保有技能『うっかり』 評価EX。 神にのみ許された神のうっかり。判定失敗は全てファンブルになる。
「ふむ。久しいな騎士王。無論覚えているぞ」
「・・・私は前回の召喚の記憶を維持しているつもりです」
 セイバーの発言に凛はまたルールが崩壊してる・・・と呟き綺礼は興味深そうに耳を傾ける。士郎はどちらにしろ理解できてないので驚きっぱなしだ。
「ふん、それがどうした?」
「私の記憶も曖昧なのだが・・・確か、貴殿、男ではなかったか? 髪をこう―――そう、あのような感じにツンツンと立てた」
 アーチャーを指差して問うセイバーにギルガメッシュは腕組みをし、ふふんと笑う。
「受肉した際に何故か女の体で具現化されただけだ。まあ、我は我であるが故にいかな姿であろうと我だ。特に問題はない」
 あるだろう。
「・・・まあ、たしかに問題はありませんが」
 ないのか。
「―――これで、せまられることもないし」
 ギルガメッシュはセイバーに求婚したことがある。
 もっとも、頷いたら宝物庫に放り込まれそうではあるからして、ほんとに求婚といっていいのかは大いに謎ではあるが。
「なあ、話がついたんなら家ん中入んない? オレ、少し寒ぃよ」
 どことなく安心の表情でこくこく頷いているセイバーの話に割り込んできたのは青い鎧の女性だった。
 確かに全身タイツの上に皮鎧といういでたちは冬真っ盛りにはやや薄着かもしれない。
「ふむ。立ち話もなんであったな。皆、遠慮なくあがりたまえ」
「って何故におまえが仕切る! いいけどさ・・・」
 ぶつぶつ言う士郎に構わず綺礼はふっと笑って見せた。
「時間からしてもそろそろ食事にするべきだろう。なに、手間はとらせんよ私の馴染みの店から出前を取るとからな。中華だが、構うまい?」
 瞬間、当然のような顔で衛宮邸へ入ろうとしていた凛の動きが止まった。穏から緊へコマ落としのように表情が変化し、それを感じ取ったアーチャーが魔術回路に魔力を流し始める。
「安心するがいい。衛宮士郎。全員分私の奢り・・・」
 言いかけた瞬間飛んできたガンド撃ちと矢の乱射を綺礼はひらりと後方へ飛びずさった。
 数メートルをひと跳びで移動し懐に手を入れる。
 引き抜いた指の間に挟まれていたのは二本の長い剣―――そして携帯電話。
「遠慮することはない。凛。君の分もきちんと私が払おう」
「士郎! セイバー! 左右から回り込んで! あれは・・・あれだけは! 注文させちゃいけないのよ!」
「は?」
「ぼやっとするな衛宮士郎! 強化しかできない未熟者でも物の数にはなる!」
 完全に本気・・・むしろ殺す気で挑む凛とアーチャーの焦りをよそに綺礼は悠然と携帯電話を操り通話ボタンを押し。
 
後より出て、先に断つものアンサラー ―――」
 直後に響いた声と共に。
斬り抉る戦神の剣フラガラック!」
 よくわからない鉄球っぽいものが、指をへし折りながら携帯電話を吹き飛ばす!
「む・・・バゼットか」
「を、マスターじゃねぇか」
 青い女性の呟きに答え、粉々になった携帯電話を更に踏みつけて現れたのはショートカットのよく似合う男装の女性だった。
「凛君、士郎君。はじめまして。 バゼット・フラガ・マクレミッツ・言峰です」
「は、はじめまして・・・あの、ひょっとして綺礼の・・・」
「ええ、妻ということになります」
 言ってバゼットは綺礼の後頭部をはたいた。手の振りは軽いが、響いた音はポグン・・・と妙に重い。
「まったく・・・調査しなければならないことはたくさんあるでしょう? 彼らが引き受けてくれたのならば我々はすぐにでもこの問題の解決の為に動かねばならない・・・違いますか?」
「うム。その通りだな」
 綺礼はやや傾いた首でこくっと頷き士郎と凛の方へ目を向けた。
「そういうわけだ。衛宮士郎。後は頼む」
「あ、ああ・・・首、大丈夫か?」
 む、と綺礼は唸り自らの頭を鷲づかみに掴む。そのまま力を入れるとボギリと致命的な音を立てて首は元の角度へ戻った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 引きつった表情で自分の首をさすっている士郎と凛をよそに、言峰はギルガメッシュに向き直る。
「ギルガメッシュ、この場はまかせるぞ」
「うむ。アレを食べないですむならどこにだって行くぞ」
 ぷいっとそっぽを向くギルガメッシュに首を傾げ、綺礼はさっさと歩き出した。
「・・・凛君」
 その後を追おうとしていたバゼットはふと足を止めて凛に声をかけた。
「なんですか?」
「・・・・・・」
「?」
 じっと顔を見つめられ、凛はきょとんと首を傾げ。
「・・・やっぱり似てますね―――父娘だからでしょうか」
「!?」
 うむ、と頷く言葉にピキリと硬直した。
 数時間前から繰り返し聞かされていたフレーズにのけぞる間にバゼットは歩き出していた。声をかけるより早くさっさと角を曲がってその背が消える。
「・・・・・・」
「・・・遠坂?」
「中」
「?」
「中・・・入るわよ・・・」
 何故瞳の中に紅蓮の炎が見えるのだろう? 何故硬く硬く握り締めた拳で入念にシャドーをしているのだろう、何故アーチャーはあんな遠くへ避難してるのだろう?
 様々な疑問が渦巻いてはいたが士郎はとりあえずそれらを飲み込んで頷いた。
 ・・・まだ、命はおしいもん。
 


0-3 Extra 3

■衛宮邸 居間

「さて・・・」
 士郎は茶の間に集った面々を見渡して呟いた。
 これまでも大分女っ気の多い場所ではあったが、これほどまでの大人数を迎えたことはさすがに衛宮士郎史上始めてだ。
 しかも、当然のような顔で隣に座った凛の気配が、否応無く士郎の心臓をバクバクいわせていて。
「・・・とりあえず」
「とりあえず?」
 士郎は思わず口からこぼれた言葉に聞き返す凛へと顔を向け、正面から向かい合ってしまった目を慌ててそらした。
(やばい。近くで見ると予想以上に綺麗だ・・・)
 だから、士郎は気付いていなかったりする。
(やばいわ。なんでこんなドキドキしてるのよわたしッ!)
 その凛もまた、慌てて目をそらしていたということを。
「・・・とりあえず、ここに住まわせると言うのなら各人が何者なのか確認したほうがいいのではないか?」
 そんな二人を呆れたような目を眺めて言ってきたのは凛の背後に座布団をひいて座ったアーチャーだった。
「ん。そうだな。じゃあ悪いけどみんな自己紹―――」
 ぴんぽーん。
 言いかけた言葉がせき止められた。
「・・・誰か来たみたいね」
 呟く凛の目が『さあどうするの?』と笑っていることで士郎はハタと気が付いた。
 今この場に居ない、彼の家族が居ることを。
 そして、藤ねえが帰ってくる前にこの状況を説明する必要があったということを。
「・・・や、やっぱりあれかな遠坂! 教皇様を守る戦士ってあたりが!?」
「珍妙な言い訳考えるのもいいけど、桜は聖杯戦争のこと知ってるわよ?」
 ぴんぽーん。
 もう一度、玄関チャイムが鳴る。電気がついてるのは見ればわかるし、そろそろ首をかしげながら合鍵を取り出している頃だろうか?
「ななななななんでさ!?」
「言ったでしょ? あの子、魔術師よ。もともとはわたしの妹で同じ魔術師の家である間桐家に養子に出されたの。二つの家は基本的に不干渉を旨としているからその後のことはよくわからないけど」
 カチャカチャと鍵を開ける音がする。ひょっとしたら新聞の集金か何かかもという逃避は見事に打ち砕かれた。
「先輩〜?」
 玄関から声が聞こえる。今や運命は確定され―――
「こっちよ桜。入ってきなさい」
 何故にこの赤いあくまは自分の家に居るかのように悠然と招き入れるのでしょうか!?
「え!? い、今の赤い声は!?」
 玄関の声が、困惑から緊迫へとその色を変える。
 次いで、ドタドタと廊下を走る音、ベチンという転んで顔面を床に叩きつけた音、「うっう〜」という呻き声。
 そして。
「先輩!」
 ふすまが、バンッ・・・! と勢い良く開いた。現れたのは青みのかかった長い髪を片側だけリボンでくくった少女。
 士郎にとっての妹分、間桐桜その人であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 勢い込んで駆け込んできた桜だが、六人、計十二の瞳に見つめられて何も言えなくなり立ち尽くし。
「・・・すいません、家を間違えました」
「「なんでさ!」」
 士郎は空中につっこみの裏拳を入れてふと隣を見た。凛の背後で何故かアーチャーもまたつっこみの姿勢でこっちを見ている。なんだかばつが悪そうに。
「どうしたんだ?アーチャー?」
「・・・いや、なんでもない」
 士郎の問いに首を振り、アーチャーは顎で桜の方を示した。
「それより。あの少女を放置しておくのか?」
「あ、ああ。そうだな」
 呟いて立ち上がり、士郎は死刑場への廊下(グリーンマイル)を歩く気分で桜の方へ歩み寄った。頭の中で必死に組み立てるのはなんとかこの場を上手く纏められる台詞。
 ・・・あるはずもない。
「ええと、桜」
「・・・はい、先輩?」
 にっこりと。あくまでにっこりと桜は微笑む。
 士郎はハジメテ、目の前の少女の笑顔に本気で怯えた。
「・・・あ・・・ぅ・・・その、この人たち、今日からここで暮らすんで宜しく」
 直球。
「!・・・先輩、見損ないました。不潔だと思います。そういうの」
 そして、桜さん、痛烈なピッチャー返し!
「い、いやいやいや! な、なんでさ! 別にこの人たちはそういうのじゃなくて、その、泊まるとこないからここに置いてくれって頼まれて・・・」
「誰にですか?」
「いや、なんだか遠坂の知り合いらしい神父に」
 ギロリ、と。桜の黒い視線を受けて凛は悠然と立ち上がった。
「そもそも根本的な説明が抜けてるけど・・・桜、あなたもうサーヴァントは召喚した?」
「!」
 びくっと震えた桜に凛は肩をすくめる。
「何を呼ぼうとしてたかはわからないけど、多分呼んでも出てこないわよ。もうどっかに居る筈だから」
「・・・・どういう、ことですか」
 警戒してかやや伏目になった桜の気配が影を纏い始める。
「どうもこうもないわよ。衛宮君がマスターになった時点で・・・いえ、魔術師だってわかった時点であなたが何故ここに居るのかもわかったんだから」
「っ・・・!」
 一瞬見せた絶望の表情に凛は首を振って否定の意を見せた。
「大 丈夫。言わないわよ。でもしばらくはここに来ないで。わたしと衛宮君はね、令呪が有効かもわからない受肉したサーヴァントなんていう化物を管理することに なったの。魔術師として放置しとくわけにはいかないけど、それが危険だってことはわかるでしょ? わたしと衛宮君は自分のサーヴァントがいるから何とか なっても、ただの魔術師の桜じゃ身を守れない」
 理論整然とした言葉は凛の本心だった。
 ややこしい感情を抜きにしても、妹をここに置いてが危険なことは自明だし、彼女はこれでも間桐の人間だ。
 桜自身はともかく聖杯の祖たる3家の一つであるマキリ家がこの事態を知れば何かを仕掛けてくる可能性は否定出来ない。いや、言峰から聞いている前回の逸話を聞く限り、必ずや何かをしでかす筈だ。
 もうひとつの祖、アインツベルンも危険だがそっちに関しては容赦なく倒してしまえばいいだけの話だからわかりやすい。
「お、おい遠坂・・・」
「聞かないわよ。衛宮君だって桜を危ない目にはあわせたくないんでしょ?」
 む、と唸って士郎は考え込む。
 実は魔術師だったとしても、戦うべき相手なのだとか言われても、桜が守るべき妹分であるという記憶のほうが、今は重い。
 敵襲を含めて何が起こるかわからないこの家に居させるのは本意ではない。本意ではないが。
「それを言うなら、俺は遠坂だって危険な目にはあわせたくないんだけど」
 何気なく呟いた一言。それもまた、彼の本心であった。
 体は、剣で出来ている。
 誰かのために、何かのために、全てを助ける為に。それが衛宮士郎という存在の本質なのだから。
 だが、この場において、その台詞はやや違う意味で周囲に行き渡った。
「な、なに言ってるのよ。わ、わた、わたしは魔術師でマスターよ? 衛宮君に心配される筋合いはないわよ!」
「? いや、でも・・・女の子だし」
 不思議そうに言われて凛はぼひゅっと顔を真っ赤に染め上げた。
 背後でアーチャーがやれやれと肩をすくめる。
「・・・っ」
 桜は危機感に襲われ拳を硬く握って凛を睨んだ。
 その視線を感じたいろんな意味で赤い少女はそれまでの照れを頭の隅っこへ押しやって余裕の表情を作る。
「でもまあ、そうね。わたしだって無闇に危険な目にあおうとは思わないわ」
 うそつけと呟いたアーチャーにスリッパを投げつけて凛はこほんと咳払い。
「サーヴァントから身を守るにはサーヴァントよ。わたしにはアーチャーが居るし、聖杯戦争に備えてちゃんと準備もしているわ」
 事実である。彼女の工房には大小含め数々の限定礼装―――魔術を封じた宝石が用意してあるし、今だって最低限の装備は服のあちこちに仕込んであるのだ。
「不安要素を言えば、居所がわかってない奴らはなにしでかすかわからないってことかしら。アーチャーを狙ってくる事もあるだろうしセオリー通りマスターを狙ってくることもあるはずよ。受肉してるから、普通と違って依代の喪失による消滅は無いでしょうけど」
 ピンと人差し指を立てたいつもの説明ポーズで言われて士郎はうむむと唸る。
 なんとなくだが記憶の中にそんなことをしてくるサーヴァントが居たような記憶がある。あ、いや、結局のところあいつは人の家に侵入しただけで暗殺してなかったんだっけ?
「ってことは、二人じゃ危なくないか? 行方がわからないサーヴァントってライダーにキャスター、それとアサシン、バーサーカーだろ? みんな一筋縄じゃ行かない相手だぞ?」
 うっすらと残る記憶を元に士郎が言うと凛はふふんと笑みを浮かべた。
 さりげに、耳が赤い。
「大丈夫。わたしもここに住むから」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 清水の舞台から全裸で飛び降りるくらいの気合でもって言い放った言葉がノーリアクションで返されて凛はたらりと冷や汗を流した。
「よ、ようは同棲するっちぇいってるにょよ!」
「凛、噛んでる」
 いらんつっこみをするアーチャーに卓袱台のミカンを投げつけて凛は真っ赤な顔とぐるぐるな頭で他の人間二人の様子を伺う。
 そして。
「・・・はぅ」
 士郎はそのまま卒倒した。
「し、シロウ!」
 慌てて駆け込んだセイバーの腕の中で士郎は弱々しく呟く。
「セイバー・・・今度の眠りは・・・永くなり―――」
「っ! シロウ! 親しき仲にも礼儀あり、です! 人の台詞を流用するのはあまりにも失礼というものではありませんか!?」
 予想以上の破壊力があったらしい状況に凛はやや戸惑い、なんとなくリボンなどいじくってみる。
「お、おおげさねえ士郎」
 追い討ちとばかりに呼び方も名前呼びに変えてみたりすると士郎は電気を流されたカエルのようにビクンと撥ねた。
「シロウ! 気をたしかに! 衛生兵! 衛生兵はどこですかっ!」
「いやぁ、お医者様でも草津の湯でも、とか言うらしいぜ? はっはっは!若いっていいなぁ少年!」
「ふん・・・雑種め。低俗な」
 それぞれ静観したままお茶などすすっているサーヴァント×2からのコメントだ。
「・・・にょみょっ!?」
 そこで、ようやく桜が奇声と共に立ち直った。
「ねねねねねねねねねねね・・・!」
「猫?好きよ?」
「違いますっ! 姉さん! ど、どういうつもりですかっ!わ、わたしを追い出しておいてど、同棲って!」
 涙目で叫ぶ桜の言葉にセイバーの腕の中でビクンビクンと士郎が跳ねるがとりあえず二人とも無視。でもセイバーにはライバルポイント1点加算。
「あら、さっきも言ったでしょ? サーヴァント持ちだから狙われるかもしれない。だから味方してくれるらしい士郎のとこに住むの」
「ちょ、ちょっと待ったぁっ!」
「おっと、ここでちょっと待ったコール」
 どうでもよさげな声で古すぎるネタを繰り出すアーチャーを無視して士郎はズバッと立ち上がった。
「こ、ここに住むって正気か遠坂!」
「正気かって・・・さりげに失礼ね士郎…」
 呻くように言って凛はふふんと笑う。
「聖杯戦争が正式に始まるならそうも言ってられないけど、今は味方が多ければ多いほど安心な状況でしょ? それとも士郎はわたしの敵になるわけ?」
「馬鹿言うなよ。それだけは絶対無い」
 きっぱりと言い切られて凛はなんとなく照れくさくなってまた目をそらす。
「そ、それなら私も・・・!」
「桜はダメ。サーヴァントいないと危険だって言ったでしょ?…ね、士郎?」
「む。そう・・・だな」
 いきなり話を持ってこられた士郎がその場の流れで頷くと桜はうーっとうなって拳を握り締めた。
「ま、あきらめなさい。こればっかりはしょうがない―――」
「・・・ば」
 強敵排除の予感に凛が勝ちを意識した瞬間。
「・・・ればいいんですよね?」
 桜はうつむいてボソボソと呟き始めた。その両眼は前髪に隠れ、どうにも表情が読み取れない。
「桜?」
 凛の声にバッと顔を上げた桜は、
「ようするに! サーヴァントが居ればいいんですよね!?」
 一声叫ぶと魔力回路にその強力な魔力を流し込んだ。
「ちょっと桜! 無理よ! もう定員以上召喚されてるんだから!」
「いや、定員以上呼べているのならこれ以降何人呼ばれてもおかしくない。さがれ凛!」
 凛とアーチャーの声が交差する。とっさに前に出たセイバーが士郎を背後にかばう。
「ほう、あの雑種の力は―――」
「落ち着いている場合じゃないぜ金ぴかッ! 何か変なものが出てくる気がする!」
 立ち上がったランサーの手には既に真紅の槍が握られていた。
 一人座ったままのギルガメッシュも表情こそ余裕を見せているが背後には空間のゆがみが生じている。意地でも焦ったところを見せぬのが王者の資質。
「落ち着きなさい桜! 何が起こるかわからないのよ!?」
「ぅぅぅぅぅぅぅううううう!」
 凛の静止の声に答えず桜はバッと両手を天に突き上げ呪文を叫ぶ!
「しょうかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 かーん、かーん、かーん・・・とエコーが消え、後に残るのは痛々しい沈黙。
「・・・桜、せめてドイツ語で叫んでくれない?」
 やりきれない空気にぐったりとした様子で凛が呟いた、瞬間。
「待て雑種の女! 魔力は確かに放出されたのだ! 何か出てくるぞ!」
 ギルガメッシュの警告と共に桜の周りに召還陣が出現した。
 慌てて飛びのいた凛とアーチャー、士郎を抱えたセイバーの目の前で桜の体が召還陣から吹き出た黒い魔力につつまれる!
「桜っ・・・離せセイバー!」
「駄目です! あの光・・・危険だ!」
 それも一瞬のこと。泥のように粘着く黒い何かはあっさりと消え去り、そして。
「クスクス・・・」
「クスクス・・・」
 そこに、二人の小さな女の子が立っていた。
 やや浅黒い肌、大きな瞳。一人は活発げな表情でツインテールの髪を揺らし、もう一人はおっとりとした笑顔を肩のあたりで切りそろえた髪が包み込む。
「あ、あれ? え?」
 驚いたのは、桜だった。
 なんとなく錯乱のままに叫んだものの本当に召還されるとは思わなかったうえに、呼ばれたものがなんなのか、本人にもさっぱりわからない。
「・・・あんたたち、なに?」
 凛の直接的な問いはその場の全員の代弁であった。
 女の子たちは顔を見合わせてクスクス笑い、ぶいっと指をピースにする。
「あんりだよ!」
「まゆですぅ」
 沈黙。
 全員、なんとなく記憶の隅に引っかかるものを感じて沈黙。
「二人合わせて、あんりまゆ! クラスはアヴェンジャーだよ〜!」
「く、クラスって・・・サーヴァント、な・・・の?」
 桜に問われて二人はうんっと頷いてみせる。
「お姉ちゃんがあんりたちのマスターだね! よろしく!」
「まゆたち、がんばりますね〜?」
 あんりとまゆはガッツポーズをとってからバッとセイバー達に向き直った。
「クスクス・・・さっそくサーヴァントはっけ〜ん!」
「うん! 食べちゃおうよ! ゴーゴー!」
 声と共に二人の影がずるりと歪み、立ち上がる。
 それは闇。一切の光を許さず喰い尽くす無限なる闇。
「ま、待って!」
 剣呑な空気に慌てて桜は自分のサーヴァントを名乗る少女を制止した。
「戦わなくていいの! ここに居るのは敵じゃないんだから! ね!?」
「え〜? なんで? 他のサーヴァントを全部食べちゃわないと聖杯は作れないんだよ〜?」
「ですよ〜」
 不満げに言ってくる二人に桜はあうあうと慌てながらなんとか説明しようとしてはたと気がついた。
「・・・なんでこんなことになってるんですか? と、いうよりも何でいきなりこんなたくさんサーヴァントが? マスターの方はどうなさったんですか? こ、この状況不自然です!」
 遅い。気付くのが遅い。
「・・・えぇと」
 士郎はひとつため息をつき、制止しようとする凛とセイバーを手で抑えてあんり達の前にしゃがみこんだ。目線を合わせて笑ってみせる。
「はじめまして、かな。俺は衛宮士郎。よろしくな?」
「む・・・敵マスターに自己紹介されちゃったよ、まゆ」
「ダメですよあんりちゃん。自己紹介してもらったら、ちゃんとごあいさつしなきゃですよ〜」
 まゆはメッとあんりを叱ってぺこりと頭を下げる。
「まゆは、まゆです〜。サーヴァントをやってます〜。よろしくですね〜」
「むぅ・・・あんりだよ。すっごく強いんだからね! マスターに手をだしたら酷い目にあわせちゃうぞ!」
 しゅっしゅ!とちっちゃな拳でシャドーをしてみせるあんりに苦笑して士郎は首を振る。
「とりあえず、今は戦う必要は無いんだ。きみたちのことも含めて、なんだかルールが無茶苦茶になってるんらしい」
 俺はルールとかよくわかんないけどさ、と士郎は笑った。
「でもでもでも、あんりたちは戦うために呼ばれるんだもん! あんり知ってるよ! 他のサーヴァントをみんな食べちゃわないとずっと閉じ込められたままなんだもん!」
「? ・・・あら、あんりちゃん」
 手をじたばたさせて主張するあんりにまゆは首をかしげて話し掛ける。
「わたしたち、なんだか体がありますよ〜?」
「ふぇ!? ってぅわぁっ!ほんとだ! 肉、ある!」
「肉・・・えらく直接的な物言いだな・・・」
 アーチャーのつっこみは、いつも無視される。
「あれ!? あれ!? じゃあ、あんりたちって、これからどうすればいいの?」
「他のサーヴァントの方たちと違って、まゆ達のお願いは生まれること、でしたものね〜?どうしましょ〜」
 うーんうーんと悩み始めた二人組みの頭に士郎はぽんっと手を乗せてみた。
「わ」
「はわ」
 きょとんとする二人の柔らかい髪をなんとなく撫でてみる。
「とりあえず、ここに居ればいいよ。何をしてあげられるわけじゃないけど、寝るところと食事ぐらいはだしてあげられるから」
 ね? と微笑まれ、あんりとまゆは顔を見合わせた。そそくさと廊下に退却し、柱の影でアヴェンジャー会議をアヴェンジャー開催。
「ど、どどどどどうしよっかまゆ!」
「くすくすくす・・・あんりちゃん、顔まっかですよ〜」
「そ、そんなのまゆだってそうじゃん!」
「あらあら〜? そうですか〜? おねえちゃん、照れちゃいますね〜?」
「えっと・・・あ、あんりは・・・その、ここで暮らすのもいいかなって思うんだけど・・・」
「あらあら? くすくすくす・・・」
「まゆだってそう思ってるんでしょ!? わかるんだよ? ふたりでひとつなんだから!」
「プリキュアですね〜?」
「なにが!?」
 とりあえず、他の面々に丸聞こえなのは気付いていないらしい。
「・・・ところで、どこで仕入れるのだ? ああいうネタは。召喚者の知識からか?」
 そしてアーチャーはどんなときも律儀につっこみを入れる。
「結論が出たよ!」
 数分たって、あんりとまゆはてけてけと士郎の前に戻ってきた。
「ん。どうする?」
「うん! しばらくの間、おせわになります!」
「よろしくおねがいしますね〜?」
 ぺこりとお辞儀をする二人組みに士郎はにっこりと笑ってこちらもお辞儀を返す。
「こちらこそ、よろしくな。ふたりとも」
「・・・ペドフィリア」
 背後で凛の呟いた言葉に込められた殺気を必死で無視しながら。
「・・・と、いうことは・・・私も、ここに住んでいいってことですよね?先輩」
「む」
「私もマスターになりましたし、サーヴァントがここに住むんですから、私もここに居たほうが安全ですよね?」
 勢い込む桜に凛は軽く肩をすくめて声をかける。
「そうかもしれないけど・・・桜の場合、きっちり間桐のサポート受けたほうが安全かもしれないわよ?」
「そ、それは遠坂先輩だっておなじじゃないですか! 遠坂家の方が間桐よりずっと権力あるんですから」
 横槍に口を尖らす姿にあれ? と戸惑い、凛は首をかしげた。
「遠 坂家って、生き残ってるのはわたし一人よ? 父さんと母さんが死んじゃってるのは連絡入れたと思ったけど・・・他の親戚は居る筈だけどほとんど会ったこと は無いわね。会った連中はみんな財産目当てだったから社会的に抹殺してやったけど。まったく、血縁のない元徒弟の方が親切だってのはなんか間違ってるわよ ね…」
 知らなかったっけ? と不思議そうに首をかしげる凛に、桜は軽くよろめいた。
 誰か…化物じみた皺の刻まれた顔の誰かに、『おまえの姉は遠坂の長という恵まれた環境で幸せに暮らしておる』と言われたような、そんな記憶があるのに。
「じゃ、じゃあ10年前から姉さんはあの家に一人で・・・?」
「そうよ? 魔術は綺礼が師匠なわけだけど、あいつこっちが頼み込まないと教えてくれない奴だから独学してた時間のほうが長いかしらね。資料やら遺産やらは山ほど残ったからそれを研究してればだいたいは、ね?」
 何故だか動揺している妹に首を傾げ、凛は考えこんだ。
 心情的にいろいろ思うところはあるものの、桜がサーヴァント・・・らしきものを呼び出した以上、間桐の家に居させるよりむしろ目の届く位置に居たほうが安全かもしれない。
「どう? 士郎。桜、ここに住ませるの?」
「む・・・むむむ・・・」
 士郎は頭を抱えた。
 今までに桜がこの家に泊まったことはある。だがそれは藤ねえも一緒だったし、根本的に今回は桜以外にも女の子が溢れているのだ。
 男として兄貴分として、一応マスターとして、自分はどうするべきなのか?
「悩むな悩むな! そんなの答えは決まってるじゃん少年〜」
 そんな士郎の背後から不意に声がした。
 同時に背中へむにっと柔らかな感触が走り、肩から自分のものではない手がぶらりとたれる。
「!?!!! ら、ランサーさん!?」
 不意打ち気味に覆い被さってきたのはランサーだった。
 いつの間にか鎧は脱いでおり、レオタードのようなボディースーツ一枚で背後から士郎を抱きしめてくる。豊かな双丘が生み出す未体験ゾーンの感触に、衛宮士郎の機能は完全に停止した。
「な・・・! あ、あんた何やってんのよ!」
「先輩に引っ付いちゃダメです!」
 激昂する凛と桜へにまぁ〜っと笑って見せてランサーは士郎の頬にすりすりとほお擦りなど敢行。
「くくく・・・細かいことで悩むなよ少年。そこのツンツンした奴も気の弱そうな奴もちっこいのも大食いっぽいのも金ぴかもいい女だろ? もちろんオレもだけど。そういうのはな、身近に置いとくのが男ってもんだ! そして力いっぱい愛でろ! こんな風にな!」
 言ってうりうりと頬を押し付けてくる。体の上下動に伴い背中に感じる至福の感触もふにふにと自在にその形を変え士郎の脳髄に直接攻撃を仕掛けてくる。
 これは―――ノーブラだ! 自由乳貴族ノーブラーだ!
「ぁ・・・わ・・・ぅお・・・じゃおっ!?」
 士郎は意思の力を総動員して世界一甘い牢獄から脱出した。
 軽く2メートルは飛びのき、壁を背にはぁはぁと息をつく。
「・・・興奮したか? 少年」
「そういう・・・ハァハァじゃ、ないっ!」
 ランサーのからかいを一喝して精神統一。仮にも魔術師だ。感情はコントロールできる・・・筈。一応。
「と、ともかく・・・ランサーは桜をここに置くの、賛成ってこと?」
「ああ。そこのちっこいのからはなんかやばそうな臭いがしてくるけど・・・まあ、こんだけのメンツなら誰か暴走しても他のが抑えるだろ。な、金ぴか」
「人を金ぴかと呼ぶな」
 ギルガメッシュは言い捨ててずずっと茶をすする。
「我はどうでもよいぞ、そんなことは。それよりもさっさと寝床を用意しろ雑種。我は眠い」
 ちなみに現在時刻はなんやかんやで午後九時を回った所。
 英雄王は、けっこう夜が早いようだ。
「あ、うん・・・どうかな、遠坂。こうなったら桜もここに?」
「・・・そうね。わたしは賛成に票を入れるわ。当面の敵は決まったしね、桜」
「・・・そうですね。遠坂先輩・・・うふふふふ・・・」
 二人して不気味な笑みを浮かべランサーを睨む。やはり、姉妹だ。放たれる殺気の量はどちらが多いともつかない。
「セイバーはどうだろう?」
「・・・そうですね。私も桜も一緒に暮らすということに対しては賛成です。シロウにとって守るべきものだというのでしたら、私にとっても守るべきものです。異存などありません・・・が」
 そこまで穏やかな表情で言って、一転ぎろりと士郎を睨みつける獅子王様。
「色仕掛けに屈するなど情けない! シロウにはもっと鍛錬が必要です! 明日から私が稽古をつけますので時間を開けておいてください!」 
「はっはっはっはっは! もてもてだなぁ少年!」
「っ! ランサー! 何が言いたいのです!」
「ん〜? 別に〜? くくくくく・・・」
 今にも愛剣を召喚しそうなセイバーをまあまあとなだめて士郎は桜のほうへ振り返った。
「ともかく。俺達の方は構わないよ。後は桜の家の人がどういうかだな。ちゃんと今日は帰って話をしてくるように。いいね?」
「・・・はい」
 桜が密かな覚悟と共に頷き、今日のイベントはコレで終わりかと皆が気を緩めた。
 だが。
 ぴんぽーん。
「?」
 再び玄関のチャイムが鳴る。いまだ、幕は下りていないようだ。
「誰だろ・・・ちょっと出てくるよ」
「待ってくださいシロウ。敵の可能性もあるのですから、とりあえず私が」
 セイバーの提案に士郎は笑って首を振った。
「いや。一応この屋敷には結界が張ってあるから。敵意や殺意を持った奴が敷地内に侵入したらわかるようになってるんだ。親父が張ったものだから信用できるよ」
 キリツグが・・・と呟くセイバーを残して士郎は玄関に向かった。気になるのか、少し離れて凛がついてくる。
 ぴんぽーん、ぴんぽーん。
「はい、今出ます」
 軽く声を開けて戸を開ける。カラカラと音を立てて開いたそこに。
「こんばんわだねっ!」
 セーラー服の、少女が居た。
「は? え・・・ああ、こ、こんばんわ・・・」
 見覚えは無い。顔にも、声にも、制服にも。
 元気のよさそうな快活な笑顔、ぴょこんと揺れるポニーテール。
 やや細身の体だがスカートからのぞく足は程よく筋肉がついており小麦色で実に健康そうだ。身長は、凛よりもやや低めか。
「んっ! 元気が無いぞっ! ひょっとしてセーラー服よりブレザー派かな?」
 ニコニコと言われ士郎はぽかんと口を開いた。
「まあ、どっちかと言えばブレザー派だけど・・・」
 凛が、着てるから。
「よっし! お姉さん頑張るよっ!」
 呆然としている間に少女はGoodとガッツポーズをとり近くの電信柱の後ろに駆け込んだ。細身の体が一瞬だけ隠れ、そして。
「これならどーだっ!」
 一拍置いて飛び出てきた少女の体は士郎の通う穂群原学園の制服・・・つまりはブレザーの制服に包まれていた。
「・・・なんでさ」
 おきまりの一言を呟く士郎に少女は大げさにため息をつく。
「うーん、これもいまいちなリアクションだねぇ。じゃ、こんなかな?」
 めんどくさくなったのか、その場で手を一振り。瞬間、少女の服が光になって宙に解けた。
「ぶっ!?」
「なっ!?」
「きゃっ!?」
 夜の闇に一瞬だけ浮かび上がった均整の取れた裸身に士郎とその背後で様子を見ていた凛、更にその後ろになんとなく立っていた桜他数名が声をあげる。
「これで、どだっ!」
 光は再び少女の体をつつみ、すっきりとしたブラウスの上に黄色のサマーセーターという制服として具現化を果たした。なにか、カレーと眼鏡が必要な気分になってくる。
「・・・き、君、今の―――」
「む〜! 君今の、じゃなくてっ! 萌えない? これ?」
 不満げに言ってくる少女に士郎は圧倒されつつも口を開く。
「いや、イイんじゃないかと・・・」
「うんっ! じゃあしばらくはこれでいくねっ!」
 ミッションコンプリートとばかりに飛び跳ねる少女に士郎は全身の力が脱力するのを感じた。
「き、君はいったいなんなんだ・・・」
「サーヴァントだ。雑種。それも我と同じ第4次聖杯戦争参加のな」
 それに答えたのは、意外にも金の鎧の英雄王だった。悠然と士郎の傍らを通り少女の前に立つ。
「ふん・・・貴様も生き残っていたか。ライダー」
「ふっふっふ、キミこそ相変わらず金色だねっ。アーチャー」
 少女の言葉に士郎は思わず後ずさる。
「じゃ、じゃあ・・・ほんとに君、サーヴァントなの? ギルガメッシュとかセイバーと同じ時期に居た・・・?」
「そうなんだねっ! アーチャーのマスターにサーヴァントの駆け込み寺が出来たって聞いてご厄介になりに来たんだねっ。ゲームの買い過ぎで家賃払うのも大変でっ!」
 びしっとサムズアップ。底抜けに元気に少女は笑う。
「を!? 背後に凛ちゃん発見! おっきくなったねぇ!」
「な・・・わたしを知ってるの!?」
 また増えるのかと諦めにも似た心持で眺めていた凛は不意に名を呼ばれ、慌てて外へ飛び出した。履いているのは藤ねえのサンダルだったりする。
「もちろん知ってるんだねっ! ボクのマスターに写真を見せてもらってたんだねっ! 10年前に!」
 嫌な予感に取り付かれ、凛は恐る恐る口を開いた。
「・・・ま・・・マスターの・・・苗字は・・・?」
「ん? もちろん遠坂に決まってるんだねっ! ああああっ! セイバーちゃんまで居る! 案外生き延びてるんだねぇみんなっ!」
「いえ、私は再び召喚されただけですよライダー。久しいですね」
 セイバーはさりげなくライダーらしき少女を間合いに納めながら一礼する。
「あはは! 警戒しなくても大丈夫っ! 大家さんを襲ったりしないよボクはっ! あ、でも襲われるならムード次第でカモンだねっ!」
 ぴっと投げキッスなどしている少女に凛は今まで信じていたものや大事にしていたものがボロボロと崩れていく感覚を味わう。
「お、お父様は・・・いったいなんでこんな子を召喚・・・って、そもそもあなた誰なんですの!」
 動揺のあまり喋り方まで変わっている。君こそ誰だ。
「ん? ボクはイスカンダル! 前回のライダーだよ!」
 言ってイスカンダルはにこっと笑う。
「みんなはボクのこと、制服王イスカンダルって呼ぶね!」
「だじゃれか」
 いつの間にか屋根の上に登っていたアーチャーは頭上から一人つっこむ。
 誰にも聞こえていないが、つっこみとはつっこむことそのものに価値があるのだ。
「・・・まさ、か、とは、思うけど・・・さっき服が変化したように見えたのは・・・」
「もちろんボクの宝具だねっ! 『絡みつく蛇の鎧』ッ! 見た事のあるデザインの制服を再現する文化交流の象徴なんだよっ! 凛のパパも喜んでくれたんだねっ!」
 凛はぐったりと壁にもたれかかった。
「思い出が・・・思い出が・・・腐っていく・・・」
 いかめしくしかめられていた思い出の中の父親像が制服萌えの笑顔にすり替わっていく。少女は、また一つ大人になった―――
「リン! リン!? 気を確かに!」
 ガクガクとセイバーに揺らされる凛をぼぅっと見つめる士郎にイスカンダルはつつつ・・・と近寄ってくる。
「と、いうわけで・・・お世話になりまーすっ!」
「ぅ、ぅえ!?あ・・・そっか。君もあの神父に紹介されて来たんだっけ」
「そうだよっ! あ。これ、お世話になりますの気持ち。受け取ってほしいんだねっ!」
 イスカンダルは顔を赤らめてそっと士郎の手に何かを押し込んだ。
「?」
 手を開けばそこに、やわらかで、すべすべとした、くしゃっと丸められた布。
「???」
 真っ白なそれを士郎はゆっくりと広げる。
「いやん」
 イスカンダルは頬に手を当ててもじもじと身をよじる。
 士郎の両手がみよんと広げたのは、まぎれもなく・・・
「ぱぁんてぃっ!?」
「大声で叫ぶなっ!」
 絶叫した士郎の後頭部を凛は平手で打ちぬいた。ボグンと鈍い音が響き渡る。
どうやら思い出と決別は出来たらしい。活気が取り戻せている。
「い、イスカンダルちゃん!これどっから!?」
「・・・さっき、そこで脱いできたの☆」
 衝撃の一言に士郎は思わず視線を下げ・・・
「シロウ」
 永久凍土の一声に全身を凍りつかせた。
「シロウ」
「は、はい・・・」
 気をつけの姿勢で士郎はゆっくりと、ゆっくりと振り返る。そこに。
「・・・覚悟は、いいですか?」
 静かな笑みを浮かべたセイバーが居た。銀の鎧を身につけ、金の剣を両手で握って。
「宝具抜いてる!?」
「不埒な性根を反省しなさいッ!  約束された勝利の剣エクスカリバーぁぁぁぁぁ!」

 



「む? あれは衛宮の家のほうではないですか?」
「ふむ、そうだな・・・明日クラスで聞いてみるといい」
 その日、冬木市内で起こった不思議な落雷は遠く柳洞寺からも観測できたという。