1-1 食卓百景(1)
■衛宮邸 居間
新しい朝が来た。希望はあるかわからないが女の子は一杯いる朝だ。
居間に集まった少女たちにお茶碗と味噌汁が行き渡ったのを確認して、衛宮士郎はよしと頷いた。
「じゃあ、他の人達が起きてくる様子も無いし先に食べてようか」
「「いただきます」」
士郎の声にセイバーと桜の嬉しげな声が唱和する。
昨晩は宝具をぶっ放すところまでいったセイバーだったが一晩おいてさすがに大人気なかったと思ったのか、起床した際には既に穏やかな表情を取り戻してい
た。
あるいは、胃の中と頭が連動していて同時に空になるのかもしれない。
「あれ? そういえば遠坂は?」
「凛は寝起きが悪い。あと10分もすれば死にそうな顔で出てくるから気にしないことだ」
鮭の塩焼きを箸でほぐしながら士郎が言った言葉にアーチャーは視線を合わせないまま答える。
両者の皿には、まったく同じ形で17に分割された鮭の残骸。
「む、真似すんなよアーチャー」
「ふん、偶然を捉えて偽者呼ばわりとはな。そもそもよく見ろ。おまえのは切り口が汚い」
「ぐ・・・おまえこそ口に入れるには少し大きすぎるんじゃないか? 体格にあってないぞ」
よくわからない問答で戦っている二人を何故か微笑ましい気分で眺めてから桜は自らのサーヴァントらしき二人の方へと目を向ける。
「まぅ・・・みゅ・・・」
「あらあら、ダメですよーあんりちゃん。ほら、お箸落ちちゃいますよ〜?」
まだ早朝といっていい時間帯はサーヴァントとは言え外見年齢一桁の身には辛いのか、あんりは箸を握ったままうつらうつらと舟をこいでいる。
まゆが時折体を支えてやらなければ大惨事になっていることだろう。
「まゆちゃん大丈夫? ランサーさんとかギルガメッシュさん、イスカンダルさんもまだ起きてこないし、後からでもいいのよ?」
ちょっと年上っぽく言ってくる桜にまゆは口元を押さえて微笑んだ。
「いえいえ〜。ご飯はみんなで食べるほうがおいしい、特に先輩と食べるとおいしいってまゆ達の行動ルールに組み込まれてますから〜」
明らかに誰かから受け継いだと思われる思考ルーチンに桜は頬を染めてその『先輩』を横目で伺った、が。
「だからアーチャー! 俺が取ろうとした瞬間に醤油をかっさらうのはよせって!」
「ふっ・・・ついてこれるか?」
「く、このぉっ!おまえこそついてこいってんだ!」
取り込み中らしい。
がっくしと肩を落す桜をまゆがぽんぽんと背中を叩いて励ます。
「・・・ふぁいとですよ、ますたー。この世界にはNTR専という人たちもいるですー」
「・・・ありがと」
励ましだかとどめだかわからない言葉に桜が唸り始め、ようやく食卓に落ち着きが訪れ始めた頃。
「・・・ぅ・・・ぉぁぉぅ」
唐突にふすまがガタガタと開き、亡者の如き呻き声と共にナニカが入って来た。
制服。
ツインテール。
美麗な顔立ちと平らな胸部装甲。
その全てを士郎は知っている。
「ほう、凛。一応着替えては出てきたのだな。珍しい」
アーチャーの言葉に、士郎はカパッと口を開いた。
そう。それは凛だ。遠坂凛に違いない。
ただ…士郎の知っている凛は、デンプシーロールの如く∞字状に上半身をふらふらさせたり意味の掴めない呻き声を発したりはしないというだけで。
凛らしきモノは士郎の脳内で構築されていた『優等生・遠坂凛』のイメージを愉快な右フックで粉々にしながらふらふらと歩みを進め。
「・・・あた」
ごちん、と壁に頭をぶつけて跳ね返った。
なんとか踏みとどまって猫の毛繕いのようにカリカリとぶつけた場所を撫で回している姿に士郎はハッと我に返り辺りを見渡した。
「!? こ、この状況! 何者かのスタンド攻撃の可能性がある!」
「あるか馬鹿者。凛は毎朝あんなものだ」
あまりの衝撃に腕を交差させた謎のポーズで周囲を警戒する姿にアーチャーが適当なつっこみを入れると、その声に反応したのか凛の視線が士郎の方へ向けら
れる。
「・・・し、ろぅ。おはよ・・・」
ふらつきながらも家主に気付いて挨拶をしてきたその声に、士郎は慌ててガクガクと頭を振った。硬直回復、発声開始。脳内システム再起動、挨拶開始。
「あ、お、おはよう、と、とおさか・・・」
未熟者めと口の中でだけ呟き、アーチャーは肩をすくめて凛の方へと目を向ける。
「朝食は用意してある。食べるのか、凛?」
「ぅ・・ん」
モーニング・オブ・ザ・リビングデッド(居間の死体の朝)といった様子でふらふらと凛は頷き、さらに数回そこら辺に体をぶつけながら士郎の膝の上にちょ
こんと座った。
「■■■■■■■!?」
「・・・何をしている」
言葉にならない何かを発声して硬直した士郎の代わりに淡々とアーチャーはつっこみを入れた。
「・・・間違えた」
唸るように答えて凛は膝の上からずるりと畳の上に降り、士郎にもたれかかるようにしてなんとか姿勢を固定する。
「・・・ふふふ、姉さんったら」
「あらあら〜ますたぁ、お箸を握り折っちゃダメですよ〜?」
「ちょ! まゆ! しーっ! しーっ! 殺されるよ!?」
途端に騒がしくなる食卓の向こう側とやれやれとお茶を入れるマイペースな執事英霊をよそに。
(トオサカノアレガトオサカノアレガトオサカノアレガオレノフトモモニフレテヤワラカグニッテグニヤラカイアッタカイアガガガガガガガ)
士郎は憧れの優等生像が崩壊した空きスペースに創聖された新たな神話の検証に忙しいらしく動かない。
真っ赤になったその顔にもう二膳ばかり箸が折れ、差し出された少し熱めの紅茶に凛がようやく起動完了した頃。
「・・・ぅ・・・ぅ・・・」
滂沱の如く涙を流す少女が、一人。
「? ・・・どしたの、セイバー?」
味噌汁の中のシジミを丁寧に箸で摘みながら凛が尋ねると声の主、セイバーはえぐえぐとしゃくりあげながら士郎に目を向けた。
「こ、これは・・・シロウの、ご飯ですね・・・」
「? ・・・あ、ああ。今朝は俺が作ったけど?」
神話は伝説になり、そして青春のメモリーとして夜の有事にそなえストックされる。
そんな青少年らしい精神活動を終えた士郎が首をかしげると、セイバーはピッと涙を拭ってご飯をかきこむ。
「記憶が・・・蘇ってきました・・・なんだかジャンクで黒めな過去の亡霊を打ち砕き、ほかほかなご飯が語るんです。『―――教えてやる。これが、モノを食
すっていうことだ』と・・・」
王様、ごはん一気喰い。
「・・・そうか」
「…そなんだ」
「よ、よかったですね・・・」
アーチャーが、凛が、桜がどうにもコメントし辛い表情で呟くのをよそに、士郎は喜んでもらえた嬉しさとは別に何か見落としているという疑問を拭いきれな
いのだった。
だがまあ、とりあえず。
「セイバー、おかわりいる?」
「無論ですッ!」
1-2 兆候と登校
■衛宮邸 台所
「ん? そろそろ桜は出る時間じゃないか?」
セイバーのおかわり三杯目で無くなった炊飯ジャーの中身を再装填し、急速炊飯のボタンを押してから士郎はリビングへ戻ってきた。
正座して炊飯ジャーとにらめっこをしているセイバーは放っておいて自分の湯飲みに茶を継ぎ足す。
「あ、ほんとです・・・じゃあ先輩、お先に失礼しますね」
そう言って桜がテレビの時報と腕時計を見比べながら立ち上がったときだった。
りりりりりりりり―――
居間の電話が、軽快なベル音を鳴らした。
「・・・黒電話か。今時に」
「いいだろ? 別に・・・ちゃんと話せるんだから」
アーチャーのつっこみに抗議している間に電話の受話器は士郎のものではない手で握られている。
「はい衛宮です」
「って何故に我が家のような顔で取るかな遠坂!?」
『…切嗣の息子は優しくしてくれたか? 娘よ。だがしっかりと避妊はしておくのだ。楽しむのはいいが私もこの年で爺さんと呼ばれたくは・・・』
ブチン。
「―――間違い電話だったわ。衛宮君」
爽やかだった。
キラキラと光の粒子を振りまくかのような、太陽の欠片をかざしたかのような笑顔。
イカロスを離陸前に焼き殺しそうな殺る気に溢れた太陽のような。
りりりりりりりり―――
「は、はいっ! 衛宮です!」
再度鳴り始めたベルに凛が魔力回路を全開にすると同時に士郎は全速力で受話器を掴んでいた。背後ではアーチャーが凛をなだめている。かなり必死だ。
『・・・私だ。言峰だ』
「む。あんたか。なんの用だよ。っていうかなんでうちの電話番号知ってるんだよ」
問いに電話の向こうで低く笑う声が答える。
『先に二つ目の問いの方を答えるが、調べ物が苦手な魔術師等というものはありえん。氏名共に名乗った相手、しかもまともな名簿にすら名の載るような人物の
住所電話番号家族構成程度、調べられぬようでは魔術書の解析などできるわけもあるまい?』
そのあたり、ただ一つの魔術しか習わずまっとうな教育を受けていない士郎にとって未知の分野ではあるのだが、とりあえず無視。
「・・・で? 用件は?」
『うむ』
声が、真剣味を帯びる。
『昨晩から私は聖堂教会、妻は魔術協会と連絡を試みているのだが一向に連絡がつかない。もとより日本はどちらの組織にとっても鬼門であり、活動も鈍いのだ
が・・・緊急時の詰め所にまで連絡がつかないのは異常だ』
淡々と述べる綺礼に士郎は困惑を隠せなかった。もとよりモグリの魔術使いである彼は組織の力関係にもうとい。
「えっと・・・それはどれくらい異常なんだ? おまえより異常か?」
「異常だ」
きっぱりと言い切る声に、士郎は眉をしかめて唸り声をあげる。
「それは、深刻だな・・・」
『深刻なのだ。故に私達はこれから直接それぞれの組織の拠点へ行って現状を確かめることにする。数日留守にするのでその間にするつもりだった仕事を頼みた
い』
「・・・仕事? おまえのか?」
問い返すと電話の向こうから低い笑い声が聞こえてくる。
『いや、むしろ衛宮士郎。おまえ自身向きの仕事だろう。正義の味方の、仕事だ』
皮肉のこめられた口調に士郎はぐっと奥歯を噛み目を閉じる。
「内容は?」
『なに、簡単なことだ。逃亡し潜伏した他のサーヴァントを捕獲しろ。殺しても構わん。むしろ殺すべきだろう』
あっさりと言われ、士郎は閉じていた目を開き居間を見渡した。
目に映るのは魔術師と英霊達。一晩経ち、同じ食卓を囲んだ今―――彼にとって皆が人間か否かなど、たいした問題には思えない。
「・・・もし用事がなかったら、それをあんたがしていたってことか?」
問いに帰ってきたのは先程よりも明確な笑い声。不明を笑う嘲笑。
『無論だ。ギルガメッシュの協力を得ればサーヴァントを殺すことは容易い。あれはそういう属性の英霊だからな』
「っ・・・ふざけるな!」
不意の怒声に居間は静まり返った。皆一様に士郎を見つめて口をつぐむ。
「こっちが勝手に呼んだんだろ!? 簡単に殺すとか言うんなよ!」
『別段その方法を強制するつもりはない。私はそれが最も確実であると思うだけだ』
一拍おいて綺礼は続ける。
『引き受けると、とっていいのだな?』
「ああ。あんたに任せてはおけない。サーヴァント達は俺が探し出して保護する」
きっぱりと言い切る士郎に綺礼はふっと笑って後を続ける。
『ではわかっている事を伝える。バーサーカーと思われる魔力反応がアインツベルンの城付近で確認されている。極めて強力なサーヴァントだ。早急な対処を薦
めておこう』
「あいんつべるんの城? どこさ、そこ」
『凛が大まかな場所は知っている。サーヴァントを連れて行けば発見も早いだろう』
淡々と告げられる言葉に大きく息を吸い、吐く。それで士郎の腹は決まった。
「わかった。今日にでも行ってくる・・・相手の情報はあるのか?」
『無い。本人に聞いてみてはどうかね?』
いきなり襲われなければな、と暗に告げる綺礼の言葉を無視。
「・・・そうするさ。じゃあな」
『うむ』
受話器を戻し振り返ると、全員の視線が集まってきた。
士郎は気を落ち着かせる為に一拍おいてから凛に目を向ける。
「遠坂、あいんつべるんの城ってわかるか? バーサーカーのサーヴァントがその辺りに居るらしい」
「!? ・・・なるほどね。確かに論理的だわ」
凛は一瞬だけ驚きの表情を見せてから頷いた。
「アインツベルンっていうのは遠坂や桜の居る間桐・・・マキリと共に聖杯戦争を構築した一族よ。そして元々この街に工房を持たなかった彼らは、戦争用の拠点としてわざわざ自分の城を移築してきているわ。この冬木市にね」
「城を? 丸ごとか!?」
のけぞって驚く士郎にちょっと満足しながら凛は人差し指をぴんっと立てて講義を続ける。
「まあ、それに対抗して館建てた馬鹿も居るんだけどそれは置いといて・・・セイバーにしろアーチャーにしろ、とりあえずマスターっぽいわたし達のもとに来
たわけでしょ? ってことは今回召喚されたサーヴァントは、本来マスターであるべき者の元へ向かったと見ていいと思うのよ」
仮説だけどね、と結ぶ凛にセイバーはふむと頷いた。視線は台所の炊飯器から離れないが話は聞いているようだ。
「つまり、バーサーカーはそのアインツベルンの魔術師が召喚した、もしくはする筈だったサーヴァントと推測できるということですね? リン」
「そういうこと。多分他のサーヴァントも本来のマスターを探してるんじゃないかしら。そうなると厄介ね・・・聖杯を手にすることしか考えてない連中ならこ
の状況でも戦争始めるかもしれないし」
「なんでさ。こんな無茶苦茶な状況じゃ、ちゃんと聖杯ってのが手に入るかもわかんないじゃないか。だから遠坂もとりあえず休戦って事にしたんじゃないの
か?」
士郎の朴訥な問いに凛ははぁと息をつく。
「わたしは元々聖杯なんか欲しくないもの。それがうちの家に伝わる願いだからひとつ手にいれてもいっかな? くらいの感じで」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
唖然とした表情を浮かべたのはセイバーと桜。なるほどなと頷くのが士郎。知ってたよと皮肉に笑うのはアーチャー。
あんりまゆはよくわかっていないのか畳にゴロゴロ転がっている。
「でも、わざわざ冬木までやって来て参加したような魔術師は聖杯が欲しくてたまらない連中なわけでしょ? 今サーヴァント倒しても聖杯出てこないんじゃな
いかっていう単純なことに頭が回らない奴がまじってる可能性は否定できないわ。まず他の魔術師を殺しておいて、それから考えればいいとかね」
「そっか・・・昨日の、パゼットさんって人はどうなんだろう?」
「うちのマスターは気にしなくていいぜ?」
士郎の疑問に答えたのはふすまをスタンッと開けて現れた長身の女性だった。
「あ、ランサーさん。おはよう」
「おう、今朝もいい天気だな少年」
陽気に笑いながら入ってきたランサーはあんりとまゆをまとめて部屋の隅に押しやり代わりに自分が卓袱台につく。
「な、なにするんだよ青女!」
「あらあら〜でも食べ終わったらどかなくちゃ狭いですよあんりちゃん〜」
ころころと転がっていく二人を無視してランサー姉さん、にこっといい笑み。
「少年。メシ」
「た、態度大きいわねあんた」
呻く凛をよそに士郎はよっこいせと立ち上がり台所へ向かう。
「・・・それで? おまえのマスターがどうしたと言うのだ」
代わって口を出したのはアーチャーだ。テキパキと食卓の使用済み食器を片付けながら問う。
「うちのマスター・・・っつうかむしろコトミネの奴が俺にさせようとしていた役目が、そもそもあんたらを倒すことじゃなかったってことだ。ギルガメッシュ
なんつーゲームマスター用の管理者キャラ用意してやがるくせにオレまでゲームのバランス調整に使う気だったんだとよ?」
俺が英霊やってんのは強い奴とガチ勝負したいからだってのによとランサーは結ぶ。
「具体的には何をすることになってたんですか?」
桜に問われて青の英霊はひょいと肩をすくめた。
「偵察。参加してるサーヴァント全員と戦い、倒しも倒されもせずに帰って来い。それが俺に与えられた命令だ。まあ、生き汚いのがオレの売りだし適任ってい
やあ適任かもな・・・お、さんきゅ少年」
目の前に置かれた塩シャケとノリ、問答無用のホカホカご飯、ほうれん草のおひたしといった派手さは無いが堅実にまとめられた朝食を前にランサーは満面の
笑みを浮かべた。
「おう、うまそうだ少年・・・しかし箸、使えるかなオレ」
「ああ、そうですね。フォークとかいります?」
年代を考えれば、クーフーリンの食事法は多分串か手づかみだが。
「いや、やってみる。手はわりと器用だからな」
ランサーは言いながら客用の箸をぎこちなく構えカチカチとあわせ始める。
「っと、オレに構わず話を続けろよ。他のサーヴァントを捕まえに行くんだろ? オレも行くぜ」
「・・・そうね。協力してくれるとありがたいわ。何しろ相手はバーサーカーだそうだし」
「? バーサーカーってそんなに強いのか?」
士郎の問いに凛ははぁっとため息をつく。
「衛宮君、昨日は自分でも一筋縄じゃいかないとかなんとか言ってたじゃないの。まぁいいけど」
凛はなんとなく姿勢を直してから士郎に向き直った。
「いい? サーヴァントってのはクラスが先にありきなの。このサーヴァントはこのクラスだ、とかじゃなくこのクラスに該当するサーヴァントはこれ、ってい
う扱い。たとえばセイバーのクラスは魔力以外の全能力が一定以上で剣を使えることが条件。キャスターだったら当然魔力が一定以上あることだし、弓が使えて
多彩なスキルを持ってなければアーチャーにはなれなくて、敏捷性が一定以上で槍を使えなきゃランサーじゃない―――他にもいろいろあるけど、そういうな
ルールでサーヴァントは召喚されるの。一般的にセイバーっていうクラスは最強って言われてるけどそれはこの条件があるからなのよ。もともと他のクラスの条
件をくぐれるくらいの能力がないとセイバーとして呼ばれることはないんだから、セイバーとして召還されたってだけで強いのは決定済みってわけ」
「・・・もっとも、私は剣と槍くらいしか使えないので、騎士系三種以外にはおそらく該当しませんが」
セイバーは言いながら4杯目の山盛りご飯を強烈な勢いで食す。おかずは既に無く増援の沢庵のみが彼女の戦いの共だ。
「なるほど・・・それで、バーサーカーの条件ってのはなんなんだ?」
「バーサーカーは特殊なクラスよ。条件は特に無く、強いて言えば本人の伝説において発狂していると相性がいいって言われるわね」
「オレ、一応該当するらしいぜ、それ」
ランサーは言いながら煮豆を箸でつまみガッツポーズ。どうやらコツが掴めたようだ。
「誰でもいい。そこがポイントなのよ。バーサーカーの名の通り、このクラスで呼ばれたサーヴァントは戦いに狂う。そしてそれ故に能力の全てが戦いに割り振
られて実力以上の力を発揮するの。本来持っているスキルや宝具と引き換えにね」
「もともとは弱い英霊から助言者としての機能を取っ払って無理矢理強くする為のクラスらしいぜ。魔力消費量も高くなるし制御も効きづらいから大概自滅す
るってコトミネは言ってたな」
ランサー、素早い動きで卓上のモロキューをゲット。
「そうね。だから本来はあんまり怖くないんだけど・・・今回は特殊な条件がついてるわ。受肉っていう」
凛の言葉に士郎はむ、と顔をしかめた。
「人間と同じように魔力を生成できるから魔力切れで消滅ってのもないしそもそも制御されてない。しかも・・・」
「狂戦士。目に映るものは全て破壊が基本ね」
言って、しかし凛は安心させるように表情を緩めた。
「まあ、わたしが放った監視の目は今のところ表立った問題は見つけてないしアインツベルンの城に向かったんならしばらくは人間の居る土地に戻ってきたりは
しないわ。あそこ遠いから」
「・・・逆に言えば、今日明日位に見つけないと危険かもしれないってことか」
呟き、士郎はぐっと拳を握る。
「よし。じゃあ今日の放課後、その城へ行ってみよう。遠坂、場所を教えてもらえるか?」
瞬間、凛は脇に置いてあったミカンを士郎に投げつけた。
「な、なにをするだぁっ遠坂!」
不意打ちに驚き変な喋り方になった士郎に凛はひくひくとこめかみをふるわせる。
「あんた今、わたしを置いてこうとしたでしょ?」
「え?いや、だって危険だっていうし・・・」
「だったらなおさらつれてきなさい半人前ッ!」
事実なだけにぐっさりとくる一言に士郎はぐっと言葉に詰まる。
「それとも何? わたし程度じゃ頼りにならないっての?」
「それはない。覚えてるってわけじゃないけど、わかる。遠坂は最高の魔術師だ」
きっぱりと言い切る士郎に凛はかぁっと熱くなる頬を自覚してそっぽを向いた。対照的に桜の表情には陰が増す。
「シロウ。まさか私に留守番などとは言わないでしょうね?」
セイバー。とりあえず茶碗を置け。
「わかってる。頼りにしてるぞ。これで俺、遠坂、セイバー、ランサーさん―――」
「凛が行くならば私も行かざるをえまい」
「―――アーチャー。5人か。言峰はギルガメッシュさんと一緒に行けって行ってたけどこのメンバーなら問題なさそうな気がするな。声だけかけてダメならダ
メでいいか」
士郎の言葉を聞きながらあんりはツンツンと自らのマスターの尻を人差し指で突っついた。弾力が心地いい。
「きゃっ!? あ、あんりちゃん何するの・・・!?」
「いいの? なんだかあんりたちもますたーも数に入ってないよ?」
「くすくす、戦いとかとは無縁だと思いたいのですよきっと〜」
まゆの台詞に桜は息を呑んだ。士郎にとっての自分が日常の象徴であるとするならば、本当の自分がそうでないとわかった時、彼にとっての自分の価値
は・・・
「せ、先輩ッ! 私も―――」
「あ、桜」
慌てて声をあげるが、同時に士郎が口を開いたのを見て思わず口をつぐむ。
誰かが喋るのを邪魔すると何かの罰がある。そんな強迫観念で。
「な、なんですか? 先輩・・・」
「ん? ああ、時間、かなりまずいぞって」
「え・・・きゃぁっ!」
まずい。かなりまずい。こういう時にがおっと吼える虎は旅行中だが既に朝練は始まろうという時刻だ。
「ごめん桜。もっと早く気付けばよかったんだけど・・・」
「い、いえ、その、行ってきますっ!」
桜はお辞儀もそこそこに飛び出していった。ドタガタという音が遠ざかり、ビターンっと今日も盛大に廊下が鳴る。
「ぅぅぅ・・・」
泣き声と共に玄関がガラガラと音を立て、それを最後に屋敷は静寂に包まれた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・シロウ?」
「ん?」
「炊飯器が空です」
1-3 アインツベルン(1)
■穂群原学園 2−C教室
待ち望んでいた放課後を告げるチャイムに、士郎はふぅとため息をついた。
魔眼もかくやという視線による刺殺でもって凛と一緒に登校するということの危険性を身体で味合わされた朝。
学食へ行く途中で凛に捕獲され近所の商店街まで食べに行くことになった昼。何か言いたげに延々とついてくる桜も一緒に食事。
休み時間のたびに廊下の窓から睨んでくるRFC(連綿と続くこの灰色の時代に降りたもうた我等が燭天使、遠坂凛様を陰に日向に遠くから見守る十字軍)の
呪詛にも5時間目辺りで慣れてきて。
「・・・どうにでもなれ、だ」
そうやってようやく訪れた解放の時。
やや開き直って士郎は教科書とノートを鞄に詰めて立ち上がった。
「エミヤん、もう帰るアルカ?」
前の晩に見たTVでキャラクターの変わる後藤君。君は一体昨日、何を見ていたのだろうか?
「ああ、ちょっと用事があって」
「フむ、それは、あのオンナノコと関係アルのことか?」
「?」
後藤君の指差す方へ士郎はゆっくりと視線を向けた。すわ凛の襲撃かと恐る恐る見たそこには。
「お〜い大家さん、迎えに来たんだねっ!早くイこっ!」
「な!?」
予想外の少女が立っていた。
金と言うにはややくすんだ黄色い髪、アジア系のエキゾチックな顔立ち。前ライダーことイスカンダル嬢がそこでブンブンと手を振っている。
「はっやくしっないっと逃っげちゃっうぞっ!」
ちなみに、その身を包むのはちゃっかりと穂群原学園の制服だ。呼ぶ声は次第にリズムに乗り始め、謎の歌へと変わっていく。
「ボクはイスカ〜あなたのイスカっ! きゅーとにまロくうつくしくっ! 今日も〜元気に、参上だよっ!」
「・・・・・・」
「可愛い娘アルな。でも、ちょっと暴走しがちでエミヤんとしてはチョトもてあまし気味というとこアルカ?」
「・・・鋭い解析ありがと。じゃ・・・生きてたらまた明日」
シュタッと手を上げて士郎は走り出した。掴みかかってくる男子達の腕をかいくぐり廊下へと脱出だ。
「くそぉっ! 何故あいつのまわりにああも美少女が!?」
「遠坂様の近くを歩いていただけでも万死に値するのに!」
「あ、おまえRFCか! ふふふ、我らSFC(さざなみの如く静かに穏やかに我らを癒す最後の聖域間桐桜嬢を暖かく見守る趣味の集い)なんか、もう1年以
上前から耐えてんだもんね! ばーかばーか!」
「な、なんだとこのおおおおっ!」
「・・・つーか男子うざい。消えろ」
賑やかな教室を背に士郎は後ろ手でドアを閉めイスカンダルに向き直った。
「えっと、イスカンダルちゃん・・・」
「宇宙の彼方っぽいし長いからイスカでいいんだねっ!なに?」
「・・・うん、じゃあイスカちゃん。歩きながら話そうか。この星は危険だ」
周囲から向けられる好奇の目を努めて無視しながら士郎はイスカと共に下駄箱へ向かう。
「えっと、どうしたの? いきなり。うちの制服着てこんなとこで」
「ん? 大丈夫なんだねっ! ちゃんと外に出たら元の制服に着替えるんだねっ!」
「いや、別にそれはどうでもいいけど」
きっぱり言われてイスカンダルはニハハと笑う。
「ボクが来たのは、学校の中まで迎えに来るのにボクが最適だったからだねっ! 靴履いたら裏口の方に行くよっ! タクシー呼んであるから」
「え・・・え?」
困惑の表情で士郎は傍らの少女を見つめる。微笑むその表情は、思ったよりも、大人びていた。
「アインツベルンのお城は前回もあって、ボクは一度そこに行ったことがあるんだよっ。結構遠いから今日中にカタをつけるんなら家に帰って準備してる暇はな
いんだねっ!」
「あ・・・そっか。君とかギルガメッシュさんとかは前回からずっとこの街に居るんだっけ」
受肉した英霊というものが年をとるのかはわからないが、見た目には自分と同じか年下に見えるこの少女は、実はずいぶんと年上ということになる。
「そうなんだねっ! 急がないと今日中に帰ってこれないんだねっ。学校、休みたくないんでしょっ?」
「む・・・」
出来る限りそれは避けたい。日常を捨てる気はないのだ。
「わかった。急ごう」
早足で下駄箱まで移動し上履きからスニーカーに履き返る。イスカはというと上履きが光に分解されて革靴に変化している。
「く、靴も例の?」
「そうだよっ!おかげでこの10年、衣類は買わないですんでるんだねっ!」
「・・・そう言えば、イスカちゃんとかギルガメッシュさんとかってこの10年何してたの?」
下校する生徒達の笑い声。どこかの部活の号令の声に歓声が重なる。
「ボクは一人で潜伏してたから他の人のことはよくわからないんだねっ。マスターと別れてボクは・・・ボクはどうしてたんだろうね?」
「いや、俺に聞かれても」
裏門へ向かいながらイスカンダルはくるっと回ってみせる。
「記憶が曖昧なんだねっ! たしかバイト三昧だった思うんだけど・・・10年ってのは結構長かったってことかなっ?」
「そっか・・・ん? バイトって、なんの?」
「制服パブ」
士郎は校舎の壁に激突した。
「っ〜・・・」
「にはは、さすがに嘘だよっ! 履歴書を偽造してマ○ドナルドとかで働いていたんだねっ」
軽いステップで前を行くイスカの姿に士郎は案外予想通りなんだななどと思いながら続く。
「あ、遠坂」
しばらく歩いてたどり着いた裏門には既に凛が居た。その背後には黒いジャケットに赤いシャツの少女が立っている。見覚えのあるようなないような姿に士郎
は首を傾げ・・・
「・・・? ・・・!? アーチャーか!」
目を見開いて驚きの声をあげた。
「・・・他の誰だと言うのだ」
アーチャーは少しむっとした表情を見せて目をそらす。
「ギルガメッシュが持ってた服の中からサイズが合うのを着てきたみたい。霊体化できないから元の格好だとあやしまれるでしょ?」
代わりに説明する凛にはぁと頷き士郎はアーチャーを眺める。現れたときはツンツンと立っていた髪もおろしており、今のアーチャーは白いショートカットが
神秘的なただの少女の装いだ。
「・・・何が言いたい」
「あ、いや、普通の服着てるのが新鮮で」
言って士郎は校門の外に出た。既にタクシーが二台止まっており、前に止まってる車の後部座席からランサーがひょいっと顔を出す。
彼女は彼女で、ジーンズにGジャンときわめてラフな服装である。
「遅いぞ少年。時間ないんだからさっさと乗れよ」
「そうですね。シロウ、こちらです」
もう一台のタクシーから降りてきたのはセイバーだ。こちらは青と白を基調とした清楚な服に着替えている。
「わかった。って、そういえば、イスカちゃんも一緒に来てくれるのか?」
「そうなんだねっ。道案内とか出来るんだね。ギルガメッシュも来ないかって誘ったんだけど我を雑事に呼ぶなーとか言って断られちった」
む〜と唸るイスカンダルをよそに凛は肩をすくめてタクシーの助手席に乗り込む。
「戦力的にはサーヴァント4人なら十分よ。別に戦うって決まってるわけでもないし。わたしとしては一度家に帰って宝石を用意しときたいところなんだけ
ど・・・」
「それは、私が取ってきた。とりあえずこれで十分だろう?」
ぼやく凛に後部座席に乗ったアーチャーはポケットから取り出した宝石を差し出した。
「ああこれこれ・・・って何で隠し場所知ってんのよ!? 門の鍵は!? 結界は!?金庫は!?」
「どれも解き方を知っている。何故かは聞くな」
淡々と言われ、うちのセキュリティっていったい・・・と頭を抱える凛にランサーはパタパタと手を振って見せた。
「まあいいじゃんよ嬢ちゃん。とりあえずGoだぜGo! っていうかオレ、少年と一緒の車がよかったのになぁ。代わっていいか?」
ピキリと額に青筋を浮かべながら凛は運転手の方に目を向けた。
「・・・出して。今すぐ」
「は、ハヒ・・・」
運転手(46歳・離婚調停中)はヒシヒシと感じる怒気に怯えながらアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
恐怖は、人を無口にする。そのまま沈黙の中に無限のプレッシャーを秘めたまま1時間。ようやく郊外の森にたどり着いた一行はぞろぞろとタクシーから降り
た。
「帰りの足、確保しとかなくていいのか?」
物凄い勢いで走り去って行くタクシーを見送って士郎は凛に尋ねてみた。
「2〜3時間かかるけど待っててくれって頼んだんだけどね。無言で首振られちゃったわ。何故か涙ぐみながら」
「・・・嬢ちゃんが脅すから怯えちまってまあ」
ランサーの呟きは少女に届かなかったようだ。凛はふぅとため息をついて時計を見る。
「もうじき暗くなるわね。明かりはつけられるけど油断はしないで。いい?」
「ああ。みんな、頼む」
士郎の言葉にサーヴァント達はそれぞれ力強く頷いた。
■冬木市郊外 アインツベルンの森
「いや、なんていうかさ、凄い森だな・・・」
歩き始めてから1時間。士郎は誰にとも無しに言ってみた。
周囲は森。徹底的に森。前を向いても横を向いても後ろを向いてもひたすらに木々が立ち並んでいる。
「結界とかそういうのでグルグル回されてたりして」
「意外なことに、何もないわ。当然あるものだと思って警戒してたんだけど、いままでのところ結界とかそれに類するものはなかったわよ」
凛は言いながら膝辺りまで盛り上がった根っこを飛び越える。
弾みでふわりとスカートが舞い上がるが、何かすっげえいいものが見えそうなギリギリで降下開始。結局なにも見えやしない。
「・・・全て遠(坂)き理想郷、か」
「?」
士郎は思わず呟いた。隣を歩いていたセイバーが宝具の名を呼ばれ不思議そうな顔をするのに首を振ってなんでもないと返答。
「凛ちゃんは鉄壁だからルートに入ってそういうシーンにたどり着くまで我慢するしかないんだねっ! ここはこのイスカちゃんでひとつ」
「はっはっは、すまないな少年。オレはスカートじゃないから見せてやれないんだ。風呂ならのぞいてもいいぞ。むしろ一緒に入るか?」
「・・・なんでさ」
頼もしい台詞と共に両肩をバシバシ叩いてくるイスカとランサーに士郎は目を半眼にしてぼやき、昨晩この手の話題に強烈なつっこみを入れてきた従者が妙に
静かなことに首をかしげた。
「? そういえばどうしたんだセイバー。さっきから静かだけど」
「え・・・いえ、その・・・」
問われ、セイバーはちょっと顔を赤らめて口ごもる。
「別段たいしたことではないのですが・・・」
「うん」
「少し、お腹が減ったな、と」
士郎はがくっとつんのめった。
「だ、だからたいしたことではないと言ったではないですか!」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと予想外だったから・・・お昼は? 置いといた弁当はちゃんと食べた?」
「ええ。おいしくいただきました」
数時間前に喉を通過した美味を思い出してでもいるのか祈るように手を組み幸せそうな笑みを浮かべるセイバーにランサーは快活な笑い声をあげた。
「そうだろうなあ。アーチャーの奴が追加でオムライス作らなかったら弁当箱ごと食べつくすくらいの勢いだったもんな」
「・・・アーチャーが?」
意外そうな表情にアーチャーはふんとそっぽを向いた。白いショートの髪が揺れる。
「冷凍の飯と卵、ケチャップ程度しか使っていない。食器とフライパンも元通りに洗ってある」
淡々と言われて士郎は慌てて首を横に振った。
「あ、いや。別にその辺はいいんだけど。そっか、英霊だって元は人間だもんな。料理が得意な人もいるか」
「オレも肉を焚き火で炙ることにかけちゃあちょっと名の知れた英雄だぜ?」
「どんな英雄だそれは」
唸るように突っ込むアーチャーを横に凛は首をかしげた。
「それで? 食べたけどもうお腹すいちゃったの?セイバー」
「す、少しです。ほんの少し、そんな気がするだけです。気にしないでください」
顔を赤くしてごもごも言っているセイバーに凛は苦笑し、学校カバンを漁って目的のブツを取り出してみる。
「わたし、チョコポッキーもってるわよ。食べる?」
「ちょこぽっきー?」
「有名なお菓子だよセイバー」
説明する士郎の意外そうな顔に凛は唇を尖らせた。
「何よ衛宮君。わたしがポッキー持ってたら悪い?」
「いや、悪くない。むしろいい」
ポッキーをくわえてピョコピョコそれを動かしている姿を想像して士郎は力強く宣言する。をを、快なり。
「そ、そう・・・」
その表情になんとなく気恥ずかしくなって凛はチョコポッキーの封を開け、サーヴァントたちの方へ差し出した。
「はい、セイバー・・・みんなも食べる?」
「ありがとうございます。では一つ・・・」
みんなして足を止め、とりあえず一本ずつポッキーをくわえて進軍再開。
「ほう、なんというか、甘みと香ばしさの調和が・・・いいですね」
「へぇ? こういうのがあるってのはいいな。オレの時代は甘いもんつったら果物か蜂蜜くらいのもんだったし」
「ふん・・・」
「を? アーチャーくんなんだか懐かしいって表情だねっ! あ、大家さん、両はじの食べっことかしてみよっか?」
各自名のある英雄たちが、ポッキーくわえて大行進。微妙な光景に士郎と凛は顔を見合わせて笑うのであった。
■冬木市郊外 アインツベルン城
数十分たち、あたりがすっかり闇に包まれたころ。
「あった・・・」
目の前に広がる時代錯誤な光景に士郎は思わず呟いた。
凛と、意外なことにランサーが作り出した魔術の明かりに照らされた空き地に自然石で構成されたお城がそびえ立っている。周囲が樹海といっていい森林であ
ることもあり国籍を忘れさせるような光景だ。
「みんな、サーヴァントの気配はする?」
凛は空になった二箱目のポッキーをカバンにしまいつつ尋ねた。
サーヴァント達は目を閉じて辺りの気配を探り、一斉に首を振る。
「ボクにはさっぱりなんだねっ!」
「・・・オレもだ。わからん。居るんじゃねぇか? 勘だけどよ」
「なんとなく、このあたりに居たような痕跡はあるのですが」
「キャスターでもなければ近くで力を使ってでも居ない限り正確なことは言えない」
曖昧な返答を予想していたのか凛はそうと頷いて魔力で強化された視力でもって城を観察する。
「明かりは無し。最近使用した形跡は・・・あるわね」
「本当か? 遠坂」
士郎は言いつつ自分も視力を強化して城を眺める。
「む。周りの雪に足跡がある」
「そういうこと。サーヴァントかマスターか、それとも運の悪い観光客か・・・とりあえずあそこに出入りした奴が居るってことね」
凛はぅしっ! と気合を入れてサーヴァント達に向き直った。
「みんな、武装して。場合によっては戦闘になるわ」
「ちょっと待った遠坂。最初から武装してたら話し合いが出来なくないか?」
士郎の言葉にセイバーはふるふると首を振った。
「相手がバーサーカーである以上暴走に備えることが欠かせません。仮にバーサーカーのマスターが休戦交渉に応じてくれる理性的な人物だった場合、それは理
解してくれるでしょう」
「逆に言えば、武装してるってだけでこっちを警戒して話を聞かないような奴なら遅かれ早かれ暴発するわ。そうなってからじゃ駄目でしょ?」
そうかと頷く士郎をよそにセイバー達は魔力を練り上げ・・・
「あ、ちょっと待って!」
凛の静止にそれを霧散させた。
「どうした凛? 忘れ物か?」
「そうそう、またうっかりって違うわよっ! そのまま鎧を実体化したら服が破れちゃうでしょうが!」
「なんだって!? そんな素敵空間・・・嘘。嘘だってば遠坂! セイバーも風王結果をぅいんぅいん言わすのやめて!」
思わず口走った士郎は悪くない。健全な男子ならそんなものだ。
「ともかく、服だってただじゃないんだからね。全員、きっちり脱いでから鎧を作るように!」
「・・・ここでですか? リン」
周囲はうっそうと茂る森。誰の目があるわけでもない。
ただ一人の男を除いて。
「だ、大丈夫だよセイバー。ちゃんとむこう向いてるから・・・」
「目隠しも必要ね。何かいい布あったかしら」
冷徹な表情で言い放つ凛に士郎はそこまでしないでもとぼやく。
「・・・凛、丁度よいものがある」
その光景にアーチャーはニヤリと笑った。背後に回していた手を出すと、そこには分厚い皮を張り合わせたようなマスクが握られている。顔半分を隠すだけの
大きさのある紫色のそれは、なんとも言えない威圧感だ。
と、言うよりも明らかにアブノーマルな用途に見える。
「ちょっと待てアーチャー! なんかそれ物凄い勢い卑猥さとで魔力が出てるぞ、おい!?」
「気にするな。ぜっっったいに見えない、それだけが真実」
アーチャーの笑みに凛はふむと頷いた。
「なんか凄そうね。それでいきましょ」
「正気か遠坂!」
「その台詞二度目ね。わたしはいつだって冷静よ? 衛宮君」
つまり四六時中危険ということを、士郎は理解した。
「さあ、時間ないんだからさっさと付けなさい! アーチャー、かまわないからやっちゃって!」
「了解マスター。地獄に落とそう」
さらりと言ってアーチャーは一歩踏み込んだ。
「っ!」
慌てて飛びのかれ、微妙に角度を変えてもう一歩。再度飛びのこうとした士郎だったが背後の木にぶつかって足が止まる。
「周囲の状況くらい見極めることだ。実戦ならこれで道場行きだぞ」
「ってなんかメタなこと言われてる!? うわなにをするやめ―――」
ジタバタする士郎の顔に押し付けると、皮マスクのベルトが一人でに後頭部で固定される。
「ほう、流石宝具」
「宝具!? 今宝具って言ったか!? おい、アーチャー!?」
「気のせいだ」
「うわぁぉっ!? なんだこりゃ!? せ、世界! 世界が見えるよおい!」
「よかったな。見つづければひょっとしたら根源とかと繋がるかもしれんぞ?」
自己封印・暗黒神殿。それは一つの世界をぶつけ
ることで視界を塞ぐ宝
具・・・
「さ、じゃあみんな着替えて」
「はーい、だねっ!」
凛の号令と共にセイバー達はいそいそと服を脱ぎだした。
かさかさという衣擦れが視界を塞がれた・・・むしろ殺された状態の士郎の耳にはやけに大きく響く。
「うぎゃー! ランサーちゃん、その胸反則だねっ!」
「レッドカードね。没収するわ」
「無理言うな凛」
「安心しろよ嬢ちゃん。オレの見立てだと少年は大小両方対応だ」
「え、衛宮君は関係無いわよ!」
「凛、小が自分を指していることは否定しないのだ・・・ぐはっ!?」
「はっはっは。嬢ちゃん金属バットはダメだぞ。ネタ的にもよそ様の専売特許だからな」
「リン、下着も脱いだほうがいいのですか?」
「わあああっ!それはいいのよセイバー!」
「大家さーん大家さーん。ほらほら〜、目の前で踊っちゃうぞっ!」
目は見えぬものの・・・否、むしろ見えないからこそ陥る桃色螺旋。なんだか違う根源に辿り着いてしまいそうなピンチに士郎はガタガタと震え、
「かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみーたー じーしょうけんごー」
やけっぱち気味の大声でうろ覚えの経文を叫びだした。
「シロウ!? ど、どうしたのですかシロウ!」
「落ち着けセイバー。それは般若真経だ。煩悩に負けないよう戦っているんだから下着姿で抱きつくのは逆効果だろう」
強打された鼻をおさえつつ冷静につっこむアーチャーをよそにイスカはびしっとセイバーを指差す。
「大家さん! たいへんだ! セイバーたん、お尻が究極に綺麗! 美尻!」
「それも没収するわ。さぁ、出しなさい」
「う、うんかいくうどーいっさい! くーやくしゃーりーしーしき! ふーいーくうくう、ああ、えっと、ふーいーしきしきそくぜーくうくう・・・うわっ!?
なんだこの柔らかい! あ、痛い! 痛たたた! そこは勘弁してくれ遠坂! そくぜーしきじゅーそうぎょうしきやくびーにょ! ぷにっときたぁ
あっ!?」
・
・・
・・・そして十分後。
「それじゃ・・・行こう・・・か・・・」
士郎は斜めに傾きながら呟いた。
「あの、大丈夫ですか? シロウ」
「ああ、だいじょぶだぞ・・・」
「全然大丈夫じゃなさそうじゃない。シャンとしなさいシャンと」
凛にぽんぽんと背中を叩かれて士郎はぐっと背筋を伸ばした。
何せ美少女達(憧れのヒト込み)の前だ。あまりかっこ悪いとこも見せたくないし、根本的にホノボノしてる場合でもない。
気を取り直して周囲を見渡せば、それぞれの甲冑を着込み宝具を携えた4人の・・・
「? ・・・なんでセーラー服なんだ? イスカちゃん」
「これがボクの戦う服なんだねっ!水兵さんっ!10年前もこのデザインだよっ!」
「・・・・・・」
凛は近くの樹の幹を無言で殴りつけた。樹齢何百年かという大樹がボゴリと陥没する。
「ど、どうしたのさ遠坂!?」
「なんでもないわ。ちょっと過去と決別してただけ」
くくくと黒い笑いを浮かべる凛に構わずアーチャーは肩をすくめた。
「ともかく、準備は出来ている。行くぞ」
先頭をきって歩き出したアーチャーに負けじとランサーが足を速め、その後に凛と士郎が続き殿をセイバーとイスカンダルが護る。
イスカンダルは素手のままだが、もはや誰にも戦力扱いされていないので気にもされない。
「・・・静かだな」
魔力光に照らされた城内は耳が痛いほどの沈黙に包まれている。
女の子多数を相手に肝試しと思えば極端に愉快な状況だが、あいにくと士郎の周囲に居るのは地縛霊程度指先一つでダウンさな連中だ。これといった感想もな
くサクサクと探索を続ける。
「おぉおお、豪華なエントランスだなー遠坂」
「そ、そうね・・・」
見た瞬間『維持費はどれくらいかしら・・・』と考えてしまう金欠お嬢様は自らの夢の無さにちょっと悲しくなりながら周囲をうかがう。
「・・・魔力は感知できないわね。衛宮君は?」
「この城自体にはいろいろ魔力が通ってる。でもそれは構造自体がそうだってだけで最近使われたってわけじゃないと思う」
衛宮士郎は素人同然の技術しか持たぬ魔術師ではあるが、その実かなりレアな能力を幾つも所持している。
そのうちの一つが物の設計を読み取ることであり、魔力を軽く通してやれば図面を引けるほどの分析が可能だ。ちなみにこれは生ものにも通用する。サイズ
だって触ればバッチリなのはみんなには秘密だ!
「・・・これは、はずれかもしれませんねシロウ」
「そうだな。軽く見て回ったら帰ろうか」
士郎の言葉に皆頷き、ぞろぞろと歩き出す。
「・・・ここは客間ね」
ベッドが二つおかれた豪奢な部屋に入った凛はクローゼットを開け閉めしたり窓の外をのぞいたりしてからそう言った。
「何もないわ。行きましょ。さ、さ、さ・・・」
妙に急かす凛に背中を押され士郎達は廊下に戻り。
「そうそう、その後ろ手に持った純金の燭台は、元の位置に戻しておくようにな、凛」
その背中にアーチャーは静かにつっこんだ。
「ほう、武器庫か・・・」
続いてやってきたのは部屋中に剣や盾、鎧が配置された部屋だった。長いこと使っていないのかどれも埃をかぶっている。
「けほ・・・他のところと比べて状態がわるいねっ!」
「概念武装や限定礼装の類が無いところを見ると、この城が移築される前に警備兵が使っていたのだろう。移築されて以降は魔術もつかえぬ兵など置いても無駄
であろうしな」
アーチャーは言いながら壁に飾られた剣を一本一本手にとって眺めている。
「わたし達にも用は無いわね。行くわよアーチャー。持って帰っちゃ駄目よ?」
先程の意趣返しとばかりに凛が意地悪く声をかけるとセイバーがびくりと震えたりする。
「・・・セイバーもね」
「・・・はい」
続いてやって来たのは、
「厨房?」
「ここは大事ですね。調査しましょう。是非調査しましょう」
かまどを備えた立派な厨房だった。
広い。かなり広い。目に異様な光を宿してずんずん踏み入っていくセイバーにランサーは肩をすくめて苦笑した。
「おいおいセイバー、腹減ってるからって・・・」
「いや、この城の構造からいって厨房は多くて三箇所。一番広く取っている個室・・・たぶん城主の部屋が近くにあるから、どんなに少人数で住んでいてもこの
厨房は使う筈なんだ。調べれば人間がいるかどうかわかる。そうだろセイバー?」
「え? ・・・あ、はい! もちろんですシロウ。さすが私のマスターです!」
顔を赤らめちょっと上目遣いでブンブンと頷くセイバーに今度はアーチャーが肩をすくめる。
「・・・あえてつっこみはしない」
「・・・アーチャー、あんたやけにセイバーに甘いわね。わたしのときは力いっぱいつっこみ入れるのに」
「なに、君へのアレはちょっとした意趣返しだ。過去へのな」
アーチャーは軽く笑って厨房に足を踏み入れた。既にあちこちを見て回っている士郎と二人、かまどやら水瓶やらを調べまわる。
「・・・調理の形跡は無いな。少なくともこの2週間ほどは。そっちはどうだアーチャー」
「ふむ。使えるように準備はしてあるし食材も乾きものが倉庫に眠っているが、一回たりともそれを使っていない」
二人の言葉に凛はうぅむと唸った。
「多分聖杯戦争に備えてアインツベルンの連中が用意したんだと思うけど・・・肝心のマスターがまだ到着してない―――違うわね。綺礼は私が6人目だって
言ってたし、7人目はここに居るし」
「なんにしろ、制御がまったくされてねぇバーサーカーが居るってんならこんな静かってわけでもねぇだろうし、ここには居ねぇって見ていいんじゃないか?」
ランサーは言ってあくびをひとつ。戦いがなさそうと見て興味をなくしたようだ。
「・・・仕方ないわね。どう? 衛宮君。そろそろ帰る?」
士郎は頷き時計を見た。時刻は7時過ぎ。今から帰ればやや遅いが夕飯時に戻れるだろう。
「そうだな。今日はここまでにしよう」
「じゃあ、さっさと行きましょ。さっきから食糧庫を見て手をプルプルさせてるセイバーが我慢しきれなくなる前にね」
■冬木市郊外 アインツベルンの森
「あ〜あ、結局無駄足かよ。つまんねーな」
「何よランサー。あなた自分からついてきたんでしょ? 文句言える立場?」
武装を解除し・・・その際に士郎の体力と忍耐力を大幅に削りとりながらの帰り道。
「二人とも、議論は後でも出来ます! 長居は無用なのですから疾く帰りましょう!」
「あははっ! セイバーちゃん、凄いスピードっ! ほんとに早く帰りたいんだねっ?」
早足を通り越して走り出さんばかりのセイバーにイスカンダルはグッと親指を突き出す。
「どうしたセイバー。腹でも減ったか?」
「な・・・」
最後尾をぶらぶらついてくるランサーにからかわれてセイバーはバッと振り向いた。魔力光に照らされたその頬がうっすらと赤い。
「ぶ、無礼な! わ、私はただマスターの安全を考慮しこの暗闇につつまれた危険地帯からは早急に脱出する必要があると主張し―――」
くぅ。
早口で主張する声にまぎれて可愛らしい音が響いた。
あるいは、そのまま喋りつづければ誤魔化すことも可能だっただろう。だが途切れた台詞が否応無く注目を集めてしまう。
真っ先に沈黙を破ったのはランサーだった。大げさに肩をすくめて笑ってみせる。
「ははは、なんだよセイバー。そんなに減ってんのか?」
「な、そんなこと・・・」
くぅ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
騎士王の腹は、持ち主に似た正直者でした。
「・・・わり、早く帰ろうな」
顔を真っ赤にして俯いてしまったセイバーの肩をぽんっと叩いてランサーが早足で通り過ぎる。
「にはは、近道思い出してみるねっ!」
「・・・こんな日もあるだろう」
イスカンダルが、アーチャーが騎士王の肩を叩いて通過した。
「えっと、ごめんセイバー。あとは喉飴しかないの。今はこれで我慢してね」
「桜が下準備しててくれる筈だし帰ったら腹いっぱい食べさせてやるからな?」
心底気の毒そうな顔で凛はセイバーの手に袋に包まれた飴玉を押し付け、士郎は真剣勝負に挑むかのような真摯さで頷いて立ち止まったままのセイバーを追い
抜いていく。
残されたセイバーは拳を握り締めて力説した姿勢のまま羞恥にプルプルと震え。
「だ、だからっ! 違うといってるのですっっ! 私は空腹程度でそんな・・・!」
がぁっと吼えながら振り返る。そこには。
「「「「「無理すんな・・・」」」」」
とってもイイ笑顔で親指を立てる5人組。
普段苦笑以外では滅多に笑わない士郎までも爽やかなそよ風と共に笑顔を浮かべていて。
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
耳たぶまで真っ赤に染め上げたセイバーは声にならない唸りと共に涙目で宝具を召喚した。風を纏った不可視の剣が召喚されると同時に士郎達は脱兎の如く駆
け出す。
「待ちなさいっ! その誤った人物観を矯正します!」
そしてセイバーは、修羅と化した。
1-4 ベルセルク
■冬木市郊外 アインツベルンの森移動中
「め、めずらしいわね! 衛宮君が人をからかうなんて・・・」
「いや、なんていうかセイバー真面目だから可愛くてさ、つい・・・」
全力疾走で森を駆け抜けながら交わした言葉に凛はわずかに視線を斜めに向けた。
「・・・悪かったわね。可愛くなくて」
「え・・・なんか言った?」
「なんでもないわよ! 来た!」
その声を合図に二人はバッ・・・と両脇へと跳ねた。刹那、その中心を見えない刃が通過し地面を盛大に吹き飛ばす。
「待ちなさいシロウっ! リン!」
「なぐごはいねーがー?」
「変な台詞をあてないで下さいランサーっ!」
がっと吼えてセイバーは遠くでひらひら手を振っているランサーを追いかけて速度を増す。どうやら士郎達を追っている間は一応手加減をしていたようだ。
「よし、今のうちに距離を稼ぐぞ遠坂!」
「わかったわ・・・っていうか前見ないと危ないわよ!?」
ややスタートが遅れた自分の方を振り返りながら走る士郎に凛が声をかけると、それもそうかと彼は前を向き。
「なぁおっ!?」
「あ、その悲鳴ちょっと猫っぽい」
木の陰から唐突に現れた『何か』に衝突してぽぅんと跳ね返された。そのまま地面にしりもちをついて転がる。
「大丈夫? しろ・・・」
慌てて駆け寄った凛の言葉が途中で止まった。視線は頭上、かなり高角度で停止。
「っ〜、ちょっと腰打っただけだか・・・」
士郎もまた座り込んだ姿勢のままで視線を上へと投げて沈黙する。
「・・・・・・」
そこにはすっくと立ちこちらを見下ろす女性が一人。
構図はまさに『貴方は私のマスターか?』なのだが一つだけ違うこと、それは立っている側の身長が―――
「でかっ!」
小柄なセイバーとは比べ物にならない高さだということだ。
凛は呆然としたまま傍らに浮かんでいた魔力光球の浮遊高度を上げる。映し出されたのは身長2メートルに届こうかと言う褐色の肌の女性。肩まで伸びた
ウェーブのかかった髪をオールバック風に後ろに流した彫りの深い顔立ちが美しい。
「き、君は・・・?」
2 メートルを越えるであろう極端な長身は下手をすると異形感をあおるものだ。
しかし今目の前に居る彼女に限って言えばそれはない。手足が長くすらっとした体型と程よく伺える筋肉の発達があいまって美術品の如き美しさをかもしだし
ており、感動すら覚える。
「・・・ダイジョウブ?」
「喋った!」
凛の驚きの声にがぅと頷きその女性は身をかがめて手を差し出した。
「え・・・あ、ありがとう」
すぐに意図を悟った士郎がその手を掴むと女性は軽々と彼の身体を引き起こした。
その弾みでぶるりと揺れた粗末な布を巻きつけただけの二つの球体に凛の顔が暗闇にもはっきりと青ざめる。
「な、何よこれ・・・メロン・・・メロンなの・・・? むしろスイ・・・ボーリングのた・・・・いえ、そんな筈ないわ。そんなものこの世に存在しないの
よ・・・ふふ、ふふふふふ・・・」
ぶつぶつと自己の内面へと逃避していく凛に首をかしげて士郎は女性の方に向き直る。
「えっと、ぶつかってごめん」
「・・・ン・・・ン」
女性はぶんぶんと首を振って否定の意をあらわし、こちらへ駆け寄ってくる気配に周囲を見渡した。
「おーい、どした少年&嬢ちゃん〜」
「シロウ! その方は・・・!?」
「わっ! おっきいよっ! いろいろと!」
「・・・凛・・・そうか。旅立ったか・・・」
騒がしく集まってくるサーヴァント達に女性はやや表情を引き締めて後ずさった。
「・・・サーヴァント」
警戒の表情でぽそっと呟かれた言葉に士郎は目を見開く。
「ひょ、ひょっとして! 君、バーサーカー!?」
問われ女性は数秒の間士郎の顔を伺い。
「がぅ」
声未満の音を呟きながらこっくりと頷いた。
「・・・こいつは予想外だな少年」
士郎の隣に立ちランサーは面白そうに肩を叩く。
「予想外って・・・考えてみれば召喚されたときにランサーさん達は他のサーヴァントを見てるんじゃないんですか? 一斉に召喚されたんですよね?」
「あー、そうなんだけどさ。いきなり呼び出されて現状を把握する前にみんな散り散りになっちまったからな。何人かは見たけどこいつは見てなかったと思う
ぜ」
「そうですね。私もアーチャーくらいしか見ていません」
ランサーの言葉にセイバーがこくこくと頷く。風王結界を現界させたまま、ひと跳びで士郎の前に入れるよう間合いを調節しているようだ。
「何をぼさっとしている。衛宮士郎。早くそいつから話を聞け」
どこから取り出したのか『受け専門』と大きく書かれたうちわで放心状態の凛を扇いでいるアーチャーに急かされて士郎はようやく目的を思い出した。
「あ、あの、バーサーカー。君のマスターは?」
「・・・・・・」
バーサーカーはそれを聞き、寂しそうな顔で首を振る。
「ミツカラナイ・・・」
「ってことは、どこかには居るの?」
問われ、今度はこくっと頷く。
「タブン。マスター、イリヤ」
ポツリと呟く声に滲むのは寂しさではなく心配。
「サガシタ。デモ、ドコニモ」
見れば裸足のままの足は酷く泥にまみれている。
「ひょっとして・・・呼び出されてから今までずっと?」
「・・・ン」
こくりとバーサーカーは頷く。
「そっか・・・」
士郎は呟く。
本当に居るかもわからないマスターを探し、延々と彷徨い続けてきたサーヴァントを見つめて。
「あのな? バーサーカー。今、聖杯戦争は行われていないんだ。なんかよくわからないアクシデントがあって」
「・・・がぅ」
頷く。言葉は足りないがその目は十分以上に理性的だ。とてもではないが狂戦士の名を持つとは思えない。
「だから多分、君のマスターがどこかに居てもとりあえず襲われたりって事はない筈なんだ。一人で探すのも限界があるだろうし、とりあえず君もうちに来ない
か?」
「・・・・・・」
バーサーカーは長身を折り曲げるようにして士郎の顔を覗き込み、しばらくの間考えていたが。
「ニテル。ニオイ」
ポツリと呟いて頷いた。
「イク」
「うん、ありがとう」
よかった、と安堵する士郎にバーサーカーはがぅと頷き、そして。
「・・・・・・」
にっこりと童女のようにあどけなく微笑んだ。長身と大人びた顔立ちの彼女のその笑いはギャップゆえの強烈な破壊力でもって至近距離の士郎を捉え、
「可愛い」
士郎は反射的にそう呟いていた。
「が、がぅ」
瞬間、バーサーカーの顔がぼひゅっと赤くなる。もじもじと身体を揺らし、ぎりぎりポイントを隠す程度の幅しかない布しか身につけていないことに今気付い
たかのごとく恥ずかしげに身をよじる。その仕草は・・・
「た、確かに気持ちはわかるぜ少年。こ、こいつぁオレも耐え切れねぇ」
「あはは、可愛いねっ! 撫で撫でしたいなっ!」
どうやらサーヴァントの皆様にも大層好評のようだった。
「!?、!、!!!」
当のバーサーカーは方々から浴びせられる萌え視線にさらされあっちへこっちへと視線を彷徨わせるが、癒されている面々の萌えビーム包囲網は逃げ場を与え
ず彼女を包み込み。
そして、臨界を突破した。
「■■■・・・」
「?」
バーサーカーの口から洩れた低い声に一同きょとんと長身を見上げる。真っ赤になった顔の中心で、両の瞳もまた赤い光を宿し始めていて・・・
「■■■■■■■!!!」
雄たけびと共にバーサーカーの手に巨大な何かが現れた。そのまま躊躇なく振り上げ、残像すら残る高速でもって地面に叩きつける!
「っと」
「!」
「ちっ!」
ランサーはイスカンダル、セイバーは士郎、アーチャーは凛を抱えて大きく跳躍した。
一瞬遅れて地面を抉ったのは、岩を削りだした無骨な剣であった。
分厚く、重く、大雑把。まさにそれは岩塊だった。そのまんまだが。
「
■■■■■■■■■■!!!」
そして、勢いのままバーサーカーは走り出した。ゴキリ、バキリ、ボキリとぶんぶんと振り回す斧剣が周囲の大木を割り箸のように折れ飛ぶ光景は出来の悪い
恐怖映画のようだがこれはリアルテラーネバーダイ。
「っていうか走れみんな!」
「言われるまでも無い・・・! 凛! 目を覚ませ! 命に関わるぞ!」
士郎の声にアーチャーは叫びながらガクガク凛を揺するが反応はない。
「くっ・・・仕方ない。衛宮士郎! こっちへ来い!」
「なんだよアーチャー!」
間近に迫る照れ屋さんの暴風を横目で捕らえつつ士郎は凛に駆け寄った。傍らでセイバーが厳しい表情のまま風王結界を構える。
「手を出せ!」
「こうか!?」
差し出しされた手を掴み・・・アーチャーは士郎の手のひらを凛の胸に押し付けた。
ぺたっと。
擬音が既に悲しい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
呆然とこちらを見つめる士郎に精神世界から帰還した凛はにこっと微笑んだ。
「と、遠坂これは・・・」
なんとか口を開いた士郎にもう一度にっこりと笑顔。背後では斧剣と風王結界がぶつかり合うガッツンガッツンという音が響く。
その轟音の中で。
「極死」
ぼそりと呟く凛の声だけは、何故だか、酷く、はっきりと・・・
「のぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
瞬間、士郎は駆け出した。背後からは機関銃の如き勢いで放たれるガンドガンドガンドガンド。
「殺す! むしろ殺さないで茹でる! 強火で! 跋さんも呼んで!」
「ぅおぁっ! 痛い! かゆい! 熱っ! 違うんだ遠坂あれはアーチャーがぁっ!」
「シロウ!? どこへ行くのですか!?」
「きっと明日とかそんな感じのどこかへだ。私達も往くぞセイバー」
人を越え、獣を超え、神の速度で遠ざかっていく士郎達に二人のサーヴァントも続く。
「くきぃぃぃっ! こんなムードのないところで触られるなんてぇぇぇぇぇぇっ!」
徹底的な破壊。暴力という名の嵐が紡ぐ命をかけた鬼ごっこ。賭けるのは命。報酬も命。
「
■■■■■■■■■■!!!」
その日。冬木市郊外の森は、その5分の1を失った―――
1-5 料理開始
■衛宮邸 居間
「ゴメンナサイ」
午後8時30分・・・うっそうと茂る森を荒野に変えつつ記録的なスピードで踏破した一同は、ようやく士郎の屋敷へとたどり着いた。
疲れ果てたその身を何故だかランサーが持っていた携帯電話で呼んだタクシーに押し込んでの機関である。
「あ、いや、俺以外はみんな無傷だし−−−」
あちこちに湿布や絆創膏を張りながら士郎は手を振ってバーサーカーの謝罪に答える。
2メートル越えの長身を縮こませて正座しているその姿はあまりにショボンとしていて、例え数十分前には本気で死を覚悟したとしてもそれを責める気にはな
らない。
「−−−それに、俺の怪我はバーサーカーのせいじゃないから」
「・・・・・・」
じとっとした視線を向けると、凛はつんっと目をそらしアーチャーは馬鹿にしたような笑いを浮かべる。こちらは全くのこと反省の色は無い。
「はぁ・・・いいけどさ」
ため息をつく士郎に凛は更につんっとそっぽを向いた。
「・・・わたしだって嫌よこんなの。キスもまだなのに胸触られて・・・」
ぼそっと呟いた言葉は誰にも聞こえない。
そんな二人をよそに、ふと口を開いたのはイスカンダルだ。
「とりあえずっ! バーサーカーさんは着替えた方がいいんじゃないかなっ!」
「がぅ」
言われてバーサーカーは自分の姿を見下ろした。
今の彼女の服装はもともと来ていたぼろ布の上にアーチャーの外套―――留め金を外すと一枚の布になる―――を巻きつけ無理矢理にボディコン風に見せかけ
ただけのものだ。タクシーに乗る際に無茶苦茶怪しまれたのは言うまでも無い。
「しかし彼女に合うサイズの服というのはなかなかないぞ。特にこの家には背の高い者がいないからな」
アーチャーの台詞に士郎はムッとした顔をする。背が低いのは少しコンプレックスなのだ。
「無いなら作るしかないわね。衛宮君、いらないテーブルクロスとかカーテンとかないかしら。この際間に合わせで何とかしましょう」
「がぅ」
凛の言葉にバーサーカーはペコリと頭を下げた。
礼儀正しい、いい人だ。
「土蔵にあると思うよ。夕食の後に出してこよう」
士郎は言ってよいしょと立ち上がった。
「でもその前にさっさと夕食を仕上げてくる。そろそろセイバーの目がうつろになってきたから」
「!? わ、私は大丈夫でくぅ!」
語尾変わってる。
「―――急ぐぞ、桜」
■衛宮邸 居間
そして、10分後。
「では、いただきます」
「いただきま〜す(×9)」
衛宮家のけして狭くないテーブル一杯に広げられた皿の数々を前に、魔術師とサーヴァント達は一斉に手を伸ばした。
箸とスプーンが忙しく駆け回り、和洋揃った料理の数々をかっさらっていく。
そして10分と少しの時が経ち。
「おかわりですシロウ」
「あんりもー!」
「まゆもです」
「がぅ・・・オカワリ」
突き出された四つの茶碗に士郎はたらりと冷や汗を流していた。
「・・・ごめんみんな。もう米びつがからっぽだ」
もとよりこの家には藤ねえと桜というよく食べるメンツが揃っていた。
士郎自身鍛錬している分だけ人より食べる。それぞれの胃袋を満足させる為に食材は一般家庭よりずっと多く保存していた筈なのだが。
それなのに。
「サーヴァントを舐めてたなこりゃ。一週間分が一日で消えるとは・・・」
「・・・タベスギ。ゴメンナサイ」
呟きにバーサーカーは再度正座になってうなだれた。
「ああ、いや。バーサーカーはいいんだ。気遣ってくれてありがと」
「・・・がぅ」
にこっと笑う姿に激しく癒されながら士郎は皆を見渡す。
「えっと、みんな・・・まだ食べる・・・よな?」
問うとセイバーはむっと顔をしかめた。
「家に帰ったらお腹一杯食べさせてくれると言ったのはシロウではありませんか」
「えっとね、あのね、あんりたちは伸び盛りだからお腹がすくんだ!」
「すきますね〜」
わかりやすく主張する3人、物欲しげに大柄な体をもじもじさせているバーサーカーもまだまだ食べたりなさそうである。
「う〜む、この時間じゃスーパーとかは閉まってるし…どうしたものかな」
「そうですね・・・野菜とかはありますし・・・シチューとかならなんとか」
冷蔵庫を覗いて報告する桜の言葉にうぅむと士郎は腕組みをする。
さて困った。
何が困ると言って、セイバーの目だ。
口でこそ、
「シロウ、あまり無理をする必要はありません。受肉した以上、魔力切れをおこしても消滅するわけではありませんから、食事の量が足りなくても問題があるわ
けではないのです」
等と言い張っていても、その瞳、まさに捨てられた子犬。
『シロウ、おなかがすきました』
『シロウ、ごはんがほしいです』
『シロウ、とてもひもじいです』
聞こえる。
聞こえるぞ。 幻聴とはとても思えない心の叫びが。
ああ、これがマスターとサーヴァントの心の絆という奴だろうか? それとも、ラヴ? もしくは肉声?
「・・・何とかしよう」
数秒の逡巡を経て士郎は力強く宣言していた。
凛が『ったく女の子に甘いんだから・・・』等と呟いているがとりあえず無視。ぱぁっと輝いたセイバーの表情を見れば、何も怖くない。
「1時間。1時間だけ待っていてくれ。この1時間でカタをつける―――必ず!」
拳を握り士郎は叫ぶ。雰囲気だけは既に最終決戦。目覚めよ、執事魂!
「先輩・・・わ、私、お供します! 修羅に落ちれば修羅の道、料理に落ちれば料理の道へ、ついていきます貴方の桜! 望まれなくてもご一緒です!」
それじゃストーカーだ。とつっこんでくれるアーチャーは何故か姿が見えない。
「・・・しょーがないわね。わたしも手伝ってあげるわよ。なんかあなた達二人とも変なギアに入っちゃってるし」
「え? ・・・遠坂、料理できたんだ」
「できらいでか! 錬金術は厨房から出来たっていうわ。魔術も一緒なのよたぶん」
たぶんかよ、とつっこむアーチャーはやっぱり居間には居ない。
「よし、じゃあ頼むぞ二人とも! 俺は米の買出しに行って来る! 桜と遠坂は冷蔵庫と床下収納を漁ってなんとかおかずを作っておいてくれ!」
「わかりました、ここは先輩との共同作業に関しては実績豊かなこの私にまかせてください!」
「・・・へぇ、言うじゃない。いいわよ? 万能ってのがどういう事か、見せてあげるわ」
桜と凛、互いの視線は炎と化して絡み合う。
「あー、なんつうか、ほんとに料理ですむのか・・・? 殺気感じるんだけどな」
「なんだかこのまま決闘っぽいねっ!」
「・・・台所壊さないでくれればなんでもいいけどな」
お茶をすすりながら無責任にコメントするランサーとイスカンダルに士郎はぼそっと呟き、ふとテーブルの端に座ったセイバーに目をやった。
その正座し、空になった皿を眺めて唇を噛む姿を。
『耐えなさいアルトリア。騎士の誇りにかけて・・・』
そんな台詞が聞こえるような気がして士郎はうぅむと唸る。
多分彼女は1時間耐えるだろう。たくさんのものを切り捨てて、見えない血を流し続けながら。 それでたとえ、何を失ったとしても。
自らの心を殺し、信じたもののために戦いつづけるのが彼女の生き方だったのだから。
まあ、なんていうか、戦う相手が『王としての宿命』から『空腹』に代わってるあたりが昔の臣下が見たら血涙流して悶えそうに情けないが。
「あ」
ふと気付き士郎は廊下に出た。ひんやりとしたそこに置いてあったダンボール箱をよいしょと持ち上げ居間に戻る。
「セイバー、これこれ」
「?」
自己催眠に近い状態で固まっていたセイバーは、彼女の主の声に何かを感じ取って振り向いた。
直感スキル、ランクA。もはや予知能力の域に達したそれが示した箱の中身は。
「ミカブ・・・!」
みかんであった。最後の音が濁ったのは神速で箱にかぶりついたセイバーが残像すら残るスピードで皮を剥き丸ごと口に入れたからである。
さすがに、皮ごと食べるまではいかないらしい。
「あー、ほらほら。汁が飛んでるよセイバー」
その姿に士郎は苦笑し、なめらかな頬から顎にかけてぴゅっと散った汁を拭き取ってやる。
「ふきふきだねっ!」
「ああ、なんか妙に卑猥だな」
「うるさいよイスカちゃん! ランサーさん!」
「?」
怒鳴る士郎にきょとんと首をかしげてセイバーは二つ目のみかんを剥き始める。一つ食べて落ち着いたのか今度は人間レベルのスピードだ。
「ごほん、ともかく・・・藤ねえが買いすぎちゃったんで三箱もあるんだ。廊下に積んであるからみんな適当に食べてくれ」
言って士郎は壁に引っ掛けてあったハンガーからジャンバーを取り、すぱっと羽織る。
「じゃ、行ってきます」
「がぅ」
その時不意にバーサーカーが立ち上がった。透明な瞳で士郎をじっと見下ろす。
「・・・どうした? バーサーカー」
「テツダウ。チカラアル」
ぐっと腕を曲げて見せればくっきり浮かび上がる見事な上腕ニ頭筋。こと腕力にかけてはサーヴァント随一の彼女だ。米の三袋や四袋、小指だけで十分なほど
であろう。
問題はといえば。
「布巻いただけの格好ってのがねぇ・・・」
下手に美人で、しかもこの目立つ身長だ。
現状でもご近所にいろいろ言われているであろうこの状況下において、『衛宮さんちの士郎君、何か特殊なプレイに目覚めたらしいよ?』等と噂されても困る
のだ。
「がぅ・・・」
しかし見よ。このしょんぼり具合を。
「ワカッタ・・・メイワク、カケタクナイ」
そして見よ! 他のメンツには無いこの素直さを!
「う〜ん、知り合いの米屋さんに頼み込んで店を開けて貰うわけだし、その間近くで待っててもらえばなんとか・・・」
「商店街の噂話ネットワークのいいカモという点ではかわらんだろうそれは」
「そっか・・・って今のは?」
的確なつっこみ。それを放ったのはいつものように皮肉げな笑いを浮かべた褐色の肌の少女だった。何か灰色の布を小脇に抱えて居間に入ってくる。
「アーチャー。どこ行ってたんだ?」
「土蔵だ。受け取れ」
ぽんっとほうってきたのは抱えてきた布のかたまり。それは・・・
「服!? しかもこのサイズは!」
「・・・コレ、キレル」
そう、手作りとおぼしき地味な造りではあるが、確かにそれはワンピースだった。それもバーサーカーの長身にサイズをあわせた。
「え? こ、これは・・・?」
「さっき自分で言っていただろう。いらない布なら土蔵にあると。どうせこうなるだろうと食事はとらずに造っていたまでのことだ」
アーチャー。スキル心眼(真)。膨大な戦闘経験に裏打ちされた先読み技能。最適な一手を見出すことが出来る。
遭遇する危機の種類は問わないらしい。
「そっか・・・さんきゅ。アーチャー」
「・・・ふん」
素直な謝辞にアーチャーは口をへの字にして部屋の隅に座り込む。
「米屋だろう? さっさと行くがいい。衛宮士郎」
その表情は、どこか照れているようにも見えた。
■冬木市 深山町
「寒くない?」
家を出て数分。傍らを歩くバーサーカーに士郎は声をかけてみた。
冬木市は冬が長い代わりに気温自体はなかなかに温暖だ。今年はそれなりに寒いので雪も見れそうだが、基本的には暖冬が続く町と見てよい。
だがそれは普通の服装ならの話、まともな服になったとはいえノースリーブのワンピースにショールをかけただけという服装はどうにも寒々しい。
「がぅ」
しかし、どうやらサーヴァントは鍛え方が違うらしい。ぷるぷると首を振る姿はこの程度どうってことなさそうである。
「サムイ?」
逆に気遣う声で尋ねられ、昨晩から今日にかけて押しの強い少女達に玩ばれてきた記憶がよみがえる。
淑女や。ここに、淑女がおるで…
「がぅ!?」
「あ、いや、大丈夫。ちょっと気遣いが身にしみてね」
目に涙を浮かべた士郎に慌てたバーサーカーになんでもないと首を振ってみせる。
しばし歩いて商店街に到着。
いつもお世話になってる米屋のシャッターを叩くと、店主は快く時間外営業をしてくれた。滅多に無い大量注文であることが影響したのかもしれない。
「えっと、ほんとにそんな持ってもらっていいの?」
「がぅ」
そして帰り道。
両脇に米袋(10キロ)を抱えた士郎は傍らのバーサーカーを見上げて尋ねた。彼女は背負った布袋に米8袋、計80キロを身につけたまま笑っている。
「う〜ん、なんだか悪いことしてるみたいな気がするんだよな・・・」
ぼやく士郎にバーサーカーはひょいひょいと抱えた米袋を持ち直して首を振った。
「トクイナコト」
「だから、まかしとけって?」
がぅと頷き狂戦士の名を持つ女は真っ直ぐに前を向く。その視線が少し鋭いのに気がつき士郎も前に向き直った。瞬間。
どんっ・・・! と爆発音が耳に響く!
「うちの方からだ! 行こうバーサーカー!」
士郎言いざま走り出すが、20キロの重しを抱えてるせいでなかなかスピードが出ない。
「くそ・・・」
それを見たバーサーカーはしばし考え。
「シツレイシマス」
ポソリと言い置いて士郎の体を米袋ごとぐいっと抱き上げた。
「うわぉっ!?」
思わず悲鳴を上げるのに構わずバーサーカーはだんっと地面を蹴り傍らの塀の上に飛び乗り、そのまま屋根の上を経由して真っ直ぐ衛宮邸に向かう。
「ななななななななな!?」
「がぅ」
どんっ! どんっ! と屋根が軋む音に騒ぎが広がっていくのに絶望的な気分になるが、とりあえず士郎は揺さぶられるままに自分の家の方を見る。
ずどんっ・・・!
「爆発!? ・・・くそ! 他のサーヴァントが襲ってきたのか!?」
「・・・!」
呟きにバーサーカーの顔が険しくなった。瞳に赤い魔力光が灯り、全身の筋肉がぐっと更に盛り上がる。
「■■■■■■■■■■ッ!」
そして、咆哮と共にひときわ強い跳躍。
重力の拘束を完全に無効化した浮遊感も数秒。流れるように飛び去っていく風景に士郎が目をむく間にも数十メートルを一跳びに通過し、二人は衛宮邸の庭に
降り立った。
そして、そこには。
「しゃぁあああああ! 喰らえギル公!」
「はっ! 狗風情がよく吼える!」
「胡椒瓶叩き込まれるとは思わなかったわよ桜! なら砂糖壺の直撃くらい覚悟してるんでしょうね!?」
「なっ、マヨネーズぶちまけたのは姉さんじゃないですかっ! 人が見てないと思って!」
「どうしたどうした!? 接近戦じゃあ形無しか英雄王!」
「ぬ・・・調子に乗るな!」
「そもそも最初に攻撃してきたのは桜でしょ!? 豆板醤の代わりに練り梅渡されるなんて思わなかったわよ!」
「ま、まさか本当に入れるとは思わなかったんですっ! おちゃめなギャグじゃないですか!」
「ふっ・・・凛は仕上げでポカをする遺伝形質を持ってるからな」
「そうみたいだねっ! わっ、ギルガメッシュがバビロン開いたよ!」
「あー、凛。プロパンボンベは危険だ。さっき一つ爆発させた時点で気づけ」
魔術師二名戦闘中。
英霊二名戦闘中。
同じく英霊二名傍観中。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
徐々に騒がしくなっていく近所をよそに士郎とバーサーカーは呆然とそれを眺めていた。
「・・・なんじゃこりゃ」
「・・・がぅ」
/interlude メルトカウントダウン
■衛宮邸 台所。もしくは後の戦場
時間は、数分前に遡る。
「痛っ! た、たまねぎ切るなら先に言ってください!目に染みますよ姉さん!?」
「あらごめんね桜・・・って痛っ! ちょっ、肘は反則よ!?」
衛宮邸の台所からは、なにやらガスガスと音が響いていた。
「・・・料理してるんだよな?嬢ちゃん達」
「ふっ、長く断絶していた姉妹がようやくコミュニケーションを取れるようになったのだ。微笑ましいじゃないか」
肩をすくめるアーチャーに、もう一人のアーチャーはふんと鼻を鳴らした。
「そんなに可愛らしいものには見えんがな。我には」
「あれ? アーチャー・・・じゃ紛らわしいからギルガメッシュ、居たんだねっ? 大人しかったから気づかなかったよっ!」
イスカンダルに素で驚かれて英雄王はむっと顔をしかめる。
「あの神の仔がこの家に来たときからずっと居たとも。雑種どもがあまりに五月蝿いので黙っていただけだでな。だいたい何故に、貴様らは食事の際あれほどに
騒ぐのだ。特にセイバー、竜種の血を引く王たる身があのようにガツガツと・・・」
「む・・・わ、私は・・・もぎゅ」
口いっぱいのみかんのせいで返事の鈍いセイバーに代わりアーチャーがふっと笑みを見せた。
「不見識だな英雄王。この国には『腹が減っては戦は出来ぬ』という格言がある。つまり、食卓は戦場の一端、厨房は後方支援。料理を敵と見立てれば、食べる
という行為は殺すにも似る。いついかなる時にも戦いとあらば敗北が許されないのが王ではないのか?」
「ぐ・・・貴様ごときが王道を語るな贋作者! 別段たくさん食べれば勝ちというわけではあるまい! 貴様の喩えで行くならば騎士を相手に多数の雑兵で囲み
嬲り殺すようなものではないか! そのようなもの王道とは言わん!」
ぱんっと食卓を叩いて主張する姿にランサーは読んでいた新聞を畳んでニヤリと笑う。
「つまりだ。ギルはあれだな? 少年の料理に感動して、それを味合わずに食べてるように見えて気に喰わない、と」
「ぬぁ、なにを言うか貴様! 犬ごときが王を語るとはなんたる無礼…! この場で串刺しにされたいのか!?」
「…俺を犬と言ったか? いいぜ、食事が出来るまで後30分・・・ちょいと運動してやろうじゃねえか」
好戦的な声にギルガメッシュはふんと鼻で笑う。
「貴様程度で我にかなうと思っているとはな。光の巫女などとおだてられて増長したか」
「御子だ御子・・・妙な萌え要素を付け足すな・・・」
アーチャーはぼそっと突っ込み、食卓に放り出してあったリモコンを手に取りテレビをつけた。
懐かしの歌を紹介する番組が放映されていたのでとりあえずチャンネルはそこに固定して眺める。
「桜、塩取って・・・これ砂糖じゃない! ちょっと妨害があからさまよ!?」
「姉さんこそさりげなく包丁独占するの止めてくださいっ! こっちも使うんです!」
「ふん・・・槍兵如きの分際で我に敵うなどという思い上がり、滑稽であるが故に許す。かかってくるがいい」
「はっ!おまえだって弓兵だろうがその区別なら・・・!」
「ともかく外でやれ。見えん」
面倒そうに入れたアーチャーの突っ込みは相変わらず誰にも聞いてもらえず。
聖杯戦争の極端な縮小版は、居間と台所で静かに開戦したのだった。
/interlude out
■衛宮邸 居間
で、今。
「頭来た・・・もう手加減しないわよ?」
魔術刻印を光らせて凛が。
「そ、それはこっちの台詞です! せっかく先輩にいいとこ見せようとしてたのに!」
足元の影をうぞうぞと蠢かせて桜が。
「よい。いくつ打ち落とせるかこの英雄王が鑑定してやろう」
周囲に短剣型宝具を大量に浮かべてギルガメッシュが。
「あいにくと、オレには飛び道具はきかねぇよ」
赤い槍を斜めに構えてランサーが。
より広い場所を求めて出てきた衛宮家中庭を舞台に、対峙していた。
「なんでさ・・・っていうか止めないと!」
「やめたほうがいいんだねっ! 残念だけど、殺されるだけなんだねっ」
飛び出そうとした士郎は足をぱんっと蹴り払われてその場に転がった。
「い、イスカちゃん!?」
「はっきり言っちゃうと、その実力だとじゃれあってるだけのサーヴァントでも止めることはできないんだね。流れ弾に当たって死ぬのがオチかな」
普段とは一転して冷静な言葉はそれが洒落にならないからだろう。
「い、いやでもさ、ほっとくわけにも行かないでしょ?」
「その右手はなんの為にあるのかなっ? その令呪は飾りじゃないし、届かぬ場所へたどり着くために人は絆を結ぶんだよ?」
言われ、士郎は自らが契約した金髪の少女に思い至った。
「そうだ! セイバー!? セイバーは?」
「がぅ」
それに答え、すっかり元の表情に戻ったバーサーカーはひょいっと家の中を指差した。開けっ放しになった障子から台所に立っているセイバーが見える。
「?」
魔力で視覚を強化すると、セイバーがうなだれているのがわかった。なにをしているものか、足元を眺めて肩を震わせている。
「・・・泣いてる? セイバーが?」
ぎょっとしながら彼女の視線を辿ると。
「な・・・なんてこった」
理解した。
納得した。
そして、戦慄した。
シチューが、肉と野菜の炒め物が、サラダが、さまざまな料理が・・・無残にも地面に落ち、『かつて食べ物であったもの』と化しているのだ。
そう、戦火はいつだって、罪の無いものをまず殺めていく・・・
「・・・・・・」
ゆっくり、ゆっくりとセイバーが振り返った。
表情は笑顔。完璧な、しかし目の笑ってない笑顔。
「なあイスカちゃん、鬼子母神って知ってる?」
「今・・・見てるような気がするんだねっ!」
後ずさる二人には目もくれずセイバーはゆらりゆらりと縁側に出てきた。
ぴっと涙をぬぐうと共に着ていた服が弾け飛び、代わりに銀の鎧が彼女の体を包み込む。
「む!?」
「殺気!?」
がっちんがっちんやっていたサーヴァント達も不意に感じた濃密な気配に戦闘を止めて振り返ったが、遅い。
「・・・言いたいことが、あります」
セイバーはにっこりと笑って両の腕を高々と掲げる。
そこに握られているのは、星に鍛えられし光刃剣!
「は、はい・・・なんでしょうか・・・」
代表して士郎が応えると、どこからか流れてくる勇壮なBGMと共にざばぁっとセイバーは涙を流す。
「食べ物を粗末にしてはいけないっ! 絶対にいけないっ! 『約束された勝利の剣>』ぁぁぁぁぁ!」
「今晩もかぁぁぁぁぁぁ!?」
■アインツベルンの森
「はぁ、やっとお城についたわ。入ってくるまでは簡単だったのにずいぶん苦労しちゃったわ」
「彼女の話ではすぐに合流できるはずのサーヴァントも見当たりませんし、何か不測の事態が起きているのでしょうか」
「あ、凄い。花火、やってる」
「? ・・・何か、違いませんか?」
「たまやー」
二晩連続で衛宮邸から天へ立ち昇った閃光は、遠く郊外の森からでも観測できたという。
■衛宮邸 クレーター(元中庭)
ちなみに、余談ではあるが。
「・・・何故我がこんなことをせねばならんのだ」
「・・・しゃーねーだろ。流石に悪乗りしすぎた」
ため息をついてランサーとギルガメッシュは作業に戻った。
タライに乗せられた炊き立てご飯を一掴み手に取り、お皿に並べられた具から適当なものを選んでそれを中心に握りこむ。
「あ、ギルガメッシュさん。もうちょっと手を丸めるといいですよ。それだと硬すぎる」
「凛、何故君は梅握りばかり作っているんだ? 偏るだろう」
「桜に聞いて頂戴」
「あははははは、まゆ、ごはんつぶ顔についてるー!」
「あらあら・・・でもあんりちゃんもですよ〜?」
「うふふ、ほら、とってあげる」
「がぅ?」
「うん、そんな感じだねっ! ちょっと大きいけどそれはそれでかまわないんだねっ!」
「はむはむ・・・はむはむ・・・」
目立つからとバーサーカーの服装に悩んだのは完全に無駄となった。
半壊した縁側で延々とおにぎりを作り続ける英霊達とそれを世にも幸せそうな表情で食べ続けるセイバーの姿は、しっかりと近所の噂になったのだから。
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