5-1 Nightmare Before Toilet


 2月7日AM2:00、いわゆる草木も眠る丑三つ時。
 寝静まった衛宮邸の廊下に、ぺたぺたと足音が響いていた。
「ふぁ・・・はぅ・・・」
 音の主であるパジャマ姿の桜は大きなあくびをしながら手の甲で目を擦る。
 姉とは違いどちらかと言えば寝起きが良い桜だが、ここ最近のダイナミックな生活はどうしたって疲労が溜まる。必然的に身体が欲する睡眠量も右肩上がりになっているにも関わらずこんな中途半端な時間に起き出しているのは当然に理由があった。
「いそがなくちゃ・・・」
 単純な話だ。別段大虐殺でもしようというのではなく、身体的、精神的なリフレッシュにより睡眠を快適にするための作業、そして予定外のマニアックなプレイをしてしまわない為の処置を計ろうと言うだけの事。
 一言で言ってしまえばご不浄へゴーゴーというわけである。
「川・・・川の向こうで、お父様とお爺さまが罵りあってる・・・」
 まだ半分夢の世界に浸っている桜が色んな意味で危険をはらんだ寝言を呟いた時だった。

 ぎし・・・

 どこからか聞こえた板の軋む音に桜はふと足を止める。
「え・・・?」

 ぎし・・・

 そしてもう一度。衛宮邸は伝統的な日本家屋だ。結構な年を経ている建物である以上、歩けば当然ギシギシ板が鳴るのだが・・・
「わたし、あるいてない」
 足元に目を向けるが、当然桜は足踏みなどしていない。
 と、いうことはこの音は誰かが歩いている証拠ということであり。
「だ〜れです〜か〜?」
 気になった桜は寝ぼけ半分で音の聞こえた方へと歩き出した。
 極々小さかった上に寝ぼけ半分なので自信は無いが、音は台所の方から聞こえたような気がする。
「・・・せいばーさん、おなかすいたからってつまみぐいはー」
 ぽやぽやする頭で居間に入った桜は間延びした声をあげながら台所を覗き込み。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 瞬間、その闇の中に浮かぶ白い髑髏とばっちり目が合って硬直した。
 ・・・顔面と思しきそれの下に胴体らしきものは、見あたらない。
「ドクロ?・・・あれ?・・・?」
 首を傾げた桜の頭の中で徐々に眠気が退いていき、代わりに人間らしい感情がセットアップされ、状況が簡潔な報告として脳内を駆け巡り。

 そして。
「きゃああああああああああああああっ!?」
 桜は悲鳴をあげてその場にへたりこんだ。
「・・・・・・」
 大声に押されるように髑髏はすっと闇に融けて消え失せる。
「どうしたの桜!?」
「何事ですか!」
「桜!無事か!?」
「■■■■■ッ!」
 そして悲鳴の尾がエコーを残して消え去った1分後。
 叫び声を聞きつけて飛び起きて来た士郎達が見たのは台所の床にぺたんと腰をつけて震える桜の姿だった。
「どうしたの!? サーヴァントの襲撃!?」
 厳しい顔で問う凛に対し、桜はぶんぶんと首を振ってその言葉を否定する。
「お、おば、おば」
「おばらけんたろう?」
「誰だそれは」
 士郎の問いとアーチャーのつっこみを無視して桜はんくっと唾を飲み下して一気に叫んだ。
「お化けです! お化けでました!」
「え・・・?」
 その声が消えると同時に、辺りはしん・・・と静まりかえった。
 どこか遠くから犬の遠吠えが聞こえる。ランサーはこの場に居るので別犬だろう。
「・・・あー、お化け。お化けね。うん・・・どう思う? 遠坂」
 ちょっと困ったような顔の士郎に問われ、凛はうむと腕組みして頷いた。
「そうね・・・まあ、桜だしねぇ」
「ええ。サクラでは仕方ありませんね」
 悟りを開いたかのような慈悲に満ちた言葉に、子供の悪戯を許す母のような包容力溢れる笑顔でセイバーも頷いてみせる。
「ちょ、あれ? 姉さん? セイバーさん?」
「あー眠みぃ・・・オレ、寝るわ」
「がぅ」
 予想と180度異なる周囲の反応に目をしばたかせる桜をよそに、ランサーとバーサーカーは状況終了とばかりに踵を返した。
 そのまま士郎達もおやすみーと軽やかな挨拶を交わしてその場を離れ。
「な、なんでそんな扱いなんですかぁっ!」
 自分としては一大事な事柄をあっさり流されて桜は絶叫した。ぺたん座りのまま悔しげに床をペチペチ叩いて猛抗議する。
「怖かったんですよ!? もうちょっとこう・・・!」
「手心でも欲しいの? でも、よりによって魔術師がお化け出ましたはないでしょう。そもそもお化けってなによ」
 一応戻って来た凛の諭すような言葉に桜は唇を尖らせて頭をひねる。
「そ、それは、その・・・死んだ人がこの世に留まった奴です! 怖いんです! ホラーなんです!」
 必死に叫ばれた定義を聞き、凛は投げやりに口を開いた。
「死んでて、かつこの世に居る人ー」
「・・・・・・」
 ざっ、とサーヴァント達は無言で手を上げる。バーサーカーだけはちょっと気の毒そうな顔だったが。
「そもそも霊みたいなあからさまに変なものなんて怖くないでしょうが。本当に怖いのは家計簿を直撃する胃袋とか羊のくせに狼を撃退する突然変異の羊みたいな一見普通な癖にがぶりと噛み付いてくる連中よ」
「突然変異したらその時点で羊じゃないんじゃないか? 遠坂」
「それはメーメーパニックですね」
 どこかズレてる士郎とセイバーにほれ、こういうのが怖いのよと呟いた凛はさっと手を上げて平手を前後に動かした。
「というわけで撤収。っていうかベッドに入ったばっかなのに起こすな」
「む。リン、研究熱心なのは良いことですがあまり夜更かしするのは良くないですよ」
「肌にわりぃらしいしな。オレ、あんまそういうの気にしないけど」
「しろ」
「がぅ」
 号令と共にぞろぞろと去って行く一同を桜は悔しげに見送っていたが。
「あ、ちょっと待ってください姉さん。少し手伝って欲しいことが・・・!」
 ふとあることに気付き、慌てて凛を呼び止めた。
「なに? わたし、眠いと機嫌悪いわよ?」
「あー、桜? 俺でいいなら代わりに聞くけど」
 脅すような凛の視線を遮るように前に出た士郎に。
「い、いいですっ! 結構ですっ!」
 しかし桜は首を千切れそうなほど振って否定の意を表した。
「駄目です! 先輩は絶対駄目! あ、こ、こっち来ないでくださいっ!」
「な、なんでさ・・・」
 妹よ身内よと親しんできた少女の激しい拒絶に士郎はショックの表情でがっくりと肩を落とした。なんだか、背中に哀愁が漂っている。
「い、いえ! 先輩が嫌だとかじゃなく一身上の理由というか身体的な問題といいますかその・・・」
「・・・ははぁ」
 赤いあくまはそれを聞いて事態を理解した。にやっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど、確かにねぇ。その為に起きたんだもんね? さくら」
「ぅ・・・ぅぅ・・・」
 顔を覗き込まれた桜はアーチャーと凛を遠坂邸に100人ずつ押し込んだくらい赤くなって俯く。
「でもそういうのを鑑賞する趣味の人も居るらしいけどね? 士郎はどうかしら?」
「? ・・・何の話さ」
 くすくす笑う凛に不思議そうな顔で士郎は尋ねたが、あくまは悪戯な笑みと共にちっちと人差し指を左右に振ってみせる。
「さすがのわたしでもこのくらいの情けはあるわよ。士郎、女の子には女の子の事情があるんだからさっさと部屋に戻りなさい」
 きっぱりと言われて士郎は姉妹を交互に眺め、不承不承頷いた。
「・・・わかった。何か俺に出来ることがあるなら呼んでくれ」
 納得行かない顔で帰っていった士郎を見送り、桜はほっと息をつく。
「ありがとうございます。姉さん・・・」
「ん。気にしないでいいわよ」
 そんな様子を眺めて凛は静かに妹の耳元へ唇を寄せた。
「それで? どっちだったの?」
「・・・・・・」


 秘密。


5-2 グッバイ

 
「ん・・・」
 数時間後、士郎は軽く声をあげて目を覚ました。ぼんやりと天井を眺めながら昨日は夜半に納得の行かない騒ぎはあったものの充実した1日だったなどと起き上がりもせず回想したりする。
 ランサーとはなんとなく親しくなれたような気がするし、正義の味方を張っていく上で必要になるかもしれない『力』の片鱗も見えてきた。これまで足踏みしてきた10年と比べれば飛躍的と言える向上を果たしたと言えるだろう。
「後は、それに溺れないのが大事、だよな・・・」
「そうそう、それが一番難しいんだけどな、少年」
 ぼんやりとしたまま呟いた言葉に返事され、士郎は目を閉じたまま深々とため息をつく。
「またですか・・・もう驚きませんよ?」
 士郎は目を開け、やれやれと余裕の表情で起き上がる。
 2日で3回。こりない男とはいえ、いい加減慣れもくるというものだ。
「さあ、ドンときてください。今日はどんなかっこうなんで・・・」
 台詞と脳細胞の活動と余裕が停止した。
 視線の先には正座を横に崩したような「女の子座り」のランサーが居る。
 ―――今にも内側からはちきれそうな、明らかにサイズと常識が間違っている濃紺の水着を身に着けて。
「スク水キターーー!?」
 士郎は絶叫して目を見開いた。胸元にはご丁寧に「3の3 くーふーりん」の名前布。これがないのは邪道。平仮名以外は禁止。
「どどどどどどどどこからンなもん持ってくるんだあんたは!」
「イスカの奴が貸してくれたぞ?」
「宝具ですか!?」
「いや、コレクションだそうだ」
 あっさりと言われて士郎は頭を抱える。英霊って、英雄ってなんだろう?
「よしよし、いいリアクションだ少年」
 どうやら一発ネタだったらしくランサーはうむうむ頷いて近くに放り出してあったジーンズを履き上からTシャツを着ようちしたが。瞬間、プチリと乾いた音があたりに響く。
「あ、やべ」
「・・・ど、どうしました?」
 問われランサーはたははと笑う。
「いや、水着の肩紐、切れちまった」
「!?」
 ってことはあのTシャツの下は!? と唾を飲み込んだ士郎にランサーはこっくりと頷いて見せた。
「・・・別段それだけでずり落ちるってわけじゃねぇしなぁ」
「わかってますよ?ええ」
 紳士風の顔になって窓の外を仰ぐ士郎にランサーはほんとかー? とにやつき、それからやや真面目な顔を作った。
「さて、昨日はおつかれさん。投影魔術って奴はどうやら出来るようになったみたいだな」
「・・・ええ」
 士郎は手をぐっと握りしめた。昨日飲み込んだ宝石の効果はもう無くなっているが、回路のオン・オフの方法は身体が覚えているらしく今すぐにも投影を使えるという確かな感触がある。
「よし、そこでだ。おまえさんにひとつ投影してみて欲しいもんがあってな」
 いきなり切り出された依頼に士郎は首をかしげた。
「? ・・・ランサーさんの失われた宝具とかですか? さすがに話だけ聞いてってのは無理だと思いますけど。見本があったっていっぱいいっぱいなんですから」
 言われ、しかしランサーは左右に首を振る。
「いや、もっと少年に密接な関係のある剣を一つ」
 先手、士郎はとても嫌な顔をした。
「なんか昨日もそのフレーズ聞きましたけど・・・なんです?」
 対する後手、ランサーさん、物凄く邪悪な表情。
「セイバーだ」
「セイバー!?」
 士郎は脳裏に浮かんだ画像を慌てて打ち消した。それが昨日の朝ばっちり直死もとい直視してしまったあの姿だったからだ。
「ふふふ・・・オレが誘導せずとも身体が理解したようだな少年。そう、昨日の朝ここで見たセイバーを投影すべし!」
「はぁ!?」
 思わず悲鳴のような声をあげる士郎にランサーはパタパタと手を振って見せた。
「まぁまて、けしてふしだらな思惑で言ってるわけじゃない」
「嘘ですね」
「もちろん」
 きっぱり。
「だがまあ、別に生で投影しろっつってんじゃない。人形だ人形」
「何考えてんですかランサーさん。それじゃただの犯罪者ですよ・・・だいたい、隣でそのセイバーが寝てるんですよ?出来るわけ無いじゃないですか」
 居なければいいのか?
「ああ、あいつは道場に居ったぞ。おまえ、今朝は寝坊したからな。昨日頑張りすぎた反動じゃねぇか?」
 指差されて時計を見ると確かにいつもより数十分単位で遅い。中途半端な時間に一度起きたのが影響しているのかもしれない。
「朝食作りそびれたな・・・」
「そんなことはどうでもいい! わかるか少年!? だからこそ今なんだ! 今じゃなきゃだめなんだよ少年っ!」
「いやいやいや! そもそも俺、そういう趣味ありませんから!」
 肩を掴みガタガタと揺さぶるランサーの手を士郎は慌てて振り解いた。だが、即座に手を握られ顔を至近距離で突きつけられる。
「馬鹿おまえ、思い出してもみろ! あいつの体見ておまえどう思った!? あぁ!? 言ってみろ!」
「ぇ、その、綺麗だと・・・」
 思わず口からこぼれた本音に蒼の英霊はうんうんと大きく頷く。
「そうだろ!? そうだろう!? そうだよなぁ!? ならばあの美しさを再現せずに何が創造者だ! 見損なったぞ少年! 目の前にある究極の剣を再現できずにいかなる剣も作れると思うんじゃねぇ!」
「ぇ・・・ぉ・・・ぁ」
 ゲイボルグを発動できそうな程迫力に満ちた声に士郎は思わず言葉を失った。
「大丈夫! 絶対出来る。出来るってオレは信じる! 他の誰が信じなくとも、おまえ自身が認めなくともオレだけはおまえを信じる。これからは絶対に、どんなことがあってもだ!」
「いや、あの時の台詞こういう場面で持ち出さないでくださいよ・・・」
「間違いなく剣で、かつ少年と繋がっているんだぞ!? 条件は最高の筈だろうが! さぁ投影しろ、今だ、記憶の薄れぬ今のうちに! 今! ナウ! 投影を開始しろ! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! ハリィ! ハリィ!ハリィ!ハリィ!ハリィ!ハリィ!」
 催眠術のように繰り返され士郎は思わず右手をかざしていた。その血走った目つきにランサーの顔がニヤリと笑みに変わる。
「と・・・投影、開始・・・」
 そして、衛宮士郎は墜ちた。
 彼を否定することは誰に出来ようか。彼もまた、健全な一個人なのだ。どうしてそれを責められよう? 否。むしろ賞賛すべし。新たに誕生したこの挑戦者、『造る者』のその勇姿を・・・!
(セイバー・・・セイバー・・・)
 脳裏に焼きついた映像を元に設計図作成し、空間に展開する。
 縮尺を調整し、全長16センチ程で固定。

 ――創造の理念を鑑定し
 ――基本となる骨子を想定し
 ――構成された材質を複製し
 ――製作に及ぶ技術を模倣し
 ――成長に至る経験に共感し
 ――蓄積された年月を再現し
 ――俺はなにしてるんだろという疑念を封印して
 ――こぼれてきた涙を拭う。

 そして。
 トレースアウト
「投影・・・完了!」

「おぉおおお!」
 一瞬の後、そこに一体のフィギュアがあった。
 否、それはその程度の安易な表現で済まされるようなものではない。その精緻、その質感、その躍動はまさに移し身。人の手で製作すること敵わぬ極限に精密なる人体の縮図。

 んで、当然のように全裸。

「・・・ランサーさん」
「・・・少年」
 ランサーと士郎は顔を見合わせた。
 そして。
「・・・ほんとにできたな。冗談だったのに」
「冗談だったのかよ!?」
 ランサーがあっさりと呟いた台詞に士郎は脳の血管が破れそうな勢いで叫んだ。
「いやー、さすがに剣=セイバーでいけるとは思わねぇって」
「どどどどどどどうするんですかコレ! できちゃったじゃないですか!」
 錯乱した士郎は叫びざま目の前の16センチセイバーを鷲づかみにし。
「痛っ! 痛いですシロウ! もっと優しく・・・!」
 響いた声に、全身の動きを止めた。その隣で、ランサーもまた両の目を真円に見開いて硬直している。
 沈黙のまま士郎はセイバーミニを床に降ろした。
 頬をつねり、窓の外の青空にぐっじょぶと笑う父の面影を見、ランサーと顔を見合わせて乾いた笑いを浮かべ。
「「生きてるぅぅぅぅぅぅぅ!?」」
 そして、二人して今までに倍するボリュームで絶叫した。
「おおおおおおい!? 投影ってのは生きてるもんまでつくれるもんなのか!?」
「知りませんよそんなこと!」
「あの、き、着るものをどうか・・・」
 視線と声が交差する。士郎はその場に逆立ちしランサーは慌てて服を脱ぎマイクロセイバーは身体を抱え込むようにしゃがみ込む。
 そんな中混沌に満ちた部屋に。
「先輩、朝ご飯・・・」
 ふすまをカラカラと開けて桜が現れた。
 そこにあるのは明らかに興奮状態で立ちすくむ士郎と全長16センチ程の全裸セイバー。ついでに、スクール水着の上をはだけて馬鹿笑いするランサー。

 桜の知らない世界が、そこにあった。

「・・・でき、まし・・・た・・・けど・・・」
 思いがけない光景に見開かれた桜の目に、じわりと涙が浮ぶ。
「っ! ・・・桜! 違うんだ!」
「・・・いいんです」
 慌てて口を開いた士郎に、桜は優しい笑顔で首を横に振ってみせた。
 そう。
 先輩だって男の人だもの。
 男はみんな、○の○に指を○っ○んで○○線を弄くれば無様に○○○を○○るしかないケダモノだってどこかの誰かも言っていたもの。
 そう、だからこれも仕方のないこと。仕方のないこと。仕方のないこと。仕方のないこと・・・
「さ、桜? 何をぶつぶつ言って・・・?」
「だから・・・先輩にどんな趣味があったって・・・先輩は・・・せん、ぱいは・・・」
 自分を誤魔化そうと呟きつづける桜の目から。
 こらえていた涙が、ぽろり、と。
 こぼれ、た。
「・・・わ、わたし先に行ってますね!」
「ちょ、待―――!」
 けなげにも笑顔を作って桜は踵を返し、涙をきらきらと振りまきながら走り去る。
「うわぁあああああああんん! せんぱいが、せんぱいがくっせつしちゃったー!」
「桜ぁあああっ!?」
 その後聞こえた絶叫に士郎は血を吐きそうな声をあげてうずくまった。
「あの、服を・・・」
「武装しろよ」
「ああ、成る程」
 背後から聞こえるやりとりを聞きながらその場に崩れ落ちる。
 
 グッバイ桜の中の俺のイメージ短い付き合いでしたね。


5-3 1UP

「・・・で? これはどういうことなのかしら?」
 無言で早々に済ました朝食の後。
 仁王立ちして尋問してくる凛の顔には明確な怒気が迸っていた。まあ、無理もないのだが。
「いや、だからさ、冗談のつもりでやったら・・・」
「なんか、できちゃって・・・」
 正座したランサーと士郎の弁明に遠坂裁判長はぴしっと額に血管を浮かべた。
「そんな軽い気持ちで産むんじゃないわよ! 命をなんだと思ってるの!?」
「あの、リン・・・産むとか言われますと本人としましてはなんとも・・・」
 セイバー(小)の主張に凛ははぁとため息をつく。
「まあ、反省はしてるみたいだから言うと、正直なところあなた達の責任を問う気は無いわ。軽率だったとは思うけど」
 逆転無罪! 17杯目のコーヒーを!
「そもそも投影で生き物が作れるかっていう問題だけど、士郎の投影が封印指定物の異形だから断言はできないけど、理論上ならできないことも無いとは思うわ。魔術で生命を作り出せる以上はね」
 ふぅと息をつき、凛は形のいい眉をしかめた。
「でも、いくら士郎だからって英霊なんていう、宝具と比べたってずば抜けた神秘である存在を造りだせる筈ないじゃない」
「え? それじゃあこのセイバーさんはどうして現れたんですか? 姉さん」
 問われ、そうねと頷く。
「多分、聖杯がらみでしょ。なんかの手違いで同一サーヴァントが召喚されたのよ。で、イレギュラーな召還だから召還事故が起こってこんなちっちゃい状態になったんじゃないかしら? 士郎は一応わたし達の記憶の中ではセイバーを召喚してるし、ってことは因果が繋がっているってことだから、もう一度召喚も可能な筈よ」
 凛はそう言ってため息をつき、小人セイバーに目を向ける。
「それで・・・確認するけどあなたは本物のセイバーなわけね? 士郎のサーヴァントの」
「はい。私はシロウのサーヴァントです」
 きっぱり答えた(小)に(大)が眉をひそめた。
「しかし私が二人居るなどと・・・ありえない筈なのですが」
「そうでもないでしょ?」
 凛はそれを聞いて肩をすくめた。
「サーヴァントである英霊ってのは結局の所コピーみたいなものだって聞いているわ。大元である魂の座からクラスっていう形に変換して呼び出されるわけで」
 ふむふむと頷く士郎の額をピンっと指で弾いて説明続行。
「つまり、ここにいるセイバーだって元々の英霊の1断面ってわけね。コピーなんだから何人同時に存在しても矛盾じゃないわ。まあ、本来の召喚システムでは同一クラスの複数召喚はありえないってお父様は言ってたけど」
 その説明にサーヴァント達は頷き、しかしセイバー×2だけが同じタイミングで首を振った。
「それが・・・」
「・・・私に限って言えばそれはありえないんです」
 どういうことかと視線を向ける一同に僅かに目を伏せ、セイバーは自らの来歴を語った。
 かつて選定の剣によって王になった少女。無残な最期を知っていて、それでも民の為にと戦った少女。その少女が破滅を迎えたときに願ったこと。
 最後の最後で願ってしまった、やり直しの願いを。
「聖杯を手に入れることを条件に私は英霊となりました。故に、聖杯を手に入れていないこの身はいまだ本当の死を迎えてはいません。聖杯が出現する戦場に呼び出され、帰還し、また召喚されるというサイクルを繰り返している以上どちらかがどちらかにとっての過去になる筈であり、この邂逅を二人とも覚えていないという状態はありえない筈なのですが・・・」
 その説明に一同はむーと考え込む。
「そんなサーヴァントが居たなんて・・・って、どうしたの?士郎」
「・・・いや、なんでもない」
 士郎はゆっくりと首を振った。王の記憶と自身の記憶。その双方が抱える何かを感じながら。
「それで? ちっちゃいほうの呼び出されるまでの記憶はどうなんだ?」
 ランサーに問われプチセイバーはむむ、と考え込む。
「曖昧です。シロウのサーヴァントとして何度か戦ったような記憶はあるのですが」
「・・・私が召喚されたときと同じですね」
 セイバー(ノーマルサイズ)も一緒になって首をひねる。静かになってしまった居間を見渡してぱんっと手を打ったのは佐々木だった。
「とりあえず、旦那様方はここまでにした方がいいのではないでしょうか?」
 言って時計を手で示す。
「もう学校へ行かねばならない時間ですよ? せいばぁ様に関しましてはご本人の人格に信用もおけますし、帰って来てからまたお話を聞くということでいかがでしょう?」
 言われ、凛はしばらく悩んでから頷いた。
「・・・そうね。焦っても仕方ないし。その代わり今日は寄り道せずにさっさと帰る。それでどう? 士郎、桜」
 その提案に同意した二人を連れて凛は学校へ向かった。
 残されたサーヴァント達の視線は否応無く二人のセイバーに注がれる。
「提案があります」
 さてどうしたものかと皆でリアクションに困る中、口を開いたのはセイバーLだ。
「なんですか?」
「二人とも同じ呼び名というのも不便です。かといってクラス名と真名の使い分けと言うのも落ち着きません」
 言われ、セイバーSもこくりと頷く。
 聖杯戦争が機能していないのが現状とはいえ、隠すべき真名を名乗るのはサーヴァントとして嫌過ぎる。
「そうなると、どちらが本来のセイバーを名乗るかなのですが・・・私のほうが先に皆の前にあらわれたということで占有権を主張したいと思います。いかがでしょうか?」
 その提案にポケットセイバーは数秒間悩み、しかしはっきりと頷いた。
「・・・不本意ではありますが、この身体では反論できない。わかりました。私のことはちびセイバーとでもお呼びください」
 胸に手をあて、何故か少し得意げに名乗ったちびセイバー(仮)にランサーはシュバッと手を上げた。
「ちょっと待った!」
「・・・あー、何か脳からこぼしたいのか、ランサー」
 隅っこで黙っていたアーチャーのどこか投げやりな相槌にランサーはニヤリと野性味のある笑みを浮かべる。
「ちびせいばーと全て平仮名の方が萌えるだろ」
「おまえは阿呆か」
 ゼロセコンドでアーチャーはつっこみ、しかし。
「それでいきましょう」
「同感です」
 セイバー達それを聞いて同時に頷いた。ガシッと互いに握手を交わし、なんだか、満ち足りた笑顔を浮かべる。
「セイバー・・・どこへ向かっていくのだおまえは・・・」


 そして数十分が過ぎ。
「それにしてもほんとにちっちゃいね〜。うりうり」
 暇になったあんりは手のひらでちびせいばーを弄ろうと手を伸ばした。
「む・・・」
 しかしちびせいばーは軽く眉をひそめて呟き、ひらりと身を翻しその一撃を回避する。
「よけた! なまいきだぞー!」
 予想外の機敏さに口を尖らすあんりがぶんぶんと振り回すちいさな両手は、しかしちびせいばーからみればバーサーカーの斧剣よりも巨大な圧力。
 しかし。
「それでも、まだまだです」
 当らない。どれだけスピードを増しても、どんなによく狙ってもたった16センチの身体で騎士王はするりと乱打をかわしてしまう。
「あー、この予知っぽい読みと動きはたしかにセイバーだなぁ」
 ランサーの感心したような台詞に眉をしかめ、バーサーカーはそっとあんりの腕を掴んだ。
「・・・イジメ、カッコワルイ」
「にゅ・・・」
 めっと睨まれあんりはしょぼんと俯いた。
 背中をそっと押すまゆにこっくり頷いて食卓の上のちびせいばーに頭を下げる。
「ごめんなさい・・・」
「わかってもらえればよいのです。常に相手の側を思いやる心を忘れないようにするのですよ?」
 ちびせいばーはそう言ってにっこり笑い、下げられた頭を指先ほどの小さな手のひらで撫でた。てへへと笑い、あんりはもう一度ごめんねと謝る。
「おお、その度量の大きさ、まるで王様だねっ!」
「王様だ。ついでにおまえやギルガメシュもな・・・そういえば、宝具はあるのか?」
 つっこみと質問を同時にこなすアーチャーにちびせいばーはうむっと胸を張った。
「もちろんあります」
 言うなり、ぶんっと音を立てて風が食卓に渦巻いた。かざした手に握られているのはサイズこそバターナイフほどではあるが確かに不可視の風王結界。
 おそらく中にはちびカリバーが納められているのだろう。
「・・・改めてありえんな。召喚したのだとしたら、衛宮士郎が投影した物体はどこへ行った? 奴の技量では武器以外の投影はまだ手に余るだろうが、成功の手ごたえがあったのなら何かは具現化されている筈なのだが」
 呟きにイスカンダルはハテナと首をかしげた。
「大家さんの魔術にくわしいのかなっ? アーチャー?」
「・・・別に」
 いつものようにそっけなく話を打ち切ろうとしたアーチャーに、しかし今日はそれが許されなかった。
「でもあれだよな? 昨日少年にアドバイスしたのもおまえだろ?」
「む」
 ランサーのつっこみにアーチャーは顔をしかめる。
「なんでお兄ちゃんが投影使えるってわかったの? メディアにもわからなかったのに」
 次いでキャスターにも追及されて銀髪の少女はふんとそっぽを向いた。
「・・・け、警戒して観察していたからだ」
「ほんとに〜?」
 あからさまに胡散臭そうな顔をするキャスターの言葉を次いでランサーはにたぁっと顔中に笑みを広げた。
「っていうかさ、ひょっとしてアーチャーって少年狙いか? マスターと一緒で。影ながらお慕い申し上げます・・・っていう芸風なのか?」
「ば、馬鹿者! それはありえん! よりによってこの私が奴をなど・・・!」
 予想だにしなかった指摘にアーチャーは普段の冷静さや皮肉気な雰囲気を吹き飛ばしてガッと叫ぶ。
「じゃあなんでそんなよく見てるんだよ」
「しゅ・・・趣味だ!」
 反射的に叫んだ台詞がエコーとなってあたりを満たした。
 英霊達はそれぞれジト目になってアーチャーを見つめる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙の長さにアーチャーは冷や汗を流し、心の中でこの場を打開する一言を探す。くそっ、何でこういう時に限って心眼(真)は働かないのだ!
 そして、焦りのままにアーチャーは口を開き!
「・・・アーチャー様が見てる・・・とか?」

 

 

 

 思わず口走った台詞に居間の全てが凍りつく。

 ツンドラの、色が綺礼と、イワンは言った―――

 そんな静寂の時を経て。
「・・・か、管理人さん、お茶もらえるかなっ」
「ちょっと健康体操を」
「あ、あんりも・・・」
「まゆもごいっしょですー」
「ぷちせいばー、ミカン食べるか?」
「いただきます」
「私も食べましょう」
「がぅ」
 そして解凍の時が来る、みんな一様に優しい笑顔で日常を再構成する。
 心は一つ。なんだかんだ言っても僕らは英霊、みんないい奴なのだ。
 ・・・むしろ、この方が痛いのだが。
「私はつっこみ属性なのだ! ボケがつまらなくてもしかたないだろうが!」
「をを、少年っぽい絶叫」
 ランサーの言葉にぐっと声をつまらせ、アーチャーは舌打ちをした。
「ええい、奴の魔術に詳しいのは私も魔術師だからというだけのことだ! キャスターよりはこの時代に近いところの出身でかつ凛よりは長生きした! だからああいう奴が存在するという事を知ってただけだ! 文句があるか!?」
「うんうん、わかったよ。みーんな、よくわかってるからな」
「うわ、むかつく・・・」
 すねてそっぽを向いたアーチャーに満足してサーヴァント達はその話を打ち切った。丁度よく戻ってきた佐々木の入れたお茶を皆ですする。
「さあ、アーチャー様もお気を静めになってくださいな」
「・・・ふん」
 そっぽを向いたまま湯飲みをちびちび傾けるアーチャーにクスリと微笑み、佐々木はちびせいばーに向き直る。
「おちびさまはこちらで」
 そう言ってティースプーンに入れたお茶をコトリと置く。
「これはかたじけない。助かります」
 つつつ・・・とスプーンを抱えてお茶を飲む姿にキャスターは思わず目を輝かせた。
「か、可愛い・・・! 可愛すぎるもん! ねっ! セイバー!」
「・・・複雑です」
 実は可愛い人形好きのメディア。そのターゲットが自分というか自分でないというか微妙なものにセットされているのを感じて、ノーマルセイバーはぼそりと呟くのだった。


5-4 Chaser

<SIDE→ちびせいばー>
 佐々木さんとアーチャー作の昼ご飯も終わり、サーヴァント達は思い思いの場所へと散っていった。それは新参者のちびせいばーにしても変わらない。
「ふむ、この身体では移動も一苦労ですね」
 言いながらもその気になればビルを垂直に登っていけるサーヴァントだ。とうっと軽やかに食卓から飛び降り着地する。
「この身体ではランサー達と鍛錬というわけにもいきませんし、どうしたものでしょうか・・・」
 考え込んだ瞬間、背後に影がさした。
「! ・・・何奴!?」
 素早く振り向いたそこには、彼女の身長を遥かに越えた巨大な獣がこちらを見下ろしている!
「な・・・幻想種!?」
 見上げるようなその巨獣にちびせいばーは一瞬身構えたが・・・
「にゃー」
 その獣の発したのんきな声にそのままがくっとつんのめった。
「忘れていました。ただ私が小さいだけですか」
 猫だった。たんなる三毛猫なのだが凛の頭にパイルダーオンするという快挙を成し遂げた為なんとなく衛宮家につれてこられ、そのまま住み着いてしまった名無しの幼女猫である。
 ・・・衛宮家の住人は、何故か動物にいたるまで女性ばかり。
「やれやれ・・・」
 無駄に緊張した自分に照れながら汗を拭うと、はたと猫と目が合った。
「な、なんですか?」
 じー
「私には猫の言葉はわかりません。何かのお役に立てるとは思えないのですが?」
 じー
「・・・困りました」
 ただひたすらに猫はちびせいばーを見つめ続ける。
 相手は子猫とはいえ、目をそらすと飛び掛られそうな気がしてどうにも動きづらい。
「仕方ありませんね。向こうが目をそらすのを待ちましょう」
 じー
 猫は、案外気が長い。
 じー
「い、何時まで見ているのですか?」
 じー
「あの、ええと・・・」
 じー


<SIDE→ランサー>

「っかしいな・・・どこがわりぃんだか」
 ランサーは軍手をオイルだらけにしながら愛車ゼファー1100のエンジンをいじっていた。
「ったく、乗ってるときは気持ちいいんだけど、なんかこう、面倒な部分も多いよなぁ・・・」
 当然ではあるがこの時代・地域の普遍的常識以外の事柄は召還時に与えられる基礎知識に含まれない。
 つまり機械弄りというジャンルについてはランサーは完全に初心者であり、今も教本片手に奮闘中なのである。士郎に頼めば早いのだろうが、不在では仕方がない。
「お、これか・・・スパナスパナ・・・」
 呟きながら工具箱のある辺りを手探りで探すと。
「あ、どうぞです」
 ぽんっとその手にスパナが載せられた。
「おぅ、さんきゅ・・・って誰だ今の?」
 反射的に礼を言ってからランサーはふと首を傾げた。セイバーや佐々木程では無いにしろ鋭敏な感覚は、周囲に人の気配を感じていなかったのだが。
「?」
 振り返ってきょろきょろとあたりを見渡してみる。やはり、中庭のどこにも人影は無いようだ。
「・・・あれ?」


<SIDE→佐々木小鹿>

「旦那様〜旦那様〜旦那様〜と〜わたくし〜」
 何の歌だ。
 佐々木は風呂掃除をしていた。ポニーテールにした長い髪を名前通り尻尾のように振り振りしながら大人数を受け止める風呂桶に感謝を込めてゴシゴシ擦る。
「ふふふ、いつか旦那様のお体もこんなふうに・・・あら、はしたない」
 てへと笑って水を流した、瞬間。
「・・・・・・」
 その表情がすっと消え去った。細められた目に刃の如き鋭い光が浮かぶ。
「どなたです? これほどまでに気配が消せる方は当家に居なかったように思いますが」
 風呂桶を覗き込んだまま背後に声をかけるが返答はない。
 だが、佐々木の第六感は戸を隔てた向こう側で息を潜める何かを確かに捕らえていた。
「しかたありません・・・実力行使です」
 故に、佐々木は振り返りざま紬の袖をたくし上げていたたすきを解いてそれを打ち振るった。
 鞭のようにしなったたすきは風呂場のドアノブを跳ね上げ、即座に引き戻し放ったニ撃目がそのドアを叩き開ける。
 所要時間2秒、閃光のように手元へ手繰り寄せたたすきを佐々木は鋭い動きで開いたドアの向こうへ叩き込もうとし・・・
「きゃぁ!?」
 一瞬だけ見えた黒い何かが悲鳴と共に消えるのを確認してその手を止めた。
「・・・あら、逃げられてしまいましたね」
 呟き佐々木は脱衣所へと出た。辺りを見渡し、首をかしげて天井を見上げる。
「・・・・・・」
 一見して何事も無いように見える板張りの天井。しかしその一部が僅かにずれているのを佐々木は見逃さない。
「・・・賊、でしょうか」
 呟き、断腸の思いで風呂掃除を中断し居間へ向かう。
「それにしても今の声・・・どこかで聞いたような気がするのですが?」


<SIDE→ギルガメシュ>

「ふむ」
 ギルガメシュは自室の床に座り込んで呟いた。
 何気に私物の多い彼女の為に割り当てられた部屋は他のメンバーと比べるとかなり広いのではあるが、10畳あるその床も今は足の踏み場も無い。
「こいつは・・・奥のほうで構わぬな」
 手に取ったのは真っ黒で不気味な人形。ちなみに丑の刻参り型の呪殺を行う宝具の原型で彼女の好みに合わない。
 ぽいと投げると人形は空間の歪みに吸い込まれて消えた。
「こいつは・・・何かに使うかも知れぬし」
 次いで手に取ったのは棍棒。振ると雷が落ちるものだ。またまたぽいと投げると空間の歪みに消えていく。
「む、ちょっとずれたな。やり直し」
 空間の歪みに手を突っ込んで棍棒を取り出し再収納。今度は納得がいったのか満足げに頷く。
 何をやっているかと言えば、ようは模様替えである。
 ギルガメシュの宝具は『王の財宝(ゲートオブバビロン)』。それは所有者の宝物庫に直結した空間の割れ目を作り、そこに納められた道具を取り出すというものだ。
 ちなみに宝物庫の定義は魔術的なものであり、既に存在していない筈の黄金の都にあるにもかかわらずバンバン転送されてくる。時間を越えているのかどうかは本人にもわからない。
「グラムか。とりあえずAランクゾーンに置いておくべきであろう。この輝きはいい。とてもいい」
 そこら中にぶちまけた宝具―――売りさばけばおそらく国がダース単位で買える―――を1つ1つ手にとっては置き場所を定めて転送する。
 似たような性質を持つ宝具『四次元○ケット』と同じく、取り出す道具を思い浮かべれば転送されてくるシステムなので理論上どこにしまってあったところで速度に差は無いのだが―――
「これは・・・これは、なんだったか」
 拾い上げたのは布。何の変哲もなさそうな布。
「そもそもこれは宝具なのか? いや、魔力は篭っているな。しかし一体どこの産か・・・フレイのあれか? いや、西王母の? 誰か女神がらみだったような気がするのだが・・・」
 しばし考え。
「・・・とりゃ」
 ギルガメシュはそれをまるめて投げ捨てた。
 空間の割れ目に飲み込まれた布は宝物庫の隅の方にさりげなく配置される。
「我は何も見なかった。うむ」
 呟いて作業再開。いかな知力に優れる英雄と言えども数限りなく存在する宝具の全てを記憶しているわけではない。
「まったく、何故見ただけで効果がわかるような奴がお使いくださいと現れんのだ」
 礼によって傲慢極まりない呟きを漏らして正体不明の宝具をまたひとつ隅っこへ放り込む。
 そういう用途の宝具も持って居たのだが、うっかりそれの名前を忘れてしまったので取り出せなくなってしまったのだ。
 ちなみに、あいまい検索でそれっぽいものを纏めて転送した時には人間というものはいかに人の秘密を覗きたがっているのかを宝具の山に埋まりながら実感した。
「これで3分の1くらいか・・・?」
 呟き、次の宝具に手を伸ばした瞬間。
『接敵・所属不明・タイプサーヴァント・直上通過中』
 耳元から聞こえた声にギルガメシュは素早く腕を振り上げた。
「『王の財宝(ゲートオブバビロン)』!」
 真名の解放と共に空間が開き、転送されてきた槍が銃弾の如き勢いで天井へと突き刺さる。
「きゃわわわわっ!?」
 途端聞こえた悲鳴にギルガメシュはふんと胸を張った。
 彼女が常につけているリングピアスは警告の魔術の込められた宝具だ。これがある限り不意打ちを食らうことは無い。
 無いのだが。
「どうした! 降りてこぬか! 降りてこぬならこちらから行くぞ!」
 恫喝に答えは無い。
「・・・・・・」
 ギルガメシュは不愉快そうな顔で槍を引き抜いた。
「そちらがその気なら・・・む?」
 ふと気付く。槍の穂先が綺麗だ。
「・・・当ってない?」
『所属不明サーヴァント、探知範囲から離脱』
 宝具の無機質な声にギルガメシュは口をへの字にして立ち尽くす。
「・・・ふっ、命拾いしたな。服が汚れるゆえ、とどめはささんでおいてやろう」
 不敵に微笑んでギルガメシュは窓の外へ視線を投げた。
 ・・・数え切れない宝具を持つ彼女だが、残念ながらうっかりを直す宝具だけはこの世に存在しないのであった。


<SIDE→あんり&まゆ&バーサーカー>

「■■■■■■■■■■■■」
「すやすや〜」
「すぴ〜」
 あんり&まゆの部屋にバーサーカーは居た。彼女が敷いた布団で気持ちよさげに眠るあんり達に優しく微笑み、読み聞かせていた絵本を閉じる。
 聞かせ? とつっこんでくれるアーチャーは、あいにく屋根の上でむくれ中だ。
「・・・・・・」
 静かに立ち上がり部屋を出ようとしたバーサーカーはごとりと窓の音から聞こえた音に足を止める。
「がぅ?」
 呟いて窓を開け、外を見渡してみるが中庭から見て裏に当るこちらはそもそもすぐに塀で遮られている狭いスペースで、所々に植えられている樹以外何も無い。
 バーサーカーは不思議そうな顔で首を引っ込め・・・
「・・・フェイント」
 急いでもう一度外に顔を出した。
「きゃう!?」
 そこに響く小さな悲鳴。
 それは、植木の陰に駆け込もうとしたのか自分の足に足を引っ掛けて顔面から土に突っ込んでしまった少女のものだった。
「がぅ・・・ダイジョウブ?」
 バーサーカーの声に少女は慌てて飛び起きた。顔全体を隠す髑髏の仮面、身体に巻きつけられた黒い布で全身を隠してはいるが、それでも全体に華奢なその雰囲気と声が少女だと告げている。
「あわ、あわわわわ!」
 少女はバタバタと砂を落してしゅばっと消えた。行方を目で追ったバーサーカーの動体視力を越えた動きで、だ。
「オメン」
 追跡を諦めたバーサーカーは印象に残ったそれの名を呟いてみた。
 そうだ、確か衛宮士郎がそういうものを見せてくれた。あれは派手な原色で目の辺りに穴があいていたが確かに先ほどのものと同類の筈。
 それを頼りに記憶を検索し、結論を出す。
「・・・オマツリ?」
 多分それは違う。


5-5 衛宮家侵入事件特別捜査本部
 
「さて、そう言うわけでみんなに集まってもらったわけだが」
 ランサーは居間に集まった一同を前にそう切り出した。
 まだ寝ているあんり&まゆを除く全員が既に集結している。
「とりあえず、ちびせいばー以外は全員なんらかの怪現象にあった、と」
「すいません。ちょっと目を離せない状況でしたので・・・」
 恐縮するちびせいばーにランサーは気にするなと頷き、どこからか持ってきたホワイトボードに目撃証言を書き連ねていく。
「いいか! 敵は屋根裏を自由に移動し、下にも適当に降りてきてこっちを観察した上で作業を手伝ってくれる! んで、なんか黒い布着ててお面をつけてるらしい! そこから導かれる可能性はなんだ!」
 はいとまず手を上げたのはイスカンダルだった。
「ほい、イスカ!」
「親切な小人さんだねっ! 寝てる間に仕事をしてくれるんだねっ!」
「髑髏面の小人など怖いわッ!」
 ランサーのつっこみにイスカンダルはパチリとウィンクしてみせる。
「ちなみに計算問題はまかしちゃいけないぞっ?苦手分野だからねっ!」
「知るか! 次!」
 はいとセイバー'Sが手を上げる。
「普通に考えれば召喚の際に逃げたサーヴァントだと思われます」
「ここに居るのがセイバー・アーチャー・ランサー・バーサーカー・アサシン・キャスターなのですから、順当に考えるとライダーということになりますね」
「うむ! さすが優等生だ! セイバーには甘夏、ちびせいばーにはオレが剥いたミカンを一房あげよう!」
 ノリノリで賞品授与するランサーにしかしアーチャーは仏頂面で手をあげる。
「ちょっと待て」
「なんだ? まだすねてるのか?」
 こみ上げる怒りをぐっと抑えてアーチャーは腕組みし口を開く。
「皆の証言のうちひとつ忘れているものがある。そいつを目撃した者達は一様に物音などでそれを察知した。唯一の例外はギルガメシュだがこれも自分では察知していない。ここまで至近距離に来て存在を気付かれないというのはサーヴァントである以上考えられん。普通はな」
 そう言って視線を向ける相手は佐々木。
「そう、アサシンの気配遮断でも使えば別だが」
「・・・・・・」
 佐々木はこっくりと頷いて頬に手を当てる。
「そうですね・・・確かにわたくしなら皆様に気取られずお膝をカクンといわせる事も可能でしょう」
「なんだそののどかな喩えは・・・まあいい。以前から思っていたのだが、佐々木、おまえは本当にアサシンのサーヴァントなのか?」
 首を傾げる一同にアーチャーはやれやれと首を振る。
「知らんのか・・・本来、『アサシンの佐々木小次郎』等という存在はありえん」
 あ、と声をあげたのはキャスターだった。
「そうだよ! アサシンって、ええと、何ていったっけな。ともかく同じ真名のサーヴァントしか呼べないんだよ。どこかの暗殺者の!」
「確かにわたくし、生きている間に暗殺などしたことはございませんね」
 佐々木の証言にアーチャーは静かに頷く。
「つまり、佐々木は正式なアサシンではない、もしくはそもそもがアサシンではないということだ」
「でもよ、佐々木は自分がアサシンだって自覚してんだろ? オレがランサーだって自覚してるみたいによ」
 こっくりと頷く佐々木にアーチャーは肩をすくめる。
「結局の所、イレギュラーな召喚であるという結論しかないのかもしれんな。そのセイバー達と同じ事だ。アサシンが二名呼ばれていてもおかしくはあるまいが」
 キャスターは、何か記憶にひっかかるなーと思いながら、深く考えるのをやめた。
「ともかく、状況証拠が語ってるんだもん。今屋根裏をカサカサ歩き回ってるのはアサシンに決定だね。むしろゴキブリってかんじだけど!」
「そ、そんなゴキブリなんてひどいですぅ・・・」
「黒くて屋根裏という部分はあっているがな」
 言って、アーチャーはむ? と顔をしかめた。
「よし、確認しよう」
 ランサーは静かに一同を見渡す。
「・・・今の声は、誰のでもないな?」
 全員、一様に頷き・・・
「そうりゃああああああ!」
 ランサーはゲイボルグを天井に投擲した。深々と突き立ったそれの周りに十数本の似たような宝具が突き刺さる。
「うっきゅあ!? か、かす、かすったですぅ!?」
 途端屋根裏から悲鳴が聞こえ、タンッ・・・という音を最後に静かになる。
「くっ! あやつまたしても避けおった! 今度は8本も撃ったと言うに!」
「逃がすかよ! セイバー! 勘でいいからどっち行ったと思う!?」
「・・・客間方面から外へ!」
「よし! この際徹底的に追うぞ!」
「ふっ、珍しく意見が合う」
 アーチャーはニヤリと笑みを浮かべ、右手を振り上げた。いつの間にか握られていた黒い短刀が投擲されて天井を打ち・・・
 ドン・・・!
「うわぁあ!?」
 キャスターの悲鳴を飲み込むように、散々槍を突き立てられた天井が円形に砕け散った―――!
「・・・へぇ、綺麗に丸く穴開いたなぁおい」
「ええ。後から打ち込まれた槍が丁度いい間隔で突き立っていましたから・・・これが狙いでしたかギルガメシュ」
 ランサーとセイバーの感心した声にギルガメシュは『ん?』と首を傾げる。
「いや、適当に撃ち込んだら結果的に、な」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 一同、微妙な沈黙の後。
「よし! 突撃!」
「ふん・・・放っておく訳にもいかんか」
「ちびせいばー、私の肩に!」
「わかりましたセイバー!」
 身軽な連中が勢いよく天井の穴に飛び込んでいった。
 佐々木を先頭に他の面々も廊下へ出て下から同じ方向へ向かう。
「・・・しかし、さっきの槍は我の撃った本数より多かったような気がするのだが」
「ぐだぐだ言うなうっかり姫! さっさと来い!」
「ぶぶぶぶ無礼なことを言うでないぞランサー! だれがうっかりか!」
 穴の置くから聞こえる声にギルガメシュは怒鳴り返して天井の穴に飛び込み後を追うのだった。


 暗く狭い屋根裏を髑髏面のサーヴァントは平野の如く駆けて行く。
 もとより山野を巡り家屋に忍び生きた暗殺者だ。この程度の障害は無きに等しい。地に伏すような前傾姿勢で音も無く駆けて行く。
 それに比べ―――
「うわ、狭ぇっ! 頭打ったぞ!」
「ぬ!? なんだ? 今踏んだものはなんだ!?」
「こ、こらセイバー! そんなに引っ付くな!」
「何を言っているのですかアーチャー。こう柱が多くては仕方がないでしょう!」
 英霊連合部隊はありとあらゆる障害物に全て引っかかりながら迷走していた。
 不恰好に前かがみになって走りながらも見失わない辺りは流石ではあるが。
「く・・・この行き場のない怒り・・・あの黒ずくめにぶつけてやる!」
「・・・うむ。王たる身にこのような屈辱、万死に値する。我が宝具には拷問具も多数あるということを見せてやるぞ」
「!?」
 背後から聞こえる物騒な台詞に仮面のサーヴァントはビクリとふるえてスピードアップした。
「! ・・・逃がしません!」
 しかし、そのアドヴァンテージも僅かなこと。段々と環境になれてきたサーヴァント達がじりじりと迫る。
「わ、あわ・・・犯されるです・・・!」
「私達は女だ!」
 黒仮面の漏らした悲鳴につっこみを入れてアーチャーは懐に手を入れた。引き抜いた手に握られた長い針をシュタン! と投げつける。
「きゃぅあ!」
 黒仮面は横に跳ねてそれを回避したがそのタイムラグにセイバーは急加速をかけた。
 彼我の速度は縮まり、伸ばした手が黒い布に迫る!
「覚悟!」
「い、いやですぅっ!」
 瞬間、黒仮面は更に横へと飛んだ。バッと手足を広げ、梁と梁の間へと蜘蛛の如き四つんばいで入って行く。
「ちっ・・・オレの体格じゃあの隙間には入れねぇ! アーチャー、セイバー、うっかり! 頼む!」
「承知!」
「ふん・・・」
「だから誰がうっかりだ!」
 長身のランサーをその場に残し、小柄な三者が四つんばいで隙間へ入る。
 見れば黒仮面は遥か前方。辺りは柱と梁が複雑にめぐらされておりとてもではないが立ち上がれない。
「くっ・・・追いつけぬ・・・いっそそこらの柱を全て壊すか!? 殲滅は得意だ!」
「やめろ。家が崩れる・・・」
 叫びながらアーチャー達は必死になって這うがスピードの差は歴然だ。
「駄目だ。振り切られる・・・」
 打つ手なし。3人がそう思ったときだった。
「ここはお任せください!」
 第四の声が、セイバーの耳元から、した!
「! ・・・ちびせいばー!?」
 セイバーの驚きをよそにちびせいばーはとぅっ! と床に飛び降り三人と平走する。
「そうか! ちびせいばーならば障害物は関係無い!」
 ギルガメシュの歓声にしかしアーチャーは顔をしかめる。
「だが、サイズの問題がある。純粋にスピードが10分の1だ。追いつけないぞ」
「問題ありません。丁度良く先程盟友と出会えましたので」
 言ってちびせいばーはすぴーっ! と指笛を吹き鳴らした。
「にゃー」
 刹那、暢気な声をあげてどこからとも無く猫がその場に駆け込んでくる。 
「追討作戦です。ご協力願います」
「にゃ」
 ちびせいばーの言葉に猫は短く答えて首を下げる。
「とぅっ!」
 掛け声も軽やかにちびせいばーは跳躍してその首に颯爽とまたがった。
 騎乗スキルBの彼女にとっては猫への騎乗など簡単なものだ。別段経験があるわけでもないが。
「では、いってまいります!」
「にゃー」
 片手には召喚したちび結界を構え、もう片手は首辺りの毛を掴む。今まさに人猫一体となったちびせいばー達はしゅたっ! と地を蹴り猛突撃を開始した。
「早いっ!」
「と言うよりも可愛いぞ!」
 アーチャーとギルガメシュの声を後に、ちびせいばーは駆ける。
 かつて自国を護る為に戦場を駆けたその腕で、付き従う数多の騎士達を萌え転がらせたその凛々しい表情で。
「待ちなさい!」
「!? ・・・な、なんか物凄く可愛らしい追っ手ですぅ!」
 黒仮面はちらりと振り返り仮面の奥の目を丸くした。驚きながらも狭い隙間をするすると抜けて進む。
 直線が長い隙間になるとちびせいばーが距離を詰めるが曲がりくねる場所では逆に間合いが広がるので互いに全く気が抜けない。
 そして。
「くっ・・・このままでは・・・」
 相手が向かう先が敷地外だと気付きちびせいばーは歯噛みした。このままでは先に外へ飛び出される。
 そうなれば、どちらへ逃げたか見失ってしまい追跡できなくなるのは必至だ。
「逃げられ―――」
「にゃー!」
 悔しげな表情で呟きかけたその時、猫が一声高く鳴いた。
「え・・・あきらめるな、何故全力をつくさないのかですか?」
 なんとなくそんな事を言われた気がして、ちびせいばーはぎゅっと忠実な愛猫の毛を掴む。
「・・・その通りですね・・・私は剣の英霊・・・シロウの家を護る者っ!」
 叫ぶと同時に横に伸ばしたその手に現れたのは不可視の刃。ちび結界は轟ッ! と風を解き放って唸る!
「にゃ!?」
「大丈夫です!このまま追ってください!」
 圧縮された風が屋根裏に吹き荒れる中。
「な、なにか後ろが大変なことになってるです!?」
 黒仮面は悲鳴を上げながら前を見る。外まで後10メートル!
「魔力解放。風王結界全解除」
 風を突き破り姿を現したのは星の光を纏って輝く究極の宝具―――
「い、急ぐです! 急いでくださいわたし〜!」
 残り5メートル!
「にゃぁ!」
 互いに最後の加速! 目指すは換気用の小窓!
「! ・・・間に合ったですぅ!」
 0メートル! 黒仮面の目に外の光が映り―――
「遅い!」
 そして、ついに光輝を束ねた聖剣が振り下ろされた!
「『約束された(エクス)―――小さな勝利(カリバー)ぁぁぁ』! って真名間違えました!」
 ・・・間違っていても、とりあえず発動はした。
 想定したよりも大分威力が無くなった光の刃は今まさに空中に飛び出した黒仮面に直撃し!
「きゃぁあ!?」
 身に纏っていた黒い布を衝撃で粉々に吹き飛ばして消えた。
 着ていた本人もまた、バランスを崩して庭に落下する。
「きゃん!」
 ちびせいばーが小窓に辿り着くと同時に下から小さな悲鳴があがった。
 見下ろせば、数メートル下の地面に黒いビキニのようなものしか身につけていない髑髏仮面の少女が転がっている。
「・・・ふむ。結果おーらい、でしょうか」
「ぷはっ! 痛かった・・・」
 駄目であった。
 気絶させる筈だった光斬はダメージこそ与えたものの足止めにしかなっていない。
「くっ・・・ここから飛び降りるのは猫殿には無理か。かと言って私だけでは・・・」
 歯噛みする間に頭を振って意識をしゃきっとさせた黒仮面ビキニは、音も無く跳躍して隣の家の屋根に飛び乗った。
「あれ!? こっちの方で光が見えたのに居ないんだねっ?」
「がぅ?」
 そのまま、一足遅くやって来たイスカンダルとバーサーカーにビクリとふるえてしゅたたっ! と屋根伝いに逃げてゆく。
「く・・・イスカンダル! バーサーカー! 向こうです! 屋根を伝って逃げました! 何やら寒そうな格好をしている仮面がそうです!」
 ちびせいばーの叫び声にイスカンダルはGood!と親指をたて、胸の前で手を合わせる。
「超変身っ!」
 叫び声も高らかにその身を包んでいたブレザー制服が光にほどけた。一瞬の後、光は再びイスカンダルに絡みつき・・・
「イスカ・ドラゴンフォームなんだねっ!」
 制服王の身を、体操服&青ぶるまとなって包み込んだ。
「・・・がぅ」
 何故か懐かしそうな顔でイスカンダルの頭を撫で撫でし始めるバーサーカーに『?』と首をかしげながらイスカンダルはガッツポーズで気合を入れる。
「追っかけるんだねっ! ヘラちゃん!」
「■■■■■■!」
 そして、跳躍。完全無音の黒仮面と違いドタンバタンと音を立てて駆けてゆく。
「おーい! ちびせいばー! 状況はどうだ! なんか魔力使ってたが掴まえたのかー!?」
「申し訳ない! 足止め程度にしかなりませんでした! 敵は外へ出て屋根伝いに逃げています! 今はイスカンダルとバーサーカーが追跡中です!」
 遠くから聞こえる声に叫び返すと、了解したという声と共にドタドタ3人組が去ってゆく音がする。
「私は・・・ここまでなのか・・・」
 それを聞きながらちびせいばーが悔しげに呟いたときだった。
「・・・にゃ」
 猫は、静かにその首をさげた。
 澄んだ瞳が、決意をもってちびせいばーを見つめる。
「行って・・・くれるのですか?」
「にゃう」
 猫は笑って見せた。身が軽い種族とはいえ、未だ成熟したとはいえぬ身ではこの高さ、この距離の跳躍は無謀だ。無理だと言ってもいい。
 だが。それでも。
 友の為なら死ねる―――
「・・・ありがとう・・・あなたの命、私が預かります!」
「にゃう!」
 ちびせいばーは猫の首に飛び乗った。心地良い一体感が一人と一匹を繋ぐ。
「さあ! 行きましょう!」


                  ライダー
 そして、世界一ファンシーな騎乗兵は、空を駆けた・・・


5-6 AERIAL RAVE

「おーい!そんな格好で走り回っちゃ駄目だぞっ!」
「・・・ドッチモドッチ」
「よっしゃあ追いついた! ってなんだあの水着女は!」
「ふむ。機能性には富んでますね・・・」
「本気かセイバー。おまえに対する認識を変える必要があるような気がするが・・・」
「にゃー!」
「ええ、あなたは最高のパートナーです。これからも宜しくお願いします!」
 屋根の上を騒ぎながら駆け抜けていく少女達は、当然ながらたいそう目立つ。普通なら警察に通報の一つも行く所なのだが・・・
「まあまあ衛宮さんとこのお嬢さん達、今日は屋根の上を走ってますよ?」
「元気ねえ。士郎君も大変だわ」
「マムシの血でもおすそわけしようかしら?」
 ・・・どうやら、深山町の汚染度合いは深刻のようだ。何故か微笑ましい目で見送られた。子供達が歓声と共にぶんぶんと手を振っていたりもする。
「・・・おすそわけって」
 つっこみながらアーチャーは千里眼と称されるその視力で前方を走る敵を観察する。
「・・・?」
 顔は仮面で隠されているのでわからない。髪の色は青みのかかった黒、髪型もあっさりとしたショートカットで特徴とは言えないだろう。
 ボディーラインは中々のものであり誰とは言えない赤の人は無論のこと、セイバーやアーチャー自身、イスカンダルなどを飛び越えた大きな胸を惜しげも無くぶるんぶるんと震わせて飛ぶように逃げていく。よく見ると片腕がもう片方よりもやや長いようだがバランスの崩れを感じさせないスピードだ。
「それにしても早い。Aクラスのスピードだな」
「直線なら俺の方が早いけどな。こうも障害物走の連続じゃあ・・・くそっ!」
 サーヴァント最速のプライドが傷ついたのかランサーはがむしゃらにスピードを上げる。蹴りたてた屋根がメコリとへこんだのには気付いても居ないようだ。
「・・・これ以上被害をださせるわけにもいかんか」
 アーチャーは呟いて足を早めた。無駄の無い足さばきでランサーを追い抜く。
「な!? お、おまえこのオレを抜くとはいい度胸だ!」
 ランサーは叫びざまアーチャーを抜き返そうと足を早め、肩をぶつけるようにして前へ割り込んだ。
「っ・・・ば、馬鹿か! そんなプライド犬にでも食わせてしまえ!」
「い、狗って言うなぁあああっ!」
 アーチャーにはやや懐かしい感じの台詞と共にランサーはアーチャーに掴みかかった。
「えぇい! 今はそんなことを・・・」
「少年のこと好きなくせに!」
「違うと言っているだろうがぁああああっ!」
 もはやセメント。二人は掴み合い、互いの顔を引っ張りながら高スピードで疾走を続ける。
「アーチャー! ランサー! 馬鹿なことはやめなさい!」
「このスピードじゃさすがに危ないよっ!」
 制止の声が聞こえたかどうか・・・
「このエロ槍師がッ・・・!」
「黙れむっつり弓女ッ・・・!」
 もつれ合い、絡まりあうような姿勢で二人は大きく跳躍し・・・
「ぬ!?」
「うぉわっ!?」
 案の定、空中でバランスを崩した。
「やばい! 下に人が居やがる!」
「くっ・・・離れろランサー!」
「出来るならそうしてるってんだよ!」
 二人は怒鳴りあいながら落下地点を見、そしてその男の運の無さを心から哀れむ。

 ―――下に居るのは、衛宮士郎だった。

 


 時間は数分遡る。
「なぁ、そろそろ機嫌直してくれよ」
「・・・変態」
 朝の言葉通り部活や生徒会の手伝いをキャンセルして士郎達は家路を急いでいた。
「本当に俺、そんな趣味ないんだって・・・」
「どうかしらねぇ? 桜」
「くすくす、姉さん、そろそろ許してあげてもいいんじゃないですか?」
 微笑ましげに笑う桜。そして苛めっ子の笑顔でつんつく士郎をつつき回す赤いあくま。
 何だかんだ言った所で女性陣二人は士郎に甘いし、元より二人とも恋愛対象が人形フェチだなんて思いたくはないのだ。既に本気で疑ったりはしていない。
「はぁ、俺はノーマルだってのに・・・」
 それに気付かず本気でへこんでいる鈍感少年に凛はくすりと笑って人差し指を立ててみせた。
「・・・そうね、じゃあ今日の夕食の天ぷらがいい出来なら許してあげようかしら」
「ほんとか? よし、いい機会だから二人にも本当に美味い天ぷらがどんなもんか見せてやるよ」
 元気を取り戻した士郎に凛と桜は顔を見合わせて笑い、三人が改めて家へと歩き出した時だった。
「ど、どいて欲しいのですぅ!」
 声と共に士郎の頭に柔らかくも暖かい衝撃が走った。
「ぬばっ!?」
「士郎!?」
「先輩っ!?」
 閃光のように駆け抜けた何かと共に背後へと吹っ飛ばされた士郎に凛と桜は驚愕の声をあげて振り返り、そこに・・・
「あたたた・・・ですぅ」
 大の字になって倒れた士郎と。
 ―――その顔面に馬乗りになった仮面の少女がいた。
「し、士郎! あんた何やってんのよ!」
「ふぁふぇ(待て)! ほへふぁほへほふぇひふぁ(これは俺のせいじゃ)!」
「ぁん! 喋らないでくださいです〜!」
 少女が悶えるのを見て凛と桜の目に怒りの炎が燃え盛る。
「はぅ! こ、怖いですぅ!」
 それを感じた少女はピョン! と飛び起きて跳躍した。重力が無いかのような軽やかさで落ちてきたのとは逆の家の屋根を蹴って去って行く。
「・・・く、苦しかった・・・なんだったんだ今のは」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 荒い息で起き上がった士郎を魔術師姉妹は白い目で見つめた。
「いや、だからさ。ほんとに今のは事故だろ?」
「どうかしら?」
「そうです。ひょっとして仕込みかもしれないですしね」
 困り顔で近づいて来る士郎に凛と桜がそれぞれツンとそっぽを向いた瞬間。
「危ないぞそこの3人!」
「ちっ・・・! おまえの勝手だが、とりあえず右に避けろ!」
 声と共に二人の少女が降って来た!
「またかよッ!?」
 士郎は叫びながら近くに立っていた凛と桜を突き飛ばし、自身は逃げ遅れて少女英霊の直撃を受けた。人二人分+慣性を支えきれる筈もなく3人は絡まるようにしてゴロゴロと転がって行き・・・
 むに。
「あ」
 回転が止まったとき、士郎の手は二人の胸を鷲掴みにしていた。
「はっはっは、少年。今日は積極的だなぁ」
「お、おい!な、わ、ちょっと、放して・・・」
 複雑に絡み合う3人の周りにスタンスタンと他の英霊達も着地し、呆れたようにその光景を眺める。
「・・・やはりシロウはアーチャー(のサイズ)の方が好みでしたか」
「馬鹿を言うなセイバー! これは事故だ!」
「そ、そうだ。そんなことはありえん!」
 口をそろえて反論する二人に回りの目は冷たい。
「ところで少年、アーチャーのサイズ、けっこうなもんだろ?」
「うん、セイバー以上桜以下って何言わせんだよ」
 ランサーの誘導に士郎は素直に答え、その結果に戦慄した。
「・・・成る程」
「ふふふふふ」
 おうさまと赤いあくまがふたりで笑ってるよ。
「待てセイバー。街中でエクスカリバーはよそう。遠坂も魔術を街中で撃つのは感心しない」
「言うことはそれだけ? なら次に瞬きしたときに殺すわよ?」
「右に同じです。少し頭を冷やしなさいシロウ」
 物騒な台詞に飛び起きた士郎はアーチャー達から素早く離れて考える。
 投影で防御は出来る。だが、いつもの二倍の攻撃を喰らった場合どうなるのだろうか?
 終わりの無い攻撃と防御のスパイラル、それは所詮血を吐きながら続ける悲しいマラソンだ。
「なあみんな。やっぱり軍拡って間違ってるよな」

「「滅」」

 刹那、閃光が士郎を吹き飛ばした。

 

「・・・で?何があったわけ?」
「いやぁ少年、やっぱ凄いなおまえ。生きてるじゃん」
 砕け散った剣を両手に持ったまま塀に叩きつけられて気絶した士郎を捨て置き凛はセイバーに説明を求める。
「はい。それがシロウ達の留守中に何者かが侵入してきまして・・・現在追跡中です」
「それがさっきの・・・? 女の子ってことはどうせまたサーヴァントね」
 言って舌打ち一つ。
「私も手伝うわ。敵はどっちに?」
「イスカの奴が追跡中。あっちだってさ」
 携帯電話片手に言ってきたランサーに頷いて凛はバッと手を振りかざした。
「よし! 発見しだい他の面子に連絡! 追跡は必ず二人一組、常に円周包囲を心がけるようにね!」
「あの、シロウは?」
 セイバーの問いに凛はふんとそっぽを向く。
「ほっとけば治ってついてくる!」
「ひでぇ」
 苦笑するランサーにセイバーは笑みを浮かべた。
「そうでもない。リンのあれは信頼の証だ」
「あー、訳せば『わたしの士郎は凄いんだから! この程度平気なんだからね!』ってとこか?」
「槍! 余計なこと言わない!行くわよ!」
 凛はピシッと言い捨てて走り出した。その態度はあくまでも毅然としたものだが・・・
「顔が赤いぞ。凛」
「ううううううるさいわよアーチャー!」
 だいなしだったり。
「よーし、そろそろ本気で追い詰めるか!」
「ええ。おやつの時間がなくなってしまう」
 騒がしくサーヴァントと魔術師が去って行き―――数分の後。
「・・・・・・」
 気絶して仰向けに倒れた士郎のコンクリートに擦れて汚れた頬へ、濡れた布がそっと当てられた。
「ん・・・」
 ひんやりと気持ちいい感触に意識を取り戻し目を開けると。
「・・・・・・」
 目の前に、髑髏がありましたよ?
「うぉ!? ・・・ってなんだ、お面か」
 がばっと起きた士郎は髑髏面の少女の全身を眺めてふぅと息をついた。
「あの、すいませんです。怖かったですか?」
「ん? お面だし、俺、髑髏とかお化けとかよりずっと怖いあくまを知ってるから・・・」
 言って、死を迎える老人のような達観した瞳で遠い空を眺める。
「単体でも怖いんだけどね、その上であくまは感染するんだよ・・・そいつに関わると普段は優しくて純粋な犬っ娘まで暴力的になるんだ」
「こ、怖いですね・・・」
 ガタガタ震える少女に士郎はふっと儚い笑みを浮かべた。
「ああ。でも何よりも怖いことはね・・・それに慣れていくんだ。だんだん気にならなくなっていって・・・いつの間にか体が慣れていくんだ。ひょっとしたらこれが俺の人生なのかな・・・」
「だ、駄目ですよ! それは健全ではありませんです! まだきっと間に合うですよ!」
 ぎゅっと拳を握って励ましてくれる少女になんだか癒された士郎は目の前が明るくなっていくのを感じた。そうさ、俺の生き様、とくと見やがれ。
「そ、そうかな。そうだよな。うん、ありがとう。俺は何とかやっていくよ」
「はい! 頑張ってくださいです!」
 激励に士郎はうんと頷き。
「で? 君は何のサーバントなの?」
 と、晩の献立を聞くような気軽さでそう言った。
「っ!」
「ああ、逃げないで。別になにもしないから」
 咄嗟に逃げようとした少女の手をそっと掴む。痛くないように気をつけて。
「・・・・・・」
 ビクビクしている少女に敵意は無いともう一度告げてから士郎は立ち上がった。
 その表情を上目遣いに伺い、少女はおずおずと口を開く。
「あ、あの、わたし・・・アサシンです」
「? ・・・たしか佐々木さんもアサシンだったような? 重複かな」
 こちらも立ち上がりおそるおそる言ってきた少女の言葉に首をかしげる。
「あ、その人はおかあさんです」
「お、お母さん?君の?」
 こくっと頷く。
「よくわかんないですけど、そうです」
「サーヴァントの、娘? ・・・まあ、とりあえず本人に聞いてみればいいんだろうけど」
 呟いて士郎は他の連中に知らせるべく公衆電話を探した。

 午後4:50・・・被疑者、確保


5-7 You are my ・・・

「お、お母さん!?」
 居間に集まった一同は士郎の説明を聞いて驚愕の声をあげた。
 一人佐々木だけが『あら?』と首を傾げる。
「はいです。おかーさんのおなかからうまれました」
 元気よく答えるアサシンの言葉に凛はそこんとこどうなのよと佐々木に視線を投げ・・・
「・・・あら、そう言われますと文字通りお腹を痛めた子のような気がしてきました」
 手をぱちんと打ち合わせてそんなことを言い出した。
「ちょ、ちょっと待て! それはあれか!? この髑髏娘は日本人で親娘まとめて召喚されたってことか!? おまえ何歳なんだよ!?」
「ランサー。英霊になった時点で年齢は関係あるまい。そもそも私とて死んだときより10年以上若返っている」
 アーチャーにつっこまれているランサーにアサシンはくいっと首をかしげた。
「いえ、別に生前は関係無いと思うです」
「・・・貴様、我達を馬鹿にしておるのか?」
 要領を得ない言葉に眉を吊り上げるギルガメシュに自称アサシンはひっと身をすくませた。
「ご、ごめんなさいです! そんなつもりありませんです! お、愚かで惨めなこの負け犬をどうかお許しくださいですぅ!」
「い、いや、そこまで卑屈にならんでもよいのだが・・・」
 さすがに罪悪感がわいてきたのか口篭もったギルガメシュに代わり、今度は凛が口を開いた。
「要するに、自分がアサシンだっていう記憶といっしょに、なんだかしらないけどこっちのアサシン・・・佐々木が自分のベースになっているって記憶があるわけね?」
「・・・なるほど。セイバーがサイズ違いで二人召喚されているように同じ母体のアレンジという予測か、凛」
 アーチャーは感心したように頷いたが、アサシンはこれにも首を振る。
「わたし、ハサンというです。生前暗殺者だったです。多分おかあさんとは違う人ですよ?」
「・・・はずれですか・・・アサシンさん。どういうことなのか説明してもらえませんか?」
 桜に問われアサシンは頭を捻る。
「とりあえず・・・おかあさんのお腹から生まれたです。それ以外はわからないですねぇ」
「あらあら」
 佐々木は自分の腹を帯の上からペタペタ撫でて首を傾げる。
「でも、わたくしもここへ現れて数日ですし、まだ旦那様に仕込んでも貰っておりませんし」
「しこ・・・士郎あんたッ!」
「先輩!?」
「だから! そういうので一々俺に怒るのはやめてくれ!」
 悲痛な悲鳴をあげる魔術師達をよそにあんりとまゆはぽんっと手を打った。
「あんり、それ見てたよ?」
「まゆ達、ご出産の瞬間、立ち合わせてもらいましたからねぇ」
 瞬間、居間が凍りついた。
「ちょ、あんりちゃん! まゆちゃん! それどういうこと!?」
「だからね、ますたぁ。あんりとまゆはおぼえてるんだよ? 手足が千切れた佐々木お姉ちゃんのお腹をばりばりーって破ってアサシンお姉ちゃんが出てきたところ・・・ってあれ?」
「佐々木お姉さま、生きてますねぇ・・・」
 不思議そうに見つめられて、佐々木は口元に手を当てて笑う。
「ええ、快調ですよ? それとわたくしのお腹にそのような傷はございませんし。確認いたしますか?旦那様」
「い、いえ。結構です・・・」
「わかりました。では今宵にでもこっそりと」
「ですから! 俺をいろんな意味で殺す気ですか!?」
 泣きそうな士郎に冗談ですよ、と笑っている佐々木を横目に凛は首を振って結論を出した。
「これは確答が出ない問題ね、多分。ちびせいばーのときにも問題になった、誰がマスターだとかの類の『有り得ない記憶』の一種よ。気にしたら負けだわ」
「いや、勝ち負けの問題か・・・?」
 アーチャーのつっこみは全員スルー。
「では・・・アサシン・・・いえ、ハサンちゃんでしたか? ハサンちゃんはわたくしの娘ということでひとつ」
「おかあさん、よろしくですぅ」
 きゅっと抱き合う親娘(仮)に士郎はううむと腕を組む。
「いいのかなぁ、それで・・・」
「あら? 旦那様は人妻はお嫌いですか?」
 妖艶な流し目に士郎は思わず口篭もり。
「い、いえ、なんというか」
「なんも言うな」
 むぎっ、と凛に足をつねられた。
「で? なんでコソコソしてたわけ? それとあんたのマスターは?」
 凛はふんとツインテールを揺らしてアサシンに問いを投げる。
 アサシンは佐々木から離れるとちょこんと正座し、コクリと頷いた。
「あの、マスターなんですけど・・・居ないです」
「誰に呼ばれたわけでもないってこと?」
 士郎に確認され、首を横に振る。
「いえ、記憶を探って2日ほど調査したですが、見つかりませんでした」
「・・・バーサーカーと同じパターンね。そうなるとそれぞれの『ありえない記憶』ってのも、あまり頼りにはならないわけか・・・」
 唇に手を当てて考え込む凛にバーサーカーはしょぼんと肩をすくめた。
「がぅ・・・」
「いや、まだ決まったわけじゃないからな? 落ち着いたらもう一度あの森に探しに行こう。君のマスターを」
 寂しそうな顔をしていたバーサーカーだったが、士郎の言葉に顔を上げ。
「がぅ」
 にこっと微笑んだ。激しく癒される。
「・・・で? うちに来た理由は?」
 強烈な癒しα波を振り切って凛は尋問を続ける。
 なんだか最近怒るか尋問かしかやってないなーと反省などしながら。 
「記憶にある場所を探して居ましたら、あのお寺に行き着いたんです。そしたら物凄い魔術をバンバンぶっぱなしてる人がいて。後をつけたらここに辿り着いたですけど・・・」
 言ってハサンはかくりと肩を落とす。
「・・・潜伏中、ひもじかったので昨晩ついに耐え切れなくなって見つかってしまったです・・・」
「すぐ名乗り出ればよかったのに」
 首をひねる凛にハサンはおそるおそる士郎を指差した。 
「あの・・・その人が・・・」
「俺!?」
 のけぞる士郎の脇腹を凛は肘打ちした。
「何おびえさせてんのよ!」
「その人が、物凄い勢いで吹っ飛ばされているのを見て怖くなって」
「何怖がらせてるんだよ遠坂」
「うう」
 凛は珍しくしょぼんと肩を落とした。更に反省。
「あ、あのねハサン? あれは何ていうか・・・」
「愛の鞭か?」
「うるさいわよランサー!」
 怒声にハサンはびくりと震えた。ひっくりかえって腹を見せる。
「あ、降伏のポーズだな」
「遠坂、苛めるなよ」
「苛めてないっ! ああもう・・・」
 頭を抱えて唸り始めた凛に士郎は苦笑して佐々木に抱き起こされているハサンの方を向く。
「大丈夫だよハサン。遠坂は厳しい性格してるけど、決して間違ったことはしない奴だから。そこの所は安心していいよ」
「いや、その、わたしは、ほら・・・」
 正面からの賛辞に赤くなってプチプチ呟く凛にハサンは目をパチパチとしばたかせ、やがてこくりと頷いた。
「お仕置きされないよう気をつけるです」
「そうだな、命に関わる」
「アーチャー、あんたの命も散らしてみる?」
 ギロリと睨まれてアーチャーは肩をすくめて笑う。
「あ、そういえば」
 その時、不意に桜が胸の前で両手を打ち合わせた。
「どうした桜。なんか錬成するのか?」
「持ってかれないようにしなさいよ桜」
「いや、どちらかと言えばそれは君の役目だろう。桜は鎧になってしまうのだ」
 三人がかりで話の腰を折られて桜はうーっと唸り声をあげた。気を取り直してハサンに話し掛ける。
「ねえハサンちゃん。家の中なんだし、仮面は取ってもいいんじゃないかしら?」
 もっともな提案にランサーがうむうむと頷く。
「そだな。暑苦しいし夜目にはインパクトが強すぎるだろ。また桜が・・・」
「わーっ! わーっ! わーっ! なんで知ってるんですか!?」
「はっはっは、偵察専門サーヴァントを舐めるなよ?」
 関係あるのか?
「まあ、それはともかく髑髏面ってのは確かにアレよね。近所の子供も怖がるから取ったら?」
「だ、駄目です!お見せできるような顔じゃありませんですから!」
 しかしハサンはそう叫んで跳びずさった。ガクガクと首を振って拒否を伝える。
「ん〜、どんな顔だって構わないんじゃないかなっ。でもどうしても嫌だっていうならボクは構わないんだねっ!」
 イスカンダルがピッと人差し指を立てて言った言葉にキャスターはえいと手を上げて異論を挟む。
「でもでも、やっぱりあのお面は無いと思うよ? 絶対みんな引くもん。そんなに気になるなら違う顔になるようなアイテム作ってあげるからそんなもの取っちゃった方がいいよ?」
 言いながらえいっと手を伸ばしたキャスターの手をハサンは飛び上がって回避。
「や、やめてください! はずさないで! とらないで! ひっぱらないで! お願いします! ぶ、不細工なんです! ブスなんです! 皆さんと違うんです! リアルホラーなんですぅぅうぅぅぅぅ!」
 そう言ってハサンは廊下に飛び出して脱兎の如く走り出し・・・
 ごき。
「きゃん!」
 十歩と進まぬうちに柱にぶつかって子犬のような悲鳴を上げた。
「・・・きゅぅ」
 そのまま、背後に傾き、ばたんっと大の字に廊下へ転がる。
 そして。
「あ、割れてる」
 凛が指差した通りだった。
 その顔に被った髑髏を模した仮面は柱への正面衝突の衝撃に耐えかね、中心に大きな亀裂を作っていた。有体に言って真っ二つだ。
「・・・ふぇ? わっ。あぁあああああ!」
 衝撃の事実に慌てて飛び起きたのがまずかった。二つに割れたまま耳に引っかかっていた仮面はその反動でぽろりと地に落ち。
「あーっ! あーっ! あーっ!?」
 ハサン・サッパーハ。アサシンのサーヴァントの素顔が、今。白日の下にさらされる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙が、辺りを支配した。全員分の視線が自分の顔に集中しているのを感じてハサンの顔が悲しみに歪む。驚愕する皆の表情に涙がぼろぼろ落ちて止まらない。
「だから、不細工だっていったじゃないですかぁ・・・人間の顔してないんですよぉ。気持ち悪いの、自分でわかってるんです・・・こんな顔なら付いてない方がいいのに・・・どうせ子供どころか大人が見ても泣く顔ですよぅ・・・」
「・・・そんなこと、ないと思いますよ」
 えぐえぐとしゃくりあげながら言った台詞に反応したのは桜だった。
 微笑みながらハサンに近づき、制服のポケットから取り出した手鏡を少女に向ける。
「ほら、見て・・・?」
「い、嫌ですよぅ! こんな顔、出来れば一生見たくないんですよぉ! 汚らしい・・・」
「・・・大丈夫だから、見て御覧なさい?」
 桜はハサンの肩に手を置いて続ける。
「ぅう・・・」
 涙にゆがむ視界のまま、ハサンは嫌々その鏡を見た。
 見て、しまった。


 そこに映る、間桐桜と同じ顔を。

「え・・・?」
 思いがけぬ出来事にハサンは呆然と呟いた。
 ハサン・サッパーハとは個人の名ではない。一族の技を継ぐ暗殺者の当主が名乗る名だ。それを継承する際、個人ではなく当主としてのみ生きるため皮と鼻を削ぎ落とすのが通例であり、彼女も当然それを体験している。
 それは女としての心にとっては絶望の記憶。暗殺者として生きる以外の全てを奪う現実。
「顔、が・・・」
 ―――だが、今ここにある自らの顔には失われた筈の全てがあった。それも整った、美しい顔となって。
「ある! わ、私の顔、あります・・・!」
 ぱぁっとその表情が輝くのを見て桜はにっこりと笑い、ハサンへと問いを投げた。
 笑顔。あくまで笑顔で。むしろあくまの笑顔で。
「それで・・・不細工、なんですよね? その顔・・・」
「・・・え?」
 瞬間、メコリと肩から音がした。骨を握りつぶさんばかりの力に暗殺者サーバントの心に『殺される!』と警報が鳴る。
「あわ、あわわわわ・・・」
「えっと、人間の顔してなくて、気持ち悪くて、できれば一生見たくない汚らしい顔。そう言ってましたよね? くすくすくす・・・」
 鏡と現実、二つの同じ顔がハサンの視界に有る。複製のように同一の造りをしたそれらはしかし、表情において全く異なる。
 一つは、絶対殺害の意を込めた修羅の笑顔。引きつった口元がキュートだ。
 もう一つは、自らの消滅を悟った戦慄の泣き顔。ガタガタ震えているのもセクシィだ。
「あ、あの、違うです! わ、私・・・」
「うふふふふ・・・」
 黒い。
 真っ黒だ。
「お、おい桜・・・」
「しっ! 巻き添えで殺されるわよ士郎!」
 割って入ろうとする士郎を凛は慌てて制止する。
「ハサンちゃんの言いたいことはわかりました。うん、少し・・・少ぉしだけ、認識にずれがあるみたいですね?」
「ご、ごめ、ご・・・」
 肩口を握りつぶされそうになりながらハサンはガタガタと震える。
 走馬灯は既に上映終了。スタッフロールの後のNG集を現在鑑賞中。ああおちゃめだなあ私。
「さ、こっちですよ?ちょっとお話しましょうね」
「ひっ! ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆ許してください! 違うんです! ちが・・・きゃぁあああああ!?」
 片手一本でハサンを引きずりながら悠然と桜は自室に戻り。
 悪夢は去った。とりあえず士郎達の視界からは。
 『めきゅ』、とか『ぽきゅ』、とか『ぐちっぐちっ』だの人体が立てるにしては不自然な音が聞こえてくるような気がするが、とりあえず無視。
 魔術師だろうが英霊だろうが、命は惜しい。
「・・・やっぱり様子を見に行った方がいいんじゃ?」
 唯一の命知らずの言葉に凛は苦笑した。
「いいのよ。ほっときゃ。桜だっていくらブチ切れてるからって殺したり跡が残るような傷はつけないでしょ」
 そしてふと真顔になる。
「心以外にはね・・・」
「心には確実に付くがな。消えない奴が」
 アーチャーがぼそっと言うのに凛は重々しく頷いて桜の部屋の方を優しい瞳で眺める。
「ふふふ、桜と友達になってあげてね。ようこそ、ハサン・・・歓迎するわ」
「無理矢理綺麗にまとめるな」
 長く悲しく響く悲鳴といつもどおり誰も聞いていないつっこみと共に。
 11人目のサーヴァントは衛宮家の一員となったのだった。

 


 追記。

「あれ!? ・・・お、俺、今回はじめて意識を保ったまま一日を終えられる!?」