6-1 魔術師の憂鬱(赤)

 遠坂凛は魔術師である。
 若くして卓越した魔術の腕を持つからではない。目的の為にはその他の事を切り捨てられる冷徹さ、本質を見抜きそれを表現できる観察力、無駄を排除する合理性。そういった精神的特質をもってして遠坂凛は魔術師として己を表現する。
 そういう存在・・・だった筈だ。
「・・・いつからこうなったんだろう」
 学園の廊下に立ち、凛は一人呟いた。
 おりしも時間は昼休み。忙しくそれぞれの目的地へ向かう生徒達の視線から巧妙に隠れて階段のわきに潜んでいる自分がとてつもなくばかばかしく感じる。
「遅い。何やってんのよ・・・」
 そんなことをしている理由はただひとつ。凛は士郎が通るのをひたすらに待っているのであった。ただ、弁当を一緒に食べるというだけの為に。
「やっぱり教室に直接乗り込めばよかったわ」
 前にやった時に士郎が苛められたというのでこうやって彼が向かうであろう生徒会室への通り道をこうやって見張っているのだが・・・
「まったく、常に攻めの姿勢の遠坂凛はどこ行ったのよ。そもそも何を動揺してるのよ」
 なんなのだろう。こんなに苛立っているのに。
 こんなに、楽しいなんて。
「ああもう、遅いっての!」
「なにがさ」
「あんたがよってきゃぁあっ!?」
 凛はバネ仕掛けのように跳ね上がって空中でターンしてから着地した。180度回った視界の中にキョトンとした顔でこちらを見ている衛宮士郎が映る。
 とりあえず、殴った。
「ぅおっ!あ、あぶないな遠坂!何すんだよ!」
「避けたわね。合格よ・・・ふっ、大きくなったわね・・・」
 ぶぁさっと髪をかきあげた凛に士郎は深くため息をつく。
「わけわかんないぞ遠坂・・・」
「気にしたら負けよ。ふふ、ふふふふふ・・・」
 笑って誤魔化し、その間に精神の建て直し完了。
「士郎はこれからご飯かしら?」
「ああ。生徒会室へ行くところだけど?」
 首を傾げる士郎の鈍さに頭を抱えながら凛はふふんと胸を張った。極めて小さく。
「わたしもお弁当なんだけど・・・せっかくだからどっかで一緒に食べるわよ」
 断定だ。
「いいけど・・・遠坂、弁当なのか?」
「見りゃわかるでしょうが、ほら・・・」
 素手だ。かばんも持っていない。
「ほら・・・」
 窓を開ける。見上げれば青く高い空。雄大で、どこまでも透き通った。
「自然って、偉大よね」
「偉大だな。弁当忘れたのか?」
 スルー&アタック。高度な攻撃に凛はぅーっとうなり声を上げる。
「そうよ!忘れたわよ!悪い!?」
「別に悪いとは言ってないぞ。俺の弁当はいつも一成にあげてる分多めに作ってあるから、一緒に食べるか?」
 ピキンと硬直して凛は士郎の携えた弁当を見つめた。
(食べる?/あれを一緒/お箸で間接/玉子焼き/甘/カット/恥ずかしい/効率的/あーん/見つかったら/切腹/いい/my春巻)
 ぐるぐると幾つもの単語が駆け巡り頭の中でミニチュア凛がYES/NOと書かれた枕を抱えてうろうろと歩き回る。
 デフォルメ化された凛は数秒の逡巡の後に枕をベッドへ配置し・・・決断、完了。
「士郎・・・」
「大家さーん!」
 だがそのとき、意を決して口を開いた声に元気のよい叫び声が重なった。凛は口を開いたまま何も言えず声のしたほうを睨む。
「い〜い〜イスカっの宅配便!なんだねっ!」
 やってきたのは例によって穂群原の制服を着込んだイスカンダルだった。片手にぶらぶらと携えているのは・・・
「わたしのお弁当・・・」
「忘れ物なんだねっ!二人の教室に行ったけど留守だったから探しちゃったよっ!こんなとこに居たんだねっ?」
 はい、と差し出された自分の弁当と水筒を受け取って凛は気を取り直し笑みを作る。
「ありがとう、イスカンダル。助かったわ」
「お安い御用なんだねっ!」
 ピシッと敬礼を決めてイスカンダルはウィンクを返した。
「それじゃあボクは帰るよっ!ごゆっくりっ」
「あ、イスカちゃんお昼食べた?多めに作ってるけど食べる?」
 自然な笑顔と共に言ってきた士郎にふぅとため息。
「嬉しいけど遠慮しとくんだねっ。馬に蹴られると痛いんだよっ?」
「?」
「・・・別に、そんなのじゃないけど」
 わかってない顔の少年とほんのりと頬を染める少女にイスカンダルは楽しげな笑みを残してすとんっと後ろへ跳んでお辞儀をした。
「それでは、またのご用命をお待ちしているんだねっ。バイバイ!」
 そして、踊るように軽やかな足取りで去っていく。途中何度かあたりを見渡して回転しながら少女の姿は廊下の向こうへと消えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 それを見送り、二人はどちらからともなく顔を見合わせる。
「それじゃ・・・どこかでこれ、一緒に食べない?」
「ああ、そうだね。屋上にでも行こうか。ちょっと寒いけど」
「わたしの水筒の中があったかいお茶だから大丈夫でしょ」
 二人はそんな言葉を交わしながらも既に階段を上り始めていた。以心伝心である。
「・・・そういえば士郎、なんで後ろから出てきたの?教室逆じゃない」
 屋上のドアを開けている士郎に凛は何気なく聞いてみた。
「・・・遠坂のクラスに行ってたんだよ」
 ぼそりと言われ、凛は何で?と首をかしげる。
「昼、一緒に食べようかと思って」
 よっぽど勇気を振り絞ったのだろう。逃げるようにドアの向こうへ消えてしまった士郎に凛は自分の頬が緩むのを止められなかった。
「待ちなさい!そこのところ、詳しく聞かせてもらうわよ!?」
 魔術師、遠坂凛は少しお休み。
 少女、遠坂凛は満面の笑みで少年を追いかけるのだった。


6-2 魔術師の憂鬱(紫)

「あ・・・」
 桜は思わず呟いた。放課後の弓道場、部活の一幕である。
「あちゃー、見事に切れてるなあ」
 横から覗き込んだ主将の美綴綾子に言われて桜はしょぼんと肩を落とす。
「やっぱりグラス弦にしたほうがいいんじゃない?頑丈だよあれは」
「それはわかってるんですけど・・・」
 呟き、弓に残った弦の切れ端を外す。彼女が使用している麻弦はデリケートだ。一つ間違えれば簡単に切れてしまう。特にあんり達と契約以来身体能力が上がっている今の桜では弦を張るたびに最新の注意が必要なほどだ。対して、グラス弦は硬い。部活の場合3年間一度も切れないものも居たりする。
 だが。
「・・・ああ、なるほどね」
 美綴は苦笑して頷いた。同じ麻弦の弓を使っていた少年を思い出したのだ。
「な、何がですか!?」
 桜が面白いほど動揺するのに笑みが濃くなる。
「泣かせるなぁ・・・こんなに慕ってくれる後輩がいるなんて衛宮も幸せだろうな」
「せ、せせせせ先輩は関係ないですっ!」
 口では否定したものの、耳まで赤いその顔で台無しだ。
「照れること無いだろう?いやあ、青春だねえ」
 ニヤニヤ笑って美綴は後輩をからかっていたが・・・
「そんなこと言ったら、主将だって同じ麻弦じゃないですか!」
 桜の反撃にうっ、と口ごもってしまった。途端、攻守が逆転する。
「知ってるんですよ?主将、今でも先輩に戻ってきて欲しいって言ってるらしいじゃないですか!人には無理をさせても仕方が無いとか言っておいて!」
「い、いや、それはあいつの方が上手いのにあたしが主将にされちゃったからさ、ちゃんと勝負をつけないと落ち着かないってだけで・・・」
 しどろもどろになってきた美綴に桜はうーっと威嚇音を発した。
「ただでさえ先輩の周りは女の子だらけだって言うのに・・・やっぱり主将も・・・」
「待て待て待て!もって何だ『も』って!それに衛宮の周りが女の子だらけ!?あの堅物が!?」
 驚きに目を見開く美綴に桜はこっくりと頷く。
「それはもう、べとべとさんです。今はまだ理性が持ってますけど、一つ崩れたら毎晩とっかえひっかえも可能ですね」
「マジかよ・・・いや、間桐がそんな黒い表情することも驚きだけど」
 言われ、桜は静かに笑って見せた。
「わたし、決めたんです。先輩狙いの中でも一番危険なあの人に・・・赤くて強引なあの人に勝つためには手段を選ばないって・・・基本能力で負けるなら捻ったアタックをするまでです!」
 ファイトわたしとガッツポーズをとる姿を見ながら美綴はぅ〜むと腕を組む。
「赤くて強引、あいつのことだろうなあ・・・ってことは弓道場に来てたのもそれが理由か?そのわりには衛宮がやめてからも通ってたけど」
 考え込みかけて美綴はふと我に返った。
「ああ、そうだそうだ。次、間桐の番なんだけど・・・予備の弦はある?」
「ぅえ?あ、はい!ちょっと待ってください」
 桜もまた黒化が解除されて我に返り、あたふたとかばんの中を探す。が。
「あ、あれ?弦、無いな・・・」
 2週間ほど前に買ったばかりの弦が見当たらない。
「えっと。あ」
 忘れていた。買ったのは衛宮邸に住むようになる前だ。そのまま自室の机に置きっぱなしである。
「困ったな・・・」
 呟き手元の弦が無い弓に目を落とした瞬間。
「サクラ、これですね。どうぞ」
 声と共に弦が差し出された。間違いなく自分のものだ。
「あ・・・ありがとう!」
 桜は礼もそこそこに素早く弦を張りなおして立ち上がる。
「主将、お待たせしました・・・って主将?」
 しかし、美綴は呆然と一点を見つめて動かない。
「どうしたんですか?宇宙人でも通ったんですか?」
「・・・ある意味、似たようなものかも」
 不安そうな顔で問われ、美綴は首を横に振った。
「間桐、今の奴は知り合いなの?」
「え?」
「今の弦を持ってきた奴だよ」
 はてと桜は首を捻る。そういえば顔も見なかったが。
「どんな人でしたか?」
「ん?なんていうか・・・・レザーで女王様で顔半分をマスクで隠した髪の長い超美人」
「・・・・・・」
 要するに、非常識な格好をした、非常識な美人。
「サーヴァントですね」
 ・・・英霊って、いったい。
「この弦・・・」
 弓に張ったこれは間違いなく自分の家にあったもの。それをサーヴァントらしき誰かが持ってきたということは?
「家に、居るってことですよね」
 呟けば記憶に蘇る。背が高くて、照れ屋で、忠実なあの英霊の面影が。
 彼女が居るなら、会わなくてはいけない。いや、会いたい。
だが・・・家。間桐の家。
「先輩には、言えない・・・」
 その闇を、打ち明けるわけには・・・
「どうでもいいけど間桐、さっさと撃ってくれない?」
「あ、はいっ」
 桜は慌てて弓を持って走り。
 べたん。ぶち。
「あ」


6-3 学園天国・初級編

「・・・衛宮。最近生活態度が乱れてはおらんか?」
 唐突な言葉に士郎はうっと息を詰まらせた。運んでいた工具箱を落としかけ、慌ててそれを持ち直す。
「いきなりだな一成。なんでさ」
「うむ・・・たとえば今日の昼なのだが・・・生徒会室に来なかったな?」
「あ、ああ」
 中心点を突かれて士郎は思わずどもってしまった。一成がやはりと語気を強める。
「別に来ないのはよいのだ。何を約しているわけでもないしな。しかしだ、衛宮の教室へ様子を見に行ったがおまえはおらず、食堂も確認したが同様。果ては校外へも出ておらんというのはどういうことだ?きちんと昼食は摂っておるのか?」
 断食でござるとも言えずに士郎はうむむと唸ってとりあえず気になった点をつっこんだ。
「教室と食堂はともかく・・・校外に出てないってのはなんでさ。下駄箱でも見たのか?」
「その程度では断言なんぞせん。おまえ、先週になるがあの魔女と連れ立って食事に行ったことがあるであろう?」
「どっちかと言えば拉致されたんだけどな」
 ぼそりと呟くとさもありなんと柳洞は頷く。
「その件を聞きつけた奴の親衛隊・・・RFCと言ったか?アレが毎日昼は校門と裏門に歩哨を立てておるのだ。あわよくば同席し、叶わねば妨害せんとな」
「げ」
 初耳の事実に士郎は青ざめた。そう言えばロープを持ってこっちを睨む生徒を毎日見かけると思ってはいたが・・・
「そやつらが今日もすごすごと引き上げてきたということは、外へ食べには行っておらんということだ。違うか?」
「・・・違いません」
 コ○ン君やらホー○ズやらに追い詰められる犯人ってこんな気持ちかなぁと思いながら士郎は頷き、生徒会室へ入った。今日の修理に使った工具の類を衛宮箱と書かれた段ボール箱(柳洞氏作)に収める。
「あまり細かいことを言いたくは無いのだが、衛宮の生活習慣が日を追うごとに乱れているのをみればそうも言っておれん。食事を抜くなど、今までを見れば考えられんではないか」
 柳洞はそう言ってお茶を入れ、自分の席に座る。
「・・・ひとつ言っておくが、これは俺が弁当を貰えずにすねているわけではない」
「・・・いや、わかってるけど?」
「う、うむ。わかっているなら良いのだ」
 きょとんと首を傾げられて柳洞は赤くなった顔を咳払いで誤魔化す。喝。
「ともかくだ!そういう事情もあり俺は衛宮の生活に懸念を抱いている。今日の昼早足で遠坂が教室から姿を消したという証言もあったので特にな。まさかとは思うが、奴に呼び出しなどくらっては居ないだろうな?主に体育館裏などへと」
「い、いやいや!そんな経験、一度も無いぞ。うん」
 待ち伏せはよくされるし拉致経験もあるが。
「それでは今日の昼はどこに居たというのだ?」
「う・・・」
 屋上で遠坂さんとお昼を食べていました。照れ嬉しかったです。
 だがそんな事を言ったらやや興奮状態の柳洞が危険でデンジャーだ。
「そ、その・・・お花を摘みに」
「ご不浄か、それならば仕方あるまい・・・そんなわけがあるかっ!」
 かぁーっ!と叫ぶ柳洞に士郎はズバッと頭を下げる。
「心配させてすまない一成!だが悪や不摂生にいたるようなことは一切していないんだ!」
「ならば自分の行動を説明も出来よう!昼にどこへ行っているかとか放課後に付き合ってくれんのは何故かとかについてだ!朝も最近は遅いではないか!俺が毎朝ここで一人待ちぼうけを喰らう理由を疾く述べてもらおう!しかもその後すごすごと一人教室に向かう俺を見たあの魔女め!『あら、今日は一人なの?』だと!?そうとも!今日も一人だ!何もかも見透かしたような顔をしおって!いずれ仏罰が下るぞ!くぅ・・・」
 眼鏡の奥をそっと拭い始めたのを見て士郎は慌ててその背中を撫で擦った。柳洞はすまんなと呟いて鼻をかむ。
「えっとだな・・・朝と放課後については・・・その、いま家に親戚が来てるんでその相手をするのが大変なんだ」
「ふむ、親戚とな。どのような続柄だ?」
 立ち直ったのかいつもどおりの冷静さで聞いてきた言葉に士郎は瞬間悩み、最初に思い浮かんだアイデアをやけっぱち気味にぶっ放した。
「全員腹違いの妹と姉で11人。国籍も年もばらばらだけど。親父が世界中を回ってるときに、その・・・」
 ああ、ごめんなさい親父。
「ぬ!衛宮の父上といえばあの奇矯で有名な人物か。うちの父からも世界中に愛人が居たとは聞いていたが・・・まさか、佐々木殿も・・・!?」
「・・・・・・」
 親父。俺・・・あんたの後を継いで・・・大丈夫なのか?信じていいのか?
「むむむ・・・まさかそのような事態となっておるとは」
「ほら、俺って血は繋がっていないけど衛宮家の当主になっちゃってるからさ、親父を頼ってやってきたのを無碍にも出来ないっていうか」
「成る程。普通に考えればありえん話だが。嘘にしてはあまりに荒唐無稽すぎる」
 信じるのかよ!と士郎は内心でつっこみ。
「しかしそうなると・・・衛宮の家へ足しげく通っている例の女性生徒・・・確か間桐といったか?彼女を訪ねてきたという奇矯な格好の女性というのもその一人か?」
「変な格好?どんな?」
 訪ねてきたといえばイスカンダルだが、彼女は常に制服姿だ。本質的には極めて変ではあるが学内に居ても違和感は無い筈。
「うむ、先ほど聞いた話なのだが黒い仮面を被っていたそうだ。服装自体もなんというか淫らなものだったらしい」
「仮面・・・でも黒か。いや、多分知らない人だと思うけど・・・」
 思うけど、今までのパターンからしてサーヴァントではないかと士郎は頭を抱える。なんだってみんなして目立つ服装を好むのか。
「でもまあ、ひょっとしたらってこともあるからちょっと調べてみるよ」
「む、そうか・・・」
 少し寂しげな柳洞にウサギのイメージが重なる。耳がパタンと閉じた感じで。
「ま、まあ、あれだよ一成。朝は駄目でも放課後は出来るだけつきあうからさ」
「う、うむ!待っているぞ衛宮!」
 途端元気になった柳洞に安堵しながら士郎は立ち上がる。
(とりあえず遠坂の教室に行ってみよう)
 晴れ晴れとお茶を飲んでいるこの男にはとりあえず秘密で。


 さて、遠坂凛は仮面優等生である。
 まあ、素に戻ったところで成績優秀、容姿端麗、運動万能といった特性がなくなるわけでも無し、優等生は優等生なわけではあるのだが、そのあくまっぷりで有名になってしまうのは避けられないだろう。
 ゴージャスに。さりとて目立ちすぎず。誰にも踏み込まず誰にも踏み込まれず。それが魔術師としての自分と少女としての自分でバランスをとる為に選んだ生き方なのだ。
「さてと・・・」
 そんなわけで、今日も今日とて凛は優雅に立ち上がった。葛木教師の毎日変わらぬ挨拶でHRは終わり帰り支度も済んでいる。後は放課後の行動を選ぶだけだ。
(今のところすることも無いしさっさと帰ろうかしら。今日はわたしが夕食メインだから商店街で買い物して・・・)
 うむと頷く。
(そうなると手が居るわね。士郎も連れてかないと)
 なんだかんだ理由をつけつつ毎日士郎の教室に向かっているという統計上の事実を無意識に無視しつつ凛は歩き出した。周囲のクラスメートへ優雅に会釈などしながら廊下へ向かい。
「おい遠坂〜」
 見知った顔に呼び止められた。
「あら、どうしたんですか蒔寺さん。これから部活ですか?」
 にっこり。話しかけてきたのは蒔寺楓。陸上部のホープにして口の悪い和風美人である。凛の交友関係としては美綴と並び破格に親しいのでやや本性を悟られているような気はするが、まあ愛想よくしていて損は無い。
「あぁ、これからだけどさ、その前にちょっと聞いとこうとおもってさ」
「?・・・なんでしょう」
 首など傾げてみせた凛に蒔寺は背後にちょこんと立っていた少女を押し出した。
「三枝さん?何かご用ですか?」
「あ、はい。こんにちは遠坂さん〜」
 ほにゃっと笑うこの少女こそA組のピースメイカーこと三枝由紀香である。子犬の如き言動と素直な性格、思わず撫で繰り回したくなる究極の癒し系だ。
「えっと、遠坂さん、1年の間桐さんとお知り合いですよね?」
「・・・ええ、弓道部にお邪魔するうちに話をするくらいにはなりましたね」
 凛は心の動きを顔には出さず微笑む。三枝は、わぁ・・・とその笑顔に見とれてから慌てて話を続ける。
「あの、えっと。さっき弓道場に物凄い格好をした綺麗な人が入って行って間桐さんに何か渡してたって聞いたんですよ」
「それがさ、黒いレザーで膝上20センチくらいの服に二の腕くらいまであるこれまたレザーの手袋、んでもって顔半分を隠すレザーの仮面っていうもう なんつうかレザーずくしだったらしいわけよ」
 すげぇよな、と結ぶ蒔寺に凛は内心で唸り声を上げた。
 思い出すのは彼女達との出会い。銀や金の鎧姿だったりぼろ布だけだったり黒マントの下は水着同然だったり。
(サーヴァントね。多分・・・)
  予定変更、情報収集モードに頭を切り替えて凛は蒔寺に目を向けた。
「それで・・・その方が間桐さんと会っていたことで何故わたしに話を?」
  姉妹であることは秘密にしてあるし今のところ誰にも気づかれては居ない。隠し事のできない士郎という漏洩ルートはあるが、今のところ大丈夫な 筈。
「いやあ、まるっきり女王様な格好だから女王様つながりで遠坂に」
  凛は、にっこりと微笑んだ。
「う・・・」
  途端に蒔寺の顔が引きつり三枝はなんだろ?と首をかしげる。
「うふふ、蒔寺さんは面白いことをいうんですね?そうですか、わたしは女王様っぽいんですね?」
「お、おい。ちょっとしたネタじゃんかよー。そんなフルスロットルになるなって」
 笑顔の凛が怖いという事実を身にしみて知っているということに関しては士郎と並ぶ蒔寺である。あっさりと退却の構えになっていた。
「遠坂さんが女王さま・・・似合いそうですね〜」
 一方、三枝はのんびりとした口調で呟いてふにゃぁっと笑う。危険球に蒔寺は頭を抱えたが凛は苦笑してそれを受け流した。彼女のことだ、『女王 様』で思い浮かべているのはディ○ニーのお姫様あたりなのだろうとあたりをつけたのだ。
「ふう、まあいいです。少し興味のある話でしたし。ではわたしはこれで失礼しますね。部活、がんばってください」
「あ、ああ。はははははは・・・」
「?えへへへへ・・・」
 よし!生き延びた!とカラ笑いする蒔寺とよくわかっていない顔で一緒に笑う三枝に凛は軽く挨拶だけして別れ、教室を出た。
「・・・毎日毎日忙しいわねぇ。ま、退屈しないけど」
 向かうのは今度こそはっきりと士郎の教室。
「まだ居るといいんだけど・・・」


「・・・ふう、危なかった」
 凛の去った教室で蒔寺は大げさに胸を撫で下ろしていた。ぺたんと。
「?・・・なにが?蒔ちゃん」
「遠坂をからかうっていう大目的のためには廃人にされるかもしれないリスクを背負う必要があるってこと」
 なんだろう?なにいってるのかなあと首をかしげている三枝になんでもないと告げて蒔寺はぐっと伸びをした。別段何の利益も無いのにわざわざ凛 に絡みたがるあたり、結局彼女も遠坂凛という少女が好きなのだろう。
「蒔、三の字、遅いぞ」
 その時、第三の声が二人を呼びつけた。ジャージ姿でやって来たのは陸上部三人娘を構成する最後の一人、氷室鐘だ。マニッシュ系、癒し系ときて彼女はクール系。非常に幅広いニーズに対応する彼女達は凛ほど高嶺の花ではないこともあり、ファンの数ではトップ層に負けてなかったりする。
「あ、鐘ちゃん」
「ん?わざわざ迎えに来たん?」
「蒔の字。自分ひとり準備をサボるならともかく純真な由紀香まで巻き込むのは倫理上どうだろうか?そも、三の字が居ないと1年の男子共に黙って 準備をさせるのが一苦労だ」
 世界の全てに感謝して生きているような印象のある三枝が楽しそうに部活の準備をしていると同じく準備をしている男子達の動きが違う。露骨な点 数稼ぎだと氷室などは思うのだがどうせ効果が無いのはわかっているので放置している。
「へへん、短距離の準備はそっちほどじゃねぇもんねー」
「あ、あの、ともかく校庭に戻ろうよ」
 どうだと(小さな)胸を張る蒔寺とそれを冷ややかな目で見つめる氷室に三枝は慌てて割って入り・・・
「あれ」
 くいっと首をかしげた。
「どうした由紀っち」
「えみやくんだ」
 ぽつりと呟いた視線の先には赤っぽい髪の少年が居た。蒔寺の記憶が正しければ最近たまにこの教室を訪れている顔である。
「三の字、知り合いか?」
「知り合いってほどじゃないけど、よく学校の備品とか直してくれてるんだよ?この間ストーブ直してたし。すごいよね」
 氷室はふむと頷き士郎の方へ視線を投げた。
「そう言えば文科系の部室を中心に生徒会が補修活動をしているとは聞く。彼もそのメンバーということか。衛宮氏は役員ではないと思うがボランティアだろうか」
「へぇ。あれかね、生徒会直属のエージェントって奴?文字通りの工作員」
「蒔の冗句は捻りがないので笑えん」
 なんでだよー!と荒れる蒔寺に三枝はぷるぷると首を振った。
「違うよー?」
「あん?何がだ?」
「由紀香。蒔の字の冗句で笑えるのは危険だ。考え直すことを薦める」
 そうじゃなくてと三枝はもう一度ぷるぷる。
「えみやくんはね?えーじぇんとさんじゃなくて、正義の味方さんなんだよ?」
「「は?」」
 唐突な台詞に二人は同時に聞き返した。刹那、蒔寺は三枝のおでこに手を当て氷室は口を開けさせ喉を観察する。
「はひふふほー(なにするのー)?」
「熱はないみたいだな」
「風邪などの疾患ではないようだ」
 顔を見合わせうむと頷きあう友人達に三枝はめずらしくむくれた顔をした。
「ひどいよ二人ともー。ほんとなんだもん。かっこいいんだよ?」
「・・・しかしだな三の字。正義の味方と言われたところでそもそもそれはどのような存在なのだ?」
「やっぱあれか?闇を切り裂いて光をもたらしたり、不死身の怪物とバトルファイトとかしてたりするのか?」
 微妙に偏ったたとえに三枝はむー?と考え込んだ。
「どうだろう。やっぱりそういうのもしてるのかな?」
「いや、あたしらが聞きたいよ」
「・・・そもそも何故にあの彼が正義の味方だと主張しているのだ?」
 氷室の指摘に三枝はうんと頷いた。
「あのね、さっきも言ったけどえみやくんがストーブ直してたんだよ。それをたまたま見かけてね・・・別になにも得なこと無いのにやってくれるなんて偉いなぁって。それで終わった後に『正義の味方みたいですね』って言ったの」
「由紀っち命名かよ」
 呆れたようなつっこみに違うよーと首を振って続ける。
「そしたらね?えみやくん笑って『一応、そんな感じを目指してるから』って」
「・・・一つ間違えば危険人物だな。それは」
 氷室は呟いて教室内を伺ってる士郎を眺める。
「だが、名声目当ての貪欲さや自己陶酔性は感じられない。むしろ自虐的なお人よしといった印象だな」
「・・・それ、褒めてんのか?馬鹿にしてんのか?」
 うぅむと唸りながら蒔寺は三枝を観察した。凛のファンであり、それなりに人気はあるが人見知りが激しくそれ以上に男への免疫が無い純粋無垢な この娘が男の話題でこれだけ喋るとは。しかも話を聞く限り自分から男へ話しかけている。
これは?これはもしかして。もーしーかーしーてー?
「由紀って・・・惚れたか?」
「ふぇ!?」
 試しに直球をぶつけてみると、三枝は飛び上がらんばかりに驚いた。
「な、なん・・・」
「ふむ。そうでなくとも、かつて無いほどに興味を示しているのは確かなようだな。これは良いことかもしれない」
「だよな?うん、ここはあたし達も応援してやらなくちゃな」
 見つめあい、がしっと握手を交わす二人に三枝はあわあわと待ったをかける。
「え!?なんで?あれ?何の話?」
「あー、いいからいいから。っと、あいつ行っちゃうよ」
「いかんな。もし、衛宮とやら!」
 呼びかけられて士郎は『ん?』と振り返った。教室内に凛が居ないのを確認して去りかけていたが律儀に戻る。
「えっと、何かな」
「あぁ、あたし達じゃなくてこの娘がね」
「ぴぇ!?」
 悪代官に黄金色の菓子を差し出すが如くずぃっと押し出されて三枝は小鳥じみた声とともに士郎の前に立たされた。
「?・・・あ、この間会った・・・よね?」
 記憶を検索して確認する士郎に蒔寺と氷室はニヤリと笑う。
「おお、よかったじゃん由紀っち。覚えられてるぞ?」
「まあ三の字はインパクトがあるからな」
 二人が会話する気がないのを感じ取って三枝は必死に話題を探す。別段彼女が喋る義務は無いのだが呼び止めておいて放置するのはわるいなぁ と思ったのだ。
「えと、えと、あの、えみやくん、A組にご用ですか?」
 問われ士郎は迷った。素直に用向きを言ってもいいものか。たかだか衛宮士郎があの遠坂凛を探してるなどと。
(って、既にファンクラブに睨まれてるもんな。今更か)
 戦闘関連とは別枠で度胸が据わってきた士郎はとりあえず当たり障りがないように言葉を加工しつつ口を開いた。
「生徒会がらみの用事でさ、遠坂さんを探してるんだけど」
 すまん一成名前を借りる。おまえの情報を元に動いてるから嘘ではないぞ。
「遠坂ならもうどっか行っちまったぜ?」
 蒔寺にあっさりと言われ、士郎はそっかと頷く。
「・・・あのさ、黒い仮面の人が弓道場に出没したって話、しってるかな」
「あー、遠坂にもその話したっけ。運動部ではけっこう広まってるみたいだぜ?その話」
「遠坂さんも少し興味があるって言ってましたよ?」
 三枝の補足に士郎は心の中で大きく頷いた。凛がこの話を知っているということは、自分と同じ結論に達している筈。となれば行き先はB組の教室 か弓道場。つまりは自分か桜のもとだ。
「そっか、うん。ありがと」
「いえ、よくわかんないですけど、どういたしまして」
 二人して礼儀正しくお辞儀をしあい、士郎はじゃあと踵を返す。
「あ、正義の味方のお仕事、がんばってくださいねー」
 その背に三枝はなんとなくそんな言葉をかけていた。何故だか、彼がまた揉め事を解決しに行くのだと感じたのである。
「・・・さんきゅ」
 士郎はちょっとだけ振り返り、ひらひらと手を振って去っていく。それを見送り、ふと蒔寺はあることに気づいて氷室に耳打ちした。
「なあ・・・ひょっとしてだけどさ、あいつ遠坂に会いに来たのか?」
「・・・遠坂の情報を手に入れて去っていったのだから、そうだろうな」
 言葉を交わし、パタパタと手を振っている三枝の背を見つめため息をひとつ。
「まあ、敵は強大だけど頑張れよ?由紀っち」
「ああ。天才が相手だが、天才が必ずしも勝利するわけではないと歴史が語っているからな」
「?」
 三枝は不思議そうに首をかしげるのだった。
 

6-4  学園天国・風雲編

 凛のクラスを離れて数分。自分のクラスの近くにも彼女がいないのを確認してから士郎は弓道場を目指していた。その途中。
「おーうやさんっ!」
 語尾が跳ねるような元気の良い声に士郎は意外な思いで振り返った。彼の知っている限り、『大家さん』という呼称を使うのはただ一人だけだ。
「イスカちゃん?」
 廊下の向こうからやってきたのは確かにイスカンダルだ。だが、その隣に背の高い槍兵と銀髪の弓兵の姿がある。
「あ、え?どうしたの皆で」
 基本的に学校というのは部外者立ち入り禁止だ。しかもサーヴァント達は極め付けに素性のはっきりしていない連中であり、教師にでも捕まればやっかいなことになるのは避けられない。そういうわけで今までは何か用件があっても学校というフィールドに適正のあるイスカンダルだけがここへやってきていたのだが。
「学校見学・・・といいたいところだけど違うんだね」
 イスカンダルはあたりをすうっと見渡し階段の踊り場のほうを指差す。
「とりあえず廊下の真ん中は目立つんだね。あっちで話そうよ」
「え?あ、ああ」
 士郎はとりあえず頷き言われるままに移動する。上下から誰も来ないのを確認してイスカンダルは口を開いた。
「昼来たときに気づいたんだけど、この学校・・・サーヴァントの気配がするんだね」
「・・・やっぱり」
「おまえがよくぶらついてるからじゃねぇのか?」
 ランサーに問われてイスカンダルは首を振る。
「ボクのじゃない気配だね。それに・・・家からここへ戻ってきたら・・・増えてるんだね。なんだかこの学校のあちこちにいる気がするよ」
「・・・ああ、私も同感だ。同一の気配が拡散していてわかりづらいがな。しかも順当にいけばライダーだ。この学園との組み合わせは・・・まずい」
「なんでだよ。なんか知ってるのか弓娘」
 誰が弓娘かと短くランサーにつっこんでアーチャーは話を続けた。
「凛の言い方を借りるならば『ありえない記憶』とやらだ。絶対の信頼がおけるわけではないが・・・ライダーは結界を張って魔力を吸収するサーヴァントの筈だ。それも人体を溶かしてそれごと魔力にするというえげつない結界だ」
 淡々と告げられ士郎とランサーの顔が引き締まる。
「少年、結界張られてたらわかるもんなのか?」
「多分。でも結界っていうのは存在を知られてたら二流だって遠坂も言ってたから」
 イスカンダルはうんうんと頷いて口元に手を当てた。
「そういうわけで、探査が得意な二人にも来てもらったんだね。その顔からして大家さんも調べ物かな?」
「ああ。とりあえず遠坂と合流しようと思ったんだけど見当たらなくて。今は弓道場に向かうところ」
 士郎の言葉にアーチャーはふむと頷き目を閉じた。数秒間沈黙してからひとつ頷く。
「いや、凛は生徒会室を見に行ったようだ。図書室の辺りを移動中だな」
「あ、そっか。アーチャーは遠坂とレイラインがつながってるんだっけ」
 本来サーヴァントとマスターは魔力供給の為の回線がつながっており、そこからの供給でのみ魔力を回復させられる仕組みだ。例外が魔力炉心を体内に持ち自家発電可能なセイバーや魔術で他の生物から魔術を略奪可能なキャスター、そして結界や吸精で略奪できるライダーというわけだ。
今は受肉してそれぞれ生前と同じように魔力を生産できるようになったとはいえ、士郎とセイバー・凛とアーチャー・桜とあんり&まゆはきちんとそのラインが維持されていたりする。令呪だってある。
「生徒会室か・・・じゃあこっちの階段から4階へ向かえば先回りできるかな」
「ああ。急げばな」
 アーチャーに尋ねて士郎は歩き出した。先を行く二人にイスカンダル達もそれに続く。
「にしてもよー、おまえ詳しいな。この学校のこと」
「そうだねっ!この学校を縄張りにしているイスカより詳しいかもしれないんだねっ!」
「う・・・」
 アーチャーは一瞬だけ言葉につまり窓の外へ視線を向けた。
「・・・私は弓兵だ。地形を常に意識するのは当然だろう。ただでさえここにはマスターが3人も通っているのだ。戦場になった際の想定は常にしている」
「ほんとかぁ?」
 理論整然とした回答にランサーは本能だけで疑問の声を差し挟んだ。言い換えれば『女の勘』という奴である。
「・・・そうでなければ何だというのだ」
「ん?つまりだ、オレの予想だとおまえがここをよく知っているのは弓兵だからじゃない。おまえがおまえだからじゃねぇか?ずばり、鍵を握ってるのは少年、衛宮士郎の存在だ」
 核心を突く一言にアーチャーは押し黙った。窓の外へ冷徹な視線を投げつつ足を進める。
「ただのサーヴァントなら知るはずの無い、衛宮士郎のテリトリーについての知識を持つ。つまりそれは・・・」
「そ、それは何かなっ!」
 ドキドキしながらイスカンダルが先を促すとランサーはカッと目を見開きアーチャーに指を突きつける!
「それは!アーチャーが少年に惚れててストーキング行為を繰り返しているから・・・」
「そんなわけあるかこの色ボケがぁああああっ!」
 アーチャーは突きつけられた指を全力で振り払って絶叫した。付近を歩いていた生徒達が何事かと目を向けてくるのにも気付かず声を荒げる。
「おまえはアレか?頭の中にはその手の発想しかないのか!?腐ってるのか!?しかも何故に私とこの男の組み合わせなのだ!そんな話は大人しく晴海にでも持っていけ!」
「をう、アーチャーちゃん詳しいんだねっ!じゃあボクは3日目に・・・」
「出すな制服!」
 簡潔につっこんでアーチャーは尚も吼え猛った。
「そもそも衛宮士郎!貴様がはっきりせんからいけないのだ!もっと態度を明確にしろ!」
「お、俺!?」
 のけぞる士郎にランサーはうむっと頷いた。
「そうだな、確かにオレもそこは気になる。結局少年は誰が好きなんだ?ベスト3位で吐け。すぐに吐け」
「わおっ!ストレートだねランサーっち!」
 イスカンダルはパチリと指を鳴らして自分の制服の中に手をつっこんだ。引き出した手には『報道部』の腕章とマイクが握られている。
「そこんとこどうなのかなっ!ボクとしては凛ちゃん、セイバーと来て以下ランサーっちあたりが来ると思うんだねっ!」
「お、オレは関係無いって・・・」
 ランサーが口篭もった。その隙はただの一瞬・・・だが、紫電の如きツッコミに比すればそれすらも永劫も同じ!
「ほう?人に何やかやと言っておきながら、実はおまえこそこの朴念仁に惚れているのか。ふん、エロ魔人が何を純情な」
「よかったねっ!大家さん!アーチャーちゃんもランサーっちも大家さんのこと好きだっていう意味なんだねっ!ボクも大家さん好きだよっ!」
 笑顔でびしっとVサインをして言ってくるイスカンダルに士郎は深々とため息をついた。
「はいはい、わかってますよ・・・どうせそれで俺が喜んだら『嘘で〜す!引っかかってやんのこの素人○貞が!やーいやーいてけてーん!』とか笑うんでしょ?ふふ、笑うがいいさ・・・あは、は、あははははははははははははは・・・!」
 笑う。むしろ哄う。周囲の生徒達が逃げていくのもお構いなしだ。サーヴァント達は気の毒そうな顔でそれを見守った。
「・・・少年、疲れてるんだな・・・」
「純情な分だけ、環境がのしかかってるんだねっ!」
「ふん、女に埋もれて溺れ死ね」
 三者三様の言葉を呟きながら肩を叩いたり頭を撫でたりせなかを撫でたりしていると士郎はようやく笑うのをやめた。なんとか息を整えて辺りを見渡す。
「はぁ・・・はぁ・・・お、俺は何を?」
「いや、いいんだ少年。おねーさんは味方だからな?」
「?」
 憑き物が落ちたかのようにきょとんとした顔の士郎にイスカンダルはうむっ!と腕組みなどして頷いてみせた。
「すっきりした顔になったよっ!やっぱり時々ガス抜きをしなくちゃ駄目なんだねっ!アーチャーちゃんもガス抜きしてる?」
「・・・ふん」
 顔を覗き込んでくる視線から目をそらし、アーチャーは無表情に正面を指差した。
「そんなことはどうでもいい。凛が居たぞ」
「あれ?士郎・・・とアーチャー?」
 凛はその声に振り返り目を丸くした。足を止めて4人を待つ。
「ちょっとどうしたのよ士郎。その気楽そうな3人組は」
「誰が気楽そうか」
 アーチャーのつっこみをスルーしてイスカンダルはこくりと頷いた。
「気になる点があるんで調べに来たんだね。ちょっとその辺で会議できるかな?」
「・・・わかったわ。そこの音楽室で話しましょ。防音も出来てるし」
 凛はそう言ってポケットから鍵を取り出し、音楽室の戸を開けて手招きする。
「さ、入って」
「・・・遠坂、なんで鍵持ってるんだ?」
「そりゃ持ってるでしょ・・・だってわたしよ?」
 心底不思議そうに言われて士郎は追求をやめた。遠坂凛である・・・それ以上に説得力のある答えがあるだろうか?
「さて・・・気になることってなんなわけ?やっぱりサーヴァントがらみ?」
「ああ。この学校にライダーが居るかもしれないって話なんだ」
 ぞろぞろと音楽室に入って鍵を閉めてから凛は目を細め、確認をとってみる。
「それはやっぱり黒レザーの女なのかしら?」
「あ、遠坂もその話聞いてたんだ」
 士郎はうんうんと頷き腕組みをする。
「顔半分仮面で隠してるんだってな」
「レザーのワンピースで裾なんて見えそうなくらいらしいわ。一説には下着も履いて無いとか。ラインが見えなかったらしいのよ」
「凄い服装だな」
「尋常な神経じゃないわ」
「サーヴァントか」
「サーヴァントね」
 顔を見合わせ、うんと同時に頷く。マスター同士の連帯を見せる二人にサーヴァント達はむぅと顔をしかめた。
「変な格好で即サーヴァントってのはどうよ?」
 呟いたのはランサー(登場時の装備:青のボディースーツの上に同じく青の皮鎧)。
「ああ。一部の例外を指して全てのように語るとは君らしくも無い短慮だぞ凛」
 落ち着いた声でたしなめるのはアーチャー(登場時:赤いコートに黒の皮鎧。髪ツンツン)。
「でも確かに変な格好してた人も多いよねっ」
 やれやれと手を広げたのはイスカンダル(24時間常時制服。着衣入浴)。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 三人は口を閉じて互いを眺め。
「・・・いや、あながち少年達の言うこともわかるかもな」
「ふん、自覚はあるようだな」
「あはは、えてして本人は気づかないものなんだねっ!」
 うむっとそれぞれ頷いた。
「・・・まあ、いいんだけどね」
「ええ。全員似たようなもの何て言わないわ」
 言ってるじゃん。
「まあ、ともかく。そいつがサーヴァントの可能性は高いとわたしは考えてるわ。これまでの傾向からして、桜・・・いえ、間桐家になんの接触が無いというのはおかしいもの。あんりとまゆではない、『本来呼び出すはずだったサーヴァント』が居る筈だから」
「マスターに会いに来る筈、か。とにかく弓道場に行って桜に話を聞いてみないといけないな。これは」
 士郎は呟いて心を決めた。
「よし、行こうみんな。弓道場だ」
「そうね。行きましょう」
 凛の承認を得て一同は音楽室をでた。通り過ぎる生徒達が好奇心に満ちた目で眺めてくるが、『優等生・遠坂凛』のご威光の賜物か、誰も声をかけてきたりはしない。すいすいと廊下を進んで下駄箱を目指す。
 さして障害も無く外へ出れるかと思ったその矢先。
「ん・・・遠坂、その二人はどなただ?」
 低く平坦な声が凛を制止した。声の主は彼女の担任、葛木宗一郎その人である。
「あ・・・この人たちは」
 凛は頭の中で素早くいいわけを構築したが、一歩遅い。
「お、俺の親戚で今度うちに下宿することになったんです!ここに転校するかもしれないって言うんで少し下見を!背の高い人はその後見人です!」
 士郎がだぁっと苦しい嘘を並べ立てていた。
(ちょっと士郎!何よそれ!無理あるでしょうが!)
(ごめん、咄嗟に・・・)
「・・・・・・」
 アイコンタクトで慌しく言葉を交わす士郎に葛木は厳しい顔を向け、ゆっくりと口を開く。
「衛宮・・・」
「は、はい!」
「その年で独立した一家を構えるのは大変だとは思うがおまえを頼ってきた人達はさらに心細い思いをするのだ。しっかりと受け止めてやれ」
(し、信じた!?嘘でしょ!?魅了の魔眼でも使ったの!?士郎!)
(そんな高度なものあるか!一成に通じたから寺つながりでと思ったけど本当に素直だなぁあそこの寺の人・・・)
「今は藤村先生も居ないので大変だとは思うが、私に出来ることなら力になろう。困り事があれば言うように」
(な、なにか物凄く罪悪感が・・・)
(胸張りなさい。考えてみれば嘘は言ってないわ)
 親戚だと言うこと以外。多分そこが一番重要だが。
「ふむ・・・」
 葛木はしきりに頷きながらアーチャーを見た。
「なるほど、雰囲気は衛宮にやや似てるが、どちらかといえば遠坂の方が顔立ちは似ているな」
「そうですか?」
 きょとんと首を傾げる凛にああと頷き葛木は何か思いついたように士郎へと目を向ける。
「では、先程見た見慣れぬ女性も衛宮の関係者か?」
「!」
 すっと目を細めた凛に促され、士郎は慎重に口を開いた。
「変な格好だったんですか?」
「無茶苦茶直球じゃないのよ!」
「まあ少年にその手の会話技術なんかないって。その表裏の無さが魅力なわけだしな」
 騒ぎ立てる面々には目もくれず葛木は士郎の問いに微妙に疑問の色を浮かべる。
「生徒ではないというだけなのだがな・・・衛宮としては白いブラウスに黒のタイトスカートという服装は奇異なのか?それとも眼鏡が問題か?」
 淡々と問う葛木に士郎はぅえ?と軽くのけぞるった。
「黒っぽいマスクで顔を隠してたりは・・・?」
「そのような不審人物が校内を歩いているのを放置などしない」
 これでも教師なのでな。と締めくくる葛木に士郎はばつが悪そうに首を振る。
「・・・多分知らない人だと思います」
「そうか。では、私はこれで失礼する。衛宮、しっかり案内してあげるように」
 言うだけ言って去って行く葛木の後姿に、サーヴァント3人はふぅと息をついた。
「やー、何もんだよあれ。凄ぇのがいるもんだな。流石は少年達の学校」
「そうだねっ!渋いオジサマっ!」
「気づいていなかったが・・・あの教師、あんなにも化物だったのか」
 それぞれ何か呟いている英霊達に首をかしげて凛は肩をすくめる。
「なんだかわかんないけど誤魔化せたみたいだし、さっさと行きましょ。また誰かにつかまったらたまんないわ」
 促し率先して歩き出した凛であったが、しかしイスカンダルはそれを制止した。
「あ、ちょっと待って凛ちゃん。ボク達、ここから別行動にするんだね」
「別行動?どういうこと?」
 問われイスカンダルはぴんっと指を立ててみせる。
「さっきの先生が言ってた眼鏡さんのことが気になるんだね。弓道場には大家さんと凛ちゃんで行くといいかな」
「そっち、サーヴァントだけでいいのか?俺か遠坂のどっちかが一緒の方がいいんじゃないか?」
 士郎の言葉にイスカンダルはにっ!と笑う。
「それは大丈夫なんだねっ!ボクも伊達に制服王って呼ばれてないよっ!学校の中に居る限りボクは無敵なんだねっ!」
 意味も無く胸をはるイスカンダルに魔術師達はやや不安げな表情になるがまあいいかと頷いた。
「じゃあまかせるけど・・・あんまり無茶するんじゃないわよ?」
「OKなんだねっ!じゃあまたあとでっ!」
 ぶんぶん手を振るイスカンダル達と別れて士郎達は弓道場に向かった。
残った方の3人もやがて調査の為に歩き出し・・・
「・・・今の、見たか?」
「ああ。珍妙な集団だ」
「あわあわ、あわ・・・」
 それを、遠くから見送った一団が居た。
「遠坂と衛宮が一緒に居るのはいいとしてだ、なんだよあの外人二人に白髪頭はさぁ?」
「蒔の字、ああいうのは銀髪と言うのだ」
 興奮気味にまくしたてる蒔寺とそれに冷静なつっこみを入れる氷室。そして。
「あうあうあ、あうあうあ〜」
「落ち着け由紀っち。それがあんたの口癖か?」
 混乱の極みにあるのが彼女、三枝由紀香であった。
「えみやくんと、とおさかさん・・・お、おつきあいしてるのかな!?」
「う〜ん、何を話してたかここからじゃ聞こえなかったからな・・・でもあれだ、遠坂の表情が異常なまでに自然だったぜ」
「うむ。蒔から聞いていたときは信じがたかったが、彼女の普段の態度は演技と言うことになるな」
 言葉を交わし、二人はぽむっと三枝の肩を叩いた。
「不利な戦況だけど頑張れよ由紀っち」
「衛宮氏狙いとしても遠坂嬢狙いだとしてもな」
「ええええええ!?わ、わたしべつに・・・」
 皆まで言うなと反論を打ち切って蒔寺は腕を組む。
「冗談はさておき」
「冗談だったの〜!?」
「冗談だよ。確かに一緒に居たけどさ、あの遠坂が男を好きになるとかそういうのはありえねぇって」
 蒔寺がカハハと笑うと氷室はほうと頷いた。
「では遠坂嬢は百合の質か」
「えぇえええ!?」
「いや、そーとも言ってないけどさ、あたしゃ遠坂とは付き合い長いからさ。あいつが男の家に転がり込むとかなんか言われて赤くなるとかそんな可愛げのあることするとは思えないわけよ。男飼ってます首輪つきでーすとかならわかるけどよ」
「いやに具体的だ。ともあれ、そうなると彼女と衛宮氏は何故接触したのか。そしてあの三人はなんだったのかということが疑問になるが」
 もはや全員部活のことは忘れ去って娘さんたちは首をひねる。
「・・・わかった!」
 そして真っ先にパチンと指を鳴らしたのは蒔寺だった。得意げに胸を張って笑う。
「・・・一応聞いておこう。なにがわかったのだ?蒔の字」
「うわ、そのヤレヤレ顔むかつくー・・・あれだよ、衛宮はライダーとかじゃなかったんだ。戦隊物だったんだぜきっと!」
 沈黙。
 大沈黙。そして。
「ふむ。確かに5人組だ」
「蒔ちゃん頭いいねー」
 二人は同時に頷いた。
「う、受け入れられた・・・」
「ではその想定で考えを進めよう。仮に彼らをセイギレンジャーJと称する事に決める」
「Jってなんだよ。無くていいじゃん」
 不思議そうな蒔寺の言葉に氷室は重々しく首を横に振る。
「ググるといい。既存なのだ。さてそう考えた場合メンバーはどうだろう。まずセイギレッドだが」
「聞くのか?それを・・・」
「ふむ。確かに遠坂嬢以外におらんか」
「赤くて、リーダーシップがあって、頼りになるもんね。やさしいし」
 ほにゃっと笑う三枝に『おまえはいい。おまえは真実を知らずに生きていって良いのだよ』と老師っぽい感想を抱きながら蒔寺は指を二本折る。
「そうなると、セイギブルーはどうだ?」
「あ、服がすごく青い人が居たよ?」
「イメージ的にも飄々としているが決める所では決めそうな御仁だったな」
 氷室は頷き、残りの3人に考えを薦める。
「この流れで行くとセイギホワイトは銀髪の少女であろうか?」
「そうだなー、普段は反発してるんだけどレッドのピンチの時には身体をはって助けるようなサポート属性だぜきっと」
 くわしいなあと感心しながら三枝はよいしょと手を上げた。
「じゃあ、ピンクは?セイギピンクー」
「ふむ。最近はピンクがない戦隊もあると聞くが・・・」
「いや、あの異常に制服が似合ってた子あいつがきっとセイギピンクだろ」
 自身満々な蒔寺に氷室は嫌な顔をした。
「・・・そのこころは?」
「制服→風俗→ピンクサ・・・」
「わかった。もう言うでない。少々中年の発想だと思う。それは」
「え?え?なにそれ?」
 わかっていない様子の三枝を手で示して氷室は蒔寺に哀れみの視線を向ける。
「どうだ?これが純真な少女というものだ。これを直視した上で自己を認識してみよ」
「う・・・や、やめてくれ!あたしは汚れ芸人なんかじゃない・・・!」
 悲痛な声で叫んで頭を抱えた蒔寺に三枝はあうあう言いながら身体を気遣う。
「さて、では最後になるが・・・衛宮氏はどうなんだろう」
「・・・・・・」
 蒔寺は立ち直りむむっと考え込む。さっき見た容貌と伝え聞くキャラクターを合成すると・・・
「まあ、いいとこセイギグリーンってとこ?地味だなぁ」
「グリーン。ああ、わりとしっくりくるな。地味だが」
「そ、そうかな?そうかな?」
 もうちょっとかっこいい色がいいんじゃないかなとぷちぷち言ってる三枝を無視して二人は大きく頷く。
「スキルが修理ってのがそれらしいと思う」
「でも隠れた実力者だったりするんだよな」
 結論は出た。今や疑問は無い。
「・・・それで、決まった所で私達は何をするのだろう?」
「さあ?」
 蒔寺はあっさりそう言ってカカカと笑う。氷室はふむと頷いて携帯電話を取り出した。
「どうやら私が携帯で取り溜めた蒔の字の痴態を世界中に公開するときが来たようだ・・・」
「ちょ、ま、待てって!そっちだって乗ってきたくせに!」
「それはそれ、これはこれ。こんなのなんだが、三の字」
「わ。すごい」
 携帯の画面を覗いて赤くなる三枝に蒔寺はぐっと唸って青ざめる。
「わーるかった!わーるかったって!畜生、このあくま!おまえは遠坂か!」
「・・・馬鹿め。言ってはならない言葉を言ったな。貴様は今自らの死刑執行書にサインをしたぞ」
 氷室は至極冷静にそう言って携帯を懐に戻した。ついでにポケットからMP3レコーダーを取り出して録音停止のスイッチを押す。
「ちなみに今の会話も録音済みなのだが」
「お、おまえそのうち地獄に落ちるぞ・・・」
 ふっと微笑み氷室はイスカンダル達が去って行った方に目を向けた。
「それはそれとして」
「おいとくなよ・・・」
「それとして、彼女達の行動は少々興味をそそられるな。少々つけてみようか?」
 

6-5 学園天国・乱舞編

「あー、でもあいつが居たら面倒よね」
 下駄箱で外履きに履き替えて外に出た凛の言葉に士郎は首をかしげた。
「あいつって?」
「きまってるでしょ、慎二よ慎二」
 士郎はそれを聞いて数秒空を眺め。
「・・・・慎二って誰だっけ?」
 とあっさり言い放った。
「え・・・?」
 と凛は虚を突かれた表情をしたが数秒して大笑いする。
「あはははは、うん、ちょっと士郎だからそういうネタは意外だったけどそれでいーのよ。あんな奴の存在は頭からデリートしなくちゃね」
 うんうんと頷き楽しげに歩く背中に士郎は「?」と首をかしげながら続く。
「ま、居れば居るで今度こそ変なちょっかいだしてこないようガツンと言ってあげなくちゃね。なんだかどっかで悪口言われているような気がしてならないし」
 あくまイヤーは地獄耳なのだ。あくまウィングでそらもとぶぞ。
「さて・・・美綴さんは居るかしら」
 数分して辿り着いた弓道場の中を覗いて凛は呟いた。丁度よく入り口近くにいた美綴を見つけて手招きする。
「どうした遠坂・・・と、衛宮!?」
「ん。美綴、久しぶり」
 部を出た身としては少々やり辛いなと片手を挙げて挨拶すると美綴はニヤリと笑ってこちらも片手を挙げてみせる。
「よう衛宮。部に戻ってくる気になったのか?」
「あー、いや。そう言うわけでもないんだ」
 苦笑する士郎に代わって凛は弓道場の中を指差した。
「間桐さんは居る?あ、桜のほうね」
「ほうもなにも桜しか居ないけどな」
 腕組みなどして言ってきた台詞に凛はうんと頷く。
「じゃあ、桜を呼んでくれるかしら?ちょっと用があるのよ」
 言われて美綴はパタパタ手を振った。
「あー、ごめん。桜はさっき帰ったわ。なんか家に用事ができたって」
「・・・一人で?」
「そうだよ」
 士郎と凛は顔を見合わせてむぅと唸った。
「自分だけでなんとかしようとしたのかな?」
「そうでしょうね。でもそういう独断専行はあの子らしくないわね・・・」
 小声で言葉を交わす二人に、美綴はきょとんとし、次いで快活な笑い声をあげた。
「ははは・・・賭けは私の負けかな、こりゃ」
 途端、凛の顔が傾きかけた夕日よりも赤く染まる。
「ち、違うわよ!これは、その・・・」
 ごもごも口の中で言葉を転がしている凛の姿に士郎は首をかしげた。不思議そうに尋ねてみる。
「何の話?」
「な、なんでもないっ!士郎は黙ってなさい!」
 がぁっと威嚇する姿に美綴はほぅほぅと楽しげに声を漏らした。
「なるほど、『士郎』と。もう名前呼びで・・・」
「くきぃーっ!」
 乱心したのか士郎の首を両手で締め上げて叫ぶ凛に美綴は爽やかに笑ってサムズアップした。
「はっはっは。おまえさんが地のままで振舞ってる時点でバレバレなんだけどなー」
「ほんとに違うっての!」
「・・・タップ・・・タップ」
 力なく腕を叩いてくる士郎のどす黒くなってきた顔色に凛はちっと舌打ちをして手を離した。そっぽをむく姿に美綴は追求の手を緩めず目を細める。どちらかが死ぬまで殴りあうと誓い合った仲なのだ。この程度で見逃しては失礼というものだろう
「ん〜、マジで?」
「・・・グレートマジ」
 牽制のジャブを力いっぱい振り払った凛に美綴は満面の笑みを浮かべ。
「じゃ、も〜らい」
 するり、と。士郎の腕に自らの腕を絡ませてみせた。肩に頭を乗せてすりすりなんぞしてみる。
「うわはぁっ!?」
 のけぞり逃げようとする士郎の肘をさりげなく逆向きに曲げて逃げられないように極め、美綴は笑顔でふふ〜んと笑って見せた。
「いやー、前から衛宮とはつるんでて、最初こそ男とか女とかあれだったんだけど最近はちょっと思いが募っちゃってさー」
「ぁ・・・」
 てははと照れ笑いする美綴に凛は呆然と声を漏らす。
「うん、よかったよかった。遠坂とガチで奪い合うのは大変そうだし。覚悟はしてたんだけどなー、回避できてよかったよかった」
「だ・・・め・・・」
 かすかな、呟きよりもなお小さな声に美綴はん〜?と笑みを深めた。
「なんか言った?全っ然聞こえなかったんだけど?」
 瞬間、凛はぎゅっと拳を握った。真っ赤に血の上った頭に渦巻く言葉の数々が制御しきれずに溢れ出し・・・
「・・・美綴、そういう冗談はよせよ」
 ため息とともに呟かれた士郎の声に、全て霧散した。
「あ・・・え・・・?」
「ははは、思ったより動じないなーおまえ」
 美綴は肩をすくめて士郎から離れた。苦笑してくすくす笑う。
「・・・最近、ちょっと色々あったからね」
 士郎は遠い目をしてそう言った。その両肩に、えもしれぬハードボイルドが漂う。
「いやぁ、でももったいなかいなあ衛宮。もう少しで本音を聞けるとこだったのに」
「?」
 凛は首を傾げる士郎の姿にようやく自分を取り戻した。目を吊り上げてがぅああっ!と吼える。
「ば、馬鹿!何言ってんのよあんたは!」
「いんや、な〜んにも。しっかし人間恋するとかわるよなー。信じられないけど」
「美綴さん!」
 そのままガンド撃ちに入りそうな激昂っぷりに美綴はごめんごめんと両手を上げて謝意を示す。
「・・・ほんと、次やったら許さないからね?」
「わかってるって。二度もやらない、っていうかやれないよ」
 深呼吸などして気を納めている凛と肩をすくめて苦笑する美綴に士郎はうむと頷いた。
「二人とも、ほんっとうに仲がいいなぁ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 凛と美綴は顔を見合わせた。数秒間互いの表情を読み合い、同時に噴き出す。
「はは、そうだな。衛宮。仲いいんだよな、結局」
「・・・そうね。思わず素に戻っちゃうくらいね」
 苦笑して凛は弓道場の中へ目をやった。
「ともかく、桜が居ないんじゃしょうがないわね。あんまり長話してもまずいからわたしたちはそろそろ行くわ」
「そうか。何だかしらないが、頑張れよ二人とも」
「ありがとう美綴。そっちも部活頑張れよ」
 言ってその場を後にする士郎と凛に美綴はくすりと小さく笑った。
「・・・あんまり意地はってると、本気でとっちゃうぞ?」


6-6 王様、転ぶ

「ただいま」
「ただいまー」
 弓道場からそのまま衛宮邸へ帰ってきた二人は同時にそう言って靴を脱いだ。ぽいと脱ぎ捨てた凛の靴を士郎がそろえるのももはやお約束。
 トントンと軽い足音と共に居間へ顔を出すと、ギルガメシュとあんり&まゆが何やら言い争っている所だった。食卓には他にセイバーが座り、目を閉じてお茶をすすすっている。
「食卓に放置してあった時点で共用であろうが!我が食べたところで何の問題があろうか!」
「ちがう〜!あれはあんりが食べようと思って出しといたんだもん!」
「そうですよ〜、あんりちゃん、食いしんぼさんですから〜」
 英霊よ。英霊よ。どこへ行く・・・
「自分の分と主張するならばきちんと管理するのだ!我など自分のたいやきと今川焼きのストックはバビロンの中だぞ!」
「そんなの知らないやい!あんりの・・・あんりのどら焼き返せっ!」
「ん〜、そもそも〜普通、ふくろ剥いて置いてあって隣にお茶が合って〜、しかもそれが2セットあったら、両方食べてしまおうとは思わないんではないですか〜?」
 まゆの反撃にギルガメシュはう・・・と言葉に詰まった。だが。
「知らぬ!我は王だ!捧げ物など日常茶飯事だ!」
 力技で押し切ろうとする。それをみたあんりはぶわっと瞳に炎を燃やして食卓のリモコンを掴んだ。
「それならこうだよ!英雄王ギルガメシュ、どら焼き及びお茶の無断飲食で・・・ジャッジメント!」
 びしっと仮想警察ライセンス(リモコン)を突き出すあんりの横でまゆはニコニコとナレーションを入れる。
『ツマミグイダーに対してはちびっこポリスの要請により、遥か食卓の彼方にあるサーヴァントはらぺこ裁判所から判決から下される』
 沈黙が続く一秒、二秒、三秒。そして!
「・・・・・・」
 食卓の向こう側に座っていたセイバーは無言で両手を胸の前でクロスさせた。『×』だ!
「デリート許可!」
「待たんか小童ども!再審もないのかその裁判は!」
 叫び声を無視してずももももも・・・とあんりとまゆの影が立ち上がりギルガメシュも舌打ちと共に『王の財宝』を召喚する。
「・・・っていうか、やめなさいって」
 凛はため息と共にぺちりとあんりの頭を叩いた。士郎はギルガメシュを正面から見つめて顔をしかめる。
「ギルガメシュさん、相手は子供なんですし、食べちゃったならちゃんと買いなおしてあげるのが王たる態度じゃないですか?」
「む・・・」
 ギルガメシュはひるみ、ほんの一瞬だけ悲しそうな顔をしてから『王の財宝』で開いた空間の中に手をつっこんだ。
「・・・あんり、まゆ。おまえ達の分だ。お茶は自分で入れるが良い」
「たい焼き!たい焼きだ!」
「あらあら、わたしもいいんですか?ありがとうございます〜」
 途端満面の笑みになったあんりとほのぼのとお茶を入れ始めたまゆから目をそらしてギルガメシュはふんっと席をたった。いつもよりほんの少しだけ元気なく自室へ向かう。
「あ、ギルガメシュさん?」
 その背を、士郎は急いで呼び止めた。
「・・・なんだ。もう無いぞ」
「いや、逆。ちょっとこっち・・・」
 士郎はギルガメシュを台所に連れて行き、冷蔵庫の野菜入れをあけた。
「何をしておるのだ雑種。キャベツなど出されても何をせよというのだ」
「いや、この奥にね・・・っとあった」
 言いながら取り出したのは紙に包まれたドラ焼きが5つ。
「はい。二つ持ってっていいよ。藤ねえと桜への時限爆弾代わりにストックしてた奴だし」
「む・・・そ、その、よいのか?我が貰ってしまって・・・」
 上目遣いに聞いてくるギルガメシュに、士郎はうんと頷いた。
「優しい王様への貢物かな?受け取ってくれると嬉しい」
「・・・う、うむ。頂こう・・・その、ありがたい」
 ギルガメシュはしばしとまどった後おずおずとどら焼きを受け取った。
「つめたいのが気になるなら電子レンジで・・・ってギルガメシュさん電子レンジ使えるっけ?」
「む。我は10年以上こちらにいるのだぞ。冷凍食品にもなれっこだ。奴のアレを食わぬ為なら努力を惜しまない」
 しみじみ言ってギルガメシュはどら焼きを大事にバビロンへと収納した。
「・・・それ、向こう側はどうなってるの?」
「仮想的な宝物庫だ。時が流れておらぬ故、食材も痛まぬぞ」
 すげえ!と料理人としての自分が叫ぶのを感じて士郎は『王の財宝』の投影を真剣に考慮してみた。
「・・・複雑すぎるな。長時間持たなくちゃ意味ないし」
 ため息と共に諦めた士郎を眺めながら凛は本題を思い出し、お茶のおかわりを貰っているセイバーに声をかけた。
「ねえセイバー。桜は部屋?」
「?・・・いえ、サクラはまだ帰ってきていませんが」
 あっさり言われて凛は士郎と顔を見合わせた。数秒間のタイムラグを置いて真相に手が届く。
「桜の家、ここじゃないじゃん!」
「忘れてたっ!ついでにわたしの家もここじゃない!」
 あたまを抱える二人にセイバーは「?」と煎餅をくわえて首を傾げ、ぱりっとそれを噛み割ってから士郎に目を向けた。
「桜がどうかしたのですか?シロウ」
「ああ、どうもサーヴァントが学校に出没したらしい。桜と会ったらしいんだけどその桜を探したら部の人がもう帰ったって教えてくれてね」
 ふむと頷きセイバーは手早く煎餅を片付けた。もちろん腹の中へと。
「へは、はふはほひへひ・・・」
「セイバー、口の中に物を入れて喋るのははしたないぞ」
 セイバーは無言で煎餅を咀嚼し、飲み下してからこほんと咳払いをした。少し頬が赤い。
「失礼しました。このような不作法を今後二度としないことをこの剣と士郎の朝ご飯に誓いましょう」
 ランクA。もはや呪いの域に達する誓いである。
「いや、別にそこまで誓わなくてもいいけどね・・・うん、ともかくその通り。桜の家に行ってみようと思う」
「・・・士郎、よくさっきの聞き取れたわね」
 凛は呟いてううむと腕組みをする。
「一応戦闘になることも考慮してセイバーには来て貰った方がいいわね。本当はアーチャーも連れて行きたいところなんだけど・・・」
「今、学校だしなぁ」
 むむむ、と考え込む凛にかけられたのは意外な声だった。
「ならば、我が行っても良いぞ。雑種の娘」
「ギルガメシュ・・・珍しいわね、あんたが自分から動くなんて」
 普通に驚かれてギルガメシュはふんとそっぽを向く。
「気まぐれだ」
「士郎にどら焼き貰ってご機嫌だからでしょ?」
 つっこみまでゼロセコンド。まだ余韻も消えぬ間に図星を突かれて英雄王はピキリと硬直した。
 ―――誰かが言っていた・・・サーヴァントは、マスターに似た者が召喚される―――
「・・・さあ、行くぞ雑種ども」
「誤魔化したわね」
 凛はふふんと笑ってコートの袖に仕込んだ宝石の数を確認する。1つ、1つ、1つ、1・・・
「って1個しかないじゃない!」
 慌ててコートを脱ぎさかさまに振るが何も出てこない。
「・・・まあ、ことあるごとにぶっ放してるからなぁ・・・特に俺に」
 しみじみと呟く士郎に凛はぐ・・・と口篭もり、部屋の在庫を思い出してみる。それなりの数があったはずだが、どちらかと言えば実験用のものだ。戦闘に使用するには純度が心もとない。
「まずったわ・・・遠坂の家に一度戻んなくちゃ」
「ってことは遠坂の家経由で桜の家?遠回りだけど」
 士郎に尋ねられて凛は迷わず首を振った。
「ううん、士郎とセイバーは先に桜の家に行って。わたしとギルガメシュは遠坂の家に寄ってからそっち行くわ」
 言って凛はむーっと顔をしかめる。
「でも、無茶はしちゃ駄目よ?もし戦いになりそうだったら絶対に一度引くこと。いいわね?」
「ああ。わかってるって」
 士郎は頷き、心の中でひとこと付け加える。
(桜が危ない目にあってたりしなければ、だけどな)
「・・・セイバー。士郎を頼むわよ」
「任せてください。私もシロウの剣である事を誓った身。必ずや守り抜いて見せます」
「まあ。戦いになる可能性は低いと思うけどね。桜の家なんだし」
 士郎は苦笑しながらそう言ってからひとつ頷いた。
「じゃあ、セイバーはちょっとここで待ってて。念のため着替えてくる。制服だと動きにくいからさ」
「あ、じゃあわたしも」
 言って自室へ向かった凛を見送り士郎は自室へ戻った。制服を脱いで上下ともハンガーにかけ、型崩れしないようちょっと引っ張って張りを持たせる。代わりに着込むのはフードのついたトレーナーとこの間ランサーと共に買った皮ジャン。防御力も高い。
「よし、行くか」
 財布やらなんやらを制服のズボンからジーンズに移し変えた士郎は部屋を出た。居間の前まで来たところで誰かに呼ばれたような気がして足を止める。
「?・・・セイバー、呼んだ?」
「いえ、私ではありませんが」
 居間で待機しているセイバーに尋ねてみるが否定。むぅとうなって辺りを見渡すと・・・
「こちらです!シロウ!下です!」
 声は、廊下の片隅、床すれすれから聞こえてきた。
「あ、ちびせいばーか・・・ってうぉ!?」
 しゃがみ込みそちらに目を向けた士郎の胸に物凄い勢いで白いなにかが飛び込んできた。戸惑いながら抱きとめると、そこに・・・
「・・・どうしたの?その格好・・・」
 身長約16センチ。手乗りサイズのちびせいばーが手のひらの上でぷるぷると震えていた。
 ・・・猫耳付きのフードのついた、全身をすっぽりおおう気ぐるみを着て。
「ぉふ・・・」
 思わず萌え尽きそうになった士郎は意思の力を振り絞って思考を再スタート。気ぐるみの手に肉球を発見して再度ダウン。
「た、助けてくださいシロウ、キャスターに・・・着せ替えられてしまう!」
 悲痛な叫びをあげるちびせいばーにセイバーはむうと唸って眉をひそめた。
「・・・マスターに助けを求めるなど、サーヴァント失格ですよ。ちびせいばー」
「それはわかっている。セイバー・・・だが、あれは・・・」
 ちびせいばーは言いかけ、ビクリとふるえた。廊下の向こうから聞こえてくる叫び声に気付いたのだ。
「ちびせいばー!どこぉっ!どこなのぉ!?わ、わた、私の服が着れないってのぉ!?」
「きゃ、きゃうっ!あやまるです!あやまるですから殺さないで・・・!」
「あ、降伏のポーズだよまゆ」
「真似してみましょうかあんりちゃん」
 ドカンバコンともはや足音なのかすらわからない何かを発しながら走り回っているらしいキャスターの叫び声に、セイバーは重々しく頷いた。
「・・・何事にも例外はありますね」
「ああ。とりあえず・・・一緒に来る?桜の家にサーヴァントがらみで行くんだけど」
「ええ。是非」
 ちびせいばーがぶんっと頷くのを見て士郎は頷き返し、着ているトレーナーのフードにちびせいばーをそっと入れた。
「失礼します」
 言ってちょこんとその中に収まる猫着ぐるみのミニ騎士王。
「士郎お待たせ。なんか廊下でメディアが暴れてた・・・ってなによそのリリカルなセイバーは!」
「いや、まあいろいろあったらしい」
 士郎は重々しく頷き、キャスターに見つからないようそそくさと外へ出る。凛とギルガメシュも視線を士郎の背に釘付けにしながら後に続いた。
「しっかしキャスター・・・いい腕してるわね。まさか一晩でこんなの一着しあげるなんて」
 凛の呟きにちびせいばーはフードをかぶってうつむいた。
「1着ではありません・・・全部で30着ほど・・・さっきまで次々に服を引き剥がされ、着せられ、写真をとられ・・・く・・・」
「・・・なんというか、気を落すでないぞ。小さき騎士王」
 流石のギルガメシュにすら慰めの言葉をかけさせる哀愁を漂わせるちびせいばーと共に士郎は門の前で振り返った。
「さて、うちには自転車が3台あるんだ。遠坂、ギルガメシュさん、俺で使おう。セイバーは後ろでいいよな?」
 言いながら引っ張り出してきた自転車に跨る凛とギルガメシュを見てセイバーは自分の胸に手を当てた。
「ちょっと待ってくださいシロウ。急ぐのでしたら私が乗りましょう」
「いや、でも・・・」
 女の子、しかも自分よりずっと小柄なセイバーが前に乗るというのはいかがなものかと士郎は渋る。
「サーヴァントの身体能力はわかっている筈です。見たことの無い乗り物ではありますが、どうやら人力のようですし効率の差は歴然の筈です」
 セイバーはそう言って士郎の自転車に跨り・・・
「む?」
 パタン。
 そのまま真横に倒れた。
「・・・・・・」
「ごほん、今のは間違いです」
 パタン。
「ま、待ってくださいシロウ」
 パタン。
「大丈夫です。今度こそ大丈夫・・・」
 バタン。
「最後のチャンスを!」
 パタン。ごちん。
「・・・・・・」
 セイバーは自転車を起こし、黙ってそこから離れた。ちょっと涙目だ。
「・・・セイバー。出来ないことを出来ないと認められるのは大事なことだと思うぞ。俺なんか出来ないことだらけだからさ、それを経ないと何も前に進めないし」
 ね?と士郎は自転車に跨る。
「それに、俺としてはセイバーを後ろに乗せて走りたい気分なんだ。駄目かな?」
「・・・と、とんでもありません!」
 セイバーは慌てて叫び、恥ずかしそうに荷台に横座りした。
「しっかり捕まっててくれるかな」
「は、はい!」
 何か物凄い戦いにでも挑むかのような緊張感で士郎にしがみつくセイバーに凛は苦笑を一つ漏らしてギルガメシュの方に目をやった。
「あんたは乗れるわけ?」
「こちらの生活が長いからな」
 うむっと頷くのを見て凛はよしと頷き返した。
「じゃあ行ってくるわ。ほんと、気をつけるのよ?」
「我が行くまで踏みとどまるのだぞ、雑種」


6-7 学園天国・完結編

「う〜ん、学校見学かなぁ」
 1階の廊下をがやがや歩く3人組を眺めながら三枝は蒔寺に尋ねてみた。
「なんかそんな感じだな。先頭の子がうちの制服着てるからあいつが案内ってとこ?」
「しかし、あんな子が居ただろうか?日本人ではないようではあるし居れば記憶に残りそうなものなのだが・・・」
 柱の影に隠れたまま氷室が首をひねると蒔寺は『おぅ』と手をうった。
「あたし、あいつ見たことある。廊下で踊ってた」
「うん、わたしも見たことあるよ?確かおっきなお弁当箱もって歩いてた」
「・・・見たことがないのは私だけか」
 三人娘は上下にならんで柱から顔を出す。順番は上から1:蒔寺、2:氷室、3:三枝だ。
「あ、立ち止まった」
「・・・ふむ。分離したあの3人組、仮に彼女らを『エミヤン3』と名づけようと思うがどうか?」
「・・・なんかそれ、ロボっぽいぜ?」
 小声とつっこんだ蒔寺の台詞に三枝はほにゃっと笑顔になった。
「えみやん・3〜えみやん・3〜」
「気に入ったようだな。三の字」
「あー、そのメロディーだと鋼人のほうか。このスパナの輝きを恐れぬならば、かかって来い!ってか?」
 微妙に強そうだ。
「超人の方だとだと我々とかは爆弾にされそうだしな」
「うわ、こえぇ事言うなよ。なんかありがそうだしよー」
 蒔寺はぶるりとふるえてエミヤン3(仮称)に目を凝らす。何か話しているようなのだが聞こえない。
「動かねぇなあ・・・こんななら遠坂と衛宮の方を見に行った方がおもしろかったんじゃねーか?」
「それについては同意する。しかしそれをした場合、かの遠坂嬢を敵に回す危険性を考慮しなくてはならないし、もし気付かれなかったとして、いきなり睦まじい行為でも見せ付けられたらどうする?」
「あー、いきなり18禁とかの世界にぶっこまれてもこまるしなー。由紀っちが精神的な年齢制限にひっかかる」
 この物語に登場する人物は全員18歳以上です。女子高生などという人種は存在しません。サー。
「じゅ、じゅうはちきん・・・?」
「そ。すごいぞー?あれだ。なんていうか、いろいろするぞ?」
「ふむ。未経験の蒔の字では喩えが出てこないか・・・」
 氷室は静かに呟いて懐から携帯電話を取り出した。刹那、閃光のような動きで蒔寺はその手を掴みとめる。
「・・・あたしの画像で由紀っちを教育するのはやめれっていつも言ってるでしょうが」
「ふむ。残念だ」
 大人しく氷室は携帯をしまい、三枝に首を振って見せた。
「本人から不許可が出た。このまえ渡したビデオも破棄しておいてくれ」
「ね?やっぱりそうだったでしょ?」
 めっと氷室に注意する三枝の姿に蒔寺の顔がすっと青ざめる。
「何だよ、何撮ったんだよ!?あ!こないだおまえあたしん家に泊まったよなぁ!?」
「うむ。その時に何を撮ったかだが・・・いや、やめておこう。知らぬ方が良いこともあるぞ蒔の字」
「そんなやばいもんなのかよおい!?」
 悲鳴をクールに受け流して氷室は前方の3人組に視線を向けた。
「ふむ、動き始めたようだ。行こう」
「うん」
「・・・あたし、なんだか物凄く疲れたよ」
 犬でも天国から迎えに来そうな勢いでうなだれた蒔寺に氷室はうむと頷いて見せた。
「大丈夫だ。私も疲れている」
「あ、わたしもなんだか体が重いよ〜」
「・・・嘘つけよ」
 ため息をついて蒔寺は追跡モードに入ったのだった。


 一方。追跡を受けている側はといえば。
「・・・つうかさ、どーすんだあいつら?」
「何故かストーキングされてるんだねっ!電線しちゃうよっ!」
「それはストッキングだ。放っておけばいい。あの距離では声は聞こえていないし聞こえた所で何がわかるというわけでもあるまい」
 しっかり、背後の3人に気付いていたり。
「でもよ、不審人物の線で先生でも呼ばれたら面倒だぜ?」
「その時はまかせてなんだねっ!偽造の生徒手帳まで用意してあるからばりぐーなんだねっ!」
 びしっとVサイン。
「そうか。じゃあま、あいつらは無視して探索でもしてみますかね」
 ランサーは肩をすくめ、首からチョーカーを外した。
「探査のルーンで人間じゃない魔力を探知する。オレ達以外に反応すればアタリってわけだな」
 指先でチョーカーヘッドに不可思議な模様を刻むとチョーカーがくくっと動き出す。ランサーは目立たぬように素早くそれを手の中に握りこみ、どちらへ行こうとしているのかを感触で判断。
「・・・こっちだな」
「をを!凄いんだねっ!」
 イスカンダルはパチパチと手を打ち合わせてから期待に満ちた目でランサーを見つめる。
「ついでに、ルーンで恋占いとかできないのかなっ!」
 キラキラしているイスカンダルにアーチャーは深くため息をついた。
「雑誌の占いページでもあるまいし、そんなものがあるわけなかろう」
「似たようなことはできるけどな。少年との相性でも占うか?アーチャー」
 にやにやと笑うランサーにアーチャーの目つきが鋭くなる。
「・・・私は奴に対し何の感情も抱いていない。あのような半人前の魔術師でかつ愚にもつかない理想に溺れているような奴など、路傍の石に等しい」
 冷たく言い放った銀髪の少女にランサーは笑みを深くする。
「ほんとかぁ?本当に興味ないのかぁ?」
「くどい。何が言いたい」
 苛立たしげな言葉に諜報もこなすサーヴァントはうむっと頷いた。
「昨晩のことだ。深夜0時を越えた頃オレは日課である敷地内の見回りをしていたのだが、勝手口のあたりを歩いているときに、屋根の上から聞こえてきたんだ」
「!?・・・ま、待て貴様!」
 アーチャーの顔から余裕が消えた。慌ててランサーに掴みかかるがランサーはするりとその手をすり抜けて回避。
「ドキドキ、な、何を聞いたのかなっ!」
「ああ、オレは聞いたのさ!『エミヤ、か・・・』という悩ましげな呟きを!あれはそう!恋する乙女の・・・」
「黙れ変質者!それはそう言う意味ではない!」
 吼えるアーチャー笑うランサー、イスカンダルは意味もなく踊り狂い、嗚呼まさに世界は巨大なるサアカスにござれ。
「ほうほうほう、じゃあその後の『こんなのは・・・初めてだ。信じられん。あいつは何故・・・』ってのは何だ?おもに『あいつ』ってのは誰なのかにゃぁ?」
「く・・・き、貴様こそ!隠れて『士郎くん人形』を作り始めたそうではないか!裁縫が得意とはこまめな槍兵だな貴様も!」
 攻守逆転。後手、アーチャー。
「いやいやいや!おかしいだろうが!何故それを知ってるんだよオマエは!」
「ふん、この間買い込んできた布と綿、そして裁縫の教本。髪に使うのであろう毛糸の色が赤と言う時点で予想は容易いが・・・当たりだったようだな」
「やふー!アーチャーちゃん、鋭いねっ!」
 心眼(真)・・・膨大な戦闘経験から正解を導くスキル。
「さ、酒飲みがいねぇから一人で飲むのが退屈だっただけだ!差し向かいに追いとくと格好がつくかと思っただんだよ!」
「その発想が既に乙女だ。いい年をして」
「乙女だねっ!純情だねっ!」
 囃したてられてランサーは真っ赤に染まった顔でアーチャーへと掴みかかった。 
「少年に胸もまれて『な、わ、ちょっと、放して・・・』とか乙女語で悶えてたくせに!」
「うぐっ・・・黙れケダモノ!デジカメなぞ購入して何を撮る気だ貴様!」
「おまえら全員だ!」
 顔面を掴み合い、引き伸ばしあう英霊達を眺めてイスカンダルはうむっと鷹揚に頷く。
「喧嘩するほど仲がいいねっ。探索はボクがやっとくからごゆっくりなんだねっ」
 寝技に移行した二人にバイバイと手を振ってイスカンダルは地面に落ちていた探査のルーン付きチョーカーを掴まえる。
「地味な締め技ばっかすんな!ぅりゃあっ!」
「ふん・・・大味な押さえ込み技など・・・!」
 数分後、二人がアキレス腱を極め合って制止した時、イスカンダルの姿は既に無かった。


6-8 トオサカ

 自転車をすっとばして自宅へやってきた凛は素早く警報結界を解除した。手招きしてギルガメシュを招き入れる。
「さっさと探してさっさと士郎達においつくわよ!」
「落ち着け雑種の娘。奴が心配というのはわからんでもないが、そんなにあっさりどうかなるでもあるまい」
「し、心配なんかしてないわよ!」
 がぁっと叫んで玄関の鍵を開けて向かうのは自室。そういえば、この家に他人を迎え入れるなど、どれくらいぶりであろうか?
「・・・ふん」
 別段寂しいというわけでもないと凛は前を向き突き進む。
「雑種の娘、この家からは吸血種の気配がするが?」
「あー、うちの師父は27祖らしいから。遠坂の家系もその影響を受けてて若干吸血種よりらしいわね。綺礼の奴なんか『怪我をした?家の土にでも埋まってれば治る』とか言いだして本当に人を埋めにかかるし」
 凛は忌々しげに言って自室の鍵を開けた。
「しかも本当に治ったし・・・」
「治るのか」
 呆れたように言ってくるギルガメシュに重々しく頷いて宝石箱の封印を解除。
「あちゃー、だいぶ少なくなっちゃったわね・・・」
「雑種も言っていたが日常生活でポンポン使うからだ。そんなにも余っておるのかと思っていたがそうでもないようだな」
 横から覗き込んでくるギルガメシュに凛は唇を尖らせた。
「しょうがないじゃない。できるだけガンドとかで抑えとこうと思うんだけど・・・ついうっかり」
 ギルガメシュは目を閉じた。しばし沈黙し、深い共感と共に大きく頷く。
「それは仕方あるまい。うっかりなのだからな」
「そうよね?うっかりしちゃっただけだものね?」
 互いの目を見つめるて固く手を握り合い、空いたほうの手でそのままハイタッチ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 そして、やがて訪れる虚しさ。所詮、傷の舐め合いだ。ちなみにキャットファイトではない。
「作業を進めるわ」
「それが良い」
 背中に人生と哀愁を漂わせて凛は宝石箱を睨んだ。大分減ったとはいえそれでもかさばる。袋とかに入れるとしてもじゃらじゃらさせて歩くのもなんだし・・・
「いいわ、ついでだから宝石箱と金庫と・・・あ、師父の宝石箱も一緒に士郎の家に運んじゃおう」
「・・・300キログラムを越えると思うがな。雑種の娘。どうやって運ぶ気だ」
 呆れたように言ってくるギルガメシュに凛は更に呆れた顔で眉をひそめた。
「何言ってるのよ。そう言うときのためのあなたでしょう?ほら、早く宝具出す!」
「ぬ・・・わ、我を宅急便扱いか!印鑑はどこだ!」
 ぶちぶち言いながらギルガメシュは素直に『王の財宝』を使用した。開いた空間に凛はせいやっと宝石箱を叩き込む。次いで、遠坂の宿題たる設計図が入っている宝石箱も投入。
「・・・ついでにベッドも持っていこうかしら」
「よせ。いや運ぶのはこの際構わんがあの家にその天蓋付きベッドは似合わん。せいぜい桜に跳ねられるのがオチだろう」
 むぅと唸って凛は金庫を持ち上げた。何キロあるかはとりあえず秘密。主に乙女の。
「じゃ、これで最後。よいしょ」
「・・・うむ。閉じる前に一つ聞きたいのだが」
「何よ」
 ギルガメシュはふぅと息をついた。
「今から使用する分の宝石は持ったのか?」
「あ」
 うっかり。箱ごとつっこんじゃいました。
「・・・いいのよ。他の部屋にストックしてある分を使うんだから」
 ふん、と凛はそっぽを向いて部屋を出た。
「こっちの部屋、寝室だったのだけど使う人が居なくなっちゃったから物置代わりにしていたのよ。対魔術加工されたコートがあってその袖に1セット・・・」
 説明しつつその部屋の戸を開けた凛の口が閉ざされた。
「む?物置には見えんな。貴様の整理能力を考えれば破格に綺麗ではないか」
 ギルガメシュはその横に立ち部屋の中を眺める。そこにあるのは質素なベッドとテーブルが一つ。そして鏡台。それだけだった。
「・・・違う」
「部屋を間違えたか?」
「そうじゃない。こんな部屋、わたしは知らない」
 凛は厳しい顔であたりの魔力を感知する。
「何の気配もないわね。結界も作動してないし・・・」
「調べるのか?」
 問われ、凛は首を振った。
「ほうっておけるわけでもないけど今は桜とサーヴァントのほうを優先するわ。一応聞いておくけどあなたの目から見て何か怪しい部分は?」
 ふむとギルガメシュは頷き廊下から室内までを観察し、首を振った。
「魔術の行使等の痕跡は見えぬな。我にわからぬということは、無いと同意と見てよいぞ。雑種の娘」
「はいはい、そうでもなければ英雄と言えないっていうんでしょ・・・じゃあここは封印しておくだけでいいか」
 凛はドアを慎重に閉め、簡易封印を施して一息つく。
「これでいいわ。行きましょう!」
「うむ。向こうがどうなっているか気になる」
 頷きあって二人は走り出した。
 ・・・とりあえず、宝石がバビロンの中だということに気付かずに。
 うっかり。


6-9 サクラ

 間桐の家は、凛と同じく古くからこの地に立つ洋館だ。幽霊屋敷と称され住人以外は猫一匹訪れないのも同様である。
「シロウ、気をつけてください」
 そこから放たれる明確なサーヴァントの気配にセイバーはそう告げた。魔力炉心を起動し、いつでも風王結界を召喚できるように留意する。
「何度か来たことはあるんだけどね・・・その時はこんな雰囲気じゃなかったけど」
 呟いてチャイムを鳴らすが反応無し。
「・・・ん?」
 しかし、試しにとドアノブを握るとそれはカラリと抵抗も無く回転した。二人は顔を見合わせてから慎重にドアを開ける。
「・・・シロウ、私の後ろに」
「ああ」
 どこから奇襲を受けてもよいように身構えながら邸内へ入ると・・・
「ああ、士郎。お帰りなさい」
 そこに、めがねのひとがいました。
「え?」
「はい?」
 ぽかんと見つめると女性はくいっと横を向き、ふらふらと去って行った。長い髪が廊下の奥へ消えてからようやく二人は我に返る。
「い、今の・・・」
「おそらくサーヴァントです。ですが・・・」
 セイバーはいいかけて眉をしかめる。女性から感じた気配が孕む違和感を表現できずに。
「ともかく、今の女性は人間ではありません。それにシロウと呼びました。警戒しつつ後を追いましょう」
「・・・そうだな。まだ状況がつかめない」
 頷きあい、ふたりはそろそろと音を立てないように歩みを進める。
「それにしても・・・桜はどこに居るんだ?」
「和風建築ならば靴の有り無しでわかるのですが」
 二人が囁きあった瞬間。
「サクラなら食堂の方に行きました」
 声が、頭上から降って来た。
「っ!」
「む・・・!」
 慌てて見上げれば、玄関ホールから二階へと繋がる階段、その途上に女性が一人。その長く美しい髪は確かに先ほどの彼女と同一。だがこちらは黒いレザー地の衣服を身に纏い顔を仮面で隠している。
「問う!貴方はサクラのサーヴァントか!?」
 セイバーは誰何しざま風王結界を召喚した。手の中に現れた確かな重みを握り締めて回答を待つ。
 が。
「サーヴァント。そう、守る、守って戦う」
 女性は無機質な声で呟いて踵を返した。そのままふらふらと階段を登って視界から消える。
「・・・二人・・・どういうことだ?」
 士郎の呟きに首を振りかけたセイバーの視界のすみで何かが動いた。急ぎそちらに目を向ければ先ほどと全く同じ格好の女性がしゃがみ込んでいる。
「貴方・・・」
 声をかけると、女性は蜘蛛のように四つんばいになり、すっ・・・と闇の中へと飛び込んで姿を消した。後には静寂だけが残る。
「・・・幻覚の類ではありません。今の3者は間違いなく何らかの魔力を持った存在でした」
 セイバーの報告に士郎は唾を飲みこみ頷いた。
「とりあえず、食堂へ向かってみよう。罠かもしれないけど手がかりはそれだけだ」
「ええ」
 二人は頷き合って食堂に続くドアを開けた。無限に続くかのような左右にドアのついた廊下を慎重に進む。
 ゆっくり、ゆっくりと進むこと数分。
「セイバー、あれ・・・」
 先にそれに気付いたのは士郎だった。廊下の奥から迫る四つんばいの女性。
早い・・・その動きは人の形を思わせぬほどに滑らかなものだ。
「!・・・シロウ!」
 セイバーは叫びざま士郎の前に出て風王結界を正眼に構え・・・
「!?横っ!」
 直感に突き動かされて不可視の刃を真横へと振るった。途端横手のドアが開き、飛来した大釘の如き短剣がガキン!と音を立てて斬り払われた。しかし・・・
「何!?」
 その一撃は囮であった。短剣の柄に繋がった鎖が蛇の如き動きでもって風王結界に絡みつき拘束する!
「不覚・・・!」
 瞬時に引き戻される鎖に引かれセイバーの体が浮いた。反射的に展開した鎧の重量ごと扉の向こうに引き込まれる!
「セイバー!」
 叫び士郎は魔術回路を起動した。心の中で鈍く輝く鋼の中から黒と白の刀身を引き抜く。
「投影・・・開始!」
 虚空に展開されたフレームを巡り魔力は確かな物体となって士郎の手に握られた。それはアーチャーが一度だけ見せた短刀。ただの一度にも関わらず彼の心に焼きついた刃。
 刀身の重みを感じながら廊下の奥に目を向ければ、そこにあるのはほの暗い闇のみ。黒い衣の女の姿は既に無い。
「セイバー!大丈夫か!?」
 それを確認した士郎は躊躇い無く横手の部屋に飛び込んだ。だが、かつては使用人の部屋であったらしいそこにセイバーの姿は無い。かわりに彼を迎えたのは床に開いた大きな穴。覗き込めば金属の擦れ会う硬質の音と共に火花が踊り、階下で剣を振るうセイバーの姿が浮かび上がっては消えていく。
「セイバー!」
「大丈夫です!シロウはサクラを!」
 セイバーは闇の中、直感のみに任せて横合いを薙ぎ払った。釘剣を撃ち落した感触がすると同時に刀身を引き戻し、『敵』が居るであろう場所へと鋭く踏み込む。
「っ・・・わかった!気をつけろよセイバー!」
「ええ!ちびせいばー!シロウを頼みます!」
「承知!」
 小英霊は叫び、魔力炉心を起動した。階下で戦うセイバーには遠く及ばないものの人間の魔術師など遥かに超越する魔力を練り上げ、体の周囲に鎧として展開する。
それまで着ていた物を吹き飛ばし現れるのは銀の鎧。手には風王結界を召喚し士郎の肩にすっくと立つ。
「シロウ、この身では不十分ではありますが、それでもあなたのサポートは出来る。急ぎましょう!」
「ああ!索敵を頼む!」
 頷いて士郎は駆け出した。廊下に戻り並ぶ扉には目もくれず一気に突き進む。目指すはただの一ヶ所、桜の居るという食堂のみ。
 廊下を抜け、扉をくぐり、あと少しで食堂へ辿り着く・・・その時。
「!?」
 ふっ・・・と、電気が消えた。窓の極端に少ない構造のこの屋敷においてそれは闇に閉ざされたに等しい。
「参ったな・・・視力を強化すれば全然見えないってわけじゃないけど・・・」
 呟いて士郎が目に魔力を通そうとした、その時だった。
「シロウ・・・向こうを」
 ちびせいばーはそう言って正面を指した。廊下の奥、食堂の扉の方から明かりが指していたのだ。
「・・・誰だ」
 その明かりは蝋燭。こちらへとゆっくり歩いてくる何者かの。
「・・・・・・」
 士郎は静かに干将莫耶を構え・・・
「先輩?」
 明かりを携えた人物の声にふぅと息をついた。
「桜・・・無事だったか・・・」
「はい。でも電気がつかなくなっちゃって・・・」
 蝋燭一本の明かりでは良く見えないが炎の赤に染められたその顔は確かに桜のものだった。士郎は剣を降ろして辺りを見渡す。
「さっきセイバーが襲われて床をぶち抜いちゃったからな・・・その影響かもしれない」
 言って士郎はちびせいばーに目を向ける。
「辺りに敵の気配は?」
「ありません。相変わらず屋敷の中には複数の気配がするのですが・・・」
 わかったと頷き士郎は踵を返した。
「ここは危険だ。桜はちびせいばーと一緒に外へ脱出してくれ。しばらくすれば遠坂とギルガメシュさんが来るから。俺はセイバーのとこへ行く」
 しかし、桜は走り出そうとする士郎の二の腕を掴んで彼を制止した。
「待ってください先輩。お話しなくちゃいけないことがあるんです」
「後でいいだろ?今は・・・」
 唐突な言葉に眉をひそめた士郎に桜は首を振って否定の意を示す。
「いえ、今じゃないと駄目なんです。今セイバーさんと戦っているのはライダー・・・わたしのサーヴァントになる筈だった存在です」
「・・・会ったのか?」
「いいえ。でも、知ってはいます。だから手遅れになる前にそれをお話しなくてはいけないんです。このタイミングを逃したら、もう駄目かもしれませんから」
 いつになく強い言葉に士郎はしばらく考えて頷いた。
「わかった。手短に頼む」
桜ははいと答えて歩き出す。いくつかの扉をあけ、廊下を抜けて辿り付いたのはのっぺりとした石造り壁。だが、解析の目をもつ士郎にとっては・・・
「隠し扉だな・・・魔術的な封印はないけど」
「はい。間桐・・・いえ、マキリの工房です」
 言って桜はしゃがみ込み壁の一部を押し込んだ。石が擦れる低い音と共に壁にひと一人が通れる穴が開く。
「先輩、ついてきてください。危険ですから壁とかには触らないようにしてくださいね」
「あ、ああ・・・」
 導かれるまま足を踏み入れるのは薄暗い穴倉。むせ返る腐臭と何かがうごめくカサカサという音。
「マキリの血は限界にきていました。日本に移ってきたのが原因などといわれていますが、単にそういう運命だったというだけかもしれませんね」
 そんなことを聞かせるともなしに口にしながら淡々と桜は階段を降りて行く。手にした蝋燭だけではその姿は良く見えない。
「具体的に言うと、マキリの家に生まれる魔術師には魔術回路を開く力がなくなってしまったんです。人に尻尾があった痕跡が尾てい骨として残っているように、体にその痕跡を残しながらも後継者達の魔術回路は魔力を通せないものでした」
「・・・それって」
 存在するが開かない回路。そのキーワードには聞き覚えがあった。
「そうですね。ちょっと前までの先輩と似たようなものです。でも先輩の場合回路の目覚めさせ方を体が知らなかっただけですから無理に魔力を流すことで覚醒しましたけどマキリの回路は・・・同じ方法で目覚めさせようとしたら命を顧みない量を流さないと駄目でしょうね」
どこまで続くのだろうか、螺旋階段は無辺の闇でもって二人を包み込む。
「故に、マキリの長老である臓硯は自分の血族に技を残すことを諦めました。他の家の子供を引き取ることにしたんです。魔術師の家は通常なら一子相伝・・・本来なら魔術師にならない筈の魔術回路持ちはそれなりに居る者ですから」
「それが桜か。でもおかしいな・・・確か魔術の相続って魔術刻印って奴だろ?同じ血族にしか受け継げないんじゃないのか?」
 不思議そうに問われて桜は静かに頷いた。
「ええ。普通なら。そしてマキリは普通ではない方法でそれを受け継がしたんですよ」
少女は、振り返らない。
「どうしたと思います?臓硯は、体自体を改造してマキリの魔術に適応させるって方法をとったんです。間桐桜の髪や目の色が姉さんと違うのはそれが理由なんですよ」
「そんな・・・改造なんて・・・」
 信じられないと呟く士郎に桜は苦笑を漏らす。
「先輩。姉さんや先輩のお父さんを魔術師の代表と思っちゃ駄目ですよ?魔術師ってのは基本的に人でなしなんですから。足りないならば他から持ってくる。合わなければ無理やりに合わせる。そんなのは魔術師の基本です。覚えておいてくださいね?」
辿り着いたドアの前でくるりと桜は振り向いた。
「さて、それはさておき」
「さておきって・・・」
 それまでの重い話題を放り投げるかのようなあっさりとした話の展開に士郎はガクリと肩を落とす。桜はくすりと笑って見せた。
「いいんですよ。これまでがどうあれ、今は大好きな先輩と一緒に居られるんですから。だから先輩?どうしても聞いておきたいんです」
「・・・なんだい?」
 笑顔で問われて士郎は居住まいを正す。桜はしばしの沈黙の果てに口を開き。
「先輩の楽しいことってなんですか?」
 そんなことを、聞いてきた。
「え・・・?」
「今の生活は楽しいですか?」
戸惑いの声に、桜は静かに言葉を紡ぐ。
「みんなと共に居る生活。倒すべき敵が居ない、正義の味方として活躍する場は無いけどそれ以外は溢れるほどにある生活は、楽しいですか?」
「楽しいって・・・」
呟いて思い出すのは赤い光景。助けを求める手を振り切り、見捨ててきた記憶。たくさんの命を踏みつけて生きた自分が・・・何故楽しんでなぞいられようか?
 だが。
「先輩、それは違いますよ」
桜は強い視線で士郎を突き刺す。
「姉さんならこう言うでしょうね。士郎が苦しんでも死んだ人たちの苦しみはなくならない。士郎が楽しみを放棄したって死んだ人たちが楽しいわけじゃない。そんなのはただの自己満足。心の贅肉よ・・・って」
言われ士郎は苦笑した。その光景は、容易に想像できたのだ。
「・・・確かに。言いそうだ」
頷き、記憶の中から掴み掛かる怨嗟の声を正面から見据えて口を開く。
「楽しいよ。俺にそんな権利あるのかってのは今も考え続けてるけどさ・・・それって、今が楽しいってことだよな。楽しむなんて事、俺にはもったいないって思ってたしそれは今も変わらないけど・・・楽しいと思ってしまうことは、止められない。俺の償いをどうすればいいのかは、まだわからないけれども・・・今、俺は今日何が起こるのか、明日どうなるのかが、楽しみだと思っているよ」
その台詞に、桜は満面の笑みを浮かべた。大きくひとつ頷いて、
「はい、合格です」
 と弾む声で告げて背後の戸を押し開く。開いたドアの向こうは本で埋め尽くされた空間。そして・・・そこに佇む、人影。
「合格のご褒美は最後のサーヴァント、ライダーです!受け取ってくださいね、先輩?」
「・・・士郎。久しぶりですね」
 微笑んでそう言ったのは地上で見た女性。長い髪と黒いレザー地の衣装、もうずいぶんと見慣れてしまった黒い仮面。
「え?じゃあ上で暴れてるのは?」
「あれは影です。ライダーのサーヴァントの粗悪なコピー。たちの悪いことに力だけはオリジナルと同じで・・・わたしとライダーで何とか閉じ込めておいたんですけど、力が足りなかったみたいです」
 重要な情報を淡々と告げてくる桜に士郎は圧倒されて首を振った。
「みたいですって・・・」
「駄目なものは駄目なので次の手を打ってみました」
 あっさりと言われて苦笑する。不思議といい加減な印象は無い。その前向きなやり方はむしろ・・・
「その思い切りの良さ、遠坂だよ。まるで・・・」
「姉妹ですから」
にこりと笑って桜は表情を引き締める。
「ごめんなさい先輩。私たちだけではどうにもなりませんでした。既に4〜5体の影が外に出てしまっています。後は・・・お願いしてもいいですか?」
「・・・ああ。みんなも居るんだ。大丈夫だよ」
力強く頷く士郎に桜はにこっと微笑み、士郎の傍に歩み寄った。
「わたし、もっとがんばります。先輩のこと、まもっちゃいますから」
囁きながらそっと近づいて・・・
「うぉう!?」
頬へ、そっと口付ける。呆然とする士郎の腕をとんっと叩いて桜は表情を引き締めた。
「そろそろ時間です。学校へ急いでください!きっと他のライダー達はそこへ向かいますから」
「!?・・・学校?」
 具体的な指摘に戸惑う士郎に頷いてみせる。
「はい。もとより存在密度が薄い彼女達は、先輩が本物のライダーを認識したことで完全に影へと堕ちた筈です。必ず、定められた通り学校に向かいます・・・ライダー?」
「はい。そちらは任せてください。桜は基盤の方を」
 こっくりと頷くライダーにお願いねと頷き返し、桜はにこっと悪戯な笑みを浮かべた
「じゃあ先輩。できればもう、会わないで済むことを祈ってますから」
「え?」
思わぬ台詞に戸惑う士郎を前に、桜はふっと蝋燭を吹き消した。刹那、短い呪文と共にその手に魔術の光が灯る。それは先程まで辺りを照らしていたほの赤い光よりもずっと明るいもので。
「帰りの分の光球、先輩についていくようにセットしましたから使ってくださいね」
昼間のように照らされた光の中、その少女は笑っていた。
「桜!?おまえその髪の色・・・目も!?」
リボンのない、漆黒の髪を揺らして。おどけるように閉じてみせた片目も、士郎の記憶にある少女のものとは違う。
「ここで話した事、間桐桜には内緒ですよ?」
士郎の唇に人差し指を当てて少女は踵を返した。快活な足取りでとんっと背後の闇へと紛れ、その姿が消える。
「以上、遠坂桜からのメッセージでした!がんばってくださいね、先輩!」
 最後に冗談めかした一言を残して少女の気配は消滅した。呆然と立ち尽くす士郎に、地下に降りてからは一言も喋らなかった小英霊が静かに語りかける。
「彼女が何者なのかはわかりませんが、有効な情報を貰えた事は確かです。今は、行動を」
「・・・ああ」
 頷く士郎にライダーはふっと笑みを浮かべた。
「さあ、行きましょう。影たちを倒さねばなりません」
「倒していいのか?君とまったく同じ姿をしてたけど・・・」
 救えないのかとの問いに首を横に振る。
「今となっては私の形をした・・・いえ、それすらおそらくは維持できない魔力の塊に過ぎません。放っておけば無差別に人を喰うものになりかねませんし、遠慮なく魔力に戻してしまってください」
「わかった。行こう!」
 士郎はそう言って螺旋階段を登り始めた。
「・・・そうだな、桜。今の生活が楽しいんだから・・・みんなを守るだけじゃなく、それも守らなくちゃいけないよな・・・」


6-10 from Dusk till・・・


PLACE:間桐邸 1F

士郎は地上に出て周囲を見渡した。ドカンドカンという音がそこらじゅうから聞こえる。
「なにか物凄く暴れてるっぽいな・・・」
 呟きにライダーはこくりと頷いた。
「ええ。ですがここで暴れている分にはいいのです。問題は・・・」
「外へ逃げた方、ですね。急ぎましょうシロウ」
 ちびせいばーの言葉に頷いてシロウは走り始め、しかし慌てて足を止める。
「ちょっと待った!その前に桜を探さなきゃ!」
「士郎、サクラは・・・」
 戸惑うライダーに士郎は首を振る。
「いや、さっきの彼女じゃなく間桐桜の方。ここに来てる筈だしライダー・・・えっと、あなたじゃないライダーが食堂に居るって!」
「あ・・・は、はい。そうですね。少々うっかりしていました」
 ライダーはそう言って先頭に立ち食堂へ向かう。冷静を装っているがマスクに隠れない耳が火照っているのが見えた。
 しばし無言で走り、ばんっ!と食堂のドアを開けると・・・
「先輩!?」
 そこに、桜は居た。制服姿のまま蝋燭の立った燭台を片手に目を丸くしている。背負っている袋は弓だろうか?
「な、なんでここに居るんですか・・・?」
 呆然と呟く桜に士郎はツカツカと歩み寄った。頭上に浮きっぱなしの魔力光球の光に照らされた髪の色が見慣れた青みがかったものであるのを確認して、その頭をぺちっと軽く叩く。
「はぷっ!な、なにするんですか先輩!?」
「サーヴァントがらみの件なのに誰にも連絡せず接触にいくなんてのは、いくらなんでも無謀だろ?桜」
 厳しい顔で言われて桜はぅうと唸って後ずさる。
「ご、ごめんなさい・・・」
 うなだれて自分の髪をいじる桜に、士郎はふとその言葉を思い出した。

『間桐桜の髪や目の色が姉さんと違うのはそれが理由なんですよ』

(知られたく、なかったんだろうな・・・少なくとも今は)
 だから、その髪にぽふっと手をのせる。
「あ・・・」
「さ、行こう。やらなくちゃいけないことがある」
 桜は、しばし戸惑い。
「はい!」
 力いっぱい頷いた。


PLACE:穂群原学園3F廊下

「・・・おいアーチャー。気付いてるか?」
 ランサーは背後の弓兵に囁いた。その眼光は鋭く、既にして臨戦体制であることを物語っている。
「無論だ。ここまで強い気配ならば判らぬはずが無い。全部で・・・4、いや5体か?」
 アーチャーは呟き、苛立たしげに舌打ちをした。これは失策だ。戦いを忘れないつもりでいて、しかし日常に溺れたが故の。
「たしかライダーは結界を張るっていってたよな。どんな奴なんだ?」
「・・・『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』。本来は魔力を集約することが目的の筈だ。詳細な効果はわからんが人間を肉体ごと溶かして吸収する。見た目的には・・・」
 そこまで言ってアーチャーは口を閉ざした。瞬間、ブン・・・という鈍い衝撃と共に周囲へと圧力の如き波動が広がっていく。
「・・・こうなる」
 指差した窓の外はその名の通り鮮血の空。校舎全てを包み込む真紅の球体。
「チッ・・・こいつは・・・オレらや少年達ならなら多少魔力抜かれるだけで済むが・・・」
「魔術回路をもたん一般人は抵抗もできんだろうな。解けて終わるだろう」
「冷静に言ってんじゃねぇ!さっさとこいつを張ってる奴を見つけてぶちのめさねぇといけねぇだろうが!」
 ランサーの叫びにアーチャーは肩をすくめてみせた。
「ああ。凛がここへ来てそう命じればな。マスターの方針を確認せずに無駄な力は使いたくない」
「てめぇ・・・」
 ランサーは憤怒に顔を歪めてアーチャーの襟を掴み絞り上げた。
「本気で言ってンのか?なんもしてねぇ奴らが意味も無くブチ殺されそうになってるんだぞ!?」
「いつから人道家に鞍替えしたんだ?私の知っている限りおまえもいい男と歯ごたえのありそうな敵以外はどうでも良いという主義だった筈だがな」
 冷たい目で見据えてくるアーチャーにランサーは舌打ちして襟を掴んでいた手を離す。
「ああ。おまえの言う通りだ。それがオレの主義だよ・・・それでも、それでもだ!オレはこんなの認めない!てめぇだって同じだろ!?戦いのない、たった数日の時間が楽しかっただろ!?こいつらにはそれが続くんだ!続いていいんだよ!そういうあたりまえのもんを奪わせねぇ為にオレ達は英雄なんてやっかいなもんになったんだろうが!ああ!?」
「・・・・・・」
 アーチャーは無表情にランサーから視線を外した。冷徹な仕草に蒼の槍兵はチッと舌打ちを漏らして彼女に背を向ける。
「そうかよ。別にオレにはどうでもいいことだしな。勝手にしやがれ・・・」
 言って歩き出したランサーにアーチャーはポツリと呟く。
「・・・私は・・・英雄になどならなければよかったんだ」
「・・・・・・」
 掠れるような声にランサーはちらりと背後を見てから走り出した。ただの一言。
「・・・なら、やめちまえ」
 そう、声を残して。


PLACE:間桐邸正門

 バンッ!と扉を蹴り開けて士郎は間桐邸から脱出した。一瞬遅れて桜も後から飛び出してくる。
「出れた・・・セイバーは!?」
「・・・大丈夫、こちらへ向かっています!」
 ちびせいばーの声に重なり、玄関近くの窓ガラスが吹き飛んだ。同時に銀の鎧を輝かせてセイバーがそこから飛び出してくる。
「セイバー、こっちだ!無事か!?」
「シロウ!・・・はい、私は無傷です。地下で敵サーヴァントと交戦していたのですが、何故か途中で敵が退却しましたので私も退く事が出来ました!」
 セイバーは士郎の隣に移動し、桜と共に間桐邸を見上げた。気配はいまだ複数がそこから感じ取れる。
 そこへ。
「士郎!セイバー!・・・って桜!?もう合流してたわけ!?」
 ガルッ!とタイヤを軋ませて凛の乗った自転車が突っ込んできた。少し遅れてギルガメシュの自転車もスリップしながら門の傍に止まる。
「っていうか何が起きてるわけ!?学園の方から気持ち悪いくらいの魔力がぶちまけられてるわよ!?」
「おそらく、私の結界かと」
「結界!?何世それってあんた誰!?」
 不意に喋りだしたライダーに凛はぎょっとしてのけぞった。
「さっきから居たじゃないか遠坂。ライダーのサーヴァントだよ」
「宜しくお願いします。リン」
「え、ええ・・・ってじゃあ学園の方で暴れてるのは誰よ!?」
「手短に言うぞ遠坂。理由はわからないし詳しい正体も知らないけどライダーになりそこねたできそこないが暴れてる。しかも数が多い。屋敷の中でセイバーが襲われた時に最低でも二人居るのを確認したし他に学園を狙っているやつらも居るらしい」
 その言葉が消えるよりも早く、玄関のドアがゆっくりと開いた。夕闇の中、尚黒いシルエットがそこに浮かび上がる。
「シロウ、屋根の上にも」
 ちびせいばーの囁きに見上げれば、落ちし陽の最後の残光に照らされた影が二つ。
「ライダー、一応聞いとくけど・・・影って何体居るの?」
「8体以上、12体以下だと思います、士郎」
 言葉を交わす間に、先ほどセイバーが突き破った窓からまた一つ。別の窓を叩き割り更に一つ。
「・・・5体。とりあえずここに居る分はこれで打ち止めだと思います」
 風王結界を油断無く構えて囁くセイバーにちびせいばーも同意する。
「・・・ライダー、だっけ?あの影、貴方と同じような姿だけど実力はどうなの?」
「能力だけならばほぼ同等です。宝具もおそらく使用してくるでしょう。直接攻撃の『騎英の手綱(ベルレフォーン)』・・・そして、人間を溶かし魔力として吸収する『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』です。おそらく、士郎達の学園で、こちらが使用されていると思われます」
 瞬間、士郎と凛の顔つきが変わった。
「・・・ライダー。それ、使ってからどれくらいで一般人に影響が出るんだ?」
「魔術回路の無い人間の場合、およそ・・・30分。しかしそれ以前でも、溶解はされ始めると思われます」
「・・・こんなところでグズグズしてる場合じゃないわね。こっちはサーヴァント3人、魔術師3人。あっちは不完全なサーヴァントが5人か」
 凛の言葉にライダーは静かに首を振った。
「申し訳ない、リン。今の私は魔力の大部分を封印された状況です。奴らを倒さぬことには宝具も使えない」
「・・・サーヴァント2、魔術師3」
 凛は呟き、ゆっくりと迫る影の群れを睨む。
「二手に分かれるか?遠坂」
「それしかないでしょうね。でも・・・」
 苦笑する姉に代わり、桜は絶望的な気分で呟いた。
「誰がここを支えるか・・・ですね・・・」
 

PLACE:穂群原学園 3F階段

「な、なんだよこれ・・・う、動け・・・ないよ・・・」
「く・・・面妖な・・・」
 蒔寺と氷室は全身から何かを吸い上げられるような脱力感に膝をついた。
「なんだよ・・・わけわかんない・・・」
 必死に手足を動かし、なんとか逃げようと階段まで来た所で力尽きた二人は仰向きになってその場へ倒れこむ。
本人は知る由も無いことではあるが、生命力に富む彼女達だからこそ、ここまで動けたのだ。敷地内に残っていた生徒達はその大半がその場から動けぬままに恐怖に震えていることを考えれば破格の抵抗力であるといえよう。
「ま、蒔ちゃん!鐘ちゃん!しっかりして、どうしちゃったの!?」
 そんな中、三枝は目に涙を浮かべながらしゃがみこみ、二人の肩を揺すっていた。ふらついてはいるものの、歩く力を残している。
「三の字・・・動けるの・・・?」
「う、うん・・・ものすごく体が重いけど・・・」
 一般人の家庭に生まれても、ごく稀にだが魔術回路を有する者は居る。士郎と同じく彼女もそうなのか、さもなくば他のものよりも生命力そのものが旺盛なのか。
「は、はは・・・由紀っちは・・・鈍い・・・からな」
「うむ・・・違いない・・・」
「そ、そんなことよりどうしよう!?お、お医者さんとか呼ばないと・・・!」
 混乱の極みにある三枝を見て、蒔寺と氷室は顔を見合わせた。言葉なぞ無くとも、その意思は既にひとつ。
「そう・・・だな。三の字・・・すまんが・・・外へ出て・・・医者を・・・」
「保健室で・・・なんとかなるようなもんじゃ、なさ・・・そうだからさ・・・近くにあんだろ?病院・・・そこまで、一っ走り頼むわ」
「ふ、二人も一緒に!わたし、なんとかおんぶとかしてみるから!」
 ふるふると首を振る三枝に蒔寺はいつものようにちょっと馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。
「馬ぁ鹿。体力無い・・・由紀っちに、そんな・・・ことさせたらいつまでたっても・・・つかないってば」
「うむ。早々に行って・・・戻ってきてほしい」
「わ、わかった。行ってくる・・・待っててね?」
 二人の言葉に三枝はうん、うんと頷いて立ち上がり、涙を手の甲でぐしぐしと拭いってよろめきながらも階下へと向かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 その足音が聞こえなくなってから、蒔寺達はどちらからともなく笑い出した。
「あ、はは、は・・・これでさ、とりあえず由紀っちは大丈夫だよな・・・」
「うむ・・・このような不可解な事態だが・・・何も世界中がこうというわけでも・・・あるまい」
 もはや指先と口、目ぐらいしか動かない。二人はなんとか互いの姿を納めようと必死に首を動かそうとするが、見えるのは天井のみだ。
「あ、あたしたち・・・やっぱ・・・死んじゃう・・・のかな?」
「わからん・・・そんなこと、考えたことも・・・なかった」
「や、やだな・・・死にたくないよ・・・なあ、なんとか、なんとかならないかなぁ」
 上を向いたまま動く事のできない蒔寺の頬を涙が伝う。いくら強がろうと、体が全く動かぬ状況は耐えがたい絶望で少女の心を押しつぶしていたのだ。無理も無い。
「・・・なんとかなるなら、なんとか・・・している」
 一方で氷室とてそれは変わらない。涙こそ流れはしないが絶望に押し潰され、心は千々に乱れる。
「どうしよう・・・」
「どうにもならん・・・」
 二人が絶望し、そう呟いたその時。
「あ・・・」
 視界の隅に、人影が横切った。
「た、助け・・・」
 力を振り絞り呼びかけようとした声がそこで止まる。その声を聞きつけた『それ』が、ゆっくりとこちらを向いたのだ。
 影。そう、それは人影。文字通りの。黒く塗りつぶされた人の形。
「ば、化物・・・!」
 蒔寺は思わず悲鳴をあげる。ずるりとこちらに足を踏み出したのは、どろりとした闇が凝り固まった人型の何かだった。頭にあたる部分に切れ込みの如く広がっている真っ赤な口がカチカチとその牙を鳴らす。
「おい、やめろ、来るなよ・・・」
「有り得ん・・・なんだこれは・・・」
 二人の声に答えず『影』は四つんばいになった。蜘蛛の如き動きでもって二人に迫る。
「お、おい、ひょっとしてあれ・・・」
 事ここにいたり、ようやく少女達は相手が何をしようとしているかに気が付いた。
「・・・首を、見ているな」
 恐怖に舌を凍らせながら、氷室はようやくそれだけ口にした。『影』はゆっくりと二人の頭上にたどり着き、カパリと顔の半分ほどもある口を開いた。
 そして。
「きゃあああああああああっ!?」
 悲鳴だけは・・・やけにはっきりと、口をついた。


PLACE:穂群原学園1F 保健室前

「!」
 イスカンダルは、どこかから聞こえた悲鳴に振り返った。
「・・・助けに?いや、あの辺なら近くに二人が居る。どちらかと言えば問題は・・・」
 呟いて掌を開く。そこに握られていた探索のルーンを刻まれたチョーカーは廊下の向こうにスッ・・・と飛び。
「・・・・・・」
 パリンッ!という音と共に窓ガラスを突き破って打ち込まれた釘剣に打ち砕かれて床へ落ちた。
「ボクの、方だね・・・なんだろあれ。ただのサーヴァントじゃないみたいだけど・・・危険だってのは変わらないみたいだね」
 イスカンダルは呟き、割れた窓からずるりと入ってきた影の固まりを見つめる。
(戦力分析。筋力B、魔力A、耐久B、幸運E-、敏捷Cってとこかな。ライダーだってことは強力な直接攻撃宝具も持ってるだろうし、ちょっとピンチかもね)
 一歩後ずさり、イスカンダルはポケットに手を入れて頷いた。
「それでも、ほっとくわけにはいかないんだね。ボクが相手になるよ。なるけど」
 語りかけると同時にぐいっとこちらを向いた『影』に対応し、イスカンダルはポケットから手を引き抜いた。そこに握られているのは携帯電話。
「悪いけど助っ人、呼ばせてもらうんだね。勝負は簡単、ボクが呼んだ彼女が到着するまでに・・・」
 メモリから素早く番号検索、コール。
「ボクを、殺せるかな?」
 刹那、『影』が床を蹴った。反射的に飛びのいたイスカンダルの足をかすめて振り下ろされた拳がドゴン・・・!とリノリウム張りの床を数メートルにわたって陥没させる。
「やるね・・・!」
 着地と同時にターン。そのまま勢いを殺さずに疾走体制へ移行。イスカンダルは繋がった携帯電話を耳に当てて走り出した。
「もしもし?悪いけど、助っ人の出前をお願いしたいんだねっ!」


PLACE:穂群原学園3F階段

「きゃあああああああああっ!?」
 悲鳴を上げながら硬く目をつぶった蒔寺は、頭上で響くどんっ・・・という鈍い音にそろそろと目を開けた。
そこには。
「大丈夫かい?いや、動けねぇのは見りゃわかる。どっか噛み切られたりしてないか?」
 拳を振りぬいた姿勢でこちらを見下ろす背の高い女性の姿が映った。先ほどの『影』は、視界の隅ぎりぎりの辺りで倒れたまま動かない。
「あ・・・う・・・」
 恐怖に凍った舌は先ほどの悲鳴が嘘のように動かず、ひと欠片の言葉さえ発することが出来ない。
「ははは、大丈夫そうだな。怖がんなくていいぜ?オレはまあ、あれだ」
 ランサーは説明の言葉をいくつか選び、一番気に入った一言のみを名乗ってみた。
「そう、オレは正義の味方ってヤツだ」
「え・・・」
 絶句する蒔寺にニヤリと笑いランサーはその額に指を当てた。もう片方の手で氷室の額にも指を乗せる。
「あ・・・ぅ・・・!」
 ひんやりとした指先に反射的に身を捩った二人を軽く抑えてもう一度指を額に這わせる。
「動くなって。今応急処置してやるからよ。安全なところまで送ってやるとか言いたいとこだがあいにくと学校全体がやばい。ここは特に危ないでさっさと逃げるんだな」
 そう言ってランサーは両手で同時に守護のルーンを描いた。わざわざ刻み込まなくても魔術に対する抵抗力の低い一般人相手だ。簡単に効果を発揮する。
「う、後ろ・・・」
 恐怖が解けたのか言って来た氷室にランサーは肩をすくめた。
「わかってる。あの程度で倒せたわけじゃねぇさ。だけどまだ起き上がってもいねぇんだぜ?」
「うし、後ろ、あれ、化物・・・」
 魔力を込め、発動。この程度でも動ける程度にはなったはず。
「よし、いいぞおまえら。さっさと逃げろ」
「後ろ!」
「わかってるって」
「違う!もう一人・・・っ!」
 ランサーは目を見開いた。二人を突き飛ばし、素早く背後に向き直る。
「・・・っ!」
 そこに居るのは床に叩きつけられて倒れたままの『影』。そして・・・音も無く駆け込み、釘剣を振り上げたもう一体の『影』!
「くそっ!またオレは・・・!」
 二度までも油断から致命的なミスを招いたランサーは己のうかつさを罵りながら釘剣の切っ先を睨んだ。一秒に満たない時間でそれは振り下ろされ、そして彼女の頭蓋を貫くだろう。
「それがどうした!諦めるかってんだよ!」
 ランサーは叫び、そして釘剣は打ち下ろされ。

 結局、よけることなど叶わなかった。


6-11 Key of the Twilight

PLACE:穂群原学園3F階段

 よける事は、叶わなかった。釘剣は容赦なく振り下ろされ、飛び退くにも腕で受けるにも時間は足りない。
 だが。
「投影・・・開始ッ(トレース・オン)!」
 鋭い叫びと共に、ギンっ・・・と、鋭い金属音がランサーの前で弾けた。切っ先は頭蓋に・・・届いていない。
「・・・世話の焼ける」
 皮肉気な呟きと共に赤い外套が揺れる。振り下ろされた釘剣は、強引にそこへ割り込んできたアーチャーの短刀・・・干将莫耶の二本に受け止められランサーの頭上で静止していたのだ。
「・・・!」
「ふん・・・!」
 音の無い叫びと共に釘剣に力を入れる『影』にアーチャーは付き合わなかった。左の短刀で僅かに軌道をずらし、髪をかすめて通過するそれに構わず右の短刀を影に突き立てる!
「!?」
 影は表面に刃が触れたところで素早く跳びずさった。間合いをとり、釘剣の鎖を持ち鞭の如く振るう。
「ふん・・・!」
 それに対しアーチャーは即座に『影』の懐に飛び込んだ。鎖で振り回した釘剣は、間合いこそ広いが内には居られれば無力だ。
「所詮は力押し・・・!」
 紅の弓兵はそのままニ刀を同時に撃ち出した。無防備なわき腹へ左右から挟みこむように黒と白の刃が迫り。
 ギシリ。
「な・・・」
 岩の擦れる鈍い音を立ててその動きは唐突に静止した。
「・・・・・・」
 軋む首を無理矢理曲げた視界に映るのは、先ほどまで倒れていたもう一体の『影』。そしてその顔に煌々と輝く邪眼であった。それはシングルアクションで『石化』という上位魔術を行使する瞳。もつて、『魔眼キュベレイ』と呼ぶ・・・!
「くっ!まさか魔眼まで使えるとは・・・!」
 アーチャーの対魔力は弱い。生前からの弱点が英霊となった後も残っているからである。
「・・・!」
 魔眼を解放している『影』の投擲した釘剣と今、目の前に居る『影』が振り上げた釘剣。完全石化こそしていないものの動きの鈍った体でその二つを防ぐことは不可能。
ならば。
「貴様だけでも・・・殺す」
 アーチャーは横合いから飛来する釘剣を完全に思考から消し去った。鈍った体ではそれすら叶うかわからぬが、せめて目の前のこの敵だけでも葬る・・・!
「って馬鹿かてめぇは!」
 瞬間、怒声と衝撃がアーチャーの体を突き抜けた。それは、どちらもランサーのもの。青い皮鎧に身を包んだ槍兵はサーヴァント随一と称されるその俊足で持ってアーチャーに飛びつき、床に引き倒したのだった。一瞬送れて二本の釘剣が頭上を通過する。
「な・・・」
「な、じゃねぇってんだ馬鹿!相打ちになってどうすんだよあんな『影』如きに!」
 叫びざまランサーはゴロゴロと転がり間合いを開けた。
「ったく、魔術師のくせに防御の術の一つもねぇのかおまえは!」
「く・・・煩い!先に助けられたのはどっちだと思っているのだ!」
「オレだよありがとうよ!」
 立ち上がったランサーはゲイボルクを召喚し、素早く自分の鎧に防御のルーンを刻み込む。
「・・・よし。ご大層な魔眼のわりに威力は低いぜ。どうもあれは偽物っぽいな。こいつでも十分防げる」
 言いながらアーチャーの皮鎧にも同じルーンを刻んだランサーは倒れたままの彼女にすっ・・・と手を差し出した。
「さっきは言いすぎた。ごめん」
「・・・おまえ」
 ぺこりと頭をさげたランサーにアーチャーは戸惑いの顔を見せる。
「でもよ、嘘はいけねぇぜ?おまえ・・・しっかり助けに来たじゃねぇか。そういうのをさ、普通は英雄とか・・・」
 笑う。ニヤリと不敵に。
「さもなきゃ、正義の味方っていうんだぜ?」
「正義の・・・味方だと・・・?」
 その意味がわかっているのか?とアーチャーは槍兵を睨む。だが、ランサーは笑ったまま動じない。
「オマエにとっての意味なんて興味ないね。オレにとって大事なのは、おまえが見た目より熱いヤツだって事と・・・」
 手を強引に掴みアーチャーを引っ張り起こしてランサーはピッ・・・と槍をしごき『影』を睨みつけた。
「それと、オレを助けてくれたってこと、それだけだ!だから・・・許さねぇ!オレの仲間に呪いなんぞかけやがって!抉ってやる!」
 咆哮と共にランサーは床を蹴った。影たちが釘剣を構えるよりも早くその肩口を鋭く貫く。
「こないだの奴と違ってまだ肉体があるみてぇだな・・・っと!?」
 呟きながらサイドステップ。背後から弧を描いて飛来した釘剣を槍の柄で払い、反撃の一突きでもう片方の腿を深く抉り取る。
 だが。
「クソッ!復元しやがった!」
 重傷と呼べるその損傷は一瞬で消え去った。それは、確かに回復というよりも復元と呼ぶにふさわしいものだ。
「ランサー!下がれ・・・!」
 それを見たアーチャーは再度双剣を手に駆け出した。ランサーの背後を取ろうとしていた『影』を肩口からの体当たりで突き飛ばし、双剣で追い討ちをかける。
「ゴタゴタ言ってる場合じゃねぇだろうが!こいつらを潰さねぇと何人死ぬかわからねぇぞ!?」
「わかっている。だがとりあえずはそこの二人が危険だ!」
 その指摘にランサーはちらりと横を見た。人間など触れるだけでミンチに出来る斬撃の、刺撃の、叩撃の嵐のすぐ傍で、蒔寺と氷室は呆然と立ち尽くしている。
「馬鹿!てめぇらさっさと逃げろって・・・!」
「無理だ。ショックで思考できる状態ではなくなっている・・・どこかの階に避難させてくれ」
 二人は同時に双剣と槍を繰り出し、『影』を切り裂いた。すぐに復元するものの衝撃で『影』達は背後へと吹き飛ぶ。
「おまえ一人でこいつらを支えるのか!?」
「ふん・・・言ったことがるだろう。この身には、ただの一度の背走も無い・・・!」
 叫び、アーチャーは『影』へと追撃をかけた。間合いを取ろうとする『影』達へ交互にコンパクトな斬撃を叩きつけていく。
「ちっ・・・わかった。死ぬんじゃねぇぜ相棒ッ!」
「だれが相棒だ。さっさと行け」
 こんな時でもつっこみは忘れないアーチャーに背を向けてランサーは蒔寺達の手を掴んだ。
「アーチャー!やばそうだったら窓からそいつを叩き出せ!オレが片付けてやる!どんなタイミングだろうとな!」
 返答は無い。僅かに挙げた右腕を合図にランサーは二人を引きずって階段を登り始めた。
「ふん・・・」
 アーチャーは薄く笑い、壁に突き立てた右の短刀を足場にバク宙をして攻撃を回避。着地ざま身をかがめて右の『影』の足を払い、立ち上がりざま魔術回路を起動する。
「投影開始!」
 無手となった右手に音も無く現れたのは先ほどと全く同じ短刀。倒れた『影』にそれをつきたててアーチャーはもう片手で大きく刃を振るい打ち込まれた釘剣を切り払う。
「来い・・・これも案外、本来の役目なのかもしれんからな・・・!」


PLACE:間桐邸前

「わたしが囮になるわ。みんなは学校の方をお願い」
「俺が囮になる。みんなは学校の方を頼む」
 凛と士郎は同時に同じことを言って顔を見合わせた。
「士郎が囮になってどうするのよ!勝算あるの!?」
「無いよ。でも俺は頑丈だし」
 あっさりと言い放たれて凛は深いため息をつく。
「あのねえ、それだけで何とかなるわけ無いでしょうが。あんたの投影はどっちかっていうと攻撃向きの魔術だし瞬殺されるのがオチ。わかってないようだから言っとくけどね、サーヴァント相手に魔術師が戦い挑むなんて無謀どころかただの自殺よ自殺!」
「む・・・でも遠坂だって一人であいつと戦おうとしてるんだろ?」
「でもわたしは自分を守りきるだけの手札があるもの」
 凛はきっぱりと言い切った。彼女が実現できないことは口にしないということを士郎は知っている。と、いうことは・・・
「できる・・・のか?」
「まあね。余裕ってわけじゃないし、気を抜いたら秒殺されるだろうけど」
 言って、胸の辺りを・・・そこにあるペンダントを軽く撫でる。
「ともかく、この中で最低限の戦力を置いてくってことになったらわたししかないのよ。わかったらさっさと行きなさい!」
 叫び、凛は一歩踏み出した。それに反応した最も近い『影』がズダンッと地を蹴り・・・
「ふん、さっさと行くのは貴様だ。雑種の娘・・・!」
 全てを圧する声と共に、『影』は空中でビクリと手足をねじれさせて背後へと吹き飛ばされた。その胸に深々と突き立てられた一本の剣によって館の外壁に叩きつけられる。
「・・・ギルガメシュさん?」
 呆然と呟く士郎の前にギルガメシュは歩み出た。彼の胸までしかないその小さな背が、今は無限の威厳で持って他者の介入を拒んでいる。
「足止めだと?そんなことだから貴様らは雑種に過ぎんのだ」
 倣岸にして不遜。サーヴァントの影如きに囲まれた所で痛痒でもないと、金の英霊は睥睨する。
「王たる者の戦術は殲滅のみ、他の策など必要ないわ」
 もう一度指を鳴らせば空間に亀裂が入りそこから数十本単位の宝具がその切っ先を見せている。
「この程度の敵・・・数百度殺した所で我には遊び同然だぞ、雑種!」
 ニヤリと笑いギルガメシュは手を振り上げた。屋根の上から跳びかかろうとしていた『影』が10本を越える剣に貫かれて地に落ちる。それを合図に釘剣を振り上げた『影』達にも宝具の群れが撃ち出されその動きを封じた。
「行け雑種。貴様には貴様なりのすべき戦いがあろう?
「!・・・ギルガメシュさん。後、お願いします!」
 士郎は頷き、迷い無く踵を返した。
「任せておくがよい・・・何故我が英雄王と称されるのか、見せてくれよう!」


PLACE:穂群原学園3F廊下

 繰り出された剣閃は何十合目か。アーチャーは振り回された釘剣の下へと潜り込み『影』の腹へと自らの剣を叩き付けた。しかしそれが届くよりも早くもう一人の『影』の攻撃がその身を抉らんとするのを感じてそのまま床を転がり回避。
「・・・知能なぞなさげに見えて、これはこれで連携してくるとはな」
 立ち上がりアーチャーは呟いた。
「しかしその程度では私の身には届かん」
 言いざま、アーチャーは右の短刀を消滅させる。
 彼女の好むこの双刀は夫婦刀だ。手放せど失われどこの世にある限り伴侶の下へ戻って来る。そして今、その片方が消滅し、この世界に存在する伴侶は・・・
「行くぞ・・・!」
 数分前に壁へと刺した一本のみ!それは自ら壁を離れ背後から『影』を襲う!
「!?」
 ざくり、と。背中を抉られた『影』へとアーチャーは突撃した。もう片方の『影』が間合いを取ろうと飛び退くのを見ながら魔術回路を起動。
「投影完了・・・!」
 再度右手に短刀を投影したアーチャーは両の刃を『影』へ叩き込む!
「!」
「む・・・」
 刹那、『影』は両の腕を剣閃に差し込んでそれを防いだ。胴を両断する筈だった一撃は腕二本を共に斬り飛ばしながらも致命傷を与えられず脇腹へ中途半端に食い込む。
「・・・投影開始!」
 アーチャーは即座に武器を放棄した。彼女の戦い方の最大のメリットは同一の武器を無限に複製できることだ。即座に現れた同一の双剣で首と心臓を同時に狙い・・・
「・・・・・!」
「何!?」
 驚愕の声が洩れた。『影』の切断された筈の両腕が瞬時に再生し彼女の腕を掴んだからだ。
「く・・・ここまでの再生力とは・・・」
 純然たる力比べになれば、筋力において優れた所の無いアーチャーでは魔獣の性質すらもつライダーの写し身に対抗できない。体勢を崩され、窓に押し付けられる。
 そして。
「っ!?」
 幾多の戦場を駆けて培った経験が警鐘を鳴らした。確かに身動きが取れないがこの程度は窮地でもない。本能のみで戦っていようと『影』もそれはわかっている筈。
 ならばこれは?
「捨て駒か!」
 視界を巡らせる。離脱したもう一方の影はどこだ!?
 それは、数十メートルを経た向こうに居た。蜘蛛のように四つんばいになり、漆黒の血で編まれた召喚陣を展開して。
「・・・・・・」
 声無き召喚に答えて召喚陣陣から黒い天馬が姿を現し、逃れようにも腕は完全に拘束されている。揺るぎもしない。

『やばそうだったら窓からそいつを叩き出せ!』

 脳裏をよぎるのは蒼の槍兵が叫んだ言葉。
「ふん・・・言われずとも・・・!」
 瞬間、アーチャーは膝を振り上げていた。狙うは『影』の脇腹に喰いこんだままの短刀の背!
「・・・!?」
 脇腹から体の中心部へと鋼を打ち込まれた『影』はその衝撃に手を緩め・・・
「堕ちて砕けろ・・・!」
 その機を逃さず拘束から逃れたアーチャーは『影』の喉元を右手で掴み、左手で腕を引きざま相手の太腿を内側から跳ね上げる。
「!?」
 頭からガラス窓に突っ込んだ『影』はその勢いのままに空中へ投げ出されて視界から消える。同時に。
『騎英の手綱(ベルレフォーン)・・・』
 黒の天馬に跨った『影』が発した初めての言葉・・・真名が廊下に重く響いた。漆黒の光弾と化した『影』は時速数百キロにも達する超高速と全てを飲み込む魔力の渦でもって進路状の全てを打ち砕き迫る。
「・・・投影、開始」
 アーチャーは静かに魔術を行使した。
 迫り来る黒き彗星を止めうるものなど、投影できる筈も無いとしても。


PLACE:穂群原学園2F階段前

「ぁ・・・は・・・ぁ・・・」
 三枝はともすれば崩れ落ちそうな体を壁で支えながら階段を降りる。
 いつも通っていたこの階段はこんなにも長かっただろうか?自分の足は本当に進んでるのだろうか?
 ともすればネガティブな考えが浮かぶのを打ち消して三枝は体を引きずる。
「早く、お医者さん・・・」
二人が、待っているのだ。大切なともだちなのだ。人見知りが激しくて、とりえと呼べるものも無くて、こんなにも駄目な自分に仲良くしてくれた人なのだ。
勉強についていけなかった頃に手伝ってくれた氷室も、男の子に囲まれてどうしたらいいかわからなかったときに助けてくれた蒔寺も、かけがえの無い親友だから。
「急がな・・・くちゃ」
 あのひとのように颯爽とはいかなくても。せめて、諦めない。
 前だけを見据えて階段を降りる三枝の体を・・・
 黒い閃光は、容赦なく吹き飛ばした―――


PLACE:間桐邸近く

「乗って!」
「乗りなさい!」
 士郎と凛にせかされてセイバーと桜はそれぞれの自転車の荷台に座った。
「ライダー、結界を解除するには・・・」
「基点を破壊するか、宝具並みの神秘を持つ魔術で破壊するかです」
 つまり、学校内のどこかにある中枢を見つけるか、学校全体に魔術を行使するかの二択。ならば・・・
「わかった。お願いしたいことがある、ライダー」
「なんでしょう」
 その言葉にライダーは首をかしげた。
「俺の家にキャスターが居る。彼女ならあるいは結界を中和することができるかもしれない。学校まで連れて来てほしいんだ。家の場所は・・・」
「存じています」
「え?」
 凛の疑問に仮面の英霊はクスリと笑う。
「詮索は後です。魔力を制限された身とはいえ、この子は私の一部・・・」
 そして、召還した釘剣で。
 ガッ・・・と、自らの首を抉った。
「っ・・・」
 思わず息を呑んだ桜の前でそれは召還の魔法陣となり、赤い円紋章を突き破り純白の翼馬・・・ペガサスが姿を現す。
「キャスターを連れてすぐに私も向かいます。皆さんは・・・」
「わかっている。先に行くぞ!」


PLACE:穂群原学園 4F廊下

「よし、この辺ならいいだろ」
 ランサーは呟いた。ここまで手を引いてきた二人を適当な教室に押し込んでうむと頷く。
「じゃあな少女たち。しっかり隠れてんだぞ?」
「ぁ・・・」
 大分ショックから抜け出したらしい二人が何か言うより早くドアを閉め、追求を打ち切った。何しろ答えられる類の問いなどほとんど無い。
「さって、状況はどうかな」
 そう言って気配を探ろうとした瞬間。
 ガシャン・・・!と窓ガラスがはじけ飛ぶ音がした。階下だ。
「来たか!」
 瞬間、ランサーは走り出していた。気配を頼りにその神速を発揮し、音のしたその直上へ移動する。そして・・・
「そりゃああっ!」
 そのまま、窓を突き破ってランサーは外へ飛び出した。真っ赤な壁のような結界が目に飛び込み、そして地面に落下して行く、わき腹に黒い短刀をつきたてられた『影』。
「ははっ、あいつ・・・きっちり叩き落しやがったか」
 それを視認し、ランサーはぐるりと空中で回転した。頭を下にし、即座に召還した赤い槍を地上へ向けて魔力を開放する。通過した三階の廊下が何やら閃光を発して爆発したが無視。
「奴は、この程度の敵に遅れをとったりしないからな・・・!」
 互いに落下中の身では攻撃など出来るわけが無い。少なくとも止めがさせるような攻撃は足場の無い空中ではできない。
 そう。普通ならば。
「だが、オレ達が普通なわけないよなあ!」
 叫びざま蒼の英雄は校舎の壁を全力で蹴りつけた。視界を流れる景色の速度が速まり、落下中の『影』の姿が大きくなる。手が届きそうなほどに。
「刺し穿つ(ゲイ)・・・・」
 そう、彼女にとって必要な条件はそれのみ。間合いに納まっている全ての敵に待つのは唯一つの明快な結論。
「!」
 影が釘剣の鎖を振るい打ち落としにかかるが、そんな事は意味を持たない。この、半径2メートル程の領域こそが彼女の神域。それはつまり、因果逆転する死の結界!
「死棘の槍(ボルク)!」
 真名の開放と共に撃ち出されたその槍は、命中という結果をあらかじめ持つが故に必中!
「!?」
 そして、交差。
 真紅の魔槍は狙い過たず、『影』の心臓を貫いてその残骸を地上へとばら撒き。そして!
「このまま・・・砕け散れぇっ!」
 ランサーは後数メートルのところに迫った地上へと『影』ごと槍を投擲した。
「!―――」
 悲鳴のような音を発しながら『影』は地面へ叩きつけられ・・・
 バシャリ。
 水をぶちまけるような音と共に爆散して消えた。黒くどろりとした残骸となったそれもすぐに魔力となって拡散し、赤い槍だけが肯定に突き立っている。
「ふん・・・結局雑魚かよ」
 ランサーは呟いて地上すれすれでくるりと身を翻して着地した。
 彼女が求める、全力の戦いには、まだ遠い。
 
 『影』・・・1体撃破。

 

PLACE:穂群原学園3F

「・・・・・・」
 黒天馬を還送し、『影』はゆっくりと振り返った。
 そこには何も無い。穂群原学園の二階廊下はごっそりとくり貫かれ、床を、天井を、壁を失っていた。放課後であり生徒があまり残っていなかったのは幸いだと言える。
「・・・・・・」
 何の感慨も見せず『影』はその場に立ち竦み。
「"I am the bone of my sword"(我が骨子は 捻れ 狂う)」
 唐突に聞こえた声と共に、その体が震えた。
「・・・・・・」
 ゆっくりと見下ろす。右足が無い。脇腹から右腕にかけてと一緒にごっそりと削り取られている。
 床を貫通して天井に突き立った、捻れた剣によって・・・!
「−−−"偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)"」
 声と共に天井に突き立った剣は閃光を発して爆発した。灼熱するエネルギーの塊に焼かれて『影』はビクリと震えた。
「・・・ふん」
 そしてアーチャーは呟いた。足元に転がるのは、名の在る神殿の礎から削りだしたという巨大な斧剣。彼女はこれで、床を打ち砕き階下へと逃れて居たのだ。
「本物の『騎英の手綱』であればこの程度の手段では回避できなかった筈だがな。所詮・・・出来の悪い贋作か」
 呟き、アーチャーは投影した短刀を頭上に投げた。『騎英の手綱』と『偽螺旋剣』の衝撃で脆くなった天井が砕け、『影』の体がどさりと足元に落ちてくる。
「ふん、まだ再生するのか」
 びちゃりびちゃりと音を立てて破損部分が盛り上がっていくのを眺め、アーチャーは呟いた。
「消え失せろ。投影開始−−−」
 倒れた『影』の上にのばした手に生まれたのは折り曲がった刀身を持つ礼装短剣。
「その執着、破戒する・・・『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)』」
 真名を開放して手を離すと、魔術破りの短剣は『影』の中心に突き立った。
「・・・ぁ」
 かすかな声と共に『影』の体が崩れた。びちゃりと床に黒い液体が広がって消える。
「・・・偽物の末路など、こんなものだ」

 『影』・・・2体撃破。


PLACE:穂群原学園校庭

「・・・着きました」
 校庭に降り立った天馬の背でライダーは同乗者にそう告げた。
「ありがと!うわ・・・中からはこうなってのか・・・」
 キャスターはぴょんっと飛び降り真っ赤な空を見上げた。
「目標がどこだかはわかりますか?キャスター」
「大丈夫。魔力の流れなんてものはみればわかるもん」
 キャスターはぽんっと胸を叩いてみせる。
「まだ内部には複数の『影』が居ます。気をつけてください」
「ええ。ライダーさまはどうなさるんですか?」
 問われ、ライダーは仮面で隠された目を伏せた。
「残念ですが、今だ魔力が戻りません。ここでサクラ達を待たせて貰います」
「うん、わかったよ。気をつけてね・・・!」
 走り去る背中を眺め、ライダーは天馬を還送した。真紅の眼球を模した結界に、厳しく顔を引き締める。
「これを、私が行う可能性もあったということですか・・・」


PLACE:間桐邸前

 それは、戦いではなかった。
「ほう?まだ再生するか」
 聖堂教会の騎士団を軽く屠れるサーヴァントの写し身が4体。直接破壊力において、それは完全装備の戦闘機にも等しく、街一つを滅ぼして余りある戦力であった。
 だが。
「立つがいい。我を喰ろうてみたくはないのか?」
 挑発の言葉に『影』達は不自然な挙動で立ち上がった。斬り裂かれ、貫かれ、叩き潰された四肢をずるずると引きずって。
「そうだ。それでいい」
 ギルガメシュは鷹揚に腕を組み笑った。既に『影』を打ち倒すこと十と七回。もはや戦況は決し、それは既に残兵処理、掃討戦に過ぎない。
「ふむ、結局のところ丈夫だけがとりえか。その程度の力で我らに挑むなど笑止」
 パチンと指を打ち鳴らすのに合わせて『影』達は本能的に危険を感じ一斉に上を向いた。
「!?」
 だが。
 そこに空は無かった。
 有るのはただ、刃刃刃刃刃刃刃刃。隙間無く上空一面をびっしりと覆い尽くす武器の群れがあるのみ。数にして、1万と2千!
「貴様らにも飽きた、疾く消えうせるが良い」
 その言葉に『影』達は一斉に地を蹴った。人間の目には映らぬほどのその突撃に・・・
「即興で名付けよう」
 ギルガメシュは優雅に告げてその手を振り下ろした。
「喰らうがいい・・・『黄金王の戦槌(ゴルディオンハンマー)』!」

 ドンッッ・・・!

 響いた音は一度きりだった。
 点では無く、線でも無く、面を構成した宝具による50メートル四方への同時着弾。それは生命非生命問わずありとあらゆるものを砕き消し去る暴虐なる殲滅の一撃!いかな強烈な再生力を持とうが意味も無く、『影』達は瞬時に消滅した。
「ふん・・・暇つぶしにもならんわ」
 
 『影』・・・6体撃破。


PLACE:穂群原学園1F

「ほら、こっちなんだねっ!」
 イスカンダルは背後から迫る『影』においでおいでと手招きをした。
「っと!」
 即座に撃ち込まれた釘剣の投擲を転がって回避しまた走る。
「それにしても・・・10分も続ければ・・・なかなか狙いも正確になってくるねっ!」
 逃げつづけること既に10分。時に接近戦を、時に遠距離からの釘剣投擲を受けながらいまだ彼女は無傷だ。だが、『影』も慣れてきたのだろう。徐々に回避できる距離が際どくなってゆく。
「いやあ、そろそろヤバイっとうわっ!」
 唐突に加速して追いついてきた『影』の薙ぎ払いをイスカンダルは体を二つ折りにするようにして回避した。慌てて速度を上げ、引き離す。
「今まで手を抜いてた?いや、違う。いきなり地力が上がったとしか思えない・・・さっき上のほうで爆発が聞こえたけどそのせい?」
 呟き、考える。もう少しで廊下が終わる。先程はなんとか『影』を翻弄して階段から二階に逃げたが、再びそれが出来るだろうか?明らかにスピードも筋力もあがっている今の『影』に?
「いや、無理かな・・・接近戦でガチられたらかないっこないよっ」
 暗い未来予想図が浮かびそうになった、瞬間。
「?」
 ちらりと進路上に白い物が見えた。
「あ・・・」
 それは階段へ続く角からすっと伸びた繊手。その人差し指がすっ・・・と下を指して引っ込み。
「・・・OK、だねっ1」
 イスカンダルはにぃっ!と満面の笑みを浮かべた。
 背後には『影』、距離は数歩。前方には角、距離は5メートル。
「さあ来い!最後の勝負なんだねっ!」
 叫びざまイスカンダルはダンッ・・・!と地を蹴った。空中で半回転し、こちらに迫る『影』と正面から睨み合う。
「・・・!」
 間合い内に敵対サーヴァントを認めた『影』は加速し、釘剣を横薙ぎに振るった。しかし。
「っと」
 イスカンダルは薙ぎ払われた釘剣を持つ、その手首を空中で蹴り上げた。これまで一度も無かった反撃に『影』は避けきれず手を跳ね上げられてしまう。
 それを見ながらイスカンダルは反動で地面に落ち。
「よっ・・・と!」
 落下の瞬間、地上すれすれに光が渦巻いた。それは瞬時に磨きぬかれた金属製の長方盾(ヒーターシールド)になり、彼女の体を受け止めて即席のそりになって床を這う。
「チェック、メイト」
 呟きと共にイスカンダルは盾に乗って曲がり角を通過し。
 閃ッ・・・!と、それを追った『影』を三重の白光が通過した。
「・・・・・・」
 それは白刃。完全同時に振るわれた三重残撃。『影』は首の前後と胴体を真横に通過した三つの輪に分解され、ただのパーツと化して慣性のまま吹き飛んだ。バラバラに壁へ叩き付けられ、びしゃりと液状になって消えうせる。
「・・・つまらないものを、斬ってしまいましたね?」
 それを見届けた剣の主・・・佐々木はそう言って袂で口を隠し笑った。
「ふぅ、ありがとうなんだねっ!小鹿っち!」
「いえいえ。お買い物のついでですのでお気になさらず。来るときもキャスター様と一緒にライダーさまに送って頂けましたし」
 駆け寄ってきたイスカンダルはうんっと頷き彼女が振るった獲物に目を向ける。
「それにしてもよく切れるねっ!」
「ええ、でも残念です」
 そう言って佐々木はそれを・・・台所から持ち出した『出刃包丁』を買い物かごにしまった。
「一生懸命研いだのですけど、さすがにこれ、もうお料理には使えませんね?」

 『影』・・・7体撃破。

PLACE:穂群原学園校庭

「着いたっ!」
 凛は叫びながら自転車から飛び降りた。コントロールを失った自転車から桜が投げ出され、ゴロゴロと地面を転がって停止。
 一方で士郎とセイバーは同時に自転車を乗り捨てた。危なげなく着地し、赤く染められたままの空と校舎を睨む。
「3階の廊下が無い・・・」
「誰も死んでないって願うしかないわね。先に着いてる筈のライダーは?」
「ここです」
 ライダーは4人に駆けよって桜を助け起こした。
「既にキャスターとアサシンが中へ入りました。マキリ邸でも前アーチャーが『影』を撃破したようです」
「そう、残りはわかる?」
 凛に問われサーヴァント達は意識を凝らす。
「おそらく・・・3体ほどかと」
「同感です」
 ライダーとセイバーの言葉に凛は頷き、校舎を指差した。
「ともかく、中にまだ残っているのならわたし達も行かなくちゃいけないわね」
「ああ。行こ・・・」
 そう言って士郎が歩き出そうとした時だった。
「シロウ!危ないッ!」
 耳元で鋭い警告の声がした。同時に小さな影がその肩から飛び出し、ギィン・・・という金属音が空中ではじける。
「ちびせいばー!?」
 その音は、彼の頭めがけて飛来した釘剣を少英霊が打ち落とした音であった。反動でぽぅんと弾き飛ばされたちびせいばーを抱きとめ、大きく跳んで釘剣が飛んできた方から距離をとる。校庭の樹の一本に、かの『影』は潜んでいた。
「ちっ・・・校舎の外にも一体いたわけね」
「ええ。リン、ここは私が引き受けます。貴方達は中へ」
 セイバーはスッ・・・と風王結界を構えて『影』の方へ向き直る。
「ライダー、戦える?」
「身を守る程度なら。ですが、あなた方を守りながらあれを倒しうるかは・・・」
「わかった。ライダーは引き続き身を守っていてくれ。俺達は中のみんなと合流する」
 頷いてライダーはとんっ・・・と身を翻し、士郎達もまた校舎の中へと走り出した。
「・・・!」
 そうはさせじと『影』は釘剣を構えて樹から大きく跳躍したが、
「何をしている。貴方の相手は私だ・・・!」
 烈風の如く地を蹴ったセイバーの刃を受けて地面にたたきつけられた。その間に士郎達は校舎へ入り、後にはセイバーと『影』だけが残される。
「ゆっくりもしていられませんので、早々に終わらせてもらいます」
 言うが早いかセイバーは『影』へと斬りかかった。黒い釘剣と風王結界が打ち合わされてガギンッ!と鈍い音を立てる。
「・・・・・・」
 力負けしてよろめいた『影』は素早くバックステップして体勢を立て直し、校舎目指して走り出した。苦さじとセイバーもその後を追う。
「中へ・・・いや、違う!」
 凄まじいスピードで校庭を駆け抜けた『影』はそのままの勢いで壁を蹴った。垂直の壁をもろともせずに駆け上ってゆく!
「逃げるか・・・!」
 セイバーは一声叫び地を蹴った。同じく校舎の壁を蹴り昇り、頭上を行く『影』を追う。4階の高さなどまるで児戯。ものの数秒でそれを昇りきって屋上に降り立つ。
「む・・・?」
 だだっ広いそこに『影』の姿は無かった。気配は感じるが結界の影響で茫洋としその位置がつかめない。
「成る程」
 セイバーは静かに剣を下ろした。屋上。最上階であるのは都合がいい。
 数秒。何もせずに佇むその時間の末。
「・・・!」
 その無防備な後頭部目掛けて『影』はフルスピードで飛び掛った!それは飛来するライフル弾の如き超高速。完全な死角からの攻撃はセイバーにとっての見えない一撃であり・・・
「忠告する」
 しかしセイバーは振り返りざまに突き出した風王結界でもって『影』の一撃を難なく弾き、その腹部に切っ先を埋め込んでいた。
「私に奇襲は通用しない」
 それは騎士王の最大の武器。もはや予知能力とすら言える絶対的な直感!『影』は腹を食い破り貫通した見えない刃を引き抜こうと暴れるが、セイバーは体中の力を込めて『影』の長身を剣でもって吊り上げ頭上にかざす。
「終わりだ。封印解除!」
 瞬間、剣が弾けた。風王結界とはつまり、極度に圧縮された空気で創られた鞘。インビジブル・エア。それが今、渦巻く風と共に消え去った。
「?!」
 現れたのは金の刀身。星に鍛えられた最強の聖剣・・・その名こそが。
「約束された(エクス)−−−」
 カッ!と閃光が屋上を染め上げる!
「勝利の剣(カリバー)ぁああああああっ!」
 放たれたのは彗星の如き純白の光。幻想の結晶たる比類なき斬撃!
 十数秒にわたり頭上へと放たれた閃光が消え去った時、『影』の身体はその残骸すら残さずこの世界から消え去っていた。
 

 『影』・・・8体撃破。


PLACE:穂群原学園体育館

「あったもんね」
 キャスターは呟いてふふんと笑った。穂群原学園を覆い尽くしたこの巨大な結界、その中枢たる魔法陣がそこにあった。
「これって宝具?むしろ宝具扱いの魔術?」
 ぶつぶつ呟きながら一応自分の宝具も召還する。彼女の『破戒すべき全ての符』はノーブルファンタズムである宝具には効かないのだが、念の為だ。
「ふんふん・・・やっかいだなぁ。とりあえず効果を落とす封印でもはろうかな。いくらメディアでも完全消去は時間がかかるもん」
 言ってキャスターは中枢の上に立ち、宝具でピッと指先を切った。滴り落ちる血液は床に落ちると綺麗な円を描き、自然に封印の文様を描いてゆく。
「これでよしっと、じゃあ・・・」
 それが完全な紋章になるのを確認してキャスターはそこに魔力を込めようとし・・・
 ガッ・・・!
 横腹を抉られて体育館の端まで吹き飛んだ。金属製の扉に叩き付けられゴワンッ!と音をさせ床に落ちる。それを為したのは天井から唐突に降ってきた『影』だ。
「ぁ・・・ぅ・・・!」
 キャスターは激痛にのたうちながら自らの腹を見下ろした。ごっそりと削ぎ取られた脇腹の肉と骨に背負ってきた猫型リュックからつかみ出した薬をふりかけ魔力を通す。
「い・・・ったぁ・・・」
 魔術に優れているだけがキャスターではない。むしろその真価は擬似的な不死薬にまで手の届く高度なアーティファクト作成能力の方にあるのだ。重傷どころか命に関わる筈の傷は時を逆回しにするように治癒された。
「うわ、あれがライダーの言ってた『影』?気持ち悪〜い・・・」
 キャスターはぴょんっと立ち上がり手を『影』の方へ突き出す。
「消えろ・・・『ζ』!」
 その手から灼熱する魔力弾が放たれた。家一軒を丸ごと消し去るほどのエネルギーを秘めたそれは狙い違わず『影』に直撃し。
「ふぇ!?」
 パンッ!と軽い音をたてて弾け飛んだ。そのまま無害な魔力と化して消え去ってゆく。
「た、対魔力!?ひ、卑怯だよう!」
 慌てて次の攻撃を放とうとした瞬間、『影』が動いた。
「な!?」
 キャスターが一言を放つよりも早くクロスレンジに踏み込んだ『影』に蹴り上げられ、もう一度少女は鉄扉に叩きつけられた。激しい衝撃に脳が揺れ、視界が二重三重に分裂した。
「ぅう・・・『⊥』」
 呻き、何とか魔力障壁を展開したのはまだしもの幸いだった。突き出された釘剣をそれが防ぎ、串刺しだけはなんとか防ぐ。キャスターはよろよろと後ずさり、背後の鉄扉に身を・・・
 ぽすっ。
 身をゆだねたつもりだった。だが、頭が触れたものは先程嫌というほどの強さで叩きつけられた鉄板ではなく、固いながらもどこか受け止めてくれる柔らかさのある壁であった。
「ぇ・・・?」
 呟き、頭だけ振り返る。そこに。
「部外者だな。誰の関係者か知らないが、きちんと受付を通るように」
 飄々とした表情で見下ろしてくる、どこかで見た事のある男が、居た。
「な、何言ってるの!外見えないの?あれがわかんないの!?早く逃げて!ここは危険なんだもん!」
 ずれた台詞にキャスターは慌てて彼を体育館の外へ押し出そうとしたが。
「何らかの結界だろう。このような奇怪なものは始めてみるが。察するにそこの黒い女性が元凶のようだな」
 男は『赤くて丸いからこれは林檎だな』とでもいうような落ち着いた声でそう言って彼女を見つめる。
「だが、だからと言って部外者が校内に居るのを見逃す理由にはならない。これでも教師なのでな」
「え・・・あ!」
 その台詞でぼうっとしていた頭がリセットされた。そう、見たことがあるのも当然だ。無表情に立っているこの男は彼女の記憶の中でマスターであった男。それでいて、彼女が調べた限り魔術師ではないことが照明されている男。
「葛木、宗一郎!」
「・・・俺を知っているのか」
 別段どうでもよさげにそう言って葛木は『影』に目を向けた。
「おまえも部外者だな。校内への許可無い立ち入りは禁止されている。受付を通りたまえ」
「いや、だからそういう問題じゃないもん・・・」
 あまりの天然っぷりにキャスターがガクリとうな垂れた瞬間。
「・・・・・・」
「む・・・?」
 唐突に、『影』が床を蹴った。キャスターの目では視認出来ないほどの高速で飛び掛ってきた『影』は無駄の無い動きで釘剣を突き出す。
「逃げて!」
 キャスターは慌てて葛木の手を引っ張ろうとし。
「ふぇ?」
 その手がぽすりと自分の頭に置かれたことに気の抜けた声を出した。分厚く大きな手のひらはすぐに彼女から離れ。
「・・・邪魔だ」
 刹那、『影』の体はぐるりとその場で回転し、床に叩きつけられていた。
「な、投げた!?」
 キャスターの驚愕の声を背に葛木は『影』の喉を踏み折らんとそこに踵を落とした。だが。
「む」
 その鋼のような固さに僅かに声を漏らし葛木はそこから飛び退く。サーヴァントの体は人間のそれと同様の構造でありながらその強度において比較にならない。本来なら人間の素手などで傷つけられるようなものではないのだ。
「・・・!」
 『影』は素早い動きで跳ね起きた。1挙動で体勢を立て直しまずは葛木を消し去ろうと飛び掛る。
「・・・・・・」
 葛木は鋭い表情になり両の拳を握って半身になる。正面から迎え撃つ構え・・・だが、どのような技を身につけていようと物理的な破壊力を肉体で放つ限り勝ち目は無い。『影』はこうなっていながらもいまだ素体の神性を失っては居ないのだ。
 無言のままに『影』と葛木は交差し・・・!
「ぁ・・・『刀xッ!」
 次の瞬間。葛木の指は『影』の喉笛を引きちぎっていた。む・・・?と自らの両拳をわずかに眉を寄せた顔で一瞥してから息を吐き。
 グチャリ・・・
 返す裏拳の一撃が『影』の頭部を叩き潰した。葛木は手を休めず相手の腕に、足に、胴に、ありとあらゆる箇所に打撃を加えて破壊してゆく。その動きには一分の躊躇いも無く、一瞬の無駄も無い。まさしく機械の如き連撃に、闇を凝り固めたような体は粉々に潰されて床に散らばってゆく。
「凄い・・・」
 数分後。完膚なきまでに破壊された『影』だったものは無害な魔力となって大気中のマナに混じり拡散して消えていた。残されたのは、少女と教師が一人ずつ。
「・・・この拳は、君か?」
「・・・うん」
 頷くと葛木は僅かに残念そうな顔をした。
「そうか。噂に聞く死を穿つ力でも身についたかと思ったのだが」
「直死?・・・そんなの、人間が身につけられるようなもんじゃないもん」
 キャスターの呆れた声に葛木はそうでもないらしいがと呟き体育館を見渡した。
「ずいぶんと汚されたものだ。掃除をしなければ」
「う、うん・・・」
 淡々と呟く葛木に何か心の中をかき混ぜられるような感覚を覚え、キャスターは口を開く。
「あなたは・・・なにものなの?」
「・・・ただの殺人者の残骸だ」
 葛木は呟き、少女を見下ろす。
「ずいぶんと痛めつけられたようだな。治療は必要か?」
「・・・ううん、大丈夫。でも・・・一つだけ、いい?」
 キャスターは意識せず、その言葉を口にする。
「少しの間だけ・・・抱きしめて、ほしいの」
 葛木は少し意外そうな顔をして、ゆっくりと頷いた。
「それは優しくか?それとも、手荒くか・・・?」


 『影』・・・9体撃破。


PLACE:穂群原学園1F 階段踊り場

 コツリ、と何かが額に触れて三枝は目を覚ました。
「ぁ・・・」
 声は出る。体もあちこち痛いが動く。いきなり爆発した何かに吹き飛ばされた衝撃で気を失っていたらしい。階段の踊り場に頭を下に転がっている。
「う・・・よいしょ・・・」
 三枝は自分のものではないかのように重い体を持ち上げて上半身を起こし。
「きゃぁああっ!」
 自分を起こした『何か』に気づいた。それは天井にあいた大きな穴から落ちてきた建材の欠片。そしてそれを落としたのは・・・
「・・・・・・」
 その穴から自分を覗き込む、異形の『影』・・・!
「に、逃げなきゃ」
 あれは駄目だ。あんなものがあっちゃいけない。そんな言葉が頭の中をぐるぐると回り、三枝は這いながら下への階段に向かう。
 ずるり、ずるりと一段ずつ階段を降り、ようやく1階へと辿りついたその背後で。
 すとんっ、と軽い音がした。
「やだ・・・よう」
 泣きそうになるのを必死に我慢して三枝は背後を見る。そこに、『影』は居た。禍々しい気配を振りまき、ゆらりとこちらへと迫る。
「こないで・・・」
 尻餅をついたしせいで呟いた三枝に『影』はゆったりとのしかかった。漆黒の仮面のような顔面にカパリと真っ赤な亀裂が走り。
 瞬間。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 力強い声が、響き渡った・・・!


PLACE:穂群原学園1F廊下

 士郎は目を見開き叫んだ。視線の先には、ぺたりと座り込んだ女子生徒が一人とそれにのしかかる『影』の姿。数十メートル先のその光景に頭が沸騰する。
 ・・・その少女の姿には、見覚えがあった。
 ほんの数時間前、凛の行方を親切に教えてくれた、暖かな笑顔の少女。
「投影開始(トレース・オン)ッ・・・!」
 距離が長い。根本的には近接武器しか投影できない自分には遠すぎる間合いだ。
 だが。
(それが、どうしたッ!)
弱気になる自分に怒鳴りつけて心の中を探る。遠いならば、時間が無いならば。
それを覆すだけの剣を鍛つ・・・!
「投影、完了(トレース・アウト)!」
 そして瞬時にそれは完成した。柄と鍔しかもたない剣。刀身は存在していない。
 それが最良。握った柄からかつての使い手の記憶が流れ込む。重心の移動、正しい腕の振り、螺旋を描きつつ全体としては直線を固持。
 わずか1秒に満たない間に全てを理解した士郎は右手で握ったそれを左肩の辺りで構えて呪文を放つ―――
「告げる(セット)・・・!」
 刹那、魔力で編まれた刀身が握った柄から生成される。それは代行者と呼ばれる対吸血種集団に伝わる武器。そして技法。
「行けぇえっ!」
走りながら士郎はそれを、黒鍵を全力で投擲した。魔力で強化された腕から放たれたそれは今まさに三枝の首筋を噛み切ろうとした『影』の側頭部に命中し。
 ズガッ・・・!と、鈍い音を立ててその体を吹き飛ばした。『影』は壁に叩きつけられ、どさりと床に倒れる。
「三枝さんッ!」
 叫びざま士郎は飛びつくように三枝を抱き、柔らかく軽いその体を一息に抱き上げた。
「あ・・・」
 抱き上げられた三枝は目を丸くして士郎の顔を見上げ・・・
「セイギグリーン?」
 一言呟いてガクリと気を失った。
「・・・緑?」
 わけがわからんと呟いた士郎の傍らにダッ!と赤い影が駆け込んだ。言うまでもなく、遠坂凛だ。
「いざとなるとあそこまで無茶な強化するとは思わなかったわ・・・わたしが置いてかれるなんて」
 ぶつぶつ言っている凛に士郎は慌てて腕の中の少女を見せる。
「遠坂!三枝さんだ!気絶してる!」
「わかってるわよ。わたしが眠らせたんだから。騒がせたくないでしょ?」
 凛はあっさりとそう言って士郎の腕を引っ張った。
「ともかく上へ!間合いを取らないと瞬殺されるわよ!?」
「っ!」
 言われ視線を向けると、『影』はのっそりと起き上がるところだった。ダメージは無いようである。
「わかった・・・行こう!」
 士郎は叫び、階段を駆け上る。天井が軒並み崩れ落ちた2階の廊下を歯噛みしながら走り・・・
「先輩!」
 その半ばほどの所で待っていた桜の横で凛と士郎は足を止めた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「大丈夫ですか、シロウ」
 フードの中から聞いてくるちびせいばーに問題ないと答えて士郎は背筋を伸ばす。
「遠坂、アーチャーは?」
「外よ。たぶんこっちに向かってる」
 答えに頷き、士郎は三枝を背後に寝かせた。息を整え、体の調子を確認する。
「・・・はぁ、やっぱりやる気ね?」
「ああ。守りに入ればアーチャーが来るまで持ちこたえられる。でも、時間が経てば経つほどみんなが結界にやられるんだ」
 硬く拳を握り前へ出る士郎に凛は軽く息をついて笑った。
 ・・・彼女と彼が、同じ結論を出していたことに。
「いい?魔術師3人でサーヴァントもどきに勝つ方法はただひとつ。宝具を使わせないで、かつ一撃必殺の大攻撃を叩き込む。具体的には一人ずつが足止め、防御、攻撃を担当することになるわ」
 頷く二人によろしいと言い置いて凛は宝石を手の中に握りこんだ。
「足止めは桜に任せるわ。間桐だから吸収の魔術でしょ?相手の足狙いで活力を吸って。動きが鈍ったらわたしがアイツの直接攻撃を受け止めるから、その隙に士郎がトドメを刺す。いいわね?」
「ちょっと待った!防御は俺が・・・」
 言いかけたところで、でこピンによる鉄指制裁。
「貴方まだわかってないの?士郎は防御に関してはザル、っていうか素通しなんだから。頑丈なだけですむもんじゃないのよ?即死したらどうするのよ」
「う・・・でも・・・」
「デモもストライキもないッ!」
 君はいつの時代の人間だ。
「オールマイティなわたしは防御も出来る、尖がった士郎はサーヴァントでも一撃で仕留められるような化け物投影が出来る!桜は地味なりに堅実に仕事をこなす!」
「・・・地味・・・」
 ぽつりと呟いて肩を落とす桜はすっぱりと無視。
「それにあいつ、ああ見えて対魔力持ちよ。ライダーだから。そうなると魔力弾がメインのわたしでは相性が悪い。物理打撃から神秘に持っていけるあんたの投影ならその点バッチリでしょ?」
 凛はそう言ってクスリと微笑んだ。
「グリーンでもさ、きっちり決められるってのを見せてみてよ」
「・・・聞いてたのか」
 士郎は苦笑して頷いた。
 遠坂凛に期待されて、それで出来ないなどと何故言える?
「わかった。やろう」
 その答えに凛はよしっ!と気合を入れた。
「じゃあ桜、お願いね。速度っていう武器を止めてもらわないとわたしが死ぬから」
「大丈夫です。たまには活躍して見せますから!」
 桜はえいっ!とガッツポーズをとって廊下の向こうを見据えた。階段からノソリと現れた『影』がこちらを見つけて走り出すのをじっと見据える。
 魔術回路起動。彼女のスイッチは何故だか本人にもよくわからないが性的衝動だ。体の中をかき混ぜられるような快感と共に回路に魔力が通っていく。
「Es erzahlt  Mein Schatten nimmt Sie!」
 そして桜は生成した魔術を開放すると共にタンッ・・・!と床を叩いた。瞬間、自身の影が廊下の幅一杯まで広がた。
時速にして100キロを超える速度で突っ込んできた『影』はそれを踏み・・・
「!?」
身体を構成する魔力をごそっと抜かれてよろめいた。すぐに再供給され元通りにはなったが、一度倒れかけた体はその速度を失いただ歩いているのと変わらない。そこへ・・・
「良いわよ、桜!」
 凛は体ごと突っ込んでいった。『影』は無防備な頭部へと釘剣を振り下ろし。
「Gebuhr!」
 呪文の詠唱と共に凛はそれを迎え撃った。
 ・・・己の、拳で。
「きっちり支払いなさいッ・・・!」
 叫び声と共にガキンッ!という金属音が響いた。釘剣は凛の拳と正面からぶつかり・・・数秒の均衡の後、粉々に砕け散る。
「士郎!今よッ!」
 凛は叫びざま、大きくバックジャンプした。仰向けに倒れこみ逆さに見える士郎にもう一度叫ぶ。
「一撃よ!やってみせなさいッ!」
 そして。


 凛が走り出すと共に士郎もまた準備を始めていた。
「投影、開始・・・」
 魔術回路を起動し、凛を、桜を見、最後に背後の三枝をちらりと眺める。
 彼女に襲われる理由など無い。学園の敷地内に入ってから見た死んだように横たわった生徒たちも同様だ。
 この為に、自分は魔術を学んだ筈。
 この光景を二度と見ない為に、なろうとした筈だ。
 正義の、味方に―――
(必要なのは威力だ。あいつの中枢を一撃で吹き飛ばすものが居る。絶対に外さない必殺が・・・)
 心の中に広がる武器の数々を片っ端から探り。
(これだ・・・!)
 それは、あった。

 ――創造の理念を鑑定し
 ――基本となる骨子を想定し
 ――構成された材質を複製し
 ――製作に及ぶ技術を模倣し
 ――成長に至る経験に共感し
 ――蓄積された年月を再現する。

 今まで投影したことの無いレベルの神秘に内臓が全て焼き尽くされるような不快感がこみ上げる。知らず、開いていた魔術回路は7本にも及ぶ。
 気の遠くなるような神経の痛みと共に、それは形をなす。だがこれを使うにはもうひとつの要素が必要となる。今の自分にそれが出来るのか?距離を生める技は・・・
「先輩ッ!」
 あった。どのような奇跡か、桜は一瞬でそれを見抜き、背負ったままだったそれを準備する。集中と熟練により数秒で終わらせたそれは、彼女の弓。
 士郎が、かつて百発百中と称えられた武器。
「ッ!」
 投げてよこされたそれを掴み士郎はほんの一瞬だけ葛藤した。一度捨てた弓には、それだけに思い入れがある。自分がもう一度弓を引いて良いのか、今でも考えるほどに。しかし、これがあれば、カタはつく!
「一撃よ!やってみせなさい!」
 凛の声で、心の中の撃鉄は落ちた。
「"I am the bone of my sword"(我が骨子は 穿ち 貫く)」
 凍結していた投影を展開し、その中に新たなイメージを挿入する。オリジナルと性質を変えぬまま、その形状を変更。本来なら未熟な彼には不可能な筈のそれは偶然にもオリジナルがもとよりその機能を持っていたが故に成功した。
構える。体が覚えている弓道の射撃姿勢。つがえるのは捩れた真紅の矢。一度放たれれば因果を逆転させて心臓を貫く魔槍の移し身。
そして、矢と化したそれにとって・・・視界全てが必殺の聖域!
「刺し穿つ―――死棘の一矢(ゲイ・ボルク)!」
 乾坤一擲。
 放たれた矢は狙い違わず『影』の心臓を刺し貫き、拳大の穴をそこに穿った。中心部から進入した魔槍の呪いは全身を瞬時に巡り。
 ばしゃり、と。
 その身体は液状になってその場に弾けとび消えた。

 『影』・・・10体撃破。全目標殲滅完了。
 この瞬間3人の聖杯戦争、その第一幕は幕を下ろしたのだった。

 

6-12 MoonLight

Place:穂群原学園校庭

「お、やっぱ生きてたなぁ」
 ランサーはそう言って陽気な笑みを見せた。
「ふん・・・生き汚いのはおまえだけの特技じゃないということだ」
 校舎の隅にある花壇に腰掛けたアーチャーはそう言って空を見上げる。鮮血の結界が維持者を失って消滅してみれば、そこにあるのは深い黒の夜空と煌々と周囲を照らす月光であった。
「やれやれ、ずいぶん時間がかかっちまったぜ。いつのまにか少年たちまでこっち来てるしよ。あのわけわかんない黒いのはなんだったのかね?」
 問われ、アーチャーは首を横に振る。
「わからん。ろくなものではあるまいがな」
「へぇ、まあいいけどな。面白い事もひとつわかったし」
 言ってランサーはアーチャーの隣に座った。
「・・・また下らんエロネタか。貴様の頭の中を覗いてみたいものだ」
「おうおう、言ってくれちゃって。この時代はまだ純真なのにひねくれちまってまぁ」
 その台詞にアーチャーは傍らの槍兵を睨み付ける。うっすらと殺気すら漂わせて。
「怒るなよ。呪文って奴が基本的には個人のオリジナルだって事ぐらい知ってるさ。あの時叫んだのをききゃあ、わかって当然だろ?」
「・・・無駄口はいい。それを知ってどうする気だ?」
 問われ、ランサーは肩をすくめた。
「いんや?別になんもしねーよ?」
「何・・・?」
 心底意外そうに言われてむぅっと顔をしかめる。
「話したってしょーがねーことだし、根本的におまえ女なわけだし。俺は専門じゃねぇけど嬢ちゃんの話によればさ、平行世界ってのは無限に可能性が広がっているんだろ?案外、どっちかが違う世界から来てるのかもしれねぇしな?」
「・・・ふん」
 アーチャーは曖昧な表情でもう一度空を見上げた。夜空を見上げてぼそりと呟く。
「・・・今夜くらい、飲むか?私はそれなりにいける口だ」
「を?いいねぇ。秘蔵の焼酎を開けちまうぜ?そう来るなら」
 二人は言い合って同時に立ち上がった。
「ケルトの英雄が焼酎か・・・」
「いいだろ?安いんだし」
 神秘も何も無い会話をしながら歩き出す。
「あー、久しぶりに一人酒じゃねぇぞぉっと!少年も呼んじゃおっかなー?」
「や、やめんか。奴は未成年だ!」
「おやおやぁ?『奴は気に食わん』とかじゃないのですね?センセ?」
「・・・何がいいたい」
 唸るように脅してくるアーチャーにランサーはニンマリ微笑んだ。
「いやいや、今は何も。あとでたぁっぷり聞くからねーっと」
「貴様、本当に嫌な奴だな・・・」

 


Place:間桐邸跡


「・・・・・・」
 ギルガメシュは腕組みをして考え込んだ。
「・・・・・・」
 目の前にあるのは、かつての戦場。『影』四体を葬った華々しい場所。
「・・・しまった」
 間桐桜の家。気に食わなくとも、嫌な記憶があっても、自宅であることに変わりは無い。
「やりすぎた・・・」
 そして今、かつて屋敷があった場所は宝具の面打撃を喰らい、綺麗さっぱり更地になっていた。建材の類も圧力で地面に叩き込まれ、地下に延々と広がっていた地下室もこれでは埋まってしまったことだろう。そこに満たされていた忌々しい蟲と共に。
「・・・事故だ。これは避けの無い悲劇だったのだ。うむ」
 いえ、きっぱりとうっかりです。久しぶりに全力を出せるので調子に乗ったとも言う。
「は・・・はは・・・はははははははは・・・」
 カラ笑いをしつつギルガメシュは『王の財宝(ゲートオブバビロン)』で宝物庫への通路を開いた。そこに手を差し入れ、目的のブツを取り出す。
 立て看板と、油性マジックを。
「・・・これで、よし」
 震える手で書き込んだのは『売 地』の二文字。そのままそれを間桐邸(元)に突き立てる。
「うむ、後は知らん!知らんぞ!あっはっはっはっは!あれだ!あの影絵どもがやったのだ。そうだ、決定!」
 強引に自分に言い聞かせてギルガメシュはそそくさとその場を逃げ出したのであった。

 ・・・ちなみに、間桐邸のあった土地はその後かなり高く売れた。
 ギルガメシュ スキル黄金率 A。


PLACE:穂群原学園2F


「三枝さん、三枝さん!」
 凛と桜が校内に残っていた生徒たちの様子を見て回る間に士郎は三枝を抱き起こしていた。ぐったりとした少女に何度も呼びかける。
「・・・まさか」
 嫌な予想が頭をよぎる。凛が眠らせたのなら魔術に問題は無いとはいえ、それまでにどんなダメージを受けていたかわからないしひょっとしたら魔力に対し極端に抵抗力が無いかもしれない。
「三枝さん・・・?」
 もう一度呼びかけながら口元に指先を当てると、かすかに空気の流れが感じ取れた。大丈夫。きちんと息はしている。
「よか・・・」
 はぷっ。
「った・・・?」
 声が途切れた。視線は自らの指先に釘付けだ。
「ぁむ・・・ぁ」
 三枝の口がむにゅむにゅと動く。
 士郎の、指をくわえて。
「ちょ、さ、三枝さん!?」
 慌てて引き抜こうとするが、指先を口の中で舐めあげられる微妙な快感に思わず動きが止まる。
「ぅ・・・あふ・・・」
 いったい如何なる夢を見ているのだろうか。眠りの淵から上がってくる様子の無い三枝はさも嬉しげに口に含んだそれをちゅぴちゅぴと吸いたて、頬の内側で撫で擦る。
「や、やばい・・・よな?これ、なんか無茶苦茶駄目なことしてる気がする・・・」
 士郎は未経験なりの意志の力を振り絞り、ゆっくり、ゆっくりと三枝の口から指を引き抜いた。柔らかな唇が表面をこすり、ぷにぷにとした感触が脳髄に響く。
 心臓が破裂しそうな緊張の果てに士郎は爪の先まで指を抜き出すことに成功し・・・
「ん・・・やぁ・・・」
 蕩けるような声と共にもう一度ぱくりとくわえなおされた。
「!?」
 反射的に硬直した指を三枝は頭を上下に揺らして舌で舐め回す。士郎の脳裏に何故か親指を立てて微笑む切嗣の姿が浮かんだ。
『いいかい?女の子を泣かせちゃ駄目だよ?』
 いやいやいや、親父それ関係ない。
「ちゅ・・・む・・・ぁん・・・」
「ぉ・・・あ・・・」
 嗚呼親父、そして八百万くらい居るらしい神様達。ワタシ、モウ、ゲンカイネ。
 いろんな意味でいっぱいいっぱいになった士郎が最後のリミッターのスイッチに手をかけた瞬間。
「・・・衛宮君?取り込み中悪いんですけどちょっとお話を聞いていただけますか?」
 真後ろ、しかもすぐ近くから聞こえた声が、全ての回路を凍結させた。
「・・・と・・・遠坂、さん?」
 ギシギシギシと身体を軋ませながら士郎は苦労して背後を振り返る。
 そこに。
「うふふ、忙しいところ、本当にごめんなさいね―――?」
 赤い破壊神ご光臨中ラストハルマゲドン勃発・・・!
「うおぉぁあっ!ちょ、ちょっと待った遠坂!これは違うんだ!」
「ぁむ、ちゅぴ・・・」
「って三枝さんもいい加減俺の指舐めるの駄目―!」
「あんたが駄目人間よ!!」
 ツインテールを真上に逆立てるほどの魔力の奔流を身にまとい凛はガァアアアアアッ!と雄たけびを放った。その威圧感はさきほどの『影』など比べ物にならない。そう、それは絶対的な『死』・・・食物連鎖の下部に組み込まれたという確かな実感!
「ぉいしぃ・・・」
「う」
「う、じゃなぁああああい!何!?何がどう『う』、なのよ!今すぐ、速くスピーディーに説明してみなさい!」
 握った拳に轟ッ!と魔力を漲らせる凛に士郎は覚悟を決めた。全身の気力を振り絞り・・・
「よいしょ」
 すぽんっ、と三枝の口から指を引き抜いた。物欲しげな顔で口をむにゃむにゃ動かしている少女をそっと巻き添えにならないところへ横たえる。
 犠牲になるのは俺一人で十分だ・・・みんなは、オレゴンへ帰ってくれ。
 そんなことを思いながら立ち上がり、大きく頷いてみせる。
「遠坂も、きっと大人になったらわかる」
「・・・ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」
 凛はニッコリと笑って左腕を肘から90度に曲げ、それを振り子のように揺らし始めた。
「フリッカー!?」
 叫びざま士郎は踵を返し、脱兎の如く走り出す。
「ああもう、もっと速くなれ俺の両足ぃッ!」
 一度は凛をも振り切ったその俊足に全てを賭けて士郎は全速力で突き進み―――
「Es erzahlt  Mein Schatten nimmt Sie!」
 呪文と共に足元に広がった闇に魔力と生命力を吸い取られ、もんどりうって廊下に顔面を叩き付けた。
「がぶぼっ!」
「くすくすくす・・・逃げられるかもなんて、随分かわいらしい事を考えるんですね、先輩?」
 近くの教室の扉が音も無く開き、そこからしずしずと桜が歩み出る。その表情、笑顔の形に顔を歪めれど、視線既に殺界を見据えており・・・
「おしゃぶりくらい、わたしだってできるんですよ!?先輩ッ!」
「あんたも黙りなさい桜ッ!」
 瞬間、横合いからすっ飛んできた凛のガンドで側頭部を張り飛ばされて真後ろに倒れた。
「・・・今回は容赦ないなぁ」
「当たり前よ!いつもの3倍は覚悟しなさい」
 シュシュシュシュシュ・・・と蛇のようなフリッカージャブでシャドーをしている凛に士郎はいつもの如く投影を準備しながら声をかけた。
「あんまり怒ると血管切れるよ?」
「あんたが言うなぁッ!来世からやり直しなさいッ!」
 
 その日、士郎は切嗣と再会したとしみじみ語ったという・・・