7-1 3rd Strike

 2月7日、夜―――
「よし、ではこれはどうじゃ?」
「えっと・・・うん、わかる。これは記憶から地図を作り出す羊皮紙ですね」
 学校での戦いの後、夕食やら後片付けやらを済ました士郎はギルガメシュの部屋に招かれていた。
「ふむ、こいつはどうだ?」
「あ、いい剣ですね。これは 倚天の剣ですよ・・・っていうか何故これがギルガメッシュさんの宝物庫に?」
 衛宮士郎という魔術師の特異性は永続する投影という部分が目立ちがちではあるが、むしろ本質は解析能力の方にある。『創る』という起源から派生するこの能力は対象が何かによって作られたものであればその構造を瞬時に掴み取ることが出来るのだ。
「手当たり次第に集めたからの。我にもどこから出てきたのかはわからんし死後にどこへ行ったかもわかるはずが無い。それで、こいつは複製できるのか?」
「ん、やってみます・・・投影開始(トレースオン)」
 魔術的な礼装は言うに及ばずその解析は幻想集合たる宝具にまで及び、星そのものが鍛え上げたラストファンタズムたる『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』でさえもその構造を把握するに至っている。例外と言えば『創る』というプロセスを持たない、原初より『在る』もののみがその対象外となっており、たとえばギルガメッシュの宝具である『乖離剣エア』は天地開闢の前から世界に在る絶対の1であるが故にこればかりは解析不能である。
「・・・投影完了。あぁ、駄目だ。そこそこレベルで神秘が全然届いてない」
「うむ、二流の魔術付与剣程度だな。形は再現できておるが」
 とはいえ、解析できることと投影できることは全くの別次元だ。高度な宝具になるとどうしても再現しきれない部分が出てきてしまう。戦いの場では火事場のクソ力的に成功していたが、今の所Cランク程度が限界だろう。
「だがまあ剣を造るというだけならば大分自由になってきたようだの。これも永続化はしておる」
 ギルガメッシュは2、3度手の中で投影剣を転がしてからおもむろにそれを背後へ投げ捨てた。空間に出来た割れ目に吸い込まれて消える。
「ギルガメッシュさん、それどうするんです?」
「魔術師が見たらまずいのであろう?燃えないゴミとして出すわけにもいかんのだし、我がしまっておいてやろう」
 現代社会に在住十年・・・すっかり生活感に溢れた英雄王様である。
「ふむ・・・」
 ギルガメッシュは呟いて周囲を見渡した。数日前からコツコツ続けていた未整理宝具の整頓作業は士郎の協力を得ることで予定より3日も早く終了した。
「大分整理がはかどったぞ。ご苦労」
「どういたしまして。俺としても色々投影のストックが増えましたし」
 ぺこりと頭を下げる士郎にギルガメッシュはうむとやや顔を赤らめながら頷く。
「ま、まあ何だ。この我も王だ。よき働きをした者には多少の褒美程度ならくれてやらぬでもない」
「?」
 首を傾げる士郎に『・・・にぶちんめ』と呟き『王の財宝』を開門。
「・・・昼に貰ったどら焼き、丁度二つであろう?一つくれてやる故、ここで食べて行くがよい」
「いいの?」
 意外そうに聞かれてギルガメッシュは口をへの字に曲げてそっぽを向く。
「そう言っておる。どうなのだ!喰うのか?喰われるのか?」
「いや、喰われって・・・うん、ありがとう。いただきます」
 パンッ!と手を合わせる士郎にうむと頷きギルガメッシュは立ち上がった。小テーブルをバビロンから取り出してどら焼きを置き、部屋の隅にある机に設置されたゾ○印の電気ポットへ向かう。
「あ、お茶?俺がいれますよ」
「よい。これは褒美なのだ。たまには手ずから入れてやろう」
 そう言って立ち上がった士郎を手で制し、ギルガメッシュは先回りするように足を早めた。
「あ、でもほら、お茶請けはギルガメッシュさんの提供なわけですし」
「くどい!優しいのはお主の美徳かもしれんが自分に出来ることは全てやらねば気にすまないのはむしろ悪徳であるぞ?」
 言い合いながら二人は同時にポットと急須へ手を伸ばした。瞬間、互いの手の先がすっと重なり・・・
「あ・・・」
「う・・・!?」
 二人はびくっと手を引っ込めた。
「ご、ごめん」
「ななな何を謝っておるのだ雑種!我があれであるか!?照れてでもいると思うてか!?うわぁやっぱり手が大きいのうとか考えてるとでも言うのか!?万死に値するぞ!?」
 ギルがメッシュ様、正直王。
「あ、いやその・・・女の人の手、勝手に触っちゃったから」
「な、なぬを戯けた事を!我は、その、王だからして・・・ああ!もはやどうでも良い!そこをどかぬか!」
 ぐるぐるする頭のままでギルガメッシュは急須を奪い取ろうと一歩踏み出し。
「ぬ!?」
 ぐいっ、と、ポットのコンセントに足を引っ掛けた。
「危ない!」
 豊富な戦闘経験・・・主に『お約束』と呼ばれるそれを身につけある士郎は素早くその小柄な体を抱きとめる・・・が。
「ど、どこを触っておるのだ雑種!?」
「うぇぇええええ!?」
 背のわりにたわわなふくらみを思いっきり握り締めて驚愕の声をあげた。瞬間、ギルガメシュの振り回した肘が綺麗に彼の顎を横から張り飛ばす。
「ぎ・・・」
 衝撃は頭蓋内をシャッフルし速やかに脳震盪を引き起こした。士郎はそのまま為すすべも無く仰向けに倒れてしまう。
 ギルガメッシュを、抱いたまま。
「ざっしゅぅぅううう!」
 悲鳴をあげる英雄王と共に士郎はバタンと板張りの床に横たわった。その胸にぼすっと金髪頭が顔を埋める。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 言うならば一触即発。士郎の手はギルガメッシュの背中に回され、これまさにハグの体勢。
「あ・・・」
「な、なんですか!?」
 腹に押し付けられる双丘のまろやかさに思考の飛んだ士郎は反射的に声をあげて身を捩る。
「ぬわぁああっ!雑種!妙なものを擦りつけるな!」
「ご、ごめん!誓ってそんなつもりは!」
 二人はアタフタと体制を変え、なんとか収まりのいい姿勢になって動きを止める。密着状態で見つめるお互いの顔に息をしてはならないような緊張感が走った。
 ・・・おしい。非情におしい。『普通に起き上がればいいだろうが』と突っ込んでくれるアーチャーは『よっしゃ!そこだ!剥いちまえ』とけしかけてくれるランサーの部屋で酒盛り中だ。
「・・・本来なら・・・不敬だぞ。雑種。我の生前なら死罪だ」
「・・・うん、ごめん」
 ふたりはなんとなく言葉を交わし、呆然と相手の目を見詰める。思考なぞとうに停止。打算も理性も無く二人は口を動かしつづけた。
「・・・もう一つ、褒美を思いついたぞ」
「え・・・?」
 恥ずかしげに上目遣いになり、それでも尊大な口調は変えずギルガメッシュは小さな小さな声でそっと呟く。
「衛宮・・・お主の事は、これからそう呼ぶことにする。雑種ではあっても、これほどに気の利く者は久しぶり故にな・・・」
 唐突な台詞に士郎は異常な照れくささを感じ、なんとか笑いの形に顔をつくった。
「は、発音しにくい名前なのに上手いですね、日本語・・・」
 間を埋めるだけの為に言ったその言葉に、ギルガメシュはビクリと体を振るわせた。接触面がぷにゃりと揺れて士郎になんともいえない感触を提供する。
「別に何もないのだぞ!?そんなことは無い!無礼だぞ衛宮!」
「な、何がさ?」
 いきなりな台詞に聞き返すとギルガメッシュはぐるぐる目であぅあぁっ!と吼えた。
「していないと言っておるだろうが!名前を呼ぶ練習なぞ何故にこの英雄王がせねばならん!」
「練習・・・?」
 時間が止まる。数々の戦いを勝利の二文字で飾ってきた英雄王になんというか魂的な敗北が迫る。
「あ、あの、ギルガメッシュさん・・・」
「なんだ!な、何が言いたいのだ!」
 どうしたらいいかなんてこれっぽっちもわからないままに口を開いた士郎はなんとか言葉をでっち上げようとして・・・

「きゃぁああああああああっ!?」

 どこかから聞こえた悲鳴にバッ!と表情を改めた。
「ギルガメッシュさん!」
「うむ。風呂場のほうからだ」
 英雄王は言いざましゅたっとその場に飛び起き・・・
「って最初からこうすればよかったのではないかッ!」
 今更なつっこみを自分自身に叩き込んだ。
「あは、あはははは・・・」
「何を乾いた笑いを浮かべておるのだ!い、いいい行くぞ!」
 顔を真っ赤にして士郎を叱責しながらギルガメッシュは部屋を飛び出したのだった。 


「何があったのだ!」
「何があったのよ!?」
 最初に脱衣所に飛び込んだのは凛とギルガメッシュだった。その後にそれぞれと一緒にいた桜と士郎が続く。
「ぁ、ぁわわわわ・・・」
 脱衣所に居たのはハサンだった。普段着として与えられた黒のトレーナーとジャージは丁寧にたたんで脱衣籠に置かれ、その上に純白のアレがこちらも丁寧に畳まれて置かれている。
「ちょ、士郎!見ちゃだめよ!」
「見てないよ!」
 そして本人はといえば、なんとかタオル一枚でピンポイント隠しをしながら床にへたり込んで風呂場の方を指差していた。
「あああああアレ、アレ、ア・・・」
 混乱の極みにあるハサンの指が指す方へ4人は一斉に目をむけ、そこに・・・
「・・・いい湯だな、凛」
 神父が湯船に漬かってた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 4人が花嫁のヴェールの如き純白の頭で見つめる中、綺礼はふっと笑って目を閉じる。
「入るか―――?」
「入るかーッ!」
 絶叫する一同の中でいち早く飛び出したのはやはり凛だった。怯むことなく風呂場に足を踏み入れ綺礼の顔面をぐわしっ!と右手で掴む。
「・・・大胆だな、娘よ」
「・・・・・・」
 凛は無言で腕を揚げた。綺礼の巨体が軽々と吊りあがる。
「お、おい衛宮・・・あの娘の背に・・・」
「ああ、鬼・・・じゃなかったあくまが、浮かび上がっている・・・」
 今まさに世界最強の生物と化した凛はにっこりと笑って可愛らしく小首をかしげた。
 そして。
「死に晒しなさいこのド変態がぁっ!」
 その表情がグルリと反転して修羅に変わる!
「わたしが殺す!わたしが殺す!わたしが殺してわたしが殺すっ!我が手を逃れうる者は一人もいない!我が目の届かぬ者は一人もいない!」
 殺戮詠唱を唱えながら凛は綺礼の頭を壁で摩りおろしつつゴリゴリと走りだした。何かビチャビチャと得体の知れないものが壁にこびりついて行く。
「ゆ、許してです!許してですぅうううう!もう、もうお仕置きは嫌ぁああっ!」
 その形相を見てしまったハサンは恐怖のあまり手足を縮こまらせて仰向けに転がり腹を見せた。
「は、ハサンちゃん、裸でそのポーズは・・・」
「!・・・先輩の淫逸!」
 脱衣所にも巻き起こった肉を破壊する音を背後に凛は絶叫しながら居間へと飛び込み。
「永遠の命は、死の中でこそ与えられる!許しなんか絶対しないッ!受肉したわたしが誓う―――!」
 そして高々とジャンプして食卓へと綺礼の後頭部を叩きつけた!
「―――この愚者に制裁を(キル・ユー)」
 ベキリと音を立てて食卓は真っ二つに割れ、綺礼は大の字になって居間に沈み込んだ。もちろん、全裸で・・・
「リン!?何があったのですか?うっ・・・」
「な、何故に裸なのですか・・・!?」
「まあ、ご立派ですね」
「佐々木っち、大人だねっ!」
「そういう問題ですか?イスカンダルさん」
 たまたま居間でテレビを見ていたサーヴァント達が目を丸くする中、バーサーカーは倫理面での危険を感じて手近にあった布を綺礼の股間にかぶせた。
「ってそれわたしのエプロンじゃないのぉおおおっ!」
「が、がぅ!?」
 そう、肉の凶器を包み隠したのは『首刎兎』と書かれた真っ赤なエプロン。ここに来てから買った凛専用の一枚だ。
「ふむ。凛のか」
 綺礼は呟いてダメージなど無さげにあっさりと立ち上がり、そして。
「きゃぁああ!?」
 満ち足りた表情でそのエプロンを装着した。

 裸エプロン in マッチョ神父―――
 
 隆々と盛り上がった大胸筋がエプロンを内側から押し上げ、屈強な上腕二等筋肉や引き締まった○○が■■■ああこれ以上は放送できないッ!
「・・・『乖離剣エア』」
「・・・『騎英の手綱』」
「・・・『約束された勝利の剣』」
「・・・『約束された勝利の剣(ミニ)』」
 その光景にサーヴァント達は一斉に自分の宝具を呼び出した。凛も輝くような笑顔で両手の指全てに宝石を構え・・・
「一つだけ問いたいことがある」
 それを眺めながら綺礼は聖堂で審判を行うが如き厳かな声でそう言った。
「いいわ、時世の句代わりに聞いとくわ」
 うむと頷き問いかける。
「―――欲情したか?」

 そして衛宮家の居間は地獄と化した―――


「あぁ、遅かったか・・・」
 十分後。中庭にやってきたバゼット・F・M・コトミネはその光景に思わず呟いた。
「・・・何か用ですか?」
 冷徹な声で呟いて凛はスコップを振るった。既に1メートル近い穴を掘ったがまだまだ足りない。
「悪いですけど、コレを許す気はないですから」
 言って顎で示したのは鎖でがんじがらめにされた綺礼の姿だ。
「バゼットか。遅かったな」
 冷静な声でそう言った綺礼の頭をスコップで強打して凛は穴を掘る。
「もう少ししたら埋めます。話はそれからです」
「待ってほしい」
 その台詞に、凛は一瞬だけ手を止めたがすぐにまた作業に戻った。
「いくら協会の先輩の頼みでもコレを解放することはできません」
「勿論だ。そうではなくて・・・」
 バゼットは言って庭の隅に行き一抱えもある岩を持って帰ってくる。
「埋める前にこれを落としてから土をかぶせるのはどうだろう?」
「名案ね。さすが先輩」
 二人はがしっと握手を交わして頷きあった。

 そして数十分後。
「さて、ここに来た用件なのだが・・・」
 バゼットは修復の終わった居間で凛や士郎を前に座っていた。礼儀正しく正座をしながらお茶をすする。
「確か、今日の件についてですよね」
 士郎に言われ、バゼットは静かに頷いた。
「ああ。君達のおかげで大事には至らなかったが、本来なら特Aランクの危険自体だったことは確かだ。場合によってはこの街ごと『消毒』する可能性があるほどのね」
「消毒?」
「・・・要するに、皆殺しってことよ。士郎」
 凛はボソリと呟き、怒りに身を震わせる士郎の太ももをぽんぽんと手で叩いて制する。
「それで、現場検証で何かわかったんですか?」
「調査中、としか言いようが無いな。情けない話だが外と断絶された状態では詳しいことはわからない。事故の線でカモフラージュすることすらうまくいったかどうか」
 自嘲するようにバゼットはそう言って笑い、表情を元に戻した。
「そういうわけで、この件に関してはあまり情報が無い。おそらく君達の闘った影のような物というのはサーヴァントの器となる魔力塊が中途半端に魂を受けて実体化した召還の失敗作なのだと思われる・・・その程度だ」
 ずず・・・とお茶をすすって目を見開く。
「ファンタスティック・・・!こんなに旨い緑茶は初めて飲む・・・」
「ふふふ、先輩の入れるお茶は最高ですから」
 桜の嬉しげな声に士郎は照れくさげに頭をかき、バゼットに向き直った。
「それで、学校はどうなりました?」
「ああ、校舎の半分以上がなんらかのダメージを受けていた。あそこまで行っては立て直すしかないかもしれないな。人的な被害は崩壊の余波による怪我、結界による衰弱などはあるが、幸いにも死者は出ていない。後遺症が残るような者も居ないだろう」
 よかった・・・と安堵するシロウに頷き、被害報告を続ける。
「そういうわけであの学園はしばらく休校ときまった。君達もゆっくりと休んでくれ」
「ええ、わかりました」
 頷く凛にバゼットは笑顔を見せ、ふと思いついて懐に手を入れた。
「そういえばこの間、新聞を取り始めたらもらえたのだが」
 言ってテーブルに置いたのは15枚綴りのチケットだ。
「新都に新しくできた室内プール施設の無料券だ。この際、皆で行ってはどうかな?」


7-2 食卓百景(4)

 明けて翌日。
「やっぱり学校がないとゆっくり作れるな」
 士郎は満足げに呟きながら朝食を食卓に並べた。久しぶりの和食の朝ごはんだ。思わず力あまって重めに作ってしまったがこのメンバーなら大丈夫だろう。
「秋刀魚の塩焼きにほうれん草のおひたし、箸休めはジャガイモの酢の物ですか。お味噌汁は・・・ほう!大根とにんじん・・・」
「セイバー、よだれ、よだれ」
 凛に指差されセイバーは慌ててじゅるりと口元を拭う。
「・・・なにか、加速的に食い意地が発達しているように思えるな」
 アーチャーはぼそりとつっこみ天井を見上げた。
「時に、奴はまたか?」
「え、ええ・・・」
 桜は顔中にびっしりと冷や汗を浮かべて作り笑いを浮かべた。皆で追ったその視線の先にあるのは天井板を外された1メートル四方の空間。
「ハサン、ごはんだよ」
「あ、はいですぅ」
 士郎が呼びかけると天井からするすると紐のついたザルが降りてきた。手際よくそこに料理を並べると危なげなく回収されていく。
「・・・ハサン。いい加減天井裏で食べるのはよしたらどうだ?」
 セイバーの叱責に凛は苦笑して首を振った。
「いいじゃない。一緒に食べるとこまでは妥協してくれたわけだし。視界に入らないくらいはこっちも妥協よ」
「しかし衛生面でもあまり許容しがたいものがありますが。サーヴァントですので抵抗力はあるとはいえ」
 続いて言ってきたちびせいばーの言葉には士郎が答える。
「一昨日の晩に二人で掃除したよ。ランサーさんの部屋よりは綺麗だ」
「・・・オレを引き合いに出すなよ・・・わかってんだから」
「ならばなんとかしろ。たまっていたゴミは私が捨てたがあの分では押入れにもたまっているだろう」
 ギロリと睨むアーチャーにランサーはバツの悪そうな顔でそっぽを向いた。
「だから大丈夫だよ、ちびせいばー」
 士郎は言いながらちびせいばー用の食事を彼女の前に置く。ちなみに席は士郎とセイバーの間。テーブルの上に醤油入れの蓋を置いてそれを彼女の食卓にしている。料理は士郎の手によるミニチュア版だ。物造りに特化されているのは伊達じゃない。
「シロウがそういうのでしたら」
 既に食事に目が釘付けのちびせいばー&オリジナルセイバーに苦笑して士郎は自分の席につく。
「さて、食べようか。いただきます」
「いただきます(×15)」
 合唱し、サーヴァントと魔術師は食事を開始した。時折言葉を交わしながら一心不乱に胃袋を満たしていく。
「そうだ」
 食卓の上がだいぶさびしくなってきた頃、不意に凛は呟いた。
「みんな、どうするのこれ?」
 言って取り出したのは昨晩手に入れたプールのチケットである。
「わたしは行くつもりだけど。楽しむときには楽しまないとね」
「?・・・そういえば、みんなプールっていってわかるのかな。それぞれ生きたた時代には無かったと思うんだけど」
 その言葉にライダーはこくっと頷いた。関係ないが彼女は小食だ。もっとも好む食べ物が男の精気なのだからしかたがない。時折士郎を見る目が妖しいが、視線が合うと恥ずかしそうに俯いてしまう。
「召喚時に与えられた知識の中に含まれているので問題ありません、士郎。リンやサクラと同程度の常識を持っていると考えてください」
「・・・どうでもよいが、何故『士郎』だけ発音が良いのだ?」
 アーチャーのつっこみはギルガメッシュ以外は総スルー。英雄王だけはやや顔を赤らめた。
「で、どうするみんな。俺も行こうかなって思うんだけど・・・」
「はっはっは、そうだよなぁ少年。うん、健全だ!美人ぞろい!水着!半裸!これで燃えなきゃキャスターの奴に薬作ってもらわなきゃな、バイ○グラ」
 EDは病気ではありません。
「しかしだ、水着はあるのか?少なくとも私は持っていない。行く気も無いが」
 食後のお茶を勝手に入れてつっこんだアーチャーの言葉に一同はむぅと考え込んだ。
「確かに・・・普段着は買い込みましたがそのような衣服を買った記憶はありませんね」
 セイバーの呟きを聞きながら桜はあっと声を上げる。
「わたしの水着・・・瓦礫の下です・・・」
「う・・・」
 ギルガメッシュは一声呻いた。
「あ、ギルガメッシュさんを責めてるんじゃないんです。悪いのは例の『影』ですから」
 にこっと微笑まれてうぅと唸ってダラダラと冷や汗を流す。
「しかし水着ねえ・・・ついでだからどっかに買いに行く?」
 凛の提案にイスカンダルはパチンと指を鳴らし。
「その台詞を待ってたんだねっ!こうなるだろうと思って昨日のうちに馴染みのブルセ・・・もとい!服屋さんに注文しておいたんだねっ!全員分ッ!」
 瞬間、全員が一斉に嫌な顔をした。
「・・・一つ聞きたいんだけど、それは水着なの?本当に」
凛に言われてイスカンダルはぷぅっと頬を膨らます。
「馬鹿にしちゃ駄目なんだねっ!ボクは服のことに関しては常に真剣なんだねッ!全員にきっちり似合う奴を徹夜で選んだんだよっ!」
 パンパンテーブルを叩いて悔しがるイスカンダルにランサーは苦笑しながら聞いてみた。
「・・・全員スクール水着だとか?」
「・・・・・・」
 途端ピタリと動きを止めるイスカンダルにキャスターはぎょっとしてのけぞった。
「その沈黙はなに!?」
「・・・その手があったか」


7-3 イエローカード

 食後の片づけやら歯磨きやらを手早く済ました午後10時。衛宮家の面々は連れ立って新都の駅前にやって来た。最後まで抵抗していたアーチャーも令呪をちらつかされた後『地獄に落ちろマスター』と呟いて折れている。
「えっと、あっちだっけ?」
「そうだね。名前は・・・『新都No.21』か。変な名前」
「年中酔っ払ってそうな名前だねっ!」
 イスカンダルはそう言ってビシッと敬礼をしてみせた。
「じゃあボクは水着を受け取ってくるんだねっ!荷物が多いからヘラちゃん手伝ってくれるかなっ?」
「がう」
「荷物持ちなら俺も行くよ」
 素直に頷くバーサーカーの隣でそんなことを言い出した士郎にイスカンダルはチッチッチと指を振ってみせる。
「わかってないんだねっ!男の子なんだから中身の入ってない水着なんて見ちゃ駄目なんだねっ!水着を着ていない中身ならいいけど」
「感動が薄れちまうからなぁ」
 ランサーはうむっと頷いて士郎の首に腕を巻きつけて後ろから抱きついた。
「そういうわけなんで士郎くんはお姉さん達と待ってましょうねー?ほれイスカ、少年のことは任せときな」
「らじゃったんだねっ!じゃあ行くよっ!」
「がぅ」
 イスカンダルとバーサーカーが去って行った後、残されたサーヴァント達がぽつんと待っている中。
「あら?」
 佐々木はあるものに気がつきふらふらと歩き出した。
「・・・・・・」
「どうしたんですか?佐々木さん」
 道端にたたずみじっと何かを見ている佐々木に士郎は首をかしげて近づいた。視線をたどると・・・
「お地蔵様?」
 そこに、一柱の地蔵が、佇んでいた。弥勒菩薩が不在の間、地上の一切を救うという一切智成如来。日本人に広く親しまれている菩薩様であり、簡単に言えば店長代理のフレンドリーなヤツである。
「何故か・・・ええ、何故なのかはわからないのですが、これが呼んでいるような」
「じ、地蔵が?」
 ただのお地蔵様だ。身長約90センチ。石造り。お供え物はおはぎ。
「・・・・・・」
 佐々木はしばし無言でそれを見詰めた後。
「よいしょ」
 ひょいっとそれを担ぎ上げた。のほほんとしていてもそこはサーヴァント。軽々としたものだ。我が子をあやすが如く背負っている。
「・・・ああ、なんだか落ち着きます」
 ふぅと満足げに呟く佐々木にハサンは思わず苦笑を漏らした。
「おかあさん、それはちょっと目立ちすぎですぅ」
「・・・おまえが言うのかそれを」
 アーチャーはぼそりとつっこんだ。ハサンの顔には今日も髑髏の仮面が装着されている。
「えっと、佐々木さん。一応それ公共物ですから」
「それ以前に罰当たりだ」
 士郎の指摘とアーチャーのつっこみを受けて佐々木はちろっと舌を出して地蔵をおろした。
「残念です。何か新しい世界が開けそうな気がしてたんですけど」
 開かないでいい。
「おーいみんな、戻ってきたよっ!」
 そうこうしているうちにイスカンダルとバーサーカーが戻ってきた。両腕に紙袋を抱えている。
「・・・バーサーカー、正直に答えなさい?まともな水着だった?」
 凛の問いにバーサーカーはうんと頷く。
「カワイイ」
「うん、それならいいわ。じゃあ行きましょ」
「・・・ボク、信頼されてないみたいで悲しいんだね・・・」


 その施設、『新都No.21』はプールいうよりもウォーターレジャー施設というべきスポットだ。造花のスミレで飾られた明るいロビーを抜けた更衣室の向こうには流れるプールにウォータースライダー、ジャグジー、競泳用プールから子供用プールまで揃っている。
「じゃあ着替えたらその辺で待ってるからさっさと見つけなさいよ」
 受付を済ませた凛は荷物を抱えなおして士郎にそう言った。これだけの人数にして男は士郎一人。圧倒的な戦力差だ。
「わかった。じゃ、また後で・・・」
 そう言って女性陣と別れた士郎は一人更衣室へ入っていった。明るく清潔な更衣室の片隅で地味に着替え始める。視点を女子更衣室のほうへ持っていけば理想郷が広がっているのだが主人公が彼なのだからしょうがない。諦めてほしい。
「命は惜しいしなあ・・・」
 等とボソボソ言いながら着替えていると。
「ん?衛宮か?」
 隣のロッカーで着替えていた少年が驚きの声をあげた。
「え・・・一成!?」
 そう、そこに居たのは生徒会長、柳洞一成であった。ちょうどブリーフパンツを脱ぎかけていた柳洞はパッと顔を赤らめていそいそとバスタオルを巻いた。
 何故か、胸から下に。
「女の子巻きするなよ一成・・・」
 士郎がジト目でバスタオルを引き剥がすと柳洞は『ぬぉっ!』なぞと叫んでそれを奪い返した。もう一度巻きなおして素早く水着に着替える。黒のトランクスタイプだった。
「ご、ごほん・・・き・・・奇遇だな。衛宮」
「・・・まあいいけど。一成も来てたんだな」
 士郎は言いながらトレーナーとジーンズを脱ぎ、そのまま一気にトランクスを脱いで全裸になる。鍛えているので中々立派だ。ついでに違うところも立派だ。佐々木曰く『雄雄しいですね、旦那様』である。
「う・・・」
 柳洞は顔を赤らめて目をそらし努めていつも通りの声を作り口を開いた。
「イヤ、ソウニイガムリョウケンヲ・・・」
 裏返ってる。声、無茶苦茶裏返ってる。
「一成?」
「な、なんでもない!喝!」
 ぶつぶつとお経を唱えている間に士郎が着替え終わるとようやく柳洞の挙動が落ち着いてきた。
「あぁ、なんだったか・・・そう、ここに来た理由だが、宗兄ぃが知人から無料券を貰ってきたものでな。学校も無いことだしたまには息抜きにと思ってな」
「俺も同じ理由なんだけど・・・宗兄ぃって、葛木先生のことだよな」
「その通りだ。衛宮」
 答えたのは冷水の如く落ち着いた声。凛のクラスの担任にして昨日は『影』一体撃破を成し遂げたバトル教師・葛木宗一郎であった。その股間を包んでいるのはほとんど『V』の字になっているブーメラン競泳パンツである。かなりきわどいがまったく嬉しくない。
「せ、先生・・・」
「衛宮は先日言っていた親戚の方々と来たのか?」
 問われて士郎は背中に汗をかきながらぎこちなく頷く。
「学校が無い間に交流を深めとこうと思いまして・・・」
「そうか。海外からやって来たのだったな」
「日本を楽しんでもらうのは大事なことであろう。しっかりな、衛宮」
 寺在住コンビは顔を見合わせてウムと頷き合い、『ではな』と言って去っていった。
「・・・凛と顔をあわせないことを祈ろう」
 無理だろうなあと思いながらロッカーに服を入れて鍵をかけ、パーカーを羽織った格好で士郎は更衣室を出た。すると。
「ぉおおおっ!凄ぇ!美女軍団だ!」
「俺、俺・・・生きててよかった・・・」
「カメラ!カメラッ!レンズが壊れるまで!撮りまくってやるっ!」
既にして、その外は阿鼻叫喚であった。どこから来たのかと思うほどの男の波が一点を中心にひしめいている。
「こ、これは・・・」
呻きながら士郎はその中心点に目をこらし・・・
「居た!」
そこでおろおろしているバーサーカーの頭を発見して走り出した。
「どけって・・・!」
「うわなにをするやめ(略)」
「抜け駆けする気か!?」
 怒声を上げて行く手を阻む男たちに士郎はカチンと来て語気が荒くなる。
「どけって言ってるだろうが!」
 一声あげると共に魔術回路を開き手足を強化。身体を抉りこむようにして目の前に広がる男壁を切り開き士郎は数分かけてようやくグラウンド・ゼロへと辿りついた。
「士郎!?お、遅いじゃない!」
 半ば飛び込むように突っ込んできた士郎を受け止めたのはやはり凛だった。常に強気をモットーとする彼女の表情が、今はやや困惑の困り顔になっている。
「ごめん・・・っていうか何でこんなに・・・」
 呆然と呟く士郎にランサーは肩をすくめた。
「なんていうかさ、オレ達と同じで暇になった学生が押し寄せてるのかもなぁ少年」
 さすがに少し引き気味だ。根本的なところで彼女認定の『いい男』以外には興味が無いのだ。纏わりつかれたところで邪魔なだけである。
「わ、わたし達が更衣室を出てきたら、なんだか連鎖反応みたいにみんな集まってきちゃったんです先輩・・・」
 バーサーカーの陰に隠れて桜は小声で言ってきた。さすがに触ったりといったことをしてくる奴は居ないが、数メートルをあけて360度を囲まれるというのは恐怖以外の何者でもないようだ。
「お、俺、あっちの姐さんが・・・」
「炉利っ子!炉利っ子!」
「委員長っぽい金髪の子が・・・」
歓声に皆が困惑の表情でどうしたものかと辺りを見渡す中。
「ぼ、僕、あのおっきなお姉さんがいい!」
 だれかがそう呟いた。最前列の目が一斉にバーサーカーへと注がれる。
「ああ、あの純朴そうな感じがいいよな」
「うんうん!彫りも深いしさぁ・・・いいよなぁ・・・」
「!?」
 バーサーカーはびくっと震えて身をよじらせるが誰よりも高いその身長では隠れようも無い。
「■■■■■・・・」
「いやあ、可愛い!あの表情たまんねーっ!」
「おい、誰か声かけてみろよ」
 終わらぬざわめきにバーサーカー内部の羞恥メーターは数秒ともたずにレッドゾーンを突破!
「■■■■!■■■■■■■■!(そんなに見られたら恥ずかしいべさーっ!)」
「や ばいっ!バーサーカーが切れた!」
 目をぐるぐると回してバーサーカーは吼え、あわや斧剣が召喚かという瞬間!
「まったく・・・それでも神の仔か。情けない」
 その逞しい手足をどこからか飛んできた鎖がぐるりと拘束した。
「■■■■!?」
「見ておれ」
 電信柱を握り折れるその腕力でも動かすことすらかなわないその鎖に驚きの声をあげるバーサーカーの太ももをぺちりと叩いてその前に立ったのは金髪の女性・・・ギルガメッシュであった。何百人に達しようかという大集団を前にまったく怯むことなく立ちはだかり・・・
「見世物ではないぞ!疾く失せんか!貴様ら如き雑種が我らの肉体を直視しようなど思い上がりも甚だしいぞ!まずは黙るがよい!」
 一喝。男達の口がピタリと閉じられた。
 スキル・カリスマ(A)・・・もはや呪いのレベルに達した対集団誘導技能。
「まったくです。騎士ではないとはいえ男子たるものがデレデレと情けない!男たるもの毅然としていなければなりません!そのように肉欲に満ちた目など言語道断!」
 続いて周囲を叱り付けたのはセイバー(Bランクカリスマ所持)だった。男達は憑き物が落ちたようにシャキッとして全員一斉に回れ右をする。
「「よろしい!では全軍、進めぇええっ!」」
「イエス!イエスサー!セイバーたん!」
「騒がず触らず徒党を組まず、大人しく遊ばせていただきますギルさま!」
 二人がかりの進軍指令に男達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。あちこちで放置されていた恋人や妻による鉄拳制裁が行われているが、とりあえずプールサイドに平穏が訪れる。
「いや・・・ある程度は覚悟してたけど凄かったな・・・」
 士郎は呟きながら一息つき、凛たちの方へと振り返った。そして・・・
「それは反則だ・・・」
 呆然と呟く。さっきの男達の気持ちが、ようやく理解できたのである。
「ん?どう、わたしは自前なんだけど」
 言ってポーズなど決めた凛が着ているのは赤のビキニだ。別段きわどいわけでも透けているわけでもないが、実になだらかな曲線を描くそのバストラインに士郎は銃弾を撃ち込まれたかのようにビクリとのけぞった。
「あ、あの、シロウ。生まれて初めて着たのですが・・・おかしくないでしょうか?」
「わたしの分はキャスターが持参しておりました・・・」
 続いて前に出たのはセイバーとその肩に座ったちびせいばーだった。ふたりとも同じデザインの白いワンピースタイプを着用している。恥ずかしいのかもじもじとすり合わせている内股が異常に卑猥だということには気づいていないようだ。ちびせいばーもしっかりと水着姿でありマニアであればそのままポケットにつっこんで直帰確定だろう。右手代わりに袖に仕込むのも可。今なら言える!俺の恋人は右手だと―――!
「やれやれ、やっと見せたい相手だけになったな。どうだ少年?お触りオッケーだぞ?オレは」
 言ってほれほれーと胸を手で寄せて上げるのはランサーであった。着ているのは青いワンピースだが両の脇から下は腰まで布地が無く、専門用語でいうところの横乳がチラチラとご来光くださり士郎の脳髄を焼き尽くす。
「さあ、サクラ。こういうときに目立たなければいつ目立つのですか。いっそ脱いだらどうですか?」
「きゃ、きゃあ!?ライダー!引っ張らないで・・・!」
 叫び声に目を向ければ、黒いワンピースタイプの水着を着込んだライダーがピンクのビキニの桜からパレオをむしりとろうとしているところだった。二人ともこれといって凄い格好をしているわけではないが、そもそものボリュームが圧倒的な戦力ではないか我が軍はと叫びたくなる二人だ。肉感では他の追随を許さない。
「が、がぅ・・・」
 肉感といえばこの人も忘れてはならないだろう。そもそもの身長が高い。足が長い。手が長い。その偉大さにもはや跪き拝み奉りたくなる神の乳(ゴッドバスト・神性A)を持つ女、バーサーカーである。大きな身体でもじもじしていてもワイルドな豹柄ビキニに包まれたその肢体を隠せはしない。むしろ目立つ。
「・・・ふん」
 その隣で銀髪の少女は不愉快そうにそっぽを向いた。パーカーを着ているのでその身体は覆い隠されその全容を見せていない。
「おいおい、何やってんだよアーチャー。そんなもの脱いじまえよ。ほれっ!」
「!?な、なにをするか貴様ッ」
 それを目ざとく見つけたランサーは敏捷Aの動きでもって襲い掛かった。心眼(真)でそれを感じ取ったアーチャーは激しく抵抗するが敵の方が一枚上手だ。代官に襲われた村娘のようにくるりとまわされてパーカーを剥ぎ取られる。野獣ランサー姐降臨。
「ちっ・・・」
 舌打ちをして士郎を睨んだ彼女が着ていたのは赤のワンピースタイプ。
ただし胸の谷間からパン生地を指でつついたかのような小さなおへそにいたるまでがひし形にくり貫かれており褐色の肌が見えている。本人は死にそうなほど恥ずかしそうだが。
「みんなおっきくていいなー」
「くすくす、あんりちゃんはこれからですよ?」
「なんなら魔術でおっきくしてあげよっか?どっかの魔法先生には負けないもん」
 そして規制がかかる三人組。この作品に出ている人物は全員18歳以上だが彼女達はサーヴァント=人間ではないから無問題。二人は0歳で一人は生まれてから1000年単位で時が経っている。
 あんり&まゆが着ているのはもはや神聖なる盟約ともいえる紺色のアレ。かつてランサーが無理やり着込んだのもドリームオブメンであったが、起伏なんてものが全く無いその身体を包んでいる光景はもはやサンクチュアリオブメン。特定属性狙い撃ちだ。
 一方でキャスターの水着は夢がいっぱいフリルいっぱいの少女趣味なものだった。全体に可愛らしさを強調したデザインでありながら背中の方は大きく開いている辺り侮れない。
「いやあ、みんなバッチリ似合ってるねっ!苦労した甲斐があったよっ!」
 仕掛け人たるイスカンダルが自分のために選んだのは首周りを包み込むタイプのスポーティーなビキニだった。全体に地味な印象を受けるのは大きめサイズのパレオのせい。それを剥ぎ取ればその下にはあえて際どい角度に挑戦した乙女心が潜んでいる。切り札というものは最後までとっておくものなのだよ!
「ふむ・・・まあ、皆の努力もみとめようではないか」
 満足げに腕組みしているのは当然ギルガメッシュ。背は低いがプロポーションは抜群の彼女はバビロンにしまってあった自分の水着を着ていた。意外なことに全員一致で予想していた金色ではない。白のビキニだ。
 ・・・ただし、上下ともサイド部分は金糸のメッシュになっており惜しげもなく地肌が透けて見えてはいるが。
 そして。
「さ、ハサンちゃん。次はわたくし達ですよ?旦那様に見ていただきましょう?」
「ほ、本当にこれを見せるんですかぁ!?」
 最後の最後でずずいと前に出たのは佐々木とハサンだった。ハサンのお面は後頭部の方に回され、桜と同じ容貌の素顔が見えている。その身を包んでいるのはく薄い和服・・・襦袢だ。露出度はゼロに等しい
「旦那様、ちょっと見ていただけますか?」
「っ・・・さ、佐々木・・・さん?ハサン・・・ちゃん?」
 既にグロッキー、体力ゲージが赤で点滅している士郎の弱弱しい声に佐々木はふふっと悪戯っぽく微笑んだ。そして。
「ご開帳です☆」
「ひゃぅん!?」
 多重次元屈折現象をも引き起こす素早い動きでハサンの襦袢を脱がし自分のも一気に脱ぎ去る。そこに・・・!
「ふ・・・ふんどしぃぃぃぃいいいいいっ!?」
 そこには、水着と呼べるものは無かった。純白の布を器用に巻きつけT字型にした下半身と数度巻きつけ首を通すことで外れなくした上半身があるのみ。
 そう・・・士郎の指摘どおり、それは一般に褌と呼ばれる。露出度こそ低い上に全盛の時代からやってきた佐々木の技術により外れたりもしないのだがその卑猥さたるや。
「・・・本当に、反則・・・みんなにイエローカード・・・二人に・・・レッド・・・」
 そして、ついに士郎はその場に崩れ落ちた。慌てて駆け寄ってくるサーヴァント達の上下動に頭の中が血で溢れ、バッタリと倒れる。
「・・・鼻血の海で溺れ死ぬがいい」
 アーチャーはそう言ってふんとそっぽを向くのだった。


7-4 英霊の水遊び(1)

「・・・あー、落ち着いてきた」
 士郎は呟いてよいしょと立ち上がった。肩に座ったちびせいばーがトントンと首の後ろを叩いてくれる。
「大丈夫?お兄ちゃん。増血剤とか打とうか?」
「いや、本当に溺れ死ぬほど出たわけじゃないから」
 どこから取り出したのかピンク地に赤十字の『めでぃあのめでぃかるぽーち(非売品)』を漁るキャスターに士郎は苦笑しながら首を振り、佐々木も大きく頷いてみせる。
「旦那様のおっしゃるとおりですよ?キャスターちゃん。必要なのは大蒜(にんにく)とか鼈(すっぽん)の生き血とかです」
「いや、精をつける必要も無いから・・・」
 目のやりどころに困りながら士郎は結局自分の肩へ視線を向けた。
「ところで・・・大丈夫なのか?ちびせいばーを人目にさらして・・・」
「大丈夫でしょ。士郎がちょっと小粋な変態さんに思われるだけで」
「凛。それは大丈夫とは言わない」
 アーチャーが淡々と突っ込むと、キャスターは得意げに胸をはった。平坦なそこにつけられたリボンがぴょこりと揺れる。
「大丈夫だもん!ちびせいばーたんにはメディア謹製のアーティファクト、『Cap of Gravel』をかぶらせてるから」
「・・・そのスイミングキャップのこと?」
 士郎が指差したのはちびせいばーの頭を包む白いゴム製のスイミングキャップだ。長い髪は背後にひとくくりにして纏められている。
「そうだよ。この帽子を被っていると、そこに居るのに居ない物として扱われるんだよ」
「えっと・・・風王結界みたいなもんか?」
「それは不可視でしょ?士郎。これはそういう物理的なアイテムじゃなくてどちらかと言えば幻覚系ね。『そこにあると不自然なもの』を『そこにあって当然のもの』だと誤認識させることで見えないのと同意義にするのよ」
 凛はピンと指を伸ばして解説を加える。
「ちなみに元ネタの方と違って構造上『それが何であるのか』を理解している人には効果がないわ。まあ、だからこそわたし達にはちびせいばーが見えてるわけだけど」
「・・・魔界にでも冒険しに行くのかそれは・・・」
 ぼそりとアーチャーは呟き、なんとなく自分の体を見下ろした。そこにある膨らみやそこにない膨らみに段々と違和感が無くなっている自分が、少し怖い。
「・・・ともかく、ここでぼぅっとしていても仕方があるまい。そろそろ移動する方がいいと思うが?」
 それを心の中にしまいこみ提案すると、ギルガメッシュとイスカンダルが同時に口を開いた。
「波のプールへ行くぞ」
「ウォータースライダーに行くんだねっ!」
 そして、むっと互いの顔を見つめる。
「ウォータースライダーはプールではないぞ。まずは水で遊んでから行くのが王道というものであろう」
「最初が肝心なんだねっ!混んでいないうちに先手必勝が覇道なんだよっ!」
「何故にそこまで殺気だっているのですか貴方達は・・・」
 むぅーっと睨みあう二人の覇王、そしてそれをヤレヤレと仲裁する騎士王。第四回聖杯戦争を彷彿とさせる光景である。聖プール戦争とでも呼称すべきか。
「そんなの二手に分かれればそれですむ話でしょ?15人からでわらわれ動いたら目立ってしょうがないし。ほら、とっとと分かれる。言っとくけど一度決めたら撤回無しね。破ったらひどいことする」
 面倒そうに凛が言うとサーヴァント達は顔を見合わせ、大人しく二手に分かれた。ひどいことされてるのは嫌だ。
「・・・それで?少年はどっちに行くんだ?」
 ランサー(プール派)に問われ士郎はむ・・・と唸った。別段どっちがいいという訳でもないのだが、期せずして両派閥のリーダーとなった二人の目が怖い。
「大家さん!このわからずやに言ってあげるんだねっ!男ならウォータースライダーで豪快に遊ぶんだよねっ!?」
「衛宮、我の決定を覆そうなどとは思うまい?せっかくの温水プールだ。まずは水に漬かるがいい。わかっておるな!?」
「え・・・いや・・・俺は・・・」
 二人に詰め寄られて士郎はじりじりと後ずさった。イスカンダルとギルガメッシュは士郎を睨みながら互いの顔を指差し。
「どっち!?」
 と叫んだ。争奪戦だ!オール・ハンデッド・ガンパレード!
「ここは、そうだな・・・」
 ランサーはその光景にふむと頷き士郎の腕を掴んだ。
「ギルは左手、イスカは右手を掴んでみ?」
「む?こうか?」
「何をするのかなっ?」
 二人のサーヴァントは士郎を両側からがっちりホールド。嫌な予感にたらりと汗が流れる。
 そしてランサーはうむうむと頷いて重々しく宣告した。
「じゃあ二人とも思いっきりひっぱるー」
「千切れますよ俺がっ!」
「その場合はおっきい破片を持ってる方が勝ちー」
「やめなさいって」
 凛はジト目でランサーにツッコミを入れた。なんとなく握りが強くなっている王様コンビにもギロリと視線で牽制を入れる。
「そいつ、生命保険入ってないんだから」
「それ止める理由違う!」
 士郎は叫びながらぶんっと腕を振り払った。ギルガメッシュ達は少し残念そうに手を離す。
「もうちょっと握っていたかったんだねっ。ギルっち」
「ば、馬鹿者!我はそんな、その・・・」
 ぷちぷち呟く英雄王にはいはいと適当な相槌をうって凛は肩をすくめた。
「こんなことで時間かけても無駄なだけでしょ?士郎の所有権なんてジャンケンでもして決めればいいじゃない」
 ジャンケン→あっちむいてホイのコンボには少々嫌な記憶もある凛だがそこは鋼の女、既にそんなものは記憶の牢獄に放り込み、割烹着を着た看守に薬漬けにさせたから無問題。
「ふっ・・・よかろう。イスカンダルよ。貴様では未来永劫我に勝てぬということを再教育してやろう」
「へへん、だねっ!あの時はセイバーっちと戦った後で疲れていたんだよっ!勝負なんて時の運だって教えてあげるからねっ!」
 ギルガメシュとイスカンダルは不敵に微笑み数十センチの距離を開けて向かい合った。互いに数多の戦いを潜り抜けそれに勝利してきた英雄同士、その闘気たるや天へも届こうという勢いだ。
「いや、ただのジャンケンだし」
「自らが物扱いということにはつっこみなしか?」
 つっこみにつっこむという高等技術で士郎の一方上をいってアーチャーはどうでもよさげに経緯を見守る。そろそろ立ちんぼに飽きた。どこかへ行きたい。
「一回勝負だ。よいな?」
「もちろんだねっ!」
 二人はひゅっと同時に息を吸い込み。
「最初はグー!」
 と同時に拳を突き出してそのまま静止した。異常な緊張感と共に風が吹きからまって乾燥した藻のようなものが二人の間をカサカサ音を立てて転がっていく。
「・・・なんで二人とも動かないんだろう?」
 士郎の呟きにランサーはしっ!と静止の声を発した。
「最初はグーと見せかけてパーを出すと予測してチョキで迎え撃ってくる・・・二人とも同じ予測を立てたが故にあえてグーでスタートしたんだ。この均衡状態・・・深いッ!」
「・・・そうか?」
 アーチャーのぼやきと共にギルガメッシュとイスカンダルはシュバッと空気を切り裂いて両手を天にかざし・・・
「「ジャンケンぽんっ!!」
 シュバッ!とその手を振り下ろした。
「うわっ!?」
「きゃぁっ!」
 瞬間、ドンッッ!という音と共に衝撃波が周囲に炸裂する!咄嗟にサーヴァント達はそれぞれのマスターをガード。
「ちっ・・・音速超過衝撃(ソニックブーム)だと!?」
「化物ですね・・・二人とも、できる・・・!」
「ジャンケンを・・・普通のジャンケンをしろ・・・」
 ランサーと佐々木のノリノリな解説にアーチャーはため息と共にそう呟き、衝撃の中心点に視線を移した。そこには・・・
「ふっ・・・」
「にゃぁっ!?」
 握り拳を突き出したギルガメッシュと指を二本立てたイスカンダルの姿があった・・・ 
「ふっ、貴様は10年前から変わっておらん。我には勝てぬ運命だ」
「うぅう・・・またチョキでまけたよーっ!」
「待て。またとはなんだ・・・?」
 10年前何があった?
「ともあれ、士郎は我が手に入れた!」
 勝利宣言にプール派のランサーがよしっと頷き桜&ライダーが小さくガッツポーズを取る。凛はやれやれと首を振って話をまとめに入った。
「じゃあ、士郎のサーヴァントであるセイバーは1セットとして、これでチーム分け完了ね。行きましょ」
「行きましょ、はいいとして、君は何故に当然のような顔をして衛宮士郎の隣にいるのか」
 アーチャーの指摘に凛はふふんと髪をかきあげる。
「あら、わたしは『今』選択したのよ?意思表示は1回きりっていうルールだったわよね?」
「うわっ!それは汚いもん!」
 キャスター(負け組)の抗議もどこ吹く風、凛は士郎の手を取り―――瞬間真っ赤になりかけてから首をブンブンと振り―――
「ではまた後で。1時になったら向こうのレストランで合流しましょう」
 さくっとそれだけ言い残して足早に歩き出す。
「おい、引っ張るなって遠坂。もげる!」
「生え変わるわよ。士郎なら」
 ザクザク歩く凛の手を士郎はぐっと強く引っ張って静止した。
「待てって」
「何よ。何か文句でもあるの?」
 膨れながら振り返った顔を可愛いなぁなどと思いながら士郎は静かに頷いた。
「遠坂。行く方向、逆だ・・・」
「あう・・・」


 数分後。立ち直りの早い凛を先頭に士郎達は波のプールへとやって来た。
「水が・・・水が動いています・・・!」
 セイバーは呆然と呟きおそるおそる波打ち際へと足を踏み入れる。念のため仕組みを説明しておくと、プールサイドから壁までがなだらかな坂になっており、士郎達がいる側から見て正面に当る向こう岸の壁から波がざぱーんと押し寄せてくる構造だ。
「おお・・・た、確かにこれは波ですシロウ・・・」
「セイバー、波とか見たことあるんだ」
「・・・士郎、セイバーはイギリス人よ。島国じゃない」
 凛は呆れた声でそう言いながらプールの中へと入っていく。他のメンバーも体にちゃぷちゃぷと水をかけてからプールイン。
「お、波が来た波が来た。しっかり少年につかまっとけよ?おちび」
「わかっていま・・・かぷっ!?」
「ちびせいばー!?」
 ちょっと高めの波にあおられたちびせいばーは指定席である士郎の肩からずり落ちそうになり、慌てて彼の顔を抱きしめるようにして体勢を立て直す。
「う・・・」
 士郎は思わず声を漏らした。10分の1サイズとはいえちびせいばーはオリジナルと同じ肉体を持っている。ぷにっと頬を押す柔らかな感触と摺り寄せられた頬のすべすべさが気持ちいい。
「うーん、このプールはちびせいばーには向いていないかな・・・俺がバランス崩すと危ないし」
「残念ですがそのようですね。流されてしまうと戻ってくるのに苦労しますし・・・大人しく波打ち際に居る事にします」
「では、私もご一緒しましょう」
 言ってちびせいばーに手を差し伸べたのはライダーだった。足首まで届く長い髪が波に持っていかれてフラフラしている。
「・・・ぷ、プールサイドまで、よろしくお願いします・・・」
「ええ。努力します」
 物凄く不安そうな顔でちびせいばーはライダーの手に乗り、腕を伝って肩まで登る。
「では移動しましょうか」
 ライダーはふらりふらりと体を揺らしながら歩いて行き・・・
「あ」
 べちゃりと前のめりに転倒した。
「な!こ、これは・・・!」
「・・・失礼しました」
 プールに投げ出されたちびせいばーが必死の力泳でその場に留まっているのを回収してライダーはまたふらりふらりと去って行く。
「・・・大丈夫かな、ちびせいばー」
「・・・ライダー、あれで意外とドジで」
 桜は恥ずかしげにそう言ってため息をつく。サーヴァントは召喚者と似たものが現れる。どうやら遠坂の遺伝形質は相当に強いらしい。
 一方でその遠坂の継承者は上機嫌でじゃぶじゃぶとプールの中を歩き回っている。
「それにしてもあれよね。こう・・・冷静になると何が楽しいか微妙だけど入ってる間は妙に盛り上がってくるのよねこれ。えいっ!」
 と、凛はいきなり桜と士郎に水をぶちまけた。顔面に水の直撃を受けて桜はきっ!と視線を強くする。
「や、やりましたね姉さん・・・わたしだっていつまでもやられっぱなしじゃありませんよ!?とぅっ!」
 気合一閃。お椀の形にした両の手のひらに水を溜め、マックスパワーでそれを凛の居る方向へと振り上げる・・・が。
 ぺちゃ。
 30センチほど先に、水は勢い無く落下した。、
「・・・先輩ぃ〜!」
「あー、よしよし」
 下克上失敗に泣きついて来た桜に士郎は苦笑しながらその頭を撫でてやる。
「む・・・」
 遠坂凛。試合に勝って、勝負に負けた。
「ふっふっふ、やはりこちらが正解ではないか。我の判断に間違いなどない」
 そんな楽しげな光景にギルガメッシュは高笑いをあげて得意げにプールの奥へ進む。
 その時だった。
『高波が参ります。ご注意くださーい』
 やる気の無いアナウンスが、波のプールに響き渡る。
「?・・・なんだそれは?」
 それを聞いたギルガメッシュは呟きながら背後の士郎達を振り返り、
「ってギルガメッシュさん!前!前!」
「志村か?」
 いらんことを言いながら前へ向き直った。そこには。
「!・・・壁!?」
 そびえたつ水の壁があった。肩まで水に漬かってるギルガメッシュの頭よりも数十センチ高い波が。
「なにぃ・・・がぼっ!」
 瞬間、小柄な体が完全に水没した。とはいえそこは英霊。即座に息を止めて水を飲むのを回避・・・したのだが。
「ごぼ(む・・・!?)」
 そのまま足を滑らせてぐるんと水中で1回転した。そのまま為す術もなく波に流される。
「っ!」
 瞬間、士郎は水に飛び込むようにして水中のギルガメッシュを抱き寄せた。勢いで自分も流されそうになり体を捻ってバランスをとる。
「ぐびぼぼばべべびばっ!(踏みとどまれ衛宮!)」
「いやごめん。何言ってるかわからない」
 呟く間に波は後方へ去ってゆき、士郎はふぅと息をついてギルガメッシュをプールに降ろした。
「ふう、大丈夫?ギルガメッシュさん」
「う、うむ。まあ自力でもなんとかなったのではあるが一応礼など言っておこう。すまぬな」
 はははとカラ笑いをしながらさりげなくギルガメッシュは浅めのポジションへと移動。
「ちっ!ギルめ、このフィールドを選んだのはこれが目的か!よし!ここはオレもひとつ・・・」
「やめんか」
 アーチャーはプールに飛び込もうとしたランサーの手を無造作に掴んで引っ張った。
「ごむたいなー」
 瞬間、ランサーは引っ張られるに任せて力を抜いた。飛び込んできた体を勢い余ったアーチャーは反射的に抱きとめて渋い顔をする。
「おおう、アーチャーたん、そんな趣味が?でもすまないなぁ、オレ少年一筋だし。あ、ってことは大筋では問題無いわけか」
「・・・・・・」
 アーチャーは、無言でランサーを放り捨てた。
「・・・私の人生は・・・どこへ行くのだ・・・」
「もう死んでるけどな。オレたち」

 

7-5 英霊の水遊び(2)

「大家さんはとられちゃったけど張り切っていくよっ!」
「「おーっ!」」
 イスカンダルの号令にあんりとまゆはえいっと天へと拳をあげた。
「ふふ、でもこれでよかったのかもしれませんね。逆の組分けでしたら目も当てられませんし」
「がぅ」
 確かに、こちらのチームには佐々木とバーサーカーというブレーキ役が居る。常にフルスロットルのもうひとチームと比べて気性が穏やかだ。
「を、やっぱりもう並んでるんだねっ!ボク達も並ぶんだよっ!」
「うわぁ、高いですぅ」
 ハサンは呟いてウォータースライダーを見上げた。
「でも、こっちのはまだラクショーなんだよっ。子供が居るからねっ。ここの目玉はもう一つの方なんだよっ!」
 そう。今彼女達の前にあるのは全年齢対象のウォータースライダー「クラナド」。緩急こそ鋭いが全体にマイルドな構造になっている。
 だが、通ならば、そして漢ならば避けて通れぬ道がある。それがもう一台のウォータースライダー。年齢制限有り、酒酔い、体調不良での滑降は絶対禁止の「鬼哭街」である。
 もはや名前からして終わってるそれは世界最大級の落差は約30メートル、滑降速度は最大80kmにも達するという化物である。実際、滑ろうと登ったはいいが怯えて帰ってくるものも少なくはない。
「ま、こっちは気軽に楽しむといいんだねっ!ボク達だと生身でもそれくらいスピード出るけど、これはこれで色々とスリルが有るんだよっ!」
 イスカンダルは元気良く説明してから『ん?』と首をかしげた。目の前に並んでいる背中に見覚えがあったのだ。
「?・・・あ、生徒会長さんなんだねっ!」
「む?」
 いきなり呼ばれて生徒会長・・・柳洞一成は不審気に振り向いた。
「俺の、ことだろうか?」
「そうなんだねっ!ボクの記憶が確かなら、穂群原の生徒会長さんでボク達の大家さん、衛宮士郎のお友達の柳洞さん、だよねっ?」
 びっと指を立てて言ってくるイスカンダルに一成は困惑の表情で頷いてみせる。
「いかにも。貴方達は・・・衛宮の知り合いだろうか?」
「その通りだ。柳洞」
 イスカンダルがその問いに答えるより早く、一成の隣に立っていた男が頷いていた。
「・・・君とは以前会ったな。そちらの君とも」
「あ、あの時の・・・」
「そ、宗一郎様!」
 思い出したイスカンダルの声よりも、横から突っ込んできたキャスターの声の方が大きかった。
「そういちろうさま、だって!」
「くすくす、なんだかゴシップの臭いがしますねぇあんりちゃん」
 あんり&まゆがこそこそと話し合うのに気付かずキャスターはキラキラと瞳を輝かせる、
「あ、あの。覚えていらっしゃいますか?メディアです・・・」
「・・・ああ。体育館の」
 葛木は無表情に頷き、何かを思い出してキャスターに目を向ける。
「そうか。衛宮の親戚の一人だったか」
「なんと・・・衛宮の父上は一体何人と関係をもたれたのだ。驚愕に値する」
 一成はうぅむと唸り、佐々木が居るのに気付き急ぎ頭を下げる。
「お、お久しぶりです佐々木殿。その後、ご健勝でしょうか?」
「あら、一成君。久しぶりですね?葛木さまも」
「ああ」
 葛木は呟き、ふむとキャスターを眺め、他のサーヴァント達にも順繰りに目をやって行く。
「メディア、と言ったか。他の女性達も、君と同じなのか?」
「え・・・は、はい」
 ガクガクと頷くキャスターにイスカンダルは『む?』と顔を寄せる。
「メディアちゃん、ひょっとしてサーヴァントだってばれてる?」
「例の『影』から助けてくれたのって、この人なんだもん」
 小声で言葉を交わす二人をよそに、一成は不思議そうに葛木を見上げた。
「宗兄ぃ、一緒とはいかなる意味でしょうか?」
「っ!」
 緊張の表情を浮かべたキャスターとイスカンダルに一瞬だけ視線を向けて葛木は静かに頷く。
「全員衛宮の親戚かと確認しただけだ」
「宗一郎様・・・」
 キャスターは感極まったように胸の前で手を組んで目を輝かせる。胸がドキドキするトキメキ、夢見ーてる9歳児ーといった様子だ。
「あーっ!ちょっとキャスター!あんり達と誓った士郎にーちゃん誘惑同盟を裏切る気!?」
「そうですよ〜?士郎にいさまを妹萌え属性に改造してまゆたちで独占しようという誓いはどこへいったんですか〜?」
 あんりとまゆにデュアルで詰め寄られてキャスターはぷいっとそっぽを向く。
「それとこれは別だもん。お兄ちゃんと宗一郎様、二人をだぶるげっとしてらぶはーれむをつくるんだもん!もう男にだまされたりしないもんね!今度はこっちからだましてやるんだから!」
「・・・人を騙すのは、感心しない」
 意気込んだキャスターはしかし葛木のボソリとつぶやいた言葉にあたふたとあたりを駆け回る。
「ももももももちろんです宗一郎様、メディア、ヒトヲダマシタリシマセンヨ?」
「それに」
 全力で動揺するキャスターを真正面から無視して葛木はぽんっと一成の肩を叩いた。
「衛宮を篭絡するのは柳洞の野望だ。私はそっちを応援せねばならない」
「って何を真顔で言ってるんですか宗兄ぃ!?」
 ずり落ちた眼鏡を慌てて直して叫ぶ一成に葛木はふっ・・・と唇の端を緩めた。ひょっとしたら出会ってから初めて見るかもしれないかすかな笑顔―――
「柳洞、大丈夫だ。私は教職員として不純異性交遊を禁止する立場だが・・・不純同性交遊を阻めという仕事は受けていない」
「当たり前ですよ!っていうか貴重な笑顔をこんな話で使わないで頂きたいッ!」
 力説する一成をまあまあとなだめてイスカンダルは『はいっ』と手を上げた。
「質問ですせんせいっ!」
「何か」
 教壇に立っている時と寸分変わらぬ表情と声で競泳用パンツの男は頷いてみせる。
「えっとっ!不純じゃない異性交遊はどうなるんでしょうっ!ボクの大家さんへのラヴは世界一ピュアだと思うんだねっ!」
「ふむ。それは定義の難しい問題だ」
 葛木はうむと頷きサーヴァント達を見渡す。
「純粋なものならそれは当然に不純異性交遊ではない。私の職分を越えると見ていいだろう」
 葛木宗一郎―――テスト用紙に誤字があったというだけでテストを中止したというブレーキのついていない真面目教師―――
「だが、近親婚は日本では禁止されている。気をつけたまえ」
「大丈夫だねっ!禁止されていない国に移住してからにすればいいんだねっ」
「ふむ。それならば問題あるまい」
「いいんですか!?」
 一成はつっこんで頭を抱える。これまで抱いていた真面目で頼りになる宗兄ぃ像が崩れ去っていった。
「いいんだよっ!ボク達の純愛は地球を救うんだねっ!」
「成る程・・・ふふ、ハサンちゃん。妹か弟、ほしいですか?」
「ふ、ふぇ!?」
 うふふと笑うアサシン&真アサシンの格好は相変わらずHUNDOSHIなのだが一成は極めてテンパっている為気付いていないようだ。
「むー、ねえまゆ。なんだか最近、みんながろこつに士郎にーちゃんを狙ってるような気がする」
「そうですねぇあんりちゃん。ここはひとつ、士郎にいさまがお風呂に入ってるときに乱入していろいろなところを洗って差し上げるくらいのことはしなくちゃいけないかもしれませんね〜」
 くすくす笑ってそんなことを言われても、あんりとしては流石にゴーゴーとは行かなかったようだ。顔を真っ赤にして水着のすそを引っ張ったり戻したりし始める。
「そ、それはやりすぎじゃないかなぁ・・・ほら、あんりたちまだこどもだし・・・」
「だからいいんですよまゆちゃん!」
 後ずさるあんりにまゆはずずいっと詰め寄った。
「イスカねえさま達がやったら犯罪でもまゆたちならばだいじょぶなんですよ!?『無邪気な子供のやること』ですむんです!たとえば背中のながしっこをせがんだら士郎にいさまは断れません。断ったら自分が倒錯した感情の持ち主とみとめてしまいますからねぇ。そこにつけこんで体中をくまなく、くまなく、残す所無く外側も内側もいじりまわせば反応がないわけないです。若いんですから。そうなってしまえば後はもうらくしょーですよ〜?これなあに?って進めるも良し、もっと挑発して逆に襲ってもらうも良し、ばっちりです。本番だって簡単です〜」
「ま、まゆ・・・」
 文字通りの半身が展開する容赦ないプロジェクトにあんりは赤を通り越して青くなる。彼女には想像もつかない世界だったのだ。
「あらあら」
 佐々木はそれを聞いて表情を翳らせた。まゆの顔を覗き込み静かに語りかける。
「でもまゆちゃん?いざってとき入るんですか?」
 そっちかい。
「お、おかあさん?入るって・・・なにがですか?」
 ハサンの不安そうな顔に佐々木はうふふと口元を隠す。
「言わぬが花、ですよ。ハサンちゃん。息を吐いて、体中の力を抜いて耐えましょうね?」
「?」
 きょとんとした顔のハサンをよそにまゆはくすくすと笑みを浮かべる。
「まゆたちの特性は影化ですから〜。肉体であると同時に混沌の影なので伸縮自在なんです。ちっちゃくってもいっちょまえ、ですよ?」
「ぅう、まゆが怖い・・・」
 怯えるあんりと笑うまゆ、詳細なレクチャーをはじめてしまったアサシン親子を呆然と眺めて一成はガクリとその場に膝をついた。
「え、衛宮・・・おまえは・・・狙われている!」
「そうだな。だが心配はないだろう」
 葛木はその肩に優しく手を置いた。
「彼女達は全員女だ。たとえ先を越されても衛宮のはじめての男の座はおまえのものとなる」
「・・・宗兄ぃ」
 一成は兄と仰ぎ、また武について師事した男をゆっくりと見上げた。
 冗談であって欲しい。だが、一成は知っている。
 ―――葛木宗一郎。常に全てに本気の男―――
「ワセリンならば、私が常備しているからな」
「要りませんッ!」
「それは危険だ。最初で失敗すると後々まで恐怖心が伴う」
「使うような状況になりませぬっ!」
「ああ、柳洞は受けだったか。だがそれにしても自分の身を守る必要はある」
 教え子の慢心を嗜める教師、中途半端にそんな印象をふりまく姿に一成は眼鏡を外し・・・
「次のお客様?そちらのお客様、後がつかえておりますので」
 係員のおねーさんがウォータースライダーの滑り口を指差すのを聞いてダッ!と走り出した。
「かいちょさんっ?」
「柳洞、走ると危険だ」
 背後からの声を振り切って滑り口に飛び込み、水と共にチューブを押し流されながら絶叫する。
「この世界にまともな会話ができる奴はおらんのかぁあああああああああああああああああああああっ!」
「がぅ」
 最後尾からポツリと呟きバーサーカーは滑り去って行く一成の姿に同情の目を向けるのだった。

 

 Bチーム・・・ツッコミ役不在につき暴走中―――

 

7-6 アインツベルン(2)

 それは、一種異様な光景であった。
「あはははは!気持ちいい!」
 満面の笑みを浮かべて子供用プールを走り回る少女。これはいい。真っ白な肌とそれを包む可愛らしい水着、周囲の水をばしゃばしゃと蹴立ててはしゃぐ白い妖精・・・何の問題も無い。むしろ写真に撮れば賞の一つも貰えそうな光景だ。
 だが。
「セラ、ほらほら。水かけちゃうよ」
「・・・・・・」
 その背後で水に使っている二人組はどうしたものか。あからさまに大人なのはいい。先の少女と共にあらわれたのだから保護者なのだろう。
 しかしその格好に問題がある。そもそも水着ではない。にも関わらずプールに飛び込んでいる。と、いうか一人がもう一人をプールに叩き込んだ上で自分も突入したのだ。おまけにその服というのが・・・
「メイドさん・・・」
「メイドさんだ・・・」
 白いエプロン、ふわっとしたスカート。被っているものこそヘッドドレスではなく珍妙な頭巾ではあるが、それはまごうこと無きメイドさんだった。
 ちなみに、さんは必須だ。ここ重要。
「セラぁ、もう、なにぶすっとしてるの?」
「・・・リズ。私達がここに何をしに来たのかを復唱しなさい」
 セラと呼ばれた女の問いにリズは『んー?』と首を傾げ。
「えい」
 素早いステップでセラの背後に回りこみその細い胴をに腕を回した。
「なにを―――」
「ばっくどろっぷー」
 瞬間、リズの体はブリッジをするように腰から背後へと海老反っていた。がっしりと腰を抱き締められていたセラは為す術も無く後頭部から水の中へ叩き込まれる。
「・・・痛い」
 むっくりと起き上がったセラは無表情に呟き、しずしずとりズの前に立つ。
「あははははは、セラみずびだしー!水も滴るいい女ってあれ?セラ、顔怖いよ?」
「気のせいでしょう」
 セラはそう言ってから無造作に拳を突き出した。リズの鳩尾がズバンッ!と音を立てて陥没する。
「ほげほげほげ・・・」
 腹をおさえて水中に没したリズをゲシゲシと蹴りながらセラははしゃぎ回る少女・・・彼女達の主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに声をかけた。
「お嬢様。ここへ来た目的を忘れてはおりませんか?」
「ん?忘れてないよ?」
 イリヤはばしゃっと水を蹴立てて嬉しげに笑う。セラは目を細めて語気を強めた。
「バーサーカーは発見できていませんが、セイバーのマスターは発見したのです。早急に接触すべきではありませんか?ここにバーサーカーが居るのは確かだと仰ったのはイリヤスフィール様ですが・・・」
「ん・・・いいよ。今日は」
 ほんの僅か、寂しそうな、嬉しそうな。
「士郎お兄ちゃん、なんだか楽しそうだったから」
「・・・お嬢様。しかしそれは」
「いいの!今ここにお兄ちゃんがいて、楽しそうな顔してるんだから・・・それだけで今は・・・」
 ばしゃん、と力なく蹴立てられた波紋は静かに水面を渡り・・・
「ぼばー」
 適当な声を発しながら水中から飛び出してきたリズにぶつかって霧散した。
「イリヤ、イリヤ!潜るのも結構楽しいよー」
「え?ほんと!」
 能天気な声にイリヤの顔がぱっと輝く。
「うん、なんだかねー、しばらくは苦しいんだけど少し待つとなんだか目の前がしろーくなってきて、だんだん体がふわふわぱぷっ!?」
 言い終わるより早くセラは鋭い右ハイキックをリズの首へと叩き込んだ。ぐるんっと半回転した彼女が水中に没すると共にたくし上げていたスカートを優雅に降ろす。
「・・・確認しますが」
「死んでるかもね・・・」
 イリヤの呆れ顔に『それはいいのですが』と前置いてセラは静かに問いを放った。
「エミヤシロウについては静観する方針、ということでよろしいでしょうか?」
「うん。バーサーカーの捜索の方を中心にするつもり。とりあえず戦力ゼロじゃしょうがないし」
 イリヤは答え、水中のリズを引っ張り上げる。
「ほらー、寝てないで起きなさいリズー」
「あ、おはようイリヤー」
 ひょこりと立ち上がったリズを横目にセラはもう一つ問いを投げた。
「・・・彼の傍にマキリサクラが居ましたが、それでもですか?」
「マキリじゃなくてマトウだよ・・・あ、でもひょっとしたらマキリかもね。うん。ともかく気には食わないけどリンも居るし多分大丈夫。あのサクラは多分安全じゃないかなー」
 一瞬だけ鋭い目になってイリヤは呟き、すぐにまた楽しげな笑顔に戻る。
「ほら!ともかく今日は遊ぶよー!」
「うん、わかったよイリヤ。ウィー!」
 リズは頷くが早いか奇声を上げながらセラの首に自らの二の腕を叩き込んだ。白いメイド服に身を包んだセラの長身がぐるりと1回転して水中に落下する。
「てきさーす!」
「わぁっ!リズすごーい!」
 ぺちぺち手を叩いて喜ぶイリヤにリズは人差し指と小指を立てた握りこぶしを高々と天へと突き上げるのだった。


 

7-7 Stand By

「シロウ、そろそろお昼ではありませんか?」
 波のプール→流れるプール→潜水プール(30メートル)とコンボで色物プールを回り終えた所でそう言いだしたのは、大方の予想通りセイバーだった。
「よっしゃ!ほれアーチャー。オレの勝ちだぜ?100円、100円!」
「・・・相対的な移動距離が長い分ちびせいばーが先に空腹になると踏んだのだが・・・」
 渋い顔で100円硬貨を受渡しする槍弓コンビをむ・・・と睨むちびせいばーに苦笑して士郎はひとつ頷いた。
「そうだな。そろそろ1時だしレストランに向かおうか」
「それがいい、シロウ!待たせてはわるい、すぐ行きましょう!」
 それを聞いたセイバーはこくこくと頷いて先頭にたって歩き始める。頭上のアンテナ毛も快調に天を向きひょこひょこと揺れていた。
「・・・ご機嫌な所わるいけどね、セイバー」
 凛はちょっと足を早めてセイバーに追いつき、沈痛な顔で話し掛けた。
「な、なんですかリン。その暗い表情は」
「落ち着いて聞いてねセイバー。今日はお弁当じゃないわ」
 その言葉にセイバーはくいっと首をかしげる。
「え・・・それはそうでしょう。そんな暇など無かった筈だ」
「そうね。だからレストランなわけで・・・つまり士郎のご飯じゃないの。あらかじめ言っとくけど暴れないでね?」
 な・・・と一瞬絶句してセイバーは顔を真っ赤にして凛を睨んだ。
「そ、その程度で暴れるはずが・・・!一食ぐらい・・・一食・・・ぐら・・・い・・・」
「や、やーねーそんな泣くこと無いじゃない」
 頭上のアンテナ毛をへなへなとしおらせて俯くセイバーに『やばっ!』と凛はなだめにかかった。
「ほ、ほら!ここのご飯はわりとおいしいって評判だし、バイキングで食べ放題だし、ね?」
「む・・・食べ・・・砲台・・・」
「何を発射するつもりだ」
 アーチャーはぼそりとつっこんで視線を遠くに投げた。放っておいても質を量で補う結論に達するだろう。
「ほら、士郎もなにか言いなさいよ」
「・・・セイバー」
 肘で脇腹を突付かれた士郎は静かに口を開いた。名前を呼ばれたセイバーはアンテナをぴょこっと小さく立てて振り返る。
「・・・なんですか?シロゥ」
 語尾がしおれてる。むっちゃ元気無い。
「今晩のメインは、藤村組からおすそ分けで貰った新鮮な魚介類だ。それも船盛りで3艘分。煮物もそれに合わせた奴を昨日から仕込んでいる。期待してくれて、いいぞ。だから今は・・・」
「!・・・は、はい!わかっていますシロウ!いえ、別にそんな、食事がどうのということで別段落ち込んだりするわけではないのですがシロウが精魂込めて作ってくれるというのでしたらそれはなんというか楽しみで、ああ、なんというべきか・・・」
 セイバーはアンテナふりふり言い募り、感極まったのか爽やかな朝日を背負ったようなイイ笑顔で呟いた。
「・・・シロウのごはんを愛している・・・」
「・・・ご飯限定かよおい」
「そこはつっこまないで流す所だ。ランサー」
 そんなやりとりをしながら士郎達がレストラン傍にまで来た時だった。
「お?衛宮と遠坂じゃない」
 横合いからかけられた声に士郎と凛は同時に振り返った。その影からセイバーもぴょこんと顔を出す。
そこに居たのはショートカットも凛々しい少女だった。青いワンピース水着の上に『新都No.21』のロゴがついたエプロン、頭にはサンバイザーといった服装だ。
「あら美綴さん。どうしたの?こんなところで」
「見りゃわかるだろう。バイトだよバイト」
 驚きの声をあげた凛に美綴はほれほれとエプロンを指差して見せる。背後には浮き輪を大量に乗せたワゴン。おそらくそれが売り物なのだろう。
「それより遠坂こそ・・・いやはや、こりゃ本格的にあたしの負けかな?」
「な、なに言ってるのよ。ちょっと一緒に遊んでるってだけよ、こんなの」
 ふん、とそっぽを向く凛に美綴はニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
「そのちょっとはフツーの女の子にはちいさな一歩でも遠坂凛にとってはヤマカシ並の一歩だろ?あんたが男と遊びに行くなんて始めて聞くわよ?」
 ちなみにヤマカシというのはフランスのパフォーマンス集団だ。ビルとビルの間を跳んだりする。
「べ、別にいいじゃないそんなこと!だいたい、こっちは15人連れよ!?」
「あー、そっちの美人集団か。なんか外人が多いけど何者なんだ?衛宮」
「・・・俺の親戚」
 話を振られた士郎はもはや慣れっこになってきた言い訳を口にする。
「詳しい事情は話せないけど・・・俺の父親は世界各地を彷徨ってて・・・行く先々で養子をこさえてたらしい」
「・・・噂にはきいてたけどよっぽど破天荒な人だったんだな。衛宮の親父さんは」
 美綴はやれやれと首を振り、その途中でふと動きを止めた。視線を手繰ると、身を乗り出して浮き輪を凝視する長身の影。
「・・・欲しいの?ライダー」
「!?」
 士郎に問われてライダーはビクリと身を震わせた。
「い、いえ!その、わ、私はライダーですので、あれも、その、一応乗り物といえば乗り物ですからちょっとだけ興味がっ!いえ、それだけです・・・!」
 アタフタと手を振り回して熱弁を振るうライダーに、桜はちょっと顔を赤らめながら士郎の背後で俯いた。
「あの、ライダーは・・・あれで実は泳げないんです・・・」
「!?さ、サクラ!?そのような事を士郎に公開するとは!なんという・・・なんという!」
 悔しげにライダーは叫び、涙でも出たのか顔面の半分を隠すそのマスクを・・・
「やめろ。石化する」
 外そうとしてアーチャーに止められた。
「う・・・確かに・・・」
 ライダーは呻きながらマスクを引っ張ってその隙間にハンカチを差し込む。
目に指でも突っ込んだのかうーうー唸っている姿になんとなく抱き締めたいような衝動に駆られながら士郎は小さな笑みを浮かべた。
「美綴、せっかくだから1個買うよ。そうだな・・・そこのデフォルメされた蛇のやつがいい」
「ん、600円だ」
「士郎?」
 ぎょっとした表情―――口しか見えないが―――をしたライダーに構わず士郎はパーカーから財布を出し、1000円札を渡して浮き輪とおつりを受け取った。
「し、士郎っ!私は別に・・・」
「ライダー、よかったらこれ貰ってくれるか?美綴のバイトに協力しようと思って買ったけど俺が持ち歩くと不気味だし、引き取ってくれると嬉しい」
 ライダーはしばし戸惑った後・・・
「・・・あ、アリガトウございます。士郎・・・」
 俯いてプチプチと答え、浮き輪を受け取りそれをぎゅっと抱き締めた。
「・・・あんたも大変だね、遠坂」
「・・・別に、そんなんじゃないわよ」
 あからさまに膨れてそっぽを向いている凛に美綴は苦笑してみせる。
「でもさ、あたしとしてはちょっと悔しいかな」
「・・・なにが?」
 問い返すと美綴はうんと頷き、ランサーに小突かれている士郎に視線を投げた。
「なんか、この一週間くらいで衛宮がえらく男前になったから」
「・・・そうかしら」
 凛はむーっと口をへの字にして呟く。
「そうさ。あいつは元からいい男になる器だと思ってたけどさ、実際にそうなってみると自分以外の誰かが衛宮を変えたのかと思うとちょっとくやしいな。あたしは結構前からあいつのこと知ってるだけにね」
「美綴さん、あなたひょっとして・・・本気で?」
 問われ、美綴は苦笑しながら凛に視線を返す。その表情がかつて無いほどに不安げなものであるのであることに気づいた瞬間、決心はきまった。
「うん、わりと本気かもね」
「・・・・・・」
 驚きに目を見開く凛の腕をぽんっと叩く。
「だからさ、遠坂も早く素直になれって。あたしはあんたとは正々堂々勝負するって決めてるんだ。そっちがスタートラインに立ってくれなきゃこっちも動けないじゃないか」
「わた、わたしは・・・」
 遠坂は口ごもり、ふぅと息をついた。そう、確かにそうだった。彼女と凛はとても似ていて・・・戦うとなったらどっちかが死ぬまでガチンコでやりあうと誓ったのだ。
 その自分が、いつまでも足踏みなどしていることができるだろうか?
「・・・そうね。ごめんなさい。まだもうちょっと・・・待ったをかけさせて貰うわ。こっちで予選を通過してから、改めて勝負しましょう」
「ああ、繰り返すけどそっちは大変そうだからなぁ」
 視線の先にはライダーと桜の板ばさみになりわさわさと慌てている士郎の姿。その背にはランサーがもたれかかり、セイバーがアンテナを揺らしながらそれを引き剥がそうとしている。
「ええ・・・とりあえず、わたしもその浮き輪1つ買うわ」
 凛は浮き輪を掴むと全力でそれを士郎の顔面に叩き込んだ―――
「見てなさい美綴さん。わたしの最強を証明して見せるわ」

 

7-8 GreenDistiny

 バイトを続ける美綴と別れて数分ほど経った頃。
「ん・・・?」
 何気なく眺めたその視線の先に見知った顔を見つけてアーチャーは軽い呟きを漏らした。
「どした?弓っち」
「妙な呼び名を付けるな」
 言いながら指差したのは十数メートル先、通路沿いに植えられた背の高い南国風の樹を見上げる二人の女子高生と一人の幼女であった。
「どっかで見たな・・・って昨日オレが逃がした2人じゃねぇの。結構豪快に生命力吸われた筈なのに元気だなぁ」
「若いからな。それにあれは本物よりも1ランク下がっていたのも理由の一つだろう」
 そんなことを言いながら近づいて行くと切れ切れにだが彼女達の会話が聞こえてきた。
「受け止めてやるからとびおりろってー」
「いや、ゆっくり後ずさるのだ」
 青と白のセパレーツを着た蒔寺と飾り気の無いワンピースの氷室は正反対のことを言いながら頭上を見上げている。
「なんだ?」
視線を辿れば、彼女達の頭上2メートル程の高さのところに、枝にしがみついた三枝の姿があった。その手にしっかりと握られているのはここのロゴが入った風船だ。
「わ、わわ、降りれないよぅ・・・」
「そりゃそうだろ由紀っち・・・あんた運動神経切れてるんだから」
「むしろそこまで登ったことが驚愕だろう」
 口々に言われて三枝はほにゃっと緊張感の無い表情で笑う。
「うん、わたしもびっくりだよー」
「びっくりはいいからゆっくり降りてこいって」
「蒔。そのセンスは最悪だ」
「あ、あの、そんなこと言ってる場合ではないかと思われます!えと、もう風船は我慢できますからッ!その、ご無事で、ご無事で降りてきてください!」
 あくまでのんきな三人組に、その傍らでオロオロしていた少女は手をグーパーさせながら主張した。どうやら頭上で三枝が握っているのは彼女が飛ばしてしまった風船らしい。樹に引っかかっていたのを取りに登って降りれなくなったのだろう。
「だいじょうぶだよ。ちゃんともっており・・・わぁっ!?」
 大丈夫とガッツポーズをとろうとしたのがまずかった。枝にしがみついていた手を離した三枝はあっさりとバランスを崩して宙に投げ出され。
「っ・・・!」
 瞬間、セイバーは空腹をおして地を蹴り駆け出した。
だが。
「やめとけ!オレ達がこういうとこで目立つわけにはいかねぇんだよ!」
 素早く手を伸ばしたランサーに掴みとめられ、ぶんっとその足が空回りする。
「そんなことを言っている場合では・・・!」
「それにな、こういうのは王様やら騎士やらの出番じゃねぇさ」
 早口に叫ぶセイバーにランサーはウィンクを返した。その傍らでギルガメッシュも鷹揚に頷く。
「ふん、そうだな。こういうのは―――」
見守る先には、セイバーよりも尚早く駆け出していた少年の姿。落下地点に飛び込んだ士郎は落ちてきた三枝をぼすっと受け止めそのまま転ぶ。
「―――正義の味方の仕事であろう?」
 ニヤリと笑うギルガメッシュの視線を受けて士郎は三枝を抱き起こした。びっくり顔のまま大きく目を見開いた少女はパチパチとまばたきをして呟いた。
「わ、セイギグリーン・・・」
「いや、だからそれなに?」
 眉をひそめた士郎の肩を蒔寺はパンッと叩いて親指を突き出す。
「やー、すまないなセイギグリーン」
「ああ。我々の指示がまずかったようだセイギグリーン」
 氷室にも重々しく言われて士郎はため息をついて三枝を立たせ、自分も立ち上がった。
「・・・いや、いいけどね。どうせ俺は地味だし」
「そんなことないですよ?かっこいいです」
 絵本の中のお姫様のような邪気の全く無い笑顔に士郎はそうかなと苦笑して肩をすくめる。三枝はふにゃっと笑って首をかしげた。
「はぅ、また助けてもらっちゃいましたねぇ」
「・・・また?」
 ビクリ、と士郎はこっちへ歩いてくる凛達の方へ視線を向けた。
(記憶、消したんじゃなかったのか!?)
(消したわよ!桜が・・・)
(え?姉さんじゃないんですか・・・?)
 目でやり取りし、一斉に冷や汗を流す。
「?・・・どうしたの?衛宮くん・・・あ、遠坂さんだ」
 一方、あくまでマイペースな三枝はこっちへ向かってきた集団に気づきひょこんっと凛に頭を下げた。ほにゃほにゃとした笑顔と身に纏った極端に布地の少ない水着が強烈にアンバランスだ。おそらく、騙されている。誰かに騙されていてしかも犯人は身近に居そうだ。
「ええ、ごきげんよう三枝さん、氷室さん、蒔寺さん」
「ごきげんようって・・・どこのお姉さまだよ」
 ブツブツ言う蒔寺にかまわず凛は三枝に目を向ける。
「その風船、せっかくとってこれたんですから返してあげたらどうですか?」
「あ、そうですね・・・はい、もう放しちゃだめだよ?」
 微笑む三枝に少女は眩しそうな表情をしてぺこりっと頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!わ、私!このご恩は末永く忘れません!三途の川を渡るまで長く長くええと、ともかくありがとうございました!」
「いえいえ、結局わたし一人じゃとれなかったし。でもよかったね?」
「は、はいっ!」
 頭を撫でられて少女は嬉しそうに笑い、ぺこっともう一度頭をさげて走り去る。三枝はえへへーと笑い士郎に向き直った。
「衛宮くんも遊びに来てたんですね。あ・・・ひょっとして遠坂さんと?」
「つうかむしろ聞きたいのは、そっちの外人さんたちが誰かだよ」
「うむ。只者ではないな」
 蒔寺と氷室の言葉にランサーはにやっと笑ってアーチャーを抱き寄せる。
「言ってみれば、オレ達はエミヤファミリーってとこかな」
「・・・私を巻き込むな」
 迷惑そうに手を振り解かれながらランサーはニヒルに笑って首を振った。
「けして裏切るな。それさえ守ればおまえもファミリイだ・・・」
「黙れビッグダディ」
 うんざりとアーチャーはつっこみ、なんとかしろと凛に目を向ける。
「こちらの方々は衛宮君の親戚です。みなさんで申し合わせて衛宮君のお父様を訪ねてらしたそうです。わたしのお父様と衛宮君のお父様は友人でしたので案内のお手伝いをしてるんですよ」
 よそ行きの完璧微笑を浮かべながら凛はさりげなく士郎を突っついた。
(士郎、さりげなく三枝さんに探りを入れてみて)
(わかった。やってみる)
 士郎は頷いて三枝の目を覗き込む。
「三枝さん、昨日のこと覚えてる?」
「直球じゃないのッ!」
「直球ではないか!」
 瞬間、凛とアーチャーは同時につっこみを入れた。やはり天然の士郎には無理だったかと二人してため息をつく。
「いやぁー、日本はいいところだなー!はははははは!お、そっちの娘クールでいいねえ!氷室とか言ったっけ?趣味はなんだ?をお、そっちの娘もいい体してんじゃん!筋肉のつき方からして陸上か?」
 それを見たランサーは大声で叫びながら氷室と蒔寺を抱き寄せた。巧妙に三枝から二人を引き離す。
「よーし、このランサー姐さんがファミリイの紹介をしてあげよう!こっちの委員長タイプがセイバー、縦ロールがギル、つっこみ担当のアーチャー、案外ドジっ子だってわかったライダー、桜は知ってるか?OK、他にも色々いるけどみんなファミリイだ!」
「槍に剣に罪に弓・・・本名ですか?」
「我達の名前は長く、ややこしい。それぞれの特技からつけた渾名のようなものだ。それで呼ぶがよい」
 現代の生活が長いギルガメッシュはさりげなくフォローを入れながらイスカンダルが居ればこういう時に楽が出来るのだがの・・・と内心で愚痴を漏らした。
「今のうちね・・・具体的に聞くけど三枝さんは昨日学校であったこと覚えているのかしら?」
「え?」
 凛のよそ行きでない喋り方を始めて聞いた三枝はきょとんとした顔で首を傾げたが、数秒してこっくりと頷いた。
「うん。びっくりした」
「・・・ど、どの辺まで覚えてるんだ?」
 士郎がおっかなびっくり尋ねると緊張感の無い笑顔が返ってくる。
「えっと、黒い人に追っかけられたりとか。衛宮くんが助けてくれたとか」
 全部じゃんと額を押さえる士郎に超高速の肘打ちを打ち込んでよそ行きの笑顔を浮かべ直した。
「ふふ、三枝さん、夢を見てたんですね?」
「?・・・夢ですか?」
 小動物じみた表情で首を傾げる三枝に頷いてみせる。
「昨日あったのはガス漏れ事故よ。わたし達はガスが薄まってから学校に駆けつけて、1階の廊下で倒れてた三枝さんに会ったんです。三枝さんは気を失っていたけど一瞬だけ目を覚ましたからそのときに衛宮君を見たのね」
「あ、うん、そう」
 見えない角度でもう一度肘を打ち込まれ、ついでに二の腕に柔らかな感触を感じながら士郎は慌てて頷いた。
「多分その黒い影っていうのは恐怖心の具現化ね。三枝さん、小説とか好きかしら?そういうモチーフのものって多いから夢の題材に使われやすいんですよ」
 あーなるほどーなどと三枝は頷き、あいも変わらず朗らかに笑う。
「わかりました!夢だったことにしときますね遠坂さん!」
「そうそう、夢だったことにね」
「夢だったことにするんですね!」
 声を合わせてあははーと笑う遠坂と三枝に士郎は再度頭を抱えた。
「誤魔化せてないよ遠坂・・・むしろ誤魔化されてる・・・」
 三枝由紀香。士郎と並ぶ天然故に、完璧の天敵・・・

 

7-9 GreatMission(発端編)

「・・・ちょっと遅いんじゃないかなっ!」
 レストラン前に陣取ったイスカンダルはそう言って頬を膨らませた。
「そうですね・・・ふふ、可愛い女性でも居たのでしょうか?お話しているうちに愛など芽生えるかもしれません」
 佐々木は時計を見上げて小さく笑う。時刻は1時20分。待ち合わせの時間などとっくに過ぎていた。
「いつも思うんだけど、佐々木お姉ちゃんってお兄ちゃんのことどう思ってるの?好きみたいな気がするけど、他の人にとられそうでもぜんぜん慌てないんだもん」
 キャスターの不思議そうな顔に佐々木は口元に手を当てて笑みを深くする。
「わたくしは、妾でもかまいませんから。ふふ、忍ぶ恋もまた・・・いいものですよ?」
「そ、そうですよね?二十四時間影からそっと盗み見てるのも恋ですよね、おかあさん?」
「それは犯罪です」
 ぐわっと身を乗り出したハサンの言葉に佐々木は素早くつっこみを入れた。ボケをフィールドにしているとはいえつっこみが出来ないわけではない。
「がぅ・・キタ」
「どこどこ!?あ、いた!おーい、士郎にーちゃーんっ!」
「あら、なにやら知らない方々も一緒ですね〜?」
 そんな中、ただ一人黙々と士郎たちを探していたバーサーカーの発した声にあんりとまゆは賑やかに走り出す。
「その3人誰〜!?」
「おやつですかー?」
「食べるな。よだれをたらすな。影を伸ばすな」
 駆け寄ってきたあんりとまゆの台詞をぶった切ってアーチャーは二人をまとめて後方に放り投げた。あいよ、とランサーはそれを受け取って小脇に抱え込む。
「わっ、すごい。あの人たちも衛宮くんのご親戚ですか?」
「・・・血は繋がってないけどね」
 やってくるイスカンダル達に目を丸くする三枝に士郎はあいまいな笑みで答えた。
「こんにちはっ!あれ、キミ達は・・・陸上部の仲良し三人組さんなんだねっ!」
「え・・・あたし達を知ってんの?」
 蒔寺の問いにイスカンダルはびしっとVサインを出す。
「ボクの情報網は無敵なんだねっ!クールとボーイッシュのエース2人組みに穂群原学園ペットにしたい子犬系少女ランキングぶっちぎりの1位を加えた3人組っ!目立たないはず無いんだねっ!」
「こ、子犬系・・・確かに」
 凛は呟いて三枝を見つめる。垂れた耳と尻尾でもつければ立派な獣娘の出来上がりだ。いかにもぷにぷにしていて柔らかそうである。ちょっと飼ってみたい。
「あはは、由紀っちが子犬か。ちょっと鳴いてみ?」
「くぅん?」
 言われて三枝は喉の奥を転がすような鳴き声を上げて首を傾げる。基本的に人から求められたことに疑問を挟まない性質なのだ。
「ふむ、三の字。お手」
「わ、わん・・・ってこれでいいの?」
 ぽすっと氷室の手に自分のを重ねる姿に凛と士郎はぐぉおっと身もだえした。一家に一匹、慌てて騒がずよく懐くというやつである。
「むむむ、ボクだってそれくらい・・・にゃぁーん・・・だねっ!」
 その光景に妙なスイッチが入ったらしいイスカンダルはゴロゴロと喉を鳴らしながら士郎の脇に首を擦りつけた。そのまま伸び上がって頬をぺろっと舐めあげる。
「ぬぁあっ!い、イスカちゃん何を!?」
 思わず仰け反ってイスカンダルを押しのけた士郎に蒔寺と氷室は素早く顔を見合わせた。ボールが友達の黄金コンビばりに目で語り合い、うむっ!と同時に頷く。
「こっちも負けん!行け由紀っち!」
「うむ。陸上部の意地を見せるのだ」
「え?え?な、なにをすればいいの?」
 ふたりにとんっと背中を押されて三枝はきょとんとした顔で士郎の前に出た。
「よし由紀っち!肩に手をかける!背伸びする!わん!」
「わ、わんっ!」
「そのまま鼻の頭をひと舐めだ。三の字」
「うん、ぺろっ」
昨日も指先で味わった柔らかな感触を顔に感じて士郎の意識はとんだ。真っ白になって後ろへ倒れこんだ身体をギルガメッシュが慌てて抱き止める。
「これ衛宮!その程度の色仕掛けに屈するとは情けない!」
 一喝されて純情少年はギリギリで涅槃から生還した。熟したトマトのような顔でずりずりとあとずさる。ただの一撃。柔らかく優しいひと舐めで彼の自我境界線は退行ギリギリまで押しやられたのだった。
 そこへ。
「・・・ふふふ、楽しそうね。衛宮くん?」
 すごい、朗らかな、こえ。が降ってきた。聞き間違えるはずも無い。それは・・・
「遠坂!?いや、待て!俺は別に・・・」
「いいのよ?衛宮くん。わたしのことは気にしなくて・・・」
 慌てて飛び起きて振り返れば、爽やかな笑顔の凛がそこに居た。
「あれ・・・?」
いつもなら問答無用に吹き飛ばされているタイミングであるにもかかわらず笑顔のままの凛に士郎は意外な思いで目をしばたかせる。
(そ、そうか!三枝さん達が居るから優等生を演じなくちゃいけないからか!ラッキー!)
「ふふふふ・・・」
 安堵に顔を輝かせた士郎に、凛は笑顔のまま声を出さず口だけを動かした。
 『あ』
 『と』
 『で』
 『ね』
 『じ』
 『き』
 『る』
「ひっ!?」
「ど、どうしたんですか?衛宮くん」
 急に表情を凍らせた士郎に三枝は心配そうに近づいてくる。
「い、いや。なんでもない・・・君をまきこんじゃいけない・・・」
 悲壮な決意を固めている士郎をよそに、三人娘の残りの二人はふふんと勝ち誇っていた。
「どうよ外人の。うちの由紀っちの実力は?」
 蒔寺に胸を張られてイスカンダルはがくっと地に伏す。勝負の行方は・・・明白だ。
「確かに・・・確かにボクの負けなんだねっ・・・三枝っちの神の舌に負けたっ・・・!」
「あー、確かになぁ。ある意味慣れててタフな少年を一撃で腰砕けまで持ってくってのはすげぇ。オレでもああはいかねぇな」
 うんうんと頷くランサーにキッとひと睨みを送って凛はパンッ!と手を打ち鳴らす。
「さぁ、そろそろレストランに入りませんか?私、少々お腹がすいてしまいました」
「「!」」
 その言葉にセイバー×2はビクリと顔をあげた。どちらの顔にも憔悴が激しい。さっきから静かだったのもそのせいである。
「ふふ、そうですね。誰が一番うまく旦那様にご奉仕出来るかについては中でも競えますから」
 佐々木は朗らかに微笑み、片目を閉じて見せた。
「ちなみにわたくし・・・すごいですよ?」


「いやぁ、本当によく食べるなぁあんたら・・・すごいよ」
 蒔寺は目の前で繰り広げられる食の競演に思わず声を漏らした。
「うむ。見てみるがいい蒔の字。向こうで店長が泣いておるぞ。男泣きだ」
「はっはっは。まあしょうがねぇだろ女子高校生ズ。こっちもルール通り食べてるだけだし向こうも文句は言えねぇさ」
 氷室の指摘にランサーはニヤリと笑い、既に幾つ目とも数えていないパンを齧る。
 なにしろよく食べるサーヴァントが多い。あんりとまゆはその性質上底なしに食べるしバーサーカーは身体を維持するためにエネルギーを大量に必要とする。セイバーは言うに及ばず、だ。それでいて他のメンバーだって人並みよりは食べるのだからもはや手がつけられない。周囲にうずたかく積み上げられた皿はもはや回収されることもなく長城を築き、補充される端から料理は胃袋へと消えていく。このメンバーならどこぞのミスブルーとも大食い対決が出来そうだ。
バイキング・・・食べ放題業界において、このメンバーが出入り禁止になるのは、遠い未来ではあるまい。むしろ今日明日かもしれない。
「ああほら、セイバー。口汚れてる・・・」
「む・・・こ、これは、申し訳ありませんシロウ・・・」
 恥ずかしげに口元を拭いてもらいながらもセイバーの手は止まらない。なにせ焦らされて焦らされてようやくありついた食事なのだ。あまりの空腹に懸念していたような拒絶反応など消え去ったほどである。家での食事のような満足感は無いが、量で補えばそれなりに幸福感は味わえる。
「ああっ!わ、わたしのウニサラダがなくなってるですぅ!?」
「あ、ごめんねハサンねーちゃん。あんり、それ食べちゃった」
「待てランサー。そのベーグルは私のものだ」
「いいじゃんかよー。こっちのクロワッサンあげるからさぁ」
 ガチンガチンとフォークが打ち鳴らされる戦場の端っこで、三枝は幸せそうな顔でサラダをはぐはぐと頬張った。
「あ、おいしい」
 呟いてにこーっと笑う。
「・・・何故あの娘のみ、他から食事を奪われておらんのだ?」
 ギルガメシュは空になった皿を見下ろしてぼそりと呟いた。そこにあったエビフライは既に誰かの胃の中に消えている。宝具でもぶち込んでやりたいところだが士郎に目で止められたので我慢。
「なんか、魔術でも使ってそうだもんね。固有時制御とか」
 キャスターはそう言ってオレンジジュースをずずーっとすすった。ちなみに固有時制御とは、物体のもつ時間の流れを速めたり遅くしたりする魔術である。
「あ、衛宮くん。これどうぞ。おいしいですよ?」
「ん。ありがと・・・ああ、ほんとだ。結構いい素材つかってるなぁ」
 差し出された皿からサラダを取って口に運び、士郎は感心したように頷いた。
「やるなあ由紀っち。いつの間にか隣に座ってるし」
「うむ。恐るべきはそれが計算ではないということと自らの危機に気づいていないということか。見よ、遠坂嬢の目が笑っていない。
「・・・・・・」
 べきり、と凛の手元で音がした。粉々に砕けた割り箸がテーブルに落ちて跳ねる。
「と、遠坂・・・?」
 異音に振り返った士郎はその光景に思わず絶句した。脳裏に防御に適した剣の設計を思い浮かべておく。この手の投影だけは異常に上手くなった。嬉しくないが。
「あぁ、そうですよね」
 そんな中、三枝は邪気の無い笑顔でうんうん頷いた。
「ごめんなさい遠坂さん。これ、たべたかったんですよね?」
 はいっと皿を差し出されて凛はバツが悪そうな顔でありがとうと答えてそれを受け取る。
「・・・どうも嬢ちゃん、調子が出ないみたいだな」
「暖簾に腕押しという奴だ。相性が悪すぎる」
「ねえねえ、ちょっと話があるんだねっ!」
 興味深そうにその3人を見守るランサーとアーチャーにイスカンダルは身を乗り出して声をかけた。
「ん?どうした負けイスカ」
「ぐっ・・・そこを挽回するためにボクは燃えているんだねっ!」
 そう言ってイスカンダルはランサーの耳元に口を寄せる。
「あん・・・ああ、出来るけどな・・・お?ああ・・・」
 その表情が何度か変わり、そして。
「OK。あんたのエロスに乾杯だ」
「まかせてなんだねっ!」
 二人はがしっと握手を交わした。
「・・・猛烈に嫌な予感がするのだがな」
 ジト目で睨むアーチャーをよそに。

7-10 GreatMission(発動編)

 30分後。店長以下全ての店員に号泣されながらレストランを出た一同をかきわけて、イスカンダルは士郎の傍に駆け寄った。
「大家さん、提案なんだねっ!」
「ん?どうしたのイスカちゃん」
 聞かれ、うんっうんっ!と大きく二度頷く。
「あのねっ!この後の予定だけど、みんなでウォータースライダーに行きたいんだねっ!」
「スライダーって、午前中にあなた達が行っていた?」
 凛の問いにイスカンダルはちっちっち、と指を振ってみせた。
「あれはお子様向きなんだよっ。これから行くのは大人向け、あだるてぃな方!」
「えっと、『鬼哭街』だっけ?」
「そうなんだねっ!一滑りに賭けた修羅なんだねっ!」
 ふぅむと士郎は腕組みをし、他のメンバーに声をかける。
「どうかな。すごいほうのウォータースライダー、行く?」
「うむ、我は構わぬが?」
「わたくしとハサンちゃんも構いませんよ?」
 午前中がプール組だったサーヴァントはもちろん、スライダー組も同意するのを見てイスカンダルはパチンと指を鳴らした。
「みんなありがとなんだねっ!それと、三枝っち達も一緒に来て欲しいなっ!」
「え・・・?わたし達もいいの?」
「あたしは構わないけどな。鐘、あんたは?」
「うむ・・・噂によると化物スライダーらしいが・・・まあ、構わない」
 三人がこぞって頷くのを見ながら凛はふとメンバーが足りないことに気づき、顔をしかめる。
「そういえばランサーはどこ?」
「あははっ!行ってみればわかるんだねっ!レッツゴー!」
 右拳を突き上げ、『イスカと愉快な仲間達〜プール旅情編〜』なる歌を叫びながらイスカンダルは歩き出した。その後を士郎達はぞろぞろと追いかける。
「・・・あれ?」
 しばらくして三枝は首をかしげた。
「どうした由紀っち」
「うん、なんだか人が少ないよ?」
「ふむ、そう言えばそうだな・・・ここのスライダーは名物なので常に混み合ってると聞いたが」
 三人娘が不思議そうに辺りを見回していると、背後からスタタンという足音と共に青いパーカーがやってきた。
「いやー、お待たせ」
「ランサー?・・・ちょっとこっち来なさい」
 凛はむーっと唸ってランサーに手招きする。
「ん?どした嬢ちゃん」
「あんたなんか魔術使ってたでしょ?空気が違うわよ」
 指摘されてランサーはペチペチと手を打ち合わせた。
「さすがだな。ちょいとイスカに頼まれて人払いをな。そんな長時間効果を発揮するようなもんじゃないが、しばらくは誰もこっちに来ないし視線も向けねぇよ。このメンバーがぞろぞろ移動して妙に目立つのもやだろ?」
「・・・まあそれもそうなんだけど」
 何か釈然としないうちにたどり着いたのは悠然とそびえ立つ白い巨塔であった。繰り返すが高さは30メートル超、滑降速度は最高点で80キロメートル。体感速度に至っては120キロメートルに届く殺人滑り台が、そこにある。
「・・・こりゃ、凄いな」
 士郎は呆然と呟き背後のサーヴァント達を振り返った。
「本当に行くのか?なんか・・・大丈夫?」
「む。大丈夫にきまってんでしょ?」
 凛は反射的にそう返していた。なんとなくだが、士郎に心配されるというのも癪に障る。まだしばらくはお姉さんぶっていたいものである。
「桜はどう?怖いなら下で待っててもいいわよ?」
「べ、別に怖くなんてありません!」
 対抗心からビシッと背筋を伸ばし頂上へ続くエレベーターに歩いていく桜を横目に、イスカンダルはむんっ!と胸を張った。
「どうかなっ!?キミたちは怖気づいたかな?ボクとの勝負、避けてもいいんだねっ!」
「何の勝負だ何の・・・」
 ぼそぼそとと言ってエレベーターへ向かうアーチャーの言葉など聴かず、蒔寺はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「逃げる?冗談、あたし達が何を恐れるってのよ」
「うむ。無謀と勇気は違う。我々の戦力に恐れをなすのはそちらだな」
 そして、氷室と共にズイッと三枝を前に突き出す―――
「さあ、うちの由紀っちが相手だ!」
「え?え?わ、わたし?わたし何すればいいのかな?」
 きょとんとした顔でなすがままに押し出された三枝の手をイスカンダルはしっかと握った。
「ではバトルファイトだねっ!さあ行くよっ!」
「は、はい?」
 そして、エレベーターへ。たっぷり1分近くかけて登りきり、チン!と軽快な音と共にドアが開く。
「うわ、高っ!」
 士郎は思わず叫んでいた。もとよりわかっていたことではあるが、相当に高い。ビルの屋上から見下ろしているようなものだ。
「魔術師にとっては遊びみたいなもんでしょ。これくらい」
 凛はそう言って肩をすくめる。伝説によれば彼女はこの程度の高さからなら生身で飛び降りるとか。
「あん、客か・・・?」
 その時、士郎の耳に気怠るげな声が届いた。見れば水着にサンバイザーの女がフェンスに寄りかかり煙草を吸っていた。室内施設だというのに。
「昼過ぎから誰も来なくなったんで皆殺しにでもあったかと思ったぜ」
 女は手のひらで煙草を揉み消して近くにおいてあったバケツに放り込んでパーカーを羽織る。『新都No.21』と白抜きで書いてある以上、こんなでも係員なのだろう。
「こ・・・ここの人?」
「ああ。インストラクターだ・・・ってなんだおまえら、女ばっかじゃねぇか」
 士郎に問われた女は面倒そうに頷いてサーヴァント達を見回した。
「帰れ帰れ。ここは女子供のくるとこじゃねぇんだ。泣きを見る前にとっとと消えな」
「・・・ここまであからさまな侮辱は久しぶりです」
 その言葉に厳しい表情で呟くセイバーを女は嘗め回すように見つめ、
「ああ、あんたは大丈夫かもな。だがあんたは駄目だ」
 言ってビシッと指差したのは凛の顔。
「・・・言ってくれますね。私も舐められたものです」
「と、遠坂先輩!そんな殺気立たないでも・・・」
 今にもガンドをぶっ放しそうな凛の腕を桜は慌てて掴んだが、ばっと振り払われてしまう。
「あなたがなんと言おうとわたしは滑ります。そこに張ってある規定にも女人禁制とは書いてないと思いますが?」
「書いてはいない。だがあんたにその度胸があるか?そのチューブをくぐった後はもはや無法地帯、戦いの荒野に立ち上がれるかあんたは?」
 ぶわっと風が吹き荒れ、パーカーのすそがバタバタとはためいた。凛は髪をかきあげ、決意に満ちた声で参戦の意を告げた。
「戦場?わたしにとってはそんなもの日常生活の場。どのような運命がその先に待っていようとも、実力で打破するのみです」
「・・・オーケーフレンド。そこまで言うのならあたいからは何も言うことは無い。戦え。戦わなければ生き残れない」
 女はすっと右手を突き出した。凛は静かにその手を握り返し、二人でふっと笑みを浮かべる。何故か背後に夕日が浮かんでいるような気がした。
「で、これは一体何の小芝居だ?」
 ギルガメッシュは首を振り振り隣のセイバーに話しかけた、が。
「く・・・戦場に芽生えた友情・・・」
「カンドウ・・・」
 セイバーはバーサーカーと共に溢れる涙をぐしぐしと涙を拭うのに忙しいようだ。
「またか!?また我だけか!」
 置いてけぼりになったギルガメッシュをよそに凛はバサッとパーカーを脱ぎ捨ててビキニも眩しくウォータースライダーのチューブに向かった、その瞬間。
「ちょっと待つんだねっ!」
 イスカンダルはそれを慌てて遮った。
「何?いまやわたしの進軍を遮るものは指先一つでダウンさせる法案が野党不在のまま可決したんだけど」
「一応議会政治だったのかよ。意外だ」
「現実世界にも独裁制引きそうだもんねっ!」
「いや、凛はそのような非効率的なことはしない。議会制を引いた上で国民全員をコントロールする。何かあったときに悪いのは国民だ」
 ランサーがつっこみイスカンダルがひねりアーチャーがオチをつける。流れるようなコンビネーションに凛はビクリとこめかみを引きつらせたが一応我慢した。
「ともかく、なにか用ですか?」
「うん。一番手は、大家さんなんだねっ!」
「俺かよ!?」
 びしぃっ!と指差されて士郎は思わずのけぞる。
「そうなんだねっ!ここはやっぱり、男の子の出番なんだねっ!」
「へぇ、わかってんじゃん。あんた」
 インストラクターの女は豪快に笑ってベシベシとイスカンダルの肩を叩く。
「こういうときには身をもってこの恐怖を証明してくれなきゃな。よし、そこの人畜無害そうな男子、さっさと行って地獄を見て来い」
「い、いや、いいけどさ・・・」
「わ、すごいです。男らしいです」
 急に推されて呻いた士郎に三枝はふにゃっと笑った。その尊敬の眼差しが何となく気持ちよくて知らず胸を張る。
「ははは、じゃあちょっとやってみようかな」
 弱ッ!
「おーおー、衛宮の奴、由紀っちに弱いなぁ」
「ふむ。親戚達を見るに、褒められたり頼られたりというのが少ないのだろう。皆、多かれ少なかれ豪傑の雰囲気をかもし出している」
「・・・・・・」
 先輩に頼るのはわたしの特権なのに!と恨み節で桜は睨むが、視線に気づいた三枝にほにゃっと微笑まれて何となく笑みを返してしまった。まさに今、彼女は遠坂一族キラーと化しているようだ。
「さて・・・」
 士郎はそんな光景を背にチューブを覗き込んだ。このウォータースライダーは基本的に半円の滑り台を滑降していくわけなのだが、スタートや角度が変わるところなどは危険なので完全な円を描くチューブになっている。先が見えないところがまた怖い。
「金属で出来たものとか持っていないな?パーカーその他は連れに持たしとけ」
「はい」
 財布やらロッカーの鍵やらをあんり&まゆ(流石に外見年齢が低すぎて滑らせてもらえない)に預け、チューブのへりに腰掛ける。
「小便はすませたか?神様にお祈りは?プールのスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はオッケイ?」
 何気に嫌なことを言ってくるインストラクターに顔をしかめながら士郎は息を整えた。なんのかんの言っても彼とて魔術師だ。毎晩死を覚悟して鍛錬してきた度胸は並みではない。
「じゃ、行く」
 そっけなく言い置いて士郎はよいしょとチューブに飛び込んだ。瞬間。
「ぅおおっ!?」
 轟ッ!と耳元で風が鳴った。ほとんどそのまま落下しているように感じられる急勾配からカーブへと至り、流れる水に推されて士郎の身体は人体に有害っぽいスピードで突き進む。この速度にもなると水の抵抗も結構あるので水着が食い込んで痛い。
「速ぇえっ!」
 垂直距離30メートル、滑降距離400メートル級もなんのその。わずか数十秒でチューブは途切れ・・・
「なぁあっ!?」
 ズボンッ!と鋭い音共に士郎は水没した。なだらかなカーブを描いて浅くなるプールのそこを滑り、あまりの勢いにめまいを起こしながら何とかもがいて立ち上がる。勢いが弱まる頃には十分足がつく深さになっていたようだ。
「きっつ・・・ほんと、これは死人出るかも・・・」
 どこからか聞こえてくる、『我はこの一滑りに賭けた修羅・・・』などという台詞を聞き流しながら士郎は頭上を振り仰ぐ。
「本当に大丈夫なのか?あいつら・・・」


「・・・ぉっ!」
 雄たけびとも悲鳴ともつかない声が遠ざかっていく中、凛は一つ頷いてチューブに向かった。
「行くのか?戦友」
 低音で語りかけるインストラクターにピッと額を擦るような敬礼で答え、チューブの縁に腰掛け・・・
「それッ!」
 凛は、鋭い声と共に一気に身を投げ出した。インストラクターはぶわっと涙を流して手を左右に大きく振る。
「行って来い・・・!あたいは、あたいはあんたんごん、わすれんちゃき!」
「どこの方言だ」
 アーチャーの突込みを背に凛のしなやかな身体は速やかに見えなくなり・・・
「っきゃあああああああっ!?」
 チューブの向こうから甲高い悲鳴が響いて消えた。
「・・・と、とおさかさんのひめい」
 呆然と呟く三枝をイスカンダルはずずず、と押してチューブの入り口へ座らせる。
「え?あれ、つぎわたしですか?」
「そうなんだねっ!トップバッターは凛ちゃんに譲ったけど、本当の勝負がここからはじまるんだねっ!」
 ぐっと拳を握るイスカンダルによくわかっていない顔で頷いて三枝はチューブの向こうを覗き込んだ。
「も、ものすごく怖そうです・・・」
「とりあえず、怪我の類は心配しないでもいいぜ・・・心臓マヒ以外」
 インストラクターの不吉な言葉に三枝はほにゃりと笑みを浮かべる。
「ならあんしんですね!」
「普通に死ぬかもしれんと言われてるんだが・・・」
「わたし、にぶいですから心臓は丈夫ですよ?」
 アーチャーの言葉にニコニコと笑い、三枝はえいっと滑っていった。しばらくして。
「わ、たいへんだ・・・」
 のんきな声が聞こえてくる。
「よぅし!次はボクなんだねっ!エマージェンシー!」
 間髪を居れずにイスカンダルが・・・
「こいつは負けてられないよな!鐘!」
「いまいち勝ち負けの概念があいまいだがな」
 陸上部コンビが・・・
「ふっ、この程度では我に恐怖をあたえるにゃっ!?」
 台詞の途中で足を滑らせたギルガメッシュが舌を噛みながら・・・
「がぅ・・・チョットコワイ」
「うふふ、ハサンちゃんお先に」
「ぁあぅう、なんだか嫌な予感がするですぅ・・・」
「ちびせいばーはあんりたちと一緒に居てください」
「あ、あの、わたしは遠慮しとこうかなぁって・・・」
「往生際が悪いですよサクラ」
 次々にチューブの中に消えていく。
「・・・おかしい。悲鳴の質が違う」
 そんな中、最後に残ったアーチャーはランサーをギロリと睨みつけた。
「居なくなっていた間・・・何か仕掛けたか?」
「いんや?さっきも言っただろ?人払い、視線よけをしただけ。他は何も」
 肩をすくめるランサーの目をじっと見つめるが、嘘は感じ取れない。
「・・・まあいい」
 心眼(真)はなにやら漠然とした警告を発しているが、それを無視してアーチャーは滑降開始。
「さって、じゃあオレもいくかね。っていうかオレもビキニにしときゃあよかったか」
 

「・・・ぁああああっ!?」
「遠坂!?」
 スライダーのチューブから響いてきた絶叫に士郎はビクリと身を震わせ、
 瞬間。
 どんっ・・・!
「ずもっ・・・!?」
 チューブの出口からすっ飛んできた肌色の弾丸に鳩尾を強打して肺の中の空気を全て吐き出した。そのまま勢いに負けて水中へ押し倒される。
「ぐ・・・ぷはぁっ!」
 顔に押し付けられた柔らかく暖かい何かから顔を上げ、士郎は何とか上半身を起こした。全身にかかる重みに耐えながら水中から脱すると・・・
 ぱさっ。ぽさっ。
 ようやく開けた視界が、軽い感触と共に真っ赤になった。
「なんだ?」
 呟き、何とか自由になる右手でそれを掴み顔から引き剥がすとそれは二枚に分離して手の中に残った。首をかしげながら見つめたそれは真っ赤な色をした逆三角形の物体。なんだか見覚えがある。
「・・・・・・」
 何となく全身が冷え切ったような気がした。震える左手で頭に乗っかったままのほうの何かを掴み取ると、そちらは手のひらほどの円形が二つ繋がった、赤い物体であった。
 ちなみに、それらは二つあわせるとビキニと呼ばれる。


 解説しよう。間違っても解脱ではない。似ているが。
 1分前、チューブの入り口に飛び込んだ凛の体は重力と水流に流されて猛スピードで突き進んでいた。直線、カーブ、また直線と続くその流れは容赦なく抵抗となり彼女のほっそりとした身体を揉みしだき。
「っきゃあああああああっ!?」
 想像してみて欲しい。足から先に滑っていく彼女に水が真下から叩きつけられていくのだ。それも時速数十キロで。そんなものを相手に・・・
「取れる取れる取れるっ!」
 たかだか紐で結んであるだけの水着が耐え切れるだろうか?いやない。
 結果。
「嫌ぁあっ!」
 真紅のビキニは情け容赦なく主の体から離脱した。別れを惜しむように紐をひらひらと振りながら宙へと去って行く。
『大丈夫だよ遠坂。俺は答えを得たから・・・』
 そんな言葉が聞こえたような聞こえないような。
「ってさせるかぁあっ!」
 しかし遠坂凛は魔術師だった。最悪の状況からでも最大の戦果を得るために最善をつくす。吹き飛んでいく水着を目指して素早く手を伸ばし・・・
「掴んだ!」
 その肩紐が小指に絡むと同時に全身の力を込めてそれを引っ張り戻す。あまりに無理な姿勢に体のバランスはあっさりと失われて。
「わっ!」
 そして案の定、こけた。
 凛はビキニの上を握り締めたままチューブ内でごろりと一回転し、今度は頭を下に滑っていく。水流が押し上げる方向も、逆になって。
「駄目!絶対!それだけは駄目ッ!」
 つまりそれは、彼女に残された最後の布地を体から剥ぎ取っていくわけで候。
「待った!話し合えばわかるわ!」
 絶叫と共に手を伸ばすが遅い。常に隠されているべき場所を水と空気が優しくなで上げる感触。
 結論。凛はぽーんと全裸になってチューブを押し流される事になった。
 ついさっき、衛宮士郎が流されていったプールに向けて」。
「ってそれは駄目!見るなぁあああああああああっ!」


「・・・・・・」
 ごくり、と喉が鳴るのを士郎は感じた。
 のしかかっている柔らかい感触はこの数日で覚えたものと同じだ。以前、鷲掴みにしたこともある。
(見るな!・・・見たら今度こそ命は無い!)
 理性はそう告げるが本能が既に首を下に曲げている。自分の両肩に引っかかっている滑らかな二本のモノが、彼女の足だとわかればなおのことだ。
『士郎?GJ(グッドジョブ)』
 こんなときになると決まって脳裏に流れる切嗣の声に背中を押されるように士郎は真下を向き!
「ぶっ・・・!」
 生まれて始めて覗き込むそこに脳髄を破壊されて鼻から鮮血を迸らせた。噴出した液体は目の前にあった凛の滑らかな臀部にびしゃりと飛び散り。
「きゃああああああっ!」
 瞬間、鉄骨でも踏み折りそうな踵が士郎の顎を直撃した。骨が粉々になりそうな衝撃を頭を後ろにそらせて逃がして士郎はずりずりと身体を後ずらせてその場から離脱した。二人とも極限まで素早く立ち上がる。
「へ、変態ッ!こ、この!こ・・・何を人の身体にぶちまけてんのよ!」
「う・・・ごめん・・・でもしょうがないだろ!?遠坂だぞ!?そこらの奴じゃないぞ!?遠坂の、その、あれ見たんだからそれくらいなるに決まってんだろ!?」
 逆切れだ。
「わ、わたしだから・・・?そ、そんなわけないでしょ!こんな女の子らしくない身体に・・・!」
「な・・・何言ってんだよおまえは!どこがどう女の子らしくないって!?」
 GAOO!と吼える士郎に凛はびくりと震えてぼそぼそと声を漏らす。
「だ、だって胸だってこんなちいさいし・・・」
 ほらと自分の胸を示す凛もどこかおかしくなってるが・・・
「小さい?そうかもな、でもすっごい綺麗な形してるんだよ遠坂は!むしろ最高だ!」
 拳を握り締めて絶叫する士郎も明らかにおかしい。既に脳では喋っておらず脊髄反射で本音を垂れ流す。
「いいか!?遠坂は綺麗だ!全身くまなく、どこもかしこもとびきり綺麗なんだよ!それくらいわかっとけっての!他の誰よりも見れて嬉しいし幸せなんだよ!わかったか!」
「は・・・はい・・・」
 怒鳴られた凛は混乱と幼児期の記憶からもじもじと頷く。手は胸の前でごにょごにょとこねまわされ、それ以外の部分は丸見えだ。
「まったく・・・遠坂は、特別なんだからさ・・・」
「とく・・・べつ?」
 やや落ち着いてきた士郎の呟きに凛が恐る恐る聞き返した瞬間だった。
「あれー?」
 のどかな声と共にぐるぐると回転しながらすっとんできた何かがぼちゃんっ・・・と士郎の隣につっこんだ。
「あ?」
「え?」
 きょとんっと二人が見守る中、ぶくぶくと泡が弾け・・・
「こわかったー」
 ぜんぜん怖くなさそうな声で三枝由紀香はひょっこりと立ち上がった。上空からオレンジ色のビキニが上下セットでひらひら落ちてくる。
「あれ、わたし裸だ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 隠すことなくさらしている裸体はそのラインこそなだらかでいまだ子供子供したものではあるが、それ故に逆に艶かしい。どこもかしこも柔らかそうで体中ぷにぷにしている。
いきなり現れた第二の裸体に士郎と凛はしばし呆然とし。
「・・・な?遠坂。三枝さんよりは大きいじゃないか」
「・・・でも三枝さんは体中柔らかそうでわたしつついてみたいかも」
 などと呟いた。
「わ、みられてる・・・はずかしいです」
 三枝はのんびりと呟きなんとなく局部を隠す。広げた指の間からちらちらと見えるすっげえいいもんが逆にエロチック万歳。
「いやっほーだねっ!」
 続いてどぼんっ!と水柱が立ちイスカンダルが飛び込んできた。こっちもトップレスになっている。中々に立派だ。張りがいい。
「どうかな大家さん・・・って三枝ちゃん上下とも!?ぬ、脱ぎっぷりでも負けたっ・・・!」
「なんだこりゃあああああ!」
「むう、これはいかんな・・・」
 そして陸上部コンビを皮切りにぼっちゃんぼっちゃんと少女達がつっこんで来る。ビキニの場合、例外なく上半身は裸になって。
「・・・う」
 士郎は再びこみ上げた血流を手で押さえて後ずさった。もはや待ったなし。幸せの包囲網に脳も血管もブツ切れ寸前だ。
「・・・誰でもいいんじゃない」
「!?い、いや、これは数がもの言ってて・・・その・・・」
 横を向けばむくれた表情の凛。
「あ、ちなみにこの為に視線をそらす結界を張ってもらったんだよっ!大家さん以外には見せたくないからねっ!」
 周囲を取り囲む半裸の少女たち。
 士郎はその光景を網膜から脳に深く刻み付けて頷いた。
「今回は吹き飛ばされても幸せかもしれない・・・」
「・・・よく言ったわ、士郎」
「ええ。覚悟は決まっているようですね」
 凛がすっと手を上げるとランサーが素早く三人娘にルーンを重ねて眠らせ、セイバーの手に黄金の剣が現れる。
「一応主張しておくけど俺のせいじゃないよな?これ・・・」
「ええ。違うわ、でも」
 周囲に人が増えて自分を取り戻した凛はにっこりと微笑んで見せた。
「記憶は失ってもらうわよ!?その六銭、無用と思いなさいッ!!」
「『約束された勝利の剣』ぁあああああああっ!」

 閃光に吹き飛ばされた士郎の顔は、安らかなものだったという・・・