8-1 トレーニングデイズ

 午前6時。タイガ・・・もとい、衛宮家中庭道場にて。
「これなら・・・どうだぁあっ!」
 士郎は数度のフェイントを間に挟みセイバーの間合いへと踏み込んだ。体運びは円を描き相手の攻撃を回避しながらも攻撃自体は直線軌道をとったその一撃は最短の距離で彼女の喉元に迫り・・・
「甘い!」
 だが、突き込んだ竹刀は一息の元に弾かれていた。柄頭で士郎の一撃を跳ね上げたセイバーはそのまま流れるような連携で彼の胴を薙いだ。
「ぶっ・・・!」
 瞬間、内臓が吹き飛ぶような衝撃と共に士郎はぽーんっと吹き飛ばされて道場の床へ転がり、6回転半ほどして逆さまになって停止する。
「動きはよかった。ですがフェイント部分に問題があります。今の動きは二刀あって初めて成立するのであり、一刀ではこちらの動きを殺しきれて居ません。結果として攻撃を返すのがたやすくなる」
「・・・いけるとおもったんだけどな」
 士郎は呟き、よっと軽く声を上げながら立ち上がった。打ち付けた腰をさすりながらセイバーの方に目を向けると、何やらむーっと不満げな顔が目に入る。
「な、なに? 今の立会い、そんなに悪かったかな」
「いえ。今までの中では最も良かったとは思います。サーヴァント相手ならばともかく並みの剣術家相手なら相応の確率で勝利を得られるだけの実力が今の士郎にはあります」
 問われ、セイバーはボソボソと答えた。一度口を閉じ、不満げに唇を尖らし・・・
「でもその動きが、実際に剣を教えているセイバーじゃなくアーチャーの奴そっくりだってのがお師匠様としては気にくわねーらしいぜ、少年?」
 その言葉を継いだのは道場の入り口からふらりと現れたランサーだった。寝巻き代わりのTシャツと短パンのまま、あくびを噛み殺しながら二人に近づいてくる。
「・・・ランサー、珍しいですね。こんなに早く起きるとは」
「そっちだって早朝練習は珍しいだろ? あれか? 昨日の煩悩を振り払おうって少年が持ちかけたのか?」
 図星だ。士郎は慌てて話をそらすべく違う話題を振る。
「そ、そんなことより! 俺の動きってそんなにアーチャーっぽいんですか?」
「おう。ってゆーか、まんま。もちろんあれだぞ、一つの頂点に達してるあいつとペーペーのおまえじゃレベルが違ぇけどやろうとしてることは一緒だな」
 そうなんだ・・・と頷いた士郎は視線を感じてふと顔を上げた。
そこに。
「・・・・・・」
 力いっぱい、すねまくった人いましたよ。
「ど、どうしたセイバー?」
「・・・何でもありません。シロウがアーチャーの方が好みだなんてことは以前からわかっていますから」
「ち、違うって! っていうか前から言ってるけどそういう問題じゃないだろ!?」
 慌てて釈明する士郎にセイバーは白い目を向ける。
「別段言い訳をしていただかなくても結構です。私の剣が嫌いというのならば・・・」
「だから! 俺はセイバーが大好きだよ!」
 瞬間、空気が停止した。
「あ・・・ぅえ・・・?」
 セイバーの白い肌がみるみるうちに紅潮し、ランサーはやれやれと肩をすくめる。
「あ、あの、シロウ?」
「? ・・・っあ! そうじゃなくて! いや、セイバーが嫌いとかそういうわけじゃないけど! 今言ったのはセイバーの剣は凄く綺麗だと思うってことで、そのなんていうか!」
 しどろもどろに士郎は叫び、セイバーはますます赤くなる。
「でもどうにも俺の体格だと上手くいかなくて、何とかセイバーをがっかりさせないよう立ち回ろうとしたら自然とああなっちゃうだけで・・・俺が剣の師匠だと思ってるのはセイバーだけだよ。これは信じて欲しい」
 真摯な言葉にセイバーは安堵半分、がっかり半分の表情でごほんと咳払いをする。
「ま、まあ・・・シロウが強くなるのは私としても嬉しい。この際細かいことは気にしないことにしましょう。私はシロウの師であるわけですし」
 うむうむと頷いているセイバーにランサーはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「はっはっは、本当はそんなことわかっててすねてるだけだったんだもんな?」
「ら、ランサー!」
 慌てて言葉を遮ろうとするセイバーにいいじゃんかと笑い、ランサーは続ける。
「ところでよ、オレから提案。おまえら宝具使って殴り合ってみ?」
「無茶苦茶言わないでくださいよランサーさん!?」
 ぎょっとした様子の士郎に、しかしセイバーはふむと考え込む。
「いえ、このタイミングで一度経験しておくべきかもしれません。ランサーの意見は正しい」
「セイバーまで・・・さっきだって簡単にやられたってのに。いくら俺が頑丈だからって風王結界の直撃喰らったら・・・まあ、死にはしないかもしれないけど・・・」
 日々光熱波で吹き飛ばされている少年はむぅと唸った。
「確かに貴方は未熟です。だからこそ、このタイミングで経験しておくべきなのです。シロウ。今ならばシロウが全力になっても無傷のまま制圧できますから」
「少年が下手に強くなっちまうとセイバーも反射的に全力攻撃しちまうかもしんないしな。いざとなりゃオレも居るし、いい機会だろ?」
 二人に言われ、士郎は成る程と頷く。
「ようするに俺が弱いうちに、ですか。でも宝具に竹刀で挑むわけですか? 俺の方は・・・」
 何かそういうことが可能な竹刀があるような気もするが。
「いんや、少年も宝具使えよ。投影して」
「あ・・・」
 そう。衛宮士郎は宝具を使用できる。それも、数百に達するバリエーションで。彼にのみ許された投影魔術という技術により。
「知ってるぜ? ギルんとこで投影の練習してんだろ?」
「倉庫の整理を手伝うついでですけどね。低ランクの武器が出てきたら試してみることにしてます」
 もっとも、どんなに低ランクでも宝具を投影するということ自体が脅威なのだが。
「十分だろ。どうだ? セイバー」
「問題ありません。始めましょうシロウ」
 セイバーはそう言って竹刀を置いた。素手のまま構え直した手の中で軽く風が渦巻く。
「よし、じゃあこっちも。投影(トレース)、開始(オン)」
 士郎は数秒考え込み、最も投影しやすい剣をイメージした。具現化されたそれは黒と白の双剣。アーチャーの所持する夫婦刀。
「・・・では、準備は良いですね?」
 セイバーは言い置いて一歩踏み出した。なんだかんだ言っても結局アーチャーのを使うのですかとちょっとすねながら。
「・・・やっぱり怖いな、それ」
 構えをとった士郎は初めて向かい合う風王結界のプレッシャーに緊張が走るのを感じた。もともと彼のレベルではよく見えていないセイバーの剣閃が、今度は完全に見えなくなるのだ。受けるにも打ち込むにも全く勝手が違う。しかも直撃を食らえば致命傷を受けるだけの威力がその刃には込められているのだ。
 恐怖こそ無いが威圧感や不安など様々な感情が脳裏をよぎり。
だが。
「行きます!」
「・・・・・・」
 セイバーが初手を打った瞬間、全ての思考がカットされた。無意識のうちに跳ね上げられた左の短刀が頭上でギィンッ! と音を立てる。
「防がれた・・・!?」
 セイバーは驚愕の声をあげ、一息で風王結界を引き戻して縦に構える。瞬間、その表面に士郎の短刀がガギッと音を立てて喰い込んだ。彼女が剣を引くスピードに士郎の一閃が追いついたのだ。
「く・・・」
 セイバーは撃ち込まれた短刀を力ずくで振り払った。そのまま間合いを広げるため一歩後退して横薙ぎの一撃を放つ。
「・・・・・・」
膂力に差のある士郎は両の短刀で何とかそれを受け止め・・・
「な・・・!?」
 瞬間、二本ともを手放して上半身を二つ折りにする。頭上ギリギリを通過した不可視の刃と吹き飛ぶ双剣を見もせず無手のまま床を蹴り・・・
「投影開始」
 士郎は身体を前へ倒したまま相手の膝よりも低い姿勢で一気にセイバーの懐に飛び込んだ。両の手に現れた、先程のものと寸分変わらぬ双剣を握り直して大きく踏み込む。
「これは・・・」
 セイバーは直感で次の動きを察知した。這うような低空からの二連切り上げ。一撃目を防いでもそれで動きが止まった腕を二撃目が切り裂く、精密にして効果的なコンビネーション。飛び退いて避けるにしても今の動きを見る限り追い足の方が速い。
(そう・・・今の踏み込みはシロウの限界よりも明らかに速い!)
 驚愕も一瞬、セイバーは細かく足の位置を変え、全身の力を込めて風王結界を振り下ろした。彼女の剣術を支えているのは予知能力じみた直感だけではない。感じ取った危機へ迅速に対応できる剣運びの速さだ。
 ガギンッ!
「・・・く」
 切り上げが始動するよりも早く撃ち込まれた士郎は舌打ちしながら攻撃を中止した。左の短刀をセイバーの斬撃に合わせて速度を殺しつつ。
「たっ!」
瞬間の隙をついて右の短刀を投げ上げた。空になった右手も使い左の短刀を両手持ちにし、体中の力を込めてそれを跳ね上げにかかる。
「っ!」
 顔面めがけて飛来した短刀をわずかに首をそらして回避したセイバーは風王結界が押し戻される感覚に顔をしかめた。生まれたのは一瞬の均衡・・・押すにしろ引くにしろ、攻めのバリエーションは相手の方が多い。未熟な剣士を相手にしている筈にも拘らず彼女の直感が告げている。
「ぁああああああっ!」
 士郎の咆哮と共に均衡は崩れ、セイバーは追撃を受けることを覚悟で風王結界を引き戻して飛び退き・・・
「ぶぺっ!」
 士郎は膝から床に倒れ込んだ。そのまま身体を支えきれず地面に顔面を叩きつけて悶絶する。
「え・・・?」
 セイバーがポカンとした顔で立ち尽くす中、ランサーは笑いながら士郎を引き起こした。
「あーあーあー、痛そうだな少年」
「し、シロウ? 大丈夫ですか?」
 風王結界をぶらさげたままセイバーはきょとんとして呟く。一瞬前まで感じていた威圧感は今や霧散している。まるでさっきまで戦っていたのは別人であったかのように。
「あ、ああ大丈夫・・・ちょっと身体がついていかなかった感じ・・・」
 ガクガクする膝で必死に立ちながら士郎は首を振った。ランサーは彼の腕やら足やらをペチペチ叩きながら納得顔でうむと頷く。
「あれだろ? 少年。さっきの動き、自分で思いついたんじゃねぇだろ?」
「どういうことですか?」
 セイバーの問いにランサーはニヤリと笑った。
「この間から思ってたんだがな? 少年が説明してくれた投影のプロセスに『成長に至る経験に共感し』ってのがあっただろ」
 士郎が取り落とした短刀を拾い上げ、うむと頷く。
「ほれ、こいつは新品って感じじゃあねぇ。アーチャーの奴が使い込んだ、その状態を再現してるんだよ。使用するための技術も込みでな。つまりこの剣を握ってる限りあいつと少年の技術は同じレベルってわけだ」
「・・・確かに、先程の士郎はいつもとは明らかに違いましたが」
 だろ?と笑い、ランサーは信じられないといった表情で己の手を見下ろす士郎の肩を叩いた。
「ただ、それでも身体は少年自身だからな。大分鍛えられてはいてもアーチャーの奴と比べりゃまだまだレベルが違う。ああやって再現しきれないこともあるわけだ」
「むむむ、それはもっと鍛えなきゃいけないってことですか?」
 走り込みでもしようか等と考えている士郎にセイバーは首を横に振る。
「いえ。それらもある程度は有効ではありますが、剣に必要な筋肉は結局のところ剣を振ることでしか鍛えられません。以前にも言ったと思いますが士郎の身体は既に下地が出来上がっているのです。後は・・・」
「セイバーが手取り足取り腰取りでしっぽりと少年を鍛えていけば完璧ってわけだな?」
「はい。そういうことです。任せてください、シロウ」
 あっさりと頷いたセイバーに士郎はピキリと固まった。
「はっはっは! よかったな、少年! 考えてみりゃセイバーってあれで子持ちだしなぁ。経験豊富なお姉さんが根絶丁寧に教えてくれるってよ!」
「う、生ませた方だって聞きましたけどね」
 いきなり始まったストレートなエロトークにセイバーはきょとんとした表情で首をかしげ・・・
「ぬおっ!? いや、そういう意味ではありませんっ! 腰は体の要であり重要だということを言いたかっただけです!」
 顔中を真っ赤に染め上げて叫び声をあげた。
「いや、オレは感動したぜセイバー。そうだよな、少年にはベッドマナーから腰使いまできっちり仕込んでやらねぇとなぁ。うん、うちには未経験者多そうだし、そいつらとの時に上手くいくように仕込んでやらにゃ。任せたぜ! 夜の王女様!」
 爽やかな笑顔でランサーはサムズアップ。
「ですからっ! 違うと言っている! これ以上の侮辱は許しませんよランサー! そのようなこと、むしろ貴方が教えればよいでしょう!」
 怒りと羞恥で真っ赤になって叫ぶセイバーにランサーは首をかしげた。顎の先に指をあて、むーと考え込む。
「いや、まあそうなんだけどなー。オレが教えてやるってわけにもいかないんだよなー」
 ぶつぶつと呟きながらチラリと士郎の方を伺ったランサーの頬は、ほんのりと赤い。
「はぁ・・・今度はなんですか?」
 どっと疲れた表情になって尋ねる姿を眺めて数十秒にわたり黙り込み、ランサーは士郎の手を取った。そのまま素早く抱き寄せ、耳元に口を寄せる。
「な!? 何をするんですかランサーさんっ!?」
「いいか士郎。重要な話だ。一度しか言わねぇからしっかり聞け」
 囁かれて、士郎は戸惑いながら頷いた。ランサーは真剣な表情で大きく息を吸い、そっとその耳に囁きを残した。

 

「オレ、実はまだ処女なんだよ」

 

 士郎は無言のまま鼻血を噴き出した。
「今度さ、もらってくれよな。しょーねん?」
 楽しげに抱きしめてくるランサーの柔らかい感触に、士郎は意識が薄れ行くのを感じながら思う。

 ―――世界初、鼻血による出血多量で死亡も、そう遠くは無いかもしれない。


8-2 カレイドスコープ(1)

「あ、そうだ。色々聞きたいことがあるから後でわたしの部屋に来てね、士郎」
 皆が食事を終えた後、自分用に作ったレバー焼きを黙々と食べていた士郎に凛はそう声をかけた。
「・・・ん」
 士郎はやや虚ろな目で頷き、皿にうずたかく積み上げたレバーの処理を続行する。
「・・・士郎? それ、なんなわけ?」
「いや、ちょっと」
 静かに呟く士郎がかもしだす謎の迫力に押され、凛は曖昧な笑みで追求をやめた。
「ま、まあいいけど。ともかく待ってるからね」
「わかった。後で行く」
 レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。レバー食べる。
食べ過ぎてちょっと吐きそう。
「・・・なあ少年」
 ランサーは凛が去っていくのを見送って士郎に話しかけた。ビクリと震えるのに苦笑して片目を閉じる。
「血の補給、できそうか?」
「しますよ! っていうか、しないと死にますよ今度こそ!」


「じゃあ佐々木さん、後はお願いします」
「はい、旦那様。お任せくださいね?」
 食事を終えた士郎は、まだ寝ているギルガメッシュとイスカンダルの朝食を用意して居間を離れた。最近は佐々木の料理スキルが上がってきている為、下ごしらえや味付けをしておけば仕上げは任せられるので楽なものだ。
「やふー! あんり、今日は一番っ!」
「は、ハサンは最悪の運勢だそうです・・・下からの突き上げに注意ってなんでしょう・・・」
 テレビの星座占いを聞いて一喜一憂している低年齢組の声を背に士郎は凛の部屋へ向かった。ぺたぺたと板の間に裸足の足音を響かせながら歩く。
サーヴァント達の部屋が客間なのに対し、桜と凛の部屋は士郎の部屋に程近い寝室を使ってもらっている。自室が工房を兼ねる凛には切嗣の部屋、あんりとまゆが時々泊まりに来る桜には余っていた広めの寝室をあてがったのだが、『・・・わたし、余りモノですか』と殺気を振りまかれた恐怖は忘れられない。
 コンコン・・・
「遠坂、来たぞ」
「ん、入って頂戴」
 凛の部屋に着いた士郎は『無断入室厳禁。普通に殺す』と書かれたドアを軽くノックし、入出許可が出てから中へ入る。
「なにやってんだ? 遠坂」
「・・・ああ、これ?」
 華麗な装飾の施された空っぽの箱を睨んで腕組みをしていた凛はため息をついて士郎に向き直った。
「座って頂戴。お茶入れたけど、飲む?」
「さんきゅ、貰う」
 士郎は専用クッションとティーカップを受け取り、研究机の凛と向き合って床に座る。
「この宝石箱はね、遠坂家の当主が代々管理するものなのよ・・・魔法は、知ってるわよね?」
「・・・そりゃまあ、一応俺も魔術師だし。魔術だろうが科学だろうがどんな手段をつくしても実現できない事象を発生させるモノのことだよな? 確認されているのは5種類で使い手は4人いるかいないかだっていう」
 詳細についてはモグリである士郎には知る術もないが、魔術協会が全力で隠蔽しているにも拘らずその程度の情報は漏れている。
当然といえば当然だ。魔術を手段とみなしている彼のような術者ならともかく、仮にも魔術師を目指すものならば誰しもが『根源』を目指すものであり、その『根源』に辿りついた証が魔法なのだから。
「ある程度ばれてることだし、この際隠し立てせずに言ってしまえば遠坂家の師ってのは魔法使いよ。体現する魔法は第二魔法で、この箱にはその一端が収められていたの。多重次元屈折現象、宝石剣キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。うちの大師父にあたる魔道翁の愛剣・・・そして遠坂家の家宝ってとこかしら」
「多重次元屈折現象・・・佐々木さんの『燕返し』の原理だっけ?」
 そうよと頭をおさえて凛はため息をつく。
「あれはもう、原理というかなんというか。ともかく第二魔法ってのは無限展開される平行世界を運営する為の技術なのよ。で、その宝石剣ってのは限定的にだけどそれを再現する概念武装。文字通り反則モノの魔術工芸品(アーティファクト)ってわけね。もっとも、うちに継承されているのは剣そのものじゃなくて設計図。それを頼りに長い長い時間をかけて遠坂の魔術師は魔法へと近づいていく・・・筈だったんだけど」
 目を落とす。視線の先には空っぽの箱。
「なのに、例の『影』が出てきたときに持ち出してきたこの箱は、わたし一人じゃ解けないほど厳重にかけられていた筈の封印が綺麗さっぱり消えうせていて、中身も空」
「そ、それって盗まれたってこと!? 大変じゃないか!」
 すぐ探しに! と飛び上がった士郎の額に凛はぺちっと消しゴムを投げつけた。
「・・・プチ痛いぞ遠坂」
「最後まで聞きなさいって。盗まれたのならまだいいわ。あれはもともとうちの家系・・・いえ、シュバインオーグの系譜にしか使えないものだし、解析にも剣製にも莫大な費用と時間が必要になるはずだから。でも・・・士郎、この箱の『解析』をしてみて」
「? ・・・いいけど」
 士郎は首をかしげてその宝石箱に手を触れた。いつだかのストーブと同じ要領で魔力を通し、『設計図』を読み取っていく。
 数秒間リーディングし、念の為にもう一度設計図を作り直し、一息つく。
 真剣な顔で凛を見つめ、士郎は重々しく頷いた。
「・・・遠坂。これは箱だ」
「・・・そりゃあ箱でしょうよ」
 コンパスの針をキュッと音を立てて磨き始めた凛に士郎は慌てて手を振り回した。
「い、いや! そうじゃなくて! 構造も何も無い、ただの箱だってこと。装飾こそ豪華だけど魔術が行使された痕跡は無いし俺にわかる限り、封印されてた形跡も無い。本当にこれがそうなのか? 取り違えたとかは?」
「それはありえないわ。何しろわたしは幼い頃からずっとそれとにらめっこしてきたんだから。でも、そっか。やっぱりこっちと同じ解析結果か・・・」
 長く長くため息をついて凛は冷め切った紅茶を口に含む。
「あの日からこっち、わけのわからないことばかり起こるわ。こうなってくると、おかしいのは世界じゃないかって気すらしてくるわね。これもそうだけどうちの家にあった空っぽの部屋にも何の細工も無かったし。わたしのセンスと微妙にずれる服とか置いてあったし・・・怪奇千万もいいとこね」
 凛はしばし窓の外の空を見上げてからため息をついた。
「まあ、いいわ。まだピースは足りないけど段々方向性は掴めてきた気はするから。それより本題に移りましょ」
「・・・あ、そうだった。聞きたいことがあるって言ってたっけ」
 忘れてたと快活に笑う士郎に凛は顔をしかめ、『保温』の魔術がかけられたぽかぽかティーポットからもう一杯紅茶をそそぐ。
「今朝も投影を連発してたらしいけど、身体に異常とかはない?」
「ああ、そういう話か。うん、特に自覚する症状は無いかな。最初に投影した『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』とかこの間の学校の『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)』とかを投影した後は腕とか頭とかが破裂しそうに痛かったけど、今日の朝ぐらいの投影ならまったく負荷は無いよ」
 手をグーパーさせる士郎に凛はふむと頷いて手元の書類にサラサラと何かを書き込む。覗き込んでみたが日本語ではないので内容はわからない。
「それ、なんだ? 遠坂」
「士郎のカルテ。後は、そうね。スイッチの切り替えは上手くいってる? 魔術回路をその度に作ったりはしてないわね?」
 うんと頷くと、凛はふむふむと頷いて数行の所見を書き終えて士郎に向き直った。
「わかったわ。じゃあ脱いで」
「ああ、脱ぐ・・・ぬぐっ!?」
 バッ! と飛び退いて部屋の隅でガタガタ震える士郎に凛はむーっと目を細めた。
「なに怯えてるのよ。魔術回路とか体の調子とか触診するってだけに決まってるでしょ? 変なこと考えないッ!」
「あ、ああ・・・そういうことか」
 士郎は早とちりした自分の桃色思考に苦笑して服に手をかけた。俺、煩悩振り払えていないじゃんなどと思いながら・・・
「よいしょ」
 ズボンを、一気に下まで引き下ろす。
「は・・・?」
 凛は頭の中を真っ白にしながら露出されたそこを凝視し―――
「ってなんで下を脱ぐぅぅぅぅっ!?」
 0.1秒の早撃ちでガンドをぶっ放した。
「うわぁっ!?」
 慌てて身をそらした士郎は足首に引っかかっていたズボンに足を取られて仰向けに転倒した。結果、ブリーフに包まれた膨らみが雄雄しく凛の目の前にさらされ・・・
「きゃああああああああっ!!」
 悲鳴と共に投擲されたフラスコが、そこを直撃した。
「みぎゃあああっ!!」
 らーりらーりらっりほーら、らりほっららりほー、らーりらーりらっりほららっりほらほー。
 口笛が何故遠くまで聞こえるのと聞いてくるあどけない少女が犬と共に踊り狂う姿を幻視しながら士郎は局部を鷲掴みしてもだえ苦しみ。
「あぐ、が・・・こ、この私の首がモゲ、中から病気持ち風の鳥の頭が!!」
「はい!? し、士郎!?」
「ローラパーマーが最後の7日間を!?」
「ちょ、なに言ってるの!?」
「病院で太っといお注射!?」
「し、しっかりしてよ! ねえ!」
「ピーピカピリララポポリナンペンペルトー!」
 どこぞのロングライフルの精と戯れて奇声を発しながらのた打ち回ること数分。
「・・・どう?」
「・・・もう大丈夫」
 思うがままに床をのた打ち回っていた士郎は青い顔で起き上がった。まだ少し前かがみだし頬もこけているが、目には光が戻っている。
「これまでで一番きつかったよ・・・今のが」
「悪かったとはおもうけど・・・自業自得でしょ。まったく・・・」
 凛はぶちぶちと呟きながら赤くなった頬をペチペチと叩く。一時は激昂していたのだが狂ったようにもだえ苦しむ姿を見ているうちに心配の方が先に来てしまったのだ。
「いや・・・脱げっていうから全部かと」
「だからってなんで下からなのよ。綺礼じゃあるまいし」
「・・・ぅえ?」
 その一言に士郎の顔が蒼白になった。ブルブルと震えながらもう一度謝意を告げる。
「うん、それは駄目だ。激しく駄目だ。先輩にスパゲッティー食べさせるくらいに駄目だ。すまない遠坂」
「そうね。わかればいいのよ」
 うんと頷いて凛は立ち上がり、士郎のトレーナーに手をかけた。
「な!? と、遠坂! 何を!?」
「何をって・・・こんどは変な脱ぎ方されないようにわたしが脱がそうか・・・と」
 勢いのまま言っているうちに少女の顔はぼひゅっと赤くなった。自分が何を言っているかにようやく気がついたのだ。
「・・・脱ぎなさい。むこう向いてるから今すぐ脱ぎなさい! 上だけでいいんだからね!?」
「了解」
 くるりとそっぽを向いた凛に苦笑して士郎はトレーナーとシャツを脱ぎ傍らに置く。
「いいぞ、遠坂」
「うん・・・」
 凛は頷き、ゆっくりと振り返ってまじまじと士郎の身体を見つめる。
「な、なんだよ。なんか変か?」
「え? ・・・あ、別にそういうことじゃなくて・・・」
 やっぱり逞しいのよね等とごにょごにょ呟くのが聞こえなかったのか首をひねっている士郎に凛はゴホンと咳払いをした。
「ともかく! ちょっといじるわよ」
 言い置いて士郎の肩に手を乗せ、魔術刻印を起動させ、内側の診察を開始する。
「うわ! くすぐった! あったか!」
「こら! 大人しくしなさい!」
 二人して顔を赤くしながら凛は腕の神経等を中心に断線や腐食している部分が無いか調べていった。時折叩いたり曲げたりを挟んで左右ともチェック。
「うん、手は大丈夫ね。次は胴体、おへそ行くわよ」
「へ、ヘソ!? ちょ、遠坂ッ・・・!」
 思わぬ場所への攻撃宣言に士郎が悲鳴をあげた瞬間・・・!
 ずぷり。
「ぁん・・・!」
 下腹部に押し当てられた凛の右の手のひら、その人差し指をずぷりとヘソから体内に挿入された。初めての貫通に士郎は思わず声を漏らしてしまう。
「な、なんて声出してるのよ士郎!」
「い、いや! だってさ! そんな、中を弄られちゃ・・・ぉう!?」
 くの字に曲げた指でつぷつぷと内壁をこすられる感触に士郎は耐え切れずもだえる。
「や、やめろって! もっと優しく! 優しく!」
「ふふふ、口では嫌がってても身体は正直・・・ってなに言わせるのよ!」
 がぁっと威嚇してくる凛の姿に『ああ、わたし汚されちゃったのね・・・』などと益体も無いことを考えながら士郎は耐え続け。
「・・・はい、終わり」
「ありがとうございました・・・」
 十分後。ぐったりとしながら解放された。
「まったく、わたしまで変な気分になってきちゃったじゃない・・・」
 ぶつぶつ言いながら凛はタオルで手を拭い、カルテを書き上げて一息つく。
「で、どう? 俺、なんかなってたか?」
「健康体よ。ちょっと拍子抜けするくらい。ざっと調べたところでは、だけどね。高ランク宝具の投影とか複数の同時投影とかしなければ反動は無いとみていいと思うわ」
 ドクター凛に聞いてみた士郎はその答えにほっとして頷き、もう一度服を着込む。裸体どころか身体の内側まで晒したという事実に顔が火照ってしょうがない。
「はぁ・・・なんとなく、昨日のみんなの気持ちがわかったような気がする」
 ぼそりと士郎が呟いた言葉に凛は再度赤くなった。
「き、昨日の記憶は失えって言ったでしょ!? 今度は本当に魔術で忘れさせるわよ?!」
「う。努力します・・・」
 引きつった表情で両手を挙げて降参する士郎にまったく・・・と悪態をつき、凛はふと考え込む。昨日の晩、ずっと考えていた一言を思い出して。
「? ・・・どうした、遠坂」
「・・・昨日、さ。言ってたじゃない」
 ぽつりと呟いて凛はちらりと士郎の顔をうかがう。
「特別って、どういう意味・・・」
 囁かれた言葉に士郎は沈黙した。思わぬタイミングで訪れた、清算の時に。
 特別。確かに彼はそう言った。いつも通りのドタバタの中で、『遠坂は特別な女性だ』と。
考え抜いて告げたのでもなく想いを込めて囁いたのでもなく、ただ反射的に叫んだその言葉。だが、だからこそ短い一言に込められた想いが如何なるものか、士郎は、凛は考えなければならなかった。互いに未整理なままの感情と記憶で。
 それは、魔術師としては極めて無用であり。
 そして、人としては、何よりも大事なこと。
「遠坂、あのな・・・?」
「・・・うん」
 二人は先の見えぬまま視線を交わし。そして―――

 ドゴォオオオオオオオオオオオオン・・・!!!

「・・・・・・」
「・・・・・・」
 そして、二人同時にがっくりとうなだれた。聞こえるのは怒声と破砕音。ムードなどへったくれもない。確かに訪れた運命は、気まぐれなままどこかへ飛び去って行ったようだ。
「・・・行こう、遠坂」
「・・・そね」


8-3 日常

「何があったのよこんちくしょう!」
 怒鳴りながら凛が居間に突入すると、そこは既に荒野と化していた。
食卓は砕け散り、テレビは粉々になって火花を飛び散らせ、天井からぶら下がった電気のコードが大蛇の死体のように左右に揺れる。
「凛か。見てのとおりだ。今日はややひどいがな」
 部屋の隅で腕組みをして立ちアーチャーが指差したのは部屋の中央。にらみ合う長身の槍兵と縦ロールの英雄王であった。
「はぁ・・・何してるんですか? ランサーさん、ギルガメッシュさん」
「む・・・衛宮か」
「少年、やっぱり来たか」
 ギルガメッシュとランサーは睨み合いながら士郎の方を向く。
「衛宮よ、我は―――」
「オレは悪くない! 全てはギルガメッシュのせいだぞ少年!」
 言いかけた言葉を遮ってランサーはびしっとギルガメッシュを指差した。
「・・・ちなみにこいつも処女だ!」
「なぁああああああっ!」
 ギルガメッシュはトマトのように顔を赤面して『王の財宝』を召喚した。間髪いれず撃ち出された数本の投槍宝具をランサーがゲイボルクで弾く。
「うぉああっ!」
「ちっ・・・!」
 士郎と凛は流れ宝具を飛び退いて避けた。居間に居合わせたセイバーやアーチャーもそれぞれ素早く回避している。ドカドカと音を立てて宝具は壁やら何やらに突き立ち破壊を再生産し。
「わ!? 下からなにか刺さってますぅ!?」
 天井に刺さった一本と共に屋根裏で悲鳴が上がったのを最後に静寂が周囲に満ちた。
「・・・それで? 何があったのかしら?」
 殺意の波動を背負いつつ低い声で言ってくる凛にランサーとギルガメッシュはやや怯みながら後ず去る。
「こ、こいつがオレの忠告を無視しやがるから・・・」
「こやつが我に薄汚い理論を押し付けてくるから・・・」
「主観はいらないわ。原因を客観的に教えて。アーチャー」
 互いの顔を指差してにらみ合う二人に凛はため息をついてアーチャーに目をやった。銀髪の英霊は肩をすくめて部屋の隅を指差す。
「みかん?」
 それは、ザルの上につまれたミカンの山。以前藤ねえが買いこんできたものは既に完食し、更に3箱買い込んできたものだ。
「みかんの白い筋を取り除いているギルガメッシュにランサーが筋も食べろと言い出してな。それで揉めた結果がこれだ」
「あんた達いいかげんにしなさいよ!?」
 激昂する凛にランサーは不満げに口を尖らせる。
「だってよぉ、あの白い筋は繊維質で身体にいいんだぞ?」
「ふん! この英雄王があのような屑を口にするとでも思うたか!」
 言い合って再度睨み合った二人に凛はギシリと奥歯を噛み鳴らした。
「・・・ねえ二人とも。このノート、なんだかわかるかしら?」
 倒壊したタンスの残骸から引っ張り出したノートを広げて凛はそう告げる。二人の英霊が覗き込むと、そこには日付と共に無数の数字が書かれていた。二色の文字があるが赤が多い。
「・・・基礎体温?」
「・・・赤ペ○先生からの返事か? 雑種の娘」
「そんなわけないでしょうが! この家の家計簿よッ! わたしがつけていた!」
 吼え猛る凛に士郎は意外そうな顔で首を傾げる。
「遠坂、家計簿とかつけてたんだ。ちょっと意外だ」
「それはつけるわよ。遠坂家の当主ってのは魔術よりも早く資金運用を覚えるものなんだから。こすっからい相場師と鎬を削ってもう10年になるわ」
 言い置いてギロリと英霊×2に目を移す。背後には我関せずと縁側に座りミカンを食べるセイバー。
「わかってるの!? 士郎はあんなだから何も言わないけど我が家の支出における貴方たちサーヴァントの生活費がどれくらいの割合か! 食費がかさむのはまあいいわよ。魔力補充の為に栄養を取るのは当然だから。でもなんだって貴方達は家の中で暴れるのよ! これまでどれだけのモノが壊れたか覚えてる!?」
「い、いや、でもさ。嬢ちゃんとかキャスターとかが居ればささっと直せちゃうわけだしよ」
 愛想笑いを浮かべて言い返すランサーにギルガメッシュもうんうんと頷いてそれに同調する。が。
「なんでもかんでも直せるわけじゃないのよ! 特に貴方達はゲイボルクとかで物を壊すから呪いで捻じ曲がったものとか再生不能じゃないの!」
 凛は叫びざま袖に縫い付けてあった宝石を引き千切り、抜き打ちで投擲した。慌ててそれをかわしたランサー達の背後でチュドンッ! と魔力が爆発する。
「落ち着け! 落ち着けって嬢ちゃん。な?」
「う、うむ。この程度の問題で暴力を振るうのは良くないぞ?」
「どの口で言うか!」
 ドムッ! と再度爆発する宝石弾の光を背に士郎はゆっくりと縁側に腰掛けた。隣のセイバーに儚い笑みを向ける。
「ミカン、俺にもくれるか? セイバー」
「ええ。おいしいですよ」
 頷くセイバーの向こうからちびせいばーが頭上にミカンを携えて現れた。何故か猫耳のカチューシャをつけている。
「どうぞ、シロウ」
「ああ、ありがとうちびせいばー」
 士郎は微笑みながらミカンを受け取り、手早く剥いて一房をちびせいばーに手渡す。
「貴方に感謝を。シロウ」
「どういたしまして」
 笑みを交わして士郎は空を見上げた。冬の空は高い。淡く美しいブルーがどこまでも広がっている。
「いい天気だなあ」
「ええ、そうですね。シロウ」
「心地良い陽気です」
 ポカポカと降り注ぐ陽光に目を細める3人の背後ではドンっ・・・! ドカンッ・・・! と破壊音が響く。
「ったく! ここの財政にも少しは目を向けなさいッ! また修繕費が飛んでいくでしょうガァあアッ!」
 どごん。
「・・・・・・」
 士郎はぼんやりとミカンを口に運びながら一応背後に声はかけてみた。
「とおさかー。今まさに修繕費が飛んでるからなー。せめて治療費はいらないようにしてくれよー」
「う」
 まあ、これも衛宮家の日常。


8-4 衛宮家金欠問題緊急対策会議

「さて、こうやって集まってもらったのは他でも無いんだねっ!」
 イスカンダルは床に座ったランサーとギルガメッシュを見下ろして腕組みをした。場所はギルガメッシュの自室である。
「世の中を舐めてちゃ駄目なんだよっ! みんな大家さんの優しさに甘えてるけど本来は働かざるもの食うべからずなんだねっ!」
 ブンブンと指を振り回しイスカンダルはパンッと自分の胸を叩く。
「ちなみに、ボクはちゃんと家賃を払ってるんだねっ! 月に8万円っ!」
「中途半端にリアルな金額だな」
 ぼそっと呟いてランサーは髪を書き上げた。
「まあ、オレも少しは気にしてるんだよな。バイクの整備費とかまで少年に頼ってるしよ。他の奴より食わねえとはいえ金遣いが荒いのは確かだ。服とかはマスターから貰ってる小遣いで賄ってるけど」
「我は修理費以外特に目立った出費は無いぞ。服や間食も全て自費だ」
 ふん、と胸を張ったのはギルガメッシュだ。自信に満ち溢れた発言に、しかしイスカンダルはちっちっちと指を振る。
「ギルっちは一番広い部屋を使ってるしテレビにDVD/HDレコーダー、小型冷蔵庫に電気ポットまであるのさっ! しかもとどめにエアコン完備っ! ここだけ電気代がいっぱいかさんでるんだよっ」
「む・・・それは、そうなのだが・・・」
 現界して長い彼女は文化生活に順応してしまっているだけに買い込んだ電化製品が多い。しかも旺盛な好奇心を満足する為に続々と最新機器を導入している為、凛などは入った瞬間フリーズしてしまうほどだ。
「と、に、か、くっ! 年長者としてっ! ボク達は大家さんにきっちり恩返しをしなくちゃいけないんだねっ! それも極めてわかりやすいマニー! ゼニー! リラ! これでだよっ!」
「わかりやすいっちゃーわかりやすいけどな。にしたっておまえらしくもねぇ。普段はそんなに金々言ってないじゃんよ。そもそも少年自身金にはこだわらない性質だし」
 ランサーの言葉にイスカンダルは大きく頷いた。なにやらバタンと音がしたが無視してパチンっと指を鳴らし、ついでに制服も違うのに変えてみたりする。意味はないが。
「そこだよランサー。むしろそれがアンサー」
「無意味にヒップホップにするなイスカンダル」
 世にも珍しいギルガメッシュつっこみにちぇきら! と指を突き出してイスカンダルはやや真面目な顔をする。
「大家さんは立派な人だと思うけど、自分のことに執着しないから損しているんだよ。ボクはそういうの、嫌いじゃないけど・・・せめて周りの人がその辺に気を使ってあげないといつか崩れちゃいそうだからね。せめて金銭面くらいフォローしてあげないと」
「そういうのはわからねぇでもないけどな。その『周りの人』ってのは基本的に嬢ちゃんが担ってるんじゃねぇか?」
「いや、かもしれんが・・・今朝の一件でも暴発気味なのはわかるというものだろう」
 三人、顔を見合わせてため息をつく。脳裏に描かれたのは衛宮士郎吹き飛ばされ映像ダイジェスト版。
「・・・オレ達やらねば誰がやる」
「でしょ?」
 ふふんと胸を張るイスカンダルにギルガメッシュはうむと頷いた。
「仕方あるまい。結局のところ我等が働くしかないか」
「偽造戸籍持ってんのも外見的に昼間働いてて大丈夫なのもオレ達だしな。でもよ、何する?」
 ランサーの問いにイスカンダルはぴっと指を立てた。
「とりあえず、ボクのところでバイトはどうかなっ? ファーストフードなんだねっ!」
「ふん・・・愚かな」
 ギルガメッシュはふふんと鼻で笑う。
「我に接客が出来ると思うてか」
「威張るなよそれは・・・」
 ランサーはジト目でつっこんでふと思いついたのかぴんっと人差し指を立てた。
「思いついたぞ。ふうぞ―――」
「死ぬるか?」
 しかしギルガメッシュに言い終わることなく遮られてムッとした顔をする。
「てめぇせめて最後まで聞けよ!」
「そのような戯言を言っている場合と思うてか!」
「ちょっと場を和ませようとしてるだけだろうが!」
 険悪な雰囲気にらみ合う二人をイスカンダルはため息と共に止めようと口を開き・・・
「いい加減にしなさいっ! それでも王だ英雄だと名乗る存在ですか!」
 それよりも早く、鋭い一喝が三人を等しく硬直させた。一斉に向けた視線の先、部屋の隅に声の主は居る。
「まったく・・・貴方達は反省というものを知らないのですか」
 正座をして煎餅をかじりつつ睨んでくるセイバーと・・・
「そして君は満腹というものを知らないのか」
 かいがいしくお茶をついでいるアーチャーが。
「っていつのまに入ってきたんだよおまえら」
「ラップ調がどうのという辺りだ。まったく気づかれなかったがな」
 コポコポと湯飲みにお茶を注ぎ、アーチャーはセイバーの前にそれを差し出す。
「ありがとう・・・さて、話は聞いていました。良い心がけだとは思ったのですが、このままでは話が進まない。私が取り仕切りますが良いですね?」
 セイバー、スキル『委員長属性(B)』発動。
「ふむ、騎士王の話ならば聞いてやらぬでもない」
「ボクは別になんでもいいんだねっ!」
「オレも」
 一斉に頷く三人に鷹揚な頷きを返してセイバーはコホンと咳払いをする。
「私達が働き、シロウに金銭的な恩返しをする。ここまでは決定事項として、問題はどこで働くのかなのですが・・・そもそもギルガメッシュ、あなたはここに来る前働いていたと言っていませんでしたか?」
「うむ。コトミネの奴はいいのだが、バゼットは家計がどうのとうるさくての。たまに金を入れていた」
 何を当たり前のことをと肯定するギルガメッシュにセイバーはため息をついた。
「と、いうことはあなたでもつとまるような仕事があるということでしょう。まずはそれを教えてください。きっと他の皆にも出来るでしょうから」
「・・・話はわかるのだが、何かこう、言葉が刺々しいのは気のせいか?」
「気のせいです」
 きっぱりと言われてギルガメシュは納得がいかないながらも説明を始める。
「・・・我がやっておったのはモデルのバイトだ。常に仕事があるというわけでもないが拘束時間が短い割りに金払いは良いぞ」
何しろ彼女の所持スキル黄金律が発動して見つけた職場なのだから。
「しかしさ、オレ達が顔見せしちゃまずいんじゃねぇの?」
 一応、英霊は正体を知られるべきではないという不問律はある。とはいえ。
「別段、下々の雑種共が我等の顔を見たところで何かに気づけるわけでもないぞ。それにもはや・・・このメンバーで聖杯戦争も出来まい? 互いの真名すらわかっている状態で今更であろう」
「ふむ・・・確かにその通りですね」
 セイバーはしばし考えてから頷いた。
「わかりました。特に問題点は無いと判断します。特に代案がなければこのプランを採用しようと思いますが、どうですか?」
 ランサー達は互いの顔を覗き込み、一斉にサムズアップして頷く。
・・・異様な光景だ。
「では、決定です。何かしでかさないか私とアーチャーも監視しに同行しますがいいですね?」
「いつの間に私まで・・・」
 アーチャーは呟いてため息をついた。なんと言うか、この地で再会してからのセイバーは彼女の記憶と若干違うような気がして鳴らない。セイバー・・・アルトリアはバイキングの料理に壊滅的な打撃を与えるほど大食いでもなければ乱闘をバックにのんきにミカンを食べていたりことあるごとに自分を光熱波で吹き飛ばしてやけ食いをしたりはしなかったと思うのだが。多分。
(記憶が美化されているのか何か他に原因があるのか。そもそも私の記憶がおかしいのか。だいたい自分が女だということに違和感がなくなっているのが極めてまずい)
「―――アーチャー?」
「む」
 思考の淵から浮かび上がってみれば、不思議そうな顔でセイバーがこちらをのぞきこんでいる。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。私も同行しよう。そこの野獣が何かしでかすかもしれんからな」
「なんだと? オレをもーちょっと信用しろって、相棒」
「誰が相棒か」
 むっとした表情でランサーを睨みつけるアーチャーを横にセイバーもうんうんと頷いた。
「私もギルガメッシュが本当に社会に適応しているのか心配で・・・」
「何気なく失礼な奴だな。騎士王・・・」
 

8-5 働けぼくらのさーばんと  (1:しごとをさがしてみよう!)

「うむ。ここだ」
 ギルガメッシュに連れられてやってきたのは新都の中心街を少し離れた所にある撮影スタジオであった。冬木町は何でもある夢の町である。
「・・・というより、何故私達まで連れてこられているのでしょうか?」
「がぅ」
 憮然とした表情で呟いたのはライダーだ。その隣でバーサーカーも戸惑いの表情を浮かべる。部屋に居るところを拉致同然に連れてこられたのだから当然だが。
「おまえらは外見が大人で上物だからな。十分売り物になる」
 拉致の実行犯であるランサーはむんっと腕組みをして鼻息を荒くする。風呂覗き14人達成は伊達ではない。
「・・・私の仮面を外すとどうなるかわかった上で言っていますか?」
「魔眼殺しならば我の財から提供する。行くぞ」
 ぶつぶつ言っているライダーに言い放ってギルガメッシュはバンッ! と勢いよく正面玄関を開けた。途端、明るく澄んだ声が飛び込んでくる。
「おはようございま・・・あ、ギルガメッシュさん! お久しぶりです!」
「うむ。久しいな」
 丸いイヤリングをつけ、金髪に映える緑のセーターを着た受付の女性へと鷹揚に頷き、ギルガメッシュは視線を上に向けた。
「所長は上か? 仕事をしてやろう」
「ああ、助かります。所長は部屋です・・・最近ご無沙汰ですから、寂しがっていますよ?」
 受付の女性はクスクス笑いながら内線電話をかけ始める。
「・・・やれやれ、またアレか。行くぞ」
「ご無沙汰についての説明を求めたいんだがな・・・」
 アーチャーのつっこみをスルーしつつ一同は二階へ移動。数分歩いて辿りついたドアには『所長室』と書かれている。
「さて・・・我だ。入るぞ」
 ノック無しでギルガメッシュはドアを開け、ずかずかと室内へと足を踏み入れた。
「あら・・・」
 中で待っていたのは長方形の眼鏡も凛々しいキャリアウーマン風の女性だった。パンツルックと短く切った髪が中性的な印象をかもし出している。
「・・・久しいな。小泉」
「ええ・・・」
 小泉と呼ばれたその女性は頷きながら眼鏡を静かに外してテーブルの上に置き、コキコキと手首、足首を鳴らした。そのまま大きく二度深呼吸をし・・・
「ギ〜ルちゃぁあああああああんっ!」
「ぬ!?」
 小泉はぴょーんっと水泳の飛び込みのようアクションでギルガメッシュに飛び掛る! 綺麗な放物線を描いた跳躍の頂点で纏っていた服がするりと肩から脱げ落ち、下着姿のまま女体が迫る・・・!
「おまえはル○ン三世か」
「アーチャー! ゆったりつっこんでいる状況か!」
 ギルガメッシュは一声叫んで身をよじった。チッ・・・! と髪の端を掠めて通過した小泉は下着姿のまますたんっと四つんばいで着地し、くるりと振り返って笑う。
「ケケケケケケケケケ!」
「このヒト人間っ!? 人間だよねっ!?」
「う、うむ。一応そうだと思ってはいるのだが・・・」
 冷や汗をたらしながら呟くギルガメッシュに小泉はびよんっ! と不自然な跳ね方で飛び掛り・・・
「いい加減にしなさいっっっ!」
「ッ!?」
 セイバーの放った一喝に身体を硬直させて墜落し、顔面から床に激突した。
「ケ・・・」
 小泉は倒れたままピクピクと身体を痙攣させ・・・
「ふふ、ひさしぶりね。ギルガメッシュさん。会いたかったわ」
 すくっと立ち上がって元のクールな表情に戻る。
「・・・なんなのだ。このキ○ガイは」
「あ、アーチャー、それはあんまりにもストレートな表現なんだねっ・・・」
 冷や汗を流すイスカンダの声を聞きながらギルガメッシュは首を振った。
「こやつは、ここの所長の小泉だ。一応・・・まっとうな雑種・・・の筈だ。おそらくだが」
「小泉恵よ。ふふ、ギルガメッシュさんったら、相変わらず辛口トーク・・・」
 フフフフフ・・・と小泉は口元を歪めて笑った。
「さっきは嬉しさのあまりちょっと取り乱しちゃっただけよ。久しぶりにギルガメッシュさんに会えたんだもの。ふふふ・・・」
 喋るうちに笑う声が大きくなり・・・
「ククククク―――クケェエエエエエエエエエエエエッ!」
 小泉はぶんぶんと頭を上下に振って哄笑する。
「はぁ・・・いいか。壊れた機械って奴はだな?」
 けたたましい音を立てる下着姿の女を前に、ランサーは引きつった笑顔で腕を振り上げた。
「上方、斜め45度から叩くと直るッ!」
 ぶんっ!と風を切り裂いて振り下ろされたチョップはずどっと鈍い音を立てて肩口に食い込む。途端、目覚まし時計のような笑い声がピタリと止まった。
「ケ・・・失礼」
 ふふっと妖艶な笑みを取り戻した小泉は床に脱ぎ散らかしていた服を着なおし、ギルガメッシュ達に向き直る。
「さて。ここへ来たってことはまたお仕事を引き受けてくれるのかしら?」
「・・・驚いたねっ。ボク達サーヴァントより異常な人って居るもんなんだね」
「言峰綺礼という前例はある」
 アーチャーのつっこみに内心で確かに・・・と頷きながらギルガメッシュは口を開いた。
「小泉。今日ここへ来たのは働くためだ。仕事をよこすがいい。我だけではなくこやつらの分もだ」
「そうねェ・・・」
 小泉は眼鏡をかけなおしてセイバー達を順繰りに眺めていく。
「ふんふん、なるほど・・・ギルガメッシュさん程じゃないけどみんな綺麗な顔立ちをしているわ。ボディーラインも悪くない。ふふふ、いいわ。使い道はいくらでもありそう。広告になるけどいいかしら?」
「うむ。構わん。特にさし許す」
 ギルガメッシュが胸を張って頷くと小泉はテーブルにおいてあったパソコンのマウスを握り、業務管理ソフトを立ち上げつつ問いを発した。
「それでは・・・彼女達の履歴書とかを出してくれますか?」
「無い」
 しかしギルガメッシュはきっぱりと首を横に振った。
「な、無いと言われましても・・・」
「無い。我を信じよ」
 困り顔の小泉に自信に満ちた表情で頷いてみせる。
「・・・その顔をされると弱いですね・・・無条件で頷きたくなります」
 カリスマA、順調に発動中。
「わかりました。愛の下僕として、そのお願い聞かせていただきます。あぁ・・・」
「わっ! あの人、股間をまさぐりはじめたよっ!」
「見るな。犯されるぞ」
「・・・何故か今日は攻撃的ですね。アーチャー」
 

8-6 働けぼくらのさーばんと  (2:しゃしんをとられてみよう!)


「それじゃあスタジオの方へ移動するわね。ついてきて頂戴」
 数分間悶えた後、小泉は正気に戻ってサーヴァント達に告げた。
「・・・この方に着いていってよいのでしょうか。なにやら致命的な危険性を感じますが」
 ライダーの呟きにギルガメッシュはふふんと笑う。
「自らの身も守れずになにが英霊か。ついてまいれ」
「まあ、いざとなったら逃げちゃえばいいかなっ!」
 ある意味それは駄目だろなイスカンダルの台詞に頷き、サーヴァント達はぞろぞろと小泉の後に続く。
「・・・広告ってことは、チラシとかの写真を撮るのかなっ?」
 黙って歩くのに飽きたらしいイスカンダルの問いに小泉は顔だけ振り返って首を振った。
「チラシとかのモデルはね、綺麗なだけじゃ駄目なの。あなた達、生活臭が無さ過ぎるわ」
「・・・安い服を美人が着て似合っていたところで、それは中身が綺麗だからということになりかねない。ほどほどが良いのだ。それに・・・そもそも我々は日本人ではない。ライダーが豚コマ肉安売りの宣伝とかをしていても違和感しか残るまい?」
「? ・・・詳しいのですね。アーチャー」
 すらすらと説明するアーチャーにセイバーは不思議そうな顔で首を傾げる。
「私は近代の出身だからな・・・多少の知識は残っている」
「ああ、成る程」
 こくこく頷く姿をアーチャーは優しい視線で見守る。それを見たランサーはジト目になってイスカンダルの耳元に口を寄せた。
「・・・なあ。前から思ってたんだけどよ、アーチャーの奴セイバーにはやけに優しいよな」
「ん? 嫉妬かなっ? ―――痛っ!」
 瞬間、ぽこりと頭を叩かれてイスカンダルはにかーっと笑みを漏らす。
「ふっふっふ。イスカ情報ファイル更新! ランサーっちは大家さん一筋かと思ってたけど弓槍って展開もありえるのかなっ?」
「・・・言ってろ。本質的にはたいしてかわんねーよ」
 ぼそりと呟いたランサーの台詞にイスカンダルは首を傾げ、前を行くアーチャーとセイバーを眺める。
「まあ、確かに仲はいいよね。彼女達には何か特別な運命があるのかもしれないよ? どちらかの、あるいは両方の生前に・・・ね?」
 その指摘にランサーはぴくりと眉をあげ、納得した顔で頷いた。
「成る程ね。確かにそりゃ仲も良くなるわ。もしもあいつの知ってる聖杯戦争がちゃんと行われたんならセイバーとは一心同体少女隊だもんなぁ」
「言葉の意味はよくわからないけど、とにかく凄い古いネタだっ!」
 最後尾でじゃれあう二人をよそに、小泉はアーチャーとセイバーを相手に説明を続ける。
「そういうわけで、ギルガメッシュさま☆やあなた方に頼むのは・・・」
「☆をつけるな。ハートも不許可だ」
「頼むのは、イメージ広告のモデルよ?」
 ギルガメッシュの唸り声に悶えながら小泉はうふふふふと笑みを漏らす。
「・・・この女、Mか」
「む? 何故引っ張るのですかアーチャー」
 アーチャーはぼそりと言い捨てて気を取り直した。さりげなくセイバーを小泉から引き離して質問を続ける。
「それで。具体的にはどのようなものを撮るのだ?」
「あなた方にやってもらうお仕事は三種類。企業イメージ広告とデザイナー広告、そして個人向けの趣味的な写真の被写体ね」
「最後の一つが異様に気になるのは私だけなのでしょうか?」
「がぅ」
 ライダーの呟きを聞き流しながらギルガメッシュはゆっくりと首を振った。
「小泉。今日はこれだけの人数が居る。我は絶対に着ぐるみは着ぬぞ」
「着ぐるみ・・・?」


PUTTERN:1 バーサーカー&ライダー

「じゃあ、まずは・・・バーサーカーさんとライダーさんにお願いするわね」
 PDA片手にそう言った小泉はむうと顔をしかめた。
「これ、本名ですか?」
「その通りだ」
 ギルガメッシュは間髪入れずに頷いた。ランサーがあちゃあと肩をすくめるのをバックに、落ち着いた声で続ける。
「我が名付けた以上。それが本名だ。何か異論でもあるのか?」
「うわっ! 震えるほどに王様発言だよっ!」
「なるほど。ギルガメッシュ様のネーミングならしょうがないですね」
「それで納得するのか」
 イスカンダルとアーチャーのつっこみを一身に浴びながら小泉はどうということもなさそうに微笑んで見せる。
「ギルガメッシュ様が金といえば黒いものも金。脱げといえば脱ぎますし舐めろといえば舐めますわ・・・あぁ!  あぁ!」
「いちいち身をよじるなうっとおしい」
 ギルガメッシュはうんざりといった表情で言い捨て、顎でライダーとバーサーカーを指す。
「それよりも指示が途中であろう。さっさと説明するがよい」
「ああ、つれないお方・・・じゃあ、二人ともついてきてくれます? 更衣室に連れて行くわ」
「本当に、私の写真など撮るのですか・・・?」
 不機嫌そうにライダーはギルガメッシュを睨む。もっとも、仮面を外していないので雰囲気だけだが。
「がぅ・・・シロウノ、タメ」
 その肩をぽすっと叩いてバーサーカーは小さく微笑んだ。ちなみに、最近は単語二つの会話もスラスラでてくるようになった。
「それを言われると弱いですね・・・わかりました。ギルガメッシュ、魔眼殺しを」
「うむ」
 差し出された手にギルガメッシュが縁無しの眼鏡を乗せるとライダーは軽く頷いて小泉に向き直る。
「着替える服は更衣室に?」
「ええ。こっちよ」
 長身の二人が小泉と共に消えて数分。


「はい、お待たせ」
 小泉は頭を振り振り帰ってきた。
「ん? どうしたのかなコイズムさんっ?」
「人の名前を何かの主義のように変えるな」
 アーチャーのつっこみは全員当然のような顔で無視。
「はぁ・・・私もね、この職業長いけど・・・なんだか仕事を忘れそう」
 言いながら廊下の向こうに手招きする。
「さ、早く入ってきてください。カメラ準備いい? メイク、スタンバってる? 照明明るすぎるわよ!」
「フィルムOKです!」
「照明絞ります!」
「温度高すぎっす! 冷房強めでお願いします!」
 スタジオ内が俄かに慌しくなる中・・・
「ほ、本当にこの格好なのですか!? 本気ですか!?」
「が、がぅ、アバレルト、ミエル・・・」
 廊下に続くドアの向こうから二人の声がした。まだ、姿は見えない。
「や、やはり私はこういうことに向いては居ません。帰ります!」
「ダメ、ミンナマッテル」
「あ、今チラッと何か見えたよっ!」
「何かというか、服の裾・・・のようだが」
 アーチャーの呟きを聞いてランサーはニヤリと笑った。
「なんかオレ、無茶苦茶盛り上がってきたぜ・・・おい、早く来いって」
 ワクワクを隠すことなく小走りで廊下に飛び出し・・・
「ぅおおっ! イイ! これイイ!」
「な、ひ、引っ張らないでください! めが、眼鏡が外れるではないですか!」
 ライダーの手をぐいぐい引っ張りながら帰ってきた。つんのめるようにしてライダーがスタジオの中へと転がり込み、その後ろからしずしずとバーサーカーが続く。
「を?」
 その光景にアーチャーは思わず素に戻って声を漏らした。それもその筈。恥ずかしげに内股を擦り合わせてもじもじしているライダーの服装は・・・
「ちゃいなさんだ・・・」
 そう、チャイナ服であった。鮮やかな青も彩りよく、深く切り込みの入ったスリットは動くだけでその長く真直ぐな足をちらちらと開帳する。そこから覗く肌の白さ、滑らかさたるやまさに白雪。くっきりとしたボディーラインと知的な容貌がアンバランスな魅力をかもしだしている。
「チャイナ服っ! ボ、ボクに対する挑戦だねっ!」
「おまえは黙っていろイスカンダル」
 いきりたつ制服王に冷たく言い捨ててアーチャーはふむと頷いた。
「よく似合っているではないか。ライダー。バーサーカーも」
「ハズカシイ・・・」
 視線を向けられ、バーサーカーは大柄な体を丸めるようにして恥らう。彼女が着ているのもチャイナ服。鮮やかな赤がライダーのものと対照となっている。スリットからのぞく赤銅色の肌は筋肉質でまさにカモシカのような健康的な色気を放つ。胸元の布地を今にも引き裂きそうな双丘も目を捕らえて放さない。
「しっかし、コレは一体なんの広告なんだよ」
 うむうむと満足げに頷きながら尋ねたランサーの問いに小泉はPDAをぺちぺちと操作して表示された情報を読み上げる。
「アミューズメント施設のポスターね。名前は・・・『新都小香港』。ビルの二階分をまるごと香港の裏町風に改造した食事と遊びの空間を提供します、だそうよ」
「なんかボク、そういうの聞いたことあるよっ!」
「というよりも、まんまパクリではないか・・・」
 

PUTTERN:2 ランサー&イスカンダル

 ランサーとバーサーカーの撮影が滞りなく終わったあと、続いて小泉が指名したのはランサーとイスカンダルだった。
「ちょっと派手な衣装だけどいいかしら? 二人とも」
「おうよ! まかせとけ! どんなのだろうとバッチこいだ!」
「無問題なんだねっ! 葉っぱ一枚だろうと着こなして見せるよっ!」
 楽しげなランサーにアーチャーはふふんと鼻で笑う。
「馬子にも衣装とは言うが・・・せいぜい服に着られないようにするんだな」
「あんだと? 見てろアーチャー!」
 むっとした顔でアーチャーに人差し指を突きつけるランサーの後ろでイスカンダルはぐっと親指を突き出した。
「惚れ直せよっ! だね!」
「・・・なんでさ」
 呆れ顔でため息をつくアーチャーにランサーは力強く拳を握る。
「その通りだ!」
「不気味なことを言うな!」
 がっと吼える姿に満足げな笑みを漏らしてランサーはズカズカとスタジオを出て更衣室へ向かった。
「・・・あいつは・・・一体何がしたいのだ!」
「アーチャーちゃんで遊びたいだけなんだねっ! 楽しそうで何よりだよっ!」
 ぶいっ! と指を突き出してちょこちょことランサーの後を追うイスカンダルの言葉にセイバーはふむふむ頷いてからアーチャーの方を向く。
「確かに二人は仲が良い。それは悪いことではないでしょう・・・」
「い、いや私は―――」
「しかし、二人一緒になると騒ぎを際限なく大きくするのはいただけません! 子供ですか貴方がたは!」
 良い機会とばかりに一喝されてアーチャーはよろめいた。脳裏に遠い過去の記憶が蘇る。
「す、すまないセイバー・・・もう必殺技とか言わないから・・・」
「?」
 きょとんとした表情に慌てて表情を取り繕って咳払いなどしてみた。
「ご、ゴホン・・・ら、ランサーの奴はまだか? ライダー」
「冷や汗、拭いたほうがいいのではありませんか?」
 まだチャイナ服のままのライダーははらりと広がったスリットをそそくさと直しながらドアに向かい、更衣室の方を伺う。
「? ・・・ランサー。何をしているのですか? 着替え終わったのでしょう?」
 魔眼殺しの眼鏡ごしに見えたのは更衣室のドアから顔だけ出して困った表情をしているランサーだった。
「ほら、早く行くんだねっ! 往生際が悪いよっ!」
「い、いや、だってさ。オレだぞ!? おまえと違うぞ!? これはちょっと・・・」
 ゴモゴモ言っているランサーにイスカンダルはふぅとため息をついて思いっきりドアを蹴り飛ばした。
「のわっ!?」
 外開きのドアはその衝撃であっけなく全開となり、ランサーは勢いのまま床に激突しそうになってトトッ・・・と更衣室の外に出てしまう。
「!? ・・・ランサー、その格好は・・・」
「・・・うう」
 ランサーは唸り、静かにスタジオに戻った。その背を押しながらイスカンダルも戻ってきてにまっと笑みを見せる。
「どうかなっ! 二人ともよく似合ってると思うんだねっ!」
「・・・!? ら、ランサー・・・それは・・・」
 アーチャーはぎょっとした表情でランサーを見つめた。
「お・・・お姫様・・・」
 そう、彼女が着ていたのは滑らかな曲線で構成された優雅なドレス。気品に満ちた水色をしたそれは活発な印象のランサーに女性らしい柔らかさを与える。
「う、うるせぇ! あんま見るなよ! ちくしょう・・・」
ランサーは一声叫んでそっぽを向いた。顔が、コレでもかというほど赤い。
「キレイ・・・スゴイ」
「ええ。意外なことに似合っています」
 しきりに頷くバーサーカーとライダーにランサーは更に赤くなった。歯を食いしばって下を向いてしまう。
「ほら、前を向くんだねっ! 往生際が悪いよっ!」
 一方、イスカンダルは男物の服だった。全体にかっちりとした白いその服はあちこちに宝石をあしらわれたゴージャスなもの。胸元に勲章をいくつもつけたその姿は・・・
「どうかなっ! 王子様なんだねっ!」
 王子様、そのものであった。ニコニコと笑いながらその場でくるりと回って見せる。
「ふん、我らの場合似合って当然だがな・・・小泉、この衣装ならばセイバーの方が似合うぞ。姫衣装にしてもそうだが何故この二人なのだ?」
「ええギルガメッシュさん、答えさせていただきますわ。あなた様にならばフィストプレイでもどんとこいなこの小泉が」
 いらぬ前置きを入れるなと睨まれる視線に快感を感じながら小泉はあぁと吐息を漏らした。
「これから撮影するのはとある企業の広告で・・・テーマは『逆転、そして生まれ変わります』なんです。あえてマニッシュなランサーさんにお姫様・・・そして元気なイスカンダルさんに気品ある王子様という配役ですよ」
「御託はいいからさ・・・早く撮ってくれ・・・」
 唸るように言ってきたランサーにアーチャーはここぞとばかりにニヤニヤと笑う。
「どんなのだろうとバッチこいと息巻いていた奴が居たような気がしたのだがな?」
「う・・・おまえだってこういう格好になればわかる! エロ系ならいっそ楽なんだよ! こ、こういうのはさ、なんつーか裸より恥ずかしい・・・」
 へろへろだ。
「贅沢なんだねっ! ボクなんかさっきから全然注目されて無いよっ!」
「今回ばかりは注目されたくねぇ・・・少年が居なくて良かったぜ」
 はぁとため息をつくランサーにギルガメッシュは『ん?』と首を傾げる。
「ここで撮った写真は全て一枚ずつ持って帰るぞ。記念だからな。当然衛宮にも他の雑種どもにも見せる」
「ちゃぁあああっ! 待て! 待てって! コレはやばいだろ!? 新手の拷問だって!」
「いいからいいから。さっさと撮影するんだねっ!」
 あたふたと慌てるお姫様を引きずってイスカンダルは撮影ステージの方へ向かう。暴れるランサーのスカートがふわりとめくれたりするのが何となくエロチックな眺めだ。
「ああ! くそっ! あんま見るな!」
「ふっ・・・往生際の悪い」
 怒鳴り散らしながらポーズをとる姿にアーチャーは腕組みをして笑い、ランサーは喉の奥で唸り声をあげる。
「覚えてろよ・・・てめぇ」
「ランサーっち! 笑顔!」
「は、はぁい・・・」
 急かされてランサーはにこっと可憐な笑みを浮かべた。

 ・・・なんだかんだ言って、やはりノリノリだった―――


8-7 働けぼくらのさーばんと  (3:まにあっくにせまってみよう!)

PUTTERN:3 セイバー

「じゃあ次はセイバーさんね。更衣室に行って頂戴」
「わ、私ですか!? 私はつきそいで―――」
「セイバー、今更そんなのが通用するとでも思ってんのか?」
 慌てて首を振ったセイバーの台詞を遮ったのは、スタジオのすみにしゃがみこんで床にホットケーキの絵を書いていたランサーだった。目が、ギラギラと光っている。
「そうだよセイバー。大家さんにまとまったお金をプレゼントする企画、賛同したはずだよねっ?」
「そ、それはそうなのですが・・・」
 口ごもり、セイバーは士郎の姿を思い浮かべる。自身も黒焦げになりながら大穴が開いた庭を埋め戻している姿。凛には出来ない電化製品の修理に挑み、力及ばず廃棄処分を決定したときの我が子を失ったが如き表情。プールの修繕費を払っているときの何かを悟ったような笑顔。
「・・・やりましょう」
「・・・何故にそこまで悲壮な覚悟を決めた表情を?」
 熱いのか羽扇で自分の顔をパタパタやりながら呟いたライダーの言葉にセイバーは決意に満ちた表情で拳を握る。
「私はシロウの剣だ。その為の努力は惜しまない―――」
「剣はあまり関係なさそうですが」
 盛り上がりに水を差されたセイバーはむぅと顔をしかめた。
「そのようなことばっかり言っているとアーチャーになりますよ?」
「っ・・・それは・・・嫌ですね」
 心底嫌そうに顔をしかめたライダーにアーチャーは、さりげなく黄昏た。それを横目にランサーはだるそうな顔でセイバーに声をかける。
「よう、セイバー。覚悟決めたらさっさと行けよ・・・」
「ランサーっち、言葉遣いが服に合ってないよっ!」
「う・・・は、早くお行きにあそばされたらいかが・・・って別にお姫様口調になる必要はねぇだろうが!」
 ドレスを着たままのランサーは首を振って絶叫した。普段後ろで束ねている長い髪がばさばさと顔をなぶり口に入る。
「ぅぺっ! ・・・ともかく、さっさと行けって」
「は、はぁ・・・」
 セイバーは気圧されたように廊下に出て更衣室へ向かった。そのまま待つこと十数分。
「なんですかこれはぁあああああああっ!」
 理想的な腹式呼吸に支えられた絶叫がスタジオにまで響き渡った。宝具の真名を叫ぶときもかくやという大音声である。
「よし!やっぱ来た!」
 途端、ランサーは嬉しげに叫んで走り出した。足首まですっぽりと隠すスカートにつまづいて転びかけてからすそを上品につまんで廊下に飛び出す。
「む・・・待て、ランサー」
 アーチャーはなんとなく危機を感じてその後を追った。小走りに遠ざかるドレス姿の槍兵の背を追う。
「おーい、セイバー! 入るぜー?」
「な、ちょっと待ってくださ―――」
 ランサーは更衣室の中から聞こえた制止の声を耳にも止めずドアを力いっぱい開き。
「おおおおおおをおをおををおおをお・・・」
 微妙な歓声をあげてそこに立ち尽くした。
「どうした。今度はどんな・・・」
 アーチャーは足を速めてその隣に移動し。
「な・・・」
 絶句、した。
「っ・・・こ、このような屈辱は初めてです・・・!」
 そこに居たのはセイバーのサーヴァント。真名はアルトリア・ペンドラゴン。理想とも讃えられる騎士であり、聖剣エクスカリバーを所持する最強ランクの英霊。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 その彼女が、今は見慣れない服装をしていた。頭には黄色い帽子、身を包むのは水色のスモック、肩からかけたビニールのバッグ。胸にはチューリップ型のバッチに『ほしぐみ せいばー』の文字。日本中どこへ行っても普通に見かけられる格好のはずだが、それなりに出っ張った体形で着れば、もはや反則としか言えまい。
「幼女だ・・・」
「せめて幼稚園児と言え・・・」
「っ!」
 ランサーとアーチャーが呆然と交わした言葉にセイバーは目を吊り上げ、反射的に風王結界を召喚しかけた。
「待て!服が破ければ弁償だぞ!」
「く・・・そ、それは・・・」
 剣を握る姿勢で硬直した幼稚園児にアーチャーはため息をつく。彼女の知る限り、誇り高い騎士であり、世界の助けを得ずに英雄となった高潔な王であるところのアルトリアはこのような侮辱を許すような人物ではない。
「セイバー。嫌なら―――」
「似合うじゃんかセイバー」
 だが、やめてもいいのだぞと言い終わるよりも早くランサーが放った言葉にセイバーは微妙な赤面をみせた。
「そ、そうでしょうか・・・」
「おうよ。少年、ちびせいばーの件を見りゃわかるようにあれで案外マニアックだからな。そんなの見せたらイチコロだな」
 何を想像しているのか、セイバーの瞳がふらふらと左右に揺れる。
「イチコロ・・・」
「ああ。嬢ちゃんにつけられちまった差を埋めるいいチャンスだぜ!ファイトだ!」
 何故か自信満々の顔で断言するランサーにセイバーは顔をほころばせ、慌てて表情を引き締めた。
「ご、ごほん。まあ、その、別に私はその、別段そういう事には興味ありませんが・・・これも果たすべき任とあらばやり遂げて見せましょう」
 ぐっと力強く拳を握る。
「私は―――シロウのサーヴァントなのですから・・・!」
「さっすが! 最強のサーヴァントの名は伊達じゃねぇな! ささ、スタジオはあっちだぞ?」
 パチパチと拍手して指差すランサーにうむっと嬉しげに頷いてセイバーはスモックの裾を軽やかに揺らしながら去っていった。
「・・・せ、せいばー・・・せいばーが、汚されていく・・・」
「はっはっは、残念だがな、アーチャー。あいつはおまえのサーヴァントじゃねぇわけよ。世界が違えば別人も同然だろ?あきらめろって」
 ぺちぺちと肩を叩いてくる異常に気さくなお姫様の手を振り払い、アーチャーは舌打ちしながら立ち上がった。
「それでも、互いの真名は捨てられん。私がエミヤであるということを捨てることは出来ないし彼女はアルトリアだ。わかっているのだろう?」
「はっ、そりゃそうさ。オレ達は世界に捕まった時点で変わることを封じられたんだからな。でもよ・・・そりゃあ、ひょっとしたら大元の英霊って奴だけじゃねぇのか?」
 静かな声にアーチャーは意外な思いでケルトの大英雄を見つめる。
「オレ達ってのはさ、英霊の座から呼び出されてるんだよな?そんで、死ぬと経験だけが聖杯を通って帰還する」
「その通りだ。今ここに居る私達は正確に称するならば分身のような存在だからな」
 ランサーはその答えにパチリと指を鳴らした。
「そこだ。英霊は世界の一部、亜精霊みたいなもんだけどオレ自身は聖杯を通じてランサーの型に押し込まれて生まれた存在だ。英霊クーフーリンがどういう奴であれ、ここに居るオレはオレ以外の何者でもないし・・・おまえも衛宮士郎じゃねぇ。おまえは、ただのアーチャーだろ?あいつの分の幸せはもらえなくてもさ、おまえなりのいい事でも見つけりゃいいじゃねぇか。楽しいことなんて探せばいっぱいあるもんだぜ?」
「・・・虚言を」
 アーチャーは言い捨てて俯いた。ランサーの言っていることは到底頷ける事ではない。
常に目の前に自分としか思えない者が居て、しかもその自分がいずれ愚かな選択を・・・今でも胸を焼く、借り物で紛い物で、それでいて取り返しのつかない―――英霊エミヤを生んでしまった取引をするかもしれないのだ。
この憤りだけは、誰にも理解できるはずがない。人生を楽しむことしか考えていない天性の英雄などに・・・ただの人の身から這い上がり、しかし全てを間違ってしまった自分の気持ちなど欠片たりとも理解できるはずがないのだ。
 なのに。
 何故。
 楽になった、と。心が僅かだが軽くなったと、感じてしまうのだろうか―――
「・・・ランサー」
 未分化の感情を抱え、アーチャーは顔をあげた・・・が。
「おーい! まだ撮影始めるなよー! オレも見るー!」
 既にランサーは小走りにスタジオへと向かっていた。遠い背中にアーチャーは呆然と視線を送り・・・
「そのうち・・・殴る!」
 物騒な決意と共に歩き出した。


「はーい、もうちょっと笑顔でー」
「こ、こうだろうか・・・?」
 セイバーはぎこちなく微笑んだ。青い布のようなものが敷き詰められた撮影台にビニールシートをひき、その上に座った姿勢で。
「・・・あの青いものはいったい何なのですか?」
 不思議そうに尋ねるライダーにギルガメッシュはうむと頷く。
「あれはクロマキーというものだ」
「ああ、巨人に昔居た外国人選手だねっ!」
「それはク○マティだ! くっ・・・こんな低レベルの駄洒落につっこんでは芸が荒れる!」
「・・・やっぱ芸人だったのか。おまえ」
 ランサーの指摘にアーチャーは己の存在意義を求めてうずくまった。目も虚ろに床の染みを数え始める。
「・・・説明を続けるが、クロマキーとは合成につかうものでな。実際に使う映像はあの青の部分に違う映像をはめ込むのだ。のっぺりとした単色なのはその作業がしやすいようになっている」
「詳しいねっ! さすが電脳娘っ!」
 イスカンダルの能天気な声をよそに撮影は続く。
「うーん、なんかこう、アクセントがたりないっすねぇ監督」
「そうね・・・」
 小泉はひきつった笑顔のセイバーを眺めて考え込んだ。
「足りないのは二つ。シチュエーションと笑顔ね」
 言ってパチリと指を鳴らす。
「メイク修正。口元に食べかす・・・そうね、ごはんつぶとかくっつけといて」
「な、なんと!」
 そして、そのまま驚愕にポカンと口を広げるセイバーに困った視線を投げた。
「後はもっと無邪気な笑顔が欲しいのよねぇ・・・」
「そもそもこれは何の写真なのだ?小泉よ」
 呆れたような顔で問うギルガメッシュに小泉はそれまでの凛とした顔からだらしのない笑顔になって振り返る。
「あン・・・ギルガメッシュさんのお声が・・・からだの奥にズンって響く・・・」
「・・・こいつは」
 額に青筋を立てて唸るギルガメッシュに小泉はおほほと笑ってやや表情を引き締めた。
「これはですね、市役所に発注されたポスターでテーマは『良い子はのこさずお弁当をたべよう!』です」
「・・・それが何故、私なのです!?」
 メイクアーティストに顔をいじられるのに耐えながらセイバーが叫ぶと、小泉はうんと頷いてみせる。
「何か、顔を見た瞬間食べ物がらみならこの娘だって天啓が」
「ふん、腐っていても一流だな。小泉・・・正解だ」
「糸を引いても納豆ですから。おほほほほほほほほほ・・・クケケェーッ!」
 最後の方は謎の奇声なった笑い声と共に床を転げまわる小泉を尻目にギルガメッシュはランサーに目を向ける。
「しかしあの顔は何とかならんのか?いつまでたっても終わらんぞ」
「そうだなー、じゃあモノでつるか?」
 ランサーはふむと頷き、部屋の隅に放り出してあった自分のバッグをあさった。
「おーいセイバー?」
「な、なんですか・・・?」
 戸惑いの声をあげるセイバーにランサーはずいっとそこから取り出したものを突き出す。
「ちゃんと笑ってればゲーセンでとってきたこのライオンぬいぐるみがおまえのものだ!」
「ぬ・・・」
 ずがんっ!とショックを受けた表情でを経てセイバーは笑顔を作った。だが、まだ硬い。
「よーし!それならボクも大放出なんだねっ!」
 それを見てイスカンダルはぶいっ!と指を突き出し、自分のバッグに手を入れる。
「セイバー! このご褒美を前には笑顔でしかいられないよっ!」
 そしてしゅばっ!とその手を引き抜き―――
「それは・・・!」
「ぶっ・・・!」
 セイバーが驚愕の声を漏らしランサーが空気の塊を吐き出す。イスカンダルの手・・・そこには・・・
「むぅ? それは、衛宮か?」
 デフォルメされた衛宮士郎をかたどった人形が握られていた―――
「ほう、中々可愛らしい出来ですね。手作りでしょうか?」
「・・・ホシイ」
 ライダーとバーサーカーが感心したような顔で言葉を交わすのをバックに、ランサーはガクガクと震えながらアーチャーに視線を向ける。
「・・・どうした? ランサー。何か言いたいことでもあるのか?」
「て、てめ・・・」
 顔を真っ赤にして震えているランサーをよそにギルガメッシュは感心したようにそのぬいぐるみを眺める。
「良い出来だ。技術はともかく理念と感情が込められている。これはおまえが作ったのか?イスカンダル」
「残念ながら違うよっ! アーチャーに貰ったんだねっ!」
「アーチャー!てめぇええええっ!」
 その言葉に激昂して詰め寄ってくるランサーにアーチャーはここぞとばかりにニヤニヤと笑った。
「ほう、何か言いたい事でもあるのか? 私があれをどこで手に入れたのかについて」
「ぐっ・・・この・・・覚えてやがれ・・・」
 言えぬ。手を刺し傷だらけにして作ったなど、とてもキャラクターが合わない。
「ともかくっ! これをあげるんだねっ! だから笑顔でがんばろーっ!」
「は、はい!」
 セイバーは今度こそ童女のような満面の笑みを浮かべた。ビニールシートにぺたんとすわり、たこさんウィンナーやうさぎリンゴなどで満たされたおべんとばこを片手に。
くちもとにご飯粒などつけた姿はあどけなく、誰もが微笑み返したくなるだろう。
「イイ・・・一時休戦だ」
「・・・ああ」
 まあ、どういう笑いかはともかくも。


PUTTERN:4 アーチャー

「まさかやらないなんて言わねぇよな?」
 殺気に満ち溢れた笑顔という矛盾した表情でランサーはアーチャーにそう言った。
「む・・・」
 そう、セイバーの撮影後に指名されたのはアーチャーだったのだ。後は彼女とギルガメッシュの新旧アーチャーコンビしか居ないのだから当然だが。
「そうですね。私にとっては小事ではありますが、もう昼も過ぎたことですしさっさと撮影を終えましょう」
「そうだねっ! 次はどんな服か楽しみだよっ!」
 こちらは新旧のライダーのコメント。アーチャーはむぅと唸って廊下へのドアを睨んだ。
「あの、期待を裏切るようで申し訳ないですけど」
 そんなサーヴァント達に小泉は声をかける。
「次の衣装、普通の服ですよ? 一般の方が着る」
「え?」
 意外な発言にイスカンダルはぐらりとよろめいた。
「裏切ったねっ!? ボクの気持ちを裏切ったねっ!? 父さんと一緒で裏切ったんだ!」
「誰だ父親とは・・・」
 つっこむアーチャーをビシッと指差す。
「パパっ!」
「私か!?」
「プラダのバック買ってっ?」
「そういうパパか!」
「黙れ愉快な連中め」
 ギルガメッシュはるふうと息をついてアーチャーへ視線を向けた。
「ともあれ、我が斡旋した仕事を断るなど許しはせんぞ」
「私は監視の為に来たのだがな・・・しかも無理やり」
 呟きながら目を向けると、彼女が来る原因となったセイバーは嬉しさを必死に噛み殺した珍妙な表情でライオン人形とえみやくん人形とにらめっこ中だ。
「まあいい。行こう」
 アーチャーは深くため息をつく。まあ、彼女ほどひどい格好にはなるまい。
「・・・行っちゃった。本当に普通の服なのかなっ?小泉さんっ」
「ええ。駅前の再開発事業で建設された高級マンションの広告ですから。セット交換!3番を前に回して!」
 小泉がそう言って右腕を前後に振ると、先程までセイバーが居た撮影ステージがゴゴゴ・・・と音を立てて動き始めた。
「う、動いてるっ! ラピュタは本当にあったんだ!」
 イスカンダルがノリノリで叫んでいるうちにステージはゴスンと音を立てて停止した。先程までの合成用背景とは違う、どこかのマンションの台所風のセットがそこにある。
「・・・これで、いいのか?」
 そうこうしているうちにアーチャーが戻ってきた。その服装は・・・
「普通だの」
「普通だねっ」
「普通ですね」
「がぅ」
 白いサマーセーターに足首の辺りまで覆う黒いスカート。頭には背中までかかる黒髪のかつらをかぶり、どこまでも清楚なイメージでまとめてある。
「うん、いいわね。じゃあこれつけてね?」
 その姿に満足げな声を漏らし、小泉は最後の仕上げをアーチャーに差し出した。
「・・・エプロン?」
 それは明るい緑色をしたエプロン。首をひねりながらアーチャーはそれを身に着けてセットに立つ。
「うん、じゃあそのお玉と小皿持って。身体はむこう向けて顔だけ振り向く! お玉むこう、小皿は口元!」
「む・・・?」
 矢継ぎ早に繰り出される指示にアーチャーは戸惑いながらも従った。
「いいわよその表情! カメラいい? 台詞は『おかえりなさいあなた。浮気とかしなかった? あなた素敵だからわたし心配で・・・』!」
「おかえりなさいあなた。浮気とか・・・ってなんだそれは!」
「YES! 綺麗なノリつっこみだねっ!」
 大喜びのイスカンダルをよそに小泉は不思議そうに首を傾げる。
「愛しい人を台所でお出迎えする若奥様(女子高生)だけど?」
 それを聞いたサーヴァント達は一斉に視線をアーチャーからそらした。
「・・・なんだ。一体」
「い、いえ、別に・・・」
 全員、肩が小刻みに揺れている。
「若奥様・・・」
「家庭的っ・・・」
「は、はまりすぎですね・・・」
 目をそらして笑いを噛み殺しているランサー達にアーチャーの顔がぼひゅっと赤に染まった。
「わ、笑いたければ笑えばいいだろう!? 含み笑いなど余計に腹立たしいっ!」
「いやー! 似合うなあおまえ! もうそのまま結婚しちまったらどうだ!?」
 途端、大声で笑いながら指差してくるランサーにアーチャーはギリギリと奥歯を喰いしばる。
「・・・早く指示を出せ! こんな仕事すぐに終わらせてやる・・・!」
「ええ。じゃあ次はそっちの包丁を持ってね?」
 アーチャーは額に青筋を浮かべたままで包丁を持ち、まな板の前に立った。長年の料理経験は伊達ではなくその手つきはやけに鮮やかだ。
「表情硬いわよ! もっと笑って! 包丁は左手、右手は人差し指以外握って口元! ちょっと痛そうな顔しながら指を舐めて台詞! 『ちょっと切っちゃった・・・え? 舐めてくれるの・・・うれしい』はいっ! スタート!」
「ちょっと切っちゃった・・・え? 舐めてくれるの・・・そこ! 笑うな!」
 がぁっと叫ぶアーチャーに小泉は眉をひそめる。
「ちょっとアーチャーさん。遊びじゃないのよ?」
「わ、わかっている・・・」
 根が真面目なアーチャーにとってその台詞は令呪に近い効果がある。苦々しい思いを抑えてなんとか要求どおりの表情になって撮影を続ける。
「じゃあ次〜、裸にエプロンで―――」
「出来るか!」
 まあ・・・限界はあるようだ。

 

8-8 働けぼくらのさーばんと  (4:はんざいにはきをつけよう!)

PUTTERN:5 ギルガメッシュ

「さって…じゃあ、真打登場だよなあ?」
「…うむ。楽しみにしてようか」
 ランサーとアーチャーは口々にそう言ってギルガメッシュに不気味な笑いを見せた。
 …極めて珍しいことに、息が合っている。
「むう…まあよいが」
 ギルガメッシュは周囲を囲むコスプレ英霊に凄まれて腕ぐみをした。
「小泉。我の分の衣装は何だ?」
「水着です。商業ベースではなく個人注文のグラビアですが」
 間髪入れず返ってきた言葉にギルガメッシュは眉をひそめる。
「個人…?」
「不詳この小泉の個人的な発注にございます。ククク…」
 不気味な笑いに不審な思いをしながらも英雄王は特に気にせず頷いた。
「ふむ…まあ何か不備があれば我の力を見せてやるだけだ」
 ギルガメッシュ。油断王の名を欲しいがままにする女。
「では、行ってらっしゃいませぇ〜」
「不気味に語尾を延ばすな」
 くけけけけと笑う小泉に顔をしかめながらギルガメッシュは更衣室に姿を消し、しばらくしてパーカーを羽織って帰ってきた。
「…水着、だな。普通の」
「何か細工がある風でもない」
 白い無地のワンピースを眺めてランサーとアーチャーは顔を見合わせる。小泉はあからさまに不気味な顔でペコペコと頭を下げる。
「・・・それはもう、この小泉がギルガメッシュ様のお美しい御尊影を頂きたいというだけですので」
「ふ、ふむ・・・まあそういうことであるならば許可せんでもないがな。ふふふふふ・・・」
 閣下はお世辞にも弱いようである。
「で、では、向こうへどうぞ・・・ハァハァ」
「ほう、おまえが撮るのか」
 意気揚揚とカメラの前に立つギルガメッシュと息も荒くそれを見送る小泉の姿にランサーは眉をひそめた。
「おかしい。なんか臭うぜ。別にあいつがどうなってもオレにゃあどうでもよさげだけど」
「・・・そうだな。だが奴が暴れだすと面倒なことになるのは自明だ。業務用のカメラというのは嫌というほど高価だぞ?」
 アーチャーの言葉に二人は頷き合って動き出した。ランサーはいざというときのためにギルガメッシュの近くへ、アーチャー自身はカメラの準備をしている小泉のもとへ向かう。
「・・・随分と大型のカメラだな」
「!? え、ええ。業務用ですから。ホホホホ・・・」
 固い笑い声を上げながらさりげなくカメラが視界に入らないように移動する小泉にアーチャーは再度声をかけてみた。
「少し見せてもらえないか?機械には少々興味がある。先程まで使っていたものと違うように思えるのでな」
「にぇ!? そ、それはちょっと遠慮してもらえますかしら?ほ、ほら今から撮影だから素人さんお断りってことで。にょほ、にょほほほほほ・・・」 
 怪しい。限りなく怪しい。あからさまに動揺する姿にアーチャーは軽く目を細めて視線を小泉から外し・・・
「ギルガメッシュ。何故おまえは水着を脱いでいるのだ」
 ボソリとそう、言い放った。
 途端。
「クケェエエエエエエエエッ!」
 小泉は奇声を上げながら走り出した。血走った目で着ていた物を脱ぎ去ってギルガメッシュに飛び掛り―――
「アレ・・・?」
 その場につんのめるようにして立ち止まった。視線の先には、きょとんとした顔でこちらを見つめるギルガメッシュ。
 水着は、ちゃんと着ている。
「さて」
 アーチャーは事も無げに呟いてその隙にカメラに触れることに成功した。
「同調、開始(トレースオン)」
 魔術回路を起動して呪文を唱えるとカメラの構造が瞬時に脳内で再現される。衛宮士郎であったころから機械いじりには造形が深い。一瞬で目の前の物体がなんなのかは理解できた。…理解できただけに、頭が痛い。
「赤外線カメラとは・・・」
「あン? なんだ、結局カメラだったのか?それ」
 拍子抜けしたようにランサーが呟いた言葉にイスカンダルはYeah!と拳を突き上げた。
「説明するんだねっ!赤外線カメラっていうのは、物体の放つ赤外線の量に応じて陰影をつけるカメラのことなんだねっ。光がないところでも被写体に温度分布があればそれに応じて濃淡がつくんで暗闇でも形が判るんだよっ!」
 イスカンダルの説明にギルガメッシュは不審げに首をかしげた。
「照明もあると言うに、何故そのようなものを使うのだ?小泉」
「ぅえ!? あ、いえ、その、ちょっと芸術魂が刺激されたかナーなんてオホホホホ・・・」
 動揺し、さっき脱ぎ捨てた衣服をそそくさと身につける小泉にアーチャーは冷たい視線を向ける。
「・・・赤外線カメラの用途はおおまかにわけて2種類だ。真っ当な使い方は暗所での撮影。監視カメラに使ったり光を嫌う夜行動物等を撮影する。そして―――」
「そしてっ!もう一つの使い方は盗撮なんだねっ!水着は平坦だけど温度が均一な一枚素材っ!細かい原理をすっ飛ばして回答すると、中身が写っちゃうんだねっ!」
「なぬ!?」
 ギルガメッシュは愕然と目を見開いてパーカーに飛びついた。それを胸元にかき抱くと激怒の表情で小泉を睨む。羞恥と怒りがあい混じり、なんだか涙まで出てきた。
「き、貴様はぁああああああああっ!」
「ひぃっ!? お、お許しをぉおおっ!」
 今まさにガタブルといった様子の小泉を眺め、アーチャーは呆れ顔で解説を続ける。
「無論、どんな水着でも透けるというわけでもないし光量や気温等のコンディションにも成果は左右される。だが今回は着ている水着も照明も全て奴のコントロール下だ。結果は安易に予想できるな」
「ち、違うんですギルガメッシュさんっ!これは・・・その・・・」
「これは、なんだというのだ・・・?」
 全身ガタガタ震わせている小泉にギルガメシュもプルプルと拳を震わせて問う。
「これは・・・出来心?」
「聞いてどうする」
 アーチャーのそっけないつっこみを聞き流し、ギルガメッシュはにっこり微笑んだ。
「拷問でもするか」
「ああ・・・それも素敵・・・」
 固い声で宣告したギルガメッシュの一言に小泉は身もだえしてその場に崩れ落ちる。
「うわ、こいつほんまもんのマゾかよ・・・」
「これは、痛めつければ痛めつけるほど喜ぶのではないですか?」
 ランサーの呟きにライダーもうんうんと同意する。なんとなくだが、全員小泉から一歩遠ざかった。
「と、ともかくだ! この我に対しそのような不埒な詐術を働こうとしたという罪悪、死罪でも生ぬるい。生きて未来永劫悶え苦しむか!小泉!」
 気を取り直して一括したギルガメッシュは小泉を睨みつけ・・・
「ちょっと待ってほしいんだねっ!」
 その視線を、今は王子様姿な制服王が遮った。大きく手を広げて小泉とギルガメッシュの間に立つ。
「…なんのつもりだ?貴様も一緒に針串刺しの刑にでもなるか!」
「それはブラボーだけど話を聞いてほしいんだねっ!」
「イスカンダルさん凛々しい…私、浮気してしまいそうです…」
 感極まった表情でこちらを見つめる小泉にイスカンダルはにっこりと微笑んだ。
「おことわりなんだねっ!」
 案外、はっきりと物を言う娘なんだねっ。
「嗚呼…やっぱり私にはギルガメッシュ様だけ…」
「やめろ。もう一度言うぞ、消えろ」
「もう一度になってないぞ」
 アーチャーは本気でどうでもよさそうな顔でつっこみを入れ、イスカンダルに目を向ける。
「それで…結局なにが言いたいのだおまえは」
「うん、ボクが言いたいのはねっ!」
 ずびしっと赤外線カメラを指差してイスカンダルは吼えた。
「撮るだけ撮って大家さんにあげたら喜んでくれるんじゃないかなっ!」
「それだ!」
「どれだ阿呆!」
 コンマ単位の間も空けず指を鳴らして叫んだランサーにアーチャーは閃光のようなつっこみを叩き込む。共に速度は既に紫電。まさしく英霊にしか為し得ぬ神速であった。
「これが…サーヴァントの戦い…ってとこかなっ!」
「黙れ色ボケ王…我の…我の裸体を衛宮にみせ、み、見せるだと!?」
 ギルガメッシュはごぉっと叫び、何を想像したのか耳まで真っ赤になって黙り込み。
「うれしいのか?」
「そ、そんなわけなかろうがッ!万死に値するぞ!」
 ニヤニヤしながらランサーが突っつくとふんっとそっぽを向いてしまった。
「やれやれ、素直じゃないねぇ。っと、そういえば小泉よぉ。こいつの透け透け写真とって何がしたかったんだ…って愚問か、ナニがしたかったんだよな?」
「そんなあけすけな」
 ストレートすぎる台詞にライダーは顔をしかめて首を振る。が。
「ええ。独り身の夜は寂しくて…」
 小泉はあっさりとうなづいて身悶え始めた。ギルガメッシュは何でこんな奴と知り合いになってしまったのだろうとため息をつく。
「ともかく…長い付き合いだ。今すぐ悔い改めれば許してやらんでもない」
「をお!ギルっちが寛大なことを言ってるよっ!10年前なら考えられない台詞だねっ!」
「すっかりあいつも衛宮色ってわけだな、アーチャーくん?」
 喉元をくすぐるようなランサーの声にアーチャーは舌打ちを一つしてそっぽを向く。
「…ただの、堕落にすぎん」
 その口調が子供がすねるようなものであったことにランサーは一人笑い、思い出したように肩をすくめた。
「しかし、結局ギルだけ恥ずかしい写真無しかよ。つまんねぇ」
「ふっ、当然だ。我を誰だと思うておる」
 ここぞとばかりに胸を張って勝ち誇る水着姿の英雄王を見ながらイスカンダルはランサーの耳元に口を寄せた。
「ところで、更衣室に仕掛けといたカメラ、どうしよっか?ボク達が着替えるときに置いといたやつっ」
 ふむとランサーは重々しく頷く。彼女達の後に着替えたのはセイバー、アーチャー、ギルガメッシュ。前二人は昨日のプールではワンピースタイプの水着を着ていた筈。
「お土産だな」
「お土産だねっ!」
 

 …盗撮は犯罪です。


8-9 働いたよぼくらのさーばんと

 そして、舞台は衛宮家居間へ移り。
「「あ、アルバイトぉっ!?」」
 食卓についたサーヴァント達の言葉に士郎と凛は異口同音にそう叫んだ。
「ゆ、夕方まで姿が見えないと思ったら…」
「うむ。我らとて金を使うばかりではないということだ」
 ギルガメッシュは誇らしげに笑い、分厚い封筒を凛の前に放り出す。
「……」
 凛は無言でその封筒を手に取り二度、三度と手のひらの上で裏返した。
「ろ、六十二万円ッ!」
「重さだけで判断したよっ!」
 凄いねっ!とブイサインを出すイスカンダルに士郎はふぅむと首をかしげる。
「でも、それはみんなが稼いだんだろう?みんなで使ったほうがいいんじゃないか?俺、みんなにお小遣いもあげられてないし…」
「待て少年。オレ達はおまえに世話にはなってるけどよ、別におまえのガキってわけじゃねぇんだぞ?」
 少しむっとした様子のランサーに凛はそうねと頷いて見せた。
「士郎、素直に受け取っとけばいいのよ。あんたにって言ってるんだから。どうしても気になるなら等価交換で還元すればいいでしょ?」
「等価交換?」
 きょとんとして聞き返す士郎に凛はウィンクを返して立ち上がった。


「つまり、こういうことよ」
 数十分後、士郎達は一軒の店の前に立っていた。
「焼肉屋…?」
 その店の名は『大新都』。焼肉・大新都が正式名称である。
「つまり、一番労力がかかる夕食を外で済ませることで先輩にかかる負担を減らそうっていうことですか?姉さん」
「そ。みんながおなかいっぱいになるまで食べたってさすがに残るだろうからそれを家計として取り込めば『みんなのお金に』っていう命題と『士郎にプレゼント』って命題を同時に果たせるでしょ?」
 指をぴんっと立てて微笑む凛に士郎は苦笑をもらした。
「それはわかったし納得したけど…なんで焼肉なんだ?」
「う…」
 途端、凛の表情がばつの悪いものに変わる。
「それは…ここって安いし、セイバーが暴れださない程度にはおいしいし…」
 ちらりと士郎の顔を伺い、そのままボソボソと続ける。
「焼肉屋って一人じゃいけないし…桜は藤村先生が部活の打ち上げで連れてってくれたって言ってたけどわたしはそういうわけにもいかないし…」
 美綴とか蒔寺とかなら気にしないかもしれないが、一応優等生を演じている手前イメージというものもあるのだ。
「じゃあ、焼肉食べに来るのって初めてなのか?遠坂」
「優しくしてやれよ、少年」
 混ぜっ返すランサーをひと睨みして凛はむーっと士郎に向き直る。
「ともかく、文句がないならここにするわよ?いい?」
「ああ。文句なんてないよ」
「焼肉食う二人は深い仲って格言もあるしな、少年」
「それは格言ではないがな」
 ランサーとアーチャーのお約束なやりとりを聞きながら士郎達は焼肉屋の中へ入った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「えっと、12、13…15人なんですけど大丈夫ですか?」
 士郎の言葉に店員は少し驚いた表情をして背後に目を向ける。厨房に続いていると思われる通路に立っていた眼鏡が純朴そうな青年が店の奥を指差し、もう片方の手の指を二本立てた。
「隣り合った二つのテーブルへのご案内になりますがよろしいでしょうか?」
「この人数だもの。しょうがないわね」
 凛が肩をすくめるのに頷き、士郎は店員に『そこでお願いします』と答える。
「かしこまりました。では、ご案内いたします」


>INSIDE

「団体様入りました〜!15名様です!」
「…ふん」
 厨房に響いた良く通る声を耳にし、隅の方に椅子を置いて座り込んでいたその男は興味なさそうに鼻を鳴らした。
 男はこの店のオーナーであり、本来ならば店の全てに対して責任を持ち指示を出す筈の店長でもあった。名を、黒鉄十蔵(クロガネ・ジュウゾウ)という。
 かつては料理人としても一流であった彼ではあるが、この数年というものの包丁を握ったことはない。ただ不機嫌そうに厨房の隅に座り込むだけの生活だ。
「店長、本日分の在庫に不足が出ると思われますが倉庫のものを今のうちに解凍してもよろしいでしょうか?」
 声に十蔵は顔を上げた。目の前に立っていたのは黒縁の眼鏡をかけた純朴そうな青年。今年28歳になるその男は青山直也。この店の副店長の肩書きを持つ。
「…好きにしろ」
「ありがとうございます」
 にっこりと笑って青山は厨房の料理人達に指示を出し始めた。開店以来、十蔵は全ての仕事を青山に押し付けている。もはや店員達にとって彼の存在は無いに等しく、むしろ害悪とすら思われていた。そして、それは十蔵本人の自己評価でもある。
「・・・・・・」
 十蔵は震える手を床に伸ばし、そこに転がしてあった缶ビールを手に取った。プルトップを立てるが早いかプシッと音を立てて開いたそこに口をつけ、一気に喉へと流し込む。
「おい、店長また飲んでるぜ…」
「無視しろ。無視。居ても居なくても青山さんさえ居れば仕事はできるんだから」
 店員達は蔑みの目で十蔵を睨みそれぞれの仕事に戻る。それがこの店の厨房における日常であり。
「店長…」
 ただ一人、青山だけが悲しげな表情であった。


>OUTSIDE

「カルビ10人前ロース10人前ハラミ10人前タン塩10人前ミノ5人前ホルモン5人前レバーが味噌で2、醤油で3人前。ユッケが7つとサンチュが8つ、白菜キムチ4つ、カクテキ2つ、ナムル2つ…ご飯居るのは何人だっけ? …ご飯、Lで5つ。飲み物はビールが5つとウーロン茶のアイス10。とりあえず以上で」
 それでとりあえずかよ!と全身の震えで語りながら店員は端末に注文を打ち込み終えた。信じられないといった表情で復唱し、厨房へ去って行く。
「それにしても手馴れてるわね。よくこういう所来るの?」
 未知のフィールドに足を踏み入れ文字通り借りてきた猫のように大人しくなっている凛に士郎はうんと頷いた。
「バイト先の奴らと時々ね。藤ねえの面倒見なくちゃいけないからそんなに度々でもないけど」
 言いながらテーブルに置いてあった小さなエプロンをかける。相変わらずよく似合っていた。
「肉汁とかが飛ぶからみんなもエプロンかけた方がいいよ。特にギルガメッシュさんとかは服高そうだし」
「うむ。そうだな」
 ギルガメッシュは鷹揚に頷いてエプロンを手に取る。余談では有るがこのメンバー内で焼肉体験者は士郎、桜の他は彼女とイスカンダルだけである。
「アーチャーはやっぱりエプロンが似合うなあ」
「…貴様こそドレスでも着てきたらどうだ?」
 バイト組以外には意味不明のやりとりに首をかしげる士郎にセイバーは興味津々と言った顔で声をかけた。
「シロウ、これはなんですか?」
「ん?それはニンニク。そっちは柚子の削ったやつ。七味に生姜、たれの甘口と辛口…他のも全部、たれの味を変えたい時に入れるんだ」
「成る程…」
 興味深げに一つ一つを小皿にあけて舐め、びっくりした顔になったり幸せそうな顔になったりしているセイバーに激しく癒されながら士郎は店を包む微妙な空気を感じ取っていた。
(なんだろう。この違和感は…夢の残照…破れた理想?なんで赤い丘が思い浮かぶんだ?)


>INSIDE

「青山さんっ!あのお客さん達無茶苦茶です!」
「大丈夫ですよ。もう解凍は始めていますからね」
 真っ青な顔で注文を通す店員の肩を叩いて安心させ、青山は部屋の隅に視線を向けた。
「…あなた。きょうも飲まれるのですか?」
「…うるせぇ」
 そこには数本の空き缶と店長、そして一人の女性が居る。
「今日は大口のお客様もいらっしゃるようですし…」
「知ったことかよ…」
 だらしなく椅子に崩れ落ちたまま十蔵は缶ビールをぐいっとあおり、空になったそれを床に投げ捨てる。
「おい瑞穂…裏からビール持ってきてくれ」
「…はい」
 瑞穂と呼ばれた女は悲しそうに頷き、足元に散らばる缶を拾い集めて歩き出す。
「奥様も大変だよな」
「なんで別れないんだろ?弱みでも握られてんのか?」
「あぁ、ありえるありえる」
 料理人たちの聞こえよがしな陰口に青山は目を伏せ、首を振った。
「口を動かす暇が合ったら手を動かしてください。例のお客様に気をとられて他のお客様をないがしろにしないようにしてください」
「もちろんでさぁ青山さん。ほれ麦ちゃんロース5、カルビ5!」
「タン塩もあがってるよ!」
「は、はいっ!持ってきます!」


>OUTSIDE

「ビールとウーロン茶、タン塩とロース、カルビ、キムチになります」
 広いテーブルに展開された肉の競演にサーヴァント達はおおっと声をあげた。
「火を入れますのでご注意ください」
 肉を持ってきたのとは別の店員がテーブルに空けられた穴に真っ赤に熱された炭を入れ、網を乗っければもはや戦闘準備完了。後は焼いて食べるだけだ。メンバー15人(+ちびせいばー)に対して網は4枚。ほぼ4人で1枚の計算であり、環境に不備はない。
「ふぅん…これが焼肉って奴か…ただの切っただけじゃねぇな。タン塩って奴以外はなんかに漬け込んである」
 ランサーは興味深げに肉を眺めて呟いた。この辺り、さすがは自称『肉をこんがり焼く名人』である。
「じゃあ食べ始めようか。足りなくなったら各自適当に注文して。肉の名前わからなかったら教えるから」
「待て衛宮」
 そう言って箸をとった士郎をギルガメッシュは素早く制止した。
「? …どうしたの? ギルガメッシュさん」
「わかっておらんようだな。皆が揃って食事をとるのだ。衛宮にはやることがあるであろうが」
 士郎はきょとんとした表情で首をかしげる。
「…乾杯?」
「それもありだが…衛宮がいただきますと言わんと何か調子が狂う…それだけだ」
 言ってぷいっとそっぽをむくギルガメッシュに士郎は一瞬戸惑い、やがて小さな笑顔を浮かべた。
「そうだね、ごめん。じゃあみんな、いただきます!」
「いただきます!」
 サーヴァントと魔術師達は一斉に唱和し、それぞれの箸に手を伸ばすのだった。


>INSIDE

「追加!ロース5にハラミ5!イカ3!」
「続いてタンネギ10!トントロ8!」
 フロア店員達の伝えるオーダーに料理人達はさぁっ!と青ざめた。つい先程全てのオーダーを送り出し、一息ついたところだったのだ。
「…追加分の仕込みはどうなってますか?」
 青山は一人冷静な顔で調理場のチーフに声をかけた。
「指示通り、明日の午前分の肉を解凍してまさぁ。すぐにでも下ごしらえには入れますぜ?」
「始めてください。僕の勘ですが、これはとんでもないことになるかもしれません」
「へ、へいっ!」
 指示が浸透するに従い俄かに騒がしくなった厨房の隅に青山は視線を向ける。
「・・・・・・」
 十蔵は視線を缶に落とし、ブツブツと何かをつぶやいていた。瑞穂は視線に気付いて顔をあげ、気遣わしげにこちらを見つめてくる。
「……」
 青山はかるく頷いて踵を返した。目指すは、厨房の外だ。


>OUTSIDE

「だぁああ!アーチャー!そりゃあオレの肉だ!」
「そうか。すまん」
「この…天罰!」
「あぁ!?それ、ハサンのタンシオ…」
 そこは、戦場だった。あまたの英雄が集い共通の武器で公正にその技を競う。たいらげるべき敵は無限に増援が到着し、戦果もまた制限なく大きくなっていく。
 北欧の伝説によれば、戦場で倒れた英雄の魂は戦乙女に連れられて天上へ行き永遠の戦争に従事するという。ひょっとしたらこのテーブルがその戦場なのかもしれない。
「あ…」
 凛は焼きあがるのを待っていた肉をセイバーにかっさらわれて肩を落とした。いかな天才といえども焼肉というジャンルにおいては圧倒的に経験値が足りない。
「これはなかなかですね…」
 一方でセイバーはといえば、雑な料理は嫌いと公言してはばからないながら、この単純にして奥の深い味わいは中々に気に入ったようだ。たれの配合を色々と試してはこくこく頷いたりふるふる首を振ったりしている。
「…姉さん、苦労してるみたいですね」
 桜はぎこちなく肉を焼いている凛を横目にライダーに声をかけた。万能無敵な姉にも苦手なものがあるとわかってちょっとだけ微笑ましい気分になる。
だが。
「だめですサクラ。そこで油断をするから足元をすくわれるのです」
 ライダーはキムチをつまみながら首を振った。ちなみにギルガメッシュに借りた魔眼殺しは今も着用中だ。
「ほら、遠坂。そっちの肉もう焼けてるぞ」
「え? …あ、ほんとだ。これ、なんだっけ」
「それはハラミ。ロースとカルビの中間みたいな感じかな」
 暴食を続けるサーヴァント達の中、肩を寄せ合い肉を焼く二人の周囲にだけ別の空気が流れている。
「・・・・・・」
 ベキリ、と割り箸が砕ける音にライダーはため息をつき、荷物の中から桜愛用の金属箸を取り出した。
「桜、これを」
「…ありがとう」
 桜は憮然とした表情でそれを受け取り、猛然と肉を喰らい始めた。やるせない思いが胸に開けた穴を食べ物で埋めるための切ない暴食、いわゆるやけ食いである。
「店員さん、追加注文お願いします!」
「あ、こっちも」
「皆、野菜も食うがよい」
 勢いよく振り上げられた手と共に皆口々に叫ぶ。その光景はファーストガ○ダムのオープニングのようだ。
「は、はい!?」
 あまりの勢いと注文ペースにウェイトレスは戸惑いの声をあげ―――
「ああ、いいですよ。僕が行きますから」
 背後から優しく肩を叩かれて動きを止めた。
「ふ、副店長…」
「君は空いたお皿を下げてください。厨房の方で足りなくなってきているんです」
 指示にこくりと頷くウェイトレスに微笑み、黒縁メガネの男は滑らかな歩みで士郎達のテーブルにやって来る。
「お待たせいたしました。ご注文をどうぞ」
「ニンニクオイル焼き」
「レバー」
「ネギカルビ」
「タン塩」
「サンチュを2…いや3つ追加だ」
「テールスープ」
 雑多に、そして口早に繰り出される注文を男は素早く手元の端末に打ち込んでいった。ブラインドタッチ―――手では注文を受けながら、その目は食べ続ける少女達を鋭さの見える視線で注視している。
「以上でよろしいでしょうか?では、失礼いたします」
 一瞬の遅延もなく注文を復唱し去っていった眼鏡の男の背に、ランサーは顔をしかめて鋭い視線を送った。
「あの男、なんか探ってやがったな…」
「別に探られてまずいようなこともないけどねっ!」


>INSIDE

「8番と9番のテーブル、そろそろ炭変えの用意をお願いします」
 手近に居たウェイトレス達にそう声をかけて青山は厨房に戻った。常にない真剣な表情で隅の方へ…だらしなく酒を飲む十蔵の元へ向かう。
「…店長」
「あん?」
 顔をあげ、ぼんやりとこちらを見上げるその顔に青山は大きく息を吸い、吐き出した。心を落ち着けて言葉を搾り出す。
「店長…いえ、十蔵先生。彼女達は、本物です」
 本物。その短い台詞に十蔵の目に一瞬だけ光が戻り、また酒の濁りに淀んでいく。
「…はっ。本物、本物ね…そんな奴ら居ねぇんだよ。俺が何年待ったと思う?てめぇを拾ってから一度だけ…俺が流し板だった数年前の二人だけだ…」
「先生の仰っていた最強の客…ただ量を食べるのでもなく、ただ美味しく食べるのでもない。限りない許容量と美食に対する執着を兼ね備えた者たちだとか。僕には、彼女達こそそうだと、見えました」
 真摯な瞳で見下ろしてくる青山に十蔵はへっと口の端を歪めて笑った。視線をはずし、足元の缶ビールに目を落とす。
「―――お前も飲むか?」
 へらりと笑って顔をあげた十蔵に、青山は無言で拳を振り下ろした。
 ガッ!…という鈍い音が厨房に響き、しんと静寂が周囲を満たす。床に崩れ落ちた十蔵を瑞穂が慌てて助け起こすのを見据えながら青山は静かに言葉を紡いだ。
「僕を信じてください。先生…もしも僕の勘違いならば、この指全て切り落としても構わないと、僕は思っています」
「おまえ…」
十蔵は呆然と呟き、ふらりと立ち上がった。
「先生…!」
「勘違いすんな。便所だ…」
 目を輝かせる青山を押しのけて十蔵は歩き出した。その後を瑞穂が追う。
(そんな客…居る筈がねぇ。こんな時代に…)
 言葉にならない呟きを漏らし、時に壁にぶつかりながら十蔵はフロアに出た。実に2年ぶりになるそこに…
「な…」
 それは、居た。
「あぁくそっ!オレのカルビがねぇ!」
「そこの豚トロ焦げておるぞ。誰だ」
「ほら、遠坂。ユッケ」
「! …先輩!サンチュでカルビ巻きました!どうぞ!」
「っておまえか桜!」
 楽しげに、奪い合うように肉をむさぼる娘達。皿は置かれる度に空になり、直ぐに次の注文が飛ぶ。
 そして。
「オイシイ」
「お肉〜」
「ふふ、お口の周りが汚れてますよ?」
「! …こ、これは…素晴らしい…」
 見よ。あの表情を。15人もの集団ながら、誰もがその表情を輝かせ、肉が焼けるというその単純にして明快な結論を待ちわびている。
「・・・・・・」
 呆然とそれを見つめていた十蔵はくるりと踵を返した。
「あなた?」
「便所だ」
 目で問うてくる妻にそっけなく答え、客用のトイレのドアを叩き開ける。唐突に乱入してきたコック服の男に戸惑う一般客には目も向けず、洗面台の前に立った。
「・・・・・・」
 そこに居るのは、人生に疲れた一人の敗北者。酒に逃げ、仕事もせずに日々を過ごしてきた負け犬一匹。
 それを見据え、十蔵は大きく開けた口の中へと力一杯人差し指を突き込む…!
「店長!?」
「大丈夫だよ麦野さん」
 様子を見にきたらしいウェイトレスと腹心の部下の声を耳に、十蔵は喉に込み上げてきたものを洗面台にぶちまけた。
「きゃぁあっ!」
 背後で悲鳴が上がる。ぶちまけたのは僅かな嘔吐物と大量の酒、そして喉を強く突きすぎた故の血が少し。
「へっ、気付けには丁度いいぜ…」
 十蔵は呟き、水道を捻った。顔にばしゃりと水を浴びせ、もう一度鏡を睨む。
 そこにはもう、負け犬の姿はなかった。ギラギラとした瞳で睨み返す飢狼が、そこに居る。
「あなた、お水です」
「む…」
 振り返ると、ミネラルウォーターの500ミリ入りペットボトルを手に、瑞穂が立っていた。その瞳に浮かぶ涙に眼を伏せるが、それも一瞬。
「貰うぜ」
 十蔵はペットボトルを受け取った。蓋を開けるのももどかしくその飲み口を噛み千切り、それを吐き出すが早いか喉の奥へ清浄なな水を流し込む。ごくり、ごくりと喉が鳴る度に頭の中に張られていた酔いという蜘蛛の巣が消え去っていくのが感じられた。
「・・・ッ、しゃああっ!」
 飲み終わったペットボトルを床に叩きつけて十蔵は叫んだ。血が、肉が燃え滾るのを感じる。刃を握れ。立ち向かえ。敵はそこに居ると心が叫ぶ。
「行くぜ、ナオ坊…ついてこい!」
「! …はい! 先生!」


>OUTSIDE

「あん?」
 ランサーは叫び声を耳にして顔を上げた。
「どうかしましたか?ランサーさん」
 しかし士郎に問われ、肩をすくめる。
「いや、なんかトイレで叫んでる奴がいたような気がしただけだ」
「ふん、大方酔っ払いでもいたのだろう…待てギルガメッシュ。そのレバー、まだ生だ」
「…こまかいのう。おぬし」
 アーチャーの制止にギルガメッシュはふぅと息をついた。
 何を今更。


>INSIDE

「あっ!青山さん!どこ行ってたんですか!注文が早すぎて下ごしらえが間に合いませんよ!お客さんに待って貰うように言わないと…」
 厨房に戻ってきた人影に調理師の一人が声をかけ、その途中で言葉を止めた。
「店…長…?」
「どいてろ」
 十蔵はその男を押しのけ、テーブルの上に据えられた一抱えもある機械を睨む。
 それは全自動スライサー。肉を突っ込むだけで均一に、早く切り分けてくれる『便利な道具』。1年前、調理師達の要望のままに導入を許可した機械。
 それへと。
「ぅらぁあああああああっ!」
 ドゴンッ!と音を立てて十蔵の拳が叩き込まれた。
「て、店長!なにしてるんですか!」
「こんなもん、邪魔だぁああっ!」
 続けざまに叩き込まれた鉄拳にステンレス製の外装が弾け飛び、内部構造がぐしゃりぐしゃりと潰れ、千切れ、断線していく。
「っしゃああっ!」
 とどめにハイキック一閃。サンダル履きの足に薙ぎ払われて、市場価格49万円は床に叩きつけられた。バチッと火花をあげたそれは、数秒の間をおいてチロチロと炎を吹き始める。
「ぅわああああっ!?」
「消火器!消火器持って来いッ!」
 調理師達が右往左往する中、十蔵は近くにあったまな板と包丁を掴んだ。人間の胴回りほどもある太さの肉塊をまな板に載せてフードプロセッサーをどけた場所に置き、軽く息を吸い込む。
「何やってんですか店長!その大きさは包丁じゃあ」
「黙ってろ。餓鬼共」
 制止の声をあげた調理師を止めたのは厨房チーフだった。青山を除けば一番の古株である男が、微笑と共にその背中を見守っている。
「おまえ達は知らんのだな。あの人が何者か…」
 その声すら意識から締め出し、静かに十蔵は包丁を握った。彼の目から見ればなまくらで、研ぎも甘いしろものだ。だが、肩ならしには十分だろう。
「……」

 そして無言のまま、白刃が疾った。

「え…」
 その呟きは、調理師達全員の気持ちを代弁していただろう。
 刃が肉に達するまでは見えていた。だが、呼吸一つ挟まぬうちに包丁は肉の反対側に姿を現し、そして。
 ぱかり…と真っ二つに斬り分けられ、綺麗な断面を見せていたのだから。
「何を愚図愚図してやがるんだてめぇらッ!さっさとつけだれを持って来い!」 
十蔵は叫びざま二つに分けられた肉塊を左手で置きなおし、右手の包丁を当てる。やはり斬る間すら見せずに肉は切り分けられ、それを更に掴みもう一閃。一瞬も止まらぬその動きは斬るごとにスピードを増し、一分と経たないうちにまな板の上には完璧に切り分けられたスライス肉が完成していた。
「次ッ!」
 漬け汁にその肉を叩き込み、開いた左手で激しく、しかし繊細に揉みしだきながら十蔵は叫んだ。間髪入れずに青山がまな板に置いた新たな肉塊が閃光と共に真っ二つになる。
「…その目は調理台の全てを見渡し、その手は幾本もあるが如く肉を切り裂く。八面六臂とも見紛うその包丁技故に、先生はかつてこう呼ばれていたのです」
 呆然と立ち尽くす調理師達に向けて、青山は誇らしげにその名を告げた。
「鬼神…『阿修羅の十蔵』と!」
 つっこみたいがつっこめる迫力じゃない。そんな微妙な空気に調理師達はゴクリと唾を飲み下し、青山の言動を見守る。
「さあ、ここからスタートです!各種漬けタレと薬味を先生の周りに!1メートル以内ならどこでも構いません!チーフ、肉を冷凍庫から出してください。全部です!この際出し惜しみの必要はありません…店長、他のお客様は?」
「…叩き出せ」
「了解しました」
 人知の及ばぬスピードでひたすら肉を斬り分けながら呟かれた言葉に青山は事も無げに頷く。
「入口閉鎖!店内のお客様には無料券でも渡して帰ってもらいなさい!目標はあの15人のみです!」
「く、狂ってる…」
 誰かが呟いた言葉に十蔵は一瞬だけ手を止め、ニヤリと野性味溢れる笑みを浮かべた。
「気付くのが遅ぇ」
 そして、漢は肉を斬る。


>OUTSIDE

「なんか、変だねっ!」
 イスカンダルは周囲を見渡して首をかしげた。店に来た際にはそこそこの入りだった筈の店内は今や彼女達を除けば誰も客がいない。
「はんはひははひは、ひひふふほほほほほひゃへえひゃほ」
「…飲み込め。まずはそれからだ」
 口の中に肉を詰め込んだまま喋るランサーにアーチャーは眉をしかめる。
「なんかしらねえいけど、べつにきにするほどじゃねぇだろ?」
「言い直さんでいい」
 そっけない口調でアーチャーが答えたときだった。
「…おまたせいたしました。追加の上カルビと上ロース、10人前ずつです」
 柔らかな声と共に机の上に大量の肉が追加された。
「む? 誰が注文したのだ?」
 既に誰も把握できていない注文状況をよそにギルガメッシュは早速新しい肉を焼いて口に運び…
「こ、これは!?」
 思わず箸を取り落とした。
「どうしました?ギルガメ―――」
「ん? 何があったのかなっ? ってこれっ…」
「なに…馬鹿な…」
 次いでセイバーが、そして他のサーヴァント達も次々に絶句する。
「う、美味い。これまでの肉が子供だましだ…」
 そして、最後に士郎がそう呟いたのを合図にばっと全員が顔を上げる。肉を置いたまま立ち去らず、仁王立ちになっていたその男の方へと。
「…やはり、お気づきになりましたか」
 眼鏡の男は静かに微笑み、こちらを見つめる30(+2)の瞳をゆっくりと見渡した。
「誠に勝手ながらこれから先はお客様側からの注文をお断りさせて頂きます。我々が選んで出したものをあなた方が食べる。そういうシステムに変更です」
「ちょっと待ちなさいよ!そんなのにはいそうですかって従うとでも思ってるの?」
 凛の厳しい声に男は静かな笑みを浮かべる。
「ええ。あなた方はもう、このテーブルを立てません。今の肉を食べて、未だ腹の満たされていないあなた方が帰ることができますか?」
「っ…てめぇ」
 ランサーは唸り声をあげた。確かにさっきの肉は脳が殴り飛ばされたような美味であった。あれっきりというのは切な過ぎる。
「だからって、高級な肉ばかりもってこられても困る。だいたい何のためにそんなことするんです」
 士郎の問いに、男は眼鏡を外した。ポケットから取り出したハンカチでレンズを拭きながら静かに口を開く。
「これは、戦争なのですよ。お客様。当店の調理速度とお客様の食事速度を競う戦争です。いわばフードファイトですね。お客様方がテーブルを空にすればお客様の勝ち。お代はいりません。逆にテーブルにも網にも肉が置けなくなれば我々の勝ちです」
「…あんたらが勝ったらどうなるんだ?」
 ランサーの挑発的な声に男は真剣な顔で首を振る。
「食べた分のお代はいただきますが、他には何も」
「ずいぶんと気前がいいわね。商売の基本は『こちらに得をさせようとするものは疑え』なんだけど?」
 凛はそう言ってキムチをはさんだ箸を男に突きつける。
「なにか他の目的があるのはまるっとお見通しよ!」
「トリッ○かよ…」
「お見通し、ですか」
 凛の視線を正面から受け止め、男はバッと両手を広げた。
「そう! 目的はあります! それは…貴女方に屈辱を与えること!」
「く、屈辱ですか?」
 あまりに唐突な台詞に戸惑う桜に男はビシッ!と指を突きつけた。
「…ザッツ、ライッ(正解)」
「…こいつも変態か」
 ぐったりとアーチャーがつぶやくのに構わず男は眼鏡を輝かせる。
「貴女方は思っている筈。我が腹、いまだ満腹を知らずと。つい昨日、一軒のバイキング料理屋をほぼ壊滅にまで追い込んだように!」
「もう知られてるっ!高度情報化社会だねっ!」
 イスカンダルの相槌にその通りと頷き話は続く。
「しかし、全ての料理屋がそれに屈するわけではありません。我々は料理屋の誇りに賭けて…満腹にしてみせる! 貴女方全員を! 完膚なきまでにィィッ!」
 ビシッとポーズを決める背後でウェイトレス達が『ああいうキャラクターの人でしたっけ』とか『店長復活の喜びで配線が切れちゃったのかも』等と囁きあうのも更に無視。
「さて、決断してもらいましょう。Eat or Die!?」
「いや、その選択は何か意味があるのか?」
 アーチャーはつっこみながらテーブルについた他のメンバーを眺め…深く深くため息をついた。
「おもしろい。このギルガメッシュに戦いを挑むとは…身の程を知れ!雑種!」
「全力をつくして戦うのはオレのライフワークなんでな。どんな勝負だろうが構わないぜ?」
「くすくす」
「ごーごー!」
「どうでもよいのですが、おなかがすいてきました」
 みんな、乗り気だ。とても乗り気だ。
「…どう?士郎。例によって致命的な馬鹿が向こうからマイムマイムを踊りながら突っ込んできてる感じだけど」
 肩をすくめて凛は問い掛ける。その目が楽しげに細められているのを見て士郎はうんと頷いた。
「せっかくだ。挑戦してみよう」
 一度言葉を区切り、眼鏡の男を正面から見据える。
「行くぞ焼肉屋…肉の貯蔵は十分か?」
 聖肉戦争、ここに開幕―――


>INSIDE

「奴ら受けました! 正気じゃねぇ!」
 外の様子を伺っていた調理師の報告に十蔵はカッ!と目を見開いた。
「そうだ。それでいい…この俺のギラギラした想い…存分に受け取れぇええええええっ!」
 叫びざま掴んだのはまな板に突き刺していた二本の包丁。
「な…二刀流!?」
「そうりゃああああっ!」
 肉塊に左の包丁を突き刺し引き寄せれば重さ10キロを越えるそれは軽々と宙に舞う。次いで閃くは右の包丁、一瞬の静寂の後、まな板のうえには七つに切り分けられた肉が降ってきた。
「タレ!塩と胡椒の追加!倉庫にある奴根こそぎ持って来い!」
「は、はい!店長!」
 鬼気迫る形相に調理師達はバタバタと走り出した。にわかに厨房が慌しくなる。
「あの悪夢を俺は忘れていねぇ…今こそ、復讐の時!」


>OUTSIDE

「うぉ!? キタキタキタ!物凄ぇいきおいでキター!?」
 やけっぱちのようなスピードで運ばれてくる肉の行列にランサーは思わずのけぞった。
「あらあら…まずいですね。食べるのはともかく焼くのが追いつきません」
 佐々木は呟いて網の下を見つめる。炭火はおいしいのだが火力アップが困難なのだ。
「…なら、オレの出番だな」
 ランサーは呟き、キャスターを手招きした。
「もご、なに?もご」
 ミノを噛み切れずゴモゴモしているキャスターが近づけてきた顔に口を寄せる。
「ちょいと眼くらましをしてくれ。10秒くらい店員がこっち見えなきゃいい」
「? …よくわかんないけどわかったよ」
 キャスターはきょとんとした顔で頷き、肌身離さず持ち歩いているバックを漁り、卵状の物体を取り出した。
「なんだそりゃ?」
「あ、こっち見ちゃ駄目なんだもん」
 言われランサーが下を向いたのを確認してキャスターはぽんっとその卵を投げ上げた。そして。
「∧」
 単音節の呪文と共に閃光がフロアの全てを白く染め上げた!瞬間、騒然としていた一同がピタリと沈黙する。
「うおぁ!派手すぎるだろこれ!?」
「大丈夫、洗脳用の催眠フラッシュだから13秒間は全員記憶喪失だもん。ほら、何かするなら早く!」
 ランサーはキャスターの言葉にうむっと頷き割り箸を掴んだ。さっと身を乗り出し、テーブル上、四箇所に設けられた網の隙間に突っ込み、炭に素早く何かを書き込んでいく。
「ジャスト13秒!」
 キャスターの声と共にランサーはもとの位置に戻った。同時に周囲に喧騒が戻る。
「いいか?今、炭に『火のルーン』を刻んだ。焼けるスピードがえらいことになってるから気をつけろ」
「こんなことに魔術を使うな…」
 アーチャーは半ば諦めの境地で肉の山を崩しにかかった。
 先は、長そうだ。

>INSIDE

「駄目です! 進行速度落ちませんッ!」
「ぜ、全滅? 12人前のロースが全滅? 3分もたたずにか!?」.
 慌しく交わされる報告を耳に、十蔵は知らず舌打ちをしていた。
「くそ…おい! 骨付きカルビを持って来い!」
「!? 店長! 無謀ですぜ! 骨をバラスにゃあその包丁じゃあ…」
 気遣わしげに口を挟んだ厨房チーフにジロリと十蔵は視線を向ける。
「そんなことはオレが一番わかってる! それでも…やるしかねぇだろうが! できるかどうかじゃない! やるんだ!」
「…店長」
 チーフはぐっと奥歯を噛み締め、天井へと突き上げた右腕を大きく前後に揺らした。
「骨付きカルビだ! 16-Bを出せ。すぐにだ! 3分以上かかったらその役立たずな■■■を引っこ抜くぞ!」
「へ、へい! チーフ!」
 響き渡った怒声に解凍担当の調理師は内股になって肉を探す。1分が経過。
「あ、あった! これ頼む!」
「任せとけ!」
 近くに居た調理師達が二人がかりでそれを担ぎ上げて二分。
「どけどけどけぇえええっ!」
「邪魔したらおまえらも道連れだぁああっ!」
 絶叫と共に駆けて来た男達―――今はまだ、男―――は投げ出すようにして店長の前に骨付きカルビの塊を投げ出した。経過時間は…
「2分52秒」
 チーフはじろりと二人を睨み、そう呟いた。
「ふぅ…」
「やったぜ…」
 途端調理師達は安堵の表情になった。が。
「馬鹿者!肉を投げる奴があるか!もっと丁寧に扱わんかこの○○○野郎どもが!」
 チーフは叫びざま二人の股間を激しく握り締めた。
「ぎゃあああああ!?」
「ぺきぽぱっ!?」
 男として生まれた以上堪える事の叶わぬその痛みにふたりは悶絶し、その場に崩れ落ちる。チーフはふんっと鼻息も荒く他の調理師達を睥睨した。
「今回はねじ切るまではいかなかったが…次は、わかっとるな!?」
「へ、へい! チーフ!」
 声を揃えて絶叫する部下達に頷き、チーフは十蔵の方に向き直る。
「…どうです、店長」
「…わからん。少し離れてろ」
 チーフは頷き、素直に数歩その場から後ずさる。今だ悶絶している調理師達も仲間に引きずられて離脱したのを確認してから十蔵はひゅっ…と息を吸い。
「だぁああっ!」
 気合の声と共に包丁を骨へと叩き込んだ。
 刹那。
「!?」
 キィイインツ!という鋭い音が周囲に響き渡った。反射的に身をそらした十蔵の頬が薄く裂けて血が滴る。
「くそっ…血が出るのはレアと初物だけで十分だ」
「下品ですな、店長」
 チーフのつっこみに複雑な表情で頷いて十蔵は握ったまま包丁を睨んだ。部下から無理矢理取り上げたそれは今や半ばから折れ、刃物としての能力を失っていた。振り返れば刃先の方が柱に突き立っているのが見える。
「くそ…こいつさえ斬れれば戦況は変わる!もう一本持って来い!斬鉄の極みまで突き進んでやる!」
 やけっぱちのように十蔵が叫んだその時だった。
「その必要はありませんよ。先生―――」
 静かな声が、彼を止めた。
「ナオ坊?」
「さ、奥さん」
 厨房に入ってきた瑞穂は青山に促され、大事そうに抱えていた物をそっと十蔵に差し出す。
「あなた、これを…」
 それは、頑丈な革のベルトに収められた6本の包丁。どれも柄には指の形のへこみがつくほど使い込まれ、刃も何度となく研がれて原型よりもかなり小さくなっている。
「俺の…包丁。馬鹿な!これはもう…」
「ええ。このお店を作ったときにあなたが捨てたものです。わたしが…拾って、隠し持っていました。ずっと」
 瑞穂は瞳に涙をためて微笑んだ。誇らしげなその笑顔にこみ上げてくる涙を十蔵は奥歯を噛み締めて堪える。
「すまねえ。おまえは…最高の妻だ」
「あなた…」
 十蔵はベルトを腰に締めた。筋肉が落ちたのか記憶にあるよりもひとつ多く穴を絞って固定する。
「…見てろ、瑞穂」
 手を当てれば、意識するよりも早く柄に手があたった。意識が、研ぎ澄まされていく。
「行くぜ是藤ィィィィッ!」
 それは、誰の目にも見えなかった。咆哮が響いた瞬間にはもう包丁を握った手は高々と掲げられており。
 パキリ、と。
 一瞬遅れ、頑丈な骨のついた肉塊は中央から真っ二つに断たれていた。断面は初めからそうであったかのように綺麗だ。
「や、野郎ども!店長に続けぇええええっ!」
 チーフは絶叫と共に拳を突き上げた。
「ガンホー!ガンホー!ガンホー!」
 調理師達も血走った目で拳を突き上げ、それぞれの作業を再開する。
「斬るぜぇええええ!いくらでも斬ってやる!殺ァアアアアアアアアアッ!」


>OUTSIDE

「やばいぜ。あきらかにペースが落ちてる…」
 ランサーはいらだたしげに呟いた。テーブルの上を見渡すと、未だ空になっていない皿が空きスペースを侵食しつつある。
「これが…難物でな…」
 ギルガメッシュは呻きながらなんとかそれを噛み千切った。ようやく肉から外れたその骨を空き皿に放り込んで憎憎しげに睨む。
 骨付きカルビは、派手さこそないものの確実に彼女達の進行速度を緩めることに成功したのだ―――
「箸では外せないし歯で綺麗に肉を噛み取るのは結構コツがいるんだよな…」
 士郎は呟き、視線を彷徨わせる。特に低年齢組と凛が苦戦しているようだ。ほとんど戦力になっていない。
「あらあら、困りました」
 佐々木はあまり困ったように聞こえない声で呟き、焼きあがった骨付きカルビを小皿に置いた。割り箸を一本だけ右手に持ち…
 シャン、と小皿が鳴った。一瞬遅れて骨の脇1ミリと離れぬ場所が切断される。
「皆様の分もこうできればよいのですけど」
 はぐ、と肉を口に運ぶ佐々木にランサーはニヤリと微笑んだ。
「それだ。いけるぜ佐々木!」
「はい?」
 きょとんと頬に手を当てて首をかしげる佐々木に構わずランサーは隣に座っているアーチャーの耳元に口をよせ。
「ふっ…」
「ぬぁああっ!?」
 とりあえず息を吹きかけてみた。ぞくりと背筋に走った快感にアーチャーは思わず悲鳴を上げる。
「まあ、それはそれとして」
「適当でそんなことをするな!」
 真っ赤な顔で叫ぶアーチャーにまあまあと苦笑してランサーは改めて声を潜める。
「アーチャー、鋏だ。鋏を投影しろ」
「ハサミ…?」
 鍛鉄の英霊は一瞬だけ不審げな顔をしたが。
「…成程。ハサミか」
 すぐに納得の表情で頷いた。
「ああ。前にテレビで韓国特集をやってたときに見たのを思い出した。出来る限りよく切れるのを頼むぜ?」
「基本的に私は武器専門だが…まあいい」
 呟きアーチャーは士郎の方を伺う。凛や士郎、メディアにも呪文を聞かれる訳にはいかない。
「そこんとこはまかせとけ」
 ランサーはそう言って深く息を吸い込み―――
「気合入れていくぞぉおおおおおおおおおおおおっ!」
 大音声で絶叫した。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ」
「…投影開始(トレースオン)」
 アーチャーは気圧されながらもその叫びに紛れて小声で呪文を呟いた。瞬間、右手にずっしりと重みが生まれる。
「いいぞ。ランサー」
「ぉおおっと!ここでハサミだぁっ!」
 叫びのままにランサーはそう締めくくり、アーチャーの手に握られたそれを見つめた。
 確かにそれはハサミだろう。半月状のグリップがついた両刃式ナイフを二本、柄の付け根でネジ止めしたような代物でも、全体の形としてはハサミに違いあるまい。
「よりにもよってまぁ物騒な代物を」
「私は武器専門と言っただろうが」
 アーチャーは憮然とした表情でそう言い置き、そのハサミでもって皿に盛られた骨付きカルビから素早く骨を切り離していく。料理人の端くれとして、骨の側に肉は僅かたりとも残さない。
「…零崎を開始する、とでも言えばいいのか?これは」


>INSIDE

「畜生! あいつらハサミを持ち出しやがった! 見ろこの綺麗な断面…」
 回収されてきた皿に載せられた骨に調理師達は舌打ちした。どの顔にも疲労の色が濃い。
「く…みなさん。感心している場合ではありません。皿洗いを急いでください。手が足りませんよ?」
 青山は苦しげにそう告げ、自らも率先して皿洗いを始めた。視線だけを背後に向ければ、変わらぬスピードで肉を斬り裂いてゆく十蔵の姿がある。だが…
「ちっ…」
 カンと高い音が響いた。それは、十蔵の包丁がまな板を穿った音。
「ふん…ちょいとばかし手元が狂っただけだ」
 瑞穂の心配げな視線を振り払い、再度肉を斬り始める。スピードは落ちない。
「…おまえには言ってなかったな。何故俺が前の店を辞めたかを」
「…え?」
 唐突な言葉に、瑞穂は戸惑いの表情を浮かべた。それは、彼女が何度問うても答えのなかった疑問で。
「俺はな、前の店に雇われていたときにある客に出会ったんだ。そいつは店の大食い記録にとある名前を見つけるが早いか、それを塗り替えるべく死神の如き速さで食べ始めた」
 ありとあらゆる肉が集い、切り分けられ、あるものはたれに、あるものは塩コショウに漬け込まれ、持ち去られる。
「俺は天狗になっていた。自分の技術に…だがそいつは…その恐るべき女はこの俺の慢心を粉々に砕いてくれたのさ。そいつの食べるスピードは俺を追い越し、結局大食い記録更新は無かった。最後の数皿を出す前に時間切れになったからな」
 手が、震えた。それは記憶故か、疲労故か。
「その女は確かに速かった…だが! それ以上に美味そうに食っていたんだ! あれだけの量を…それなのに俺は裏切った! この程度でいいかと、俺よりも速い奴がいないからと慢心したんだ!」
 ずだんっ!と音を立てて包丁が肉を断つ。
「だから俺は店を辞め、自分の城を持った。ここで、あのときのような客が来たら…今度こそ参ったというまで食わしてやると誓って…俺に出来る最速が発揮できる厨房を持った。だが、そんな客は現れず…後はおまえも知っているとおりさ」
「あなた…」
 瑞穂の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「泣くんじゃねぇ!おまえは見ていろ!見ていてくれ…!」
 十蔵は、絶叫とともに包丁を振るう!
「俺の生き様をッ!そして死に様をなぁああああッ!」
「あなたぁあああああああっ!」


>OUTSIDE

 無限に続くかと思われた戦い。だが世に永遠など無い。ここにあるよとどこかで少女が囁いているような気もするが無視。この町と住人に幸あれ。
「ああ、これは駄目ですね」
 ぽつりと呟いたのはライダーだった。その手がピタリと止まる。
「ライダー!? しっかりして!」
「ライダー! 大丈夫か!?」
 桜と士郎の声にライダーはギシギシと頭を動かしかけ。
「お先に…」
 そのままバタンと椅子ごと背後に倒れた。もともと吸血で栄養が補給できるので食事の習慣が無い彼女にしては、よく頑張ったと褒めるべきだろう。

 ライダー、脱落―――

「ら、ライダー」
 呆然と桜は呟いた。何かを求めるがごとく箸を握ったまま天井に突き上げられた腕がもの悲しい。
「よくも…よくもわたしのライダーを!」
「別に…あなたのモノというわけでも…」
 床から聞こえてくる弱々しい声を全力で無視して桜はピッチをあげた。多少生だろうが構わず口の中へ、そして胃へと叩き込む。
「ライダー…」
「落ち込んでる暇は無いわ。士郎」
 凛は冷や汗を拭って士郎の腕を肘で叩いた。こちらを向いた顔に、ゆっくりと首を振ってみせる。
「残された者がするべきことは何?彼女に足を掴まれた気になって立ち尽くすこと?違うでしょ!?」
「…! そうだ。そうだね。遠坂。俺達は…前に進まなきゃな」
 闘志を取り戻した士郎に微笑み、そして凛は再び表情を険しくした。
「それに…みんな、限界が来てるわ…」
「!?」
 士郎はその言葉に慌ててサーヴァント達の方に向き直る。瞬間。
「めでぃあ、もうだめ…」
 ずるり、とキャスターの小柄な体が椅子からずり落ちた。
「メディアちゃん!」
 手を差し伸べる士郎の姿が、キャスターの視界の中で徐々にぼやけていく。
「ごめんね、士郎おにいちゃん…やっとわかったよ。メディアが欲しかったもの…優しいお父さんと優しい恋人…宗一郎様はパパの方だったんだよ」
 士郎の口が何かを告げようと開いているのはわかった。だがもう、体が音を捉えられない。
『いやそんな、ネタばらしみたいなことこんなところで言われても!(聞こえてない)』
「おにいちゃん…ラブ・フォーエバー」
 そして魔術師の英霊は机の下へと消えた。ぽっかりと開いた席が、埋めようの無い空虚感を周囲に振りまく。

 キャスター、脱落―――

「そんな…」
 呆然と呟く士郎。だが、悲劇は止まらない。
「ハサンちゃん? ハサンちゃん?」
 聞こえたのは佐々木の声。目を向ければ、母と呼べる人の腕に抱かれ、今まさに目を閉じようとするハサンの姿があった。
「ハサン、もう限界ですぅ…」
「駄目ですよ、ハサンちゃん…親より早く逝く娘など、あってはいけません」
 優しく抱きしめ、佐々木は娘の頭を撫で続ける。
「ごめんなさい…でも」
 ぅぇぷ、という声は聞こえないふりをして佐々木は頷いた。
「わかりました。大丈夫ですよ、ハサンちゃん…」
 囁き、佐々木は士郎の方へと目を向ける。
「旦那様、不甲斐ないわたくしと娘をお許しください」
「さ、佐々木さんまで…」
 佐々木は驚愕の声にやんわりと微笑んだ。
「たとえ幾たび生まれ変わろうと、わたくし達はいつも、旦那様のもとに…」
「ですぅ」
 そして、ふたりは抱き合ったまま目を閉じた。ずるり、と椅子から滑り落ち視界から消える。

 佐々木小鹿、脱落―――
 ハサン、脱落―――

「佐々木さん…ハサンちゃん…」
 この戦いはどれだけの生贄を喰らえば終わるのか。そもそも終わりなどあるのだろうか。
 士郎は歯を食いしばり、武器を…箸を取った。諦めない。
 敵はいつだって、己の中にある。

 この場合、敵の名は満腹といった。


>INSIDE

「へへ、見たか?麦…俺の持っていった分でさ、一人仕留めたぜ…」
 厨房の入り口近く。壁にもたれかかったウェイターは弱々しい声でウェイトレスに話しかけた。
「うん! 見てたよ! …かっこ、よかったよ!」
 ウェイトレスはとめどなく流れる涙を拭って告げた。そう…彼女は見たのだ。彼が持っていった肉は倒れた幼女の隣にいた二人組みの幼女が全部かっさらったのを。
 彼の戦果は、ゼロだということを。
 それでも、今まさに散り逝こうとしている同僚に、そんなことが言えるだろうか?
「あぁ…俺、もう駄目みたいだ…」
「! が、がんばってよぉ…お願い…」
 ウェイターはぼやけた視界の中にウェイトレスの泣き顔を見つけてほろ苦く笑った。
「俺、またおまえを泣かせてるな…いつも俺はそうだ。でもな?でも…俺…ほんとは…」
「え…?」
 呆然と聞き返すその頬にウェイターはもはや思うように動かぬ手を必死の思いでのばす。
「俺…おまえのことが―――」
「そんなとこで寝てるなぁあっ!」
 どがががががががが。
 言葉をさえぎったのは、肉の乗った皿を手に走る他のウェイターやら調理師やらの行列。跡に残されたのは、ボロボロに踏みしだかれた男の亡骸がひとつ。

 戦いは非情さ。


>OUTSIDE

「ぼ…ボク、限界なんだね…」
 その声にもっとも激しく驚愕したのはギルガメッシュだった。
「馬鹿な! この程度で倒れるのか制服王!」
「へへ、ちょっと張り切りすぎたかなっ…」
 スローモーションでイスカンダルは崩れ落ちる。真横の床に落下するとさっという音は、悲しいくらいに軽かった―――
「イスカンダルッ!」
「イスカちゃん!」
「イスカねえちゃん!」
「み、みんなっ…」
 悲壮な表情で生き残った英雄達が見つめる中、イスカンダルはバッと拳を天に突き上げる!
「ボクの屍を超えてゆけっ!」
 がくり、とその拳が墜ちた。

 イスカンダル、脱落―――

「あぁ…」
 一人、また一人と消えていく敵と味方。空席の目立ってきた戦場。それでも、食べなければいけない。食べなければ生き残れない!
 たぶん!
「へへん、でもみんなだらしないなぁ」
 そんな中、小さな体で快調に食べ続けている少女が居た。
「くすくす、お肉なんていくらでもたべられますよ〜」
 二人して笑いながら、飲み込むように肉を平らげていく。骨付きカルビなど骨ごとだ。
「あいつらが居るなら何とかなりそうな気がするな」
 胃の辺りをさすり、ベルトを外しながらランサーが呟くと、アーチャーはズボンのボタンをさりげなく外して首を振る。
「油断は最大の害悪だ。どんな強者もそれでころっと負ける…」
 苦しげに言いあいながら二人がクッパとビビンバを平らげ終えたときだった。
「!?」
「!?」
 それまでまったくテンポを変えずに箸を動かし続けていたあんりとまゆの動きがピタリと止まった。
「ぬ…ど、どうしたのだ?」
 戸惑いと共にギルガメッシュが問うと、二人の顔が一気に真っ赤になる。
「あんりちゃん!? まゆちゃん!?」
「士郎…あの子達の箸の先…」
 凛が指差したそこを士郎は見つめ、そして理解した。箸の先は、唐辛子の赤で染まっていたのだ。
「…あいつら、キムチ食ったな」
「にゃー!」
「みぃー!」
 ランサーの声が合図だったかのように二人は同時に悲鳴を上げてぱたりと机に倒れた。それきり、ピクリとも動かない。
「…猫に塩辛も…駄目なんだねっ…」
 倒れたままのイスカンダルが呟くトリビアが、なんだかとっても寒い…

 あんりまゆ、脱落―――


>INSIDE

「っ…!」
 十蔵はうめき声と共に包丁を取り落とした。震える右手を左手で掴み、爪を立てる。
「くそっ! 止まれ! こんなときにへばってるんじゃねぇ!」
「あなた…っ!」
 皮が破れ血があふれ出した右手に瑞穂は泣きながら飛びついた。その豊満な胸にその腕を抱き寄せる。
「離せ瑞穂…頼む」
「もういいじゃないですか…! もうあなたは十分戦いました! 誰もがそう言ってくれますっ!」
 その言葉に十蔵はあたりを見渡した。広い厨房。そこに立っているのはもはや彼を含めても7、8人しか居ない。誰もが疲れきった顔で、しかし目だけがギラギラとしている。
「駄目だ。駄目なんだ、瑞穂。誰が許しても俺が許せねぇ。これは俺が始めたことなんだ…俺が、この俺が最後まで戦わなくちゃ…もう二度と、俺は前に進めねぇ!」
「あなた…」
 瑞穂は、ぽつりと呟いて手を離した。
「見ててくれよ。瑞穂…俺のこと、最後までさ」
 十蔵は呟き、なんとか握力の戻ってきた右手で包丁を握りなおす。その背に…
「嫌です…」
 瑞穂の声が、かかった。
「…そうか」
 答え、しかし十蔵は包丁を置こうとはしない。
「嫌です。見てるだけなんて…」
「瑞穂?」
 振り向けば笑顔。涙をたたえた、精一杯の笑顔。
「私も働きます。ウェイトレスの真似事ぐらい、できますから。それに…」
 呆然と見つめる十蔵に、瑞穂は大きく頷いた。
「私は、あなたの妻なのですから…共に、歩きたいんです」
「…ああ」
 十蔵は、泣いた。
それは、あの悪夢の日以来初めての涙だった…


>OUTSIDE

 戦いの終わりは近かった。
「ここまで、か」
 これまで幾度と無く箸を止め、深呼吸をし、姿勢を変え、その度に食べるのを再開してきたサバイバーの動きが、今度こそ決定的に止まったのだ。
「ランサーさん!? ま、まさか! ランサーさんまで…!」
「すまねぇな、少年。ついでにアーチャー。オレはどうも…ここで終わりみてぇだ」
 優しい微笑みと共にその体が後ろへと傾いていく。
「へへ、なさけねぇよな。でもよ、英雄ってのはさ…いつだって理不尽に死んでいくもんだろ?」
 どさり、と倒れ伏したその姿は不思議な程安らかに見えた。

 ランサー、脱落―――

「我は…我は…敗北を許されぬ…」
 次いで動きがおかしくなったのはギルガメッシュだった。うわごとのように呟き、その小柄な体を左右に揺らしている。
「そう、我は英雄王…倒れるわけには…いかぬ。そうだろう、エンキドゥ」
「ギルガメッシュさん…」
 こちらを見つめるその瞳が既に虚ろであることに気づき、士郎はくっ…と視線をそらした。悲しげに首を振り、そっとギルガメッシュの肩に手を置く。
「…いいんだ。ギルガメッシュさん。いいんだよ…もう…」
「ぁ…う…」
 ギルガメッシュは弱々しく呻くと士郎の手をそっと握った。ぬくもりに表情を和らげ、前を見据え続けてきた目がすっ…と閉じられていく。
「暖かいな…ふっ…たどり着けぬからこそ…眩しいのかもしれん…」
 そしてぱたり、と。手が、離れた。

 ギルガメッシュ、脱落―――

「ちょっとアーチャー! しっかり…しっかりしなさい! 令呪使う!?」
 一方、赤い衣の英霊もまた限界を迎えていた。
 必死に呼びかける凛の声が遠ざかっていくのを感じ、諦観と共に箸を手から離す。
「ふっ…君らしい。だが…間に合うまい」
 遠い日に憧れた少女に、そして聖杯戦争を勝ち抜かせてやりたいと心から思ったマスターに微笑みかけ、アーチャーは机に突っ伏す。
「ここまでか。達者でな、遠坂…」

 アーチャー、脱落―――

「こんな…こんなことって…」
 士郎は呆然と呟いた。
 不死身とも思えたサーヴァント達が、12人集った英雄の集団が、もはやたったの二人になっているのだ。
「はぐ、むぐ。これは…」
「がぅ。オイシイ…」
 だが、残りの二人はまさに最強の名を欲しいがままにする二人だ。事ここにいたってもその姿、小揺るぎもせず。
「それよりも問題はこっちか…」
 士郎は重い腹をさすりながら傍らに目を向けた。
「わたしは、もうそろそろ限界。桜は…」
 目が合うと凛は首をふりふりそう呟き、視線を更に横へと投げた。そこには…
「どうせ…どうせ、わたしなんて、影、むぐ、薄い、台詞だって少ないし…」
 バーサーカーとほぼ同ペースという、まさに神秘の域に達した早食いを披露する桜の姿があった。
「す、凄いな…」
「ええ。肉の供給もそろそろ打ち止めっぽいし、この三人が居れば何とかなるかも」
 言いかけて、凛はむっと顔をしかめた。
「どうした?遠坂」
「今の無し。そんな他力本願なのはわたしじゃない」
 言って網の上の上カルビをずばずばずばっと三枚同時に掴む。
「いつだってわたしはわたし一人の力でやってきたんだもの。これからだって…一人で…」
 一気にそれを口に詰め込み目を白黒させている凛に士郎は静かに首を振って見せた。
「遠坂。そんなに強くならなくていいんだ」
「え…」
 凛の手から、箸が落ちた。
「俺が居るから。みんな居るからさ。だから、何もかも一人で出来るほど強くなる必要なんてないんじゃないか?なんとなくだけど、そんな気がする。その為に俺達は…」
 自分でもよくわからなくなったのか最後のレバーを口にして考え込んだ士郎に凛はずっと張り詰めていた心が、僅かだが軽くなったのを感じた。
 生き方を変えるつもりもないし、たった一言で救われるなんて、そんな安易な女でもないつもりだ。
 でも。
 衛宮士郎が…この、10年も前にどこかが壊れてしまった少年がそんなことを言い出したという、その事実が。
 何よりも嬉しい。
「あ…」
 気づけば、視界の中の士郎が90度回転していた。
 否、回転しているのは自分の頭だ。気が抜けたはずみにテーブルにつっぷしてしまったらしい。そして凛はこれによく似たシチュエーションをしっている。
(眠くなってきた…)
 それは遠坂凛にとってはけして勝てぬ敵だった。
「むぅ…」
 必死に目を動かせば、いまだ衰えぬスピードで食べ続けるセイバーの姿が見える。
(…ま、これなら大丈夫よね)
 凛は少し安堵を覚えながら士郎に笑みを見せた。
「じゃあ、ちょっとだけ…寝るわ…」
 そして、背後で勝利に酔っている筈の妹に一言残すのも忘れない。
「体重計」
「ヴ」
 ばたりと倒れる音に満足しつつ凛は目を閉じた。

 遠坂凛、脱落―――
 間桐桜、脱落―――


「……」
 士郎は首を振った。もはや人間は自分だけだ。しかしそれは、能力が高かったからではない。凛にまったりと焼肉について語っていたりサーヴァント達の散り際に付き合っていたからあまり食べていないだけだ。
「…ぷ」
 しかも、限界は近い。後一枚か二枚が限界だろう。
「あぐ、もぐ。大丈夫ですか、シロウ」
「ツラケレバ、ヤスンデイテ」
 全然平気そうな二人をぼんやりと眺めながら何か忘れているなと首をひねりつつあたりを見渡す。もはや店員一人とていないこの戦場で動いているのはこの三人だけだ。いずれテーブルに残った肉も目の前の二人が食べつくすだろう。
「はぁ…」
 士郎は一息つき、疲労を感じて目を閉じた。そのまま網の合った方へ適当に箸を伸ばす。
 むに。
 何かやわらかいものが箸に当たったのでそれをつかむ。なんとなくコリコリしている薄いもののようだ。
「ミノか? でもあれはもう食べきったと…」
 呟きながら士郎は目を開け…
「げ」
 思わず絶句した。視線の先、突き出した箸が掴んでいるのは、凛の耳たぶであった。認識した瞬間、反射的にむにむにとこねくり回してしまう。
 そしてそれが致命傷となった。
「ぅ〜…」
 眠りの中の凛は肌の上を這い回る何かを振り払おうと勢いよく腕を横に突き出し。
 ぼすっ、と、その拳が士郎の鳩尾を強打した。
「…さすが…豪打」

 衛宮士郎、脱落―――


 戦場に残ったのは二人のサーヴァント。
 片や神の仔であり星座にも謳われる大英雄、ヘラクレス。
 片や理想の騎士、円卓の騎士の長。龍種の少女たるアルトリア。
 此度の聖杯戦争において最強と目された二人の英霊はその評に違わず最後の戦いに挑んでいた。剣の代わりに箸を取り、エプロンを名乗る鎧を纏い、肉と呼ばれる敵を喰らう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 そして視線が一点に集まった。もはや下げる者とていない空き皿に埋もれるようにして、最後の一皿が…テーブルに残された最後の肉が、そこにある。
「…コレデオシマイ」
「…ええ。これを食べればわたし達の勝利です。シロウの為に稼いできた資金も全て渡すことができます」
 さて、それはどんな結末なのだろうか?
 まだ腹具合には余裕がある二人は首をかしげて考えてみた。
 なんだかんだ言っても士郎だって人間だ。こんな勝負でも勝てば嬉しいだろうし無料も嫌ではない筈だ。きっと喜んでくれることだろう。誉めてくれるかもしれない。
「ホメテクレル…?」
 バーサーカーはその光景を想像してみた。
 脳裏に浮かんだのは石造りの古城、その食堂に居る自分。
豪華な食事の並べられた食卓には士郎が座って微笑んでおり。彼の正面には、はぐはぐと一心不乱に食事をしている白い少女がいる。
「いただきます」
 士郎は食卓に置かれたスープを一口飲み、優しい笑みを浮かべた。
「うん、おいしいよ。更に腕を上げたね」
 どうやらこの妄想の中のバーサーカーは料理ができるらしい。現実には味噌汁が煮立たないようにお玉でかき混ぜる程度が限界なのだが。
「いつもありがとう。毎日まかせきりにしちゃってるけど…大変じゃないか?」
 問われ、バーサーカーは頬を染めて首を振る。
「そんな、愛する人のためですもの…」
 しゃべれるんかい。
「はは、照れるな…」
 士郎はコリコリと頬をかき、すっと真面目な顔になった。
「でも無理はしないでくれよ?大事な体なんだからさ」
 !?
「ええ。わかってますわ、あなた…あ」
「? …どうした?」
 バーサーカーはそっとおなかをさすって微笑んだ。
「ウゴイタ…」
「…何がです? バーサーカー」
 きょとんとした声がセイバーのものであることに気付いてバーサーカーは飛び上がるようにして立ち上がった。
妄想世界から戻ってきてみればそこは相も変わらぬ焼肉屋。最後の一皿に箸を伸ばした姿勢でセイバーが不思議そうにこちらを見上げている。
「動いたといわれましても…」
「が、がぅ、が…!」
 どうやら何時の間にか声に出していたらしい。羞恥のあまり全身の血が頭に上ってきたような気がしてバーサーカーはオロオロと後ずさり。
「■■■■■■■■■■ッッッ(わやみっだぐないぃぃぃぃっ!)」
 涙の粒を振りまきながら走りだした。バギッ!とドアを突き破ってどこへともなく去って行く。


 バーサーカー、脱落―――


「ふむ」
 セイバーは呟いた。気品溢れる仕草で肉を焼き、はむはむとそれを頬張る。
 もはや奪われる心配はない。そして生まれて初めてかもしれぬ満腹も近い。
 士郎の料理でこうなったというわけでもないので最高とまではいえないが得がたい経験であったことは間違いない。適当に肉を焼くだけとはいえ、味付けに関しては彼女の時代より格段の進歩を見せていたことだし。
「最後の一枚、ですか…」
 セイバーは呟き、少し箸を休めた。言ってみれば戦争終了後に丘の上から戦場を見渡しているような気分である。
 長かった。戦闘時間は実に5時間を越え、既に時刻は22時を回っている。
「誉めてもらえる、ですか」
 ちょっと一休みのつもりでセイバーはその光景を想像してみた。
 ふすま一枚を隔てて隣接しているセイバーと士郎の部屋。今日だけはふすまをあけて寝ても構わないだろうか?
 士郎の淹れてくれたお茶を前に二人して正座などして向かい合い。
「よくやってくれたね。さすがセイバーだ」
 などと誉めてくれるのだろうか?いや、もしかすると…
「いつも頼りにしているよセイバー。君と契約できてよかった」
 とか言ってくれたり?いやいや、あのバーサーカーやギルガメッシュ、あんりまゆにすら勝ったのだ。場合によってはもっとすごいご褒美があるかもしれない。
「よしよし。俺の大事なセイバー」
 等といいながら頭を撫でてくれたり?
「そんな、シロウ。まだそういうのは早いのではないでしょうか…いえ、殿方の喜ばせ方なら、はい…」
 嬉しげな表情で呟くセイバーの腕がぱたり、と落ちた。むにむにと口元が動き、頭がゆっくりと上下に動き始める。
そう。幸せそうな表情を浮かべたその顔は…目蓋が、閉ざされていた。
 …物を食べれば胃が活発に動く。胃における血の巡りが良くなるということは、当然にそれ以外の場所の巡りが悪くなるということだ。
 それは、頭も例外ではない。血の足りなくなった脳はすみやかな休息を要求し。
「ぅぅん…ええ。優しくお願いします…」
 セイバーは、熟睡していた。

 後一歩のところで油断したが故に。
 セイバー、脱落―――


>INSIDE

「っ…」
 静寂に満ちた厨房の片隅で、軽い呻き声があがった。
「先…生…?」
 ゆらり、と立ち上がったのは青山だった。疲労で重い体を引きずり、師の姿を探す。
「あ…」
 十蔵は倒れていた。
 まな板を前に、包丁を手にして。在庫は既に無い。最後の一片にわたるまで全て客に出したのだ。
「…おやすみなさい。先生」
 青山は静かに微笑んだ。床に倒れ伏した十蔵、その包丁を握ったままの手にもう一つの手が…瑞穂のそれが重なっているのを眺めて。
「そうだ。勝負は…お客様はどうなったんです?」
 チーフも探してやれよという空気を読まず、青山はふらふらとフロアへ出た。
「あ…」
 そこもまた、静寂に包まれている。そこここに倒れた戦士達の表情は一様に満足げなものであり、全力が尽くされたことを物語る。
「…決着は、つきましたね」
 テーブルの前に立った青山は最後の戦場になったと思われるそこを見つめて呟いた。座ったまま眠っている金髪の少女が伸ばした箸の先。

 そこに、空っぽの皿が一枚。

「…我々の負け、ですか」
 もはや肉は無い。客が悲鳴をあげるほどの肉を出すことが目的だったのだから、負けとみていいだろう。
「ふふ、ですが…なんでしょう。この清々しさは…」
 多分精神的疾患の一種だ。治し方はわからない。
「ふふふ…はは、ははははははははははは…!」
 お大事に―――


>OUTSIDE

「ああ、光が、広がっていく―――」
 感極まった表情で天に向かって手を広げる眼鏡の男を見上げて、少女はくいっと首をかしげた。
「なにかよくわからないうちに色々なことが終わったようですね」
 少女は傍らの相棒に声をかけた。そこにいるのは、猫。一匹の三毛猫であった。小皿に乗せられた焼肉…The Last Oneを前に首をかしげている。
「にゃう?」
「ええ。どうぞ」
 貰っていいの?と問われ少女…ちびせいばーは微笑んで頷いた。
「私もたくさんいただきましたし…それにランサーから聞いたのです」
 ビシッ!と親指を立ててウィンク。
「友情は見返りを、求めない!」
「にゃー!」


 聖肉戦争、終結。
 勝者―――ちびせいばー!
 


8-10 そしてお土産

「あー、腹が重い…」
「大丈夫ですか?シロウ」
 時は過ぎ、深夜。
士郎は鍛錬を終え、自室の畳に大の字で寝転がっていた。苦しげにさする腹の上にちびせいばーがちょこんと正座している。
「ああ、俺は別に食べすぎで倒れたわけじゃないし直接攻撃なら結構簡単に治癒するみたいだから」
 便利な体である。
「それにしても、半額払う必要は無かったのではありませんか?私が最後の一枚まで食べたというのに」
 無念そうなちびせいばーに士郎は苦笑をもらした。
「別段勝負なんてどうでもいいよ。あれだけおいしい肉を食べさせてもらったってだけで十分だって。あれでただなんてのはバチがあたるよ」
「…そ、そうですか」
 士郎はそうだよ、と頷いて深呼吸をする。
「ん、楽になってきた…でもあれだね。結局最後まで残ったのはちびせいばーか。凄いなぁ」
「!」
 ちびせいばーのちいさなアンテナ毛がぴんっと立った。
「私とて士郎のサーヴァントなのです。これ位当然です!」
 誇らしげに小さく胸を張る姿に士郎が和んでいると。
 コンコン。
「おい少年、入るぜー」
 ちょっと酔いの入った声と共にふすまが開いた。
「あれ、ランサーさん?」
「おうよ。楽しいランサー姐さんだよんっと」
 Tシャツに短パンという風呂上りスタイルのランサーは缶ビールと小さな機械、そして一通の封筒を手に士郎の部屋に入ってくる。
「どうしたんですか? っていうか飲んで大丈夫なんですか? おなか」
「おうよ。食ったもんを早く消化するのは戦闘屋の基本だろ?」
 その細い腹にあれだけのものは収まらないような気もするが、相手は丸ごと神秘の英霊だ。考えた方が負けなのだろう。
「よっ…と」
 士郎は呟きと共に起き上がった。腹の上にいたちびせいばーはぴょんっと飛び降りてあぐらをかいた太ももの上にちょこなんと腰掛ける。
「いやぁ、なんか無茶苦茶な一日になっちまったな。少年」
「…そうですね。冷静になってみると何故にただ食べるだけであそこまで盛り上がっていたんだか」
 言って、背後を見る。机の上に置かれているのは店を出ると気に押し付けられた一本の包丁。刃物マニアである佐々木をして文句の付け所の無いと太鼓判を押した一刀である。
「あのおっちゃん、随分と喜んでたな。また来いだってさ」
「正直しばらくは遠慮したいですね。明日はなんかさっぱりしたものにしますよ」
「そうですね。私も、量が食べられなくとも士郎の料理の方が嬉しい。いや、日々の食事量に不満はないのですが」
 ちびせいばーの言葉に士郎はありがとうと頷きランサーに目を向ける。
「ランサーさん。改めて今日はありがとうございました。お金、有効に使わしてもらいます」
「おうよ。オレ達としては日々の感謝のつもりだからな。少年が自分の為に使ってくれりゃあそれが一番なんだが…そうもいかねえか」
 苦笑する士郎にランサーは損な奴めと笑った。
「ま、そうだろうと思ったからこそこいつの出番なわけだが」
「? …なんです? それ」
 差し出された封筒を受け取り士郎は首をかしげながら受け取る。
「ま、中見てみ?」
「どれ…おぉおっ!」
 士郎は思わず歓声をあげた。そっけない茶封筒から出てきたのは写真。彼の家に集ったサーヴァント達が様々な衣装に身を包み、時に笑顔で、時に緊張の面持ちでそこに映し出されている。
「ランサーさん、綺麗だなぁ…」
「ば、馬鹿野郎! 今はスルーしてあとで見ろあとで!」
「見るな、とは言わないんですね」
 ちびせいばーはそう言ってぷんっとそっぽを向いた。本体はしっかり写真に写っているのに自分は家で猫と戯れていたのが後ろめたいような、もったいなかったような。
「…まあ、オレもさ。少年になら、なぁ?」
「え?」
 頬をかきながら呟かれたその言葉に士郎は思わず聞き返していた。
「なんでもねーよ!シロウ?」
ランサーはにこっと笑い、士郎の鼻をぴんっと人差し指ではじいて立ち上がった。
「さって、オレはもう寝るかね」
「あ、ああ…おやすみなさい」
 無性にドキドキと高鳴る胸に自分でも驚きながら士郎は頭を下げた。おうっ!と手をひらひらさせてランサーは持ってきていた機械を投げた。
「おっと…」
 慌てて受け取った士郎は首をかしげてそれに目を落とす。
「デジカメ…?」
「こないだ買ったんだ。おもろいぜ? 中見てみな。凄すぎるのは消しちまったけどな」
 言うが早いか出て行ってしまったランサーに首をかしげ、士郎はデジカメの電源を入れた。
「シロウ、それは?」
「デジタルカメラ。まあ、便利なカメラだって思ってもらえばいいかな。画像は…入ってる」
 編集モードにして士郎はそこに納められた画像を呼び出してみた。
 呼び出して、しまった。
「ぶっ…!?」
「な…!」
 映し出されたのはセイバーのすべらかな裸体。体を二つに折り、窮屈そうにスモックを着ようとしている。
 慌てて次の画像を呼び出すと今度はアーチャーが不機嫌そうに上着を脱いだ写真が現れた。
「な…!」
「ノーブラ!?」
 士郎とちびせいばーは同時に叫んでいた。信じられぬ思いで次の画像に切り替えると今度はギルガメッシュが表れた。水着を着ようと身をかがめ、まるく滑らかなお尻がこちらに向けられている…
「すごい」
「!」
 ぽつりと呟いた士郎にちびせいばーはキッ!と眼差しを鋭くした。座っていた太ももから飛び上がり、鋭い動きでデジカメを奪い取る。
「あ、ちょ…」
「士郎ッ!不潔です!」
 鋭い糾弾にたじろぐ士郎をちびせいばーはジト目で睨んだ。
「い、いや、ちびせいばーそれは誤解!」
「ギルガメッシュ、あれで以外にプロポーションがいいですね」
「そうそう、背が低いからサイズは小さいけどメリハリ…が…」
 反射的にそう言ってしまい、士郎は頬をひくつかせた。
「…有罪?」
「当然ですッ!」
 ちびせいばーはがぁっ!と叫んで手を頭上にかざした。瞬時に現れたのは光輝纏いし聖なる剣ッ!
「控訴は!?」
「却下ッ!とっとと頭をッ!冷やしなさいッ!『約束された小さな勝利(ちびかりばー)』ぁああああッ!」
 
 そして今宵も士郎は宙を舞うのだった。