それは聖杯戦争から数ヶ月がたったある晩のこと。
 今夜は鍋。何時の間にか住み着いた凛を交えた衛宮家の面々が集う席。
 士郎が何気なくセイバーの取り皿に何かよそおうと菜ばしを手にした時に、その一言は放たれた。
「セイバー、なにが食べたい?」
「・・・シロウを所望します!」
 セイバーの一言に、その場の空気がキシリと音を立てて固まった。沈黙の間隙を鍋の煮えるコトコトという音が潜り抜けて消える。
「ちょ、ちょっとセイバー!いきなり何言い出すのよ。へ、変なこと想像しちゃったじゃない」
「そ、そうよね?士郎の料理が食べたいってことよね?セイバーちゃん」
「き・・・ききききまってるじゃないですか。ねえ先輩」
 口々にフォローの言葉を口にする面々を前にセイバーはぐいっと酒を飲み干しコップをコタツに叩きつけた。
 ニホン○カリはよいお酒。
「し、シロウ自身を食べさせて頂きたいと言っています!そもそもリンだけがシロウを独占しているのはずるい!私はリンのサーヴァントですが、剣をシロウに捧げた身である事には変わりありませんッ!それなのにいつもいつもリンばっかり・・・たまには・・・たまにはご褒美をくれてもいいではありませんか!」
 獅子王一喝・・・酒か、照れか、顔中を真っ赤に染め上げて叫ぶセイバーに桜と藤ねえの動きがミシッと止まる。
「・・・へぇ。先輩と姉さん、やっぱりそういう関係だったんですね」
「ちょ、ちょっと待て桜・・・って姉さん!?」
 制止と驚愕を同時にこなせずアワアワと口を動かす士郎を桜は冷たい視線で睨みつける。
「遠坂凛は私の姉です・・・が、別にそんなことどうでもいーです」
「いや、よくないだろそれ!?」
「そうね。衛宮君にとっても、桜が妹になるかならないかって問題だものね?」
 凛、あくまの笑顔で爆弾1発目投下。轟爆。
「・・・くすくすくす・・・」
「い、いや!そういう問題じゃなくて・・・!」
 俯きクスクス笑いだした桜に本能的な恐怖を感じて士郎は声を絞り出した。前髪に隠れて目が見えないのが又怖い。
「・・・士郎?」
「!・・・ど・・・どうした?藤ねえ・・・」
 桜からの逃げの意味も込めて視線を向けると、藤ねえはきょとんとした顔で首をかしげている所だった。
「・・・えっと・・・遠坂さんが士郎を独占って・・・どういう意味?」
「私が士郎とつきあってるって意味です。そのまんま」
 爆撃王、凛。ニ発目射出。
「???」
 藤ねえ、いっそうきょとんと首を傾げ目をパチクリしばたかせる。
 不発か?
「つきあって・・・る?遠坂さんばっかり・・・?」
 数秒して。
「ぅぇええええええええええええぇぇぇぇっ!?」
 否、遅効性起爆!
「ちょ、ちょっと!士郎!どういうこと!?どういうこと!?士郎のハジメテは私が切嗣さんの代わりに責任をもって貰っておこうと思ってたのにー!」
「最低限、親父は関係無いだろ藤ねえ!」
「・・・成る程。キリツグはそちらの趣味でしたか。それならば2年前の時にタイガに手を出さなかったのも頷ける」
 胸に片手をあて、私にはわかりましたよ。えっへんとでも言いたげなセイバーに藤ねえはぐっと言葉に詰まる。
「姉さん・・・姉さんはやっぱりわたしから先輩を奪っていくんですね・・・」
 鍋は煮える。煮えたぎる。桜の声も低く、そして灼熱に煮えたぎっている。
「ん。それは正直ごめん。でもしょうがないじゃない?こーなったもんはこーなったんだし。そもそも、好きだって言ったの、士郎が先だし」
 凛。三発目は小型。ただし焼夷弾、みたいな。
「ちょ、ちょっと待て!それは、その・・・」
「・・・どうせ。どうせ先輩は姉さんと淫逸で背徳的な生活送ってるんですよね・・・」
「待て、桜。俺は・・・」
 クスクスと笑ってゴーゴー。略してクスゴー。
「クスクス・・・わかってますよ、先輩・・・毎日毎日姉さんとドロドロでニチャニチャで・・・」
「そ、そうなの士郎!?ふ、不純異性交遊はダメー!そ、それも毎日!?ど、どどどどどどどどうなの遠坂さんっ!?」
「ま、毎日なんてしてません!せいぜい週に1か・・・あ・・・」
 遠坂凛。自爆。
「はぅっ!」
 衛宮士郎。悶絶。
「くすくすくす・・・」
 間桐桜。暴走。
「がおーっ!がおーっ!がお?」
 藤村大河。野生化。
「ごとごとごと」
 鍋。沸騰。
「あ、つくねがいい感じですね」
 セイバー。離脱。
「ってセイバーが振ったんだろこの話ぃ!?」
「?・・・何の話ですかシロ・・・そこぉっ!」
 騎士王は鋭い動きで鍋の中のつくねをかっさらい、小鉢のポン酢にくぐらせつつまったりと食す。
「・・・ほへへひほふ。ほふひはほへふは?」
 現代語訳。それでシロウ。何の話ですか?
「・・・もういいよ」
 酔っ払いなんか、嫌いだ。
「そうですよね。どーせ、先輩は私なんて嫌いですよね・・・」
「い、いや。そんなことはないぞ桜!っつーかモノローグに返事しないでくれ!」
 その胸とか極めて魅力的だ。凛のも趣があるが。
「いいえ!嫌いに決まってます!お風呂上りが怖くて体重計を破壊するような女の子!」
「ってあれは桜だったんでスカー!」
 士郎は涙目で絶叫した。近所の家で使っていたものを壊れたからと身請けして来たのが3年前。当時の未熟もあって4ヶ月かけて直した実の子も同然な力作は今、木槌で滅多打ちにあったかのようにボコボコになった姿で庭の片隅の墓地にてえいえんの眠りについている。
「ふふふ・・・わたしは魔術師としてきっちり節制してるからそんなもの怖くないわよ」
「遠坂が怖いのはメジャーだもグフヘハァッ!」
「士郎が飛んだぁっ!」
 キラキラと光の粒を振りまいて吹っ飛んだ士郎はふすまに頭から突き刺さって止まった。背後で凛が振りぬいた拳に握りこんだ宝石の残骸を投げ捨てる
「ぁ・・・ぅ・・・」
 薄れて行く意識の中、なつかしい面影が意識の底から浮かびあがってきた。
(親父・・・)
 初代エミヤ、魔術師殺し。セイギノミカタ。衛宮切嗣の幻影はいつものように優しい笑みを浮かべて士郎に語り掛ける。10年前、病院のベッドに横たわる士郎のあなたは何者だという問いに彼はこう答えたのだ。
「僕は両刀使いなんだ」
「って違うだろ親父!?」
「やらないか?」
「やるかーぁっ!」
 鍋は煮える。セイバーは食う。凛は照れるし大河は吼えて桜はいじける。
 そんないつもの衛宮家の食卓。

 

 

 

 

 

 

「・・・楽しかったな」
 赤い衣の英霊は、守護者の座にて本を閉じた。

                                          終幕