聖杯戦争が終わってから数ヶ月。凛は衛宮家の縁側でぼんやりとお茶を飲んでいた。空になった湯飲みを傍らに置くと、背後から伸びた手がそれにおかわりを注ぐ。
「?・・・ああ、桜。ありがとう」
「どういたしまして。姉さん」
 桜は微笑み、自分の湯飲みを持って凛の隣に座った。
 季節は春。彼女の名と同じ花が咲き誇るとき。
「・・・名前?」
 ふと気づくことがあった。それは彼女の想い人に関すること。そしてまた、彼女の姉の想い人でもある人のこと。
「どうしたの?桜」
「・・・姉さん、アーチャーさんって、先輩・・・なんですよね?」
「未来のね。それが?」
 問い返されて少し考え、桜はゆっくりと疑問を口にする。
「・・・アーチャーさんの真名がエミヤ。もし姉さんと結ばれてたのなら、遠坂家が潰れてるなあ・・・って」
「・・・・・・」
 凛のこめかみにひくりと青筋が立つ。遠坂は魔術の名門だ。対して衛宮はモグリ魔術師の家。立場的にも資産的にも結婚したからといって捨てられる名ではない。実際凛自身も士郎と結婚したら遠坂の家に入ってもらおうと思っているくらいだ。
 つまり桜の言葉を訳すと、
『あんた今はあたいのセンパイとベタベタしとるけどそのうちふられるけえのお』
 となる。何故広島弁しかもインチキ。
「・・・夫婦別姓なのよ。未来の日本は・・・」
「へぇ、そうですか姉さん」
 勝ちムードに桜がにこっと笑うと凛の額からぶちっと音がした。リミッター、早くもカット!
「なら!確かめてやろうじゃないの!」
「え?」
 戸惑う桜にかまわず凛はしゅばっと懐から宝石を取り出した。
「くくくく・・・召還!出てきなさいアーチャー!」
「ってそんな簡単に!?」
 地面に叩きつけた宝石からは極彩色の魔方陣を構成し魔力の渦がそこに巻き起こる。
 そして。
「・・・む?」
 一瞬の後。そこには赤い外套に身を包んだ男が立っていた。
「?・・・遠坂・・・と桜?」
「ひさしぶりね。アーチャー」
「・・・こんにちは。おまけの桜です」
 ついでのように名を呼ばれてすねる桜に冷や汗をかきながらアーチャーは不審そうに凛に向き直る。
「これはどういうことだ?世界の危機というわけでもなさそうだが・・・」
「わたしが召還したの。聞きたいことがあって」
 凛はこほんと咳払いをしてからアーチャーを睨む。
「あんた、なんでエミヤなの?本当は英霊トオサカなんでしょ?そうでしょ?そうって言いなさい!」
「な、なんでさ・・・何をいきなり・・・」
 アーチャーは反射的に三歩下がって口ごもる。英霊となろうがなんだろうが、心に刻み込まれた上位下位はぬぐいきれない。
「ふふふ、先輩。無理しなくていいんですよ?」
 黒い笑みを浮かべる桜にアーチャーは冷や汗を一筋流し、目を閉じる。
「・・・エミヤというのは・・・コードネームのようなものだ。実は本名ではない。名を継がねば結婚しないと言い張られてな。戦う場ではエミヤを名乗るという線で許してもらった。まあ、たしかに魔術の名門を潰すわけにもいかんしな」
「!」
「!?」
 凛と桜は予想外の台詞に目を見開いた。片や期待、片や驚きで息を呑む。
「で!?・・・で!?あんた、本名はなんていうのよ!?」
「そうです!先輩!早く教えてください!」
 鬼の形相を二つ並べられ、赤の英霊は心臓を鷲掴みにされるような圧迫感を感じながら腰を落とし、口を開いた。
「私・・・いや、俺の名はね・・・」
 あえて士郎の口調でアーチャーは囁く。
「シロウ・・・」
「士郎なに!?」
 詰め寄る凛ににっこり笑顔。

「シロウ・あいんつべるん」
 


 世界は、凍りついた。
「・・・じゃ」
 そしてアーチャーはしゅばっと地を蹴り、屋根へ駆け上がり、そのままどこかへ去っていく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 風が、風が吹き抜ける。
「ただいまー」
「たっだいまっ!」
 嵐の到来を知らずのんきな声で誰かが帰ってくる。一緒に散歩に行っていた銀の髪の少女と共に。
「ふふふ・・・あら、こんなところに宝石剣が」
「くすくすくす・・・ライダー、ちょっとこっちに来てくれる?」
「あれ、凛も桜も何怖い顔してるのげもばっ!?」
「わぁ!?シロウおにいちゃんが埋まった!掘り返された!もう一回埋まった今度は逆さま!?」

 


「まあ、冗談なのだがな」
 赤の衣の騎士は眼下の死闘に苦笑して守護者の座へと帰っていった。