あの聖杯戦争から、はや10年。
 時計塔で一派閥を築いた凛と士郎は色々面倒になってきたので後をルヴィアに押し付けて衛宮邸へ帰ってきていた。
 うららかな昼下がり、結局居ついている桜や食後のお茶を堪能しているセイバーとぼんやりテレビを眺めていた凛はふと思いついた疑問に顔を上げる。
「ねえセイバー。帰ってきてからけっこう経って、第5次の可能性はほとんど見尽くしたからこうやって第4次のを見てるわけだけど・・・」
 視線の先には古めかしいテレビ。
 映っているのは全身タイツに槍二本構えというそうそうお目にかかれないスタイルの男と、今より表情の硬いセイバーが戦っている映像だ。
「ええ。この男も強敵でした・・・」
 ずずっと茶をすすりセイバーは追憶にふける。
 このテレビは時計塔を学校と見立てるならば卒業制作のようなものであり、凛と士郎がそれぞれの得意分野―――むしろ特異分野を発揮して作り上げた一品だ。
 平行世界と共振して色を変える微細な宝石を多数平面に並べることにより他の世界の映像を映し出し、近似でありながら歴史の進み具合が違う世界を映す事で限定的ながら未来や過去を覗く事すら可能な魔法にリーチをかけたアイテムなのである。
 ちなみに、これのせいであやうく封印指定されかけたが、前任の執行者と英霊のダブルボディーガード体制で乗り切ったりもしていたり。
「・・・前から思ってた事ではあるんだけど」
 凛は姿勢をただし、今は自分の使い魔となっている英霊に正面から向き合った。
「・・・? なんですか? リン」
 湯飲みから立ち上る玉露の芳香をくゆらせながら首をかしげるセイバーに、凛は―――
「・・・あなた、勝率悪くない? 本当に最強なの?」
 正面から、ざっくりと斬り降ろす言葉を放り投げた。
「―――ぃっ!」
 瞬間、セイバーの手からごとりと湯飲みが落ちた。
 食卓に広がるお茶を慌てて桜が台布巾でぬぐうのをよそに、ぶるぶると震えて反論を試みる。
「り、リン! よもや自分の契約者からそのような正面からの暴言を受けるとは思いませんでしたっ! 口から出る言葉の半数以上が暴言の貴女といえど場合によっては許せませんよ!?」
「せ、セイバーさん、言いすぎですよ・・・姉さんの暴言は、えと、3割くらいです・・・4割?」
「だまらっしゃい桜。それにセイバー・・・言いたくはないけど・・・あんたがすっきり勝ったのってアーチャーが呆然としている間にぶったぎったのと桜が黒くなるパターンでの慎二ライダー戦くらいじゃない」
「はぅっ!」
「バーサーカー相手だとゴリ押しで死に掛けてるし」
「はぅっ!」
「アサシンには風王結界見切られてカリバー使おうとしてるし」
「まぅっ!」
「キャスターにはルールブレイカー刺されるし」
「ぱぅっ!」
「ハサン相手でも押し切れずに泥漬けにされるし」
「にゅっ!」
「ギルガメッシュにはもうぐうの音も出ないくらいボコボコにされたし」
「きゅっ!」
「ランサーには宝具でぶっすりやられといて実はリベンジすらしてないし」
「うにゅっ!」
 心と誇りを抉る言葉にいちいち可愛く悶えるセイバーとこれが萌えキャラになる為の極意かとメモを取る妹を等しくジト目で見据え、凛は腕組みなどしてため息をつく。
「あなた・・・実は結構弱くない・・・?」
「い、いえ、しかしアサシンは再戦した際にツバメ返しを破って勝っていますしバーサーカーもシロウの助けは借りていますがちゃんと倒しています。ギルガメッシュだって鞘を取り戻したパターンでちゃんと倒してますし、その―――
 弱弱しい反論に凛は少し言い過ぎたと頭を掻きながら肩をすくめる。
「そりゃあわたしだってそれはわかってるわよ? でも再戦での勝利ばかりってのが・・・レオなの? ライオン繋がりでレオなの?」
 わかり辛い光の巨人ネタで追求する凛に、洗い物をしていた士郎はむぅと唸りながら居間へ戻ってきた。
「あんまりセイバーを苛めるなよ遠坂。セイバーが居てくれたおかげで俺達は今も生きてられるんだぞ?」
「それはわかってるわよ。っていうか、強いことはわかってるからこそ、こういうこと言えるのよ。本当に弱い奴に弱いなんて言ったらそれこそ立ち直れないじゃない」
 苦笑する凛に士郎はジト目で座る。
「そのわりに、俺はずいぶんとヘボ魔術師扱いされた気がするけどな。実際ヘボなのに」
「何言ってんの。士郎はわたしの一部なんだから、どれだけ罵倒しても構わないのよ」
 わかり辛いストロベリートークにセイバーと桜の目がきつくなるが、凛はそれをきっぱりと無視する。
「まあ、何が言いたいかっていうと、なんでセイバーは強いのにこんな勝率悪いの? ってことよ」
 髪の先をくるくる弄って言ってくる凛に士郎は苦笑を深くして―――
「そりゃまあ―――」
『マスターが悪いのだ。凛』
 言いかけた台詞が、似ているが違う声にさえぎられた。
「!? あれ? 今の・・・」
 士郎は慌ててあたりを見渡し、その視線はテレビの所で止まる。
「あ、アーチャー!?」
「え・・・あ、あれ? ほんとにアーチャーじゃない!?」
「これは・・・先程まで第4次の戦いが映っていたのですが・・・」
「また調子が悪くなったんですか?」
 画面に映っていたのは赤い外套を纏った浅黒い肌と銀髪の男の背中。言うまでもなく、第5次聖杯戦争におけるアーチャー、エミヤさんである。
 懐かしい顔―――というか背中に凛は思わず立ち上がりテレビに駆け寄り。
『ふむ、久しいな。り―――』
「遠坂チョーーーーーーーーップ!」
 テレビの角に、迷わず手刀を叩きつけた。
『ちょ、待て! なにをするだーっ!!?』
「テレビの調子が悪いときはね、こうやって斜め45度から、チョーッ!」
 ガッツンガッツンと容赦ない攻撃に士郎はため息をついて立ち上がり、背後から凛を抱きしめた。
「どうどうどう、落ち着けよ遠坂。たぶんコレ故障じゃないからさ」
「ん・・・士郎がそういうなら落ち着く」
 途端にハートマークが語尾に付きそうな表情で大人しくなった赤い人に画面の中のアーチャーはやや青ざめる。
『・・・いったい、何が、どうなってるんだ・・・?』
「・・・あんまり気にしないでくださいアーチャーさん。時計塔から帰ってきて以来、いっつもこんな感じですから。あの頃の姉さんは、もうどこにもいないんです。ここに居るのは一組の色ボケのみ・・・それで、どうしてそこに?」
 桜に問われ、うむとアーチャーは落ち着きを取り戻した。
 昔から幻想が壊れるのには慣れている。へいきへっちゃら。
『なに、仕事で世界を渡っているときに妙な魔力を察知したのでな。世界の方も調査の必要があると感じたのか人格込みで私を具現化したというわけだ』
 世界はわりと気軽に人間に声をかけたりもするが基本的にはコミュニケーション能力はない。今回のアーチャーの立場は言ってみればどこぞの宇宙的知性体のヒューマノイドインターフェースのようなものか。
『見た感じ、世界が動くような問題でもなさそうなので暇が出来てな。ついでだから昔馴染みの疑問に答えてやろうと、まあそういう感じだ』
 ふふんと笑いアーチャーは画面越しにびしっと士郎を指差した。
『はっきり言おう。セイバーがその力を発揮できないのは、マスターが悪いからに過ぎん』
「士郎を悪く言う奴はわたしを悪く言うのと一緒だから後で逆さ吊りにするけど・・・それはそれとして疑問があるわアーチャー」
 凛は後ろから抱きしめる士郎の胸に後頭部をくりくり押し付けてじゃれながら、そっと囁いてみせる。
「―――義父さまの時も、結構弱いのよ? セイバー」
 容赦の無い言葉にどーんと落ち込むセイバーと『義父さま!?』とショックを受けてる桜を意図的に無視してアーチャーはうむと頷く。
『いや、そこには少々の語弊がある。あまり言いたくはないのだが―――衛宮士郎だけではない。衛宮切嗣もまた、駄目マスターだったのだ。少なくとも、セイバーのマスターとしてはな」
「ちょ、ちょっと待てよアーチャー。俺は確かに駄目マスターだけど・・・」
「駄目じゃないわよ、士郎」
「貴方は私の理想のマスターだ」
「魔力の補給も上手いですし―――」
 よってたかって話の腰を折りにくる姦しい人たちにアーチャー心の号泣。
「ごほん、切嗣は一流の魔術師だったぞ? これについては言峰すら認めてる」
『確かに、衛宮切嗣は魔術師として、魔術師殺しとして一流だった。そういう意味で、聖杯戦争には最適の人材だったのだが―――ふむ。ではその辺りから説明を始めるとしようか』
 画面の中でアーチャーはひょいっとしゃがみこんだ。画面から見えなくなった英霊の代わりに、スケッチブックが大写しになる。そこに書いてあるのは―――
『3』
 ぺらりとめくれて。
『2』
 ぺらり。
『1』
 そして。
『どっかーん! わーい!』
 アーチャーは、いつか見たような晴れ晴れとした笑顔で、ぴょーんと両手をバンザイしてジャンプした。
「――――――」
「――――――」
「――――――」
「――――――」
『やあみんな! なぜなにエミヤンのはじまりだよっ! こーんにーちわーっ!』
 画面のこちらを大凍結に追い込みながらアーチャーはにこやかな笑顔で画面に向かって手を振る。
「――――――」
「――――――」
「――――――」
「――――――」
『おやぁ? 声が聞こえないぞ? こーんにーちわーっ!』
「はっ、こ、これは失礼しました。こ、こんにちわ・・・」
 セイバーは、礼儀と義理を欠かさない、とびきりの善人だった。
『はい、こんにちは。みんなの疑問に世界の奴隷が応えるなぜなにエミヤン、今週もアシスタントはアンリくんでーす!』
『・・・正気じゃねえよな。全員まとめて』
『うん、今日もいい具合に雑魚っぽいねー。じゃあ今週のテーマ、<セイバー召還時のマスター戦略について>はじまるよー』
「ちょ、ちょっと待って、アーチャー。悪かったわ。何かよくわからないけどわたしが悪かったからそのノリはやめて・・・」
 恐怖のあまりだろうか、士郎の胸にしっかりとしがみついて訴える凛にアーチャーはふむと眉をしかめた。
『私の中の理想の教師像なんだが・・・』
「あ、なるほど。確かにあのノリはそうかもしれない」
 理解できるの!? と驚愕の目を凛や桜からあびせられながら士郎は苦笑する。
 誰がなんと言おうと、どう思われようと。
 衛宮士郎にとっての恩師は、藤村大河ただ一人だ。
『まあ、いいだろう。では、普通に説明しよう』
 画面の中ではそう言ってふんぞり返るアーチャーのバックでうさぎの着ぐるみが椅子と黒板を用意している。妙に機敏な動きで、片手だけ皮のグローブをしたうさぎさん。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 正体がわかっても、働き口が無い魔術師を指差さないだけのやさしさが、まだあくま達にもあった。
『さて、セイバー・・・アルトリア・ペンドラゴンは、例えるならば戦車だ。装甲が厚く大概の攻撃を弾き返し、一撃で敵を粉砕する主砲も持つ。機動力もそこそこなあたり、MBT・・・そうだな、M1A1かA2あたりのイメージか』
 アメリカの優秀な戦車である。
『ちなみに、この例えでいくならば超重量級でどんな攻撃も弾き返すバーサーカーは100t戦車ことマウスだな。実際には100tを大きく越える重量だったらしいぞ』
「しかも補給と整備態勢がしっかりしたマウスか。そりゃ手に負えないが・・・マニアックなたとえだな・・・」
『うむ。実は昔1号車の砲塔代わりに乗せられたことがあってな―――いや、それはいいとして、セイバーは戦車だ。ランサーは対戦車歩兵・・・いや機械化歩兵くらいか。機動力があり、継戦能力が高く、攻撃力は戦車を落とせるが防御に劣る。ライダーはよくサーヴァントの喩えで使われる戦闘機。燃費が悪いし落とされるときは一瞬だが他では追いつけない速度と強力な装備を多数持つ。ミサイルだったりナパームだったりな。アサシンは・・・まんま、としか言いようが無いな。キャスターはさしずめ工兵だな。戦車が直接あたれば一瞬で駆逐できるが陣地を構築したり罠をはったりすれば大物を落とせる』
 かのイスカンダルが聞けば大喜びしそうな例え話に時計塔での後援者を思い浮かべながら凛は『はいっ』と手をあげる。士郎にもたれかかったまま。
「だとすると、あんたはどうなのよ。アーチャー」
『ふむ。攻撃ヘリ、だな。搭載兵器次第だが強襲から偵察まで可能』
『ちなみに、俺は?』
 問うたのはアシスタントと言われながらまだ何もしていないアベンジャー。暇だったのかうさぎさんとじゃんけんをして殴られている。
『おまえか? ・・・例えがたいが、あえて言うなら旧帝国陸軍の対戦車兵あたりだな』
『? どんなのだ? それ』
 要領を得ない顔で問われてアーチャーはふっと嘲笑を浮かべた。
『爆薬を抱えた歩兵がな―――戦車の下に飛び込んで自爆するのだ』
『・・・・・・』
 ぺきりと硬直する僕アベンジャー。宝具はダメージ喰らってからしか使えない自爆兵器。
『うむ。能力は低いが何人でも出てきてバンザイ突撃してくあたり、よく貴様に似合っている。地雷を抱えて爆死しろ』
 アンリ・マユは体操座りして自分の身体の模様を数え始めた。
「うぅむ、アーチャーって俺だけじゃなくそいつにも厳しいんだな・・・」
『人格としては似たようなものだからな。貴様と』
「で? かっこわるいイジメしてないで説明を続けなさいよ。セイバーが戦車だとして、それがどうしたのよ」
 促され、アーチャーはうむと頷いた。
『つまりだ、戦車は正面決戦をする為の兵器だ。厚い装甲と機動力を生かして塹壕や陣地を押しつぶすのが本領と言えよう。戦場の主役であり―――故に、それへの対策も多い。先程あげた兵器に共通する事は一つ。どれも戦車を倒せるということだ』
「・・・つまり、戦車・・・私は、対策されやすい、と?」
 しょんぼり気味のセイバーにアーチャーは首を横に振った。
『正確ではないな。どれも戦車を倒しうるし―――しかし、その手段を封じれば高確率で勝利できると言うべきだ。ゲイボルクの間合いに入らないようランサーと戦えばどうだ? 閉鎖空間で自由に滑空できないライダーとの戦闘は? ハサンに力押しをしたら? バーサーカーをイリヤと切り離したらどうなる?』
 答えはどれも、セイバー優勢だ。
『故に、セイバーを運用するには戦場を調整してやる必要がある。正面からぶつかり合えばまず勝てるのだから、正面からぶつかる事ができるよう戦場を用意するのがマスターの役割ということになるのだ。そこの点で、衛宮士郎と切嗣はマスター適正が低い』
 うさぎさんが用意した黒板にカボチャと鋏の絵を落書きしながらアーチャーは続ける。
『衛宮士郎の場合は簡単だ。指示を出す事自体が稀な上に本人が突撃してばかりだから基本的には遭遇戦となってしまう。自然、相手の切り札の警戒が出来ず、一度喰らってから反撃するしかない。一番遅く参加し、最初から他のマスターにちょっかいをかけられる側だった事を差し引いても良手とは言えんな』
「・・・俺の目的は聖杯戦争で一般人の被害が出ないことだったからな・・・そのせいで苦労かけた。すまない、セイバー」
「いえ。そういう貴方だからこそ私もまた、全力で戦いぬけたのです」
 暖かく微笑むセイバーとそれに頷き返す士郎に、凛は少しむっとした顔になった。
「・・・士郎、抱っこ」
「は!? と、遠坂!?」
「抱っこ。撲殺」
 著しく趣の違う単語の連結に士郎はため息をついた。
「まったく・・・遠坂は甘えん坊だな」
 呟きながらひょいっと凛を横抱きに抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。桜の手元で、台布巾が繊維レベルまで千切れたが全員無視。
「―――にゃお」
 士郎の首元に髪をこすりつけて凛は勝ち誇った目で鳴きまねなどしてみせる。飼われてるんじゃない。飼わせてやってるんだという態度が、実に猫っぽい。
「―――がお」
 対し、セイバーはしょぼくれた顔で肩を落とす。何せ、数年前に令呪を使っての正妻側妻決定が成されている。シロウは私の鞘なのにーと口の中でぶつぶつ言ってセイバーはテレビに向き直った。
「それで・・・ええと、なんでしたでしょうか?」
『・・・なんか、爛れているな。君らは』
 アーチャーはもはや怒りや恨みを通り越してあきれ返った目で呟き、肩をすくめる。
『つまり、本来情報戦を担当する筈のマスターがその役目を放棄して主戦力になろうとしたが為に、情報取得の手段が<セイバーが喰らってみる>という事になってしんまったのが、五次の際にセイバーの戦績が悪く見える原因だ。第五次のさまざまな可能性を見てきたのならわかると思うのだが、実はセイバーは一時的に撤退した事こそ多いが死亡する可能性はかなり低い。相手の切り札でボロボロになりながらも命だけは助かっているケースが大半だ。逆に考えてみれば、各サーヴァントは自分の得意パターンに持ち込んで切り札まで投入しているにも関わらずセイバーを殺せなった、と言う事になる。これはアルトリアという英霊の優秀さを示すのに十分なデータであると思うがね』
「なるほどね・・・考えてみれば、必殺の筈のゲイボルクを喰らってもなお生きてたんだっけ」
 抱っこしっぱなしは疲れるので座布団に座った士郎の膝に乗って凛は口元に手をあてて考え込む。
「えっと、バーサーカーにはそのまま殺されたケースがあったけど大抵はボロボロにされても耐えきってるか。それ以外だと・・・ベルレフォーンの直撃はその後に魔力切れで消滅したけど耐え切ったし、キャスターは完封。ただし葛木先生に殴り倒された・・・アサシンは・・・考えてみれば剣で競り負けただけで別にやられたはいないわね。あ、ハサンの時はどうなの?」
『あれはどうしようもないだろう。ハサン自身に手こずったのは事実だが、セイバーを倒したのはむしろアンリマユだからな』
『ん? 俺か?』
 腕の模様を数え終えて腹の方をカウントしていたアンリに、アーチャーは黒板に大きくアン士郎と書いてそこに×をつけ、逆チューリップと書いて○をつける。
『5次の話をしているのだから当然に桜を媒介に出てくる方だ。アレに関しては、兵器に例えるなら核だ。使われてしまっては戦車だろうがなんだろうが関係ない。逆に言えば、あのケースではマスターとセイバーが完全に分断されたのが悪い。あげく場合によっては自分も殺されているしな』
 身に覚えは無いが、士郎は少し肩身が狭い思いで俯く。下を向いた唇に、凛はえいやっと自分のそれを重ねる。桜は修羅の形相で畳にずぶりと手刀を埋め込みセイバーはもう慣れてるのでため息ひとつでスルー。
『ちなみにセイバー、君の振る舞いで唯一感心できないのは柳洞寺に単独で突撃した件だな。色々ストレスが溜まっていたのはわかるが援護無しでの戦いは避けるべきであったし、不在の間に士郎が襲われていたらそこでアウトだからな』
「う・・・はい・・・」
 しょぼくれたセイバーをよそに、誰も止められないという点でもはや無敵状態の凛がアーチャーに目を向ける。
「士郎の方はわかったけど・・・それなら、義父さまの方はどうなの?」
『衛宮士郎をセイバーを使いこなせていないケースとするならば、衛宮切嗣の場合はセイバーを使いこなす気がないケース、というべきだろう』
 アーチャーはそこまで言って喉に手を当てた。
『喋り過ぎて喉が渇いたな・・・アシスタント、紅茶を頼む』
『・・・へいへい』
 足の裏の模様をチェックしていたアンリは面倒そうに立ち上がり、画面の外からティーカップを持って帰ってきた。
『これでいいか?』
『む? なんだか黒い紅茶だな・・・中国系か?』
『あー、どこだったかな・・・イランあたりが産地じゃねぇか?』
 面倒そうに答えるアンリにふむと眉をひそめアーチャーはその液体を喉に流し込み。
『ガ―――!』
 同クラスのあの方っぽい叫びと共にその場に崩れ落ちた。
『言い忘れてたけどな、それ・・・茶っていうとちょっと違うんだよな』
 アンリはニヤリと笑って画面越しに凛達の方へ目を向ける。
『イラン原産、どろり濃厚な英霊エキスたっぷり・・・アンリマ湯』
「駄洒落かいっ!」
 凛は虚空へとぺすっと突っ込みを入れ、あまりの暴挙に眉をひそめた。
「まったく・・・説明が途中で終わっちゃったじゃない」
『そっちかよ』
 アーチャーは不死身の男だからあれくらい大丈夫だろう。反転とかしたら皮肉屋なところとか抜けるかもしれないし。
『まあ、問題ねえよ。台本は俺も読んでるからよ。あー、なんだっけか。切嗣がセイバーを使いこなす気がねえってとこからか?』
 隣のうさぎさんがうん、とわりかし可愛く頷くのを確認してアンリは大げさに肩をすくめてみせた。
『ま、簡単な話だぜ? 切嗣はどっかの撲殺っ婦(ぼくさっぷ)と同じでサーヴァントで敵を倒す気がなかったっつーだけの事だ。もっとも俺が弱すぎてそうせざるを得なかったバゼットとは違ってあいつはサーヴァントより自分のスキルを信じただけなんだけどな。あいつは『魔術師殺し』の魔術使いなわけで、他のマスターと直接戦えば余程の事がなきゃ勝てるんだからまあ気持ちはわかるけどな』
 それはつまり、聖杯戦争の戦闘面でのルールの無視。
『切嗣にとってサーヴァントなんてもんは邪魔なだけだったんだよ。いつも通り魔術師を探し出して暗殺する方がよほど楽ってもんだ。だから、囮にしたのさ。偽マスターを立てて、自分がサーヴァントに襲われないようにってな』
 最終的にはまた違う展開があったようではあるのだが、凛達が鑑賞した歴史が港での5サーヴァント集結までなのでとりあえずそれを前提にアンリは喋り続ける。
『囮にした事そのものも切嗣にとってはそれくらいしか使い道がねぇってだけだ。奴が欲しかったのは諜報とか暗殺の補助を行ってくれる使い魔だ。暗殺と諜報専門のハサンとかサポート能力全開のキャスターがよかったんだろうし、バゼットんときみたいなやりなおしが出来るんなら全裸で大通りを駆け巡るくらい喜んだかもしれねぇな』
「・・・そんな親父嫌だなあと思いつつ、あの親父ならと思う俺も居る」
 士郎のしみじみとした呟きに、セイバーは複雑な表情をした。
『ま、そういう意味ではセイバーはよくやってるんじゃねぇか? 参加してる魔術師の目を自分と偽マスターに向ける事に成功して、更にはランサーの真名と宝具も掴んだ上で生き延びてるんだからよ。囮としちゃあ文句ねぇぜ』
「でも、戦力かなり低下してるわよ? 確かエクスカリバー撃てないんでしょ?」
 凛の疑問にアンリはぎゃははと笑う。
『その考え方は実に真っ当だぜ嬢ちゃん。だが、異端であるところの切嗣には別の考えもあるんじゃねぇか? 負傷が治らないサーヴァント・・・そいつは実に倒し易そうに見える。戦うなら今だって普通なら思うよな?』
「! ・・・そうか、囮として考えるなら、良い状況なのか・・・」
 士郎の声にアンリは正解ぃと応えた。
『ま。意図してるわけじゃねぇしセイバー本人にとっちゃあ不本意だろうが切嗣の存在がバレてないうちに、他のマスターにはどんどん動いて貰ったほうがいいんから苦戦してもらえればそれに越した事はねぇのさ。何しろ、最悪セイバーが負けても構わないんだからよ』
「なんでさ。セイバーが負けたら―――」
『マスターは失格にはならねぇぜ? 特に、マスターを暗殺するつもりのマスターにってはな』
 アンリの示唆に、凛は渋い顔をする。士郎の耳たぶを意味無く揉みながら。
「そっか。マスターを暗殺したらサーヴァントが余るんだ・・・それと再契約すれば前のサーヴァントが死んでても関係ない・・・っていうか、死んでたら油断を誘える分暗殺しやすいくらいなのね」
『そういうこった。つまり、切嗣が囮戦略を捨てない限りセイバーは得意なフィールドにでは戦わせて貰えず、相手の切り札を見る為にボコられまくるってわけだ。俺と同じようになぁ?』
 ヒヒヒと笑うアンリの目に僅かな同情。彼は4日間で最高6回まで切り札を引き出す為の囮をやらされたスペシャリストである。
「う、うう・・・」
 何か記憶が蘇ってきたのか俯いたセイバーに、まぁそのうちいい事あるんじゃねぇかと適当な慰めをかけてアンリはまとめに入る。
『さって、と。これでわかったか? セイバーは別に無能じゃねぇよ。あえて言うなら巡り合わせがわりぃな』
「むぅ・・・でも、最強って名乗りがちょっと引っかかるのよね・・・もっと楽させてくれてもいいのに・・・」
 贅沢な要求に、アンリはひょいっと肩をすくめてみせた。
『最強じゃなくて、最優。あんた自分の台詞も覚えてないのか?』
「ついよ! うっかりよ!」
『うっかりじゃあしょうがねぇな。それと一つ言っとくが、サーヴァントは武器だ。策が読み取れないとかそういう文句は言われる筋合いがねえぞ。自分でやれよそれくらい。バゼットなんて俺が全く働かないから調査から作戦立案、トドメまで全部一人でやってたぞ?』
 うさぎさん、ちょっとてれてれ。
「・・・それはちょっと極端すぎない?」
『自慢じゃないが俺の弱さは折り紙つきだからな。まあ俺と違って能力面では欠点なく高レベルなんだから文句言われる筋合いはねぇんじゃないか? スキルも相手のマスターへ絶対的な優位を作れる対魔力と忘れられがちだが現代の乗り物にも通用する騎乗と使い勝手がいいしな。そして今までも散々言ってきた事だが、マスターの適正とあってなくても使えるってのが売りなんじゃねぇか?』
 アンリはそう言って自虐的な笑みを唇の端で浮かべた。
「バーサーカーは強いがマスターを無視して魔力を消費する。キャスターは接近戦に持ち込まれたら詰み、ライダーは多彩な宝具と機動力が売りだがそれは逆に言うと魔力切れと常に向き合うってこった。アーチャーは多彩なスキルはあるが基本的には接近されると弱い。ここで転がってる赤いのはわりと例外だがセイバーほど強くはねぇさ。アサシンにいたっちゃ言うまでもねぇな。サーヴァント同士でカチあったら終了、だ。んで、俺みたいなどんな状況でも変わらず弱ぇのも存在する。さて、あんたが平均的な魔術師だとしてだれを選ぶ?」
 うさぎさんが何かゼスチャーで抗議しているのをよそに、凛はふむと頷いた。
「まあ、そうよね。っていうかだからこそ万能属性のわたしもセイバー呼ぼうとしてたわけだし。義父さまみたいにコレっていう戦略がないから」
『触媒なしでセイバー呼べると思ってたあたり、うっかりっつうより傲慢、慢心だよなぁ? 親父によく似てるぜ』
 うっさいわねと軽く拗ねる凛の頭を撫で、士郎はテレビの中の顔に声をかける。自分の若い頃とそっくりな辺り、なんだか妙な気分だ。
「俺からも聞いていいか? 俺や親父がセイバーの使い方間違えてるのはわかったけど、本来ならどういう風に使うべきだったんだ?」
『ああ。基本に忠実にいきゃあいいんだよ。マスターであることを伏せて諜報に徹する。相手がどのクラスのサーヴァントで普段どこにいて切り札はどんなもんかがわかるまでは絶対戦うな。で、わかったらそれを使わせないようにマスターが動き、セイバーが能力値の差で押しつぶす』
「既存のチームで言うならお父様とか綺礼、エルメロイあたりと同じ戦略ってことになるのかしら?」
 なでなでに目を細めながら凛が問うと、アンリと着ぐるみうさぎさんは同時にうんと頷いた。
『まあ、普通は二体のサーヴァント持ってるなんて反則はねぇから使い魔とかをどれだけ使えるかによって勝率は代わるんじゃねぇか? だから、基本的には誰かが焦れて動き出すまでは戦うべきじゃねぇのさ。サーヴァント同士では戦ってなくとも行方不明者とか出ちまうもんだしな。長期潜伏してると』
「・・・だが、それでは一般人に被害が出てしまう」
「俺には、そういう戦い方は出来ないな」
 現実論に、セイバーと士郎は同時に顔をしかめる。やはり、主従は似ているものであるようだ。
『まあ結果が全てだ。生き延びたんだからいいんじゃねえかそれで? ま、つぅわけで、今日の番組はここまでだ。運がわるけりゃまた会うかもな』
『(手をぶんぶんとふっているうさぎの着ぐるみ)』
『まて貴様ら・・・』
『お、赤いのが起きた』
『世界パワーなめんなよ・・・締めは私がやる―――』
 土気色の顔でアーチャーは立ち上がった。俺は冬木市生まれ抑止力育ち。世界の奴隷はだいたい友達。男の醍醐味は血のにじみと歯の食いしばりだ・・・
『最後に、創造神茸の言葉を紹介しておく。<対策がつけられないから最優>。例の馬鹿槍を含めてセイバーを圧倒しているように見える奴らは自分のフィールドに持ち込んでいる事、そしてセイバー側は状況や作戦的に相手への対策を取らせてもらえていない事を忘れずに評価してやって欲しい』
「・・・ねえアーチャー、最後に一つ聞きたいんだけど」
 ふらつきながらまとめるアーチャーに凛はひょいっと手を挙げた。
『なんだ?』
「結局・・・あんたってセイバーのこと好きなわけ? やけに必死に擁護してるけど」
「!? そんな事言われましてもわたしは士郎にこの身をささげてますし・・・!」
 びくんっとアホ毛を跳ねさせる剣一本。
『・・・まー、女っけない生涯だったからなー、そりゃ初恋にもすがるってもんだろ』
『! アヴェンジャーぁあああああッ! 貴様っ、言っていい事と悪い事があるぞ・・・!』
『ひひ、そいつはわるかったなあ図星指しちまって』
『く、その口開かぬよう縫い付けてくれる―――投影開始っ! おまえだけは許さないぃぃっ!』
『ひゃっはぁっ! アンリ・マユはクールに去るぜっと、行こうぜバゼット』
 テレビの向こうで赤い人が模様だらけの人に飛び掛り、ウサギさんがそこに割ってはいる。
「・・・おお、強いなバゼットさん」
「まあ、純戦闘型の魔術師だしね・・・造る側の魔術師のわたし達とは一味違うわよ」
 ざーっと砂嵐になってしまったテレビのスイッチを切り、凛はふぅむとセイバーを見た。
「ど、どうでしょうか? 納得していただけましたか?」
「うん。士郎の初恋はセイバーっぽいから、しっかり捕まえとかないと裏をかかれそうだってわかったわ」
「ちょ、姉さん! 誰か忘れてませんか!? 伏兵といえば桜、桜といえば伏兵ですよ!?」
「・・・お茶、入れてくるな」
 いつも通り喧々諤々と騒ぎ出した三人娘を置いて、士郎は席を立った。台所の窓から見える空はあの日と同じ冬の澄んだ青。
 ―――あいつ、元気でやってるんだな。
 今も耳に残るあの剣戟の音を懐かしみ、士郎はまずはお茶の味で追いつくかとヤカンに手を伸ばした。

 こんな真面目に締めてもなあ。