Fate/トラグルイ
※ 注:
壱.当嘘予告、虎眼流印加を得てない門弟は目隠しをして臨むべし。
弐.何のことかわからない場合、シグルイ1〜4巻を買って金許しを得るべし。
惨.このようなネタバレと呼ぶに値せぬ嘘予告にて知識を汚したとあれば
いよいよもって未プレイ者に申し開き出来ぬ破目に陥り申す。
プレイ後、ごゆるりとその若い闘魂を揺さぶりくだされい。
冬木の街には、虎が潜むと云う。
「ま、目撃者には違いねぇからな。死んでくれや」
そう言って打ち込まれた槍から命からがら逃げ延びた衛宮士郎が逃げ込んだのは、庭の片隅にひっそりとそびえる土蔵であった。物質化した死と対面するに至り、慣れ親しんだ場所へと回帰するは人の習いか。
「死んで、たまるか・・・!」
火箸も素手で握れそうな程に己を無造作に扱う者とはいえ、無駄死にを避けるだけの分別が衛宮士郎にも存在した。闇の中、士郎は静かに抵抗の意思を固め。
「あれ? しろー?」
響いたのはのんきな声。幼少より彼の傍にあった人の、いつも通りの言葉。
輝いたのは土蔵の床に刻まれし召喚陣。父が残した形見の魔術。
本来出会う筈の無い二つが交わりしとき、そこに―――
「・・・ようやく器が整いおったわ」
虎が、虎が居た。
右手には虎のストラップがついた竹刀。
左手には間食中の鯛焼き。
しましまシャツに長いスカートといういつもの格好だが、その気配はいつもの暢気な教師のそれでは無い。
「ほぅ、憑依型のサーヴァントたぁ珍しいもん呼び出すじゃねぇか。さっきの奴がアーチャーなら、残ってるのは・・・セイバーか? あんた」
ランサーは問い掛けながら闘争の予感に笑みを浮かべ―――
「・・・やってくれた喃」
それが、彼の浮かべた最後の笑顔になった。
「ふ、藤ねえ!?」
声と共に吹き荒れた濃密な殺気に士郎はびくりと身体を振るわせる。思わず振り返れば、見たことも無いような凶相でもって、藤ねえが竹刀をかついだところであった。
「わたしのしろーに怪我をさせるなんて・・・許さない」
「てめぇ・・・出来るな・・・?」
前方には、槍持つ凶人。
後方には、憤怒の藤ねえ。
「駄目だ! 相手は人間じゃないんだ! いくら藤ねえが剣道五段だからって触れる事も出来ない!」
虎の教師の竹刀は
対手(あいて)に触れることが出来るのか?
出来る。
出来るのだ。
愛する弟を護る為、その身に虎を宿した藤ねえ。
親しきものの変貌は、厄ととるべきか吉ととるべきか。
「他流のもの 丁重に扱うべし 斃すこと
まかりならぬ」
「はっ、よくわからねぇがこっちも今日は偵察だ。退散させてもら―――」
「伊達にして帰すべし」
「へっ?」
間合いの伸びる奇妙な剣撃でランサーの心という器にひびを入れた藤ねえは入れ替わりに現れた凛達にも容赦が無かった。
「藤ねえ。もう少し こう
何というか手心というか…」
「しろー。痛くなければ覚えぬ」
「・・・何を?」
「上下関係」
「・・・・・・」
駆けつけたアーチャーを一撃で切り伏せての台詞である。とりあえず士郎の身に危険が無くなったと見たのか大人しく鯛焼きなど食べ始めた藤ねえをよそに、凛は士郎と共闘を提案した。
「聖杯戦争のもたらすものは、つまるところこのようなもの。それとも衛宮君は…平凡な日常と引き替えにしてもこのようなものに参加したいと言うの?」
恫喝ともとれるその台詞に、士郎は無言のままで頷いた。大切な人が、その、よくわからないやる気を出して曖昧になってる現状。何を言われたところで引くわけにはいかない。
確固たる意思でもって己の忠告を排した士郎に対し、魔術師・遠坂凛は―――
「天稟がありおる」
その意気や良しと満足げに頷いたという。
―――正気にては、大業為らず。魔術師とは、シグルイなり。
こうして聖杯戦争に参加することとなった士郎と藤ねえの新しい生活が始まる。
戦いの無い時の藤ねえは、ただ喰らい、士郎に絡み、叫ぶ。時には池の鯉を素手で捕まえ、生のままばぅりばぅりと喰らうこともある。
つまりは概ね、いつも通りの日々だった。
しかし、戦闘が始まればそこに居るのは一匹の虎。サーヴァントが居ると聞きつければ、時には士郎の制止を振り切って戦いに赴くこともあった。
(異な掴み・・・早き上に伸びたる)
柳洞寺の山門を守りしサーヴァント、アサシンは数合の打ち合いを経て構えを変えた。元より、アサシンは日本の剣術家である。相手も同じような殺人剣の使い手であることは容易に察することが出来た。
(出し惜しみ無く、我が秘奥を持って相手するか)
厳流・燕返し―――アサシン必勝の構えに、藤ねえはニヤリと笑い。
「左様か」
呟くと同時に虎竹刀を横に構える。そのまま剣先に左手を添えた瞬間、アサシンに死相が浮かんだ。厳流の極意を悉く修めた大剣士・佐々木小次郎の全細胞が、戦闘を拒否していた。
「―――ま、まい・・・」
「引き分にござる」
ニヤリと笑って藤ねえは剣を収めた。
数十メートル程後方に・・・慌てて追いかけてきた士郎を感じ取って。
日夜続くサーヴァントとの戦い。士郎がどうあろうと敵はやって来る。
戦いは避けられぬと知った士郎は藤ねえから剣を習い始め・・・結果。
「・・・野良犬相手に表道具は用いぬ」
数日後、結界に包まれた校舎の中で士郎はライダーに言い放っていた。足元には、顎部を陥没させて悶絶する慎二が倒れ伏している。
あのダメージは命に関わるんじゃないだろうかなどとライダーは思うが、とりあえずそっちはどうでもいい。問題は目の前の笑わない男だ。
「あなた・・・本当に人間ですか?」
問われた言葉を完全に無視し、士郎は右手で存在しない剣を握った。
「不要だ。その黒い目隠し・・・剣術には不要だ」
「いえ、確かに剣術には要らないと思いますが・・・」
どうやら、虎は伝染するらしい。すっかり戦闘時には話の通じない人と化した士郎に恐れをなしたライダーは一応生きてる慎二を抱えて撤退。士郎は藤ねえを呼び出してそれを追い。
「ふふ、この子は優しすぎるのでこうして鞭をやらないと戦ってくれないのです―――」
空を駆けるは純白の光弾。膨大な魔力を鎧とし、天馬を駆ってライダーは叫ぶ。
「行きます・・・『騎英の(ベルレ)―――手綱(フォーン)』ッ!」
ビルの屋上へと誘い込まれたのはこれが目的か。ライダーの秘奥たる技を前に、藤ねえはギリリと奥歯を噛み鳴らした。
思い起こししは、いつぞや食べ損ないし野菜庫のどら焼きのこと。
あの折、常温に戻してからと食卓に置きしは桜が指図。
「はかった喃。はかってくれた喃・・・」
カロリーの消費が蘇らせた忌まわしき記憶は鮮明であったが、上空から迫るライダーがその一件とは無関係である事は明確であろうか?
剣虎は、無念の涙を流し―――その怒りのまま、剣を振るった。
むーざんむーざん
らいだーのさーばんと びゅーんびゅん
とらにとつげきかましたら
あーかいはな さーいた
ライダーを葬った藤ねえだったが、勝利の代償は大きかった。人外の力を振るいすぎた事により精気が足りず倒れてしまったのだ。
不調よりも勝利を喜べと言う藤ねえに士郎は無表情なまま砕けるほど奥歯を噛み締める。鼻血が一筋たれるが、気にする様子も無い。
「今宵は、めでたき日にござる…めでたき日にござる…」
姉を守れぬ自分に失意を隠せぬ士郎は看病を凛とアーチャーに任せ、折からの雪の中街を彷徨う。そんな彼を新たなマスターであり彼とも縁深いイリヤは自城へと攫うのだった。
自分のものにならないかと誘うイリヤに否と回答をつきつけた士郎は救出に訪れたのは凛とアーチャー、そして精気が足りず杯を齧りながらやって来た藤ねえ。
三人に連れられて士郎は隙を伺って脱出を試みるが、それはイリヤの罠であった。
「くっ・・・あいつは、バーサーカー・・・!」
「■■■■■■■■(バーサーカーではござらぬ。我らアインツベルンの鎌鼬)」
すらりと斧剣を構えるバーサーカーと真似してスプーンを構えるイリヤの圧力は凄まじく、曖昧極まりない状態の藤ねえとアーチャーでは抑えきれるとは思えない。現実を直視した凛は、苦渋の選択を下す。
「アーチャー・・・私達が脱出するまでの時間稼ぎをして」
「時間稼ぎと申したか」
繰り返すが、虎は伝染するらしい。
ぱぁんぱぁんと手ぬぐいを振り回すアーチャーをとりあえずの防壁として残しイリヤの城を脱出した士郎達は、打開策を求めて廃屋に潜んだ。圧倒的なバーサーカーという脅威。だが、脅威と言うならばこちらにも。
「種ぇ・・・種ぇ・・・!」
「!? ちょ、藤ねえ!? うぉ、身体動かないし!」
「士郎、大人しく喰われちゃいなさい。藤村先生が復活すれば戦いようはあるんだから」
「しろーは、出来ておる喃・・・」
「この勃ち様なら、よろしいでしょう」
危険極まりない虎が居る。ちゅっぱちゅっぱと時は過ぎ、気付けば夜は明け白々と陽光廃屋に降り注ぎぬ。程なく来襲せしバーサーカーを迎え撃ちしは、精気五臓六腑に満ち渡った藤ねえの竹刀。
身体的には回復した筈だが何故か本調子でない藤ねえが正面から迎え撃つ間に凛は樹木の上から奇襲を敢行。バーサーカーの巨大な腕に掴まれながらも、必殺の一撃をその頭へと叩きつけた。
水あめがとろりと絡まった、小さな小豆が一粒―――
「・・・そろそろにござる」
逆手に竹刀を構える藤ねえだが、その動きにはもう一つ切れが無い。
「駄目だ藤ねえッ!」
何かが足りぬまま突進してくるバーサーカーに挑まんとする姿に士郎は無惨な結果を幻視して走り出した。魔術回路を開き、魔力を満たし。焼ききれそうなほど痛む神経を更に酷使する。
「投影開始―――」
生み出すのは最後の一片。激戦の中、どこかへ落としたと思しき・・・
虎の、ストラップ。
斬―――
「お美事」
「お美事にござりまする!」
交差は一瞬。だが、それで十分であった。一瞬静止したバーサーカーは、ごとりと斧剣を落とすと共にその頭部を8つのパーツに分割されて崩れ落ちた。どろりと内容物が森の土へとこぼれ、吸い込まれていく。
「ば、バーサーカー・・・」
あまりのことに蹲り、その場に吐瀉物をぶち撒けたイリヤに士郎はそっと竹筒に入った水を差し出した。
「ゆすげ」
以降、イリヤは士郎に懐く事になるが・・・それは違う無惨。
ランサー・アーチャー・ライダー・アサシン・バーサーカー。既に5人のサーヴァントが斃れ、残るはキャスターのみ。士郎の精を啜り絶好調の虎にもはや敵は無く、程なく訪れたキャスター来襲に際しても衛宮の者どもに動揺は無かった。
だが。
「いた、痛いッ! いた―――」
雨の如く降り注ぎしは無数の剣。唐突に現れた前聖杯戦争の生き残りたるアーチャーことギルガメッシュは、高みより藤ねえ達を睥睨して高らかに嗤った。
「セイバー、迎えに来―――誰だ貴様は! セイバーはどうしたセイバーは! 貴様は、終盤になったら出番が無いキャラだろうが!」
「おまえは・・・それをわかっていながら・・・!」
ずぶぶ、ずぶぶ。ぎしぃぎしぃ。
それは、ギルガメッシュが聞いた事の無い異音であった。
意中の人が居ない衛宮邸にがっくりと肩を落としギルガメッシュが去りしあと、侵入者を五体満足で帰したその屈辱に、無双衛宮の看板を汚されたと藤ねえは猛った。
今にも暴れだしそうな姿に、まごまごしていてはならぬと士郎は藤ねえとのデートを提案。途端虎から猫へと変貌した藤ねえを眺め凛は―――
「でかした!」
満面の笑みでもってそれを承認したと云う。
その夜。夜食用のパンケーキが見当たらぬと凛は廊下を歩いていた。
衛宮邸内で食べ物が消え失せた場合、その犯人として最初に疑うべきは外部の者ではない
そこに居たのは、しゃぶりつかれている士郎と、にたぁりと笑う藤ねえであった。
「・・・ごゆるりと」
凛は、そっと襖を閉じた。
明けて翌日。
「しろ〜、しろ〜・・・」
「士郎ではございませぬ。これなるは当家の門を叩きし言峰」
士郎とのデートに、藤ねえは曖昧なまま参加した。
その間に、言峰が凛を打ち倒してイリヤを攫うとも知らず。
「いい? 絶対に、勝つのよ・・・?」
「・・・ああ、わかってるよ遠坂」
「若先生と呼べ」
最早一刻の猶予も無い。帰宅した二人は凛に手当てをして遠坂邸へと避難させ、決戦は今夜と定めた。
「〜〜〜〜、〜〜〜〜」
藤ねえが士郎の布団でごろごろしていた頃、その士郎は商店街を駆け回っていた。求めていたのは勝栗、打鮑、昆布。これに杯を合わせることで四方膳と呼ばれ、合戦に出陣する際に武将が食するものである。
そして、せんりつの、よるがおとずれた。
「・・・衛宮邸・・・まこと広くなり申した」
出立の準備を終え、藤ねえと共に門を開けた士郎は、場合によっては二度と帰れぬかもしれぬ我が家を振り返り、ぼそりと呟いた。
それを耳にし、藤ねえは首をかしげて問い掛ける。
「じゃあ、子供いっぱいの家にしよっか?」
「ん。卒業してからだけどな。学業は大事だ」
「そだね」
その間、3秒であったという。
その3秒で、二人は絶対に負けられぬ理由を背負った。
柳洞寺。その境内で二つの決戦が同時に始まる。
泉の辺で一足早く始めしは、衛宮士郎と言峰綺礼。本堂前にて、四方膳を食しながらギルガメッシュを迎え撃つは藤ねえ。
「ふむ。恐怖は無いようだな」
綺礼は黒い泥のようなものを繰り出しながらそう呟いた。この世全ての悪を内包する呪いに身体を犯されながらも表情一つ変えない士郎が、奇異なものに思えたのだ。
だが、綺礼が見るべきはその顔ではなかった。片手に握りし、凛より託されたアゾット剣。その柄を握る士郎の握りが、密かに変化していたのだ。
猫科動物が爪を立てるが如き異様な掴みにて剣を執る士郎の脳裏に浮かびしは、愛する人が倒れし屈辱の日か。
そして。
「ふん、貴様の如き雑種に興味は無いが・・・聖杯でこのくだらん世界を滅ぼすのも一興か」
石階段を登り現れた黄金の鎧を纏いし英霊が嘯くのを聞き、藤ねえはゆらりと立ち上がった。
「―――やってくれた喃」
その口から放たれた言葉はいつぞやの槍兵に告げたのと同じものである。
「しろーと切嗣さんの・・・そしてわたしの家に土足で踏み入って、庭に大穴まで開けるとは。やってくれた喃・・・やってくれた喃ッ!」
憤怒の表情を見せる藤ねえの掴みは士郎と同じ異様なもの。ただ一つ、刀身を掴んだ『左手』の存在を除いては。
「狂ほしく
血のごとき
月はのぼれり
秘めおきし
魔剣
いずこぞや―――」
今、凄絶なる仕置が―――始まる!
出場英霊八組十五名
敗北による死者七名
不描写による死者三名
射殺一名
生還四名 中ニ名重症
奈須茸氏家伝
写本「笛夷斗征刃道記」より
残酷無残聖杯戦争・Fate/ToraGurui
刀の柄に白い布をかけてしばし待たれよ!