0-2 Re-birth
「・・・じゃあ、とりあえず確認するわ。聖杯戦争について把握できたことを言ってみて?」 「・・・よくわからないけど、とりあえず・・・君も・・・サーヴァント?」
教室に置きっぱなしだった鞄を回収してから帰宅するまでの間に受けた凛の密度が高い授業を思い出しつつ、士郎は理解できたことを列挙してみる。
「えっと―――まず、聖杯を得る為の戦いであること。参加者は魔術師で、サーヴァントって呼ばれる物凄い使い魔を従える権利を持つこと。サーヴァントは過去の英雄が半精霊化したものをクラスっていう型に押し込めて現界させたもので宝具っていう反則級アーティファクトをもってる。聖杯を手に入れるにはサーヴァントが必要で、サーヴァントを無力化するにはマスターの方を叩いた方が早いから参加したら勝ち残らない限り大概死ぬ。こんなところかな?」
「そうね。付け加えるならマスターは基本的に聖杯に選ばれてなるモノで、わたしはそのマスターに既に選ばれているわ」
「そして、衛宮士郎もな」
凛の台詞に割り込み、綺礼は士郎の手を素早く掴む。
「な、何するんだよ!」
「・・・この聖痣がその前兆だ。正式に契約すればここに令呪が刻まれる」
言うだけ言って手を離し、綺礼は唇の端を持ち上げた。
「つまり、この男もマスターだ。凛」
「・・・・・・」
いずれ戦う運命という示唆に凛はぐっと眉をひそめて綺礼を睨む。その視線を受け流し、神父はあごで正面を指した。
「ついたようだな・・・では、なにが起こったのか、私にわかる限りを説明しよう」
衛宮邸の立派な門まで後数歩。
「まず一点。召喚されたクーフーリンは女だった」
「は?」
きょとんとした表情の凛を無視して門をくぐる。
「ついでに、クーフーリン以外も色々と召喚された。全員間違いなく英霊だ。クーフーリン達が断言したからな」
「ちょ、どういう―――」
「よう、コトミネ。遅かったじゃねぇか」
凛の台詞に威勢の良い、それでいて耳に心地よい女性の声が重なった。
「ああ。やはり説明に時間がかかった」
門の内側に立っていた長身の女に声をかける綺礼の視線をたどり、凛と士郎は硬直する。
「召喚された英霊は定員を既に上回る八名。そして、伝説にどう伝わっているかに関わらず、全員女だった」
衛宮家の戸の前に立っていたのはメリハリのあるボディーラインがくっきりと浮かび上がった青いボディースーツを着て赤い槍をぶら下げた女性。真っ赤な外套を着込みぷいっとそっぽを向いている白い髪の少女。そして。
「今一度、問おう。貴方が私のマスターか?」
真直ぐに士郎を見詰める、金の髪と銀の鎧の少女の姿。
「―――セイ・・・バー?」
意思や思考よりも早く、言葉がこぼれた。
「はい。シロウ・・・お久しぶりです!」
瞬間、厳しくしかめられていた少女の顔が親愛に緩む。その視線と言葉に士郎の表情もまた、喜びに緩んだ。
「ちょ、ちょっと衛宮君! 何よ!? あの子と知り合いなの!?」
凛に問われ、というよりも詰問、むしろ尋問され、士郎は困惑の表情を浮かべた。
「い、いや、その―――」
そらした視線で見つめる自らの右手にはくっきりと浮かぶ複雑な文様、『令呪』がある。それが、令呪であると今の士郎には理解ができる。
だが、そこまでだ。少女、セイバーに関しての記憶は霞がかかったようにおぼろでつかみ所が無い。
「・・・知らない、のか? ・・・俺」
だが知らぬと言い切ることもできないのもまた、確かだ。目の前の少女と共に居ることが、こんなにも自然に感じられるのだから。
・・・まあ、言い始めた途端ムッとした表情でこちらを睨みだした金髪の少女の顔も怖いし。
「ちなみに、残りの連中はいつのまにかどこかへ消えていた。逃げられたらしい」
「ど、どこかって・・・そんなのんきな!」
凛の驚愕にうむと頷き綺礼は続ける。
「放っておくわけにはいかん。だからまず君たちに話を持ってきたのだ。そこに居る二人は逃げず、私にこう言ったよ。『自分は衛宮士郎という魔術師を知っている』と」
「お、俺!? なんでさ!?」
後ずさる士郎に綺礼はこともなげに首を横に振った。
「私にわかるわけがあるまい。わかることは、これが聖杯戦争というシステムそのものを揺るがしかねない異常事態であることと、彼女がセイバーのサーヴァントであることをおまえが言い当てたということだけだ」
「う・・・」
「でもどういうこと?サーヴァントシステムが誤作動してる・・・ってことよね?」
唇に人差し指の第二関節を当てて凛は思考をめぐらせる。だが、どうにも情報が足りず形にならなかったようですぐに首をふって綺礼の方へ視線を向けた。
「駄目ね。さっぱりだわ・・・なんでこんなことになったか予想はついてるの?」
「多元平行で存在する筈の可能性が混濁した結果、偏った結果のみが現れた・・・とでも解釈するしかあるまい。案外平行世界のどこかで、誰かがが他の世界に無茶でもしたのかも知れんな」
「う・・・」
どうでもよさげに言われた台詞に凛は反射的に呻いた。もちろん、そういうことをしでかしかねない『手段』に心当たりがあるだけで、その『手段』は彼女にはまだまだ届かぬ高みなのだが・・・
「どうした? 遠坂」
「え!?ううん、な、なんでもない」
あせあせと手を振る凛にきょとんとしながら士郎はセイバーのほうへ視線を移す。
「えっと・・・セイバー。セイバーは俺のことを、知ってるのか?」
「はい。私は士郎と契約して聖杯戦争に参加した記憶があります」
セイバーはそこまできっぱりと言って、やや自信なさげな表情になる。
「ただ・・・参加したこと、それと何度か戦いを経験したことまでは間違いないのですが、その結果どうなったのかは記憶にありません」
「英霊ってシステムは時間と世界を超越してるから他の平行世界で士郎と契約したセイバーがまたこの世界で士郎と契約するのはありえるとして・・・記憶が中途半端に繋がっているのは妙ね」
「ここまで異常な事態だ。今更ひとつふたつ謎が増えた所で問題あるまい。それで、どうするのだ。セイバーのサーヴァント。この半人前の魔術師にマスターを勤めさせるのか?」
問われたセイバーは胸を張ってはっきりと頷いた。
「無論だ。契約の有無など関係なく、私はシロウを守ると誓った剣だ。私が『在る』限り、シロウの傍でシロウを守りつづける。これは、私の意思だ」
「ふむ。ならばそれもよかろう。どうせ契約も形だけでは在るしな」
そして綺礼はあっさりと言って肩をすくめた。
「ちょ、なによそれ。サーヴァントってのは確か・・・」
「単独行動はスキル無しなら二時間程度だ。だが、彼女たちはもはや厳密にはサーヴァントではない・・・生身の体を持っている。受肉という状態だな。問題ない。問題ないとするしかない」
綺礼にしてはかなり珍しい投げやりな言い方に凛は質問をやめた。ここまで原則無視が続けばもう、なにが起きたっておかしくはない。
「・・・たとえば、わたしの手にいきなり令呪が出てきてもね」
かざした手には、くっきりと令呪が浮かび上がっていた。ふぅと息をついて凛は辺りを見渡す。
「で? これは誰と契約した証なのかしらね・・・」
「私だ。それが契約の証というわけでもないがな」
言いながら凛の前に歩み出たの赤い外套の少女だった。ツンツンと立てた短い銀髪をゆらし、難しい顔で凛と士郎を交互に見つめる。
「・・・なんだよ」
なんとなく居心地悪く士郎が言うと赤い少女はふんと鼻を鳴らして凛に視線を固定した。
「私は・・・おそらくアーチャーのサーヴァントだ。そしてセイバー程ではないが君と契約していた記憶がある。いくつかのポイントがひっかかるので本当の記憶なのかは定かでないがね」
「アーチャー、ね。わたしはセイバーを召喚するつもりだったんだけど?」
凛の疑わしげな視線にアーチャーはふっと笑い肩をすくめる。
「見事に失敗というのが、私の知ってる君の結末だ。いつも通り、肝心な所で・・・って奴だな」
「ぐっ、それを知ってるってことは・・・たしかにわたしに関する記憶ってのはあるみたいね・・・」
顔を手のひらで覆ってうめく凛に納得の色を見た綺礼は改めて士郎に目を向けた。
「では衛宮士郎。以後、召喚されたサーヴァントは君に管理してもらうことになる。受肉した彼女達は通常と違いマスターからの魔力補給を必要としないが、代わりに霊体に戻れないし食事等も必要となる。深いことを考えずに人間として扱うことを薦めよう」
「・・・ああ、わかった」
こっくり頷く士郎に綺礼は重々しく十字を切った。
「では、確かに頼んだぞ。彼女達を」
「達!? 達ってなんだよ! セイバーだけじゃないのか!?」
「いや、ランサー達もだ。行方のわからないサーヴァント達も見つかり次第君に預かってもらうことになる・・・ああ、アーチャーは凛のもとへ行くかもしれんがな」
あっさりと言われ士郎は呆然と立ち並ぶ美女&美少女×2を見渡す。しかもまだ増えるらしいという。
・・・まずい。
それは、一成人男子としてまずい。
そしてそれ以上に、この家には既に居候状態な虎が一匹いるのがまずい。幸い今は高校―――もとい、学園の研修旅行で旅の空だが別段いつまでも帰ってこないわけではないのだ。
ひとりならまだ誤魔化せても、そんな人数がここで生活するのが当然とするような言い訳があるだろうか。
実は全員生き別れの妹で・・・?
実は全員親父が見つけてきた許婚だとか・・・?
実は全員中国武術の最高峰称号取得者で100年に一度の大会があるってのはいかがなものか・・・?
なんとなく、最後のが一番現状に近いような気はしないでもない。
「無茶言うなよ! 召喚したのはあんた達だろ!?」
「残念ながら私の教会にはそれだけの人数を泊まらせる余裕は無いからな」
「孤児院やってる筈だろう!?」
怒鳴られて綺礼は重々しく首を振る。
「あれは、嘘だ」
「そんなあっさり・・・」
「色々と考えて子供達の手配までしたのだが、妻に怒られてやめた」
淡々と喋る綺礼に士郎は複雑な表情で首を振った。
「だからって・・・確かに部屋はあるけど・・・なんだよ8人って」
綺礼は少し考える。
「そうだな。おまえにとっては断るのも良い結果を生むかもしれんな」
囁くように言って眼を閉じ、冷たく笑う。
「戦闘機の四分の一と言われる破壊力を持つサーヴァントがセイバーとアーチャーを除いても六人だ。約ニ機分の戦力が路頭に迷うことになる。しかも本質的に共存できない者もその中に居るわけだからな、暴れだすのにそう時間はかかるまい。惨劇の場にかけつければおまえは望みをかなえられるというわけだ。正義の味方という望みを、な」
「っ・・・遠坂。サーヴァントってそんなに凄いのか?」
「そうね。言うならばデタラメ。別の言い方をすれば生きてる理不尽ってところね。人間サイズの身体だけど間違いなくあれは精霊クラスの魔力を持ってるんだから。暴れだしたら大変なことになるでしょうね。大惨事よ」
躊躇無く言い切られて士郎の腹は決まった。
「しょうがないな・・・うちで面倒見るよ。全員。放っとくわけには、いかない」
「そうか。では凛、君はどうする? アーチャーは君と契約したが、引き取るか?」
「そうね。なんか納得いかないけど、確かにわたしはこいつに会ったことがあると思うから」
赤衣の少女騎士は一つ頷いて凛の背後に控える。
「まあ、偶発的な事態だが納得するとしよう。この状況では戦うこともないだろうしな」
「それは、わたしの実力に不満でもあるのかしら」
ギロリと睨まれてアーチャーは苦笑交じりに肩をすくめた。
「いや、君の実力はわかっているが、聖杯戦争において君は・・・」
「何よ」
「・・・いや、意味の無い話だ。忘れて欲しい」
その煮え切らない言動に眉をしかめた凛の傍らで士郎は深くため息をつく。
「それにしても、藤ねえが帰ってくるまでに何とかなるのかなぁ・・・」
「心配するなとは言えんが、出来るだけ早く解決できるよう務めよう。それまでサーヴァント達を仲違いさせないようせいぜい努力する事だ」
淡々と言ってくる綺礼に士郎はため息をついた。
「わかったよ。ともかく、今はセイバーと、えっと、ランサー・・・さんをうちに泊めればいいんだろ?」
「そうだ。衛宮士郎。だが実はもう一人引き取ってもらいたくてな」
「もう一人!?」
あっさりと言われた言葉に士郎が驚くよりも早く。
「引き取らせるだと? 無礼な。万死に値するぞ雑種」
声は、頭上から響いた。
「な、なんだ!?」
「ふん、雑種如きに我の名などもったいないが教えてやろう。我の名はギルガメッシュ。英雄王だ。雑種」
高さ3メートルに届こうという門の上に、一人の女性が立っている。金のフルプレートに身を包み、髪は豪華に金髪縦ロール。全身からゴージャスオーラを放ち仁王立ちだ。
「・・・ギルガメッシュ。高いところが好きなのはかまわないが、話が進まんからさっさと降りて来い」
「な、なんだと!? 貴様はいつもいつも我への敬いが足りぬ!」
面倒そうな綺礼の台詞に腹立たしげに叫びながらもギルガメッシュは一段低い塀へ飛び降りた。超重量の鎧を着込んでいるとは思えぬ軽い身のこなしは流石英霊というべき体さばきなのだが。
「あ」
その足に履かれているのは、金属製の脚甲なのだ。当然。滑る。
「なぁああああああああああああ!?」
「!」
ずるんと一回点してそのまま宙に身を躍らせたギルガメッシュが落下を始めた瞬間、士郎は意識より早く動いていた。落下地点へと駆け込み、大きく腕を広げて金の鎧に包まれた体を受け止める。
ドスッ!
「ぬぉ・・・」
腕が抜けそうな大重量の負荷に士郎は思わず苦悶の声を漏らしたがなんとかこらえきった。地面すれすれまで下がった両腕に抱えたギルガメッシュの体を、なんとか普通の横抱きの位置まで持ち上げる。
「・・・へぇ」
なんとなく、遠坂の目が怖い。なんでさ!?
「はぁ・・・だ、大丈夫?」
「う、うむ・・・すまぬな・・・」
落下のショックでやや呆然としていたギルガメッシュは真っ白な頭のまま口を動かしかけたが・・・
「って、いい加減に降ろさんか雑種! 万死に値するぞ!」
いわゆるお姫様抱っこな現状に気付いてジタバタと暴れ始めた。
「う、うわ! 急に暴れるなって!」
いきなりな暴挙に、ただでさえプルプルと震えていた士郎の手が耐えられるはずもなかった。おもわずその体を離してしまいギルガメッシュの体は地面に転がる。ごちっ、と硬質の音が響いた。
「・・・ぬ、く・・・」
「あ・・・ごめん」
心底すまなそうに差し伸べてきた手を振り払い、ギルガメッシュはフンとそっぽを向いて立ち上がった。
「まったく・・・我の肌に許可無く触れるだけでも無礼千万であるというのに、よりによって地面に叩きつけるとは・・・」
「いや、落としただけでしょうに。しかもあんたが暴れたのが悪い」
凛が半眼でつっこみを入れるのを完全無視してギルガメッシュはギロリ、と士郎を睨む。意外に背が低いので見上げるようになっているが。
「大体、今の我程度の体重も支えられぬとは情けない。それでも衛宮切嗣の息子か?」
「う・・・面目ない」
どうもこの人たちの間では有名らしい父の名を出されると弱い士郎である。が。
「その鎧、重くて」
「ぬ・・・」
根本的に、鉄板のカタマリであるフルプレートを着込んだ人間の落下だ。むしろ受け止められたことを誉めてやるべきであろう。
「・・・ふん」
ギルガメッシュはぷいっとそっぽを向いて腕を組んだ。
「まあよい。今回は特別に不問にしてやろう。雑種。だが次は無いからな」
「ああ、ありがとう」
にこっと微笑む士郎にギルガメッシュは口をへの字に曲げて更にそっぽを向く。
「・・・鎧は今後着ぬから、次は頑張れ」
「?」
「っ! 違うぞ! この我がちょくちょく躓いたり階段から足を踏み外したりタンスの角に足の小指を打ってるわけではないぞ!? わ、我をそんなうっかり屋だと思うな雑種!」
顔を真っ赤にして吼え猛る英雄王に士郎はきょとんと首を傾げた。
む、とギルガメッシュの暴走が収まった所で傍観していた綺礼が重々しく頷く。
「その通りだ衛宮士郎。彼女はギルガメッシュ。前回の聖杯戦争で私が召喚したサーヴァントだ」
「ちょ、待ちなさい綺礼!どういうこと?前回の聖杯戦争にあんたが参加してたってのも初耳だし、そもそもサーヴァントは聖杯戦争が終わったら・・・」
「消滅するが、それは聖杯のサポート無しにサーヴァントを維持するには相当量の魔力が必要になるからだ。元々膨大な魔力回路を有するなら不可能ではない。そうだな、君ならば多少自力魔術行使に影響は出るだろうが維持可能だろう」
単純に魔力生成量の多さで言うならば綺礼の職場には文字通り人間離れした化物も居たが、まあそういうのを除けば凛のレベルは超人枠と言って良い。年齢を考えればいずれバケモノレベルに到達するのは間違いあるまい。
「他にも、サーヴァントに一般人を襲わせてその魂を吸収したり、殺さぬまでも魔術儀式で魔力を他者から抽出しつづけるという手もある」
「それで・・・あんたはどんな手段を使ったってのよ」
凛の目つきが鋭いものになった。背後でアーチャーが半身になり、いつでも飛び出せる体勢をとる。
「先程言った、『孤児院と偽って集めた子供』を使って死なぬ程度に搾り取ろうとしていた。妻にしこたま殴られてやめたがな。十九発目の左ストレートなど、本格的に昇天するかと思ったものだ」
遠い目になり、何故か僅かに笑ってから綺礼は金の鎧をガシャガシャさせている英霊王を視線で示した。
「ともあれ、ギルガメッシュは前回の聖杯戦争の際に聖杯の中身を浴びて受肉している。今回召喚された8人と同じく、魔力の供給は必要無い」
「・・・一つ、質問があります」
そこへ割り込んできたのはやや硬い声。
「セイバー?」
「ギルガメッシュ・・・いえ、あえてアーチャーと呼びますが、貴殿は私を覚えているか?」
ゆっくりと士郎の前、ギルガメッシュとの間に割り込んだセイバーに綺礼はふむと頷いた。
「そうか。どこかで見たような気はしていたが・・・君は切嗣のサーヴァントか」
「え!? そうなのか!? っていうか親父マスターだったの!? ・・・遠坂、知ってる?」
「・・・そういえば、わたし・・・前回の聖杯戦争の顛末、殆ど知らないわ。なにが起きたかとかは知ってるけど参加者とかはさっぱり」
「聞かれなかったからな。教えた記憶は無い」
綺礼にあっさり言われ、凛はたらっと汗をかく。
遠坂凛。保有技能『うっかり』 評価 A ここまで来るともはや呪い。一番大切なときに限って必ず判定に失敗する
ちなみにギルガメッシュは保有技能『うっかり』 評価EX。 神にのみ許された神のうっかり。判定失敗は全てファンブルになる。
「ふむ。久しいな騎士王。無論覚えているぞ」
「・・・私は前回の召喚の記憶を維持しているつもりです」
セイバーの発言に凛はまたルールが崩壊してる・・・と呟き綺礼は興味深そうに耳を傾ける。士郎はどちらにしろ理解できてないので驚きっぱなしだ。
「ふん、それがどうした?」
「私の記憶も曖昧なのだが・・・確か、貴殿、男ではなかったか? 髪をこう―――そう、あのような感じにツンツンと立てた」
アーチャーを指差して問うセイバーにギルガメッシュは腕組みをし、ふふんと笑う。
「受肉した際に何故か女の体で具現化されただけだ。まあ、我は我であるが故にいかな姿であろうと我だ。特に問題はない」
あるだろう。
「・・・まあ、たしかに問題はありませんが」
ないのか。
「―――これで、せまられることもないし」
ギルガメッシュはセイバーに求婚したことがある。もっとも、頷いたら宝物庫に放り込まれそうではあるからして、ほんとに求婚といっていいのかは大いに謎ではあるが。
「なあ、話がついたんなら家ん中入んない? オレ、少し寒ぃよ」
どことなく安心の表情でこくこく頷いているセイバーの話に割り込んできたのは青い鎧の女性だった。確かに全身タイツの上に皮鎧といういでたちは冬真っ盛りにはやや薄着かもしれない。
「ふむ。立ち話もなんであったな。皆、遠慮なくあがりたまえ」
「って何故におまえが仕切る! いいけどさ・・・」
ぶつぶつ言う士郎に構わず綺礼はふっと笑って見せた。
「時間からしてもそろそろ食事にするべきだろう。なに、手間はとらせんよ私の馴染みの店から出前を取るとからな。中華だが、構うまい?」
瞬間、当然のような顔で衛宮邸へ入ろうとしていた凛の動きが止まった。穏から緊へコマ落としのように表情が変化し、それを感じ取ったアーチャーが魔術回路に魔力を流し始める。
「安心するがいい。衛宮士郎。全員分私の奢り・・・」
言いかけた瞬間飛んできたガンド撃ちと矢の乱射を綺礼はひらりと後方へ飛びずさった。数メートルをひと跳びで移動し懐に手を入れる。引き抜いた指の間に挟まれていたのは二本の長い剣、そして携帯電話。
「遠慮することはない。凛。君の分もきちんと私が払おう」
「士郎! セイバー! 左右から回り込んで! あれは・・・あれだけは! 注文させちゃいけないのよ!」
「は?」
「ぼやっとするな衛宮士郎! 強化しかできない未熟者でも物の数にはなる!」
完全に本気・・・むしろ殺す気で挑む凛とアーチャーの焦りをよそに綺礼は悠然と携帯電話を操り通話ボタンを押し。
ア ン サ ラ ー
「後より出て、先に断つもの―――」
直後に響いた声と共に、よくわからない鉄球っぽいものが携帯電話を吹き飛ばした。
「む・・・バゼットか」
「を、マスターじゃねぇか」
青い女性が呟く。粉々になった携帯電話を更に踏みつけて現れたのは、ショートカットのよく似合う男装の女性だった。
「凛君、士郎君。はじめまして。
バゼット・フラガ・マクレミッツ・言峰だ」
「は、はじめまして・・・あの、ひょっとして綺礼の・・・」
「ええ、妻ということになります」
言ってバゼットは綺礼の後頭部をはたいた。手の振りは軽いが、響いた音はポグン・・・と妙に重い。
「まったく・・・調査しなければならないことはたくさんあるでしょう? 彼らが引き受けてくれたのならば我々はすぐにでもこの問題の解決の為に動かねばならない・・・違いますか?」
「うム。その通りだな」
綺礼はやや傾いた首でこくっと頷き士郎と凛の方へ目を向けた。
「そういうわけだ。衛宮士郎。後は頼む」
「あ、ああ・・・首、大丈夫か?」
む、と綺礼は唸り自らの頭を鷲づかみに掴む。そのまま力を入れるとボギリと致命的な音を立てて首は元の角度へ戻った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
引きつった表情で自分の首をさすっている士郎と凛をよそに今度はギルガメッシュに向き直る。
「ギルガメッシュ、この場はまかせるぞ」
「うむ。アレを食べないですむならどこにだって行くぞ」
ぷいっとそっぽを向くギルガメッシュに首を傾げ、綺礼はさっさと歩き出した。
「・・・凛君」
その後を追おうとしていたバゼットはふと足を止めて凛に声をかけた。
「なんですか?」
「・・・・・・」
「?」
じっと顔を見つめられ、凛はきょとんと首を傾げ。
「・・・やっぱり似てるね―――父娘だから」
「!?」
うむ、と頷く言葉にピキリと硬直した。数時間前から繰り返し聞かされていたフレーズにのけぞる間にバゼットは歩き出していた。声をかけるより早くさっさと角を曲がってその背が消える。
「・・・・・・」
「・・・遠坂?」
「中」
「?」
「中・・・入るわよ・・・」
何故瞳の中に紅蓮の炎が見えるのだろう? 何故硬く硬く握り締めた拳で入念にシャドーをしているのだろう、何故アーチャーはあんな遠くへ避難してるのだろう?
様々な疑問が渦巻いてはいたが士郎はとりあえずそれらを飲み込んで頷いた。
・・・まだ、命はおしいもん。