0-3 Extra 3
「さて・・・」
士郎は茶の間に集った面々を見渡して呟いた。これまでも大分女っ気の多い場所ではあったが、これほどまでの大人数を迎えたことはない。
しかも、当然のような顔で隣に座った凛の気配が否応無く士郎の心臓をバクバクいわせていて。
「・・・とりあえず」
「とりあえず?」
士郎は思わず口からこぼれた言葉に聞き返す凛へと顔を向け、正面から向かい合ってしまった目を慌ててそらした。
(やばい。近くで見ると予想以上に綺麗だ・・・)
だから、士郎は気付いていなかったりする。
(やばいわ。なんでこんなドキドキしてるのよわたしッ!)
その凛もまた、慌てて目をそらしていたということを。
「・・・とりあえず、ここに住まわせると言うのなら各人が何者なのか確認したほうがいいのではないか?」
そんな二人を呆れたような目を眺めて言ってきたのはアーチャーだった。凛の背後に座布団をひいて座っている。
「ん。そうだな。じゃあ悪いけどみんな自己紹―――」
ぴんぽーん。
言いかけた言葉がせき止められた。
「・・・誰か来たみたいね」
呟く凛の目が『さあどうするの?』と笑っていることで士郎はハタと気が付いた。
今この場に居ない、彼の家族が居ることを。
そして、藤ねえが帰ってくる前にこの状況を説明する必要があったということを。
「・・・や、やっぱりあれかな遠坂!教皇様を守る戦士ってあたりが!?」
「珍妙な言い訳考えるのもいいけど、桜は聖杯戦争のこと知ってるわよ?」
ぴんぽーん。
もう一度、玄関チャイムが鳴る。電気がついてるのは見ればわかるし、そろそろ首をかしげながら合鍵を取り出している頃だろうか?
「ななななななんでさ!?」
「言ったでしょ? あの子、魔術師よ。もともとはわたしの妹で同じ魔術師の家である間桐家に養子に出されたの。二つの家は基本的に不干渉を旨としているからその後のことはよくわからないけど」
カチャカチャと鍵を開ける音がする。ひょっとしたら新聞の集金か何かかもという逃避は見事に打ち砕かれた。
「先輩〜?」
玄関から声が聞こえる。今や運命は確定され―――
「こっちよ桜。入ってきなさい」
何故にこの赤いあくまは自分の家に居るかのように悠然と招き入れるのでしょうか!?
「え!? い、今の声!?」
玄関の声が、困惑から緊迫へとその色を変える。次いで、ドタドタと廊下を走る音、ベチンという転んで顔面を床に叩きつけた音、「うぅう〜」という呻き声。
そして。
「先輩!」
ふすまが、バンッ・・・! と勢い良く開いた。現れたのは青みのかかった長い髪を片側だけリボンでくくった少女。
士郎にとっての妹分、間桐桜その人であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
勢い込んで駆け込んできた桜だが、六人、計十二の瞳に見つめられて何も言えなくなり立ち尽くし。
「・・・すいません、家を間違えました」
「「なんでさ!」」
士郎は空中につっこみの裏拳を入れてふと隣を見た。凛の背後で何故かアーチャーもまたつっこみの姿勢でこっちを見ている。なんだかばつが悪そうに。
「どうしたんだ?アーチャー?」
「・・・いや、なんでもない」
士郎の問いに首を振り、アーチャーは顎で桜の方を示した。
「それより。あの少女を放置しておくのか?」
「あ、ああ。そうだな」
・・・あるはずもない。
「ええと、桜」
「・・・はい、先輩?」
にっこり。士郎はハジメテ、目の前の少女の笑顔に本気で怯えた。
「・・・あ・・・ぅ・・・その、この人たち、今日からここで暮らすんで宜しく」
直球。
「!・・・先輩、見損ないました。不潔だと思います。こういうの」
そして、桜さん、痛烈なピッチャー返し!
「い、いやいやいや! な、なんでさ! 別にこの人たちはそういうのじゃなくて、その、泊まるとこないからここに置いてくれって頼まれて・・・」
「誰にですか?」
「いや、なんだか遠坂の知り合いらしい神父に」
ギロリ、と。桜の黒い視線を受けて凛は悠然と立ち上がった。
「そもそも根本的な説明が抜けてるけど・・・桜、あなたもうサーヴァントは召喚した?」
「!」
びくっと震えた桜に凛は肩をすくめる。
「何を呼ぼうとしてたかはわからないけど、多分呼んでも出てこないわよ。もうどっかに居る筈だから」
「・・・・ういう、ことですか」
警戒してかやや伏目になった桜の気配が影を纏い始める。
「どうもこうもないわよ。衛宮君がマスターになった時点で・・・いえ、魔術師だってわかった時点であなたが何故ここに居るのかもわかったんだから」
「っ・・・!」
一瞬見せた絶望の表情に凛は首を振って否定の意を見せた。
「大丈夫。言わないわよ。でもしばらくはここに来ないで。わたしと衛宮君はね、令呪が有効かもわからない受肉したサーヴァントなんていう化物を管理することになったの。魔術師として放置しとくわけにはいかないから。でも、それが危険だってことはわかるでしょ? わたしと衛宮君は自分のサーヴァントがいるから何とかなってもただの魔術師の桜じゃ身を守れない」
理論整然とした言葉は凛の本心だった。ややこしい感情を抜きにしても、妹をここに置いてが危険なことは自明だし、彼女はこれでも間桐の人間だ。桜自身はともかく聖杯の祖たる3家の一つであるマキリ家がこの事態を知れば何かを仕掛けてくる可能性は在る。もうひとつの祖、アインツベルンも危険だがそっちに関しては容赦なく倒してしまえばいいだけの話。
「お、おい遠坂・・・」
「ダメ。衛宮君だって桜を危ない目にはあわせたくないんでしょ?」
む、と唸って士郎は考え込む。実は魔術師だったとしても、戦うべき相手なのだとか言われても、桜が守るべき妹分であるという記憶のほうが、今は重い。敵襲を含めて何が起こるかわからないこの家に居させるのはいかがなものか。
しかし。
「それを言うなら、俺は遠坂だって危険な目にはあわせたくないんだけど」
何気なく呟いた一言。それもまた、彼の本心であった。
体は剣で出来ている。誰かのために、何かのために、全てを助ける為に。それが衛宮士郎という存在の本質なのだから。
だが、この場において、その台詞はやや違う意味で周囲に行き渡った。
「な、なに言ってるのよ。わ、わた、わたしは魔術師でマスターよ? 衛宮君に心配される筋合いはないわよ!」
「? いや、でも・・・女の子だし」
不思議そうに言われて凛はぼひゅっと顔を真っ赤に染め上げた。背後でアーチャーがやれやれと肩をすくめる。
「・・・っ」
桜は危機感に襲われ拳を硬く握って凛を睨んだ。その視線を感じたいろんな意味で赤い少女はそれまでの照れを頭の隅っこへ押しやって余裕の表情を作る。
「でもまあ、そうね。わたしだって無闇に危険な目にあおうとは思わないわ」
うそつけと呟いたアーチャーにスリッパを投げつけて凛はこほんと咳払い。
「サーヴァントから身を守るにはサーヴァントよ。わたしにはアーチャーが居るしね。不安要素は居所がわかってない奴らはなにしでかすかわからないってことかしら。アーチャーを狙ってくる事もあるだろうしセオリー通りマスターを狙ってくることもあるはずよ。受肉してたら意味はないみたいだけどね」
ピンと人差し指を立てたいつもの説明ポーズで言われて士郎はうむむと唸る。なんとなくだが記憶の中にそんなことをしてくるサーヴァントが居たような記憶がある。あ、いや、結局のところあいつは人の家に侵入しただけで暗殺してなかったんだっけ?
「ってことは、二人じゃ危なくないか? 行方がわからないサーヴァントってライダーにキャスター、それとアサシン、バーサーカーだろ? みんな一筋縄じゃ行かない相手だぞ?」
うっすらと残る記憶を元に士郎が言うと凛はふふんと笑みを浮かべた。さりげに、耳が赤い。
「大丈夫。わたしもここに住むから」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
清水の舞台から全裸で飛び降りるくらいの気合でもって言い放った言葉がノーリアクションで返されて凛はたらりと冷や汗を流した。
「よ、ようは同棲するっちぇいってるにょよ!」
「凛、噛んでる」
いらんつっこみをするアーチャーに卓袱台のミカンを投げつけて凛は真っ赤な顔とぐるぐるな頭で他の人間二人の様子を伺う。
そして。
「・・・はぅ」
士郎はそのまま卒倒した。
「し、シロウ!」
慌てて駆け込んだセイバーの腕の中で士郎は弱弱しく呟く。
「セイバー・・・今度の眠りは・・・永くなり―――」
「っ!シロウ!親しき仲にも礼儀あり、です! 人の台詞を流用するのはあまりにも失礼というものではありませんか!?」
予想以上の破壊力があったらしい状況に凛はやや戸惑い、なんとなくリボンなどいじくってみる。
「お、おおげさねえ士郎」
追い討ちとばかりに呼び方も名前呼びに変えてみたりすると士郎は電気を流されたカエルのようにビクンと撥ねた。
「シロウ! 気をたしかに! 衛生兵! 衛生兵はどこですかっ!」
「いやぁ、お医者様でも草津の湯でも、とか言うらしいぜ? はっはっは!若いっていいなぁ少年!」
「ふん・・・雑種め。低俗な」
それぞれ静観したままお茶などすすっているサーヴァント×2からのコメントだ。
「・・・にょみょっ!?」
そこで、ようやく桜が奇声と共に立ち直った。
「ねねねねねねねねねねね・・・!」
「猫?好きよ?」
「違いますっ! 姉さん! ど、どういうつもりですかっ!わ、わたしを追い出しておいてど、同棲って!」
涙目で叫ぶ桜の言葉にセイバーの腕の中でビクンビクンと士郎が跳ねるがとりあえず二人とも無視。でもセイバーにはライバルポイント1点加算。
「あら、さっきも言ったでしょ? サーヴァント持ちだから狙われるかもしれない。だから味方してくれるらしい士郎のとこに住むの」
「ちょ、ちょっと待ったぁっ!」
「おっと、ここでちょっと待ったコール」
どうでもよさげな声で古すぎるネタを繰り出すアーチャーを無視して士郎はズバッと立ち上がった。
「こ、ここに住むって正気か遠坂!」
「正気かって・・・さりげに失礼ね士郎・・・」
呻くように言って凛はふふんと笑う。
「聖杯戦争が始まればそうも言ってられないけど今は味方が多ければ多いほど安心な状況でしょ? それとも士郎はわたしの敵になるわけ?」
「馬鹿言うなよ。それだけは絶対無い」
きっぱりと言い切られて凛はなんとなく照れくさくなってまた目をそらす。
「そ、それなら私も・・・!」
「桜はダメ。サーヴァントいないと危険だって言ったでしょ?・・・ね、士郎?」
「む。そう・・・だな」
いきなり話を持ってこられた士郎がその場の流れで頷くと桜はうーっとうなって拳を握り締めた。
「ま、あきらめなさい。こればっかりはしょうがない―――」
「・・・ば」
強敵排除の予感に凛が勝ちを意識した瞬間。
「・・・ればいいんですよね?」
桜はうつむいてボソボソと呟き始めた。その両眼は前髪に隠れ、どうにも表情が読み取れない。
「桜?」
凛の声にバッと顔を上げた桜は、
「ようするに! サーヴァントが居ればいいんですよね!?」
一声叫ぶと魔力回路にその強力な魔力を流し込んだ。
「ちょっと桜! 無理よ! もう定員以上召喚されてるんだから!」
「いや、定員以上呼べているのならこれ以降何人呼ばれてもおかしくない。さがれ凛!」
凛とアーチャーの声が交差する。とっさに前に出たセイバーが士郎を背後にかばう。
「ほう、あの雑種の力は―――」
「落ち着いている場合じゃないぜ金ぴかッ! 何か変なものが出てくる気がする!」
立ち上がったランサーの手には既に真紅の槍が握られていた。一人座ったままのギルガメッシュも表情こそ余裕を見せているが背後には空間のゆがみが生じている。意地でも焦ったところを見せぬのが王者の資質。
「落ち着きなさい桜! 何が起こるかわからないのよ!?」
「ぅぅぅぅぅぅぅううううう!」
凛の静止の声に答えず桜はバッと両手を天に突き上げ呪文を叫ぶ!
「しょうかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
かーん、かーん、かーん・・・とエコーが消え、後に残るのは痛々しい沈黙。
「・・・桜、せめてドイツ語で叫んでくれない?」
やりきれない空気にぐったりとした様子で凛が呟いた、瞬間。
「待て雑種の女! 魔力は確かに放出されたのだ! 何か出てくるぞ!」
ギルガメッシュの警告と共に桜の周りに召還陣が出現した。慌てて飛びのいた凛とアーチャー、士郎を抱えたセイバーの目の前で桜の体が召還陣から吹き出た黒い光につつまれる!
「桜っ・・・離せセイバー!」
「駄目です! あの光・・・危険だ!」
それも一瞬のこと。黒の極光はあっさりと消え去り、そして。
「クスクス・・・」
「クスクス・・・」
そこに、二人の小さな女の子が立っていた。やや浅黒い肌、大きな瞳。一人は活発げな表情をショートカットが彩り、もう一人はおっとりとした笑顔を長い髪が包み込む。
「あ、あれ? え?」
驚いたのは、桜だった。なんとなく錯乱のままに叫んだものの本当に召還されるとは思わなかったうえに呼ばれたものがなんなのか、本人にもさっぱりわからない。
「・・・あんたたち、なに?」
凛の直接的な問いはその場の全員の代弁であった。女の子たちは顔を見合わせてクスクス笑い、ぶいっと指をピースにする。
「あんりだよ!」
「まゆですぅ」
沈黙。全員、なんとなく記憶の隅に引っかかるものを感じて沈黙。
「二人合わせて、あんりまゆ! クラスはアヴェンジャーだよ〜!」
「く、クラスって・・・サーヴァント、な・・・の?」
桜に問われて二人はうんっと頷いてみせる。
「お姉ちゃんがあんりたちのマスターだね! よろしく!」
「まゆたち、がんばりますね〜?」
あんりとまゆはガッツポーズをとってからバッとセイバー達に向き直った。
「クスクス・・・さっそくサーヴァントはっけ〜ん!」
「うん! 食べちゃおうよ! ゴーゴー!」
声と共に二人の影がずるりと歪み、立ち上がる。それは闇。一切の光を許さず喰い尽くす無限なる闇。
「ま、待って!」
剣呑な空気に慌てて桜は自分のサーヴァントを名乗る少女を制止した。
「戦わなくていいの! ここに居るのは敵じゃないんだから! ね!?」
「え〜? なんで? 他のサーヴァントを全部食べちゃわないと聖杯は作れないんだよ〜?」
「ですよ〜」
不満げに言ってくる二人に桜はあうあうと慌てながらなんとか説明しようとしてはたと気がついた。
「・・・なんでこんなことになってるんですか?と、いうよりも何でいきなりこんなたくさんサーヴァントが? マスターの方はどうなさったんですか? こ、この状況不自然です!」
遅い。気付くのが遅い。
「・・・えぇと」
士郎はひとつため息をつき、制止しようとする凛とセイバーを手で抑えてあんり達の前にしゃがみこんだ。目線を合わせて笑ってみせる。
「はじめまして、かな。俺は衛宮士郎。よろしくな?」
「む・・・敵マスターに自己紹介されちゃったよ、まゆ」
「ダメですよあんりちゃん。自己紹介してもらったら、ちゃんとごあいさつしなきゃですよ〜」
まゆはメッとあんりを叱ってぺこりと頭を下げる。
「まゆは、まゆです〜。サーヴァントをやってます〜。よろしくですね〜」
「むぅ・・・あんりだよ。すっごく強いんだからね! マスターに手をだしたら酷い目にあわせちゃうぞ!」
しゅっしゅ!とちっちゃな拳でシャドーをしてみせるあんりに苦笑して士郎は首を振る。
「とりあえず、今は戦う必要は無いんだ。きみたちのことも含めて、なんだかルールが無茶苦茶になってるんらしい」
俺はルールとかよくわかんないけどさ、と士郎は笑った。
「でもでもでも、あんりたちは戦うために呼ばれるんだもん! あんり知ってるよ! 他のサーヴァントをみんな食べちゃわないとずっと閉じ込められたままなんだもん!」
「? ・・・あら、あんりちゃん」
手をじたばたさせて主張するあんりにまゆは首をかしげて話し掛ける。
「わたしたち、なんだか体がありますよ〜?」
「ふぇ!? ってぅわぁっ!ほんとだ! 肉、ある!」
「肉・・・えらく直接的な物言いだな・・・」
アーチャーのつっこみは、いつも無視される。
「あれ!? あれ!? じゃあ、あんりたちって、これからどうすればいいの?」
「他のサーヴァントの方たちと違って、まゆ達のお願いは生まれること、でしたものね〜?どうしましょ〜」
うーんうーんと悩み始めた二人組みの頭に士郎はぽんっと手を乗せてみた。
「わ」
「はわ」
きょとんとする二人の柔らかい髪をなんとなく撫でてみる。
「とりあえず、ここに居ればいいよ。何をしてあげられるわけじゃないけど、寝るところと食事ぐらいはだしてあげられるから」
ね? と微笑まれ、あんりとまゆは顔を見合わせた。そそくさと廊下に退却し、柱の影でアヴェンジャー会議をアヴェンジャー開催。
「ど、どどどどどうしよっかまゆ!」
「くすくすくす・・・あんりちゃん、顔まっかですよ〜」
「そ、そんなのまゆだってそうじゃん!」
「あらあら〜? そうですか〜? おねえちゃん、照れちゃいますね〜?」
「えっと・・・あ、あんりは・・・その、ここで暮らすのもいいかなって思うんだけど・・・」
「あらあら? くすくすくす・・・」
「まゆだってそう思ってるんでしょ!? わかるんだよ? ふたりでひとつなんだから!」
「プリキュアですね〜?」
「なにが!?」
とりあえず、他の面々に丸聞こえなのは気付いていないらしい。
「・・・ところで、どこで仕入れるのだ? ああいうネタは。召喚者の知識からか?」
そしてアーチャーはどんなときも律儀につっこみを入れる。
「結論が出たよ!」
数分たって、あんりとまゆはてけてけと士郎の前に戻ってきた。
「ん。どうする?」
「うん! しばらくの間、おせわになります!」
「よろしくおねがいしますね〜?」
ぺこりとお辞儀をする二人組みに士郎はにっこりと笑ってこちらもお辞儀を返す。
「こちらこそ、よろしくな。ふたりとも」
「・・・ペドフィリア」
背後で凛の呟いた言葉に込められた殺気を必死で無視しながら。
「・・・と、いうことは・・・私も、ここに住んでいいってことですよね?先輩」
「む」
「私もマスターになりましたし、サーヴァントがここに住むんですから、私もここに居たほうが安全ですよね?」
勢い込む桜に凛は軽く肩をすくめて声をかける。
「そうかもしれないけど・・・桜の場合、きっちり間桐のサポート受けたほうが安全かもしれないわよ?」
「そ、それは遠坂先輩だっておなじじゃないですか! 遠坂家の方が間桐よりずっと権力あるんですから」
横槍に口を尖らす姿にあれ? と戸惑い、凛は首をかしげた。
「遠坂家って、生き残ってるのはわたし一人よ? 父さんと母さんが死んじゃってるのは連絡入れたと思ったけど・・・他の親戚は居る筈だけどほとんど会ったことは無いわね。会った連中はみんな財産目当てだったから社会的に抹殺してやったけど」
知らなかったっけ?と不思議そうに首をかしげる凛に桜は青ざめた。何故だかはわからないが、取り返しのつかない過ちを犯していたという気がしてならない。
祖父は、間桐の長老は、『おまえの姉は遠坂の長という恵まれた環境で幸せに暮らしておる』と事あるごとに言っていた。それを、疑ったことなど一度もない。
「じゃ、じゃあ10年前から姉さんはあの家に一人で・・・?」
「そうよ? 魔術は綺礼が師匠なわけだけど、あいつこっちが頼み込まないと教えてくれない奴だから独学してた時間のほうが長いかしらね。資料やら遺産やらは山ほど残ったからそれを研究してればだいたいは、ね?」
何故だか動揺している妹に首を傾げ、凛は考えこんだ。心情的にいろいろ思うところはあるものの桜がサーヴァント・・・らしきものを呼び出した以上、間桐の家に居させるよりむしろ目の届く位置に居たほうが安全かもしれない。
「どう? 士郎。桜、ここに住ませるの?」
「む・・・むむむ・・・」
士郎は頭を抱えた。今までに桜がこの家に泊まったことはある。だがそれは藤ねえも一緒だったし、根本的に今回は桜以外にも女の子が溢れているのだ。
男として兄貴分として、一応マスターとして、自分はどうするべきなのか?
「悩むな悩むな! そんなの答えは決まってるじゃん少年〜」
そんな士郎の背後から不意に声がした。同時に背中へぷにっと柔らかな感触が走り、肩から自分のものではない手がぶらりとたれる。
「!?!!! ら、ランサーさん!?」
不意打ち気味に覆い被さってきたのはランサーだった。いつの間にか鎧は脱いでおり、レオタードのようなボディースーツ一枚で背後から士郎を抱きしめてくる。豊かな双丘の感触に、衛宮士郎の機能は完全に停止した。
「な・・・! あ、あんた何やってんのよ!」
「先輩に引っ付いちゃダメです!」
激昂する凛と桜へにまぁ〜っと笑って見せてランサーは士郎の頬にすりすりとほお擦りなど敢行。
「くくく・・・細かいことで悩むなよ少年。そこのツンツンした奴も気の弱そうな奴もちっこいのも大食いっぽいのも金ぴかもいい女だろ? もちろんオレもだけど。そういうのはな、身近に置いとくのが男ってもんだ! そして力いっぱい愛でろ! こんな風にな!」
言ってうりうりと頬を押し付けてくる。体の上下動に伴い背中に感じる至福の感触もふにふにと自在にその形を変え士郎の脳髄に直接攻撃を仕掛けてくる。
「ぁ・・・わ・・・ぅお・・・じゃおっ!?」
士郎は意思の力を総動員して世界一甘い牢獄から脱出した。軽く2メートルは飛びのき壁を背にはぁはぁと息をつく。
「・・・興奮したか? 少年」
「そういう・・・ハァハァじゃ、ないっ!」
ランサーのからかいを一喝して精神統一。仮にも魔術師だ。感情はコントロールできる・・・筈。一応。
「と、ともかく・・・ランサーは桜をここに置くの、賛成ってこと?」
「ああ。そこのちっこいのからはなんかやばそうな臭いがしてくるけど・・・まあ、こんだけのメンツなら誰か暴走しても他のが抑えるだろ。な、金ぴか」
「人を金ぴかと呼ぶな」
ギルガメッシュは言い捨ててずずっと茶をすする。
「我はどうでもよいぞ、そんなことは。それよりもさっさと寝床を用意しろ雑種。眠いぞ」
ちなみに現在時刻はなんやかんやで午後九時を回った所。英雄王はけっこう夜が早いようだ。
「あ、うん・・・どうかな、遠坂。こうなったら桜もここに?」
「・・・そうね。わたしは賛成に票を入れるわ。当面の敵は決まったしね、桜」
「・・・そうですね。遠坂先輩・・・うふふふふ・・・」
二人して不気味な笑みを浮かべランサーを睨む。やはり、姉妹だ。放たれる殺気の量はどちらが多いともつかない。
「セイバーはどうだろう?」
「・・・そうですね。私も桜も一緒に暮らすということに対しては賛成です。シロウにとって守るべきものだというのでしたら、私にとっても守るべきものです。異存などありません・・・が」
そこまで穏やかな表情で言って、一転ぎろりと士郎を睨みつける獅子王様。
「色仕掛けに屈するなど情けない! シロウにはもっと鍛錬が必要です! 明日から私が稽古をつけますので時間を開けておいてください!」
「はっはっはっはっは! もてもてだなぁ少年!」
「っ! ランサー! 何が言いたいのです!」
「ん〜? 別に〜? くくくくく・・・」
今にも愛剣を召喚しそうなセイバーをまあまあとなだめて士郎は桜のほうへ振り返った。
「ともかく。俺達の方は構わないよ。後は桜の家の人がどういうかだな。ちゃんと今日は帰って話をしてくるように。いいね?」
「・・・はい」
桜が密かな覚悟と共に頷き、今日のイベントはコレで終わりかと皆が気を緩めた。
だが。
ぴんぽーん。
「?」
再び、玄関のチャイムが鳴る。いまだ幕は下りていないようだ。
「誰だろ・・・ちょっと出てくるよ」
「待ってくださいシロウ。敵の可能性もあるのですから、とりあえず私が」
セイバーの提案に士郎は笑って首を振った。
「いや。一応この屋敷には結界が張ってあるから。敵意や殺意を持った奴が敷地内に侵入したらわかるようになってるんだ。親父が張ったものだから信用できるよ」
キリツグが・・・と呟くセイバーを残して士郎は玄関に向かった。気になるのか、少し離れて凛がついてくる。
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
「はい、今出ます」
軽く声を開けて戸を開ける。カラカラと音を立てて開いたそこに。
「こんばんわだねっ!」
セーラー服の、少女が居た。
「は? え・・・ああ、こ、こんばんわ・・・」
見覚えは無い。顔にも、声にも、制服にも。
元気のよさそうな快活な笑顔、ぴょこんと揺れるポニーテール。やや細身の体だがスカートからのぞく足は程よく筋肉がついており小麦色で実に健康そうだ。身長は、凛よりもやや低めか。
「んっ! 元気が無いぞっ! ひょっとしてセーラー服よりブレザー派かな?」
ニコニコと言われ士郎はぽかんと口を開いた。
「まあ、どっちかと言えばブレザー派だけど・・・」
凛が、着てるから。
「よっし! お姉さん頑張るよっ!」
呆然としている間に少女はGoodとガッツポーズをとり近くの電信柱の後ろに駆け込んだ。細身の体が一瞬だけ隠れ、そして。
「これならどーだっ!」
一拍置いて飛び出てきた少女の体は士郎の通う穂群原学園の制服・・・つまりはブレザーの制服に包まれていた。
「・・・なんでさ」
おきまりの一言を呟く士郎に少女は大げさにため息をつく。
「うーん、これもいまいちなリアクションだねぇ。じゃ、こんなかな?」
めんどくさくなったのか、その場で手を一振り。瞬間、少女の服が光になって宙に解けた。
「ぶっ!?」
「なっ!?」
「きゃっ!?」
夜の闇に一瞬だけ浮かび上がった均整の取れた裸身に士郎とその背後で様子を見ていた凛、更にその後ろになんとなく立っていた桜他数名が声をあげる。
「これで、どだっ!」
光は再び少女の体をつつみ、すっきりとしたブラウスの上に黄色のサマーセーターという制服として具現化を果たした。なにか、カレーと眼鏡が必要な気分になってくる。
「・・・き、君、今の―――」
「む〜! 君今の、じゃなくてっ! 萌えない? これ?」
不満げに言ってくる少女に士郎は圧倒されつつも口を開く。
「いや、イイんじゃないかと・・・」
「うんっ! じゃあしばらくはこれでいくねっ!」
ミッションコンプリートとばかりに飛び跳ねる少女に士郎は全身の力が脱力するのを感じた。
「き、君はいったいなんなんだ・・・」
「サーヴァントだ。雑種。それも我と同じ第4次聖杯戦争参加のな」
それに答えたのは、意外にも金の鎧の英雄王だった。悠然と士郎の傍らを通り少女の前に立つ。
「ふん・・・貴様も生き残っていたか。ライダー」
「ふっふっふ、ボクはしぶといのがとりえだからねっ!」
少女の言葉に士郎は思わず後ずさる。
「じゃ、じゃあ・・・ほんとに君、サーヴァントなの? ギルガメッシュとかセイバーと同じ時期に居た・・・?」
「そうなんだねっ! アーチャーのマスターにサーヴァントの駆け込み寺が出来たって聞いてご厄介になりに来たんだねっ」
びしっとサムズアップ。底抜けに元気に少女は笑う。
「を!? 背後に凛ちゃん発見! おっきくなったねぇ!」
「な・・・わたしを知ってるの!?」
また増えるのかと諦めにも似た心持で眺めていた凛は不意に名を呼ばれ、慌てて外へ飛び出した。履いているのは藤ねえのサンダルだったりする。
「もちろん知ってるんだねっ! ボクのマスターに写真を見せてもらってたんだねっ! 10年前に!」
嫌な予感に取り付かれ、凛は恐る恐る口を開いた。
「・・・ま・・・マスターの・・・苗字は・・・?」
「ん? もちろん遠坂に決まってるんだねっ! ああああっ! セイバーちゃんまで居る! 案外生き延びてるんだねぇみんなっ!」
「いえ、私は再び召喚されただけですよライダー。久しいですね」
セイバーはさりげなくライダーらしき少女を間合いに納めながら一礼する。
「あはは! 警戒しなくても大丈夫っ! 家主さんを襲ったりしないよボクはっ! あ、でも襲われるならムード次第でカモンだねっ!」
ぴっと投げキッスなどしている少女に凛は今まで信じていたものや大事にしていたものがボロボロと崩れていく感覚を味わう。
「お、お父様は・・・いったいなんでこんな子を召喚・・・って、そもそもあなた誰なんですの!」
動揺のあまり喋り方まで変わっている。君こそ誰だ。
「ん? ボクはイスカンダル! 前回のライダーだよ!」
言ってイスカンダルはにこっと笑う。
「みんなはボクのこと、制服王イスカンダルって呼ぶね!」
「だじゃれかよ」
いつの間にか屋根の上に登っていたアーチャーは頭上から一人つっこむ。誰にも聞こえていないが、つっこみとはつっこむことそのものに価値があるのだ。
「・・・まさ、か、とは、思うけど・・・さっき服が変化したように見えたのは・・・」
「もちろんボクの宝具だねっ! 『絡みつく蛇の鎧』ッ! 見た事のあるデザインの制服を再現する文化交流の象徴なんだよっ! 凛のパパも喜んでくれたんだねっ!」
凛はぐったりと壁にもたれかかった。
「思い出が・・・思い出が・・・腐っていく・・・」
いかめしくしかめられていた思い出の中の父親像が制服萌えの笑顔にすり替わっていく。少女は、また一つ大人になった―――
「リン! リン!? 気を確かに!」
ガクガクとセイバーに揺らされる凛をぼぅっと見つめる士郎にイスカンダルはつつつ・・・と近寄ってくる。
「と、いうわけで・・・お世話になりまーすっ!」
「ぅ、ぅえ!?あ・・・そっか。君もあの神父に紹介されて来たんだっけ」
「そうだよっ! あ。これ、お世話になりますの気持ち。受け取ってほしいんだねっ!」
イスカンダルは顔を赤らめてそっと士郎の手に何かを押し込んだ。
「?」
手を開けばそこに、やわらかで、すべすべとした、くしゃっと丸められた布。
「???」
真っ白なそれを士郎はゆっくりと広げる。
「いやん」
イスカンダルは頬に手を当ててもじもじと身をよじる。士郎の両手がみよんと広げたのは、まぎれもなく・・・
「ぱぁんてぃっ!?」
「大声で叫ぶなっ!」
絶叫した士郎の後頭部を凛は平手で打ちぬいた。ボグンと鈍い音が響き渡る。
どうやら思い出と決別は出来たらしい。活気が取り戻せている。
「い、イスカンダルちゃん!これどっから!?」
「・・・さっき、そこで脱いできたの☆」
衝撃の一言に士郎は思わず視線を下げ・・・
「シロウ」
永久凍土の一声に全身を凍りつかせた。
「シロウ」
「は、はい・・・」
気をつけの姿勢で士郎はゆっくりと、ゆっくりと振り返る。そこに。
「・・・覚悟は、いいですか?」
静かな笑みを浮かべたセイバーが居た。銀の鎧を身につけ、金の剣を両手で握って。
「宝具抜いてる!?」
エクスカリバー
「不埒な性根を反省しなさいッ! 約束された勝利の剣ぁぁぁぁぁ!」
「む? あれは衛宮の家のほうではないですか?」
「ふむ、そうだな・・・明日クラスで聞いてみるといい」
その日、冬木市内で起こった不思議な落雷は遠く柳洞寺からも観測できたという。