1-1 食卓百景(1)

「じゃあ、他の人達が起きてくる様子も無いし先に食べてようか」
「「いただきます」」
 士郎の声にセイバーと桜の嬉しげな声が唱和する。昨晩は宝具をぶっ放すところまでいったセイバーだったが、一晩おいてさすがに大人気なかったと思ったのか起床した際には既に穏やかな表情を取り戻していた。
「あれ? そういえば遠坂は?」
「凛は寝起きが悪い。あと10分もすれば死にそうな顔で出てくるから気にしないことだ」
 鮭の塩焼きを箸でほぐしながら士郎が言った言葉にアーチャーは視線を合わせないまま答える。両者の皿にはまったく同じ形で17に分割された鮭の残骸。
「む、真似すんなよアーチャー」
「ふん、偶然を捉えて偽者呼ばわりとはな。そもそもよく見ろ。おまえのは切り口が汚い」
「ぐ・・・おまえこそ口に入れるには少し大きすぎるんじゃないか? 体格にあってないぞ」
 よくわからない問答で戦っている二人を何故か微笑ましい気分で眺めて桜は自らのサーヴァントへ目を移した。
「まぅ・・・みゅ・・・」
「あらあら、ダメですよーあんりちゃん。ほら、お箸落ちちゃいますよ〜?」
 まだ早朝といっていい時間帯はサーヴァントとは言え外見年齢一桁の身には辛いのか、あんりは箸を握ったままうつらうつらと舟をこいでいる。まゆが時折体を支えてやらなければ大惨事になっていることだろう。
「まゆちゃん大丈夫? ランサーさんとかギルガメッシュさん、イスカンダルさんもまだ起きてこないし、後からでもいいのよ?」
 ちょっと年上っぽく言ってくる桜にまゆは口元を押さえて微笑んだ。
「いえいえ〜。ご飯はみんなで食べるほうがおいしい、特に先輩と食べるとおいしいってまゆ達の行動ルールに組み込まれてますから〜」
 明らかに母体から受け継いだと思われる思考ルーチンに桜は頬を染めてその『先輩』を横目で伺った、が。
「だからアーチャー! 俺が取ろうとした瞬間に醤油をかっさらうのはよせって!」
「ふっ・・・ついてこれるか?」
「く、このぉっ!おまえこそついてこいってんだ!」
 取り込み中らしい。がっくしと肩を落す桜をまゆがぽんぽんと背中を叩いて励ます。
「・・・ふぁいとですよ、ますたー。この世界にはNTR専という人たちもいるですー」
「・・・ありがと」
 励ましだかとどめだかわからない言葉に桜が唸り始め、ようやく食卓に落ち着きが訪れ始めた頃。
「・・・ぅ・・・ぉぁぉぅ」
 唐突にふすまがガタガタと開き、亡者の如き呻き声と共にナニカが入って来た。
 制服。ツインテール。美麗な顔立ちと平らな胸部装甲。
「ほう、凛。一応着替えては出てきたのだな。珍しい」
 それは、遠坂凛に違いない。ただ、士郎の知っている凛はデンプシーロールの如く∞字状に上半身をふらふらさせたり意味の掴めない呻き声を発したりはしないというだけで。
 士郎の脳内で構築されていた『優等生・遠坂凛』のイメージを愉快な右フックで粉々にしながら凛はなんとか歩みを進め。
「・・・あた」
 ごちん、と壁に頭をぶつけて跳ね返った。なんとか踏みとどまって猫の毛繕いのようにカリカリとぶつけた場所を撫で回している姿に士郎はハッと我に返り辺りを見渡した。
「!? こ、この状況! 何者かのスタンド攻撃の可能性がある!」
「あるか馬鹿者。凛は毎朝あんなものだ」
 あまりの衝撃に腕を交差させた謎のポーズで周囲を警戒する姿にアーチャーが適当なつっこみを入れると、その声に反応したのか凛の視線が士郎の方へ向けられる。
「・・・し、ろぅ。おはよ・・・」
 ふらつきながらも家主に気付いて挨拶をしてきたその声に、士郎は慌ててガクガクと頭を振った。硬直回復、発声開始。脳内システム再起動、挨拶開始。
「あ、お、おはよう、と、とおさか・・・」
 未熟者めと口の中でだけ呟き、アーチャーは肩をすくめて凛の方へと目を向ける。
「朝食は用意してある。食べるのか、凛?」
「ぅ・・ん」
 モーニング・オブ・ザ・リビングデッド(居間の死体の朝)といった様子でふらふらと凛は頷き、さらに数回そこら辺に体をぶつけながら士郎の膝の上にちょこんと座った。
「■■■■■■■!?」
「・・・何をしている」
 言葉にならない何かを発声して硬直した士郎の代わりに淡々とアーチャーはつっこみを入れた。
「・・・間違えた」
 唸るように答えて凛は膝の上からずるりと畳の上に降り、士郎にもたれかかるようにしてなんとか姿勢を固定する。
「・・・ふふふ、姉さんったら」
「あらあら〜ますたぁ、お箸を握り折っちゃダメですよ〜?」
「ちょ! まゆ! しーっ! しーっ! 殺されるよ!?」
 途端に騒がしくなる食卓の向こう側とやれやれとお茶を入れるマイペースな執事英霊をよそに。
(トオサカノアレガトオサカノアレガトオサカノアレガオレノフトモモニフレテヤワラカグニッテグニヤラカイアッタカイアガガガガガガガ)
 士郎は憧れの優等生像が崩壊した空きスペースに創聖された新たな神話の検証に忙しいらしく動かない。真っ赤になったその顔にもう二膳ばかり箸が折れ、差し出された少し熱めの紅茶に凛がようやく起動完了した頃。
「・・・ぅ・・・ぅ・・・」
 滂沱の如く涙を流す少女が、一人。
「? ・・・どしたの、セイバー?」
 味噌汁の中のシジミを丁寧に箸で摘みながら凛が尋ねると声の主、セイバーはえぐえぐとしゃくりあげながら士郎に目を向けた。
「こ、これは・・・シロウの、ご飯ですね・・・」
「? ・・・あ、ああ。今朝は俺が作ったけど?」
 神話は伝説になり、そして青春のメモリーとして夜の有事にそなえストックされる。そんな青少年らしい精神活動を終えた士郎が首をかしげると、セイバーはピッと涙を拭ってご飯をかきこむ。
「記憶が・・・蘇ってきました・・・なんだかジャンクで黒めな過去の亡霊を打ち砕き、ほかほかなご飯が語るんです。『―――教えてやる。これが、モノを食すっていうことだ』と・・・」
 王様、ごはん一気喰い。
「・・・そうか」
「そなんだ」
「よ、よかったですね・・・」
 アーチャーが、凛が、桜がどうにもコメントし辛い表情で呟くのをよそに、士郎は喜んでもらえた嬉しさとは別に何か見落としているという疑問を拭いきれないのだった。
 だがまあ、とりあえず。
「セイバー、おかわりいる?」
「無論ですッ!」