1-3 アインツベルン(1)

 待ち望んだ放課後を告げるチャイムに、士郎はふぅとため息をついた。
 魔眼かと思うような突き刺さる視線の群れに凛と一緒に登校するということの危険性を身体で味合わされた朝。
 学食へ行く途中で凛に捕獲され近所の商店街まで食べに行くことになった昼。何か言いたげに延々とついてくる桜も一緒に食事。
 休み時間のたびに廊下の窓から睨んでくるRFC(連綿と続くこの灰色の時代に降りたもうた我等が燭天使、遠坂凛様を陰に日向に遠くから見守る十字軍)の呪詛にも5時間目辺りで慣れた。衛宮士郎、既に覚悟完了。
「・・・どうにでもなれ、だ」
 そうやってようやく訪れた解放の時。やや開き直って士郎は教科書とノートを鞄に詰めて立ち上がった。
「エミヤん、もう帰るアルカ?」
 前の晩に見たTVでキャラクターの変わる後藤君。君は一体昨日、何を見ていたのだろうか?
「ああ、ちょっと用事があって」
「フむ、それは、あのオンナノコと関係アルのことか?」
「?」
 後藤君の指差す方へ士郎はゆっくりと視線を向けた。すわ凛の襲撃かと恐る恐る見たそこには。
「お〜い大家さん、迎えに来たんだねっ!早くイこっ!」
「な!?」
 予想外の少女が立っていた。
 金と言うにはややくすんだ黄色い髪、アジア系のエキゾチックな顔立ち。前ライダーことイスカンダル嬢がそこでブンブンと手を振っている。
「はっやくしっないっと逃っげちゃっうぞっ!」
 ちなみに、その身を包むのはちゃっかりと穂群原学園の制服だ。呼ぶ声は次第にリズムに乗り始め、謎の歌へと変わっていく。
「ボクはイスカ〜あなたのイスカっ! きゅーとにまロくうつくしくっ! 今日も〜元気に、参上だよっ!」
「・・・・・・」
「可愛い娘アルな。でも、ちょっと暴走しがちでエミヤんとしてはチョトもてあまし気味というとこアルカ?」
「・・・鋭い解析ありがと。じゃ・・・生きてたらまた明日」
 シュタッと手を上げて士郎は走り出した。掴みかかってくる男子達の腕をかいくぐり廊下へと脱出。
「くそぉっ! 何故あいつのまわりにああも美少女が!?」
「遠坂様の近くを歩いていただけでも万死に値するのに!」
「あ、おまえRFCか! ふふふ、我らSFC(さざなみの如く静かに穏やかに我らを癒す最後の聖域間桐桜嬢を暖かく見守る趣味の集い)なんか、もう1年以上前から耐えてんだもんね! ばーかばーか!」
「な、なんだとこのおおおおっ!」
「・・・つーか男子うざい。消えろ」
 賑やかな教室を背に士郎は後ろ手でドアを閉めイスカンダルに向き直った。
「えっと、イスカンダルちゃん・・・」
「宇宙の彼方っぽいし長いからイスカでいいんだねっ!なに?」
「・・・うん、じゃあイスカちゃん。歩きながら話そうか。この星は危険だ」
 周囲から向けられる好奇の目を努めて無視しながら士郎はイスカと共に下駄箱へ向かう。
「えっと、どうしたの? いきなり。うちの制服着てこんなとこで」
「ん? 大丈夫なんだねっ! ちゃんと外に出たら元の制服に着替えるんだねっ!」
「いや、別にそれはどうでもいいけど」
 きっぱり言われてイスカンダルはニハハと笑う。
「ボクが来たのは、学校の中まで迎えに来るのにボクが最適だったからだねっ! 靴履いたら裏口の方に行くよっ! タクシー呼んであるから」
「え・・・え?」
 困惑の表情で士郎は傍らの少女を見つめる。微笑むその表情は、思ったよりも、大人びていた。
「アインツベルンのお城は前回もあったんだねっ! その時のアインツベルンは使ってなかったけど、ボクは一度そこに行ったことがあるんだよ。結構遠いから今日中にカタをつけるんなら家に帰って準備してる暇はないんだねっ!」
「あ・・・そっか。君とかギルガメッシュさんとかは前回からずっとこの街に居るんだっけ」
 受肉した英霊というものが年をとるのかはわからないが、見た目には自分と同じか年下に見えるこの少女は、実はずいぶんと年上ということになる。
「そうなんだねっ! 急がないと今日中に帰ってこれないんだねっ。学校、これないよ?」
「む・・・」
 出来る限りそれは避けたい。日常を捨てる気はないのだ。
「わかった。急ごう」
 早足で下駄箱まで移動し上履きからスニーカーに履き返る。イスカはというと上履きが光に分解されて革靴に変化している。
「く、靴も例の?」
「そうなんだねっ!おかげでこの10年、衣類は買わないですんでるんだねっ!」
「・・・そう言えば、イスカちゃんとかギルガメッシュさんとかってこの10年何してたの?」
 下校する生徒達の笑い声。どこかの部活の号令の声に歓声が重なる。
「ボクは一人で潜伏してたから他の人のことはよくわからないんだねっ。マスターが死んで、ボクは・・・ボクはどうしてたんだろうね?」
「いや、俺に聞かれても」
 裏門へ向かいながらイスカンダルはくるっと回ってみせる。
「記憶が曖昧なんだねっ!たしかバイト三昧だった思うんだけど・・・10年ってのは結構長かったってことかなっ?」
「そっか・・・ん? バイトって、なんの?」
「制服パブ」
 士郎は校舎の壁に激突した。
「っ〜・・・」
「にはは、さすがに嘘だよっ! 履歴書を偽造してマ○ドナルドとかで働いていたんだねっ」
 軽いステップで前を行くイスカの姿に士郎は案外予想通りなんだななどと思いながら続く。
「あ、遠坂」
 しばらく歩いてたどり着いた裏門には既に凛が居た。その背後には黒いジャケットに赤いシャツの少女が立っている。見覚えのあるようなないような姿に士郎は首を傾げ・・・
「・・・? ・・・!? アーチャーか!」
 目を見開いて驚きの声をあげた。
「・・・他の誰だと言うのだ」
 アーチャーは少しむっとした表情を見せて目をそらす。
「ギルガメッシュが持ってた服の中からサイズが合うのを着てきたみたい。霊体化できないから元の格好だとあやしまれるでしょ?」
 代わりに説明する凛にはぁと頷き士郎はアーチャーを眺める。現れたときはツンツンと立っていた髪もおろしており、今のアーチャーは白いショートカットが神秘的なただの少女の装いだ。
「・・・何が言いたい」
「あ、いや、普通の服着てるのが新鮮で」
 言って士郎は校門の外に出た。既にタクシーが二台止まっており、前に止まってる車の後部座席からランサーがひょいっと顔を出す。彼女は彼女でジーンズにGジャンときわめてラフな服装である。
「遅いぞ少年。時間ないんだからさっさと乗れよ」
「そうですね。シロウ、こちらです」
 もう一台のタクシーから降りてきたのはセイバーだ。こちらは青と白を基調とした清楚な服に着替えている。
「わかった。って、そういえば、イスカちゃんも一緒に来てくれるのか?」
「そうなんだねっ。道案内とか出来るんだね。ギルガメッシュも来ないかって誘ったんだけど我を雑事に呼ぶなーとか言って断られちった」
 む〜と唸るイスカンダルをよそに凛は肩をすくめてタクシーの助手席に乗り込む。
「戦力的にはサーヴァント4人なら十分よ。別に戦うって決まってるわけでもないし。わたしとしては一度家に帰って宝石を用意しときたいところなんだけど・・・」
「それは、私が取ってきた。とりあえずこれで十分だろう?」
 ぼやく凛に後部座席に乗ったアーチャーはポケットから取り出した宝石を差し出した。
「ああこれこれ・・・って何で隠し場所知ってんのよ!? 門の鍵は!? 結界は!?金庫は!?」
「どれも解き方を知っている。何故かは聞くな」
 淡々と言われ、うちのセキュリティっていったい・・・と頭を抱える凛にランサーはパタパタと手を振って見せた。
「まあいいじゃんよ嬢ちゃん。とりあえずGoだぜGo! っていうかオレ、少年と一緒の車がよかったのになぁ。代わっていいか?」
 ピキリと額に青筋を浮かべながら凛は運転手の方に目を向けた。
「・・・出して。今すぐ」
「は、ハヒ・・・」
 運転手(46歳・離婚調停中)はヒシヒシと感じる怒気に怯えながらアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 恐怖は、人を無口にする。そのまま沈黙の中に無限のプレッシャーを秘めたまま1時間。ようやく郊外の森にたどり着いた一行はぞろぞろとタクシーから降りた。
「帰りの足、確保しとかなくていいのか?」
 物凄い勢いで走り去って行くタクシーを見送って士郎は凛に尋ねてみた。
「2〜3時間かかるけど待っててくれって頼んだんだけどね。無言で首振られちゃったわ。何故か涙ぐみながら」
「・・・嬢ちゃんが脅すから怯えちまってまあ」
 ランサーの呟きは少女に届かなかったようだ。凛はふぅとため息をついて時計を見る。
「もうじき暗くなるわね。明かりはつけられるけど油断はしないで。いい?」
「ああ。みんな、頼む」
 士郎の言葉にサーヴァント達はそれぞれ力強く頷いた。


「いや、なんていうかさ、凄い森だな・・・」
 歩き始めてから1時間。士郎は誰にとも無しに言ってみた。周囲は森。徹底的に森。
「結界とかそういうのでグルグル回されてたりして」
「それはないわよ。当然あるものだと思って警戒してたんだけどいままでのところ結界とかそれに類するものはなかったわよ」
 言いながら膝辺りまで盛り上がった根っこを飛び越える。弾みでふわりとスカートが舞い上がるが何かすっげえいいものが見えそうなギリギリで降下開始。結局なにも見えやしない。
「・・・全て遠(坂)き理想郷、か」
「?」
 士郎は思わず呟いた。隣を歩いていたセイバーが宝具の名を呼ばれ不思議そうな顔をするのに首を振ってなんでもないと返答。
「凛ちゃんは鉄壁だから時が来るまで我慢するしかないんだねっ! ここはこのイスカちゃんでひとつ」
「はっはっは、すまないな少年。オレはスカートじゃないから見せてやれないんだ。風呂ならのぞいてもいいぞ。むしろ一緒に入るか?」
「・・・なんでさ」
 頼もしい台詞と共に両肩をバシバシ叩いてくるイスカとランサーに士郎は目を半眼にしてぼやき、昨晩この手の話題に強烈なつっこみを入れてきた従者が妙に静かなことに首をかしげた。
「? そういえばどうしたんだセイバー。さっきから静かだけど」
「え・・・いえ、その・・・」
 問われ、セイバーはちょっと顔を赤らめて口ごもる。
「別段たいしたことではないのですが・・・」
「うん」
「少し、お腹が減ったな、と」
 士郎はがくっとつんのめった。
「だ、だからたいしたことではないと言ったではないですか!」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと予想外だったから・・・お昼は? 置いといた弁当はちゃんと食べた?」
「ええ。おいしくいただきました」
 数時間前に喉を通過した美味を思い出してでもいるのか祈るように手を組み幸せそうな笑みを浮かべるセイバーにランサーは快活な笑い声をあげた。
「そうだろうなあ。アーチャーの奴が追加でオムライス作らなかったら弁当箱ごと食べつくすくらいの勢いだったもんな」
「・・・アーチャーが?」
 意外そうな表情にアーチャーはふんとそっぽを向いた。白いショートの髪が揺れる。
「冷凍の飯と卵、ケチャップ程度しか使っていない。食器とフライパンも元通りに洗ってある」
 淡々と言われて士郎は慌てて首を横に振った。
「あ、いや。別にその辺はいいんだけど。そっか、英霊だって元は人間だもんな。料理が得意な人もいるか」
「オレも肉を焚き火で炙ることにかけちゃあちょっと名の知れた英雄だぜ?」
「どんな英雄だそれは」
 唸るように突っ込むアーチャーを横に凛は首をかしげた。
「それで? 食べたけどもうお腹すいちゃったの?セイバー」
「す、少しです。ほんの少し、そんな気がするだけです。気にしないでください」
 顔を赤くしてごもごも言っているセイバーに凛は苦笑し、学校カバンを漁って目的のブツを取り出してみる。
「わたし、チョコポッキーもってるわよ。食べる?」
「ちょこぽっきー?」
「有名なお菓子だよセイバー」
 説明する士郎の意外そうな顔に凛は唇を尖らせた。
「何よ衛宮君。わたしがポッキー持ってたら悪い?」
「いや、悪くない。むしろいい」
 ポッキーをくわえてピョコピョコそれを動かしている姿を想像して士郎は力強く宣言する。をを、快なり。
「そ、そう・・・」
 その表情になんとなく気恥ずかしくなって凛はチョコポッキーの封を開け、サーヴァントたちの方へ差し出した。
「はい、セイバー・・・みんなも食べる?」
「ありがとうございます。では一つ・・・」
 みんなして足を止め、とりあえず一本ずつポッキーをくわえて進軍再開。
「ほう、なんというか、甘みと香ばしさの調和が・・・いいですね」
「へぇ? こういうのがあるってのはいいな。オレの時代は甘いもんつったら果物か蜂蜜くらいのもんだったし」
「ふん・・・」
「を? アーチャーくんなんだか懐かしいって表情だねっ! あ、大家さん、両はじの食べっことかしてみよっか?」
 各自名のある英雄たちが、ポッキーくわえて大行進。微妙な光景に士郎と凛は顔を見合わせて笑うのであった。


 数十分たち、あたりがすっかり闇に包まれたころ。
「あった・・・」
 目の前に広がる時代錯誤な光景に士郎は思わず呟いた。凛と、意外なことにランサーが作り出した魔術の明かりに照らされた空き地に自然石で構成されたお城がそびえ立っている。周囲が樹海といっていい森林であることもあり国籍を忘れさせるような光景だ。
「みんな、サーヴァントの気配はする?」
 凛は空になった二箱目のポッキーをカバンにしまいつつ尋ねた。サーヴァント達は目を閉じ辺りの気配を探り、一斉に首を振る。
「ボクにはさっぱりなんだねっ!」
「・・・オレもだ。わからん。居るんじゃねぇか? 勘だけどよ」
「なんとなく、このあたりに居たような痕跡はあるのですが」
「キャスターでもなければ近くで力を使ってでも居ない限り正確なことは言えない」
 曖昧な返答を予想していたのか凛はそうと頷いて魔力で強化された視力でもって城を観察する。
「明かりは無し。最近使用した形跡は・・・あるわね」
「本当か? 遠坂」
 士郎は言いつつ自分も視力を強化して城を眺める。
「む。周りの雪に足跡がある」
「そういうこと。サーヴァントかマスターか、それとも運の悪い観光客か・・・とりあえずあそこに出入りした奴が居るってことね」
 凛はぅしっ! と気合を入れてサーヴァント達に向き直った。
「みんな、武装して。場合によっては戦闘になるわ」
「ちょっと待った遠坂。最初から武装してたら話し合いが出来なくないか?」
 士郎の言葉にセイバーはふるふると首を振った。
「相手がバーサーカーである以上暴走に備えることが欠かせません。仮にバーサーカーのマスターが休戦交渉に応じてくれる理性的な人物だった場合、それは理解してくれるでしょう」
「逆に言えば、武装してるってだけでこっちを警戒して話を聞かないような奴なら遅かれ早かれ暴発するわ。そうなってからじゃ駄目でしょ?」
 そうかと頷く士郎をよそにセイバー達は魔力を練り上げ・・・
「あ、ちょっと待って!」
 凛の静止にそれを霧散させた。
「どうした凛? 忘れ物か?」
「そうそう、またうっかりって違うわよっ! そのまま鎧を実体化したら服が破れちゃうでしょうが!」
「なんだって!? そんな素敵空間・・・嘘。嘘だってば遠坂! セイバーも風王結果をぅいんぅいん言わすのやめて!」
 思わず口走った士郎は悪くない。健全な男子ならそんなものだ。
「ともかく、服だってただじゃないんだからね。全員、きっちり脱いでから鎧を作るように!」
「・・・ここでですか? リン」
 周囲はうっそうと茂る森。誰の目があるわけでもない。
 ただ一人の男を除いて。
「だ、大丈夫だよセイバー。ちゃんとむこう向いてるから・・・」
「目隠しも必要ね。何かいい布あったかしら」
 冷徹な表情で言い放つ凛に士郎はそこまでしないでもとぼやく。
「・・・凛、丁度よいものがある」
 その光景にアーチャーはニヤリと笑った。背後に回していた手を出すと、そこには分厚い皮を張り合わせたようなマスクが握られている。顔半分を隠すだけの大きさのある紫色のそれは、なんとも言えない威圧感だ。と、言うよりも明らかにアブノーマルな用途に見える。
「ちょっと待てアーチャー! なんかそれ物凄い勢い卑猥さとで魔力が出てるぞおい!?」
「気にするな。ぜっっったいに見えない、それだけが真実」
 アーチャーの笑みに凛はふむと頷いた。
「なんか凄そうね。それでいきましょ」
「正気か遠坂!」
「その台詞二度目ね。わたしはいつだって冷静よ? 衛宮君」
 つまり四六時中危険ということを、士郎は理解した。
「さあ、時間ないんだからさっさと付けなさい! アーチャー、かまわないからやっちゃって!」
「了解マスター。地獄に落とそう」
 さらりと言ってアーチャーは一歩踏み込んだ。
「っ!」
 慌てて飛びのかれ、微妙に角度を変えてもう一歩。再度飛びのこうとした士郎だったが背後の木にぶつかって足が止まる。
「周囲の状況くらい見極めることだ。実戦ならこれで道場行きだぞ」
「ってなんかメタなこと言われてる!? うわなにをするやめ―――」
 ジタバタする士郎の顔に押し付けると、皮マスクのベルトが一人でに後頭部で固定される。
「ほう、流石宝具」
「宝具!? 今宝具って言ったか!? おい、アーチャー!?」
「気のせいだ」
「うわぁぉっ!? なんだこりゃ!? せ、世界! 世界が見えるよおい!」
「よかったな。見つづければひょっとしたら根源とかと繋がるかもしれんぞ?」
 ブレーカーゴルゴーン
 自己封印・暗黒神殿。それは一つの世界をぶつけることで視界を塞ぐ宝具・・・
「さ、じゃあみんな着替えて」
「はーい、だねっ!」
 凛の号令と共にセイバー達はいそいそと服を脱ぎだした。かさかさという衣擦れが視界を塞がれた・・・むしろ殺された状態の士郎の耳にはやけに大きく響く。
「うぎゃー! ランサーちゃん、その胸反則だねっ!」
「レッドカードね。没収するわ」
「無理言うな凛」
「安心しろよ嬢ちゃん。オレの見立てだと少年は大小両方対応だ」
「え、衛宮君は関係無いわよ!」
「凛、小が自分を指していることは否定しないのだ・・・ぐはっ!?」
「はっはっは。嬢ちゃん金属バットはダメだぞ。ネタ的にもよそ様の専売特許だからな」
「リン、下着も脱いだほうがいいのですか?」
「わあああっ!それはいいのよセイバー!」
「大家さーん大家さーん。ほらほら〜、目の前で踊っちゃうぞっ!」
 目は見えぬものの・・・否、むしろ見えないからこそ陥る桃色螺旋。なんだか違う根源に辿り着いてしまいそうなピンチに士郎はガタガタと震え、
「かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみーたー じーしょうけんごー」
 やけっぱち気味の大声でうろ覚えの経文を叫びだした。
「シロウ!?ど、どうしたのですかシロウ!」
「落ち着けセイバー。それは般若真経だ。煩悩に負けないよう戦っているんだから下着姿で抱きつくのは逆効果だろう」
 強打された鼻をおさえつつ冷静につっこむアーチャーをよそにイスカはびしっとセイバーを指差す。
「大家さん! たいへんだ! セイバーたん、お尻が究極に綺麗! 美尻!」
「それも没収するわ。さぁ、出しなさい」
「う、うんかいくうどーいっさい! くーやくしゃーりーしーしき! ふーいーくうくう、ああ、えっと、ふーいーしきしきそくぜーくうくう・・・うわっ!? なんだこの柔らかい! あ、痛い! 痛たたた! そこは勘弁してくれ遠坂! そくぜーしきじゅーそうぎょうしきやくびーにょ! ぷにっときたぁあっ!?」
 ・
 ・・
 ・・・そして十分後。
「それじゃ・・・行こう・・・か・・・」
 士郎は斜めに傾きながら呟いた。
「あの、大丈夫ですか? シロウ」
「ああ、だいじょぶだぞ・・・」
「全然大丈夫じゃなさそうじゃない。シャンとしなさいシャンと」
 凛にぽんぽんと背中を叩かれて士郎はぐっと背筋を伸ばした。何せ美少女達(憧れのヒト込み)の前だ。あまりかっこ悪いとこも見せたくないし根本的にホノボノしてる場合でもない。
 気を取り直して周囲を見渡せばそれぞれの甲冑を着込み宝具を携えた4人の・・・
「? ・・・なんでセーラー服なんだ? イスカちゃん」
「これがボクの戦う服なんだねっ!水兵さんっ!10年前もこのデザインだよっ!」
「・・・・・・」
 凛は近くの樹の幹を無言で殴りつけた。樹齢何百年かという大樹がボゴリと陥没する。
「ど、どうしたのさ遠坂!?」
「なんでもないわ。ちょっと過去と決別してただけ」
 くくくと黒い笑いを浮かべる凛に構わずアーチャーは肩をすくめた。
「ともかく、準備は出来ている。行くぞ」
 先頭をきって歩き出したアーチャーに負けじとランサーが足を速め、その後に凛と士郎が続き殿をセイバーとイスカンダルが護る。
 イスカンダルは素手のままだが、もはや誰にも戦力扱いされていないので気にもされない。
「・・・静かだな」
 魔力光に照らされた城内は耳が痛いほどの沈黙に包まれている。女の子多数を相手に肝試しと思えば極端に愉快な状況だが、あいにくと士郎の周囲に居るのは地縛霊程度指先一つでダウンさな連中だ。これといった感想もなくサクサクと探索を続ける。
「おぉおお、豪華なエントランスだなー遠坂」
「そ、そうね・・・」
 見た瞬間『維持費はどれくらいかしら・・・』と考えてしまう金欠お嬢様は自らの夢の無さにちょっと悲しくなりながら周囲をうかがう。
「・・・魔力は感知できないわね。衛宮君は?」
「この城自体にはいろいろ魔力が通ってる。でもそれは構造自体がそうだってだけで最近使われたってわけじゃないと思う」
 衛宮士郎は素人同然の技術しか持たぬ魔術師ではあるが、その実かなりレアな能力を幾つも所持している。そのうちの一つが物の設計を読み取ることであり、魔力を軽く通してやれば図面を引けるほどの分析が可能だ。ちなみにこれは生ものにも通用する。サイズだって触ればバッチリなのはみんなには秘密だ!
「・・・これは、はずれかもしれませんねシロウ」
「そうだな。軽く見て回ったら帰ろうか」
 士郎の言葉に皆頷き、ぞろぞろと歩き出す。
「・・・ここは客間ね」
 ベッドが二つおかれた豪奢な部屋に入った凛はクローゼットを開け閉めしたり窓の外をのぞいたりしてからそう言った。
「何もないわ。行きましょ。さ、さ、さ・・・」
 妙に急かす凛に背中を押され士郎達は廊下に戻り。
「そうそう、その後ろ手に持った純金の燭台は、元の位置に戻しておくようにな、凛」
 その背中にアーチャーは静かにつっこんだ。
「ほう、武器庫か・・・」
 続いてやってきたのは部屋中に剣や盾、鎧が配置された部屋だった。長いこと使っていないのかどれも埃をかぶっている。
「けほ・・・他のところと比べて状態がわるいねっ!」
「概念武装や限定礼装の類が無いところを見るとこの城が移築される前に警備兵が使っていたのだろう。移築されて以降は魔術もつかえぬ兵など置いても無駄であろうしな」
 アーチャーは言いながら壁に飾られた剣を一本一本手にとって眺めている。
「わたし達にも用は無いわね。行くわよアーチャー。持って帰っちゃ駄目よ?」
 先程の意趣返しとばかりに凛が意地悪く声をかけるとセイバーがびくりと震えたりする。
「・・・セイバーもね」
「・・・はい」
 続いてやって来たのは、
「厨房?」
「ここは大事ですね。調査しましょう。是非調査しましょう」
 かまどを備えた立派な厨房だった。広い。かなり広い。目に異様な光を宿してずんずん踏み入っていくセイバーにランサーは肩をすくめて苦笑した。
「おいおいセイバー、腹減ってるからって・・・」
「いや、この城の構造からいって厨房は多くて三箇所。一番広く取っている個室・・・たぶん城主の部屋が近くにあるから、どんなに少人数で住んでいてもこの厨房は使う筈なんだ。調べれば人間がいるかどうかわかる。そうだろセイバー?」
「え? ・・・あ、はい! もちろんですシロウ。さすが私のマスターです!」
 顔を赤らめちょっと上目遣いでブンブンと頷くセイバーに今度はアーチャーが肩をすくめる。
「・・・あえてつっこみはしない」
「・・・アーチャー、あんたやけにセイバーに甘いわね。わたしのときは力いっぱいつっこみ入れるのに」
「なに、君へのアレはちょっとした意趣返しだ。過去へのな」
 アーチャーは軽く笑って厨房に足を踏み入れた。既にあちこちを見て回っている士郎と二人、かまどやら水瓶やらを調べまわる。
「・・・調理の形跡は無いな。少なくともこの2週間ほどは。そっちはどうだアーチャー」
「ふむ。使えるように準備はしてあるし食材も乾きものが倉庫に眠っているが、一回たりともそれを使っていない」
 二人の言葉に凛はうぅむと唸った。
「多分聖杯戦争に備えてアインツベルンの連中が用意したんだと思うけど・・・肝心のマスターがまだ到着してない―――違うわね。綺礼は私が6人目だって言ってたし、7人目はここに居るし」
「なんにしろ、制御がまったくされてねぇバーサーカーが居るってんならこんな静かってわけでもねぇだろうし、ここには居ねぇって見ていいんじゃないか?」
 ランサーは言ってあくびをひとつ。戦いがなさそうと見て興味をなくしたようだ。
「・・・仕方ないわね。どう? 衛宮君。そろそろ帰る?」
 士郎は頷き時計を見た。時刻は7時過ぎ。今から帰ればやや遅いが夕飯時に戻れるだろう。
「そうだな。今日はここまでにしよう」
「じゃあ、さっさと行きましょ。さっきから食糧庫を見て手をプルプルさせてるセイバーが我慢しきれなくなる前にね」


「あ〜あ、結局無駄足かよ。つまんねーな」
「何よランサー。あなた自分からついてきたんでしょ? 文句言える立場?」
 武装を解除し・・・その際に士郎の体力と忍耐力を大幅に削りとりながらの帰り道。
「二人とも、議論は後でも出来ます! 長居は無用なのですから疾く帰りましょう!」
「あははっ! セイバーちゃん、凄いスピードっ! ほんとに早く帰りたいんだねっ?」
 早足を通り越して走り出さんばかりのセイバーにイスカンダルはグッと親指を突き出す。
「どうしたセイバー。腹でも減ったか?」
「な・・・」
 最後尾をぶらぶらついてくるランサーにからかわれてセイバーはバッと振り向いた。魔力光に照らされたその頬がうっすらと赤い。
「ぶ、無礼な! わ、私はただマスターの安全を考慮しこの暗闇につつまれた危険地帯からは早急に脱出する必要があると主張し―――」

 くぅ。

 早口で主張する声にまぎれて可愛らしい音が響いた。
 あるいは、そのまま喋りつづければ誤魔化すことも可能だっただろう。だが途切れた台詞が否応無く注目を集めてしまう。
 真っ先に沈黙を破ったのはランサーだった。大げさに肩をすくめて笑ってみせる。
「ははは、なんだよセイバー。そんなに減ってんのか?」
「な、そんなこと・・・」

 くぅ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
 騎士王の腹は、持ち主に似た正直者でした。
「・・・わり、早く帰ろうな」
 顔を真っ赤にして俯いてしまったセイバーの肩をぽんっと叩いてランサーが早足で通り過ぎる。
「にはは、近道思い出してみるねっ!」
「・・・こんな日もあるだろう」
 イスカンダルが、アーチャーが騎士王の肩を叩いて通過した。
「えっと、ごめんセイバー。あとは喉飴しかないの。今はこれで我慢してね」
「桜が下準備しててくれる筈だし帰ったら腹いっぱい食べさせてやるからな?」
 心底気の毒そうな顔で凛はセイバーの手に袋に包まれた飴玉を押し付け、士郎は真剣勝負に挑むかのような真摯さで頷いて立ち止まったままのセイバーを追い抜いていく。
 残されたセイバーは拳を握り締めて力説した姿勢のまま羞恥にプルプルと震え。
「だ、だからっ! 違うといってるのですっっ! 私は空腹程度でそんな・・・!」
 がぁっと吼えながら振り返る。そこには。

「「「「「無理すんな・・・」」」」」

 とってもイイ笑顔で親指を立てる5人組。
 普段苦笑以外では滅多に笑わない士郎までも爽やかなそよ風と共に笑顔を浮かべていて。
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 耳たぶまで真っ赤に染め上げたセイバーは声にならない唸りと共に涙目で宝具を召喚した。風を纏った不可視の剣が召喚されると同時に士郎達は脱兎の如く駆け出す。
「待ちなさいっ! その誤った人物観を矯正します!」
 そしてセイバーは、修羅と化した。