1-4 ベルセルク

「め、めずらしいわね! 衛宮君が人をからかうなんて・・・」
「いや、なんていうかセイバー真面目だから可愛くてさ、つい・・・」
 全力疾走で森を駆け抜けながら交わした言葉に凛はわずかに視線を斜めに向けた。
「・・・悪かったわね。可愛くなくて」
「え・・・なんか言った?」
「なんでもないわよ! 来た!」
 その声を合図に二人はバッ・・・と両脇へと跳ねた。刹那、その中心を見えない刃が通過し地面を盛大に吹き飛ばす。
「待ちなさいシロウっ! リン!」
「なぐごはいねーがー?」
「変な台詞をあてないで下さいランサーっ!」
 がっと吼えてセイバーは遠くでひらひら手を振っているランサーを追いかけて速度を増す。どうやら士郎達を追っている間は一応手加減をしていたようだ。
「よし、今のうちに距離を稼ぐぞ遠坂!」
「わかったわ・・・っていうか前見ないと危ないわよ!?」
 ややスタートが遅れた自分の方を振り返りながら走る士郎に凛が声をかけると、それもそうかと彼は前を向き。
「なぁおっ!?」
「あ、その悲鳴ちょっと猫っぽい」
 木の陰から唐突に現れた『何か』に衝突してぽぅんと跳ね返された。そのまま地面にしりもちをついて転がる。
「大丈夫? しろ・・・」
 慌てて駆け寄った凛の言葉が途中で止まった。視線は頭上、かなり高角度で停止。
「っ〜、ちょっと腰打っただけだか・・・」
 士郎もまた座り込んだ姿勢のままで視線を上へと投げて沈黙する。
「・・・・・・」
 そこにはすっくと立ちこちらを見下ろす女性が一人。構図はまさに『貴方は私のマスターか?』なのだが一つだけ違うこと、それは立っている側の身長が―――
「でかっ!」
 小柄なセイバーとは比べ物にならない高さだということだ。
 凛は呆然としたまま傍らに浮かんでいた魔力光球の浮遊高度を上げる。映し出されたのは身長2メートルに届こうかと言う褐色の肌の女性。肩まで伸びたウェーブのかかった髪をオールバック風に後ろに流した彫りの深い顔立ちが美しい。
「き、君は・・・?」
 2メートルを越えるであろう極端な長身は下手をすると異形感をあおるものだ。しかし今目の前に居る彼女に限って言えばそれはない。手足が長くすらっとした体型と程よく伺える筋肉の発達があいまって美術品の如き美しさをかもしだしているのだ。ある意味、彫像じみた姿とも言えるかもしれない。
「・・・ダイジョウブ?」
「喋った!」
 凛の驚きの声にがぅと頷きその女性は身をかがめて手を差し出した。
「え・・・あ、ありがとう」
 すぐに意図を悟った士郎がその手を掴むと女性は軽々と彼の身体を引き起こした。その弾みでぶるりと揺れた粗末な布を巻きつけただけの二つの球体に凛の顔が暗闇にもはっきりと青ざめる。
「な、何よこれ・・・メロン・・・メロンなの・・・? むしろスイ・・・ボーリングのた・・・・いえ、そんな筈ないわ。そんなものこの世に存在しないのよ・・・ふふ、ふふふふふ・・・」
 ぶつぶつと自己の内面へと逃避していく凛に首をかしげて士郎は女性の方に向き直る。
「えっと、ぶつかってごめん」
「・・・ン・・・ン」
 女性はぶんぶんと首を振って否定の意をあらわし、こちらへ駆け寄ってくる気配に周囲を見渡した。
「おーい、どした少年&嬢ちゃん〜」
「シロウ! その方は・・・!?」
「わっ! おっきいよっ! いろいろと!」
「・・・凛・・・そうか。旅立ったか・・・」
 騒がしく集まってくるサーヴァント達に女性はやや表情を引き締めて後ずさった。
「・・・サーヴァント」
 警戒の表情でぽそっと呟かれた言葉に士郎は目を見開く。
「ひょ、ひょっとして! 君、バーサーカー!?」
 問われ女性は数秒の間士郎の顔を伺い。
「がぅ」
 声未満の音を呟きながらこっくりと頷いた。
「・・・こいつは予想外だな少年」
 士郎の隣に立ちランサーは面白そうに肩を叩く。
「予想外って・・・考えてみれば召喚されたときにランサーさん達は他のサーヴァントを見てるんじゃないんですか? 一斉に召喚されたんですよね?」
「あー、そうなんだけどさ。いきなり呼び出されて現状を把握する前にみんな散り散りになっちまったからな。何人かは見たけどこいつは見てなかったと思うぜ」
「そうですね。私もアーチャーくらいしか見ていません」
 ランサーの言葉にセイバーがこくこくと頷く。風王結界を現界させたまま、ひと跳びで士郎の前に入れるよう間合いを調節しているようだ。
「何をぼさっとしている。衛宮士郎。早くそいつから話を聞け」
 どこから取り出したのか『受け専門』と大きく書かれたうちわで放心状態の凛を扇いでいるアーチャーに急かされて士郎はようやく目的を思い出した。
「あ、あの、バーサーカー。君のマスターは?」
「・・・・・・」
 バーサーカーはそれを聞き、寂しそうな顔で首を振る。
「ミツカラナイ・・・」
「ってことは、どこかには居るの?」
 問われ、今度はこくっと頷く。
「タブン。マスター、イリヤ」
 ポツリと呟く声に滲むのは寂しさではなく心配。
「サガシタ。デモ、ドコニモ」
 見れば裸足のままの足は酷く泥にまみれている。
「ひょっとして・・・呼び出されてから今までずっと?」
「・・・ン」
 こくりとバーサーカーは頷く。
「そっか・・・」
 士郎は呟く。
 本当に居るかもわからないマスターを探し、延々と彷徨い続けてきたサーヴァントを見つめて。
「あのな? バーサーカー。今、聖杯戦争は行われていないんだ。なんかよくわからないアクシデントがあって」
「・・・がぅ」
 頷く。言葉は足りないがその目は十分以上に理性的だ。とてもではないが狂戦士の名を持つとは思えない。
「だから多分、君のマスターがどこかに居てもとりあえず襲われたりって事はない筈なんだ。一人で探すのも限界があるだろうし、とりあえず君もうちに来ないか?」
「・・・・・・」
 バーサーカーは長身を折り曲げるようにして士郎の顔を覗き込み、しばらくの間考えていたが。
「ニテル。ニオイ」
 ポツリと呟いて頷いた。
「イク」
「うん、ありがとう」
 よかった、と安堵する士郎にバーサーカーはがぅと頷き、そして。
「・・・・・・」
 にっこりと童女のようにあどけなく微笑んだ。長身と大人びた顔立ちの彼女のその笑いはギャップゆえの強烈な破壊力でもって至近距離の士郎を捉え、
「可愛い」
 士郎は反射的にそう呟いていた。
「が、がぅ」
 瞬間、バーサーカーの顔がぼひゅっと赤くなる。もじもじと身体を揺らし、ぎりぎりポイントを隠す程度の幅しかない布しか身につけていないことに今気付いたかのごとく恥ずかしげに身をよじる。その仕草は・・・
「た、確かに気持ちはわかるぜ少年。こ、こいつぁオレも耐え切れねぇ」
「あはは、可愛いねっ! 撫で撫でしたいなっ!」
 どうやらサーヴァントの皆様にも大層好評のようだった。
「!?、!、!!!」
 当のバーサーカーは方々から浴びせられる萌え視線にさらされあっちへこっちへと視線を彷徨わせるが癒されている面々の萌えビーム包囲網は逃げ場を与えず彼女を包み込み。

 そして、臨界突破。

「■■■・・・」
「?」
 バーサーカーの口から洩れた低い声に一同きょとんと長身を見上げる。真っ赤になった顔の中心で、両の瞳もまた赤い光を宿し始めていて・・・
「■■■■■■■!!!」
 雄たけびと共にバーサーカーの手に巨大な何かが現れた。そのまま躊躇なく振り上げ、残像すら残る高速でもって地面に叩きつける!
「っと」
「!」
「ちっ!」
 ランサーはイスカンダル、セイバーは士郎、アーチャーは凛を抱えて大きく跳躍した。一瞬遅れて地面を抉ったのは岩を削りだした無骨な剣。分厚く、重く、大雑把。まさにそれは岩塊だった。そのまんまだが。
「■■■■■■■■■■!!!(は、恥ずかしいっしょやー!)」
 そして勢いのままバーサーカーは走り出した。ゴキリ、バキリ、ボキリとぶんぶんと振り回す斧剣が周囲の大木を割り箸のように折れ飛ぶ光景は出来の悪い恐怖映画のようだがこれはリアルテラーネバーダイ。
「っていうか走れみんな!」
「言われるまでも無い・・・! 凛! 目を覚ませ! 命に関わるぞ!」
 士郎の声にアーチャーは叫びながらガクガク凛を揺するが反応はない。
「くっ・・・仕方ない。衛宮士郎! こっちへ来い!」
「なんだよアーチャー!」
 間近に迫る照れ屋さんの暴風を横目で捕らえつつ士郎は凛に駆け寄った。傍らでセイバーが厳しい表情のまま風王結界を構える。
「手を出せ!」
「こうか!?」
 差し出しされた手を掴み・・・アーチャーは士郎の手のひらを凛の胸に押し付けた。

 ぺたっと。

 擬音が既に悲しい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 呆然とこちらを見つめる士郎に精神世界から帰還した凛はにこっと微笑んだ。
「と、遠坂これは・・・」
 なんとか口を開いた士郎にもう一度にっこりと笑顔。背後では斧剣と風王結界がぶつかり合うガッツンガッツンという音が響く。
 その轟音の中で。
「極死」
 ぼそりと呟く凛の声だけは、何故だか、酷く、はっきりと・・・
「のぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 瞬間、士郎は駆け出した。背後からは機関銃の如き勢いで放たれるガンドガンドガンドガンド。
「殺す! むしろ殺さないで茹でる! 強火で! 跋さんも呼んで!」
「ぅおぁっ! 痛い! かゆい! 熱っ! 違うんだ遠坂あれはアーチャーがぁっ!」
「シロウ!? どこへ行くのですか!?」
「きっと明日とかそんな感じのどこかへだ。私達も往くぞセイバー」
 人を越え、獣を超え、神の速度で遠ざかっていく士郎達に二人のサーヴァントも続く。
「くきぃぃぃっ! こんなムードのないところで触られるなんてぇぇぇぇぇぇっ!」
 徹底的な破壊。暴力という名の嵐が紡ぐ命をかけた鬼ごっこ。賭けるのは命。報酬も命。
「■■■■■■■■■■!(そったらこと言われたら照れるべさーっ!)」
  

 その日。冬木市郊外の森は、その5分の1を失った―――