1-5 料理開始(クッキング オン)
「ゴメンナサイ」
午後8時30分・・・うっそうと茂る森を荒野に変えつつ記録的なスピードで踏破した一同は、疲れ果てたその身を何故だかランサーが持っていた携帯電話で呼んだタクシーに押し込んで衛宮邸に帰還した。
「あ、いや、俺以外はみんな無傷だし・・・」
あちこちに湿布や絆創膏を張りながら士郎は手を振ってバーサーカーの謝罪に答える。
2メートル越えの長身を縮こませて正座しているその姿はあまりにショボンとしていて、例え数十分前には本気で死を覚悟したとしてもそれを責める気にはならない。
「それに、俺の怪我はバーサーカーのせいじゃないし」
「・・・・・・」
じとっとした視線を向けると凛はつんっと目をそらしアーチャーは馬鹿にしたような笑いを浮かべる。こちらは全くのこと反省の色は無い。
「はぁ・・・いいけどね」
ため息をつく士郎に凛は更につんっとそっぽを向いた。
「・・・わたしだって嫌よこんなの。キスもまだなのに胸触られて・・・」
ぼそっと呟いた言葉は誰にも聞こえない。
「とりあえずっ! バーサーカーさんは着替えた方がいいんじゃないかなっ!」
「がぅ」
イスカンダルに言われてバーサーカーは自分の姿を見下ろした。今の彼女の服装はもともと来ていたぼろ布の上にアーチャーの外套―――留め金を外すと一枚の布になる―――を巻きつけ無理矢理にボディコン風に見せかけただけのものだ。タクシーに乗る際に無茶苦茶怪しまれたのは言うまでも無い。
「しかし彼女に合うサイズの服というのはなかなかないぞ。特にこの家には背の高い者がいないからな」
アーチャーの台詞に士郎はちょっとムッとした顔をする。背が低いのは少しコンプレックスなのだ。
「無いなら作るしかないわね。衛宮君、いらないテーブルクロスとかカーテンとかないかしら。この際間に合わせで何とかしましょう」
「がぅ」
凛の言葉にバーサーカーはペコリと頭を下げた。礼儀正しい、いい人だ。
「土蔵にあると思うよ。夕食の後に出してこよう」
士郎は言ってよいしょと立ち上がった。
「でもその前にさっさと夕食を仕上げてくるよ。そろそろセイバーの目がうつろになってきたから」
「!? わ、私は大丈夫でくぅ!」
語尾変わってる。
「―――急ぐぞ、桜」
そして、10分後。
「では、いただきます」
「いただきま〜す(×9)」
衛宮家のけして狭くないテーブル一杯に広げられた皿の数々を前に魔術師とサーヴァント達は一斉に手を伸ばした。箸とスプーンが忙しく駆け回り、和洋揃った料理の数々をかっさらっていく。
そして10分と少しの時が経ち。
「おかわりですシロウ」
「あんりもー!」
「まゆもです」
「がぅ・・・オカワリ」
突き出された四つの茶碗に士郎はたらりと冷や汗を流していた。
「・・・ごめんみんな。もう米びつがからっぽだ」
もとよりこの家には藤ねえと桜というよく食べるメンツが揃っていた。士郎自身鍛錬している分だけ人より食べる。それぞれの胃袋を満足させる為に食材は一般家庭よりずっと多く保存しているのだ。
それなのに。
「サーヴァントを舐めてたなこりゃ。一週間分が一日で消えるとは・・・」
「・・・タベスギ。ゴメンナサイ」
呟きにバーサーカーは再度正座になってうなだれた。
「ああ、いや。バーサーカーはいいんだ。気遣ってくれてありがと」
「・・・がぅ」
にこっと笑う姿に激しく癒されながら士郎は皆を見渡す。
「えっと、みんな・・・まだ食べる・・・よな?」
問うとセイバーはむっと顔をしかめた。
「家に帰ったらお腹一杯食べさせてくれると言ったのはシロウではありませんか」
「えっとね、あのね、あんりたちは伸び盛りだからお腹がすくんだ!」
「すきますね〜」
わかりやすく主張する3人、物欲しげに大柄な体をもじもじさせているバーサーカーもまだまだ食べたりなさそうである。
「う〜む、この時間じゃスーパーとかは閉まってるしな。どうする? 桜」
「そうですね・・・野菜とかはありますし・・・シチューとかならなんとか」
冷蔵庫を覗いて報告する桜の言葉にうぅむと士郎は腕組みをする。
さて困った。何が困ると言って、セイバーの目だ。
口でこそ、
「シロウ、あまり無理をする必要はありません。別に魔力切れをおこしても消滅するわけではありませんから、食事の量が足りなくても問題があるわけではないのです」
等と言い張っていても、その瞳、まさに捨てられた子犬。
『シロウ、おなかがすきました』
『シロウ、ごはんがほしいです』
『シロウ、とてもひもじいです』
幻聴とはとても思えない心の叫び。ああ、これがマスターとサーヴァントの心の絆という奴だろうか? それとも、ラヴ? もしくは肉声?
「・・・何とかしよう」
数秒の逡巡を経て士郎は力強く宣言していた。凛が『ったく女の子に甘いんだから・・・』等と呟いているがとりあえず無視。ぱぁっと輝いたセイバーの表情を見れば、何も怖くない。
「1時間。1時間だけ待っていてくれ。この1時間でカタをつける―――必ず!」
拳を握り士郎は叫ぶ。雰囲気だけは既に最終決戦。目覚めよ、執事魂!
「先輩・・・わ、私、お供します! 修羅に落ちれば修羅の道、料理に落ちれば料理の道へ、ついていきます貴方の桜! 望まれなくてもご一緒です!」
それじゃストーカーだ。とつっこんでくれるアーチャーは何故か姿が見えない。
「・・・しょーがないわね。わたしも手伝ってあげるわよ。なんかあなた達二人とも変なギアに入っちゃってるし」
「え? ・・・遠坂、料理できたんだ」
「できらいでか! 錬金術は厨房から出来たっていうわ。魔術も一緒なのよたぶん」
たぶんかよ、とつっこむアーチャーはやっぱり居間には居ない。
「よし、じゃあ頼むぞ二人とも! 俺は米の買出しに行って来る! 桜と遠坂は冷蔵庫と床下収納を漁ってなんとかおかずを作っておいてくれ!」
「わかりました、ここは先輩との共同作業に関しては実績豊かなこの私にまかせてください!」
「・・・へぇ、言うじゃない。いいわよ? アベレージワンの実力、見せてあげるわ衛宮君」
桜と凛、互いの視線は炎と化して絡み合う。
「あー、なんつうか、ほんとに料理ですむのか・・・? 殺気感じるんだけどな」
「なんだかこのまま決闘っぽいねっ!」
「・・・台所壊さないでくれればなんでもいいけどな」
お茶をすすりながら無責任にコメントするランサーとイスカンダルに士郎はぼそっと呟き、ふとテーブルの端に座ったセイバーに目をやった。
その正座し、空になった皿を眺めて唇を噛む姿を。
『耐えなさいアルトリア。騎士の誇りにかけて・・・』
そんな台詞が聞こえるような気がして士郎はうぅむと唸る。
多分彼女は1時間耐えるだろう。たくさんのものを切り捨てて、見えない血を流し続けながら。 それでたとえ、何を失ったとしても。
自らの心を殺し、信じたもののために戦いつづけるのが彼女の生き方だったのだから。
まあ、なんていうか、戦う相手が『王としての宿命』から『空腹』に代わってるあたりが昔の臣下が見たら血涙流して悶えそうに情けないが。
「あ」
ふと気付き士郎は廊下に出た。ひんやりとしたそこに置いてあったダンボール箱をよいしょと持ち上げ居間に戻る。
「セイバー、これこれ」
「?」
自己催眠に近い状態で固まっていたセイバーは彼女の主の声に何かを感じ取って振り向いた。直感スキル、ランクA。もはや予知能力の域に達したそれが示した箱の中身は。
「ミカブ・・・!」
みかんであった。最後の音が濁ったのは神速で箱にかぶりついたセイバーが残像すら残るスピードで皮を剥き丸ごと口に入れたからである。
さすがに、皮ごと食べるまではいかないらしい。
「あー、ほらほら。汁が飛んでるよセイバー」
その姿に士郎は苦笑し、なめらかな頬から顎にかけてぴゅっと散った汁を拭き取ってやる。
「ふきふきだねっ!」
「ああ、なんか妙に卑猥だな」
「うるさいよイスカちゃん! ランサーさん!」
「?」
怒鳴る士郎にきょとんと首をかしげてセイバーは二つ目のみかんを剥き始める。一つ食べて落ち着いたのか今度は人間レベルのスピードだ。
「ごほん、ともかく・・・藤ねえが買いすぎちゃったんで三箱もあるんだ。廊下に積んであるからみんな適当に食べてくれ」
言って士郎は壁に引っ掛けてあったハンガーからジャンバーを取り、すぱっと羽織る。
「じゃ、行ってきます」
「がぅ」
その時不意にバーサーカーが立ち上がった。透明な瞳で士郎をじっと見下ろす。
「・・・どうした? バーサーカー」
「テツダウ。チカラアル」
ぐっと腕を曲げて見せればくっきり浮かび上がる見事な上腕ニ頭筋。こと腕力にかけてはサーヴァント一の彼女だ。米の三袋や四袋、小指だけで十分なほどであろう。問題はといえば。
「布巻いただけの格好ってのがねぇ・・・」
下手に美人で、しかもこの目立つ身長だ。現状でもご近所にいろいろ言われているであろうこの状況下において、『衛宮さんちの士郎君、何か特殊なプレイに目覚めたらしいよ?』等と噂されても困るのだ。
「がぅ・・・」
しかし見よ。このしょんぼり具合を。
「ワカッタ・・・メイワク、カケタクナイ」
そして見よ! 他のメンツには無いこの素直さを!
「う〜ん、知り合いの米屋さんに頼み込んで店を開けて貰うわけだし、その間近くで待っててもらえばなんとか・・・」
「商店街の噂話ネットワークのいいカモという点ではかわらんだろうそれは」
「そっか・・・って今のは?」
的確なつっこみ。それを放ったのはいつものように皮肉げな笑いを浮かべた褐色の肌の少女だった。何か灰色の布を小脇に抱えて居間に入ってくる。
「アーチャー。どこ行ってたんだ?」
「土蔵だ。受け取れ」
ぽんっとほうってきたのは抱えてきた布のかたまり。それは・・・
「服!? しかもこのサイズは!」
「・・・コレ、キレル」
そう、手作りとおぼしき地味な造りではあるがそれは確かにワンピースだった。それもバーサーカーの長身にサイズをあわせた。
「え? こ、これは・・・?」
「さっき自分で言っていただろう。いらない布なら土蔵にあると。どうせこうなるだろうと食事はとらずに造っていたまでのことだ」
アーチャー。スキル心眼(真)。膨大な戦闘経験に裏打ちされた先読み技能。最適な一手を見出すことが出来る。
遭遇する危機の種類は問わないらしい。
「そっか・・・さんきゅ。アーチャー」
「・・・ふん」
素直な謝辞にアーチャーは口をへの字にして部屋の隅に座り込む。
「米屋だろう? さっさと行くがいい。衛宮士郎」
その表情は、どこか照れているようにも見えた。
「寒くない?」
家を出て数分。傍らを歩くバーサーカーに士郎は声をかけてみた。
冬木市は冬が長い代わりに気温自体はなかなかに温暖だ。今年はそれなりに寒いので雪も見れそうだが、基本的には暖冬が続く町と見てよい。
だがそれは普通の服装ならの話、まともな服になったとはいえノースリーブのワンピースにショールをかけただけという服装はどうにも寒々しい。
「がぅ」
どうやらサーヴァントは鍛え方が違うらしい。ぷるぷると首を振る姿はこの程度どうってことなさそうである。
「サムイ?」
逆に聞かれた。昨晩から今日にかけて押しの強い少女達に玩ばれてきた記憶がよみがえり士郎の目に涙が浮かぶ。
「がぅ!?」
「あ、いや、大丈夫。ちょっと気遣いが身にしみてね」
しばし歩いて商店街に到着。いつもお世話になってる米屋のシャッターを叩くと店主は快く時間外営業をしてくれた。滅多に無い大量注文であることが影響したのかもしれない。
そして帰り道。
「えっと、ほんとにそんな持ってもらっていいの?」
「がぅ」
両脇に米袋(10キロ)を抱えた士郎は傍らのバーサーカーを見上げて尋ねた。彼女は背負った布袋に米8袋、計80キロを身につけたまま笑ってみせる。
「う〜ん、なんだか悪いことしてるみたいな気がするんだよな・・・」
ぼやく士郎にバーサーカーはひょいひょいと抱えた米袋を持ち直して首を振った。
「トクイナコト」
「だから、まかしとけって?」
がぅと頷き狂戦士の名を持つ女は真っ直ぐに前を向く。その視線が少し鋭いのに気がつき士郎も前に向き直った。瞬間。
どんっ・・・! と爆発音が耳に響く!
「うちの方からだ! 行こうバーサーカー!」
士郎言いざま走り出すが、20キロの重しを抱えてるせいでなかなかスピードが出ない。
「くそ・・・」
それを見たバーサーカーはしばし考え。
「シツレイシマス」
ポソリと言い置いて士郎の体を米袋ごとぐいっと抱き上げた。
「うわぉっ!?」
思わず悲鳴を上げるのに構わずバーサーカーはだんっと地面を蹴り傍らの塀の上に飛び乗り、そのまま屋根の上を経由して真っ直ぐ衛宮邸に向かう。
「ななななななななな!?」
「がぅ」
どんっ! どんっ! と屋根が軋む音に騒ぎが広がっていくのに絶望的な気分になるが、とりあえず士郎は揺さぶられるままに自分の家の方を見る。
ずどんっ・・・!
「爆発!? ・・・くそ! 他のサーヴァントが襲ってきたのか!?」
「・・・!」
呟きにバーサーカーの顔が険しくなった。瞳に赤い魔力光が灯り、全身の筋肉がぐっと更に盛り上がる。
「■■■■■■■■■■ッ!」
そして、咆哮と共にひときわ強い跳躍。重力の拘束を完全に無効化した浮遊感も数秒。流れるように飛び去っていく風景に士郎が目をむく間に数十メートルを一跳びに通過し、二人は衛宮邸の庭に降り立った。
そして、そこには。
「しゃぁあああああ! 喰らえギル公!」
「はっ! 狗風情がよく吼える!」
「胡椒瓶叩き込まれるとは思わなかったわよ桜! なら砂糖壺の直撃くらい覚悟してるんでしょうね!?」
「なっ、マヨネーズぶちまけたのは姉さんじゃないですかっ! 人が見てないと思って!」
「どうしたどうした!? 接近戦じゃあ形無しか英雄王!」
「ぬ・・・調子に乗るな!」
「そもそも最初に攻撃してきたのは桜でしょ!? 豆板醤の代わりに練り梅渡されるなんて思わなかったわよ!」
「ま、まさか本当に入れるとは思わなかったんですっ! おちゃめなギャグじゃないですか!」
「ふっ・・・凛は仕上げでポカをする遺伝形質を持ってるからな」
「そうみたいだねっ! わっ、ギルガメッシュがバビロン開いたよ!」
「あー、凛。プロパンボンベは危険だ。さっき一つ爆発させた時点で気づけ」
魔術師二名戦闘中、英霊二名戦闘中、同じく英霊二名傍観中。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
徐々に騒がしくなっていく近所をよそに士郎とバーサーカーは呆然とそれを眺めていた。
「・・・なんじゃこりゃ」
「・・・がぅ」
/interlude メルトカウントダウン
時間は、数分前に遡る。
「痛っ! た、たまねぎ切るなら先に言ってください!目 に染みますよ姉さん!?」
「あらごめんね桜・・・って痛っ! ちょっ、肘は反則よ!?」
衛宮邸の台所からはなにやらガスガスと音が響く。
「・・・料理してるんだよな?嬢ちゃん達」
「ふっ、長く断絶していた姉妹がようやくコミュニケーションを取れるようになったのだ。微笑ましいじゃないか」
「そんなに可愛らしいものには見えぬがの。我には」
「あれ? アーチャー・・・じゃ紛らわしいからギルガメッシュ、居たんだねっ? 大人しかったから気づかなかったよっ!」
イスカンダルに素で驚かれてギルガメッシュはむっと顔をしかめる。
「あの神の仔がこの家に来たときからずっと居た。雑種達があまりに五月蝿いので黙っていただけだ。だいたい何故に皆食事の際あれほどに騒ぐのだ。特にセイバー、竜種の血を引く王たる身があのようにガツガツと・・・」
「む・・・わ、私は・・・もぎゅ」
口いっぱいのみかんのせいで返事の鈍いセイバーに代わりアーチャーがふっと笑みを見せた。
「不見識だな英雄王。食卓とはつまり戦場、厨房は後方支援、料理を敵と見立てれば食べるという行為は殺すに似た戦闘行為だ。いついかなる時にも戦いとあらば敗北が許されないのが王ではないのか?」
「ぐ・・・貴様には聞いておらんぞ贋作者! 別段たくさん食べれば勝ちというわけではあるまい! 貴様の喩えで行くならば騎士を相手に多数の雑兵で囲み嬲り殺すようなものではないか! そのようなもの王道とは言わん!」
ぱんっと食卓を叩いて主張する姿にランサーは読んでいた新聞を畳んでニヤリと笑う。
「つまりだ。ギルはあれだな? 少年の料理に感動して、それを味合わずに食べてるように見えて気に喰わない、と」
「ぬぁ、なにを言うか貴様! 無礼千万! この場で串刺しにされたいのか!?」
「ほう、いいぜ? 食事が出来るまで後30分・・・ちょいと運動してみるか?」
好戦的な声にギルガメッシュはふんと鼻で笑う。
「貴様程度で我にかなうと思っているとはな。光の巫女などとおだてられて増長したか」
「御子だ御子・・・妙な萌え要素を付け足すな・・・」
アーチャーはぼそっと突っ込んで食卓に放り出してあったリモコンを手に取りテレビをつけた。懐かしの歌を紹介する番組が放映されていたのでとりあえずチャンネルはそこに固定して眺める。
「桜、塩取って・・・これ砂糖じゃない! ちょっと妨害があからさまよ!?」
「姉さんこそさりげなく包丁独占するの止めてくださいっ! こっちも使うんです!」
「ふん・・・槍兵如きの分際で我に敵うなどという思い上がり、滑稽であるが故に許す。かかってくるがいい」
「はっ!おまえだって弓兵だろうがその区別なら・・・!」
「ともかく外でやれ。見えん」
面倒そうに入れたアーチャーの突っ込みは相変わらず誰にも聞いてもらえず。
聖杯戦争の極端な縮小版は、居間と台所で静かに開戦したのだった。
/interlude out
で、今。
「頭来た・・・もう手加減しないわよ?」
魔術刻印を光らせて凛が。
「そ、それはこっちの台詞です! せっかく先輩にいいとこ見せようとしてたのに!」
足元の影をうぞうぞと蠢かせて桜が。
「この数、打ち落とせると思うでないぞ?」
周囲に短剣型宝具を大量に浮かべてギルガメッシュが。
「あいにくと、オレには飛び道具はきかねぇよ」
赤い槍を斜めに構えてランサーが。
より広い場所を求めて出てきた衛宮家中庭を舞台に、対峙している。
「なんでさ・・・っていうか止めないと!」
「やめたほうがいいんだねっ! 残念だけど、殺されるだけなんだねっ」
飛び出そうとした士郎は足をぱんっと蹴り払われてその場に転がった。
「い、イスカちゃん!?」
「はっきり言っちゃうと、その実力だとじゃれあってるだけのサーヴァントでも止めることはできないんだね。流れ弾に当たって死ぬのがオチかな」
普段とは一転して冷静な言葉はそれが洒落にならないからだろう。
「い、いやでもさ、ほっとくわけにも行かないでしょ?」
「その為のサーヴァントなんだね。右手の令呪は伊達じゃないよ?」
言われ、士郎は自らが契約した金髪の少女に思い至った。
「そうだ! セイバー!? セイバーは?」
「がぅ」
それに答え、すっかり元の表情に戻ったバーサーカーはひょいっと家の中を指差した。開けっ放しになった障子から台所に立っているセイバーが見える。
「?」
魔力で視覚を強化すると、セイバーがうなだれているのがわかった。なにをしているものか、足元を眺めて肩を震わせている。
「・・・泣いてる? セイバーが?」
ぎょっとしながら彼女の視線を辿ると。
「な・・・なんてこった」
理解した。納得した。戦慄した。
シチューが、肉と野菜の炒め物が、サラダが、さまざまな料理が・・・無残にも地面に落ち、『かつて食べ物であったもの』と化しているのだ。
そう、戦火はいつだって、罪の無いものをまず殺めていく・・・
「・・・・・・」
ゆっくり、ゆっくりとセイバーが振り返った。表情は笑顔。完璧な、しかし目の笑ってない笑顔。
「なあイスカちゃん、鬼子母神って知ってる?」
「今・・・見てるような気がするんだねっ!」
後ずさる二人には目もくれずセイバーはゆらりゆらりと縁側に出てきた。ぴっと涙をぬぐうと共に着ていた服が弾け飛び、代わりに銀の鎧が彼女の体を包み込む。
「む!?」
「殺気!?」
がっちんがっちんやっていたサーヴァント達も不意に感じた濃密な気配に戦闘を止めて振り返ったが、遅い。
「・・・言いたいことが、あります」
セイバーはにっこりと笑って両の腕を高々と掲げる。そこに握られているのは星に鍛えられし光刃剣!
「は、はい・・・なんでしょうか・・・」
代表して士郎が応えると、どこからか流れてくる勇壮なBGMと共にざばぁっとセイバーは涙を流す。
「食べ物を粗末にしてはいけないっ! 絶対にいけないっ! 『約束された勝利の剣』ぁぁぁぁぁ!」
「今晩もかぁぁぁぁぁぁ!?」
「はぁ、やっとお城についたわ。入ってくるまでは簡単だったのにずいぶん苦労しちゃったわ」
「連れてきた筈のサーヴァントも見当たりませんし、何か不測の事態が起きているようですが・・・」
「あ、凄い。花火、やってる」
「? ・・・何か、違いませんか?」
二晩連続で衛宮邸から天へ立ち昇った閃光は、遠く郊外の森からでも観測できたという。
ちなみに、余談ではあるが。
「・・・何故我がこんなことをせねばならんのだ」
「・・・しゃーねーだろ。流石に悪乗りしすぎた」
ため息をついてランサーとギルガメッシュは作業に戻った。タライに乗せられた炊き立てご飯を一掴み手に取り、お皿に並べられた具から適当なものを選んでそれを中心に握りこむ。
「あ、ギルガメッシュさん。もうちょっと手を丸めるといいですよ。それだと硬すぎる」
「凛、何故君は梅握りばかり作っているんだ? 偏るだろう」
「桜に聞いて頂戴」
「あははははは、まゆ、ごはんつぶ顔についてるー!」
「あらあら・・・でもあんりちゃんもですよ〜?」
「うふふ、ほら、とってあげる」
「がぅ?」
「うん、そんな感じだねっ! ちょっと大きいけどそれはそれでかまわないんだねっ!」
「はむはむ・・・はむはむ・・・」
半壊した縁側で延々とおにぎりを作り続ける英霊達とそれを世にも幸せそうな表情で食べ続けるセイバーの姿は、しっかりと近所の噂になったのだった。