2-3 柳洞寺へ

「じゃあ、でかけようか」
 士郎は私服に着替えて出撃メンバーを確認した。
「問題ありません。いつでも戦闘可能です」
「がぅ」
 真っ先に答えたのはセイバーとバーサーカー。
「あんたが来るのって珍しいわね。高いところすきなの?」
「失礼なことを言うな雑種の小娘! 好きで悪いとでも言うのか貴様は!?」
「誰も悪いとは言っていないがな・・・というより、好きだったのか」
 凛のからかいに過敏な反応を見せたギルガメッシュにアーチャーが肩をすくめてつっこむ。しかも1台詞で2ツッコミだ。
「留守にしているイスカちゃんはともかく、ランサーさんが来ないのは意外だな」
「ふん、奴はあの寺が嫌いなのだそうだ。理解できんな」
 士郎の呟きにギルは首を振る。ちなみに彼女は声をかけたら起きてきたが、桜の部屋で転がっていたあんりまゆは駄目だった。鍵はかけて外出することにする。
「あ、そうだ。士郎達先に行っててくれる?」
「? ・・・いいけど、どこ行くんだ遠坂?」
 別行動が落ち着かないという事実に少し気恥ずかしいものを感じながら士郎が尋ねると凛はうむっと腕を組む。
「ほら、士郎に魔術教えるって決めたでしょ? 色々道具を持ってくるわ。ついでに服とか小物とかもね。荷物はアーチャーに運ばせるから境内で待ち合わせましょ」
 そう言って凛はアーチャーを伴って自宅へ向かった。士郎達もややゆっくりと柳洞寺へ向かう。傾き始めた日に照らされること十数分。
「今度はキャスターか・・・どんな奴かな」
 士郎の何気ない呟きに隣を歩いていたセイバーは何故か嫌な顔をした。
「どうした? セイバー」
「あ、いえ。意味も無く平行世界を越えた敵意が・・・」
 自分でも戸惑っているようなセイバーをよそにギルガメッシュはふふんと笑う。
「キャスター如き、どうというものでもないぞ。半分近くのクラスが対魔力を持つ以上、出来る事といえばせいぜいが陣地を作る程度であろう」


「おまえの対魔力はEで私より更に低いがな」
「? ・・・どうしたの、アーチャー」
「いや」
 遠く遠坂邸の窓から外を眺めてアーチャーがぼそっとつっこんだりもしたがそれはそれ。


「そっか。対魔力Aのセイバーがいる時点で向こうの攻撃はほとんどきかないわけか」
「そうですね。この身に通用する魔術はほぼありません。リンが最大魔力で攻撃してきたとしても単純な魔力による攻撃ならば相殺できると思います」
 セイバーがこともなげに言った台詞に士郎はそこまでの性能かと感嘆する。
「凄いな・・・俺から見たら遠坂って負ける所が想像も出来ないぐらい無敵っぽいんだけどな」
「いえ。今の仮定は純粋に力を比べたら、ということですので。いざとなればリンのことですから何か裏技を考えて勝ちに来るでしょう。スキルの性能の差が戦力の絶対的な差とはいえません」
「・・・でも最終的には、セイバーのサーヴァントは化物かーってことになりそうだな」
 遠坂って赤いし、と結論付けて士郎はふと視線を横に向けた。たったった・・・とこちらへ駆けて来る足音を聞き取ったのだ。
「せんぱーい」
 学校の方から駆けて来るのは桜だ。どうやら部活帰りらしい。
「桜〜部活終わったのか〜?」
 大声で聞くと桜は走りながらぶんぶんと頷き。
「ぺぴっ!」
 上下動の勢いのまま転倒して斬新な悲鳴をあげた。おそらく、胸部ウェイトの産む遠心力が強すぎたのだろう。めり込まんばかりに地面へと叩きつけられた顔面がなんとも痛々しい。
「・・・桜?」
「・・・・・・」
 微動だにしない少女に士郎はさぁっと青ざめ、慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫か!?桜!」
「せ・・・せん・・・ぱい・・・」
 抱き起こされた桜は弱々しく手を伸ばし士郎の頬に触れる。
「桜・・・」
「ふふ・・・泣かないでくださいせんぱい・・・優しさはときどき残酷だから・・・」
「別に泣いてはいないがな」
 どこか遥か遠いところから聞こえるような気がするつっこみは桜の内部で巧妙に無視。
「わたしが・・・わたしが、死んだら・・・」
「いや、死なないって! 転んだだけだから!」
「死んだらッ!」
「あ、はい、死んだら?」
 勢いに負けて士郎はガクガクと首を縦に振った。弱い。
「死んだら・・・まず姉さんを疑ってくださいね。ああ・・・先輩、時が・・・見えがくっ」
「えっと。さ、さくらー」
 がくり、と崩れ落ちた桜の身体を抱いたまま、とりあえず義務感から叫んでみた。
「ぼくはとんでもないことをしてしまったー」
 日が落ちる。赤い光が、太陽の灯火が、命の終焉のように消えていく・・・ような気がしたり。
「・・・それでこの三文芝居は何時まで続くのだ?」
 前の前で繰り広げられる謎の寸劇にギルガメッシュはため息をつき隣のセイバーに声をかけ。
「ぅう・・・いい・・・話です・・・」
「今のがか騎士王!?」
「カンドウシタ・・・」
「貴様もか神の仔!」
 小柄なセイバーと大柄なバーサーカーが肩を並べてぐすぐすと涙を拭っている姿に思わず王様つっこみを放った。ひょっとしたら、アーチャーのクラスのスキルにツッコミが含まれるのかもしれない。なかなか様になっている。
「・・・もしかして、我の感性のほうが・・・変?」
 これまでの生涯+英霊生活を通じて揺ぎ無かった自己肯定にちょっとだけヒビが入ったらしく後図さて行くギルガメッシュの愕然とした表情に、士郎は苦笑してそっと首を振った。
「いや、それが普通だよギルガメッシュさん。大丈夫」
「そ、そうか? そ、そうであろう! ふ、ふは、ふははははは! たまには良いことを言うではないか雑種!」
 ギルガメッシュ攻略フラグを立てながら士郎は抱きかかえたままの桜をゆさゆさ揺らしてみた。
「おーい桜〜? そろそろ起きてくれないか?」
「・・・・・・」
 だが、桜は強固に死んだふりを続ける。
(3話目にしてようやく回ってきたクローズアップされるシーン・・・少しでも、少しでも長く・・・!)
 ぎゅっと固くまぶたを閉じた桜が決意を固めた、その時。
 たらり。
「あ、鼻血」
「!?」
 先程強烈に打ち付けた鼻から一筋の離脱者が流れ落ちる。
「きゃ、きゃああっ!」
 刹那、桜はぶんっと頭を起こしてその勢いのまま体全体を引き起こした。
「うぉ!?」
 突然のヘッドスプリング起きにのけぞる士郎を涙目で睨みながら桜はそそくさとハンカチで鼻を抑える。
「ひ、ひぼひ(ひどい)・・・はらひほはふはいは(わたしのあつかいは)ほほひへはんはひへふは(言峰さんなみですか)!?」
「いや、別にそんなわけじゃ・・・」
 士郎は苦笑をもらして桜に近づいた。自分のハンカチを取り出して恥ずかしさで縮こまっている桜の頬や額についた砂汚れをぬぐってやる。
「はい、綺麗になった」
「・・・わたし、ちっちゃな子供みたいです」
 ちょっと拗ねるような声で言って桜は鼻に当てていたハンカチを外した。隠されていた口元には小さな笑顔。
「そりゃ、ね。俺にとっては桜は可愛い妹分なわけだし」
 その台詞に嬉しいような、寂しいようなものを感じて桜はふぅと息をついた。血は、もうすっかり止まったようだ。
「今はまだ・・・それでもいいです」
 小さな呟きでそれまでの鬱屈を洗い流し、桜はにこっと微笑んだ。
「そういえば先輩、どうしたんですかこんなところで」
「ああ。柳洞寺のあたりにサーヴァントが居るかもしれないって話だから様子を見に行くところ。桜は夕食の準備を頼むな」
「はい、せんぱ・・・あれ、姉さんは一緒じゃないんですか?」
 なにか張り合いが無い原因に気付いて桜は首をかしげながら尋ねた。
「ああ、遠坂から魔術習うことになったんで必要なもの取ってくるって。荷物も色々足りないみたいだな。寺の前で待ち合わせたよ」
「行きます」
 桜はきっぱりと言い放った。
「は?」
「わたしも、行きますと、いいましたよ? 先輩?」
 桜さん、にっこりと微笑。
 さいきんだんだんわかってきたのだが、桜と凛はこういう脅し笑いが抜群に怖い点で確かに姉妹だテラー!
「でも・・・いや・・・はい。わかりました・・・」
 危ないからと言いかけた士郎は視線一発で意見を翻した。今危ないのは自分だ。危険がヤクイぜ! よろんだぞ!
「ついてきてもいいけど、危なそうだったら俺の後ろに隠れてるように。俺も強くないけど頑丈には出来てるみたいだから」
「・・・はい」
 嬉しげに桜が頷くのに頷き返し、士郎はまた歩き出した。サーヴァント達もぞろぞろとその後に続く。
「あ、でも先輩? わたし、こう見えて結構強いですよ?」
「そうなのか?」
 正直意外だ、と顔に書いてある士郎に桜はぷぅっと頬を膨らます。
「そうですよ! こう言ってはなんですけど、わたし、魔術師としては先輩より上位です」
 ぐさりと来た。
「なんだ? 気付いていなかったのか雑種。その女、こと魔術の技能で比べるならば貴様の数百倍は熟練しておるぞ」
「自分のマスターに対しては言い辛いのですが、現状では最大魔力量も比べ物になりません。流石姉妹というべきか、サクラの魔力はリンに匹敵する」
 不思議そうな顔で言ってくる英雄王、気の毒そうな顔で言ってくる騎士王。
 いっそ、悪意でもあれば怒れるのに。
「あ、ああ・・・そうなんだ・・・」
 士郎、渾身の作り笑い。ああ、子が親を抜いていく時の感慨ってこんな感じかな、等と夢想したりもする。
「がぅ」
 故に、ぽんと肩を叩いてくれるバーサーカーさんの心遣いが・・・温かい・・・