2-5 物干し竿

「にゃー」「にゃー」「にゃう」「にゃぉ」「ふーっ」「にゃー」「なー」「にゃー」「にゃー」「もへ」「にゃー」「にゃー」「にゃー」「なー」「にゃー」「にぃ」「にゃー」「にゃー」「にゃー」「みぃ」「にゃー」「にゃー」
「ほぅ、もてるな神の仔よ」
 ギルガメッシュは感心したように呟いた。口元にはこらえ切れぬ笑みが浮かんでいたが。
「が、がぅ」
 全身にまとわり付きぶらさがる猫の群れにバーサーカーは戸惑いの声を上げる。
「だ、大丈夫か!? バーサーカー」
「・・・ダイジョウブ」
 まあ、どこかの猫好き長身女子高生と違い彼女には『神の試練(ゴッドハンド)』がある、噛まれたりしたところでダメージが入るわけでも―――
「! ・・・チョト、イタイ」
 ―――Aランクの猫が、居たのかもしれない。
「えっと、引き剥がしたほうがいいのかな」
「・・・ですがシロウ。あの猫たちの幸せな表情をあなたは壊せるのですか?」
 猫科に甘い女、セイバーここにあり。
「根本的に猫では無いものが声が混じっているような気もするがな」
 それに答えたのは皮肉気なつっこみの声。
「む、アーチャー。ってことは」
「・・・遅かったじゃない」
 振り返るとそこに、凛が居た。
 むーって顔で、頭に猫をのせて。
「あー、えっと・・・遠坂」
 さてここからが勝負だ。あれはわざとか? 追い払っても居なくならないから諦めたのか? まさかとは思うが気付いていないのか?
「・・・遠坂なら案外3番かも」
「2番よ」
「心読むなよ遠坂!」
 あんなことやそんなことを読み取られる恐怖に代わって前に出たのは桜だ。
「ずるいです姉さん! ただでさえ属性多いのにそんなオプションでなごみ属性までつける気ですか! 癒し系はわたしのスキルなのに!」
「にゃー」「にゃー」「みゃー」
 猫達は、一斉に前足を左右に振った。
「ひ、ひどい・・・」
「だ、大丈夫だぞ桜!俺は癒されてるから! 癒され・・・多分・・・」
「無茶苦茶自信なさげじゃないですか!うぅ・・・もういいです」
 境内の隅で『の』の字を書き始めた桜とその傍で動くに動けずおろおろするバーサーカーを眺めて凛はふっとニヒルに笑った。
「早くも二人脱落・・・この寺には魔が住んでいる・・・」
「みー」
 頭上の猫が宿主と一緒にちっちっち、とニヒルに肉球を揺らすのを眺めながら士郎はため息をついた。
「まあ、害があるわけでもないだろうしほっとこう・・・それより遠坂、早かったな。まさか先に来てるとは思わなかったよ」
「こっちも来たばっかりなのよ。一度荷物を家に置かせてたから。アーチャーに自転車を飛ばさせて二人乗りでね」
「・・・体が見え無くなるほどの荷物を抱えてな」
 先程から彼女のつっこみにややキレがない理由を悟って士郎は気の毒そうに頷いた。
「おつかれさま。帰ったらなんか疲労回復にいいもの作ってやるからな」
「・・・ふん」
 そっぽを向くアーチャーにはあまり構わず士郎は凛に向き直った。
「じゃあとりあえず寺の中を見て回ろう。俺は結界とかの痕跡に注意するから遠坂は魔力を感知してってくれ」
「いいわよ。じゃあセイバーとギルガメッシュは不意打ちに気をつけといて。アーチャーもね」
「わかりました」
「よかろう」
「了解した」
 それぞれやや緊張感を取り戻した表情でサーヴァントたちは頷き。
「む? ・・・そこに居るのは衛宮か?」
 新たな声に一斉に視線をそちらに向けた。
「あ、一成」
「やはり衛宮か、こんな時間に訪れるとは奇特なことだ・・・と、遠坂っ!」
 石段を登って現れたのはこの寺の後とり息子、柳洞一成だった。ランニング途中なのか、『説破』と背中にでかでかとプリントされたトレーナー姿だ。
「あら柳洞くん。生徒会長自ら見回りかしら? ごくろうさま」
「そんなわけがあるか! 体力増強だ! 見てわからんのか!」
 顔を真っ赤にして叫ぶ一斉に凛はあらと意外そうな顔をした。
「冗談にきまってるじゃない。聞いてわからないの?」
「ぐ、ぐぐぐぐ・・・え、衛宮! 周囲の少女達もさることながら、そもそもが何故におまえがこの毒婦と一緒なのだ! 穢れるぞ!」
「あ、いや、その・・・色々と事情らしきものはあるんだが、なんていうか・・・」
 魔術関連の話をするわけにもいかず口篭もると、凛はにこぉっと微笑んだ。瞬間、士郎の背筋にぞくりと寒気が走る。
「待て遠坂!」
 その顔は知っている。よぉく知っている! この顔は! 明らかに何かを企んでいる顔だ!
「簡単よ柳洞くん。わたし達、結婚するの」
「何ィィィィィィ!?」
「なんですってぇええええええ!?」
「・・・なんで桜まで驚くかな」
 士郎はぐったりと頭を抱える。
「どどどどどどどういうことだ遠坂! 事と次第によっては・・・」
「そうです! 許しませんよ姉さんっ!」
「そんなこといわれてもねぇ、わたしと士郎は湖のほとりの小さな赤い家で・・・」
「殺戮を繰り返すんだな」
「そうそう、金属バットでガッツンやったりおはぎに針入れたり最後ははナタでごつって嘘だッ!」
 アーチャーの一言で路線の変わった内容に凛はがぁっと吼え猛る。
「凛。いいノリツッコミだ」
「姉さん! そんな祟りだかなんだかわからない行為に先輩を巻き込ませるわけにはいきませんっ!」
「その通りだ! 衛宮は・・・衛宮は、貴様なぞには渡さん!」
 桜の追求にぶんぶんと頷き、一成が決意の声をあげた、瞬間。
「ほぅ」
「へぇ?」
「わぁ」
 女性陣がそれぞれ単音の声をあげて黙り込み、静寂が辺りを支配した。凛の頭上で猫がみゃーと驚きの声をあげる。
「・・・姉さん、この方は」
「ええ。生徒会長。そして士郎とよく一緒にお昼を食べたり放課後に語らったり朝の時間を共にしたりしている奴よ・・・」
「あ、朝の時間を共に!?」
 その説明に桜は何か汚いものを見るような目で一成を睨んだ。
「待て、今の説明は何か著しい悪意を感じるぞ!?」
「問答無用ですっ! いくらなんでも男子に先輩を取られるなんて許せませんっ!」
「桜、手伝うわ」
「みぃ」
 ぐわっと燃え上がる炎をバックに盛り上がる桜とあからさまに楽しんでる笑いでそれを煽る凛。客観的に見て、それは・・・
「地獄だな」
「・・・そうだな。アーチャー」
 士郎は深くため息をつき、傍らのセイバーに目を向けた。
「セイバー、ギルガメッシュさん。行こう・・・あっちは放っておいて」
「は、はい。いいのですか?」
 言われ、ふっと遠くを見る。
「セイバー、エンジンがかかった凛を止める方法があるのか?」
「・・・いえ、ありませんね」
 王様は、切り替えが早かった。
「よし。では行くぞ雑種。セイバー。あんなヤ○イ話に付き合うこともない」
「ど、どこまで! どこまで進んでるんですか!?」
「あ、それはわたしも聞きたいなー」
「どこまでも何もあるかっ! おい、衛宮 !この仏敵達をなんとか、おい!? 衛宮! どこへ行く!? 去るな! 微妙な笑みを浮かべて行くなぁぁああっ!」
 アリーヴェ・デルチ。


 山門前の喧騒がやや小さくなった頃、夕日の最後の一欠けらが姿を消し辺りは完全に夜の世界へと埋没した。士郎達は建物につけられた常夜灯を頼りにあちこちを見て回る。
「・・・駄目だな。物凄い魔力がこの山全体を包んでいて痕跡とかがよくわからない」
 士郎の呟きにセイバーはこくりと頷いた。
「そうですね。ここには強力な結界が張られています。正面以外からでしたら私達は入ってこれなかったであろう強力なものです」
「キャスターの仕業かな?」
 問いに答えたのはギルガメッシュだ。
「いや、10年前にもこの結界は存在していた。この寺自体に何か有るのかもしれぬな・・・それよりもセイバー、気付いておったか?」
「ええ・・・ですが何か違うような感じもします」
 ギルガメッシュとセイバーは互いに目配せして周囲を見渡す。
「どうしたんだ? 二人とも」
「・・・シロウ。サーヴァントらしき気配を感じます」
「!」
 士郎は素早く周囲をうかがった。少し先の建物の影から何かが歩き回っている音が聞こえる。
「・・・あれか?」
「おそらく。しかし・・・どこかおかしい。本当にサーヴァントなのかどうかはっきりしません」
「ふん、行ってみればわかることだ。ついてくることを許す」
 ギルガメッシュは言うが早いかさっさと歩き出した。うっかりさんではあるがそこは英雄王とまで言われる存在。無造作に見えて既に『王の財宝(ゲートオブバビロン)』はいつでも使えるよう召喚されている。
 そのまま三人して静かに角を曲がり・・・そこに。
「―――物干し竿」
 それが、あった。士郎は顔を引きつらせ、その長くて細い物体を見つめる。

『忠告する。物干し竿には気をつけることだ』

 嫌な奴では有るが、言峰綺礼の忠告はいつだって正鵠を射る。その助言者としての優秀さは士郎だって認めざるをえないところだ。
 しかし。こんなもん当てられてどうする?
「あらあら・・・すっかり暗くなってしまいましたね。困りました」
 幾つも幾つも設置された物干し。そこには干されているたくさんの作務衣やタオルと、それを取り込む紬を着た女性が居る。
 士郎以上、ランサー以下の中々の長身、上品な顔立ちとポニーテールにした黒髪からのぞく白いうなじが印象的。
「・・・あの人が?」
「うむ・・・そうだと、思うのだが・・・この我をして断言させぬなど・・・なんと傲慢な」
「・・・ギルガメッシュがその台詞を吐くことにも、あちらの彼女にも違和感があるのですシロウ」
 半眼で告げるセイバーの言葉にふむと頷き、士郎は建物の影から顔を出してその女性を眺めた。とりあえず見た目に英霊らしさはないのだが、それを言い出すと今衛宮邸にいるサーヴァントもそうなのでとりあえず様子を見る。
「さて、これで最後の一竿・・・」
 遠くから眺める3人組に気付いていないのか、女性はテキパキと洗濯物の取り込みを続けた。作務衣をまとめて籠に入れ、干してあったタオルに手を伸ばし。瞬間。
「あら?」
 急に吹き付けた風が二枚のタオルを宙に吹き飛ばした。咄嗟に士郎はそれをキャッチしようと一歩踏み出したが。
「えい、ですね」
 ノンビリした声と共に、何かが空中を薙ぎ払った。刹那、二枚同時にタオルが消える。もちろん実際に消えたわけではない。それは今、和装の女性の支配下にあった。
 とっさに彼女が振るった、物干し竿に引っ掛けられて。
「い、今・・・目の錯覚かもしれないけど・・・物干し竿、二本無かった?」
 士郎の問いにセイバーが緊張の面持ちで頷く。
「多重次元屈折現象・・・キシュア・ゼルリッチ。信じがたいことですがシロウの感じたことは事実です。あの瞬間、この世界に物干し竿は二本存在しました・・・!」
「・・・でも宝具とかを使ったらいくら俺でも感知できる。今の流れでは一切魔力は動いていないぞ? そんな魔法まがいなことをどうやって」
「それは―――」
「単純なことなのですよ?」
 口篭もるセイバーに代わり、涼やかな声がした。
「あ・・・」
 タオルを獲ろうと踏み出した士郎は隠れていた建物の影から大きくはみ出てしまっていた。女性とばっちり目が合ってしまう。
「暇だったので燕さんを斬ろうと思ったんです。でも燕さんは太刀風に反応して避けてしまうのでどんなに早く振っても当りません。そこで一刀目でわざと逃げさせてそこを斬ろうって試してみましたの。そうしたら・・・」
「・・・そうしたら?」
 女性は、てへと小さく舌を出した。
「次元、歪んじゃいました」
「ました、じゃないわよっ!」
「あ、遠坂」
 物凄いスピードで駆け込んできたのは凛だった。頭にしがみついた猫が涙目でその恐怖を訴える。
「う、うちの師父の秘法をなんとなく出来ちゃいましたって何よそれ!?」
 遠坂家の魔術は魔道元帥、宝石のゼルリッチの直伝であり、その最秘奥はゼルリッチの残した宝石剣。平行次元を運営する第二魔法を継承する為の道標である。
 凛本人もいずれは自分の手でそれを解析して魔法使いになってやろうという野望を燃やしていたりしたのだ。野望の王国なのだ。誇大妄想と笑うがいい! 信じるのは己の知力と体力のみだ!
 それを。ああそれを。
「そう言われましても、なんとなく出来てしまいましたので。ほら」
 ひょいっと振られた何の変哲も魔力もない物干し竿が一瞬ぶれて二本になる。残像ではないのは鍛えられた者の目には明らかだ。
「・・・遠坂家の・・・歴史って・・・」
 がっくりとうな垂れてorzな姿を見せる凛にセイバーは困り顔で士郎に耳打ちする。
「シロウ、慰めたほうがいいのでは?」
「いや、そう思うんだけどね。流石に言葉が」
 気の毒げな言葉に凛は乱暴な仕草で涙を拭った。立ち止まるな。弱音を吐くな。夢を諦めるな、である。数え切れない光だって瞬いているのだ。
「ふ、ふん・・・心配されるようなことじゃないわよ。見方を変えればいい研究素材が見つかったってことだし!」
「あら、解剖とかされちゃうんでしょうか? ふふ、怖いです」
 口元に手を当てて笑う女性に凛はむぅと顔をしかめた。頭上に仁王立ちした猫も腕組みしてにゃうと鳴く。
「それで・・・あなたはサーヴァントなんですか?」
 士郎は殺気を放つあくまはとりあえずスルーして女性に尋ねた。この数日でスルーとつっこみに関してはやけに上手くなってきた彼である。
 赤い衣の英霊の姿を無意識に真似ていることを、今はまだ、気付いていないとしても。
「はい」
 問われ、女性は上品な笑みを浮かべた。すっと着物のすそを正し、一礼する。
「あさしんのさーばんと、名を佐々木小次郎と申します・・・ようやくお会いできましたね。旦那様」
「佐々木小次郎ってあの!?」
「旦那様ってどういうことよ士郎!」
「シロウ。私もそれが気になる。どういうことか説明を求めます!」
「ふ、ふん・・・我にはどうでも良いが・・・聞いてやらんでもないぞ雑種!」
 ただの一言で沸騰した3人に詰め寄られる士郎に女性―――佐々木はくすくすと笑う。
「あらあら、おもてになられるんですね。旦那様」
「そ、そういう意味じゃないわよ・・・別に・・・その・・・」
「わ、私はただサーヴァントとしてマスターの人間関係を把握しておく必要が、その・・・」
「ざ、雑種如きに興味などないわ! な、なんだその含み笑いは!」
 ふんっとそっぽを向く赤面娘達にきょとんとした顔をしていた鈍少年は首をかしげながら佐々木への疑問を優先した。
「佐々木小次郎っていうと・・・巌流島の?」
「はい。そういうことになっていますね」
 その微妙な言い回しに引っかかることを感じながら次の質問。
「じゃあ、さっきの動きが『燕返し』なんだ! うぉ、なんか凄いもの見た・・・!」
「本気の燕返しだともう一振り加えて三重ではありますがその通りです、旦那様」
 そっかーとしきりに感心する士郎を凛はぐいっと押しのけた。ツカツカと佐々木へと詰めより指を突きつける。
「だから!その『旦那様』ってのはなんなのよ!」
「にゃぁ!」
 ぴしっと自分を指す人差し指と前足に微笑んで佐々木はくいっと首を傾げる。
「皆様風に言うと『ますたぁ』でございますが?」
「それはありえない。シロウのサーヴァントは私だ!」
 存在意義に関わる問題にセイバーはがぁっと吼えた。ギルガメッシュはその辺は興味がないのか縦ロールをくにくにと指先でいじくって遊んでいる。
「一人のますたぁに対して一人の妻、もといさーばんとというわけでもありませんでしょう? ならばわたくしの旦那様がこちらの・・・ええと、お名前は?」
「あぁ、俺は衛宮士郎」
「宜しくお願い致しますね? ・・・士郎様が旦那様でもおかしくはありません」
 ね? と首を傾げる仕草も上品に佐々木は微笑む。
「そんな筈はないわ。そもそも召喚自体できない士郎にサーヴァントがつくなんてのは究極の偶然だもの。二回も起きるとは思えない。ぶっちゃけありえないわ」
「・・・ふふ、やはり誤魔化せませんか」
 凛の追求に佐々木はそう言って頬に手を当てる。
「でも嘘というわけでもありませんよ? わたくし、ますたぁと呼べる方がおりませんので」
「居ない? どういうこと?」
 凛は腕組みをして問う。今回のイレギュラー召還の性質に対する仮設が覆るかもしれないのだ。その表情は険しい。
「もちろん、教会のお庭で呼ばれたのですからあの凛々しい女性が召還者だとは思うのですが、わたくしの思い出の中にたしかにあるのです。本当のますたぁはここにあると」
「居るんじゃないの。誰よ」
「いえ、『居る』のではなく『ある』のです。何しろ、このお寺の山門がわたくしのますたぁですので」
 沈黙。総員一斉に首をかしげる。
「にゃぁ」
「もちろん誰か呼ぶという行為をした人は別にいると思うのですけど・・・わたくしがこの世界にいる由来とでもいいましょうか、そういったものがこの『場所』なのですね。だから、何をしていいやらと思い雑用など手伝わせていただいておりましたが」
 佐々木はにこっと笑顔で士郎の手をとった。
「この度、ますたぁの資格を持つ方がわたくしを訪ねてきてくださいました。これはもうわたくしの貞操でも捧げるしか」
「捧げんでいいっ! っていうか何故でしょうみたいな顔で首傾げない!」
 凛はひとしきりつっこんでからはぁと息をついた。
「疲れる・・・こういうときに限ってなんであのつっこみ魔は出てこないのよ」
「にゃぁ」
 ぺたぺたと髪を叩いて慰める頭上の猫にありがとと返し、尋問再開。
「言っとくけどわたしもマスターよ? さっきの話なら、わたしが『旦那様』ってのでもいいわけよね?」
「システム上はそうかもしれません。ですが大きな問題がひとつ」
「何よ」
 佐々木は、真剣な目できっぱりと言い切った。
「わたくし、殿方しか愛せませんから」
「いや、それは別の問題だ」
 唐突につっこみが入る。莫大な戦闘経験に裏打ちされた熟練のつっこみ。時に冷徹ですらあるそれは、明確にアーチャーの来訪を意味していた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 和装の暗殺者と赤いスタジャンの弓兵は一度目を合わせて意思を交換する。
(このわたくしに、つっこみきれますか・・・?)
(ふん、いいだろう、ボケてみせろ・・・!)

 そして、接敵!

「大丈夫ですよ。愛があれば多少の年の差なんて」
「生年から数えておまえは何歳だ。多少かそれは」
「貴方も若い殿方のほうが犯る気になりませんか?」
「根本的に『や』の字が不穏だ」
「そう言えばあなた、手を見た限りニ刀流ですね」
「誰が両刀使いだ」
「いえ、二本挿しが好きなのかなぁと」
「それはあまりにも卑猥ではないか!? ついでに私はノーマルだ!」
「うふふ・・・あつはなついですねえ?」
「ふん・・・それを言うならなつはあついだ!」
 数合の打ち合いを経て二人は刃を納め―――
「よろしく頼む」
「こちらこそです」
 二人はがしっと握手を交わした。何かが・・・魂の何かが共鳴したようである。
「あ、アーチャー! 篭絡されてどうするのよ!」
「忘れがちかもしれんが私は女だ」
「あら、わたくしだって昔から旦那様一筋ですよ?」
「今、会ったばかりだろうが」
 佐々木ぼければアーチャーつっこむ。見事なタイミングに士郎はパチパチと拍手を送った。セイバーもつられてペチペチと手を打ち合わせる。
「遠坂、とりあえず細かい所は置いといて話を進めないか? 時間も遅くなっちゃうし」
「・・・わ、わかってるわよ」
 凛は不満気に呟き、対照的にどこか満ち足りた表情でたたずむアーチャーを後ろに押しのけ佐々木に向き直る。
「で? 今はここに住んでるわけ?」
「はい。旅の途中財布を落として難儀していると住職様に言いましたら、雑用を引き受ける代わりにここに泊めてやる、と」
「・・・妙に生活力のある奴よ」
 ギルガメッシュは呟き、我が身を振り返る。こう見えて10年前は大変だったのだ。とりあえず受肉したものの戸籍も無ければ手に職があるわけでもない。宝具で年齢を弄くったら妙に受けがよかったがこんどは働き口が無い。言峰の支援とカリスマスキルがが無ければまともに生活出来るようになるまでどれだけきつかっただろうか。
「ってことは、佐々木さんはここに定住してるってことかな?」
 柄にもなく物思いにふけり遠い目をする金ぴか娘をよそに、士郎はふむふむと頷いたが。
「少しお待ちを。他のサーヴァントの皆様は今?」
 それならこれで問題無しかと士郎が完結しかけるのを佐々木は静かに制止した。
「私達はシロウの家に住まわせて貰っていますが」
 律儀に答えるセイバーに佐々木はふわっと微笑んだ。
「では、出来ればなのですが・・・わたくしも旦那様のおうちに置いていただけませんでしょうか?」
「っ! あんたやっぱり!」
 目を吊り上げた凛と毛を逆立たせた猫の威嚇にふるふると首を振る。
「それも否定はしませんが―――」
「しないのか」
 アーチャーのつっこみも、今回は小声だ。
「ふふ、わたくしはただ・・・あの山門の外の世界が、見てみたいのです」
 視線が、遠い。それは渇望。ありえないと思っていた遠き夢への。
 それを否定することは、士郎にはできない。
 出来る筈が、ない。
「・・・わかった。うちに来るといいよ」
「士郎・・・まったく、ほんと甘いんだから」
 凛はふうとため息をついた。
「その割には嬉しそうだな。凛」
「あれで放っとくような奴だったら、それこそ見捨てるわよ」
 アーチャーの言葉に凛は苦笑する。
 ああいう馬鹿だからこそ、みんなこいつと一緒に居るのだ。
 人を助けるのに理由が要らない、愛すべき大馬鹿だからこそ。


「それでは、お世話になりました」
「いやいや、こちらこそこの2日間助かりましたぞ」
 深々と頭を下げる佐々木に柳洞寺住職・・・つまり一成の父は呵々と笑う。
「しかし佐々木殿が衛宮の知り合いだったとは・・・」
「正確に言えば親父の知り合い。俺とは今日初めて会った。他のみんなも同じ」
 一成の言葉に士郎は凛と打ち合わせておいた誤魔化しを口にした。
 何をしていた人物かよくわからず世界中を放浪していたことと女の子にだだ甘だったことのみ妙に有名な切嗣の名はこういう時に役に立つ。
「残念でしたのう。衛宮が亡くなっておって」
「はい・・・ですが、息子様にはお会いできましたので、わたくしは幸せです。これでご恩返しもできます故」
「うむ。明日にでも士郎坊主と共に墓参りにでも来るが良い」
「ええ、是非」
 流石は日本出身の英霊だと完璧な受け答えに感心していた士郎に一成はうむと頷いた。
「衛宮、悪いことは言わん。父の縁がどうだかとかは知らんが、佐々木殿にしておけ」
「? なにがさ」
 不思議そうな表情に一成はくわっと目を見開く。
「あの毒婦のことだ!いっそ向こうで控えている欧米人でも良いとは思うが、やはり佐々木殿を押す! 遠坂とはこれを期にきっぱりと縁を切るのだ」
「ははは、考えとくよ」
 士郎は笑って誤魔化した。というより、それの他にすることがなかった。凛についても親同士に親交があった事にしてある。実際前回の聖杯戦争で会ったことがあるそうだからあながち嘘でもない。
 多分その『付き合い』は『突き合い』であり『殺し合い』だったのだろうが。
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
「うむ、達者でな」
 そうこう言っている間に挨拶はすんだらしい。佐々木は士郎の方を向いて微笑んだ。
「それでは衛宮様、まいりましょうか」
「ええ。じゃあな、一成」
「いいか、奴は魔女だ! 気をつけるんだぞ!?」
 それ、当りだよと苦笑しながら士郎は佐々木と共に一成の家を出た。外で待っていた凛達と共に歩き出す。
「さて、じゃあ帰ろうか。そういえば桜、夕食の食材は・・・?」
「あ、昨日の晩があれだったんで藤村先生の家の方に頼んで午前中に買いだめしてきてもらいました」
「運び込まれるのは私が確認しています。小山の如き、雄雄しき光景でした」
 セイバーはえっへんと胸を張った。何を誇っているのかはよくわからない。留守番ができたことについてか?
「そっか。じゃあ早く帰って料理しよう・・・ん?」
 喋っているうちに近づいてきた山門の下に人影を見つけて士郎は反射的に身を引き締めた。
「・・・・・・」
 英霊達も口をつぐみ視線を鋭くする。闇にぼぅと浮かぶ長身のその影は、それだけの威圧感を放っていたのだ。
「誰だ・・・?」
 士郎は呟いて視力を魔力で強化し―――
「って先生!?」
「・・・衛宮か」
 一気に気合が霧散した。そこに立っていたのは葛木教師だった。振り向いた瞬間、威圧感も綺麗に消え去る。
「な、何をしてたんですか? 先生」
「遠坂も一緒か。別段何をしていたわけでもない」
 淡々と答え、葛木は佐々木を見た。
「・・・行くのか」
「ええ。お世話になりました」
 ぺこりと頭を下げる佐々木に会釈して答え、葛木はまた明日学校でなと言って去っていく。
「・・・あの方とも、一度手合わせしたかったのですが」
 その背を見送り佐々木はほぅと息をついた。
「手合わせって、葛木先生と?」
 士郎の問いに佐々木はええと頷く。
「あの方はわたくしと同類と見えますので」
「同類って・・・先生は人間だよ?」
 当然の疑問に口元を隠して悪戯な笑み。
「ふふ、いずれお話することもあると思います。今は早く帰るべきですよ、旦那様。セイバー様の目がうつろになってきておりますから」
 首をひねりながらも士郎は頷いて歩き出した。確かにそろそろ急がないと食べるのが深夜になってしまう。それでは少女ぞろいの衛宮家居候軍団の美容に悪い。
「よし、みんなちょっと急ごう!」
「ええ。早く、一刻も早く帰りましょう。いえ、別段私がどうというのではなくシロウが言うからで・・・」
 言い訳とも付かぬ言葉と共に皆を急かし階段を降り始めるセイバーに苦笑しながら凛は腕を組み、葛木が見ていた方を眺めてみた。
「・・・・・・」
 そこは林。柳洞寺を包む。
「・・・魔力を、感知か」
「にぃ」
 魔術師の表情で考え込む凛に、頭上の猫が心配げに声をかけた。

 まだ居たのか。