2-6 包丁達人BladeMaster

「桜! そっちの鍋見てくれない!?」
「え、え!? わたしも手を離せないんです! 先輩どうですか!?」
「ちょっと待て! 微塵切り中だから集中が!」
 衛宮家の厨房は戦場である。何しろ人外の食欲を誇るメンバーを相手の調理であり、それでいて料理人のプライドと某英霊の機嫌の為にクオリティもさげられない。
 幸い家の構造上広々としたキッチンであり和・洋・中をそれぞれ得意とする三人の料理人が同時にそこに立ってもまだ余裕があるほどなのだが・・・
「よし、終わりって鍋吹いてる!」
「先輩! ご飯炊けました! おひつに移して二回目行きますっ!」
「ああもう! いつまで下ごしらえ続くのよ!」
 物理的な作業量が、どうしたって追いつかなかったり。
「・・・タイヘン」
 縁側に座ってそれを見ていたバーサーカーはポツリと呟いた。その膝でごろごろしていたあんりが『そうだねー』と興味なさげに相槌を打つ。
「手伝えればとも思うのですが、あいにく私にはその手の技能がありません」
 セイバーのしみじみ呟いた台詞に一同は一斉にうんと頷く。残念なことに王様や神の仔にその手の生活に密着したスキルは無い。
「肉の丸焼きなら・・・」
「いえ、そういう雑なのは結構です」
 言いかけたところでセイバーにきっぱりと否定されてランサーはふくれっつらで部屋の隅に移動する。体育座りだ。
「・・・ふふ、それでは、わたくしの出番ですね」
 そんな中、佐々木はすっと立ち上がた。
「ん? 新入りの姉ちゃん、料理できんのか?」
 拗ね損ねたランサーの問いに佐々木はふふと笑う。
「ええ。現代のお料理とはやや違いますが、下ごしらえのお手伝い程度なら問題ないと思いますので」
 言いつつ台所に入った佐々木は近くに置きっぱなしだった忘れ物の割烹着を装着して士郎達のもとへ向かった。
 ―――そういえば、バゼットはこれで何をしていたのか。
 むしろ、何も出来なかったのか。
「旦那様、お手伝いさせていただきますね」
「ぇ・・・佐々木さん、料理は・・・?」
「味付けや細かい技術に関しましてはこれから覚えさせて頂きます。ですが下ごしらえの包丁技に関しましては生前時間が有り余っていたのでそれなりの修練を」
 佐々木は出しっぱなしだった水道で手を洗い、士郎が途中で止めていたジャガイモと包丁を手にとる。
「これは、短冊切りでよろしいのでしょうか?」
「あ、ああ。そうだけど」
 答えると佐々木はとんっとそれをまな板に置き、瞬間。
 すっ・・・と包丁が分裂した。
「きしゅあ・ぜるりっち! ・・・でしたっけ?」
 桜の驚きの声と共にジャガイモはすっぱりと綺麗な断面でスティック状に切り分けられた。所要時間、僅かに数秒。
 例えるならば、まさに魔包丁。この女性は己の修練だけで包丁を神秘の域にまで押し上げたのだ。包丁と並べられる魔法というのもなんだかなぁだが。
「・・・うちの宝箱をそのまま投げ捨てたい気分」
 凛は深くため息をついて剥きかけのニンジンを佐々木のほうへ押しやった。
「これ、皮剥いて輪切り、4本お願いね。その間にオーブン見てるから」
「はい、かしこまりました」
「佐々木さん、大根の桂剥きってできます?」
「お任せください。向こう側が見える薄さにできますよ?」
「いや、そこまでやらなくてもいいけど・・・」
 ともあれ、下ごしらえ専門の調理者が置かれたというのは大きかった。佐々木自身の腕が良いというのも助かる。どうも和食専門のようだが、教えれば大概のことは一度で覚えてくれた。
「・・・なんだか、初めてサーヴァントの居るありがたみがわかった気がする」
「・・・正しいサーヴァントの使い方じゃないけどね」
 凛と言葉を交わしながら士郎は隣で魚の小骨を抜いている佐々木に視線を向けた。三角巾で髪が纏められている為に白い首筋が無防備にそこにある。
(・・・うなじが、なんか無性に色っぽい)
「衛宮君?」
 瞬間、逆サイドに立った凛から穏やかな声が放たれた。
「・・・はひ」
 士郎はギシギシと音を立てて振り返る。
「どこ、見てるのかなぁ?」
 笑顔。満面の笑顔。
 笑顔なんだから・・・包丁の先をこちらに向けるのはやめてくれないか? しかも刃が上向いてるじゃないか。
「・・・さあ、張り切って料理しよう! 俺には食材しか見えない!」
「・・・ふん、だ」
 そんな二人に。佐々木は、くすりと微笑むのだった。
「わたし、やっぱり影薄い・・・」
 デミグラスソースを地味に煮込む少女をよそに。


「みんなご苦労様。いただきます!」
「頂きます(×10)」
 土蔵にしまってあった追加のテーブルも引っ張り出して並べた膨大な量の料理を前に魔術師とサーヴァント達はいっせいに箸を持った。幾人かはフォークだが。
「しっかし作ればできるものね。士郎の目算聞いた時はそんな作れるかーって思ったけど」
 凛は自作の肉餃子をはむはむと噛んでそう言った。続いて士郎の肉団子を食べて軽く舌打ちする。
「・・・これは負け」
「? ・・・まあ、佐々木さんが手伝ってくれた分楽だったかな。多分俺が一番手伝ってもらっちゃったし」
 言っている間に凛は自分と士郎の炒め物を食べ比べてニヤリと笑う。
「これは勝ち」
「にゃー」
 小さなガッツポーズ。
「ふふ、この時代は便利なものが多いですね」
 言いながら佐々木はとんっと自分の前に白い陶器を置いた。
「徳利?」
「ええ。住職様から餞別にと良いお酒をいただきまして」
 とくとくと猪口に注ぎ、一息にあおる。
「・・・染み渡ります」
「・・・・・・」
「衛宮君? もう一回聞くんだけど・・・なに見てるのかしら?」
「先輩、年上に弱かったなんて知りませんでした」
「シロウ、おかわりです」
 両サイドからのプレッシャーに冷や汗を流しながら士郎は快活な笑みでセイバーのお茶碗を受け取った。山盛りにご飯を盛って返す。
「・・・で、何の話だったかな! 遠坂! 桜!」
「・・・逃げたか」
 ぼそっと呟いたアーチャーの台詞は当然に聞こえないふり。
「がぅ」
「ああ、バーサーカーもおかわりね・・・はい、どうぞ」
「アリガトウ」
 ぺこりとお辞儀をするバーサーカーに士郎はうむうむと頷く。
 新人二人は礼儀正しい良い人達だと喜ぶ士郎ではあったが、そんなことを口にしたら『礼儀正しくない連中』に制裁されそうだ。主に赤い征裁を。
「うふふ、ポカポカしてきました・・・」
 だから、まあ。
 いろんな衝動は、とりあえず我慢我慢。