3-1 BeautifulDays
「ふふん、んんん〜ふふ〜ん」
毎朝変わらぬ騒がしさで士郎達が学校へ行き、朝食に使った大量の食器洗いも済んだ頃。佐々木は鼻歌交じりに掃除機をかけていた。
その昔愛用していた箒やハタキにも未練はあるが、ここへ召喚されてから出会ったこの道具はそれを上回る魔術じみた魅力で佐々木を捕らえて離さない。
「らくちんらくちん、ですねぇ」
上機嫌だ。長い髪は掃除の邪魔なので三角巾で結い上げてすいすいと食器棚の隙間のゴミを吸い取っていく。特長ノズルの発明は値千金の価値がありますねえと過去の発明者に個人的表彰。
「この後は廊下を拭いて、お昼ご飯を作って・・・ふふ、充実です」
最初は暇を潰す為に始めたこととはいえ、記憶にかすかに残る立ちんぼな門番生活と比べればなんと自由で創意工夫のし甲斐がある作業か。努力の果ておいおいそこまで行くことはないだろとつっこまれるレベルへ剣技を発展させた鍛錬マニアとしては、今やこれこそが人生の楽しみといえなくも無い。やることが多いと自然に機嫌も良くなるというものだ。
「ササキ殿。掃除ですか?」
台所の掃除が終わり、ふと気になったテレビのスピーカを掃除しようと小物用のノズルを探していた佐々木は、背後からかけられた声にくるりと振り返った。
「はい・・・あら、セイバーさま。ランサーさま。お二人で鍛錬していたのですか?」
入ってきたのはセイバーとランサーだ。二人ともTシャツにジャージという軽装で軽くかいた汗を拭っている。
「鍛錬ってより暇つぶしの運動って感じだけどな。そうだ、ササキもやらねぇか? 純粋な剣技ならあんたが一番強そうだって見てるんだけどな。オレは」
ランサーの言葉に佐々木はくすりと笑みを漏らす。
「わたくしの剣は邪剣ゆえ、あまりお見せできるようなものではございませんよ? どちらかと言えば大道芸とかに近いです」
「いや、邪道正道等というのは第三者が決めることだと私は思う。貴方の剣は鍛錬の果てに辿り着いた結論であるという点で、何も恥じることは無い。堂々とすべきだ」
「そうそう、誰だって一度は考えるけど無理だって捨てちまう『必殺技』ってアイデアを本当に実現しちまうってだけでも並みのことじゃねぇって」
二人がかりで誉められて佐々木は恥ずかしげに袂で口元を隠した。
「ふふ、わたくしをそんなに持ち上げても何も出ませんよ?」
「オレ達が苦手な家事を引き受けてもらってる時点で十分過ぎるくらい出てるけどな。・・・っと、そういや用件忘れてた。風呂、空いてるか?」
問われ、ふむと佐々木は住人達の動向を思い出す。
「旦那様方は学校へ、バーサーカーさまは庭の鯉に餌を。ギルガメシュさまはまだご就寝中、アーチャーさまは土蔵を見物するとか、イスカンダルさまはあんりさまとまゆさまを連れてお散歩・・・はい、誰も使っておりませんね」
「・・・あんた、よく見てるなぁ」
感心するランサーに佐々木は穏やかに微笑む。
「簡単な心がけひとつ、ですね・・・沸かしますか? お風呂」
「いえ、シャワーで十分です。ランサー、先に入りますか?」
「おう、わりぃな・・・一緒に入るか?」
言いながら抱きついてきたランサーにセイバーは目を白黒させながら跳びずさった。
「ば、馬鹿なことを・・・! わ、私は・・・!」
「はは、わかってるって。少年としか一緒に入らないんだろ?」
「それこそあり得ません!」
がぁっ! と吼える姿にランサーと佐々木は同時にくすっと小さく笑う。
「意識していないように見えて、これでなかなか・・・」
「ええ、やっぱり女の子、ですね」
「・・・何を笑っている」
ぷるぷると震える拳にランサーは笑いを喉の奥に収めて身を翻した。
「なんでもねぇよっと・・・じゃあ先にもらうぜ」
「待ちなさいランサー!」
「を? やっぱり一緒に入んのかい?」
「違いますっ!」
賑やかに去っていく二人を見送り、佐々木は再び掃除機のノズル探しに戻る。
「善哉善哉、平和が一番です・・・」