3-6  GATHER BEAT

「次は右!」
 イスカンダルの声にあわせてあんりとまゆは右へと進路を変えた。背後から撃ちこまれた魔力弾がすれすれに通過していく。
「今のはあぶなかったよー!」
「狙いが正確になってきてますねぇ」
 楽しげに言い合う二人を急かしながらイスカンダルは思考を編み上げる。
(補正しながらの5発。まだ遊ばれている。仕留める気ならとっくにやられてる筈。あと数分は引っ張れるけどあまり遠ざかるとみんなと合流できない。いっそ一人で・・・いや、今の対魔力はD程度。相性が悪―――思考中断!)
「止まって二人とも!」
「え?」
「きゃぅん!」
 指示に従い転びかけながら止まった二人の目の前に弧を描いて飛来した魔力弾が数発連続して着弾。
「GO!」
「わかりましたー」
「つかれるなー」
 再度加速してちらりと背後をうかがうと、ローブの影は最初と全く変わらぬ距離でそこに居る。
 そして。
「・・・・・・」
 ローブに隠れた口元が、確かに笑うのを、イスカンダルは見た。
(来る! 本命!)
 イスカンダルは心中で叫び加速する。先行するする二人を抱きかかえて最後の一跳びをしつつ空中でキャスターに向き直り・・・
「な・・・大きい!」
 キャスターの手に作られた乗用車ほどの大きさの魔力弾に声を漏らす。
「・・・・・・」
 魔術師の英霊はそのまま無造作な動きでそれを撃ち出した。大きさ、速度、タイミング、全てにおいて回避できるレベルではないそれに、思わずイスカンダルの表情が変わる。

 ―――勝利の笑みへと。

「凄い魔術だけど、残念ながらタイム・アップだね」
 言葉と同時に鋭い叫びと1062 ccの排気量が叩き出す轟音を引き連れて黒い影がイスカンダル達の前へ飛び込んだ。
「よっしゃああああああああっ! 間に合ったっ!」
 それはバイク。ゼファー1100。ランサーに操られたそれは180キロオーバーのハイスピードのまま歩道へと飛び込みフルブレーキ。地面に円形のタイヤの後をつけながら数回転のスピンターンを敢行する。
「はっ・・・!」
 そのタンデムシートから2回転目で金の髪の少女が飛び降りた。慣性をその身に受け、砲弾のように宙を突き進みながら魔力弾へと突っ込んで行く。
「たぁあああああああああっ!」
 瞬斬、セイバーは勢いのままに両手で握った見えない刃を魔力の塊へと叩き込んだ。龍の血の生み出す最強の対魔力を纏った一刀は家一件を吹き飛ばす程の破壊力を正面から叩き潰し、無力な風へと散華させる! 
「!?」
 予想外の展開にキャスターは声にならない悲鳴と共に身を翻した。ローブのすそをはためかせながらセイバー達とは逆方向に逃走を始めるその見切りの速さは見事。しかし。
「撃ちなさい! アーチャー!」
 鋭い声と共にその足元でスタタタタタタンと軽快な音がした。驚愕と共に足を止めて見下ろせばそこにはコンクリートを抉り突き立てられた六連の鉄矢。
「・・・逃げたいなら逃げていいわ。でもそこから動いたら今度は心臓を射抜くわよ。そんなチャチなものじゃない矢でね」
 悠然と姿をあらわしたのは凛だ。広げた片手をキャスターに向け、背後に士郎と桜を従えて近づいてくる。
「っ・・・!」
 あきらかにチェックメイトのその状況に、しかしキャスターは諦めていなかった。舌打ちと共に魔力を練り上げ不可思議な単音の声を発し、瞬間、そのローブ姿がすっと透明になり始める。
「空間転移!? そんなものまで出来るの!?」
「させない・・・!」
 驚愕する凛の声と共にダンッ! とセイバーは地を蹴った。まさに烈風の如く距離を詰め、キャスターのローブの中央やや下、腹の辺りへと風王結界の一撃を叩き込む。
「ぁ・・・!」
 転移しかけていたキャスターの体はセイバーの対魔力と干渉して一気に実体化した。そして、その胴体を見えない刃が貫通し。
「え・・・」
「おわ・・・!?」
 戸惑いの声と共に、ローブ姿の魔術師は真っ二つに千切れて地に伏した。
 そのまま、動かない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙の中、ゆっくりと口を開いたのはバイクから降りたランサーだった。
「えっとな、セイバー・・・もしかして、殺っちまった?」
「い、いえ! 今のは剣の平の方で叩いただけです! 真空による切断作用はありますが英霊の体を両断するほどの威力は・・・!」
 慌てて首を振るセイバーにランサーは微妙な笑顔で肩を叩く。
「まあ、実際真っ二つだしな。こんなこともあるだろ」
「そ、そんな筈は無いのですが・・・」
 戸惑いと後悔の表情を浮かべてセイバーは足元に横たわるキャスターのローブを眺める。静寂に満ちたその場にひゅるりと風が吹き。
「あ」
 誰かが、呟いた。あるいはそれは全員だったかもしれない。突風に煽られたローブ、その下半身のほうの半分が風に乗ってどこかへ飛んでいってしまったのだ。
「・・・ひょっとして、今の・・・中身は空っぽ?」
 士郎の呟きに凛は眉をしかめて地面に落ちたままのローブ(上半身)に近づいた、よく見ると、僅かに動いている。
「・・そぅれ!」
 そして凛は容赦なくローブのフードを掴んでそれを引っぺがし。
 そこに。
「な、なにするのよ!」
 推定年齢9歳から12歳。
 あんりたちにも負けない幼女が座っていた。
 キャスターの、それが正体。どうやらさっきまではさりげなく浮いていたようだ。首元に魔具らしきペンダントが光っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙、そして凛は深々と息をついた。
「先生・・・若いって、若すぎでしょこれ」
「にゃー」
 どうやってかついてきた猫の慰めの声で、戦いは・・・そしてシリアスの時間は終了したのだった。