3-7  遠坂凛

「はい、どうぞ」
「ぁ、ありがとぅ・・・」
 佐々木にオレンジジュースのコップを差し出されてキャスターはゴモゴモと呟いてそれを受け取った。数秒間の逡巡の後にぐっと飲み干す。
「おいしい・・・!」
「ふふ、おかわり持ってきますね?」
 見る間に空になったコップを受け取り佐々木は台所へ消える。
 あれから数十分。へたり込んだキャスターからありとあらゆるアイテムを没収した上で一同は衛宮邸に帰ってきていた。
「・・・それで? なんか申し開きはあるの?」
 目を細めて凛はキャスターを睨む。行われているのは、言わば尋問。
「・・・ふん、だ」
「なんであの子達を襲ったのか、柳洞寺で何をしていたのか。それを答えろって言っているの」
「ぷい!」
 キャスターは口をつぐみそっぽを向く。先ほどからずっとこの繰り返しだ。佐々木が口を挟んだり飲み物を出したりしたときだけ反応するが他は全て無視。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 凛とキャスターはテーブルを挟んでにらみ合う。士郎たちが見守る中、均衡を破ったのはキャスターだった。
「へぼまじゅつし」
「・・・!?」
 ぼそりと呟かれた一言に士郎達はバッと立ち上がった。
「待て遠坂! 落ち着け!」
「姉さん駄目です! 相手は子供ですよ!?」
「嬢ちゃん、顔はよしとけ。ボディーにしなボディーに」
「リン、まずは深呼吸です!」
「あのね・・・」
 一斉に自分の体を掴む一同に凛は半眼になり周囲を見渡す。
「落ち着いてるわよ。放しなさいって」
「・・・あれ?」
 呆れ声で言われ、士郎は呆然と手を放した。確かに凛の顔に怒りはない。ため息などつきつつこちらを見ている。
「まったく・・・そりゃあキャスターのサーヴァントからみたらヘボでしょうよ。わたしだって」
 あまりに意外な言葉にその場の全員が硬直した。バーサーカーの膝に登っていた猫がどさっと畳に落下する。
「ふ、ふん・・・案外身の程をしってるじゃない」
「ええ、よく知ってるわよ? 技能で劣ることも、でも戦えばわたしが勝つことも。あ、ちょっと違うか。あんたが負けることを、知ってるわ」
 そして、凛はあっさりと言い放って笑った。ふふんと、心底見下した顔で。
「な・・・」
 キャスターは目の前が怒りで真っ白になるのを感じた。自分に。魔術師の英霊たる者に、たかだか人間の魔術師が戦って勝つと?
「なに? 不服? 馬鹿じゃないの今更。こうやって掴まってる時点で負け決定じゃない」
「あ、あなたに負けたわけじゃないもん!」
 ぺちんとテーブルを叩いて怒るキャスターに凛はケケケと悪魔のような笑い声を出す。
「じゃあいいわ。試してみる? わたしと一対一の勝負。あんたが勝ったらここから解放して、ついでにあんたの奴隷になってあげるわ。その代わり負けたらちゃんとわたしの言うことを聞く。どう?」
「!?」
 警戒し口を閉ざす少女に赤いあくまは大きくため息をつく。
「前言撤回かなぁ。やっぱこの子、ただの魔術遊びしてる子供だわ。技能面でもへぼいかも」
「な、な・・・! ふざけないで! め、メディア、負けないもん!」
「へぇ、あなたメディアっていうんだ。じゃ、ギリシャ出身ね」
「!!」
 キャスターはびくっと震えてから憤然と立ち上がった。
「いいわ、勝負してあげるわよこの時代の魔術師! メディアが、かくのちがいをおしえてあげるもん!」
「・・・OK」
 凛もまたニヤリと笑って立ち上がる。
「見せてもらおうかしら? 神代の魔術師の力ってのをね」


「ルールを説明するわよ? お子様にもわかるよう単純にしたから覚えなさい?」
「ぅぅ・・・! 早く言って! ギタンギタンにしてやるもん!」
 中庭に出た士郎たちが輪になって見守る中央、凛とキャスターは2メートルほどの間を空けて向かい合う。
「まずはお互いに防壁を張る。で、合図と同時に攻撃を始めて先に相手の防壁を破ったほうが勝ち。簡単でしょ?」
「ふふん、だ。そんなのでいいの?」
 キャスターは余裕の笑みとともに頷く。凛はどうでもよさげに髪をかきあげ息をつく。
「あの、先輩・・・」
 それを眺め、桜は心配げに傍らの士郎に声をかけた。
「だ、大丈夫なんでしょうか? キャスターちゃんの魔力、姉さんより強いですよね・・・?」
「ん。本人も言ってたけど魔術師としての能力ならどう考えたってキャスターの方が上だよ。なにせ向こうは英霊なわけだしね」
 その言葉に桜はさっと青ざめた。
「止めましょう! 危険すぎます!」
「なんでさ。遠坂ならちゃんと手加減するよ。きっと」
「え?」
 桜はきょとんと士郎を見上げた。その表情に士郎はああと苦笑する。
「能力にどう差があったところで遠坂は勝つよ。最初からこの展開に向けて話を進めてた以上、勝つ方法があるんだと思う。基本的に勝ちが見えない戦いはしない主義だからさ」
「そんな・・・」
 一分たりとも疑いの無い笑顔に桜は八割の安心と二割の嫉妬を胸に凛たちへ視線を移す。
「じゃあ、合図はランサーに頼もうかしら。いい?」
「ああ、まかしとけ」
 ランサーはわくわくしているのを隠さず二人の中心に立つ。
「じゃあ二人とも防壁をはれ」
 合図とともに二人は呪文を唱えた。数節に渡る言葉が宙に溶け、ぅん・・・と互いの周囲に不可視の幕が出来上がる。
「・・・泣いたって許してあげないんだから」
 ふふんと鼻で笑うキャスターに凛はにぃっと笑みを見せる。
「安心しなさい。わたしは優しいからあんたが泣いたら許してあげる」
 キャスターにはわかりようの無いことではあるが。
 その表情は、いつも士郎をからかうときのそれ―――
「準備はいいな?」
 ランサーは一歩下がり、片手をすっと頭上に上げる。そして。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 二人の魔術師の視線が合った瞬間、その腕が勢い良く振り下ろされた!
「始めッ!」
「行くわよ!」
「・・・・・・」
 キャスターは合図と同時に全ての思考を感情から切り離した。雑多な全てを追い出し、『敵』を見る。『敵』は魔術回路のスイッチを入れ、すばやくそこに魔力を通したところだ。スピード、流動量共にまず一流。このまま修行を積めばキャスターと同位の魔術師になりうるかもしれないし、この時点でもキャスターの張った防壁を破るだけの実力は備えている。
(・・・わざと、だけどね)
 キャスターは笑った。加速された思考の中、凛の観察を続ける。彼女が準備した防壁は凛の全力でなら突破できるレベルのものだ。実は全力で張ったならば、もっと強固なものは作りうる。にもかかわらずそうしなかったのは・・・
(この思い上がった魔術師に身の程を教えてあげるわ)
 ただその一点のために。
(この魔術師は優秀だから防壁を破れることに気づいたはず。勝てると思って全力で破りにくる。大喜びで。でも)
 キャスターは片手を挙げた。広げた手のひらを凛に向ける。
(それは夢で終わる。だってそれより早く自分の防壁を破られるんだから)
 スピード。それがキャスターの用意した策の中心だ。いくら凛が優秀でも、ひとつだけどうしようもない差がキャスターとの間には横たわっているのだ。
 スキル『高速神言』・・・それは呪文や魔術回路を使用せずとも自然界のマナに直接干渉し魔術を編み上げる力。その魔術、その言葉そのものが神秘である神代の魔術師にのみ許された能力。
 凛が魔術回路を起動し、魔力を通し、呪文を唱えて初めて発動させる魔術をキャスターはたった一言で行える。5〜6小節の呪文を持ってしか破れない防壁を互いに張った状態での早撃ちにおいて、それはもはや、勝負にならない差と言えるだろう。凛が呪文を唱え始めた後にキャスターは悠々と相手の防壁を破ればいい。
(馬鹿な魔術師。その力に自滅なさい)
 キャスターは嘲笑と共に凛が口を開くのを見つめ―――
「馬鹿な魔術師。その力に自滅すれば?」
 凛の言葉に、目を見張った。
(!? 呪文をとなえない? 勝負を捨てたの!?)
 混乱するキャスターの目に映るのは、言葉と共に凛の投げつけてきた宝石。それは、遠坂の魔術の本質たる限定礼装。
「Abzug!」
 一言。ただの一言で、それは魔術として発動する!
「きゃ・・・!」
 知らず、悲鳴が漏れた。宝石は閃光と共に膨大な魔力を放出、一つの魔術として結実し。

 パリン・・・!

 キャスターが張り巡らした防壁は、澄んだ音と共に粉々に打ち砕かれた。
「あ・・・」
 声を漏らし、キャスターはぺたりと地面に座り込んだ。
     シングルアクション
 負けだった。一工程・・・自らが設定した勝利へのルートを、逆に支配されての完敗。これ以上も無いほどの惨敗だ。
「勝負あり! 嬢ちゃんの勝ちだ!」
 槍の英雄の合図を待つ必要も無い。
 キャスターは、自らの技術を過信して敗退したのだった。


「す、すごい・・・姉さん、凄いです!」
「流石ですね、リン」
「ふっ・・・まあ、私のマスターなのだからこれくらいはしてもらわなければな」
 賞賛を一身に受ける魔術師の姿。防壁を解き、どうだとこっちにウィンクなどしている。
 数メートル離れた場所に座り込み、キャスターは呆然とそれを見つめていた。
 負けた。
 どこから負けていた?
 絶対に自分の方が早いと相手が呪文を唱えるのを待っていたときから? 防壁をぎりぎり相手が破れるレベルに設定したときから?
 違う。
 最初からだ。
 この勝負と決まったときから、こうなることは決まっていた。最初の挑発から最後の一撃まで、全てあの魔術師の・・・遠坂凛の支配下にあったのだから。

(ずるい)

 キャスターの心に闇が広がる。
 長い歴史の中で溜まってきた心の澱がじくりと染み出してくる。

(あの女は、ずるい)

 どこかから語りかける声に導かれるように、右の手が挙がった。広げた手のひらが、賛辞をあびる凛の方へ向く。
 そして。
「Й」
 意思よりも早く、呪文が口をついていた。瞬間、大気に満ちていたマナが凝縮され、魔力の槍となって撃ち出される。
「え?」
「あ・・・」
「何?」
 全てが終わったと、みなが思っていた。察知すべき何の気配も存在しなかった。
 ただ偶然のように放たれた一撃が凛に、その心臓へと真っ直ぐに迫る。
「っ! 危ない! リン!」
 真っ先に動いたのは少し離れたところで見守っていたセイバーだった。直感的に危機を察知し飛び出す。
「いけません!」
「■■■■■■■ッ!」
 次いで、佐々木とバーサーカーが凛を突き飛ばそうと踏み出す。
「っ・・・!」
 そして、アーチャーが全速で魔術回路を起動する。しかしどれも遅い! 既に放たれた一撃を止めるにはサーヴァント達の居た位置は遠すぎる!
「あ・・・」
 凛は思わず呟いていた。
(うっかりしたなー。防壁、そのままにしとけばよかった。こんな致命的なうっかりはやだなぁ。死んだかなこれ。それはまずいって。まだ、何もしてないのに・・・)
 どこかのんびりとそんなことを考え、せめて足掻こうと身をよじった、瞬間。
「たぁああああああああっ!」
 力強い、声がした。
「え?」
 そして視界をふさぐ背中。パリンという魔力が弾けた音。
「え?」
 もう一度呟いたとき。
 その背中は、すとんと低くなった。
 衛宮士郎の、背中が。
「き、貴様ァぁッ!!」
 ランサーがゲイボルグを召還するのが見えた。
「シロウ! シロウっ!?」
 セイバーが悲鳴のような声と共に風王結界を呼ぶのを見た。
 でも、目の前で膝をつく士郎が、ぼやけて見えない。見たくない。
 自分は無事だ。確かに撃ち込まれたはずの魔術は届いていない。ならば、それがどうなったのかは簡単なこと。
 士郎の体がゆらりとゆらぎ、そして・・・
「っ、たぁ・・・」
 うめき声と共に、すっくと立ち上がった。
「・・・は?」
「セイバー! ランサーさんストップ! 俺は無事だから!」
 立ちざま放った言葉に、紅い魔槍と見えない刃がキャスターを引き裂く寸前で止まる。
「少年。こいつは嬢ちゃんを殺そうとしたんだぜ?」
「それでも、止めるんですか? シロウ」
 召還されてからこれまで一度も見せなかった純粋な殺気を放つ二人に、士郎はきっぱりと言い放った。
「止めるよ。その子、そんなに怯えてるじゃないか」
 そう。
 キャスターは怯え、縮こまっていた。小さな体を尚小さくし、頭を抱え込み。
「大丈夫。今のは何かの事故だし遠坂は無事だった。ならいいじゃないか」
「よくないわよ! 士郎が、士郎が無事じゃないじゃないの!」
 凛はようやく我に返り士郎に抱きついた。
「ぅわぁっ!?」
 驚きのけぞる士郎の体を素早くまさぐり・・・
「え・・・? 傷が・・・ない!?」
 そこに何の傷跡もないことに驚きの声を漏らす。打ち身程度のものはあるが、そんなものかすり傷のようなものだ。
「ど、どういうことよ!? なんか喰らったでしょ!? ギャグキャラだから無傷とか言ったら張り倒すからね!?」
「・・・幸い、そういうことではないようだ」
 それに答えたのはアーチャーだった。士郎の足元にしゃがみ込み、何かを拾い上げて立ち上がる。
「魔術だ。そいつ自身も無自覚な中で発動した出来損ないの魔術モドキが今の一撃と相殺したんだろう」
 指先で弄るのは金属の破片。しかしそれは数秒を経て砂と化し風に消える。
「この程度のもので打ち消せたのだ。実際にたいしたものではなかったのだろうな。事故であったという判断に関しては私も賛成しよう」
 アーチャーの賛同にセイバーとランサーは不承不承といった様子でそれぞれの武器を送還した。
「さて・・・」
 士郎は呟いてキャスターに歩み寄った。しゃがみこみ視線を合わせ。
「駄目だろ? あんなことしちゃ」
 ぺちり、とその小さな頭をはたく。
「くぅん!」
 キャスターは小動物めいた悲鳴をあげて涙目になった。頭を両手で押さえて士郎を見上げる。
「本当に撃とうとはしてなかったんだろ?」
「う・・・うん」
 こくんと頷く少女の頭に士郎はポスッと手を載せた。
「じゃあ、謝って許してもらおう」
「あ、あいつに!?」
 キャスターは不満そうな表情で凛を指差す。
「人を指差しちゃ駄目。ついでにガンド撃ったらもっと駄目」
 士郎の言葉に凛はわるかったわねとそっぽを向いた。
「大丈夫だよ。遠坂は短気だし一度恨みを買ったら末代まで呪われそうだけど」
「・・・呪いましょうか?衛宮君?」
 にっこり笑顔に冷や汗を流しながら士郎はキャスターの頭をなでる。
「それでも、ちゃんと謝れば許してくれるよ。いい奴だからさ」
 言われ、凛は苦笑をもらした。そんな言い方を、しかも馬鹿みたいにいい奴な士郎に言われてしまえば。
 もう、許すしかないではないか。
「さ、キャスターちゃん?」
「・・・うん」
 キャスターはこっくり頷いて凛の前に立った。
「あの・・・」
「何よ」
 短い返答にやや怯えながらバッと腰を二つ折りにするように深く頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 本当に撃つ気なんてなかったんだもん! ちょっとだけそんなことも考えたけどそ、本当になかったんだもん!」
「・・・しょうがないわね」
 凛はふぅとため息をついた。
「今後気をつけるように! 以上!」
「あ、ありがとう・・・!」
 途端満面の笑みになったキャスターに凛はふぅとため息をつく。
「それはそれとして、約束は果たしてもらうわよ。なんで人を襲ったの?」
「人なんて襲ってないよ! 襲おうとしたけど・・・できなかったんだもん」
 俯いたキャスターにランサーは『はぁ?』と眉をひそめる。
「襲おうとしたってどういうこった?」
「・・・メディア、悪い人になろうと思ったんだもん」
 キャスターは涙ぐんだ。かつての記録、そして召還されてからの孤独な数日間が蘇ってきたのだ。
「むかし、まだ英霊じゃなかった頃。メディア、みんなが大好きだったの。家族も居たし好きな人も居たの。でも、みんなみんなメディアを騙して、利用するだけして、最後は魔女だから悪いことは全部メディアのせいだって」
 悔しげに、小さなこぶしを握る。
「だから、みんながそういうならメディアは本当に悪い人になっちゃおうて思って・・・でも、怖くて誰も襲えないまま何日もたっちゃったの。それで、おなかすいたなぁとか喉渇いたなぁとか思って隠れてたらサーヴァントが来たからてっきり殺しに来たのかと」
「・・・それで、イスカンダル達に攻撃してきたわけか」
 士郎に言われてキャスターはしょぼんと小さくなる。
「ずっと怖かった分、サーヴァントがちっちゃい子だったんで調子に乗っちゃって・・・ごめんなさい・・・」
「ボクはいいんだねっ! 罪を憎んで人を憎まず!基本だねっ!」
「あんり達、そういうのはよくわかんないや」
「そうですね〜士郎さんがいいって言うならいいですよ〜?」
 まったく、みんな甘いわよねと肩をすくめながら凛はふと思い出してキャスターに目を向けた。
「あんた、マスターは? あの寺に住んでる葛木っていう教師だと思うんだけど」
「・・・うん。メディアの記憶だとたぶんそうなんだけど・・・よくわかんない。遠くから何回か見てたんだけどどう考えたってあの人、魔術師じゃないんだもん」
 ふうんと頷き考え込んだ凛に構わず、キャスターはひょいっと体ごと士郎に向き直った。
「あの・・・」
「ん? なんだいキャスターちゃん」
 呼ばれ、顔を真っ赤にしてもじもじと指先をすりあわせる。凛や桜の顔が、先ほどとは違う殺気に包まれた。
「あのね、メディアのことは、メディアって呼んでほしいの。クラス名じゃなくて」
「? ・・・うん、いいよ。メディアちゃん」
 キャスターは花の咲くような表情で大きく頷く。
「ありがとう! お兄ちゃん、大好き!」
「ははは、お兄ちゃんかー」
「お兄ちゃん、見所があるね。メディアの弟子になろうよ! すぐに超一流の魔術師にしてあげるから」
「な、なにを言っているのにくげなるちごが!」
「・・・憎げなる稚児。可愛くない子供め、というような意味だ」
 凛の叫びにアーチャーは興味なさげにつっこむと姿を消した。
「ふふ〜ん、確かに負けは負け、リンの方が強いけどそれとこれとは別だもん」
「あなたみたいなお子様に士郎が教えを請うわけが無いでしょうが! 大人になってから出直してきなさい!」
 がぁっと吼える凛にキャスターはにやりと不敵に微笑んだ。
「ふっふっふ〜、その言葉、後悔しないようにねぇ?」
「な、何よ・・・」
 妙な自信に凛が口ごもるとキャスターはしゅぱっと音をたててローブの袖から何かを取り出した。
「? ・・・杖・・・なのか?」
 抱きつかれた姿勢のまま苦笑していた士郎は濃密な魔力を感じてキャスターの握っているそれを見つめた。
 ピンク色の棒・・・何度見てもプラスチックにしか思えないその本体に二枚の羽状部品と黄色い星型パーツが付いている。
「・・・どこかで見たことがあるような気がするわ」
「・・・奇遇だな遠坂。俺もだよ」
「・・・多分、士郎が思ってるよりずっと、わたしはアレに嫌な思い出があるけどね・・・」
 端的に言って、それは『魔女っ子ステッキ』と呼ばれる一品だ。
「ステキなステッキ〜!」
「まんまかよ!」
 士郎のつっこみにニコッと笑い、キャスターはしがみついていた手を離しピシッとファンシーなステッキを構えて呪文を口にする。
「まじかる・めでぃかる・るるるるる〜・ごすろり・しすこん・ひみつのぽえむ!」
 なんじゃそりゃとつっこむ隙すら与えずキャスターはくるくると華麗にステッキを指先で回す。呪文とは自らに課す暗示。内容は、あんまり関係ない。
 あんまり。
 あんまりだが、これは。
「トキメキ気分で変身! ИЩГ!」
「つうか呪文は最後のやつだけなんじゃ!?」
 よくわからない発音と共にステッキから溢れるほどの魔力が迸った。外見からは予想も出来ないその高純度な力は輝く光となってキャスターを包み込む。
「眩しっ・・・」
「だ、大丈夫か遠坂・・・」
 閃光に思わず目を閉じたその一瞬後。
「うふふふふ・・・」
 聞き覚えの無い声と共に、ぷにっとエクセレントな感触が士郎の二の腕に走った。
「はい?」
 芽生え始めた心眼(真)スキルのなせる技か、士郎は激しくのたうつ心臓の鼓動と共に目を開けた。
 闇が退くその視界に広がるのは女性の顔。くっきりとした鼻梁と涼しげな目元も美しい掛け値なしの美女。顔立ちのよさにかけてはコレまで見てきた美女軍団―――なんだか嫌な表現だ―――の中でも一番かもしれない。そして、決定的なことにその女性はなんだか尖った耳をしていた。
「・・・どうですか?お兄様」
「メディアちゃんディスカーッ!?」
 そう。それは間違いなくキャスターであった。いくら推定年齢20代後半に成長していても確かに面影がある。
「って言うか・・・何よその格好・・・」
 凛は目も虚ろに呟いた。
「コスチュームよ? 決まってるでしょう?」
 頭にはナースキャップ。ごっついピンク色であることを無視すれば全体の印象としてもやや看護婦っぽいが、看護婦さんの服にはあちこちにヒラヒラは付いていないだろう。
「さ、最近は看護士さんと言わないと諸団体が五月蝿いらしいわよ・・・?」
「ふふふ、リン、現実から目を放さないでほしいわね。どこら辺がお子様なのかしらねぇ?」
 言いながらキャスターはすりすりと士郎に体をこすり付ける。立派だ。立派にお育ちになられたゴム鞠二つがぷんにゃりぷんにゃり二の腕を揉みしだく。
「ぁぅ」
 その心地よさに思わず声を漏らした士郎に凛はにっこりと微笑んだ。片手にはゴリッと音を立てて宝石が握りこまれている。
「!? ちょ、ちょっと待った遠坂!」
「うふふふふ、いいのよ?衛宮君☆」
 朗らかな声で凛はそう言った。傍目にもわかるくらい、その声は一つの意思しか伝えない。
「待てって! べ、別に俺は・・・」
「大丈夫ですよお兄様・・・メディアが、護ってさしあげますから」
 妖しく微笑むキャスターは脳髄が解かされそうなほど綺麗だが・・・
「ねえ衛宮君?」
 危険な嘲笑を浮かべる凛も綺麗だと士郎は思う。まあ、日本刀の刃のような美しさだが。
「・・・なんだい?遠坂」
「遺言とか、聞いとくわよ?」
 ヒシヒシと魔力を感じながら士郎はほろ苦く微笑んだ。前のめりに生きよう。どうせ死ぬなら、今まで伝えられなかったことを言っておくべきだ。
 天国の親父。俺、今度こそそっち行きそうだよクイックリィ。
 たっぷりと考え、今、士郎は胸に秘めた思いを口に出す。
「・・・胸、ちっちゃいのも可愛いと思う」
「極彩と散れ」
 刹那、士郎はキャスターを突き飛ばして走り出した。二人が居た辺りを巨大な魔力弾が吹き飛ばす光景にぞっとしながら中庭に飛び出し、強化されたガンド撃ちが追ってくるのを確認してそのまま逃走にうつる。
「ああん・・・メディアが守ってあげるって言ってますのに・・・つれないお方・・・」
「一応正義の味方目指してるからっ! うぎゃひぃ!?」


「ままー、また綺麗な光―」
「そうね、でも今日はいつもと色が違うわねー」
 ご近所でも評判のミステリー現象、『衛宮邸から迸る怪光線』は商店街からもちゃんと観測できます。

ツアーのお申し込みは■■■−■■■■−■■■■、あいんつべるん観光組合まで・・・

 

 

 追記。
「そっか・・・可愛い、か」
 庭の隅で黒焦げになっている士郎が復活するまでの間。
 それを見守りながらこっそり呟いた言葉と微笑みは、凛だけの秘密。