4-1 GoodMorningStar
衛宮士郎の朝は早い。台所番長職を長く続けていたが故のその習慣は桜、佐々木と朝食戦力が増強された今も抜けることなく、そして日曜だからといって気が抜けることも無い。
「ん・・・」
目覚ましに頼らず自然に覚醒した士郎はやや朦朧とした意識のまま軽くうめいて片目を開けた。ぼんやりとした視界に映った天井がだんだんと鮮明になってゆく。
「あれ・・・俺、寝てたっけ?」
土蔵ではなく自室での目覚めに、士郎は昨晩の記憶を引きずり出してみた。キャスターを連れて帰って、凛が決闘に勝って、いつものように吹っ飛ばされて―――
「あー、大事をとって休んどけーとか言って鍛錬を禁止されたんだっけ」
その後こっそりと土蔵に向かおうとしているところをアーチャーに見つかり部屋に放り込まれたのだ。どうやらそのまま寝ていたらしい。
「よし、起きるか」
状況さえ把握してしまえばゴロゴロしている意味は無い。あくびを噛み殺しながら布団に手をついて上体を起こし。
ふに。
「へ?」
ついた手に、至福の柔らかさを感じて士郎は硬直した。
それは押し込んだ指先を押し返す弾力、自在に形を変える柔軟性。手のひらから溢れるほどの暖かな『何か』。
「・・・・・・」
体が金属と化したかのような不自然な動きで士郎はギシギシと首を回す。ゆっくりと目をやった手の先に。
「・・・えっち」
Yシャツにつつまれた豊かな乳がありましたとさ。
「なぁあああぉぁっ!?」
瞬間、士郎はその場から飛ぶように離脱!
(胸!?/生乳!/誰の!?/ふにって/ランサーさん!?/なんでこんなところに/誰かに見られたら/柔らか/死/握っちゃった/朝顔/凄い/でか/隣の部屋にセイ)
乱れ狂う思考の中。
「シロウ! どうかしましたか!?」
バンッ! とふすまが叩き開けられ、セイバーが部屋に飛び込んできた。青い軍装に銀の鎧という完全装備だ。
「い、いや、セイバー! これは違うんだ!」
「え?」
部屋の隅で叫ぶ士郎の無事を確認したセイバーは少しほっとした表情で異常が無いか部屋の中を見渡す。そこに。
「よう、おはよ」
悪戯な笑みを浮かべたランサーが居た。のそっと起き上がったその体を包んでいるのは大き目の白いYシャツ。
だけ。
「はだY!?」
予想を上回る攻撃にのけぞった士郎にセイバーはガッシャガッシャと鎧を鳴らして詰め寄る。
「シロウ! こ、これは一体どのような状況なのですか! 私はサーヴァントとして説明を求めます!」
「むしろ俺が説明してほしいっ!」
絶叫する二人にランサーは立ち上がり、ぐっと伸びをした。腕が上がるのに引っ張られてYシャツのすそも上がりすっげぇいいものがチラリと見えそうになる。
「少年が寝たか確認しに来たんだよ」
「ええ、凛と桜も何度か来てましたね。三回目に部屋の前ではちあわせした後は打撃音が聞こえて静かになりましたが」
「だから添い寝」
「話が繋がってない!」
士郎はつっこみ、頭を抱える。
「勘弁してくださいよランサーさん・・・」
「欲情したか? 少年」
ウィンクなどしてランサーは肩をすくめる。
「ま、実際には最低一晩は安静にさせとけってアーチャーの奴に言われたんで監視してたんだけどな」
「私が隣に寝ているのです。その必要はないでしょう」
サーヴァントとしての存在に関わる不審にセイバーの表情が厳しくなる。
「オレが居たのに気づかなかっただろ? おまえはやっぱ王様なんだよ。周りに家来が居て当然だから敵意が無い相手なら傍に寄っても起きない。オレの場合、基本がサバイバルだからな。ちょっとでも動きがあればすぐ起きるんでこういうのに向いてんのよ」
「む・・・」
何を言ったところで、進入されたのは事実だ。戦闘以外のスキルが低いのは自分でも気にしているし。
「・・・仕方ありませんね」
セイバーは呟き、やれやれと首を振って武装を解除した。淡い光と共に魔力で編まれた軍装と鎧が魔力に還り消え去り、残ったのは。
「・・・・・・」
「お」
残ったのは、セイバーの真っ白な裸身だけだった。障子越しに差し込む光に照らされて滑らかな腰のくびれが、控えめな曲線を描く胸が、芸術的な造型の美尻が士郎の前に惜しげもなく公開される。
セイバーは、寝るときに、裸です(公式)。
「・・・・・・」
士郎は無言だった。体の各部は正常に稼動し、特に一部は積極的な活動を見せているが、肝心の脳が微動だ似せず、なんのリアクションも返せない。
「あー、驚きってさ、一定値を越えると頭ン中真っ白にしてくれるよなセイバー」
「はい? どういうことですかランサー?」
硬直した士郎に不審そうな目を向けているセイバーにランサーは愉快げに笑う。
「ははは、とりあえず自分の腹でも見てみろよ」
「?」
セイバーはキョトンとした表情で視線を降ろし。
「・・・え?」
騎士王は、そこにある滑らかなお腹を眺め、ランサーに目をやり。そして最後に、
「はは、ははは・・・」
引きつった笑い声を上げる彼女のマスターと視線が―――
「なっ・・・!し 、シロウ!」
「ご、ごめん!」
その場にしゃがみ自分の体を抱えるようにまるまったセイバーに士郎は慌てて後ろを向いた。
「なんだ少年、知らなかったのか? 俺たちくらいの時代だったら別に珍しくもねぇんだけどな。水浴びとかも男女混じってとか普通だったし。セイバーが寝てるとこ見たこと無いのか?」
「俺が見たときはいつも姿勢よく布団かぶってたから・・・」
「じゃあその下はマッパだったわけだ。損したな少年」
カラカラと笑われ士郎は顔が破裂しそうなほどに血が上るのを感じていた。もはや待った無し。死して屍拾うもの無し。
「しっかしセイバーよ。オレは嬉しいぜ。そこで堂々と仁王立ちにでもなられたらどうしようかと思ったぜ」
「堂々となど・・・貴方ならともかくこんなゴツゴツした体で・・・」
しょんぼりした顔で目を伏せた金髪の英霊にランサーと士郎は同時にのけぞった。
「少年・・・セイバーの体見てどう思うよ?」
「綺礼だよ・・・違った。綺麗だよ」
一瞬とんでもないものを思い浮かべた士郎はブンブンと頭を振ってから言い直す。聞いてる方からはわからないのだが。
「ったく、自分の体に自信が無いのはいかん。まったくもって駄目だぜセイバー。ここはひとつしっかりと少年に鑑賞してもらって確認を」
「ランサーさん! 無茶苦茶言わないでくださいよ! 殺す気ですか!」
叫んだところでバンッ! と鋭い音を立ててふすまが開いた。
「士郎! さっきからうるさいわよ!? こんな時間から騒ぎたてる・・・なん・・・て―――」
現れたのは猫柄パジャマも凛々しく寝癖頭を振り乱した凛である。
「―――なんて、卑猥」
「え!? ・・・ち、違う! 違うんだ遠坂! 自分でもこの状況じゃ無理かなーとか爽やかな笑顔で思ったりもするけど話を聞いてくれ!」
「ん? わたし自身、それは無理にきまってるでしょと鮮やかな笑顔で思ったりもするけど何かしらー?」
裸にYシャツでGood! と親指を立ててウィンクするランサー。全裸でしゃがみこむセイバー。そしてしきりにシャドーボクシングする凛。
「・・・えっと」
その情景に士郎は冷や汗を全身に浮かべて覚悟を決めた。
「遠坂の今の格好も、だいぶ刺激的だ」
「っ!」
凛は慌てて襖のかげに隠れて第3ボタンまで外れていた寝巻きの乱れを直し、寝癖をざっと手で梳いて部屋に戻る。
そして。
「何を逃げようとしてるのかしら? 衛宮君?」
障子を開けて窓枠に足をかけた士郎は冷たい声にビクリと震えた。ゆっくりと障子を戻し振り返ると、凛はどこからか取り出した本を片手ににっこりと笑っている。
「あ、ちょっと待ってね? 今『七夜名言録』から台詞選んでるから」
「七夜!?」
「ああ、これがいいな」
凛はパタリと本を閉じてニッコリと宝石を振り上げる。
「斬刑に処す」
士郎は朝から閃光に包まれた。