4-3 Guidepost for a promised Crimson Hill

 セイバー達との朝食が済み片付けと皿洗いを終わらせた士郎は昼前まで起きてこないギルガメッシュとイスカンダルの為に軽めの朝食をラップでつつんで冷蔵庫に入れて土蔵へ向かった。
「昨日の分、取戻しとかないと」
 士郎のような鍛錬好きにはよくあることなのだが、一日でも鍛錬を欠かすとそれまで鍛えた分が全て無くなってしまうような気がするのだ。頭ではそんな筈ないとわかっていてもどうにも落ち着かない。
「ん?」
 そうしてやってきた土蔵に足を踏み入れた士郎は思わず声を漏らした。昼でも薄暗いそこに、先客が居たのだ。
「アーチャー? 何やってんだこんなところで」
 問われ、銀髪の少女はゆっくりと振り向いた。
「・・・おまえを待っていた。ここに来ることはわかっていたからな」
「? 気まぐれみたいなもんなんだけどな」
 士郎は首をひねりながらもアーチャーと向かい合う。
「で、何か用か?」
「衛宮士郎。おまえはそのままで強くなれるとでも思っているのか?」
 問いに帰ってきたのは更なる問い。それも臓腑を抉るような鋭いものだ。
「どういう意味だ?」
「凛に魔術を習い、セイバーに剣術を習う。それで強くなれると思っているのか? おまえの目指す『正義の味方』とやらに届くと考えているのか?」
 それは、いつだって考えていること。あの日、あの縁側で交わした父と呼べる人との最後の約束。
「わからない。でも今はやれることを―――」
 なんとか紡ぎ始めた言葉にアーチャーは首を振った。
「おまえにはその種の才能というものは無い」
 曖昧な誤魔化しなど許さぬとその目は厳しく告げている。
「セイバーを模した所でセイバーにはなれん。凛に師事したところで凛にはなれん。おまえはどこにも辿り着けることはないだろう」
 そう。
 セイバーにしろ凛にしろ、それぞれの技術に対する『天からの恵み(ギフト)』を持ち、それを開花すべく磨いた末の実力だ。それを持たぬ身では、真似た所で身につくはずもない。
 だが。それこそ初めからわかっていたこと。
「それでも・・・強くなりたいんだ」
「正義の味方になる為にか?」
 確認され、士郎は頷く。どんなに無理矢理にでも、そうあろうと願ったのだ。引けない。引くことなど出来ない。
「ああ。その為にだ」
 だから頷いた。
「・・・そうか」
 予想通りの答えにアーチャーは唇を歪めて嘲笑い、かつての記憶通りの台詞を口にした。
「ふん、理想に溺れて―――」
「それと」
 しかし、士郎の言葉は続く。
「みんなが居る今が、なんていうか・・・楽しいんだ」 
 それは士郎の中で芽吹いた錆びつきかけていた感情。あの炎の街で燃え尽きた筈の。
「遠坂にあきれられて、桜を困らせて、セイバーはいつもおなかをすかせていて、ランサーさんにからかわれて、ギルガメッシュさんが威張っていて、あんりちゃんとまゆちゃんが騒いでいて、イスカちゃんが一緒になって騒いで、バーサーカーさんがその面倒をみて、佐々木さんとお茶を飲んだり、メディアちゃんがだんだん慣れていくのを見守ったり、アーチャーにつっこまれたり。この今を守る為に力が欲しいんだ。いずれなりたい正義の味方って夢とは別に、昨日そう思った」
「な・・・」
 アーチャーの中で、用意していた全ての言葉が抜け落ちた。有り得ない、彼女の知らない答えに呆然と首を振る。ようやく組み上げたただ一つの台詞は。
「とりあえず、私の価値はつっこみだけか」
 結局の所つっこみだけだったりして更に混乱が加速する。
「い、いや! そんなことはないぞ! うん、さりげなくみんなのフォローしてくれたりするし、料理も上手いみたいだし何より可愛いし」
「か、可愛い!?」
 バタバタ手を振りながら士郎が言ってきた台詞にアーチャーは思わず数歩後ずさった。
「うん。俺からすると佐々木さん以外では唯一の日本人顔だから親しみやすいしね」
「そ、それは親しみやすいだろう。親しみやすいというか親しみやす過ぎるというか・・・」
 予想だにしなかった台詞にアーチャーは面白いほど簡単に動揺した。
「いいか、衛宮士郎。もう一度考えろ。悪いことはいわない。再認識しろ。私の容姿を見ての感想だ、もう一度言ってみろ」
 妙に慌てて言って来るアーチャーに士郎は首をかしげて考え込み、ポンと手を打った。
「ああ・・・」
「何だ!?」
「言われ慣れてないから照れてるのか。いや、照れなくてもいいと思うぞ。ホントに可愛いから」
「照れとらんわぁあああっ!」
 邪気のない笑顔で言ってきた士郎にアーチャーは召喚されてから初めて絶叫した。昔はよく叫んでたよなあ等と前世の記憶じみたことを思い出したりもする。
「衛宮士郎・・・考え直せ。これじゃあ変態だぞ」
 専門用語ではナルシズムと言う。
「なんでさ。自信持っていいと思うよ?」
「・・・言えば言うほど捻れた台詞になっているのだが・・・わからんのか。わからんだろうな・・・」
 深々とため息をついてからアーチャーはあることに気付き素早く後ろを向いた。
「どうした? アーチャー」
「要点だけ伝える・・・おまえの足元に転がっているガラクタを凛に見せろ」
 その言葉に士郎は足元に目を向けた。そこにはいつも強化の魔術を練習した後に気晴らしで使う魔術の結果がある。
「これはただの・・・」
「失敗作でも何でもかまわん。そこからだ。おまえに才能は無かった。あるのは異能。無駄の積み重ねが成し遂げた、ありえざる道。佐々木の剣と同じだ。ほかにやることが無いのならそれを突き詰めてみろ」
 言うだけ言ってアーチャーは足早に土蔵を後にした。
「ありえん・・・何故私が赤くなどなっているのだ!」
 小声でブツブツと繰り返しながら。
「・・・これ、を?」
 そして士郎は足元のそれを手に取った。
 それは、士郎が初めて行使した魔術の―――