4-4 Impossible Projection

 アーチャーとの会話から十数分後。
「・・・なんであんた達までいるのよ」
 凛は自室・・・正確に言えば自室として割り当てられた客間に集った連中を眺めて呻いた。
 話があると言ってきた本人である士郎は当然だ。キャスターも話の内容が魔術がらみだからいい。だが。
「桜。昼ご飯はどうするのよ。あなた当番でしょ?」
「今日はチャーハンです。今、冷凍ご飯を解凍しているところですから」
「・・・佐々木は?」
「お茶汲みです。気にしないでください」
 それぞれの回答にむぅと唸って凛は最後の一人に目を向ける。
「それで? ランサーはなんなのよ」
「ん? オレ、魔術師だし」
 沈黙が周囲を満たした。
 ランサー=魔術師?
「槍兵なのに?」
 士郎の問いに凛はあちゃーと口に手を当てて顔をしかめた。
「・・・最初に綺礼の奴が言ったのを忘れてたわ。ランサーの真名はクーフーリン。影の国で18のルーンを学んだ一流の魔術師じゃない」
「そ。ちなみに宝具はこいつ、『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)』だ。燃費がいいぞ」
「へ、部屋の中で長物を振り回しちゃ駄目なんだもん! ローブのフードがちょっときれちゃったじゃない!」
 ぶんっと振り回された赤い槍を回避し損ねたキャスターの抗議にランサーは豪快に笑い声を上げた。
「いやあ、すまん。でもそんなフードかぶってねぇほうが可愛いぞ? なあ少年」
「ん? ああ、そうだな」
 話を振られて士郎は素直に頷いた。この辺り、無自覚な罪である。
「そ、そうかな・・・えへへ・・・じゃ、じゃあ脱いじゃおうかな」
 キャスターは口元をだらしなく緩めてフードを脱いだ。どうカナ? どうカナ? と上目遣いに士郎の様子を伺う。
「よしよし、これで宝具も構えてたら最高だよな? 士郎?」
「え?」
 唐突な話の振り回しに士郎は戸惑ったが、
『頷け!いいから黙って頷いとけ』
 と目で語りかけてくるランサーの勢いに負けてうむと頷いた。
「そ、そうだな。かっこいい・・・かも?」
「えへ、えへへへへ。おーし!」
 キャスターはもはや満面の笑みで手を胸の前にかざした。
「いくよ? 『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)!』」
 真名の解放と共に現れたのはジグザグの刀身を持つ歪な短剣。それは明らかに物理的な何か以外のものを与える為の刃。
「ほう、こいつはどんなことが出来るんだ?」
「ふっふっふ・・・なんと! これを突き刺すと宝具以外のありとあらゆる魔術効果をなかったことに出来るんだもん! 凄いでしょ? 令呪だって消せるんだよ?」
 得意満面で言ってしまったキャスターにランサーは満足げな顔で頷いた。
「なるほど。情報提供ありがとよ、キャスター」
「・・・?」
 キャスターは小首をかしげてしばし黙考。そして。
「ず、ずるいっ! 騙した! こいつメディアを騙したよお兄ちゃん!」
「あー、何ていうか・・・」
 泣きついてきたメディアに士郎はなんとなく頭をかいた。
「こうやって神話の中でもコロコロ騙されたんだろうな・・・」
「あらあら、かわいそうですねメディアさま・・・お菓子をさしあげますから、ね?」
 うーうー唸っていたメディアは士郎から佐々木へと泣きつく相手を変え、その膝の上で泣きながら饅頭を齧り始める。
「ランサーさま。子供相手に詐術というのは感心しかねますが・・・」
「・・・ちょっと、オレも罪悪感がわいてきた。一応オレも宝具見せてるんだけどな。あ、ちなみに特性は因果を逆転させて無理矢理心臓に命中したことにする、だ」
 決まり悪そうに情報公開するランサーにため息をつき、凛は改めて士郎に向き直った。
「・・・それで? 結局士郎は何の話があるわけ?」
「ああ、アーチャーにこれを遠坂に見せろって言われて」
 言いながら取り出したのは目覚し時計。いや、目覚し時計らしきもの・・・とでも言うべきか。
「? ・・・なんですかコレ」
 桜はきょとんとそれを見つめる。どこにでもありそうな、円型のボディの上部にベルを乗せたデザイン。だがそれを打ち鳴らす為のハンマーはなく、本体の円型もやや歪。足も片方の角度がおかしい。そして何よりも。
「なんだこりゃ。中身がねぇぞ?」
 手に取ったランサーの言葉どおり、それは肝心の機械部分が入っていないかった。これでは時計と呼べない。
「・・・嘘」
「・・・これって」
 しかし、それを見た凛とキャスターの顔色はコマ落としのような唐突さで変わった。凛は椅子を降りてもぎ取るようにランサーからその時計モドキを奪い取り、キャスターも先ほどまでの不機嫌が嘘のように真剣な顔でそれを覗き込む。
「士郎。まず聞くわ。これはあなたが造った物?」
「あ、ああ。そうだけど・・・?」
 その声の厳しさに士郎は戸惑った。今にも襲い掛かってきそうなほどの怒気が全身を打つ。
「・・・お兄ちゃん。お兄ちゃんは・・・なんなの? 本当に人間?」
 キャスターの声もまた固い。不気味そうに士郎を見上げる。
「そんなこと言われても・・・こんなのただのガラクタじゃないか。気晴らしに作った奴で・・・中身も出来なかったし外見すら完全じゃない」
 きょとんとした顔で説明する士郎に凛とキャスターは同時にはぁと息をついた。苦い顔を見合わせる。
「・・・わかったわ。単刀直入に聞く。これ、投影で作ったのね?」
「ああ。魔力を扱えるようになって最初に使った・・・っていうか、なんとなく出来たのが投影なんだ。その辺の物を設計図に同じようなものを作ってみようって。でも見ての通り中途半端なものばっかでさ、親父にどうしたらいいか聞いたら投影は効率が悪いから強化にしろって。それ以来鍛錬の合間に気晴らしで使うくらいしかやらないな」
 のんきな説明に凛とキャスターは更に唖然として首を振る。
「無茶苦茶ね・・・」
「信じられない。お兄ちゃんの師匠の人が言うことはわかるけど・・・前提条件が狂ってるもん」
「? ・・・どういうことだよ」
 魔術の系統が違う為にいまいち理解できないランサーに凛はキッと視線を向けた。
「これは投影っていう魔術で造られたものよ。投影ってのはその名の通りイメージをこの世界に投影して魔力を流し込み実体化する術よ。理論上はありとあらゆるものが作れる万能に近い魔術」
「ん? その凄ぇ術が少年みたいな未熟者に使えたから驚いてるのか?」
 ランサーの言葉に首を振ったのは士郎本人だった。
「いや、投影って難しくはないぞ? 構造を把握して魔力を通すってのは基本だし、強化と違って魔力を通す相手が自分のイメージだから抵抗もないし」
 のんきな説明にキャスターは目を丸くして首を振る。
「何言ってるのお兄ちゃん!? 逆。それ逆・・・」
「きっちり説明するけど・・・士郎、強化と投影を比べるなら、投影は遥かに難しい魔術よ。粘土をこねて形を変えるのと粘土そのものを作り出すこと。どっちが難しいと思ってるの?」
「え・・・? でも俺は・・・」
「シャラーップ! 士郎の認識はあくまでも士郎の見方を元にしてるから対象外! ああもう、まさか士郎がここまで突き抜けた異能だとは思わなかったわ」
 凛はため息と共に首を振った。
「核心を言うわ。魔力ってのは基本的に自分の体内でしか存在し得ない。その特性をカバーする為にわたしの宝石みたいな入れ物を作って保存する。でもこれってかなり難易度は高いわ。ここまではOK?」
「ああ、なんとか」
 よろしいと頷く凛教授。
「じゃあコレ。この時計は士郎の魔力で作ったんでしょ? それが何故ここにあるの?」
「それは、物質化してるから・・・あれ? そういや昔、魔力は変化させても魔力としての性質は失わないとか聞いたような?」
 士郎は首をかしげて自分の魔術の失敗作を眺める。
「わかった? その異常さが。詳しいことは調べないとわからないけど・・・永続性のある投影なんて、常識じゃ考えられない。キャスター、貴女の時代ならできたりした?」
「無理な筈だよ。物質創造ならいくつか知ってるけど・・・イメージから自在に具現化できて、しかも永続するなんて不可能だもん」
 最新の魔術理論と神代の魔術知識の両方に否定されて士郎はむぅと首を捻る。
「・・・おっかしいなあ」
「おかしいのはあんたよ!」
 即座につっこみ凛はもう数えるのも馬鹿らしくなったため息をついた。
「言っとくけど、わたし以外の魔術師がこれ聞いたら士郎の身が危ないわよ。下手すれば脳髄だけひっこぬかれてホルマリン漬けにされかねないんだから」
「・・・なんでこっちみるのよぅ」
 キャスターの呟きを無視して凛は士郎を睨む。
「とりあえず・・・もしこれが本当ならとんでもないことなわけだし昨日の件も頷けるわ。そうね、現状を把握したいしここで一度やってみてくれる?」
「ああ、いいけど。何を投影しようか」
 気軽に聞いてくる士郎に凛はふむと頷いた。
「そうね・・・どうせなら実戦に繋がるものがいいけどあんまり物騒なもんを中途半端な精度でぶちまけられても困るし。だれかナイフとか持ってない? わたしのだとどれも魔力篭ってるのよ」
 その言葉にぽんと手を打ったのは佐々木だった。
「では、これなどいかがですか?」
 言いつつ手を一振りすれば、どこからともなく現れる小ぶりの果物ナイフ。
「・・・今、どこから出したんですか?」
 きょとんとした顔の桜に佐々木は悪戯に笑う。
「大道芸、です」
「・・・ま、いいわ。おもしろいから今度教えてね」
 凛は言いながらナイフを受け取り、それを士郎に見せる。
「じゃあこれを投影してみて。慎重に、だからね」
「ああ。わかった。やってみるよ」
 士郎はそう言って息を整え・・・
「魔力回路、形成・・・」
 自らの脊髄に貫通させるようなイメージで、魔力回路を作り上げた。
「げ!?」
「な・・・」
「お兄ちゃん!?」
「先輩!?」
「?」
 佐々木以外の全員が等しく驚愕するのを不思議に思いながら士郎は目の前のナイフを解析する。なんて事のない、大量生産のナイフだ。だがその研ぎは凄まじい。もとの刃全てを潰して新たな刃が削りだされている。その鋭さは武器として十分に通用するほどだろう。
「基本骨子解析・・・よし、投影開始。骨子想定完了、材質複製・・・投影、完了」
 そして数十秒の果て、そこにナイフが現れた。凛が持ったものと寸分違わぬフォルムをしたものが。
「・・・・・・」
 沈黙。魔術を使うもの全員の目が士郎に向けられている。
「・・・どうしたんだ?みんな」
 きょとんとした顔で聞いてくる士郎に・・・
「ば、馬鹿? あんた馬鹿なの!? ねえ、頷くでしょ? 正気じゃないわよね!?」
 凛はがあーっと吼え猛った。
「な、たしかに馬鹿は馬鹿かもしれないけど・・・何がさ。いきなり」
「あんた毎晩魔術を練習してるのよね!? まさか毎回毎回今の手順で!?」
「いつもは強化だから細部は違うけどな」
 士郎の回答にメディアはひくひくと頬を引きつらせた。
「それ・・・遠まわしな自殺?」
「は? なんでさ」
「もう・・・段々殺意がわいてきたわよ。あんたの師匠に・・・」
 凛の台詞に珍しく士郎はムッとした顔をした。
「ちょっと待った。俺は確かに馬鹿だし未熟な魔術師だからなに言われてもしょうがないけど・・・切嗣は立派な魔術師だったぞ。そこは訂正してくれ」
 鋭い表情で言ってくる士郎に凛はうっ・・・と言葉につまり、しばらくして素直に頭を下げた。
「・・・ごめん。あなたのお父さまを馬鹿にするつもりはないの。ちょっと興奮して」
 ばつの悪そうな表情にニヤリと笑ってランサーが話を引き継ぐ。
「まあそんな怒るなって。大事な少年の身が危ないんでちょっと血が上っただけなんだからよ?」
「な、何言ってんのよあんた!」
「えっと、あっちの色ボケは無視して話を続けるね? お兄ちゃんは今、魔術回路を作ってたよね? 一つ間違えると肉体を破壊することもあるのに」
 キャスターの指摘に士郎はうんと頷く。
「そうだけど・・・でも魔術使うなら当たり前だろ?」
「クラッカーなわけないでしょ!? 魔術回路って奴は一回作ったら身体に残るもんなのよ! 眠ってるそれを起こすだけで使えるの! だから二度目以降はスイッチを入れるみたいにON/OFFが切り替えられるのよ!」
 初耳なことに士郎は目を丸くする。
「はあ・・・きっとアレね。あなたのお父さんもまさか毎回毎回作ってるなんて思わなかったのね」
「普通、一回魔力を通した時点で身体がスイッチ作りますものね」
 凛どころか桜にまで言われて士郎はタラリと汗をかいた。
「それってひょっとして俺が・・・」
「とんでもなく才能がないってことだな、少年」
 気の毒そうな表情で、しかしキッパリといわれて士郎はしょぼーんと肩を落とした。わかっているつもりでも再認識させられるとチト辛い。
「・・・とりあえず、最初の問題が見えてきたわね。士郎ちょっとこれ飲みなさい」
 凛はそう言って机の引出しから小さな赤い宝石を取り出した。
「それは?」
「特に方向性をつけずに魔力を封じてあるわ。飲み込むと普段より多めに魔力が身体に流れる。さっき言ってたスイッチが入った状態になるからそれを身体に覚えさせれば次からはあんな馬鹿なことしないですむ筈よ」
 士郎は淡々と説明する凛から宝石を受け取り、しばし迷ってからそれを飲み込んだ。途端、体中に熱が満ちるのを感じる。
「うわっ!? なんだこりゃ!」
「ああ、それと」
 凛は腕組みをしながら告げた。
「うまく回路が開かなかった場合、かなりヤバイからよろしく」
「よろしく!? ちょ、遠坂!?」
 途端慌てだした士郎に凛は苦笑して肩をすくめた。
「ま、大丈夫よ。暴走しだしてもこんだけ魔術師が居れば治療できるわ」
「ぼ、防止できるわけじゃないんデスカー!」
「さて、次は投影されたものの鑑定と行きますか」
「無視!? 無視なのか遠坂!?」
 叫びつづける士郎から目をそらし、凛はぼそっと呟いた。
「・・・大丈夫。いざってときはわたしが責任とるから。信じて」
 瞬間、それまでの動揺が嘘のように士郎は頷いて見せる。
「わかった。信じる」
「・・・お兄ちゃん、調子いいね」
 呆れたようなキャスターの呟きに士郎は首を傾げた。
「なんでさ。遠坂が信じろっていうなら多分大丈夫だろって思っただけだよ。こういう時に適当な事言う奴じゃないし」
「・・・ずいぶん姉さんを信用してるんですねっ! 先輩は!」
「な、何故桜が怒る?」
 わけがわかっていないただ一人の男を無視・・・全力で無視して凛は投影された短剣をびしっと指差した。
「どうでもいい横道にそれないっ! 今見るのはこれ!」
「嬢ちゃん、とりあえずその真っ赤な顔をなんとかしたほうがいいぞ?」
「う、うるさいわね! 暑いのよ!」
 背後に虎でも見えそうなほどの勢いで叫ぶ凛にニヤニヤと笑みを浮かべながらランサーは投影ナイフを手に取った。
「ふ〜ん、ちゃんと持てるな。実体はある」
「凄い! 先輩、ちゃんと出来てますよこれ!? 形も歪んでませんし中まで金属ですし!」
「いえ・・・」
 興奮した様子の桜に対して否定の言葉を放ったのは佐々木だった。静かに首を振って続きを口にする。
「それは完全な状態ではありません。たしかに刃物としては再現されておりますが・・・わたくしが手を加えた部分がございませんから」
 その台詞に士郎も頷いた。
「そうだな。なんていうか、物体としては出来たと思うんだけど、存在する根幹とかそう言ったものが欠けてる。多分何かを切ろうとしたら砕けてしまうんじゃないかな」
 ランサーはそれを聞くとナイフの刃で机を軽く叩いてみた。途端。
「を」
 パリン・・・と軽い音を立てて刃が砕けた。仮想は幻想に戻り、欠片も残さずに消えて行く。
「やっぱり。本当に再現するならそれが作られた技術も模倣しなくちゃ駄目か・・・あるいは出来上がるまでの経験や歴史に至るまで共感する必要があるのかも。むしろ八節に分ければいい気も・・・ああ、なんか掴めそうなのに頭がぼぅっとして考えが纏まらないな・・・」
 取り付かれたようにぶつぶつ言い出した士郎に凛は肩をすくめた。
「魔力が過充填されてる影響よそれは。今日一日くらいはそんな感じかしらね」
 言って、キャスターの方に目をやる。
「キャスター、あんたは投影使えるの?」
「トーサカ達とは魔術の区分けが違うけど・・・まあ、似たようなものは使えるよ。でも多分お兄ちゃんの参考にはならない。やり方そのものが違うみたいな気がするんだもん。メディアの投影は核を作ってその周りに魔力を被せる感じだけど、お兄ちゃんのは魔力で骨組みを作ってそこに魔力を張り渡してく感じだよ。本質を表現するっていう魔術理論には反するけど設計図があるわけだから遥かに強固なものは出来るってかんじじゃないかな」
 その説明に桜とランサーはうむと同時に頷いた。
「何を言ってるのかさっぱりだ」
「わからないですね・・・・」
「そもそもの魔術系統が違うランサーはともかく、桜・・・あんたはこれまで何学んでたのよ・・・」
 最後にもう一度息をついて凛は一同に解散を言い渡した。
「わたしも投影魔術は使えないから投影そのものに関しては自分で掴んでもらうしかないみたいだし、とりあえず今はこれだけね。わたしはキャスターと士郎用の薬とか作っとくからこれで解散」
「そうだね。メディア、死んでも生き返れるような治療薬作っとくから・・・」
 厳粛な面持ちで告げる魔術師二人の言葉に、士郎は、とても嫌な顔をした。