4-5 剣を鍛つ

 士郎は凛の部屋を出た後ふと思いついて道場に向かった。
「お、少年。体動かすのか?」
「あれ、ランサーさんついてきてたんですか?」
 いつの間にか隣に並んでいたランサーにそう言ってから士郎は頷く。
「アーチャーが言ってたんで思いついたんですけど、セイバーに剣の稽古をつけて貰おうと思って。サーヴァント相手ならともかく魔術師同士で戦うなら役に立つだろうから」
「ほうほう、そいつはいいな。オレも混ぜてもらうぜ」
 そんな事を話しながら道場に入るとセイバーは中でじっと正座をしていた。静謐な雰囲気に見とれながら士郎は声をかける。
「セイバー、ちょっといいか?」
「はい? ・・・っ、シロウ」
 目が合った途端朝のことが二人の脳裏に蘇った。互いに赤くなった顔で目をそらし喋れない。
「なんつうか初々しいのはいいんだけどちょっと話が進まねぇな・・・おいセイバー。少年がおまえさんに剣の稽古をつけて欲しいってさ」
「剣を?」
 自らの根幹を成すキーワードにセイバーはすっと平静に戻った。
「シロウ、そうなのですか?」
「ああ。迷惑じゃなければお願いしたいんだ。今の状況にも、これからの俺にも大事なことだと思うから」
 その言葉にセイバーはやや嬉しげに頷いてみせる。
「わかりました。私でよければお相手いたしましょう」
「・・・その稽古とやら、私も混ぜてもらおう」
 そこに第三の声が割り込んだ。道場の戸をくぐってきたのは銀髪の英霊。
「アーチャー、あなたがですか?」
「ああ。弓兵だから接近戦が出来ないなどということは無い」
 アーチャーは悠然と腕を組み不敵に笑う。その表情に、横合いから笑い声がかけられた。
「いいねぇ。そろそろセイバー以外ともやってみたかったところだ」
 ランサーはすっと右手を横に伸ばした。空の手にスッと赤い槍が現れる。
「どうだ? 少年を苛める前にオレと遊んでみねぇか?」
「ランサー! 宝具を出すのはやりすぎではありませんか!?」
 セイバーの静止にランサーはニヤリと笑って魂突きの魔槍を構えた。
「前々から思ってたのさ・・・こいつは俺達の誰と戦っても勝てる自信があるってな。絶対に負けは無いって信じてる顔してやがる。そんな奴とは・・・竹刀とか模擬槍なんかで打ち合ってられねぇからな」
「ふん・・・いいだろう。確かにこの身には」
 アーチャーは鋭い視線で『敵』を見据え、自然な動きで腕をすっと伸ばす。刹那、そこには短刀が握られていた。両の腕に一本ずつ。白と黒、二色の刃がそこにある。
「ただの一度も、敗走は無い」
「はっ! オレもだぜ弓兵! ひとつここは・・・」
 好戦的な笑みがすっと床へ沈む。極端な前傾姿勢をとったランサー、その体が・・・跳ぶ!
「どっちが本当の負け知らずか試してみようじゃねぇか!」
「・・・来い!」
 刹那、ギィンという金属音が響いた。瞬間三合、三度に渡って切り結ばれた槍と短刀のぶつかり合う音はあまりのスピード故にただの一度の如く士郎の耳を打つ。
 打ち込む槍は野性的な鋭さで持って牙の如くアーチャーを刺し穿ち、双刀は堅実にして精緻な技術で持ってそれを全て受け流した。
「凄い・・・!」
 士郎は思わずそう漏らす。
 本気ではないのだろうがサーヴァント同士のぶつかり合いと言うものは想像を更に超える戦いであった。むしろ肉眼で捕らえていることが奇跡とも思える速さと精度でもって二種の凶器が互いの肉体をかすめ、そして通過する。
「ランサーの方はこれまでも何度か手合わせしていたので知っていましたが・・・アーチャーの技術、それに劣る物ではありません」
「互角・・・なのかな。俺にはどちらも遥かに格上としかわからないけど」
 言葉を交わすうちにアーチャーが動いた。左の受け流す動きと同時に右足を大きく踏み出し間合いを詰める。
「ランサーさん危ない!」
 槍の間合いよりも半歩踏み込んだアーチャーの容赦ない突き。ランサーのゲイボルグはその刃先が敵の背後にあり、受けには使えない。
 刃先は。
「たぁあああっ!」
「!」
 瞬間、アーチャーは反射的な動きで身体を後ろへ倒していた。顎の先を赤い何かが通過するのを確認して後方へ離脱する。
「いい動きだぜ。だが槍ってのは・・・」
「柄頭の使い方が重要。知っている」
 流麗な動きで2メートル程の間合いを開けた二人はしばし睨み合い、どちらからともなく武器を下ろした。
「この位だな。これ以上やると殺しちまうかもしれない」
 にっと笑ってランサーはゲイボルグを消す。
「ふん、私はそれでも構わんがな」
 言いながらもアーチャーの手から双剣が消えた。アーチャーはそのまま踵を返し、道場から出ていった。
「・・・せいぜいあがくがいい」
 士郎の方をちらりとだけ眺め、ぼそぼそと口の中で呟きながら。
「くっくっく・・・いやあ、青春だなあ少年。何時の間にフラグを立てたんだ?」
 バシバシ肩を叩かれて「?」という顔をしている士郎にセイバーはとりあえず保留していた問いの答えを返す。
「さっきの続きですが、接近戦限定で考えればランサーに分があると私は見ています。ですが、それはあくまで決め手になる技を封印した状態での話です。宝具の使用は言うまでもないですが、双方隠し技を多数持っているはずですから」
「そだな。そもそもあいつはアーチャーなわけだし弓にしろ何にしろ飛び道具が決め技の筈だぜ。さっき持ってた剣・・・宝具なのかね? あれは。あれだってバランスからして投擲可能だしな」
 ぺとーんと士郎の背中にもたれかかるランサーにぴくりとふるえながらセイバーは竹刀を手に取った。
「・・・シロウ、確かあなたは剣の鍛錬に来たのだと思いましたが?」
「あ、ああ。そう。相手してくれるか?セイバー」
 離れがたい柔らかさを意思の力で振り切って士郎は常備してある竹刀を手に取った。
「では、少々鍛えさせてもらいます。まずは実力を見るという意味で、自由に打ち込んできてください」
「・・・ああ」
 静かに言ってくるセイバーに士郎は頷き、慎重に間合いを測る。が、
「せい」
 瞬間、セイバーの竹刀が士郎の額を強打していた。
「ったぁああ・・・う、打ち込んで来いって・・・」
「ペナルティです。間合いを悠長に計っていて良いのはそれなりに相手の攻撃を防げる場合のみです。事実、シロウは反応すら出来なかったではないですか」
「ちなみに、ここまで実力差が開いてる場合は逆転の手段なんてほぼ無いぜ少年。一番良い手は降参することで二番目は逃げることだ」
 壁際にあぐらをかいて言ってくるランサーの声を背に士郎はもう一度構えを取る。
「ようは、練習だから何も考えずに突っ込んで来いと・・・たぁああああ!」
「だからと言って考え無しでいいというわけでもありません」
 べちっと再度竹刀が額を痛打。
「ぉおおお・・・」
「踏み込みのタイミングは悪くないのですがそんなに無防備では額を叩き割ってくれと言っているようなものです。実戦なら真っ二つですよ?」
 淡々と言ってくるセイバーに士郎は三度竹刀を構えた。
「とにかく先手を・・・!」
 先ほどよりも更に鋭い踏み込みと共に士郎はコンパクトな振りで竹刀を振り上げたが・・・
「考え方は悪くありませんね。ですが」
 あっさりと竹刀を弾かれた。丸腰の士郎の額をセイバーは容赦なくべちんと打つ。
「なんか、痛いのになれてきた」
「よかったな少年。新しい世界の目覚めだぜそれは」
 そして、30分が過ぎ。
「・・・・・・」
「あ、あの、シロウ?」
「・・・っ・・・ぅ」
「あー、なんつうか、ある意味生きてるってのが凄いな」
 途中から混ざり始めたランサーとセイバーに二人がかりでボコボコにされた士郎は物も言えぬ疲労状態で道場の床に倒れ伏していた。
「お、俺、どうなんだろ一体・・・」
「おそらく、今シロウが思っているほどに弱くはありません。むしろ優れた身体能力をしていると言えますね。おしむらくはそれが基礎に留まっており技術力が無い点ですが、それは今後学んでいけば良いことです。満遍なく均等に鍛えられたあなたの体は最良の心鉄のようなもの。これから鍛えていけばいかような剣にでも成長することでしょう」
 賛辞にありがとうと答えて士郎は立ち上がった。散々打たれた身体だが、しばらく寝ているうちに消費した体力と共に痛みも消えて行く。
「よし、とりあえず回復した」
「少年、本当に頑丈だなあ・・・結構本気で殴ったのに」
 感心したように呟くランサーに苦笑して士郎はふと首をかしげた。
「そう言えば、アーチャーは何しに来てたんだろ? さっきの。稽古に混ぜろとか言ってたのにさっさと帰っちゃったし」
「そうですね・・・ランサーとの模擬戦で満足したのでしょうか?」
 二人して首を傾げるマスター&サーヴァントにランサーはニヤニヤと笑みを浮かべて人差し指を立てて見せる。
「そんなもの、理由は一つしかねぇだろ?」
「わかるのですか? ランサー」
 問われ、槍兵は深く頷いた。
「お手本だろ? ありゃあ。なんでかわからねぇけどあいつは自分の動きが少年向きだって見抜いてるんだと思うぜ?」
「アーチャーの動きが俺向き? そうなの?」
 きょとんとする士郎にランサーは肩をすくめた。
「気付いてなかったのか? さっきの打ち合いで少年がいいとこまで行ったときの動き、どれもアーチャーそっくりだったのに」
 ランサーの指摘にセイバーはちょっと不機嫌そうな顔になった。
「・・・そうですか」
「・・・セイバー?」
 不穏な空気に士郎は思わず後ずさる。デンジャーデンジャー! 金色小型低気圧接近中!
「シロウは、アーチャーの方が好みですか」
「は!? な、何言ってるのさセイバー!」
 アラート! 経験則からして脱出を推奨! ただし成功確率は0.0000000001%! 某決戦兵器の起動確率並!
「ああ、そりゃいけないよな少年。セイバーのマッパまで見といて」
「ぅえぉ!? い、いや、そもそもそれは関係無いでしょランサーさん! ロケットで突き抜けますよ!?」
 わけわからん。
「駄目です・・・」
 一方、セイバーはプルプル震えながらそう呟いた。
「う、せ、セイバー。とりあえず落ち着こう。な?」
「し、シロウは私のマスターです! わかっていますか!? それをなんですかデレデレと!」
「をー、なんか妙なプライドつついちまったみたいだなー」
「何を他人事みたいに! つついたのはあなたでしょうが!?」
 心の警報に急かされて士郎は慌てて竹刀を握った。
「・・・ふふふ、そんなに緊張することはありませんよ、シロウ」
 笑み。この家の連中は笑ってる時のほうが怖いのはなんでだろう?
「さあ、練習を続けましょう、シロウ。お昼まであまり時間がありません」
「待てセイバー! なんか怒ってないか!?」
 片手を待ったと伸ばした士郎へと・・・
「怒ってなどいませんッッッ!」
 セイバーは物凄い勢いで竹刀を打ち込んだ。
「けぴ」
 ぱんっっという猛烈な打撃音と共に、一度あがった士郎の手がパタリと落ちる。
「おーい少年〜、ひとつ指摘しとくとだな〜」
 へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「怒ってるわけじゃねぇんだよな。コレが」
「シロウ! だらしが無いですよ! まだ時間はあるのですから存分にアーチャーの動きを真似して見せたらいいではないですか!」
 竹刀片手に涙目のセイバーを眺めランサーはくく、と喉で笑った。
「焼き餅っていうんだよ、そいつはな」
「さあ、起きるのですシロウ! シロウ? む・・・? 寝ているのですか?」