4-6  挑戦

「う・・・」
 士郎は軽く声をあげて意識を取り戻した。やや曖昧な記憶は迫り来るセイバーの竹刀で終わっている。
「あー、俺気絶してたのか」
 ため息と共にもう一度目を閉じる。どうやら座椅子か何かに寝かされているらしい。上半身がやや起こされた状態になってるようだ。
「はぁ・・・」
 士郎は息を吐いて体の力を抜き、柔らかなそれにもたれかかる。
 落ち着く。なんだか、とてつもなくリラックス状態だ。座椅子の枕の感触が何時に無く気持ち良いのが原因だろう。
 暖かく、柔らかく、なんとなく今朝もこんな感じを味わったような・・・
「ってまずいだろコレ!?」
 その正体に見当がついた士郎は慌てて目を開ける。ぼやけていた視界が焦点を結ぶとそこに・・・
「よっ、お目覚めか王子様」
 ニヤニヤ笑うランサーの顔がドアップで映った。
 近い。無茶苦茶近い。額と唇が触れそうなほどに近い。
「膝枕ってのもお約束過ぎるかなーって思ってな」
 士郎は、床に座ったランサーにもたれかかって居た。大きく広げられた足の間に身体を入れ、背後から抱っこされているような状態になり、頭はその豊かな胸に・・・
「って胸枕ぁああああっ!?」
 士郎は脳の血管が千切れそうな程の絶叫をあげて立ち上がった。そのまま転がるように壁際に退避する。
「なんだ、もういいのか? しばらくくつろいでくれていーのになー?」
「む、無茶言わないでください! その前に死にますよ俺は!」
 再度叫んで士郎は辺りを見渡した。まだ道場かと思いきや、今居るのは士郎の部屋だ。どうやら気絶した後運ばれたらしい。
「いやあ、純情だなぁ少年。可愛い可愛い」
 ランサーはカラカラとひとしきり笑い、ふと真顔になってその場に座りなおした。
「ところでだ少年。おまえの魔術をもう一度見たくてオレは待ってたんだがな」
 真面目な表情に士郎は恐々ランサーに近づきその近くに座る。
「何故です? ランサーさんのことですから何か思惑があるんですよね?」
「ああ。ふと思いついたんで少年が寝てる間ずっと考えてたんだけど、時計と果物ナイフだと完成度が明らかに違ったんだよな。時計の方で感じた無理矢理作った感じがナイフではなかった」
 それは士郎自身感じていたこと。あの投影は何か、自分の中のパーツがガッチリと噛みあうような感触があった。
「で、オレなりにおまえの方向性が見えたんで一つ、そいつを実践してみようと思ったわけだ」
「方向性・・・ですか?」
 そう言えば凛の『五大元素』のような属性判定をしたことが無いなと士郎は首を傾げる。
「そう。おまえ、武器専門なんじゃねえか?」
「武器・・・」
 また一つ、こころのかけらが埋まっていく感触。
「直感だけどな。昨日キャスターの魔術を防いだのも投影だとするとオレのイメージと合うんだ。一瞬しか見えなかったけどあれも剣だった気がするからな。武器か・・・さもなきゃ剣限定、そんなかんじだ」
 言ってランサーは楽しげに笑う。
「だからさ、もう一回武器を投影してみようぜ? 朝のときなんかブツブツ言ってたってことはコツが掴めそうなんだろ? 魔力不足ってのは宝石飲んだ今はねぇだろうし、ひょっとしたら完全なもんができるかもしれないぜ?」
 言われ、士郎は自分の手を見つめる。
 剣。
 剣を、造る。その意思は心に馴染む。ずっと昔からそれだけをやっていたかのように。
「・・・わかった。やってみる」
 だから士郎はその感触を信じた。
「さっきの果物ナイフを投影してみればいいんですか?」
「いや、もっと少年に密接な関係のある剣を一つ」
 ぐっと真面目な顔で・・・不自然な程に真面目ぶった表情でランサーは士郎に迫った。
「密接な、剣?」
 うむと頷き、ランサーは呼吸を感じるほど近くに顔を寄せて真下を指差す。
「ほら、その股間の立派な剣をひとつ」
「下品でかつ親父ですよランサーさん」
 冷たい目で士郎はぼそりと呟いた。
「・・・そんな顔しなくてもいーじゃん。力んでるからちょっとリラックスさせてあげよーとしただけなのによぉ」
 すねて唇を尖らせるランサーに士郎はため息をついた。次いで苦笑がこみ上げる。
「ありがとうございます。ランサーさん。方法はともかくなんか無茶苦茶リラックスはしましたよ」
「おう。どういたしまして、だ。じゃあやってみようか。例のナイフで」
 頷き、士郎は精神を集中させた。魔力は既に身体を巡っている。確かに新しく回路を作るまでも無い。
 ならば。
「投影、開始(トレース・オン)」
 必要なものは手順、そして魔術に負けぬ精神のみ。
 ――創造の理念を鑑定し
 ――ランサーが無意味に踊りだし
 ――基本となる骨子を想定し
 ――ランサーがセクシーポーズをするのを無視し
 ――構成された材質を複製し
 ――Tシャツをめくり上げるランサーから目をそらし
 ――製作に及ぶ技術を模倣し
 ――ジーンズのボタンを外し始めるのを片手で阻止し
 ――成長に至る経験に共感し
 ――ちぇっとむくれるランサーが可愛いかなと思い
 ――蓄積された年月を再現する。
「つぅか邪魔しないでくださいよ投影完了(トレース・アウト)!」
 そして呪文と共に全てが定着した。イメージの中にしかなかったナイフは魔力で作られた血肉を纏い、目の前に確かな形で結実する。
 ・・・ただし、何故か刀身が螺旋に捻れたものが。
「ぉぉ、新しい方向性の開眼?」
「・・・邪魔されたから歪んじゃったじゃないですか」
 士郎はむくれた表情でぼやいた。確かに途中までは出来そうな気がしていたのだが、外界の情報から目をそらそうという意識の働きが余分なイメージを設計図に加えてしまったのだ。
「いや、これはこれでありだろ。そもそもさっきのより完成度は高いぜ。属性そのものに螺旋が組み込まれてるから突き刺したら物凄い勢いで抉るんじゃねぇか?」
 士郎の表情に構わずランサーは螺旋短剣を手に持って何度か振ってみる。
「んー、惜しむらくは基礎がなってねぇ。専門的なことはわかんねぇけどな」
 呟いて机の本を一冊掴むと、それを軽く放り投げて螺旋短剣をそこに突き立ててみる。
 ギュ、と紙の擦れる低い音が響き、わりと分厚い参考書に綺麗な円状の穴が貫通した。同時にナイフも魔力に還り消滅する。
「アレンジになった分基本骨子の形成が甘かったか。そっちに魔力を多く振り分けないと使い捨て同然だなこりゃ。でも何とかしようとしたら魔力が物凄い量必要になりそうだし・・・」
 むぅと首を傾げる剣鍛者にランサーは笑みを浮かべた。満足そうにその肩をバンバン叩く。
「ははっ! ともかくやったじゃねぇか少年! 嬢ちゃんやキャスターにもできねぇことがやれそうだぜ!?」
 言葉と共に士郎はがばちょと抱き寄せられた。引っ張り寄せられた頭が豊かな胸の狭間に押し込まれ目の前がピンク色の闇に閉ざされる。
「ひょ、ひょっひょ、ひゃいふぁーひゃん、ひひふぇふぃふぁい! はっふ! はっふ!」
「あははははは! くすぐってぇじゃないか少年。こいつめ、こいつめー!」
 酸欠を訴える士郎の言葉を欠片も理解せずランサーは抱きしめた頭を拳でグリグリやる。いわゆるウメボシという拷問技術だが、近代日本で生まれたこの技をいつ彼女が身につけたのかは定かでない。
「もご・・・ご・・・」
 ぴったりと密着する幸せな処刑遊具に士郎が本気で覚悟を固めかけた時。
「先輩、お昼ご飯できまし―――」
 ふすまが開いた。
「ふぁふふぁふぁ(桜か)!?」
 その声に助けを求めようした瞬間、ふすまは容赦なく閉じる。
「ぷはっ! 桜!?」
 同時に士郎を楽しませ・・・もとい、苦しめていたやわらかなアレも顔から外れた。荒い息と共に士郎はふすまの方へ目をやり・・・
「うわっ!? なんじゃこりゃああ!?」
 なにやら黒いものが閉じたふすまのその隙間から染み出してくるのを見つけて悲鳴をあげた。
「なんか影が! 影が入ってきた! うぉあ! 絡みつきますよランサーさんっていねぇー!」
 サバイバー、既に脱出済み。
「き、汚いぞランサーさん! うわっ! 桜! 待った! ちょっと待った! そこ駄目! そこ! そこは出すとこ! 入れちゃ駄目! ああ、あぁあああああああ・・・!」
 悲鳴、むせび泣く声、そして静寂。

 それは、舞い散る薔薇のように・・・