4-7 ランサー先生のリラックス講座
「投影完了(トレース・オフ)!」
数十分後、昼食を食べてなんとか心の傷を癒した士郎はランサーに急かされながら一同の前で投影を行った。
だが。
「・・・駄目じゃない」
出来上がったのは刃の無い短刀。むしろ朝よりも退化してしまっている。
「おかしいな・・・魔力使い切ったか? 少年」
ランサーの問いに士郎は手をぐーぱーしてみる。
「そうでもないんだけど・・・なんか集中できなくて」
首をひねる士郎にランサーはふむふむと考え込んだ。さっきと今で違うことといえば・・・?
「ひょっとしてさっきはオレが邪魔してたんで逆に集中できてたんじゃねぇかな?」
やがて出た結論に凛は形のいい眉をきゅっとしかめた。
「それって・・・もう一度投影中に邪魔すれば何か掴めるかもしれないってことかしら?」
問われ、ランサーはひょいっと肩をすくめる。
「その可能性はあるってだけだけどな。外界からの干渉を閉ざそうって内面に埋没したのがよかったんじゃねぇかと」
その説明に今度は桜がおずおずと手を上げた。
「・・・じゃあ、その。先輩が集中しだしたらこっちでも何かやってみるんですか?」
「そう、ね。なにか気は乗らないけど」
難しい顔で頷いた凛に士郎はぐったりと嫌な顔をする。
「・・・無茶はよさないか遠坂」
「わたしに言わないでよ。とにかく再現実験は必要よ。みんな、わかったわね?」
うんと頷く魔術師一同。ちなみに佐々木はお茶菓子が切れたと買物中である。
「はあ・・・じゃ、ま。投影、開始(トレース・オン)」
何やかんや言って、サーヴァント達に出会う前にやっていた記憶と比べて格段に上達している実感はある。自分でも驚くほどのそれを試してみたい気持ちはあるのだ。士郎は魔術回路を少し苦労しながら開き、本日三度目になる設計図を目の前のテーブルに展開した。
――創造の理念を鑑定し
――ランサーが薔薇をくわえ
――基本となる骨子を想定し
――桜が自分の頬を横に伸ばしそれがまたよく伸び
――構成された材質を複製し
――セイバーがあたふたしながらミカンをまるごと口に入れはしたないぞセイバー
――製作に及ぶ技術を模倣し
――キャスターが大人モードに変身して「誘惑の目(ルック)」でこちらを見つめ
――成長に至る経験に共感し
――凛が片手を軽く丸めて手招きするようなポーズをとって「にゃん」と鳴き
――蓄積された年月を再現・・・
「できるかぁっ!」
集まりかけた魔力は一気に霧散した。
「ちぇ、やっぱり嬢ちゃんが一番破壊力あるのか」
「い、今のは姉さんのネタが先輩のツボに入っただけです!別に個人の魅力じゃ・・・」
「ふふん・・・これが姉の実力ってものよ?さくらさん?」
「・・・・・・(恥ずかしい)」
騒ぎ出した一同に士郎はがくっと肩を落とした。
「やっぱり関係ないよコレ。大体、もしそれで上手く言ったって実質なんの使い道も無い手順じゃないか」
士郎の指摘に一同は顔を見合わせ。
「「「「「確かに」」」」」
一斉に頷いてきた。
「・・・・・・」
はぁと息をつく士郎に凛は気まずげに笑って肩をすくめる。
「まあ、一応出来るようにはなったしスイッチも付いたみたいだから大きな前進じゃない。暴発しないんなら後は繰り返して経験を積むだけよ。そういうの、得意でしょ?」
「・・・そうだな。焦ってもしょうがない。もともと才能無いんだから努力だけは負けないようにしないとな」
言って士郎はお茶を入れるために立ち上がった。
しばしの休憩をはさんで凛とキャスターは仮設工房と化している凛の部屋に戻り、セイバーは桜と共に夕飯の買出しに向かった。最近、食に関するお手伝い魂に目覚めている元王様である。
「さて、俺はもう一度土蔵で鍛錬してきます」
ただ一人その場に残ったランサーに士郎はそう言って席を立ったのだが。
「少年、出かけるぞ」
その手を素早く握ってランサーはそう言ってきた。
「え? なにかいいアイディアでも?」
「ああ。あるぜ? 部屋に戻って上着取ってきたら玄関に集合!」
ニヤリと笑ってランサーは親指を立てて見せ、さくさくと去っていく。
「なんだろ。ま、いっか」
士郎はとりあえず部屋に戻り、地味な色のスタジャンと財布を手に玄関へ向かった。既にランサーの靴が無いのを見てそのまま外へ出ると・・・
「よう、少年。こいつかぶっときな」
そこには黒い大型バイクに跨ったランサーが居た。いつも通りジーンズにGジャン。ノーヘルだがごっついライダーズゴーグルは身につけている。
「ば、バイク・・・ってそう言えば昨日も乗ってましたね」
渡されたフルフェイスのヘルメットにも見覚えがある。昨日彼女がかぶっていたものだ。
「おう。コトミネの奴が3台も持ってやがってよ。一番早い奴を貸せっていったらこれを出してきたんだ」
「・・・運転出来るんですか?」
素朴な疑問にランサーはむっとした顔をする。
「おまえね、オレは敏捷Aだぞ? 生身に走っても自動車くらいスピード出すぞ? この位出来ないでどーするよ」
「・・・まあ、そうですよね。なんか英霊と機械の組み合わせに違和感あるけど」
それなら騎乗スキルを持ってるセイバーとかも運転上手いのだろうかなどと考えているとランサーはガッとスターターを蹴ってエンジンをかけた。
「よし、乗りな少年」
「はいはい」
タンデムシートを指差して不敵に笑うランサーに頷いてよいしょと跨る。
「しっかり抱きついてろよ。多分落ちたら死ぬ」
「!?」
その声のあまりにも平然とした調子が、冗談などではないと告げていた。恥ずかしいとかそういったことは全て捨て去ってしっかりランサーの腰に手を回す。
「メットはつけてんな? じゃあ行くぜ!」
「っあ! そういえば免許は―――」
「偽造だ!」
高らかに叫んでランサーはスロットルをいきなり全開にした。タイヤが地面を捉えきれずギュルギュルと空転する。一秒に満たない強烈なホイールスピンでタイヤが温まった瞬間・・・
「うひゃぁあっ!」
ゴゥン・・・! とハンマーで叩かれたような衝撃が士郎の体に走った。それが急発進に伴うGだと気付いたときには衛宮邸の影も形もない。
「は、ひゃ、早すぎますよランサーさん!」
「大丈夫だ! オレを信じろって!」
人類最強の青色なんて合体フレーズを思い浮かべつつ士郎は目を閉じる。
・・・幸い、死を覚悟するのは5回ほどですんだ。
「おつかれ、少年」
「は、はぃ・・・」
ふらふらになった士郎が降り立ったのは新都の駅前だった。時間貸しをしている駐車場にバイクを停めて戻ってきたライダーは笑顔で一つウィンクしてみせる。
「よし、じゃあデートしようぜ」
「はぁ、デートですか」
士郎はぐらつく頭を立て直しながら頷き。
「ってデート!? デートってあのでーとですか!?」
「おうよ。いらっしゃーい」
「それは新婚さん○らっしゃいです。パンチ・○・デートとは違います」
途端冷静になりつっこんできた士郎にランサーはたらりと冷や汗を流す。
「少年、ほんとにアーチャーに似てきたな・・・あと自分で振っといてなんだけど古いぞネタが」
「ほっといてください・・・で、なんだって俺なんかと・・・?」
意図がつかめぬと首をかしげている士郎にランサーはうむと頷いた。
「のめり込みすぎてねぇかと思ってな」
「? ・・・魔術にですか?」
周囲を気にして小声になった士郎の肩をパンパン叩く。
「その通り! 真面目なのはいいけどよ気張りすぎはよくねぇぞ? とりあえず頭ん中ゼロに戻して再チャレンジだ! 行くぞ!」
「うわっ手を・・・おわ!引っ張らないでくださいよ!」
それからはもう、暴風のようであった。
CASE1〜駅前・露店
「変な絵だな」
「変な絵ですね」
「で、なんでオレ達はこんなもの眺めてるんだ?」
「待ち合わせに遅れると待たされた方が売りつけられてしまうっていう都市伝説があるからですね」
「・・・どこの伝説だ?それは」
「・・・聞かないでください」
CASE2〜古着屋
「皮ジャンですか?」
「おう、イメージカラーが青なんでずっとGジャン着てたんだけどな」
値段を見てランサーはうむと頷く。
「ほら、オレってバイク乗ってるだろ? ライダーっつうと黒レザーじゃないかっていう気が何故かするんだよ」
「・・・そうですね。俺もなんとなくですけどライダーは黒のレザーでなくてはいけない決まりがあるような気がします」
「根拠はないけどな」
「理由はないんですけどね」
お買い上げ、ありがとうございました―――
CASE3〜眼鏡屋
「・・・似合わねぇなあ、少年」
「しみじみ言わないでくださいよ。自覚してるんですから」
無理矢理かけさせられたサングラスを乱暴に外してむくれる士郎にランサーはカラカラと笑う。
「いや、でもな? キャスターの奴に聞いたんだが少年って抗魔力が極端に低いらしいぜ? 防御手段ってなりゃあ眼鏡が一番使いやすいわけだからさ、いいデザイン選んどいた方がいいだろ?」
ランサーはそこで一度区切って真面目な顔になる。
「いいか? これは少年の為を思って言っているんだ」
「? ・・・まあ、防御手段は考えなくちゃいけないですけど、別に既存のものに魔術加工しなくても・・・」
首をかしげる士郎にランサーはゆっくりと首を振った。
「少年。例えば嬢ちゃんに作らせたとしてだ。あの嬢ちゃんは必ず笑える奴を作るぞ。そりゃあもう、考えうる限りもっとも可愛らしい奴を」
想像する。出来上がった魔力遮断の眼鏡を士郎にかけさせる凛。周囲の皆が一斉に笑いを噛み殺した表情でプルプル震え・・・
「買いましょう。選びましょう。今すぐに」
「だろ?」
お買い上げ、ありがとうございました―――
CASE4〜ハンバーガーショップ『ヤクドナルド』
「いらっしゃいませなんだねっ!」
「元気いいねってイスカちゃん!?」
腹が減ったと急かされて入ったハンバーガーショップのカウンターで、イスカンダルは笑顔を販売していた。
「おまえ、なにやってんだ?」
「勿論バイトなんだねっ! ランサーっち。結構前からやってるんだねっ!」
イスカンダルはそう言って営業スマイルをキメる。
「さあ、遠慮なく注文するといいんだねっ! そうすると、なんと商品が買えるんだねっ!」
「あたりまえだ!」
珍しいランサーつっこみに士郎は心の中でメモを取りながらメニューを眺めた。
「じゃあ俺、ヤックフライポテトとクラムチャウダー」
「オレは味噌チャーシュー。店内でな」
「1071円なんだねっ!」
さらりとスルー。
「おい、イスカ? 味噌チャーシューだぞ?」
「1071円なんだねっ!」
「はいイスカちゃん、1100円」
その間に財布を出していた士郎はさくっと代金を手渡してしまう。
「おつり、29円なんだねっ。少々お待ちください・・・ポテトと味噌チャーシューオーダーワンプリーズ!」
「お、おい・・・」
「オッケーでース!」
口を挟む余地を与えずバックヤード・・・厨房の方から返答がある。数十秒の間を置いてずいっと差し出されたトレイにはポテトにスープ、そして味噌チャーシューラーメンがひとつ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ありがとうございましたなんだねっ!」
ランサーは疲れ果てた表情でぼそりと聞いてみた。
「これ、どこから出てきたんだ?」
「乙女の秘密なんだねっ!」
「・・・そうかよ」
ランサー。初敗北―――
CASE5〜路上
「ん?」
「どうした少年」
いや、誰かに見られているような気がして・・・
「誰か監視してやがるのか? ・・・いや、少なくともサーヴァントはいねぇな。この辺りには。気配が無い」
「そうですか。じゃあ多分気のせいですね」
うんうん頷く士郎にランサーはにまぁっと笑い。
「それはあれだぜ少年」
その腕にするっと自分の腕をからめた。
「のわぁっ! ら、ランサーさん!?」
「オレみたいないい女を連れてるから意識しちゃってんだろ? 可愛いなあ少年」
「二の腕が! 二の腕がぷにって!」
のけぞる士郎にニヤリと笑顔。
「減るもんでもなし、いいぞ? 好きなだけ味わってくれ」
「そ、そんな、うわ・・・!」
本日実に3度目となる柔らかな触感に士郎が悶絶していると、ランサーはうん? と首をかしげて前方へと目をやった。
「? ・・・どうしたんですかランサーさん」
「いや、ありゃあギルの奴じゃねぇか?」
言われて同じ方を眺めると、何やら白い紙袋を抱えた縦ロールのお嬢様が歩いてくる。
「ほんとだ。こんなところで会うなんてめずらし・・・」
「おーい!ギルぅ!」
珍しいの一言も言わせずランサーは叫んだ。ぶんぶんと手を振るとギルガメッシュは不審そうに顔を上げ、二人の英霊の目が合い。
「!?」
そして、英雄王は踵を返して一目散に逃げ出した。
「って何故に!?」
「知るか! 追うぞ!」
「それも何故に!?」
わけなど聞くなそれが狩人の本能(さだめ)―――そんな燃える心を無駄に背中で語りランサーは走り出す。早い。流石はスピードに長けた者のみなれるサーヴァントタイプである。
「待てや縦ロール!」
「!? く、来るな馬鹿者っ!」
ギルガメッシュも人間の域を越えたスピードで逃げているのだがいかんせん相手が悪い。数十秒も持たずに回り込まれ、足を止めざるを得なくなった。
「く・・・この英雄王の進路を塞ぐとは・・・無礼な」
「あいにくと俺の王はおまえじゃないし、そもそも逃げる奴が悪い」
睨み付けてくるギルガメッシュにニンマリ笑ってランサーはようやく追いついてきた士郎に目を向ける。
「よう、なんとかついてきたのは偉いがへばりすぎだぞ?」
「に、人間に・・・何を期待してるんです・・・」
魔力を使って補強したので置いてかれはしなかったものの、疲労度は相当なものだ。
「でも・・・なんで・・・逃げた・・・ぅぇ・・・の? ギルガメッシュさん・・・」
はひーぜひーと息も絶え絶えな士郎の姿に罪悪感がわいたのか、ギルガメッシュは口をへの字に曲げてずいっと手にした紙袋を突き出した。
「? ・・・少年、なんだこれ」
覗きこんだランサーはくいっと首を傾げる。そこには分厚い円型をした物体が幾つも入っていた。何か柔らかそうな素材でできており、食欲をそそる匂いがする。
「あ、今川焼きじゃないか。お菓子ですよランサーさん。生地の中にあんことかチーズとか入れた」
その説明に頷き、ギルガメッシュはふんと顔をそむけた。ちょっと、泣きそうだ。
「笑うがいい! 英雄王が今川焼きだ! 庶民のお菓子だ! 一個90円だ! さあ笑え! 遠慮なく笑え! 笑うことを許す! どうせ似合わん! 悪いかっ!」
斜め上を向いて喚きたてるギルガメッシュに士郎はゆっくり首を振った。
「・・・おいしいよね。今川焼き。俺は粒あん派だな」
「・・・無理せんでいいのだぞ。金ぴかだの成金だの言われていて自分でも王だ王だと名乗ってる奴が、屋台で買い食いだ」
その言葉に士郎は苦笑した。
「おいしいものを食べることを、誰も笑ったりしないよ。俺も今川焼きとか好きだし。衛宮家のお茶請けはたい焼きばっかたけど」
ギルガメッシュはしばし沈黙した。ゆっくり、ゆっくり視線を袋の中に落とし、7つ入っているうちの2つを掴み出して士郎達へ差し出す。
「・・・くれるの?」
「好きなのであろう? いらんのなら引っ込める」
顔を赤くして早口で言ってくるギルガメッシュに士郎はありがとうと笑いそれを受け取った。ランサーに片方を渡して頬張ると、外はカリッとしていながら中の生地は柔らかく餡子の量も多い。
「ををををっ!? なんだこりゃ!? 無茶苦茶うまいぞギル!」
「うん、いい腕してる」
初めて口にするそれにランサーは悲鳴のような歓声をあげ、士郎もまた感心したように頷く。
「そ、そうであろう? ここのは絶品なのだ! 江戸前屋にも負けんぞ! はむ・・・」
ギルガメッシュはやや興奮した口ぶりでそう言って今川焼きにかぶりついた。幸せそうにもぐもぐと口を動かす。
「ははは、ギルガメッシュさん、口に餡子」
普段の食事とは違いまさに一生懸命という様子で食べているギルガメッシュの口についた餡子を士郎は指先で軽くぬぐった。
「う・・・ぶ、無礼な・・・」
ギルガメッシュは真っ赤になってそう呟き、あぐともう一度今川焼きにかぶりつくのだった。