4-8 BladeWork

「いやあ、この時代最高。マジ最高」
 ギルガメッシュに教えてもらった屋台で追加の今川焼きを買ったランサーと士郎は、自動販売機で缶のお茶を買って公園へやって来た。
「・・・・・・」
 士郎はわずかに目を伏せる。
 冬木中央公園。
 そこに在る、赤く胸を抉る記憶の痛みに。
「おい・・・どうした?顔色わりぃぞ?」
「・・・いや、なんでもないですよ」
 リセット。心を平均化し、精神を硬質化させ、記憶を退避させる。
「うん、その辺のベンチで食べましょうか」
「いいのか? なんならもう一箇所公園あるみたいだからそっち行ってもいいぜ?」
 勘の鋭いランサーに感謝しながら士郎は首を振った。
「ちょっと色々あった場所ってだけなんで・・・ほら、お茶が冷めちゃいますから」
「ん? ・・・ああ」
 さっさとベンチに座った士郎に習ってランサーも腰を下ろす。
「なんだかんだ言って・・・うまいもんが多いな。この時代は」
「そういえば料理が雑なんでしたっけ。ランサーさん達の時代は」
「その表現、セイバーの奴だな? はは、オレはガサツだからあんま気にしたことは無かったなぁ。元々山とか海で暴れてるのが好きだったし。魚を焼いただけーとかでご馳走だったわけだ」
 まむ、と今川焼きにかぶりつく蒼の英雄に士郎はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「ランサーさん、なんで俺の修行を手伝ってくれたんですか?」
 ランサーは空を仰ぎ、肩をすくめる。
「はは、なんでだろうな。暇つぶしだよきっと」
 口ではそう言い、内心では言えない台詞を噛み砕く。
(言えねえよな。おまえがオレ達の中で抜群に弱いからすこしテコ入れしねえと死にそうだなんて)
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 なんとなく二人して沈黙し遅めのおやつを平らげた時。まず異変に気づいたのはランサーだった。
「おい少年。なんか変じゃねぇか?」
 言われ、士郎はあたりを見渡す。
「何か・・・気持ち悪い。変な魔力が渦巻いてる・・・」
「ああ。だがなんなんだこれは。ただの魔力じゃ・・・あぶねぇぞ少年!」
 言いかけてランサーは士郎を抱いてその場を飛びのいた。一瞬して飛来した黒い何かが直撃した木製ベンチがどろりと腐る。
「な、なんだ!?」
「撃ってきたのは・・・あっちか!」 
 軌道から読み取り目を向けたそこに、黒い影が立っていた。
「・・・テ・・ラ・・・・ダ・・コ・・・・シテ」
 聞き取れない音を口のあるあたりから発してずるり、ずるりと迫る黒い影。人間を模したとおもわれる細めの四肢、男のそれとは一線を画する輪郭と頭上に揺れる双房の髪。
「おい少年、ありゃあ・・・」
「・・・ええ。遠坂の形をしている」
 士郎が呟いた瞬間、影はゆらりと片腕を掲げた。刹那、打ち出される黒い弾丸。
「ガンド!?」
「形は似てるが別もんだ! 当れば死ぬぞ!?」
 ランサーは士郎を突き飛ばしてから自分も飛びのき即座にゲイボルグを召還した。
「ランサーさん!」
「さがってろ。おまえはまだ実戦レベルじゃねぇ。こういうときは・・・」
 すっと息を吸う。体中に魔力と闘志がみなぎってくる。
「プロにまかせときな・・・!」
 叫びざま地を蹴り野獣のごとき速度と荒々しさで進むランサーに撃ちこまれたのは弾丸の5連発、どれも急所狙い。だが。
「んなもんが当たるかよ!」
 実際の銃弾と大差ない高速で飛来した呪詛弾を撃ち落とし、かわし、旋風のように槍がなぎ払われる―――それで、影の首が飛んだ。地面に落ちた頭部はべちゃりと液体になって地面に染み込み消える。
「はン・・・所詮、人形か」
 ランサーは予想外にあっけない結末に肩をすくめて振り返ろうとした、その時。
「ランサーさん! まだだ!」
 シュボッ、と音がした。
「あん?」
 反射的に振り返った視界に、それが映る。立ち尽くした『影』。その首の有った位置が銃撃のような猛烈な勢いで伸び、鋭利な槍と化してこちらの顔面へと迫るのが。
「チィッ!」
 飛びのく。槍で受ける。身をそらしてかすらせる。
 駄目だ。どれにしても間に合わない。
(マジかよ・・・オレが、このオレが槍で死ぬ? 馬鹿な! ここで死んだら誰が少年を・・・)
 奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めたランサーが即死を避けんと身を捩った、瞬間。
トレース アウト
「投影、完了!」
 叫びが、通り過ぎた。
「え・・・?」
 その踏み込みの鋭さに、ランサーは呆然と呟く。刹那、額に触れた黒い棘が白い刃に薙ぎ払われて背後へ通り過ぎた。それを為した刃は粉々に砕け散り、虚空へと消え去る。
 そういう魔術を、ランサーは知っていた。
「あぁあああああっ!」
 その魔術の唯一の行使者は、士郎は絶叫と共にもう片方の手に握った黒い刃を『影』に叩き付けた。だが『影』がかざした腕に阻まれこちらも砕け散り消滅する。
   トレースオン
「っ! 投影開始!」
 即座に叫んだ呪文。それと同時に口の端から血が流れた。内臓がかき回されるような感覚と共に再投影された剣を掴み士郎は再度『影』に切りかかる。激しく打ち付け、かわし、その剣が砕け散ると血を吐きながら再投影。
「馬鹿! 引っ込んでいろと―――」
 それを呆然と見送りランサーは叫びかけ、しかし口を閉ざし拳を握り締めた。
「馬鹿は・・・オレだ!」
 士郎は戦っている。無様に、しかし誰よりも気高く。
「投影・・・ぐ・・・完了・・・ッ!」
 十回以上にもわたる投影で血を撒き散らしシャツを血に染めながら士郎は今だ一撃をも喰らってはいなかった。
 今、『影』から打ち出されている槍の如き棘の速度は、明らかに彼の反応できる速度ではないというのに。
「そうか・・・おまえは・・・『切り札』の者だったんだな・・・」
 かつて幾つかの戦場で見た存在。最強にも完璧にもなれない異端者だが、けして折れないその信念が、時に最強や完璧をも打ち砕く存在、ジョーカー。
 その素質を、目の前の少年の鋼の如き信念を、既に一度見ているのに。
「オレは・・・おまえを信じてなかった」
 故に、ランサーは再び槍を握りしめた。後悔など塵芥に等しい。
 今為すべき事は、そんなことではない!
「たぁあああああああああああっ!」
 そして槍兵は気合の声と共に地を蹴り、士郎の脇を通り抜けて『影』へと槍を叩き込んだ。
「ランサーさん!?」
「下がれ!」
 鋭い声に士郎は首を振って否定を示す。
「俺も戦えます! 目の前で誰かが戦っているのに・・・!」
「そうじゃねぇさ、少年・・・こいつの槍はオレが防いでやる。おまえはコイツを穿つことだけを考えろって言ってんだ!」
 予想だにしていなかった言葉に士郎は一瞬腕を止めかけ、慌ててその場から飛びのいた。連続して迫り来る棘に対し双剣を盾にしてガード。
「投影だ! 今使ってるみたいな外見だけのちゃちなヤツじゃねぇ。ルールブレイカーだ。 キャスターの奴の宝具をその神秘ごと投影しろ!」
 叫び、ランサーは『影』の心臓へと鋭い一撃を加える。返答は棘による三連の反撃。
「やっぱりだ・・・こいつ、物理的には存在していねぇ! この手の魔力塊なら解呪しちまえば終わりだ!」
「で、でもそんな! 普通のナイフでもうまくいかないのに宝具を神秘ごとなんて・・・」
「できる!」
 ランサーは一度だけ振り向き、にっと笑って見せた。
「大丈夫だ、絶対出来る。出来るってオレは信じる。他の誰が信じなくとも、おまえ自身が認めなくとも・・・」
 そのまま数閃に渡る攻撃を防ぎ、大きく頷く。
「オレだけはおまえを信じてやる! これからは、何があってもな・・・!」
 そして蒼の英雄は前へ、敵へと向き直る。それ以上、なにも伝えるべきことはないと。
「・・・やってみます!」
 背中にかけられた決意の声を胸に、呟く。
「いけるさ。おまえは、いい男だから。ちょっと・・・惚れたかもな」


 士郎は双剣を意識からはずした。中途半端な投影で造られた剣は地面に突き立ち消滅する。これでは駄目だ。こんなレベルの投影では宝具などという規格外のバケモノを再現することなど出来はしない。
 何が足りない? 何故届かない? 手順に抜かりは無い。設計図は把握できたしイメージは網膜を灼く程だ。

 ならば。足りぬのは―――

『オレだけはおまえを信じてやる』
 この心そのものか。できぬと知っている無駄な経験か。
 ならば迷いは壊せ。怯えは殺せ。求めよ。求めよ。求めよ。ただ目の前の人を守る為に。
 必要なのは・・・ただひとつの神秘。
『おまえ自身が認めなくとも』
 前方、何度となく致命傷を浴びせ、無数の反撃を回避し続ける蒼の英霊の姿。その背に誓う。信じると、信じてみると。ここにある自分の可能性を。誰かを守る為のなにかになると決めた自分の、その力を。自分に出来ぬ筈が無いと。
 そう、衛宮士郎は誰かの為に戦うことを求めたのだから。
 この身体は、
 きっと、
 剣で―――

「投影開始(トレースオン)・・・!」
 撃鉄が、落ちた。魔術回路が覚醒し魔力が満ちる。
 足りない。自分でも把握している通り、ただ一本の回路では貴き幻想になど遠く届かない。ただの刃ですら投影しきれなかった。
 だが、それだけである筈は無いのだ。この先が無いなどありえない。衛宮士郎が、ランサーが信じてくれたこの身がその程度の筈が無い。
 眠っているならば・・・無理矢理にでも目覚めさせるのみ!
「っ・・・ああああぁっ!」
 イメージする。背骨に平行に貫通する・・・もう一本の魔術回路! まっとうな魔術師ならいざしらず、衛宮士郎にとって魔術回路を新しく造るなど慣れ親しんだ手順。そこに眠っている回路が在るのならば必ず目覚める筈!
 体の中が変わっていく感触に耐え、前を見据える。ランサーに斬られ、突かれ、潰され、ぐちぐちと粘質な音を立てて再生していく彼女の形をした『影』を。
 求める。大切な人の似姿を、これ以上汚させない為の力を。

 ――創造の理念を鑑定し
 ――基本となる骨子を想定し
 ――構成された材質を複製し
 ――製作に及ぶ技術を模倣し
 ――成長に至る経験に共感し
 ――蓄積された年月を再現する。

トレース アウト
「投影・・・完了!」

 瞬間。
 ォンと一声啼いて掌に現れたのはジグザグの刀身を持つ歪な短剣。それは明らかに物理的な何か以外のものを与える為の刃。
 籠められた裏切りの神秘と共に契約破りの護符がそこにある!
「ランサーッッッ!」
 

 呼ぶ声に、ランサーはニヤリと笑った。次々と撃ち出される、今や十を上回る棘の槍を神技と称えられたその槍で悉く弾きかえし。
「来い・・・!」
 叫ぶと共に背後で動き出す気配があった。ならば、こちらも決めにかかろう。
「たぁりゃぁああっ!」
 刺戟一閃。数本の棘を体に掠らせながら放った渾身の一撃が『影』の体を貫通すると同時に、ランサーは不定形のその影を高々と持ち上げた。石突を腰に、右手を前に出し、全身を使ってそれを背後の地面に叩きつける!
「来い!」
 そして、走り込むその名を。ランサーは初めて呼んだ―――
「来い! シロウ・・・!」

 ルール・ブレイカー
『破戒すべき全ての符』

 応えは、刃にて為された。飛び込むようにふるわれた一撃は『影』の中央に突き刺さり、真名の解放と共にその神秘を発揮する。
「ぁ・・・」
 最後に一息だけ原型そのものの吐息を残し。
 黒き『影』は、その痕跡すら残さず消滅した。
「ふう・・・は、やるじゃねぇか少年! 完璧だぜ!」
 ランサーの賛辞に士郎はやや照れた笑い立ち上がり、首を振った。
「完璧、ではないみたいです。このレベルになると基礎がどうしてもイメージしきれないんで使い捨てに近い」
 その手の中で契約破りの短刀は既に形を失いつつあった。
「でも、もうちょっとシンプルな宝具だったら、もっと完璧なのができそうで―――」
 呟き、グラリとその身が揺れる。
「シロウ!?」
「あ、あはは、ちょっと気合入れすぎて・・・体に力が・・・」
 慌てて抱き止めた腕の中で士郎は呟き、意識を失った。
「・・・いいさ。今はゆっくり寝とけよ。シロウ。おつかれさん」
 

「これで、よしと」
 眠ってしまった士郎の体をざっと調べ終わったランサーはうむと頷いて手を止めた。
「なんだかよくわからない回復が始まってるし生命力賦活のルーンいれときゃ大丈夫だろう」
 言って、その体を背負う。長身の美人が男を背負って歩く姿はやたらと目立つが構わず駅を目指す。
「・・・助かったよ。シロウ」
 呟き、横を見れば意識を失ったままの横顔がそこにある。
「・・・・・・」
 ふと足を止め、ランサーは小さな笑みを浮かべた。
「・・・ま、味見くらいならいいよな。オレなんかでも」
 そして横顔に、控えめなキス―――
「さ、帰ろっか。それでもとどーり、だな」


「ただいまーっと」
「ただいまじゃないわよどこ行って・・・な!?」
 士郎を背負ったランサーが衛宮邸の玄関をくぐった途端、そこに仁王立ちになっていた凛の声が出迎えた。
「何があったのよ! ちょ、大丈夫なの士郎!?」
「大丈夫だろ? 中央公園で呪いの塊みたいな奴に襲われただけだし」
 ランサーは簡潔にそれだけ伝えて玄関に士郎を降ろす。
「あそこか・・・そんなものまで出るなんてサーヴァントの強い魔力に惹かれたのかしら」
「さあな。ともかくオレとシロ―――」
 言いかけてランサーは口を閉じた。苦笑して首を振る。
「どうしたの?」
「いや・・・オレと、少年でそいつは始末したからもう問題はねぇぜ」
 その言葉に凛は眉を吊り上げた。
「士郎を戦わせたの!?」
「ああ。一つ言っとくぜ嬢ちゃん。オレ達は誤解してる。こいつは・・・最初から強い。ちゃんと嬢ちゃん達が導いてやればあっというまに一流の力を発揮するだろうよ」
 言って寝つづける士郎を一瞥し、笑う。
「大事にしな。おまえの恋人は最高だ」
「ば、馬鹿! 恋人とか、その、そういうのじゃないわよそりゃもうぜんぜん!」
 がぁっと威嚇してくる凛にランサーは肩をすくめた。
「そうか? ははは、許せ。そう見えただけだ。とりあえず疲れただけだろうが後は頼むぜ?」
 言ってランサーは歩き出した。背後でドタバタはじめた凛と住人達を尻目に自室へと入る。
「・・・そいつを護るときに凄ぇ力を振り絞る男と、姿が見えねぇってんで心配して玄関うろうろしてる女。その組み合わせを指してそういわねぇならどんなのが恋人なのかね」
 そしてもう一度肩をすくめる。
「入る隙間なんてねぇなぁ・・・」
 だからランサーは日常に戻った。
 今晩のビールは、一本多くしとくかと呟きながら。