<章前・瑞穂・はじまりはじまり>

 

「なんなんですかこの数字は!?」
 六合学園の生徒会で副会長をつとめている竹中正太郎は手にした書類を見て目をむいた。
「そだね、いっぱいだねぇ〜」
 生徒会長の特権である豪勢な椅子に深々と腰掛けた瑞穂・ロゼ・舞園はそう言ってケラケラ笑う。
「いっぱいどころじゃないでしょう!例年では一学年に5人も居れば多いほうといわれていたんですよ!?」
「うん。私たち3年は3人、竹中君達2年は6人よ」
 そう言いながら瑞穂は竹中に背を向けて手鏡を取り出した。頭の両脇でぴよんと揺れるツインテールのリボンを直す。
「それなのに今年の新入生には一気に45人っていうのはなんなんですか一体!そもそも龍実・虎ヶ崎への文部省令によれば各学校の負担は全体で20人以下と・・・!」
「んー・・・竹中君?」
 瑞穂は背を向けたままその言葉を遮った。背を向けたまま、瑞穂は続ける。
「それって、負担なのかなぁ?」
「え?」
 彼女にしては珍しく真剣な声に竹中は反射的に姿勢を正す。
「そんなに迷惑なのかな・・・人間じゃないものが混じっているっていうのは」
「会長!声が大きいです!」
 竹中の制止に瑞穂は答えない。
「人間は一人も同じじゃないはずなのに・・・アザーズと人間が同じじゃないことは、なんでこんなに怯えるんだろうね。そばにいることに気づきもしないのに」
 数秒間沈黙し、瑞穂は言葉を連ねた。
「誰がそうなのか知らないんでしょ?竹中君が気付いてないだけで、君の側にも人間じゃないものがいるかもしれないんじゃないかな・・・たとえば・・・」
 背を向けたまま、数秒の逡巡を経て小さな声で呟く。
「・・・たとえば、永遠に大人になれない女の子とか・・・」
「!?」
 竹中は殴られたように一歩よろめいた。顔中を後悔に歪めて深々と頭を下げる。
「・・・申し訳ありません瑞穂さん・・・僕の思慮が足りませんでした・・・」
 瑞穂はクルリと椅子を回して竹中に向き直った。そこにある自己嫌悪に染まった顔に向けてぺろっと舌を出す。
「うそうそ。冗談だよ竹中君。竹中君はどんな嘘でもころっと騙されてくれるから大好きー」
 けらけらと笑う瑞穂と対照的に竹中はにこりとも笑わない。
「・・・僕に一つだけ自慢出来ることがあるとすれば、瑞穂さんの嘘を見抜けるところです。肝心なときだけは、ですけど」
 ちょっと驚いた顔をしてから瑞穂は笑顔を浮かべた。
「自慢していいよ竹中君。それは世界で君にしかできないことだから・・・」
 普段の彼女が消して見せることのない、警戒心ゼロの笑顔に思わず赤くなった顔を無理矢理しかめて竹中は一つ咳払いをした。
「・・・それで『会長』・・・対策はいかがなさったのですか?やはり全10クラスに5人ずつの割合で?」
「ううん。それって結構あぶないんだよ。いままでだって、他の選択肢がなかったからそうしてただけだもん。だからね、今回はこんなかんじにしてみたよ」
 瑞穂は引き出しから紙を一枚出して竹中に渡す。
「どれどれ・・・は!?」
 竹中は思わずのけぞった。
「ひ、一クラスにまとめるんですか!?全員を!?」
「そ。表向きには瑞穂が趣味でおもしろそうな人だけ集めたクラスってことになるように情報操作も手配済〜」
 そう言ってにっこり笑う瑞穂に竹中は複雑な表情を向ける。
「・・・会長が妙なことをするのはいつものことだし六合学園は妙な奴ばかりですから30や40の人間離れした奴が新入生にいてもおかしくはありませんけど・・・」
「鋭いね・・・竹中君。そこが核心なんだよね」
 瑞穂はふと真顔になってそんなことを言いだした。
「核心ですか?」
「そう・・・あ、ちなみにここから先は瑞穂の独り言であって竹中君は偶然聞いちゃっただけなんでよろしくー」
 つまり、やばい内容ということかと竹中は表情を引き締める。
「確かにこのプランは瑞穂が考えたんだけどね?おかしいのよ。あまりにもスムーズに進みすぎるの。ジグゾーパズルのピースを、はめる順に手渡してもらってる感じかな。教員組合の抵抗は通り一遍、必要な人材は迅速に理事会が調達してくれる、その他諸々」
 ふぅと息をついて瑞穂は言葉を続けた。
「知ってる?この学校って変な人が集まる事で有名だけど、設立後10年位はわざとそういう人を集めてたんだよ?」
「わざと・・・ですか?」
 瑞穂は軽く頷いてみせる。
「常識外れの行動をする人たちだけを集めて学校を作る。そしてそこを卒業して教師になった人をスカウトして学園に戻す。時には優秀でユニークな生徒を教師になるよう説得したりもしながら。で、この学校の中には普通の人が居なくなっていく。教師も、食堂のお姉さんも、用務員も、購買部のおじさんも、みんな六合の色に染まった人だけ。どんなことが起きても、どんな生徒が居ても六合だからで済ませる人たちだけ」
「!?」
 竹中はびくっとして瑞穂を見つめた。
「・・・この為にあったっていうんですか!?この六合学園そのものが・・・人でない者のための学舎だと!?」
「あくまでも瑞穂の想像だよ。いまのは。でもデータ自体は、ほんと。そして・・・よりにもよって瑞穂が生徒会長であるときに50人もの仲間達がうちを訪れた・・・」
 瑞穂はちらりと時計を眺めて立ち上がる。
「竹中君は・・・どんなことがあっても私の竹中君で居てくれる?」
 ニコニコと笑顔で言われて竹中は再度真っ赤になった。
「勿論です」
 それでもきっぱりと言い切った答えに瑞穂はうんと頷く。
「そして、いまこの学校には君みたいな人がいっぱい居てくれる。準備が整ったって事なのかもね・・・竹中君、原稿は?」
「こちらが新入生への挨拶分、こっちがスケジュールです」
 瑞穂に示して竹中は原稿を封筒に戻した。
「そろそろ移動しますか?」
「うん。いこ?」
 頷きあって二人は歩き出す。
「しかし・・・本当に大丈夫なんでしょうか?彼らの中には種族的にみて相性の悪い者達も居ると聞きますが」
「うん。まあ、人間だって肌の色だけで敵対したりするからね。それはしょうがないよ」
 今日は入学式だけしかないので、だだっ広い校舎にもあまり人気がない。
「瑞穂さんのことですからなにか手は打ってあるんでしょう?」
「もちろん。ちゃんと送っといたよ。さいこーのスタッフをね」
 楽しげな笑みを浮かべて歩く瑞穂とそれを横目で眺めて頬を緩める竹中の足音だけが広い校舎に響く。
 そして、校舎を出る前に瑞穂は思い出したように呟いた。
「そうそう、さっきね・・・」
「はい?」
 聞き返した竹中の顔を見ずに早足で歩く。
「けっこう怖かったかな。言うの」
「え・・・」
 瑞穂は、振り返らない。
「ありがとう。やっぱり、大好き」

 

 

<章前・乾隼人・捨てられた者>

 

 入学式、数週間前・・・

「荷物はまとめましたか?」

 自室に入ってきた銀髪の青年に声をかけられて少年は一瞬だけ振り向いてから再度ダンボールのふたをガムテープで塞ぎ始める。

「返事くらいはしてもいいと思いますがね」

「・・・うるせぇ」

 少年は呟いて使い終わったガムテープを背後へと投げた。銀髪の青年は危なげのない動きで飛んできたそれを受け止めて肩をすくめる。

「いい加減にしてくれませんか?不愉快なのはあなただけではありませんよ。追放者の世話を焼かなくてはいけない僕だって非常に不愉快なのですから」

「っ・・・てめぇっ!」

 言葉通り不愉快そうな声に少年は顔を歪めて振り返った。その視線の先に居る青年の無表情な顔を苛立たしげに睨む。

「・・・なんですか?その目は。脅してるつもりですか?」

「黙れ誠司・・・俺のことを追放者と呼ぶんじゃねぇ!」

 誠司と呼ばれた青年はふっと口元をゆがめた。

「言葉を飾ってどうするのですか?あなたは、この家から、追い出されたのです」

「区切って強調するな!殺すぞ!」

「どうぞ?できるならですが」

 誠司の声に混じっていた感情を感じ取って少年は瞬時に切れた。

「おおおおおおおおっっっ!」

 咆哮と共に少年は誠司に飛びかかる。一瞬で距離を詰め、振り上げた拳をその顔面へと振り下ろし・・・

「・・・だから、あなたは捨てられるのですよ」

 一瞬の後、誠司は何事もなかったかのように呟いていた。

「く・・・ぉ・・・」

 少年の拳は誠司の顔すれすれで止まっている。

 それを止めたのは、少年の腹に抉り込まれている誠司の拳だ。明らかに後から繰り出され、先に到達した一撃。

「本当に君は、何もわかっては居ないのですね」

 誠司はずるずると崩れ落ちる少年を床に横たえて呟いた。

「・・・っ・・・やめろ・・・」

「?・・・何をです?わざわざ止めなど刺しませんが?」

 腹を押さえてのた打ち回りながら少年がうめいた言葉に誠司は首をかしげる。

「やめろ・・・俺を、哀れむんじゃねぇ・・・俺は・・・」

「・・・・・・」

 誠司は一瞬だけ目を閉じ、首を振った。

「わかりました。もう何も言いませんよ、僕は。しかし一つだけ伝えないといけないのでね」

 踵を返し、ドアを開けてから誠司は床の上の少年に視線を向ける。

「あなたの苗字は今日から乾です。これからは、乾隼人と名乗りなさい。元の名を名乗ることは許されません」

 少年はこみ上げる吐き気に歯を食いしばりながら唸った。

「・・・畜生」

 

 乾隼人。

 追放され、六合学園へと捨てられた少年。

 

 

<章前・藤田雪乃・辿り着いた者>

 

 入学式数日前。

「さて、もう少しでつきますよ」

 運転席の男の声に雪乃はまどろみから覚めた。

「あ・・・はい・・・」

 夢うつつに答えてから小さく伸びをする。

 こすりながら窓の外に向けた目に映るのは山に囲まれた小さな街だ。

「・・・ここが、龍実町」

「ええ。雪乃ちゃんがこれから暮らしていく町ですよ」

 雪乃は目に映る全てを記憶しようとしてるかのようにものめずらしげな視線をあちこちへ向けている。

「藤田のおじさま・・・良い、街ですね」

「ええ、いいところですよ。私も4ヶ月ほど住んでましたけどね」

 そう言って男・・・藤田達也は静かな笑みを浮かべた。

「それにしても雪乃ちゃんが外の世界に出てくるとは思いませんでしたよ。お父さん・・・村長殿がよく許してくれましたね」

 雪乃はあいまいな笑みを浮かべる。

「いえ、許してなんか貰っていませんの。大喧嘩の勘当状態で・・・只みたいな寮費じゃなかったらとても生活できない計算でしたわ」

「それはそれは・・・しかし何故里を出る決心を?」

 その問いに答えが返るまでに藤田は交差点を二つ渡った。

「・・・それは、その・・・」

 沈黙に耐え切れず口篭もりながら口を開いた雪乃に藤田は苦笑を漏らす。

「ああ、別に無理矢理聞き出そうなんて思っていませんよ。すいません」

「いえ、こちらこそごめんなさいですの」

 藤田は優しい笑みとともに頷いた。

「いえいえ。まぁ私の娘も何も言わずに飛び出しましたからねぇ」

「・・・・・・」

 雪乃は口を噤む。

(・・・そう、何も言わず・・・『友達』のはずのわたくしにも・・・)

 彼女と友人だということは、誰にも秘密だった。彼女の父親である藤田にも。

 村長の娘と禁忌の娘。共通するのは孤立しているという事実。その理由が正反対であるとしても寂しさに違いはない。

 その二人がこっそりと会い、友情を育んだのはいわば当然だったのだ。

(わたくしは裏切られて素直にそれを許せるほど人間ができてませんわよ・・・)

 窓の外、晴れ渡った空に浮かぶ雲の白さがその少女の姿と重なる。

 雪妖の特徴である力を使う時にだけ白くなる髪ではなく、生まれつき色素を欠く純白の髪。透き通るように白い肌。いつも真っ直ぐに遠くを見ていた深紅の瞳。

(絶対に、探し出しますわよ。この街で人間の常識を身に付けて・・・普通に暮らせるようになったら、日本中くまなく捜しますからね)

 雪乃はまっすぐ前を睨みその名前を心の中に落とす。

(細雪・・・)

 

 藤田雪乃。

 人の世に紛れるための入り口へ、六合学園へ辿り着いた少女。

 

 

<章前・ナインハルト・流れ着いた者>

 

 入学式、一ヶ月前。

 金髪碧眼の青年が一人、物憂げな表情で船に揺られていた。

「・・・・・・」

船べりに立ったその男は口を噤み、疲れのこもった瞳を果てしなく続く水平線に向ける。

・・・ただし、何を見ているわけでもない。

(日本、か)

 どうでもいいような、とても気になるような、そんな気持ち。

(ずいぶん前に一度行ったな。住むことになるとは思わなかったけど・・・)

 日本語はとりあえず喋れるし読み書きもできる。生活習慣も一通り頭に入れたのでそんなに困ることはないだろう。

 いつものとおり。

 今までに彷徨って来たいくつかの大陸、数十の国、数百の町と同じように。

(私はいつまでこうやって生きていくのだろうか・・・)

 心中で呟き、足元に置いてあった鞄から一枚の葉書を取り出す。

「ロクゴウガクエン・・・」

 目的も行く先もなくただ世界中を彷徨っている自分の居場所をどうやって探し当てたのかはわからない。

 だがこの葉書は確かに届いたのだ。

<居場所を求めるならば、我々がそれを提供しよう>

 そう書かれた葉書。

 別段それを信じたわけではない。だが、手紙の出し主が何を考えているのかは想像がついた。彼の長い人生においても見たことのない計画。

(興味はある。本当にうまくいくのかどうか・・・)

 どうせ行く先などどうでもよいのだ。

 

 

 ナインハルト・シュピーゲル。

 居場所と自分を無くし、六合学園に流れ着いた存在。

 

 

<章前・森永愛子・見守るもの>

 

 夢を見ていた。

 形以外何も見えないので、夢だということは明らかだった。

 少女が立っているのは何の変哲もない一軒家の前だ。

(あぁ、なつかしいです・・・)

 鍵のかかっていないドアを開けて少女は家の中に入る。どこにも人は居ない。台所に立っているはずの母も居間で新聞を読んでいるはずの父も部屋で寝ているはずの妹も居ない。

(当然ですよね。この家、5歳までしか住んでないです。もう10年もたってますよね)

 やがて辿り着いたのは自分の部屋だった。そっとドアを開けると・・・

(何も、ないです)

 その中だけが真っ白であった。煙を満たしたようにドアから向こう側は視線を拒んでいる。

(変ですね・・・別に忘れたわけじゃないのですけど?)

 その奇妙な光景に首をかしげた途端。

(あ・・・)

 森永愛子は目を覚ました。

「なんだか・・・懐かしい夢を見てしまいましたね・・・」

 呟いて身を起こす。こすった目に飛び込んでくる情報の津波を軽く首を振りながら整理して最低限に制限する。

「ぅぅ、いま何時でしょう?」

 時計は午後三時を指していた。どうやら荷物を解いているうちにまどろんでしまったらしい。

「入学式はもう明日なのになかなかかたづきませんねぇ」

 部屋に運び込まれているダンボールはたったの2つ。けして多くはない。だが彼女の数少ない『持ち物』であるそれをどうやって身の回りに置くかにどうしても悩んでしまうのだ。

「よいしょ・・・です」

 ベッドに手をついて身を起こす。

 現実の彼女が居るのは、広さにして8畳ほどの部屋だった。勉強机とベッド、それと小さな箪笥。何代か前の住人が残していったという小さなテレビ。

 そこは、六合学園付属の寮だ。彼女の新しい住処である。

「明日なんですね・・・入学式・・・」

 静かに呟く。この部屋にも、何度か見に行った校舎にも、暖かい思いが残っている。彼女の目には、それが見える。

「これだけの思いが詰まった場所ですから、きっと楽しい生活になるですよ」

 呟き、あくびをひとつ。

「うん、眠気覚ましに出かけましょうか」

 そんなだから一向に荷物が片付かないのだが、本人はあまり気にしては居ないようだ。

 

 六合学園の寮はどちらかといえばアパートやマンションに近い。寮監は住んでいるが建物の管理くらいしかしないし、門限だって有って無いが如しだ。

 鍵すらかかっていない玄関のドアを開けて愛子はぶらぶらと寮の外へ出た。サンダルをつっかけただけの気軽な格好である。

「わぁ・・・」

 表通りに出た瞬間、思わず愛子は声をあげていた。

 道路沿いに植えられたどこまでも続く桜並木。そしてそこに舞う春の風。あたたかな生命力に満ちたその風は愛子の目には桃色の流れに見える。

「桜に酔っちゃいそうですね・・・少し抑えないと」

 絶景にふらりとよろめいた愛美は苦笑しながらぐっと瞳に力を入れた。桃色の流れが無色の風に戻るのを待って再び歩き出す。

 コンビニでお菓子を買ったり本屋の品揃えを眺めたりしているうちに日が傾いてきた。紅く染まった町並みをぶらぶらと歩く。

「そろそろ帰った方がいいでしょうね・・・」

 呟きながらも愛子は寮へ帰る道とは違う場所へ足を踏み入れた。

 常緑樹とサイクリングロード、そこここに配置されたベンチ。そこはなかなかに広い公園である。

「綺麗な公園です。ちょっと描いてみたいですね〜」

 愛子の趣味はスケッチだ。心の中で構図など考えながらぶらぶらと足を進める。

 その足が、思わず止まった。

「うわ・・・」

 口から肝胆の言葉が漏れる。

 彼女の視線の先に一人の少年が居た。木刀を握り、舞うように剣を振るう少年。

「ま、まぶしいです」

 その身体は、愛子にしてみれば光の塊だ。あまりにまぶしい。あわてて気を引き締めて瞳を制御する。

「・・・うう、びっくりしたです。気をつけてたつもりなんですけど・・・」

 それ以上に少年の秘めた陽の氣が膨大な量だったということか。

「あん?」

 愛子の呟きが聞こえたのか少年は剣を振るのをやめて振り返った。外ハネした髪を片手でかきあげて首をかしげる。

「なんか用か?」

「え?あのですね・・・」

 尋ねられた愛子はちょっと困った。ぶらぶらしていたら強い氣をもった人が居て驚いた・・・そんなすっとんきょうな答えができるわけでもない。

「・・・いや、どうでもいいんだがな・・・おまえ、目ぇ光ってんぞ?」

「ふぇっ!?」

 思わぬ指摘に慌てて目を隠す。

「あ、あの、その、失礼。義眼の調子が良くないようだ・・・とか?」

「おまえはオーベルシュタインか。どっからどーみても生の目玉だろそれ」

 少年は苦笑しながら愛子に歩み寄り、彼女の瞳を覗き込む。

「・・・もう光ってないな。でも無茶苦茶澄んでるな。おまえの目って」

「そうですか?・・・えへへ、なんだかじっと見つめられると照れるです」

 その言葉に少年はニヤリと口の端を吊り上げる。

「惚れるなよ?」

「惚れないですよ?」

 即答されて、少年ちょっとへこむ。

「・・・まぁいいんだけどよ」

 ぼやいているのをきょとんとした目で見つめながら愛子は違う質問を放ってみた。

「ところで、こんなところで剣道の練習ですか?」

「いや、素人目にはわかりづらいんだが・・・俺のは剣術って奴だ。微妙に違いがある」

 少年は言ってくるりと木刀を回転させる。

「こないだ・・・と言っても二週間ほど前だが・・・ちょいと自分の未熟っぷりに気づいちまってな。これでも六合学園の剣術部部長だし、ちったぁ鍛えなおさねぇとな」

「あ、六合学園の方でしたか。じゃあ明日から先輩なんですね」

 愛子はぽんっと手を叩いてから深々と頭を下げた。

「ん?おまえ新入生か。ならまぁ、覚えとくんだな」

 少年は微笑む。

「異能、異相を・・・ここでは恐れないでいい。たかだか見えねぇもんが見える眼くらいでおまえを怖がる奴は六合にゃあいねぇから。おまえは・・・おまえらはどうどうと、自分であればいい」

「・・・私の眼のこと、わかるですか?」

 上目遣いにこっちを見る愛子の髪をくしゃっとかき混ぜて少年は頷いた。

「俺の師匠の家もどうやらそんな感じの血筋らしくてな。多少の知識はある。まぁそれはそれとして・・・」

 そして少し区切り、力強く続ける。

「ようこそ。六合学園へ・・・」

 

 

森永愛子。

迷い子達を見守る為に、六合学園へと招かれた者。

 

 

そして、入学式の朝。

四人の運命が交差し、新しい物語が始まった

 

 

− 蝶の羽ばたきが、嵐を起こす事だってあるかもしれない −