それは、2学期も始まり数日が過ぎた6時間目。LHRの時間のことだった。
「うふふ・・・今日は、学園祭の出し物を決めるわよぉ?」
 教壇にしなだれかかり、担任の桐生緋文美は妖しい笑いと共にそう言った。
「一つの目標に向けて共同作業のオトコとオンナ・・・助け合ううちに芽生える愛・・・湧き上がる肉欲にまみれいつしか平和な学び舎は・・・」
 いよいよ盛り上がろうとしていた緋文美の言葉は、ひゅんっ・・・と、風を切る音に打ち切られた。
「あら?」
 足首に絡みついた皮の紐を見て緋文美はきょとんとした。
「はい、終了です」
 教室の隅に立っていた御伽凪美里は作業的にそれだけ言って右手を鋭く振るう。その動きに答えて皮鞭は緋文美の身体を彼女の元へと引きずってきた。
「さて、この存在自体が下劣なUMAが一応言っていた通り、来月の第一金・土曜日は我が校の文化祭、『太極祭』です。基本的にクラスの出し物に全員参加、部活での参加も可能ですがその場合もクラス発表の準備は手伝っていただきます」
 緋文美を踏みつけ、ぐりぐりと踵を押し付けながらの台詞に生徒達は互いに顔を見合す。
「文化祭ねぇ・・・」
「あれでしょ?お化け屋敷とか模擬店とかの」
「静粛に。委員長、議事を進行してください」
「はい」
 南英香は軽く頷いて教壇に立った。
「ということなので、うちのクラスの出し物を決めたいと思います」
 どことなく投げやりな口調はクラス全体の雰囲気と等しい。もともと集団行動の経験があまりないアザーズにはその楽しさがピンと来ないのだ。
「出し物なぁ・・・」
「なんか適当に並べとけばいいのか?」
 口々にやる気の無い発言を繰り返す生徒達を眺めて美里はふむと頷く。
「終了後の人気投票で一位になったクラスには、賞金10万円・・・」
「!」
瞬間、空気が変わった。
「通常は学級費となるのですが・・・打ち上げ宴会の資金に回すことを許可します」
「わぉ、みっちゃんの悪だくみ〜!」
 いつの間にか立ち直っていた緋文美がぱちぱちと手を叩いて喜んでいるのをちらりと伺い、美里は口元に僅かな笑みを浮かべる。
「・・・桐生先生。ジュースなどいかがです?」
「はえ?もらうわよぉ?」
ちょっと首をかしげて緋文美は差し出された缶ジュースを一口のみ、どさりとその場に転がった。ピクリとも動かない。
「ああ、何故か桐生先生が昏睡を。保健室に寝かしてきますので委員長は話を進めていてください」
 棒読みでそう言って出て行く美里を戦慄の目で見送って生徒達はざわざわとどよめき始めた。
「10万だぜ?結構豪華なうちあげが出来そうだよな」
「そだな。どうせうちあげはやるだろうし・・・ただはでかいぜ」
 貧乏が多い生徒達がそんなことを口走っているのを馬鹿にしたような目で眺めて、実家から結構な額の仕送りを貰っている安田紺は馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
「つったってなぁ。いいじゃんよ。10万くらい。面倒くさいし手軽に喫茶店でも・・・」
言いかけた机にビンっ!と水のナイフが突き刺さった。
「・・・不明瞭な発言は、自動的に却下しますので注意してください」
いつ取り出したのか『六甲のおいしい水』のペットボトルを握り締めている南は冷たい声でそう告げた。フルパワー時には大イカの足をざっくりと切り裂いた水槍の一撃に安田の顔がさっと青ざめる。
「・・・本気だ!」
「南が金銭におぼれている!」
青ざめた顔で拳を握り締めた水城と川井の机にもビンッ!と水の刃が突き立った。
「・・・ごほん、喫茶店というのは悪くないわね。何かプラスアルファがあればいけると思うわね」
「某まんが大王のぬいぐるみ喫茶みたいな奴ね」
ヒライ、きわどい発言。
「俺はお化け屋敷がいいと思うけどな。せっかくこういう面子なわけだし」
 軽く手をあげてそう言った乾を横目で眺めて雪乃はからかうような笑みを浮かべた。
「たまにはいいことを言うわね・・・本物の幽霊とか幻覚使えるタヌキとか負け犬とかいろいろいますものね」
「誰が負け犬だコラ!」
「あら?誰もあなたとは言ってませんわよ?おほほほほ・・・」
 口元に手を当てて笑う雪乃に乾はわなわなと手を震わせて立ち上がった。
「こ、こいつ・・・殴る!今日こそ殴る!」
「わ、わわっ!喧嘩さんは駄目ですっ!ああ、うー、えと、ぼ、ぼでぃーにしましょうぼでぃに!」
「・・・止めてませんよ、それ」
ナインは苦笑して首を振る。
「それはともあれ・・・あまりあからさまに能力をつかう企画は良くないと思いますよ。無意味にリスクを負うのも考え物です」
しばしざわめい手いた教室を制し立ち上がったのは一人の男子だった。長身の美形。夜野春人である。
「やはりここは衣装で勝負じゃないかな?せっかく美女ぞろいなのだしね」
夜野は楽しげに言って黒板の前に進み、カツカツとチョークを鳴らして少女の絵を書き始める。
「僕としてはオーソドックスに『水着喫茶』、定番で安定した破壊力の『メイド喫茶』、上級者向けに『アニマル喫茶』・・・ああ、猫耳にレオタードとかだね、あとは、そう。マニア好みで『男装喫茶』なんてのもありかな」
「み、水着・・・」
「め、メイドさん!」
次々に繰り出されるアイディアに男子達のボルテージが上がる。
「あとは僕のおすすめ、ノーパ・・・」
言いかけたところで早井の投げた上履きが夜野の顔面を直撃した。笑顔のまま、ゆっくりと後ろに倒れて動かなくなる。
「対象は完全に沈黙しました」
やけにうれしそうなヒライの言葉に男子生徒たち・・・特に川井と水城は涙をながして立ち上がった。
「夜野ぉぉぉぉ!だが我々はあの日見たジャキョニーナを忘れない!男子の力を結集して是非ともノーパ・・・」
「・・・最低」
二人は南の目が汚物を見るそれなのに気づいて凍りつく。
「ん〜、ジニーは別に構わないけどね」
「触られるわけじゃないし、ヒライもいいよ?」
『絶っ対に嫌ですっ!』
陽気に言って笑う二人に雪乃と南は声をハモらせて絶叫した。
「第一、風紀委員としてそーいうのは禁止っす」
 苦笑して首を振る神戸を見て気を取り直したのか南はふむと頷く。
「・・・ともかく、衣装系というのはいいアイディアね」
「水着・・・!せめて、水着を・・・!」
「いい加減そっちから離れなさいスケベども!」
 再度雪乃が絶叫すると教壇の近くに転がっていた骸がピクリと震える。
「男はすべからくそういうものさ」
起き上がりかけた夜野に早川は無言でもう一度上履きを投げつけた。今度は失敗。
「あぶないねお嬢さん・・・そうだね。じゃあせめてメイドはどうかな?」
「メイドさんの服っていうと・・・」
 首をかしげる南に向けて24=Maidenはすっと手をあげて見せた。
「個人的に所有しておりますが、ご覧になりますか?」
 もう片方の手に提げている小降りのバックを見て南は首をかしげる。
「ええと・・・学校に持ってきているの?」
「はい。今は休んでおりますが、もともとはメイドですので・・・失礼します」
 トゥエニーはそう言って正確に30度頭を下げ、教室を出た。
 そして10分後。
「おまたせしました」
 もどってきた人形の少女は、青を基調にしたフリル付きの洋服に身を包んでいた。
「うわ、可愛い!」
「恐縮です」
 無表情なまますっと頭を下げるトゥエニーに雪乃はちょっと表情を崩す。
「へぇ・・・ちょっと着てみたいですわね・・・」
「衣装負けしなきゃあいいけどなぁ?」
 からかいの声に雪乃の顔がさっと朱に染まった。
「い、言いましたわね馬鹿犬!なんならあなたにも着せてさしあげましょうか!?」
「!・・・それよ!」
不意に、南が叫んだ。メガネがキラン!と妖しい光を放つ。
「学級委員として企画を発表するわ!教室内をいくつかの個室に分けてそれぞれの部屋に一人のメイドを配置!誰がメイドをするかは入店時にくじ引きで決定という・・・専属メイド喫茶!もちろん、メイドは男女混合!」
「ぬぁっ!?」
 あまりの衝撃にのけぞっている男子に南は鋭い視線を向ける。
「シュピーゲルくんや乾くん、夜野くんといった男子資源がコレなら生かせるのよ!勝ちは、いただいたわ!」
「シュピーゲル君のメイド姿・・・萌」
ヒライがぽつりと呟く。
「待てぃ!よ、ようするにあれか?俺たちに女装しろってのか!?お、俺は嫌だぞ!絶対反対・・・!」
叫ぶ乾に水城や川井が襲い掛かた。
「乾っ!下手なことを言って普通の喫茶店にでもなっちゃったらどうするんだ!」
「ここは痛みを恐れず構造改革を!」
「わけわからん!」
 じたばたと暴れる集団を横目にナインは苦笑して南に向き直る。
「・・・まぁ、俺はかまいませんが・・・なかなかリスキーな企画だと思いますが?」
「ハイリスク・ハイリターン。大丈夫よ。わたしの計算どおりいけば10万円はうちのものだから」
ざわざわとゆれる教室内に、代案は出ない。
「では、決定です!」


<お着替え・メイド集団・金髪と女装>

「みんな聞いて!裁縫部に発注していた衣装が届いたわよ!衣装合わせするから帰らないで!」
 放課後の教室に南の声が響いたのは、文化祭当日まで一週間と迫ったころだった。
「他の生徒達に見られると当日までに対策をねられてしまう可能性があるので。教室内で全員着替えるように」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい南さん!だ、男子も居るんですわよ!?」
 目をキュピーンと輝かす夜野や川水コンビを睨みながら叫んだ雪乃を南は静かに手で制した。
「本番で間仕切りに使うカーテンも届いてるからこれでちゃんと目隠しするわ」
 あからさまにがっかりする川井達を冷ややかな目で見据え、そのまま感情の無い声で続ける。
「それに、覗いてたら臨海学校のときみたいに、ね?・・・あの二人が覗いた時には、私が責任を持って・・・原型をとどめないほどに、磨り潰すから」
「のぞかない!ぜ、絶対のぞかない!」
目で見えるほどに強烈な殺気にカッパチームは真っ青になって首を振った。何故か股間を押さえている。
「えと、ともかくお着替えさんするです。仕切りのカーテン張るの、手伝ってもらえるですか?」
「ええ。隼人、やりますよ」
「おう」
 愛子たちがガタガタと間仕切りを設置して、生徒達はようやく着替えを開始した。
「・・・めいろん、これ、着にくい・・・」
「ああ、こらきつね。下着まで脱ぐな!」
 カーテン一枚を隔てて聞こえてくる会話に男子達の背がピクリと震える。
「を!やぱーり愛子ちゃんのおぱーいは大きい!」
「わ、わわ!ヒライさん、やめてくださいです〜!?」
「ヒライさん!?凍らしますわよ!?」
 何人かは、既に痙攣を起こしている。
「・・・どうせ・・・幼児体型・・・」
「からだが全てじゃないよ雨宮。ほら、わたしなんてこんなだし」
「よ、夜野・・・俺は、もう限界だ・・・」
「・・・行くかい御越?僕たちの理想の成就の為に!」
 御越と夜野はがしっと手を握り合う。着替え途中で半裸の男二人のシェイクハンドは無闇に不気味だ。
「水城・・・これ以上やると、さすがに許してくれないかな?」
 一方、全身に粘り気のある汗を流しながら川井は相棒に声をかけた。
「・・・既に、二度と許してくれないレベルのような気もする」
 暗黒星雲な声で水城は天井を見上げる。
「・・・なら、何したって一緒か?」
 川井はくわっと目を見開いた。眼球は既に真っ赤に充血している。
「・・・ああ。どうせ死ぬなら・・・!」
 水城は対照的に静かに目を閉じた。顔色は、追い詰められたもの特有の蒼白だ。
「そう、みんなで戦おう。僕たちの、明日の為にね!」
 夜野の言葉に、がっしりと手を組合い共闘を誓い合った男が四人。
「俺は、リーダーの御越雄大佐。通称ハンニバル。奇襲戦法と変装の名人。俺のような天才策略家でなければ百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん」
「僕は夜野春人。通称フェイスマン。自慢のルックスに、女はみんなイチコロさ。ハッタリかまして、ブラジャーからミサイルま で、何でもそろえてみせるぜ」
「よおお待ちどう。俺様こそ水城修一。通称クレイジーモンキー。パイロットとしての腕は天下一品!奇人?変人?だから何」
「・・・ってことは俺は川井友則。通称コング。メカの天才だ。大統領でもブン殴ってみせらぁ。でも飛行機だけはかんべんな」
「俺達は、道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する。頼りになる神出鬼没の、特攻野郎 Aチーム!助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ。」
 ばっと振り返った男達の頭を乾とナインがバコンと殴る。
「レディの着替えをのぞくなんて男として最低ですよ?それと、特攻野郎Aチームは、ネタとしていかがなものかと思います」
「こっそり見ようっていうその考えが気に食わん。ついでに、おまえみたいなのがハンニバル名乗ったら本人に失礼だ!」
「ぎ、偽善者どもめ!おまえ達だって見たいはず!見たいだろ!?ほら、想像してきた!森永とか藤田とか・・・!」
「う・・・」
おもわず後ずさる乾を横目にナインはやれやれと首を振る。
「・・・126−F−4」
呟きと共にその姿がすっと縮み・・・
「な!?み、南!?」
「・・・近寄らないで・・・覗きなんて最低・・・」
 男物の制服、眼鏡なしではあるが、南の姿でナインは嫌そうに言い放った。
「ぬあああああっ!ゆ、許してくれぇえええええっ!」
「82−M−1・・・」
光と共に元の姿に戻ってナインはにっこりと笑う。
「とかなるのが落ちですよ?」
「お、おまえ今の・・・」
 目を限界まで見開いた御越の言葉にナインは肩をすくめた。
「俺は今まで出会ったキャラクターのほとんど全てをコピーできますから。もっとも能力をきちんと発揮できるところまでコピーしているのはそう多くはありませんけどね」
「・・・ってことは、変身してから脱げば誰の裸でも見放題・・・!?くっ!こ、こいつ許せねぇ!」
 立ち直ったらしい川井の叫びに水城がすっと青ざめる。
「ま、待てよ?確か乾ってナインと同室・・・」
ざわりとどよめく。
「・・・ぎあああああっ!乾っ!おまえってやつはぁああああ!」
「ば、馬鹿野郎!外見がどうでも中身がナインだろうが!んなこたぁしねぇ!」
「・・・俺も嫌ですよ。力いっぱい。第一、よっぽどのことが無い限り異性への変身はしない主義ですし」
 言うだけ言ってナインはさっさと着替えを続ける。
「・・・着替えないんですか?時間、あまり無いですよ?」
「・・・お、おう」
 みな、何か毒気を抜かれた感じでメイド服を着込む。異様な光景。

 そして。
「く、くく・・・お、お似合い・・・ですわ・・・くくく・・・」
 悶絶寸前の様子で雪乃はなんとかそれだけ言い終えた。
「・・・殺す・・・」
 その視線の先で乾は怒りのあまり細かく震えている。修羅の形相も、フリル満載のエプロンとふわりとしたスカートの印象を覆すにはいたらない。
 なんというか、意外なことに可愛い。
「ほら、動かないー」
 ぼさぼさの髪に櫛をかけ、メイク担当のジニーはその髪を頭の両脇で小さなお下げにする。
「耳・・・犬の・・・耳ですわねそれ!くく・・・」
「何ぃ!?」
「あーもう、動かない!別にそういう意図じゃないわよ。大丈夫、ちゃんとかわいいよ?」
「嬉しくない!おいナイン!おまえもなんか・・・」
「はい?」
 視線の先に、堂々とカチューシャを頭に載せたナイン。どこから出したのか、トレイなど抱えている。
「・・・おまえには羞恥心とかねぇのか?」
「種族柄、こういうのには慣れてますので」
 一瞬だけ女の体になってから元に戻るナインに教室内が再びどよめく。
「・・・なあ、ナインは女にしといた方がいいんじゃないのか?一人でいろんなバリエーションもってるし」
 誰かののんきな言葉に南はキラリとメガネを光らせた。
「甘い!女ならスタンダードなヒライさんと藤田さんにセクシー系のジニーさん、天然系の森永さんで十分!」
「無表情系なら乙女ちゃん、踏まれたいならメイロンちゃんと早井ちゃん、青少年保護育成条例に引っかかりそうな君にはきつねちゃん。眼鏡っ娘なら南ちゃん自身かな?」
 すらすらと名をあげていくヒライにちょっと顔を赤くして南はメガネのずれを直す。
「と、ともかく・・・そっちは間に合ってるの。むしろ男子!それも金髪!上級生の女子対策にシュピーゲル君は外せないわ」
「・・・そこまで打算ずくですと、いっそすがすがしいですね」
「う・・・と、ともかく・・・これで衣装もそろったし、調理班全員分保健所の許可も下りたそうだし、あとは飾りつけだけね」
 さすがに少し気まずそうな南の台詞にナインはあごに手をあてた。
「・・・しかし、本当に保健所にチェックを頼んだんですかね?我々の場合・・・」
「気にしない!みんな!文化祭まであと1週間!死ぬ気で準備するのよ!」
「おーっ・・・!」
 そして、当日。


<第一陣・天国と地獄・おつかい森永>


「はいはいはい、いい子いるよー」
「社長さん、安いよ安いよ〜!」
 水城と川井のコンビはいい加減に手を打ち鳴らしながら廊下を通る人々に声をかけた。呼び込み担当なのでメイド服を着ず制服にハッピといういでたちである。
「ほらほら、よりどりみどりですぜ旦那〜!」
「やめなさい!」
 その後頭部を南は手作りのハリセンで強打した。
「どこの水商売なのよ!方向性が違うでしょ!」
「だ、だってよぉ〜結構退屈なんだよ〜」
 言っているうちに、興味を示したらしい男子生徒が教室の中へ入っていく。
「いらっしゃい。この箱の中からボールを一個つかみ出してください」
「え?」
 川井の差し出した木箱に戸惑いながら、少年はその木箱に開けられた穴に手をつっこんだ。そのまま中に入っていたいくつかのボールのうちひとつを引っ張り出す。
「拝見しますよ〜・・・はい3番さ〜ん、出番ですよ!お客さんはそっちの個室へどうぞ」
「はあ・・・」
 少年は曖昧に答えてカーテンで区切られた『個室』へと足を踏み入れる。
 そこへ・・・
「・・・こん」
 手作りのメニューを抱えて小柄な少女が現れた。
「お・・・おおおおっ!伊成ちゃん!」
「・・・めにゅー」
 ちょっと背伸びをしてメニューを差し出す小さなメイドさんに男子生徒はだらしない笑みを浮かべる。ツボに入ったらしい。
「ご注文・・・きまったら、こえかけて」
 そばにちょこんとかしこまった伊成をデレデレと眺めながら男子生徒は感極まったように呟く。
「最高・・・」
 一方で。
「お・・・7番さ〜ん、準備してくださ〜い」
 次の客は含み笑いをもらす水城にちょっと首をかしげながら個室に入った。
「ヒライさんか藤田さん・・・ヒライさんか藤田さん・・・!」
 ぶつぶつと祈りながら待っているうちにカーテンがしゃっと開き、メニューを持ったメイドさんが現れる。
「・・・む」
 身長192センチ。顎に走る傷跡。頭に載せられたカチューシャ・・・一説にはヘッドドレスというらしい・・・が、やけに小さく見える。
「あわ、あわわわわ・・・」
「メニューだ」
 差し出された腕に隆々とした筋肉。拳ダコでゴツゴツした手。
「注文が決まったら言え」
 鬼島猟はそう言って腕組みをし、仁王立ちになる。
「こ、怖いぃぃぃぃ・・・!」
 

「ふっふっふ・・・味、萌えにプラスしてギャンブル性・・・やみつきになるわよ?」
「・・・南さん、場合によっては一生もののトラウマを抱え込みそうに見えますが?」
 ナインは苦笑まじりに呟いて戻ってきた鬼島に視線を向けた。
「おつかれさまです。注文は?」
「む、レモンティーだそうだ」
「はぇぇぇ、なんだかレモンティー人気さんですね〜レモンスライスが足りなくなりそうです〜」
 愛子はわたわたと冷蔵庫からタッパを出し、残り少ない輪切りレモンをティーカップの中に入れ小型ティーポットに紅茶の葉とお湯を注ぐ。
「・・・む。では、持っていくとしよう」
 鬼島はティーポットとカップの置かれたトレイをひょいっと持ち上げて再度個室へ戻った。時折『ひぃ!?』とか『暑苦しぃ!』とか聞こえるが、皆聞こえないふりをする。
「どうします?レモン。たまたまオーダーが固まっただけなのでそんなに急にはなくならないとは思いますが・・・」
「そうね。でも、午前中だし追加で買って来たほうがいいわ。森永さん、お願いできる?」
「はいです。ええと、八百屋さんですか?」
 首をかしげる愛子に南は首を振り、近くにおいてあったパンフレットをペラペラとめくる。
「園芸部が自家製野菜の販売をやってるはずよ。たしか6号館の近くね・・・ああ、ここ」
「ほんとに何でもあるんですね。どうですか森永さん。俺も行きましょうか?」
「ありがとうです。でもナインさん、今メイドさんですよね?持ち場を離れちゃ駄目ですよ」
 愛子はにこっと笑ってエプロンを外す。
「では、ちょっと出かけるです。南さん、お茶とケーキ、お願いするですね?」
「問題ないわ。任せといて・・・はい、お金」
 鷹揚に頷いてレモン代の入った封筒を差し出す南にぺこりと頭を下げて愛子は教室を出た。
「ええと、6号館さんでしたね」
 てけてけと歩くメイド服が注目を集めているのに気付かず愛子はのどかな笑顔で廊下を進む。
 非常識と匠の技の見本市、六合学園。当然のように文化祭ともなれば小型の万国博覧会といった様相を呈してくる。特に文科系の部活にとってはまさに今が勝負時。必然的にその勢いも増し・・・
「さあさあさあ!心も身体も燃え上がる攻撃的料理部の火薬飯!隣の屋台のへなちょこ蕎麦なんか目じゃないぞ!」
「駄目駄目駄目!あんなもん喰ったら薬漬けにされて外国に売られるよ!技で勝負の料理格闘部!鉄板も殴り割るこのキョウコねえさんの打った中華蕎麦!そんじょそこらの麺とはこしがちがうよ、こしが!」
 時に、屋台配置抽選という悪魔がいたずらをすることもある。
「はぇぇ・・・ちょっとおいしそうです〜」
 外履きに履き替えて立ち並ぶ屋台の前を歩いていた愛子がうっかりもらしたその一言。それは、あまりに中途半端すぎたのだ。
「さすがメイドさん!ささ、うちのラーメン、ずずいと食べてって頂戴!」
「馬鹿なこと言ってるんじゃねぇ!そこの嬢ちゃんは俺っちの飯を食いに来たんだ!」
「え?え?え?」
 睨みあい始めた二人の料理人に愛子はあわあわと首を振る。
「だいたいなぁ!おまえの料理は味が薄い!箸で岩が割れたからって味が良くなるわけじゃないだろうが!」
「ぐっ・・・あ、あんたなんて何でもかんでも料理にぶち込むだけじゃない!そんなロシアンルーレットみたいな料理誰が食べるモンですか!」
「がっ・・・い、言ってはならないことを・・・!」
 格闘料理人と攻撃的料理人。端から見ればどっちもどっちな二人の間に、濃密な闘気が漂い始めた。
・・・やや、香ばしい闘気が。
「あわわ・・・け、喧嘩さんは駄目です!お、お料理が冷めるですよ?」
「料理・・・」
「冷める・・・」
 動きを止めた二人に愛子がほっと胸をなでおろした瞬間。
「ケモノの心を呼び覚ます奇跡の料理!この俺っちの飯は無敵だ!」
「料理は火力!創始者三上先生の言葉を胸に!あたしの麺は・・・負けない!」
 二人は自分の料理を掴み、一瞬でそれを完食した。
「はぇ!?」
 食べる、というより吸い込むようなその人知を超えた食べっぷりに大きな目をより大きく見開いた愛子の肩をがしっと掴み二人はぐっと握りこぶしを突きつけた。
「ちょっと待っててくれメイドさん!この暴力料理人を片付けて俺っちのあつぅい料理を食わしてやるからな!」
「すぐすむからねメイドさん!このジャンキー料理人をへこませてお姉さんが最高のお昼ご飯をプレゼントするからねぇ?」
「あ、いえ、その?」
 愛子の目は、二人の身体から噴き出す殺気にも似た気配を、確かに捉えている。
「・・・攻撃的料理部、3年・・・米田茂!」
「・・・料理格闘部3年、小泉萌流!」
 瞬間、ばっと飛びのいた二人は名乗りを上げ構えをとった。米田はエプロンのポケットに手を突っ込み、小泉はピシッと指をそろえた平手を前に出し片足をあげる。
「あの、別にわたしお腹は・・・」
 聞いていない。そして・・・
「「・・・料闘開始(バトル)っ!」」
 叫びと共に二人は動き出した。

「「前菜ぃ!」」

 米田はポケットから素早く手を引き抜いた。両手の十指の間に挟まれた八本の串団子を速射砲のように投げつける。
「甘いっ!あたしはみたらしの方が好きよ!」
 小泉はそれを一つだけ口にくわえて残りは叩き落とし一足で間合いを詰めた。
「中華百撃・・・馬棒倒斧!」
 軽く飛び上がって振り下ろした踵が米田にガードされると同時にすとんっ、としゃがみこみ鋭い足払いを放つ。
「張巻!」
「名前が安直だ!」
 米田は軽く飛び上がってその蹴りを回避、着地と同時にもう4本串団子をばらまいて小泉を牽制しながら間合いをあける。

「「副菜っ!」」

 小泉は姿勢を低くして飛来した団子を回避、そのままばんっと前へ出た。
「回線封!蟹弾!」
「俺っちにそんなものはきかねぇ!」
 突き上げた拳を米田は身をそらして回避、続いて繰り出された二本指もバックステップでよけ、再度エプロンのポケットに手を入れる。
「目には目を、麺には麺を!」
 ポケットから引き出された掌に握られていたのは蕎麦だった。投げつけられた蕎麦は小泉の手足にくるくると巻きつく。
「く・・・ま、巻きついただけじゃない!」
「爆裂っ!」
 米田の声と共に、蕎麦は文字通り爆発した。
「きゃああああっ!?」
 手足に熱と衝撃のダブルダメージを食らった小泉は派手に大回転して地面に叩きつけられた。
「・・・蕎麦のつなぎに火薬粉っ!これぞ攻撃的でぃっ!」
「んなもの、食べられるかっ!料理として成り立ってない!」
 だが痛みを感じていないかのような勢いで跳ね起き、再度間合いを開けようとバックステップする米田をそれを越えるスピードで追いかけ、追い抜く。
「って追い抜いてどうするんだ小泉ぃ!」
 速攻を警戒してガードを固めていた米田はきょとんとした顔で叫んだが、一瞬してさっと青ざめる。
「中華百撃・・・」
 声は当然背後から。それも、無防備な。
「ちょ、ま・・・」
「八砲砕ぃぃっ!」
 刹那、八連の拳が容赦なく米田の背中に叩きつけられた。
「ぐへぼっ・・・!?」
 逆海老そりに吹き飛んだ米田は地面をごろごろと転がってから立ち上がる。ちょっと足元がおぼつかない。
「へ・・・へへ・・・なかなかやるじゃねぇか格闘の!」
「ふ、ふふ・・・あんたこそ、少し効いたわよ攻撃的の!」
 ぷすぷすと煙を上げる左手を手の甲を前にぴんと伸ばし、右手を腰の後ろの鉄箸に添えて小泉が・・・何処からか取り出したおにぎりをくわえ、両手に調味料のビンを無数に構えて米田が、不敵に笑う。
「ついに次は主菜・・・覚悟はいいわね?死んでも知らないわよ!?」
「次の一撃っ!たとえ命を落とすとも、互いに悔いは無いはず!」
 大げさな台詞に、いつの間にか集まっていたギャラリーは苦笑を漏らした。
 疑うという機能を持たない。一人の少女を除いて。
「あたしの拳が真っ赤に燃える!火力が大事と轟き叫ぶ!」
「中途半端にパクるな!俺っちの料理の真の力・・・味わえ!」
 あたりを埋め尽くすように投げつけられた調味料が引火して炎の壁を作り、それを突き破ろうとばかりに鉄箸を突き出した箸が交差しようと迫った。
「だだだだだ駄目ですっ!命は大事にしないと駄目ですよう!」
 突発的に間に入ろうとした愛子を中心に。
「わ、ちょ、どいて!危ないっ!」
「なにぃ!?おい萌流!その娘をどけろ!」
「駄目!間に合わないっ!」
 唸りをあげて迫る鉄箸の鋭い先端と包囲するように空中で広がっていく炎の壁。
「はぇぇぇぇぇ!?」
 そのどちらもが、愛子の鈍めな運動神経では避けきれないものであると霊眼は告げる。
「ってそんなのわかってもしょーがないですっ!」
 さすがに青ざめた愛子が悲鳴をあげかけた瞬間。
「神楽坂無双流・・・」
 低い、それでいてよく通る声と共に愛子の体がすっと浮いた。
「はぇ?」
 腰のあたりを横抱きにされた愛子が見上げる先には、外向きにはねた髪の少年の不敵な笑みがある。
 少年は襲い来る炎を横目に自由な方の手で木刀をぐっと握りなおす。
「絶技・・・建御名方の剣ぃっ!」
 声と共に強烈な横回転の生む遠心力で愛子の体は軽々と宙を舞った。
「はぇぇえええええ!?」
 花のように広がるスカートのすそを必死に抑える愛子の目の前で閃いた木刀がキン・・・と澄んだ金属音を立てて鉄箸を弾き、炎の壁の中心を通過する。
 瞬間。
 ボジュ・・・
 と、微かな音と共に、二人を包みこもうとしていた炎がかき消えた。
「お、俺ッちの技が!?」
「やかましい!真空になったら火は燃えねぇんだよ!」
 思わぬ敗北に悲鳴をあげた米田を少年は返す刀の横薙ぎの一撃で吹き飛ばす。
「ふふふ!所詮ドーピング料理人など・・・」
「おまえも黙ってろ!」
 勝ち誇りかけた小泉の脳天に情け容赦ない縦チョップを叩きつけて昏倒させ、少年は大声で叫んだ。
「攻撃的料理部!食いもんを粗末にするな!格闘料理部!どのあたりが料理なんだおまえは!」
 確かに、とギャラリーが頷く中、少年は木刀で自らの肩を叩きながらにやりと笑う。
「そんな奴らじゃ俺には勝てない。何せ、俺は・・・」
「はいはい、風間恭一郎だもんね」
「な・・・」
 決め台詞を取られて硬直した恭一郎の肩をぽんと叩いてその少女は抱えられたままの愛子を覗き込み笑顔を見せた。
「だいじょぶ?どっか燃えてたりしない?」
「は、はい、です?」
 急展開についていけないで声を裏返らせた愛子を見て少女は軽くウェーブをかけた髪をかきあげた。
「ん〜、葵ちゃ〜ん。出番みたいだよ」
「うん、美樹さんは倒れてる二人をお願いね?」
 ひょこっと現れたのはかなり極端に背の低い少女だった。頭上で、猫の耳のような髪の毛がゆれている。
「えっと、こんにちは。森永愛子さん」
「はぇ?わ、わたしのこと、しってるデすか?」
 まだ喋り方のおかしい愛子に恭一郎は気を取り直して眼を向ける。
「葵は全校生徒のプロフィールを暗記している。特に、おまえ達については詳しくな」
「あ、あうえ、ええと、なるほどです」
「ともかく怪我はないよね?立てる?」
 愛子が頷くのを確認して恭一郎は抱えたままだった身体をそっと地面に降ろした。
「自己紹介するね。わたしは神楽坂葵。で、この人は風間恭一郎さん。向こうでお料理の二人を介抱してるのは天野美樹さん。よろしくね?」
「あ、はいです。森永愛子です。よろしくおねがいするです」
 ゆっくりとした葵の語り口に混乱していた愛子は落ち着きを取り戻し、はふぅと息をつく。
「えと、怖かったです」
「・・・ちと説教するがな。人を助けていいのは、どんな状態でも絶対に自分を守れる自身がある奴だけだ。おまえがあの状況でやつらを止められると考えてたんなら・・・それは甘い。思い上がりってもんだ」
 静かに言われて愛子はしょぼんと肩を落とした。
「さっきのは下手したら死んでたぞ。つまり、あの馬鹿料理人達に殺人の前科がつくとこだったわけだ・・・」
「・・・はいです」
 俯き、小さくなった愛子に恭一郎は表情を崩した。
「わけだが、な?・・・あの場で飛び出せたその勇気と勢いは、正直凄いと思うぞ。あとは、もうちっと自分の力を活用するこった。例のアレを使えば奴らが本気で殺りあうかどうかくらいわかるだろ?」
「あう・・・そ、そうです・・・」
「いいじゃんいいじゃん!結果的には恭一郎が全員叩きのめすっていうお約束の結末に落ち着いたわけだし!」
 二人の料理人を保健委員と風紀委員に引き渡した美樹はへこみっぱなしの愛子の肩をぽんっと叩いて笑う。
「えっと、愛子ちゃんだっけ?世の中にはね、後先考えないと大失敗する人と後先考えてたら全部手遅れになっちゃう人が居るの。たぶんキミは後先考えちゃ駄目なタイプなんだよ。だからさっきのでオールオッケー」
「えっと、美樹さん・・・ちょっとアバウトすぎ?」
 葵が苦笑し、美樹は意味もなくガッツポーズなどしてみせた。
「まぁ、話持ってかれたがそんな感じだ。人脈広げると便利だぞ。俺みたいなのがとっさにフォローには居るかもしれないし。今回はどっちかっつーと趣味でつっこみ入れに来ただけだが」
「はい!愛子は出来がよくないのでお友達さんがいないと駄目なのです!」
「・・・いや、それ、そんな生き生きというこっちゃないんじゃない?」
 妙に元気に主張する愛子に美樹はシュビっと裏拳でつっこむ。
「恭ちゃん、そろそろ・・・」
「おう、そだな。よし、少女よ。ここで会ったも何かの縁。時間が会ったらうちの劇も見に来てくれ。1時間後・・・11時開演だからな」
「劇ですか?えっと、風間さんは剣術部では?」
 もっともな疑問に境地慰労は苦笑した。
「うちは剣術部と書いて『何でも屋』と読む。まあチャンバラ主体の剣劇だから本職とそんなに離れてないしな。ちなみに演目はワイヤーアクション満載の香港アクション大作、その名も『天剣絶刀』だ!」
「ちなみに、銀色の足はないよ」
「はい?」
 葵の台詞に愛子は首をかしげた。
「・・・ううん、なんでもない・・・」
「しょげるな葵。後で爆熱ゴッドスラッシュを見せてやるから」
 肩を落とす葵と謎のなぐさめをしている恭一郎に構わず美樹はうむっと頷いた。
「というわけで準備があるんであたし達はこれで失礼!いい夢見ろよ!」
「は、はいです。またお会いしましょうです!」
 賑やかに去って行く三人組を見送って愛子はしばしぼぉっとしていたが、ふとあることに気付いて首をかしげる。
「えっと、わたし、何してたんでしたっけ?」

 買い物という用事を思い出すまで、15分かかった。


<雪は未だ交わらず・赤毛の男再び・クレナイ>

 一方、雪乃はいつまでたっても戻ってこない愛子のことを考えてそわそわとしていた。
「おい藤田!ぼーっとしてるんじゃねぇ!チーズケーキを出せって言ってんだろ!?」
 乾(現在メイド中)の叫びに気付いた様子も無くはぁ・・・とため息などつく。
「愛子さん、どうしたのかしら・・・また何かの騒ぎに巻き込まれてたり・・・」
「あいつもトラブルに顔突っ込むの好きだしな。ありえるぜ。それはいいからさっさとチーズケーキをだせ!客を待たせるな!」
「ああ、愛子さん・・・!」
 身悶えている雪乃に乾の額にピシピシと青筋が浮かんだ。
「こ、このアホ雪め・・・そんな心配なら迎えにでも何でも行けばいいだろうが!うっとおしい!」
「!」
 雪乃はびくっと震えて乾の顔をまじまじと見つめる。
「・・・目が覚めたか?」
「ええ、覚めましたわ」
 頷いて雪乃はばっとエプロンを外した。
「え?」
「そうですわ!こんなとこで悩んでるくらいならさっさと迎えにいったほうがいいですわ!たまにはいい事言いますわね!」
「あれ?」
 思わぬ展開に思考が停止している乾の腰に自分がはずしたエプロンを巻きつけて雪乃は勢い良く教室を飛び出していく。
「・・・ええと」
 ぽつりと呟いた乾は背後に殺気を感じておそるおそる振り向いてみた。
「・・・乾君・・・なんてこと言うのよ」
 南はぷるぷると拳を震わせて乾の襟首を掴む。
「待て、落ち着け・・・っていうか俺のせいか!?」
「基本的に生真面目な藤田さんだから許可出さなきゃ持ち場はなれたりしないのよ!」
「ま、待て!首を振り回すな!おい・・・う、目が回る・・・お、おぇ」
 

 教室を飛び出した雪乃はパンフレットを片手に廊下を駆け抜ける。
「野菜の即売会・・・こっちですわね!」
 地図に一瞬だけ目を落としてから廊下の向こうに目をやった雪乃はしかし、視界に入った『何か』に硬直してその地図を取り落とした。
 30メートルほど向こう、女子トイレの近く。
生徒、父兄、ただの見物人・・・雑多な人々が溢れるそこに、何か白いものが見えたのだ。
「え・・・?」
純白の髪と、深紅の瞳を持つ少女。日本人・・・いや、人間として極めて稀なその『色』・・・
「ササメ!?」
 思わず叫んだ声に廊下に溢れていた人並みがぴたっと止まった。
「サメ!?」
「斜め!?」
「新宿!?」
「新宿から来た鮫が廊下を斜め横断してる!?」
「そんなこと言ってません!」
 伝言ゲーム的に捻じ曲がっていく情報に雪乃は慌てて叫んだが、手遅れだった。
「生エビを舐めたサメ肌男がさめざめ泣きながら逆剥ぎの計!?」
「こ、怖ぇえ!」
「やばいの!?逃げた方がいい!?」
 六合学園の法則。馬鹿騒ぎの場において、生徒はむしろ好んで誤情報を信じたがる。
「っつぅかむしろ俺が暴れるぅ!」
「あれがサメ肌男!?なんかイメージ違う!」
「痛ぇ!なんか飛んできた!」
 廊下そのものが動いてるかのような大騒ぎに発展するまで、時間にして1分かからなかった。
「ああああもう!あれですわよ!?邪魔すると、その、す、凄いことしますわよ!?」
 雪乃は髪を逆立てて叫ぶが、雪崩に近い人の流れは既に発端である彼女の声を聞いていない。
「くっ!乾っ!なんとかしなさ・・・って何言ってるんですのわたくしっ!」
 苛立ちのあまり無意識に口走った言葉に雪乃の頬が紅潮した。
「わたくしがあんな野蛮犬に頼るなんてありえませんわ!わたくしはひとりでこの世界を渡っていくんですから!」
 一瞬だけ感じた何かを振り払うように雪乃は無理矢理人ごみに突入した。
「うわっ!なんだ!?」
「痛ぇ!何すんだおい!」
「お、おどきなさいっ!邪魔ですわ!」
 突き飛ばされ、押しのけ返し、彼女にとっては大敵である熱気のただ中に放り出され、脳裏で警告灯がクルクル回る。
(ちょ、ちょっと・・・まずいですわ・・・よ?ち、力、入りませんわ・・・)
 身体を維持する為に消費する霊力が増えたことで急激に消耗しながら雪乃は半ば押し流されるように前へ進む。
(あ・・・あら・・・目の前が・・・白い?里の・・・空みたいに・・・)
 もはや前へ進めてるのかもよくわからないで進めていた足が、かくんとよろけた。
「え・・・」
 世界そのものが回るような浮遊感と共に雪乃は斜めに傾き・・・
「大丈夫だ」
 力強い掌で、その身体を抱きとめられた。
(乾・・・じゃありませんわよ?もちろん・・・)
 自分でもよくわからない思考のままぼやけた視界を動かすと、頭上に赤い髪が見えた。
「行くぞ。こっちだな?」
 抱きかかえられていることを恥ずかしいと感じるより、その腕が伝えてくる圧倒的な存在感が気になり雪乃は必死に目を凝らす。
「・・・なんだ?」
 赤く長い髪を頭の後ろで結んだ男は、静かだが鋭い瞳で一瞬だけ雪乃を眺めて視線を前へと戻す。
「あなた・・・は?」
「・・・ただの通りすがりだ」
 男は軽く笑みを浮かべたまま廊下の反対側まで雑踏を渡りきり、雪乃の身体を放した。
「こちら側に着たかったのだと推測したが・・・間違いないか?」
「え、ええ・・・感謝しますわ」
 困惑する雪乃に男は軽く頷き身を翻し再び人の流れに飛び込んだ。
「あ、ちょっとお待ちなさい!」
「・・・連れを迎えにいかなくてはならないんでな」
 軽く手をあげて雑踏に消えた男をしばし見送って雪乃は気を取り直した。
「そ、それよりササメは・・・!?」
 視線をめぐらせると、壁に張り付くようにして人ごみを避けている銀色の髪が目に映る。
「ササメ!」
 雪乃は抱きつくようにしてそのその少女を自分の方へと向き直らせ・・・
「・・・じゃありませんわね」
 落胆にため息をついた。
「あら、藤田様。どうなさいました?呉内に何か御用ですの?」
 紅い瞳と白い目、その特徴を持った少女。だが、その細い目もやや犬歯の長い口元も・・・雪乃の求める少女とは全く違う。
「呉内さん・・・でしたの?さっきからここに立ってらしたのは」
「先ほどというのはよくわかりませんが、呉内はご不浄から出てきたところでこの騒ぎに巻き込まれてしまいましたの。怖かったですの」
 そう言って呉内小百合・・・雪乃のクラスメート、つまりはアザーズである少女はプルプルと震える。
「だ、大丈夫・・・?呉内さん?」
「はい、大丈夫ですの。大丈夫、大丈夫・・・ちょっと気が遠くなっただけですの・・・はう」
 弱々しい笑顔のまま、呉内はゆっくり真後ろに倒れていく。
「だだだだ大丈夫じゃないではないですか!ああ、もう!」
 雪乃は慌ててその身体を抱きとめ、やや引きずるようにして保健室へ向かう。
「ササメはいませんでしたし愛子さんは何処行ったかわかりませんし・・・はぁ・・」
 そして、肩を落とした雪乃がその場を去り騒ぎもやや落ち着いた頃。
「・・・ようやく元の位置へ戻れた」
 赤毛の男は唸るように言いながらその場所へと戻ってきた。
「うっかり人波に流されちゃいました・・・ごめんね。春彦さん」
 行きとは違い、一人の少女の手を引いて。
・・・銀の髪と、紅い瞳を持った少女の。
「かまわん。慣れた」
「そ、それもちょっと傷つきます・・・」
 苦笑ぎみな笑顔で少女はそう言って軽く首を傾げる。
「どうした?冬花」
「いえ、何故か懐かしい声を聞いた気がして・・・」
 冬花はいまだ騒がしい廊下を眺めてくすりと笑った。
「うふふ・・・でも、もしこの町に居てくれたら・・・嬉しいですね。あの里での、私にとってただ一人のお友達でしたから・・・」
「ふむ・・・」
 春彦は曖昧な声を喉の奥で転がして考え込む。
(さっきの学生・・・冬花と氣が似ていたので助けたんだが・・・まさかな・・・)


<熟年来る・なんとかの冷や水・大暴走>

 午後も3時を回り、太極祭も終盤に入って尚、1−X、ロシアンルーレット喫茶店(通称)は勝負好きの校風の後押しもあり大盛況だった。
「やあいらっしゃい。貴女の夜野春人だよ」
「やった!春人くんだ!」
「み、見せもんじゃないぞ!あまりじろじろ見るな!」
「うぉぉぉぉぉ!早井さん!萌え!」
 絶叫や歓声が飛び交う教室内を眺めて南は満足げに頷く。
「ふっふっふ・・・企画の勝利よ」
「・・・っていうか、南さん1日中ここに居たねっ。遊びに行かないの?」
 3時から4時の調理担当である不破亜美子の問いに南はチャキッ!と眼鏡のずれを直す。
「自分で出した企画だし、この学園って何が起こるかわからないから。最後まで監督しないと気になるのよ。別にみんなを信頼してないわけじゃないけど」
 微笑みと共にそういった時だった。
「南〜!いい加減遊びに行こうよ〜!」
「あ!このヤロ!抜け駆けすんなっていっただろうが!」
 バタバタと押し合いながら水城と川井が教室に飛び込んでくる。
「・・・言ってるそばから」
 南はため息をつき、時計を見上げた。3時20分。終了予定は4時だから、残りは40分。
「いいんじゃないかなっ?川水コンビも寂しそうだしっ!」
「・・・そうね」
 南は小さな笑みを浮かべて二人に向き直った。
「わかったわ。どこかおもしろそうなところ、ある?」
「ま、まかせとけっ!俺が最高の・・・」
「待てっ!南は俺の選んだ・・・!」
 途端にらみ合いを始めた二人の肩をパンッと叩いて南はぐいぐいと廊下のほうへ押しやる。
「はいはい、あと40分もあるんだからもめないの!まったくあんた達は村に居る時から進歩の無い・・・」
 ぼやきながらもどこか嬉しそうな南が二人を連れて教室を出て行くのを眺めてクラスメート達がやや和んだ瞬間だった。
「絶・好・調!」
 一度閉じた扉がその数倍の勢いで開かれた。
「が、学園長!?」
 そこに腕組みをして仁王立ちしていたのは六合学園の学園長、今戦いたい相手はボブ・サップという豪龍院醍醐であった。
「うむ、諸君らの企画興味深し!ワシも友人と共に堪能しに来た次第!」
「・・・俺は別にいいんだがなぁ」
 その隣で苦笑している長身の男に目をとめ、受付をしていた愛子はくいっと首をかしげる。
「あの、風間さんのお父様ですか?」
「ぐっ・・・まだ違う!」
「神楽坂よ。どんなに遠回りに考えても今のは墓穴であろう」
 豪龍院は長身の男・・・神楽坂雄大の背中を張り飛ばして笑う。
「ごふっ・・・醍醐っ!てめぇは・・・俺の背骨を折る気か!?折りたいんだな!?よしわかった。今すぐ勝負だ!刀の錆にしてくれる!」
「いやいや、ワシなりの友情表現である!」
 自信満々に言ってくる豪龍院を睨んで雄大はちっと舌打ちをした。そういった仕草は、たしかに恭一郎と良く似ている。血は繋がっていないのだが。
「えぇと、とりあえずお客様ですので、いらっしゃいなのです」
「うむ。この箱からくじを引くのだな?」
 豪龍院は抽選箱に手を入れようとして動きを止める。
「・・・入らん」
「・・・でかすぎるんだ。お前の手は」
 雄大は無念そうな醍醐を押しのけて代わりに箱の中からボールを引き出す。
「3番さん、出番ですよ〜」
 愛子の案内で個室に入った親父二人はどっしりと座って辺りを見渡す。
「ふむ、頑張っておるな。内装も丁寧につくっておる」
「・・・衣装は、裁縫部だっていってたな。葵も手伝ってるらしい」
 なんとなく言葉を交わしている間に、しゃっという布ずれの音と共に間仕切りのカーテンを開いた。
「・・・いらっしゃいませ。担当メイドを勤めさせていただきます。24・・・いえ、トゥエニーと申します」
 現れたのは、文字通りのメイドであった。ぴんと背を伸ばしきっちり30度のお辞儀をする。
「これはこれは、違和感のない・・・」
 自宅でプロのメイドを雇っている雄大は苦笑気味にトゥエニーを観察する。
「ありがとうございます。一応本業はメイドですのでおもしろみにはかけると思いますが、ご奉仕のレベルには多少の自信がございます」
 優雅に一礼してメニューを差し出し、トゥエニーは二人のそばに控えた。
「ご注文がお決まりになられましたらお申し付けください」
「うむ。どうする?神楽坂」
「そうだな。洋菓子は苦手だし、コーヒーだけでいい」
 かしこまりました、と一礼して退室するトゥエニーに豪龍院はうむと満足げな声を漏らす。
「実に見事だな。神楽坂。関係はないが裕子のお辞儀も極めつけに綺麗だぞ」
「はいはい。言っちゃ何だが、沙夜花も葵も礼儀作法は完璧だ」
「・・・ワシの印象だと志野森はどこでも薙刀を振り回す凶暴女なのだが」
 それはお前に対してだけだ、と雄大は意地悪く笑う。
「おまたせいたしました」
 やがてトゥエニーがコーヒーをトレイに載せてやってきたので話は中断した。
「しかし良く出来てるな。その服」
「ありがとうございます。ヘッドドレスは自前ですが、他は裁縫部に発注しております。このエプロンはお客様のお嬢様の作品とのことです」
 雄大はおお、と歓声を上げる。
「やはり葵はいい仕事をする。俺が着てみたいくらいだ」
「はっはっは。違いない。男モノのサイズもあると聞いたから着てみたらどうだ神楽坂。さすがにワシのサイズに合うものはないだろうから一人でな」
 豪快な笑いと共に言った豪龍院の台詞にトゥエニーはカタリと首をかしげた。
「・・・ございますが?」
「は?」
 聞き返した雄大にトゥエニーは軽く頭を下げてからパチリと指を鳴らした。
「不破様、鬼島様用の衣装と・・・そうですね、ナイン様用の衣装をお持ちください。オーダーが出ましたので」
「な・・・ちょっと待て!俺は別に注文したわけでは・・・」
「問題ございません。既に本人の出番は終わっておりますので」
「トゥエニー、持ってきたけど・・・これどうするの?」
 二人分のメイド服を持って現れた亜美子はやや青ざめた顔でこちらを見つめる二人の親父にきょとんとする。
「お客様が、このメイド服を着てみたいとおっしゃっていましたので」
「待て!だから本気じゃあ・・・」
「なるほどー!おもしろそうだね!みんなちょっと来て!学園長達がメイド服着てみたいって!」
 亜美子の呼び声に答えてわらわらと現れる男子生徒。その目には一様に、『俺の味わった恥ずかしさを一人でも多くの男にも味あわせてやる!』という強い意思が見受けられる。
「さて・・・ワシはそろそろ・・・」
「待てや醍醐・・・まさか逃げる気じゃあないだろうな?」
 雄大はやや据わった目で豪龍院を睨み、何処からか取り出した日本刀の鍔に指をかける。
「む・・・ワシは今この時も絶好調・・・一応」
「みんな〜!着替えさせるぞ〜!」
 応・・・という声と共に男子生徒達は親父×2へと襲い掛かり・・・
 そして、恐怖の幕が開く。


「私達の劇、今年も大好評みたいだよ。恭ちゃん」
 神楽坂葵は傍らを歩く恭一郎に微笑を向けた。剣術部としての公演も終わり、ふたりでぶらぶらと、もしくはらぶらぶと模擬店を見て回ったりする。
「おうよ。2年続けて幽霊の書いた脚本で劇をやるとは思わなかったけどな」
「恭ちゃんと愛里さんの連携も去年より更によくなってたしね」
「・・・一応言っておくが、妙なかんぐりはよせよ?」
 苦笑まじりの恭一郎の腕に葵はぺたんとしがみついた。
「大丈夫。愛人さんの一人や二人は男の甲斐性だから」
「それは、大丈夫じゃねぇと思うが・・・」
 呆れたように言って恭一郎はふと顔をしかめる。
「どうしたの?恭ちゃん」
「いや・・・なんだか・・・聞きなれた声と共に猛烈な悪寒が・・・」
「?」
 葵は首をかしげて廊下の向こうに視線を投げた。投げてしまった。
「お・・・」
 だから・・・それを、見た。
「お父様!?」
 日本刀片手に駆け回る男。神楽坂一族という名門の当主であり、その肩にグループの何万人という社員の命運を担う男。
 神楽坂無双流剣術継承者。葵の父。
 恭一郎の師匠であり、まだ越えられぬ、高すぎる壁。
 神楽坂雄大。
 メイド服、着用済み。
「・・・・・・」
 葵は、無言で背後に倒れ込んだ。
「あ、葵っ!あのクソ親父!何をトンチキな格好してやがる!」
 気絶したらしくぐったりと脱力してしまった葵を背負い、恭一郎はダッシュで雄大の元へ向かう。
「馬鹿親父!何やってんだよおい!」
「きょ、恭一郎!ちょうどいい、援護しろ!」
 雄大は追い詰められた獣の目で叫ぶ。
「援護・・・?」
「そ、そうだ!奴ら正気ではない!俺に無理矢理こんな服着せた上で・・・く・・・」
 苦しげに俯く雄大に葵はがばっと顔を起こした。
「お、お父様!そんな姿にされたうえに更に何かされたのですか!?」
「あ、葵っ!?み・・・見るな!こんな父の姿を見ないでくれ・・・!」
 逃げようとする雄大の襟を恭一郎は素早く掴んだ。葵は目を潤ませて言葉を続ける。
「お父様・・・教えてください!いったい、何が・・・」
「い、いや・・・まだ、されてはいない。されてはいないんだが・・・来た!」
 ビクリと震えた雄大の視線の先には、無表情に走り来るトゥエニーの姿があった。手に、きらりと光る刃物を携えている。
「!?・・・襲われているのか!?」
「大まかに言えば・・・ただ、狙いは命じゃない」
 豪胆な雄大が、今はチワワのように震えていた。恭一郎は知らず木刀に片手をかけ、いつでも動けるように背後の葵を背負いなおす。
「神楽坂様、困ります・・・」
 トゥエニーは迫る。
「あの女・・・狙っているんだ・・・俺の・・・」
 雄大はくっ・・・とつらそうに俯いた。
「俺の、スネ毛を・・・」
「は?」
 恭一郎の声には、何の感情も込められていなかった。
「神楽坂様、無駄毛の処理をなさらないと視覚的に不具合が・・・」
「だから!普通の服に着替えれば済む話だろうが!」
「お嬢様のおつくりになったメイド服を着てみたいとおっしゃったのは神楽坂様ですが?」
 至近距離までやってきて放ったトゥエニーの一言に葵はカタカタと震えながら雄大を見つめる。
「お、お父様?」
「ば、馬鹿!違う!別にそういうことでは・・・!」
 うろたえる雄大に葵は優しく頷く。
「う、うん・・・大丈夫。お父様にどんな趣味があっても・・・わたし、お父様のこと、大好き・・・だから・・・」
 恭一郎の肩に顔をうずめて震える葵に雄大は真っ青になる。
「あ、葵っ!?葵っ!?」
「ご、ごめんなさい・・・お父様・・・」
「さあ、神楽坂様。剃りますよ」
 構わず迫るトゥエニーと葵の間で視線をさまよわせた雄大はやがて覚悟を決めた顔で恭一郎を見つめる。
「恭一郎!」
「すまん。俺はホモにも親父愛にも興味がない」
 雄大の額で、血管が数本まとめてはじける。
「俺にもないっ!女装趣味もない!それを葵にも説明しておいてくれ!さもないと神技の残りは教えてやらん!」
 叫びざま、雄大は手近な窓を開け放ち宙に身を躍らせた。
「!・・・神楽坂様!メイドとして・・・そんな身だしなみでお客様の前に出ることは許せません!」
 トゥエニーもまた、その窓から飛び出していく。
「・・・3階なんだがなぁ・・・ま、今更おどろかねぇけど」
 恭一郎は軽く肩をすくめて開け放たれた窓を閉め、背負っていた葵をその場に下ろした。
「なぁ・・・葵」
 呼びかけられた葵にはまだ言葉を返す余裕がない。
「・・・葵、そんなに笑えたのか?」
「・・・うん」
 気を抜くと転げまわって爆笑してしまいそうな自分を必死に抑え、プルプルと震えながら葵はようやく一度だけ頷き・・・
 
 努力もむなしく、その場に転げまわって大爆笑した。


「はい、主将による氷柱割り実演でした。これにて空手部の演目、全て終了とさせていただきます。ありがとうございました〜」
 司会役の部員の声に観客は拍手を返す。
「すごいですね〜!春彦さんも出来るんですか?」
「・・・俺が高校生のときも、この演目はあったからな」
 見学していた春彦も傍らの冬花と共に拍手をしながらそんな言葉を交わしていたが、ふと視線を感じて顔を真横に向けた。
「あ」
 そこに居た小柄な空手部員らしき少女が軽く声を上げる。
「やっぱり山名さんだ!お久しぶりです!あの、覚えてますか?来栖もなみです!」
「ああ・・・以前『破陣』の打ち方を教わっていった少女か。約束どおり、一度しか打っていないだろうな?専門の修行でもしなければおまえの筋力では反動が大きすぎる」
「はい!でもその一回で最高の戦果を挙げましたから!」
 にこっと笑ったもなみはパンっと手を叩いて部屋の隅に視線を投げた。
「猟くーん!主将ー!ちょっと来てくださーい!」
「む?」
「なんだ?」
 部屋の隅で演舞の出来について話しあっていた二人は呼び声に答えてもなみの傍に歩み寄り、春彦を見て驚きの表情を浮かべる。
「山名先輩、お久しぶりです」
「え!?・・・主将が敬語!?」
 驚愕の声をあげるもなみの頭蓋骨を空手部主将・・・楢崎は鷲掴みにしてギリギリと締め上げる。
「ほう、その生意気な台詞を考えた脳みそはここに入ってるのか〜?」
「う、うあわ!ゆ、ゆがみます!頭蓋骨歪みますよ主将〜!」
「む・・・主将。やめてくれ」
 鬼島猟は困った顔・・・この空手部以外では滅多に見せない表情で楢崎の腕を掴んだ。
「ちぇ。つまんねぇなあ。もなみは猟にべたぼれであんまりいじるのもなんだしなぁ」
「うわ!わーっ!わーっ!わーっ!」
 ぶんぶんと腕を振り回し、大声を出して誤魔化そうとするもなみに春彦は軽い笑みを浮かべて傍らの冬花を抱き寄せる。
「そうか・・・男女が逆だが、俺達もそういう関係だ」
「む・・・」
 鬼島はその言葉の意味に一瞬だけ視線を鋭くし、すぐにそれを止めた。
「そうか。その少女もか」
「ああ」
 いっそあっさりと頷く春彦に頷き返し、鬼島はふとあることを思い出して口を開いた。
「そういえば、例の技・・・破陣だったか・・・あれは何の技なのだ?」
「・・・竹上流無手武技(タケガミリュウムデイブギ)・・・神八式と呼ばれる古武術の一つだ。他に剣や槍、弓などがあるらしいが詳しくは知らん。とりあえず、どの流派も『神』の字は入るらしい」 
「え?あの、春彦さん。竹上流に『神』って字は入ってませんよ?」
 冬花の質問に春彦はそれなら、と頷く。
「本来は『武神流』と書く。これで『タケガミ』・・・何故字が変わったのかは知らないが・・・まあ、なにかいざこざでもあったのか、それとも俺の師・・・いや、母親だが・・・は傍流なので正式な名を名乗れないのか。まあそんなところだろう」
 鬼島は軽く手を握ったり開いたりし、春彦に向き直った。
「あの技、俺にも・・・」
 教えてくれ、と続けようとした瞬間。
「うわああああああああああああああああ!?」
「ぎゃああああああああああああああああ!?
 入り口付近で響いた悲鳴に四人の目がそちらへ集中した。
 そこに。
「が、学園長・・・だよな?」
 豪龍院醍醐が立っていた。その筋肉は見間違えるはずもない。
 だが・・・それでも楢崎が『だよな?』をつけざるを得なかったのは・・・彼が、メイド服を着ていたからである。
「・・・俺の、だな」
「り、猟くんの!?あの服が!?」
 この世の果てでも覗き込んだかのような表情になったもなみに猟は苦笑して首を振った。
「衣装だ・・・学園祭用の・・・」
「あ、そうなの・・・それも、ちょっとやだけど・・・」
 そんなことを話しているうちに豪龍院は鬼島の姿を見つけドスドスと近づいてくる。
「う・・・」
「む・・・」
「ぐ・・・」
 三人の空手使いが反射的に構えをとりかけてやめる中、豪龍院は深いため息共に呟いた。
「今のワシ、まさにプチ好調・・・」
「な、なんだか物凄く疲れてますね・・・」
 もなみは信じられないと首を振りながら呟く。実際、不死身の肉体と無限のタフネスを持つと言われる豪龍院が元気でないというのは、かなり珍しい。
「いや、注目するのはそこじゃなくて服装だろ!?見たくないが・・・」
 楢崎は顔をしかめながらそう言って豪龍院の着ているメイド服を指差す。
「うむ!実はそのことで貴殿に頼みがあるのだ。鬼島猟」
「俺にそちら側の趣味はない。持って行って結構だ」
 冷たく言われて豪龍院は首を横に振った。
「いや、ワシもだ。そうではなくて、他の服をくれと言っておる」
「り、猟くんの・・・服が欲しいんですか!?」
 再度恐怖におののき始めたもなみに豪龍院は再度首を横に振る。
「サイズが合うことが立証されているからにすぎん。ワシは女房一筋だ・・・一応」
 初恋の人がどこから監視しているかわからないが。
「1−Xのメイド喫茶に行ったのだが・・・何故かメイドたちに襲われたのである。で、この服に無理矢理着替えさせられたというわけだ」
「無理矢理って・・・校長ならいくらでも抵抗できたでしょうに」
 もなみに聞かれた豪龍院はむんっと筋肉を誇示しながら胸を張る。
「無論である。が、ワシが本気で暴れたら学生が怪我してしまうのは必至。故に、予算編成戦以外では生徒達に暴力を振るわないのだ」
「・・・俺が生徒の時には3日に一度は必ず襲ってきやがったくせに・・・」
 春彦のぼやきに取り合わず豪龍院は鬼島に向けて手を合わせる。
「ワシの着物は隠されてしまったしサイズの合う服などそうそう転がってはおらんからな。だが鬼島君の服ならば今のメイド服がピチピチとはいえ着れる以上他のものも着れる筈」
「・・・む。その格好で出歩かれては・・・精神に傷を負うものを増やしかねない。ジャージでよければ」
 鬼島はそう言って更衣室へ向かった。
「頼む。こんな姿を妻に見られては・・・」
「見られては・・・なんですか?学園長」
 声は、鬼島のものではなかった。楢崎のものでも、春彦のものでもない。当然冬花のものでもない。
「ゆ、裕子!?」
「・・・私に隠れて・・・メイドプレイですか。しかも・・・しかも、自分が着るとは・・・」
 学園長秘書、豪龍院醍醐の妻。豪龍院裕子がそこに居た。いつ来たのか、夫のすぐ後ろに。
「ま、待て!それは誤解である!」
「あれですかあてつけですかわたしにはそういうかわいらしいふくがにあわないからってじぶんできるとはあんまりじゃないですかそれはわたしだってたまにはふりるとかいいかなっておもったりもしますけどどうせにあわないからってやめてるのにわざわざ・・・」
 ぷるぷると拳を震わせている裕子に豪龍院は久しぶりに・・・実にひさしぶりに青ざめた。
「酷いですよ!先生っ!」
 錯乱のあまり口調が学生時代に戻っている裕子を前に、豪龍院もまた、学生時代以降ほとんど経験のない行動に出た。
 つまり。
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!」
「あ、逃げた」

 

「・・・・・・」
「あっちに逃げたぞー!」
「・・・・・・」
「うわあああ!が、学園長・・・か!?」
「・・・・・・」
「きゃあああ!変態ぃぃっぃぃぃぃぃっ!」
「・・・・・・」
 南英香は、学園中に伝播していく大混乱を前に、がっくりと膝をついた。
「・・・えっと」
 川井は頭をかきながら水城と顔を見合わせ、大きく頷く。
「取り敢えず確かなことは・・・俺達、今回は悪くないよな?」
「ああ。何もしてない」
 確認しあってから二人は南の両肩をぽんっと叩いた。
「「だから、気にすんな!」」
「するわぁああああああああっ!」
 午後四時ちょうど。南のダブルアッパーが川井と水城を吹き飛ばしたのを合図に、太極祭はその幕を閉じたのだった。


ちなみに、大騒動の中心であった1−X組は風紀委員会の通達によって人気投票の対象外になったが、生徒会から特別賞を授与されることになった。

『学園に与えた影響は一番でかかったで賞』

 賞品は学食のランチ券を一人一枚だったらしい。