「願いが強ければ世界だって変わる」
 かつて私にそう言った人が居る。この揺らぎに満ちた世界では、人の思いが世界の法則すら越えて働くのだと。それは、限定された、ささやかな奇跡。
 だから結局、私のこの『能力』もそういったモノの一つなのだろう。
 この力は、きっと私の願いそのものなんだ・・・


2000/02/01 16:25 喫茶店「オーディナリィ・ポップ」

 目の前の少年を、私は何とはなしに見つめていた。
 コーヒーにミルクを垂らしてかき混ぜている彼は私よりも七歳年下の17才。本来は紅茶党だけど彼を満足させられる紅茶はよほどの店に行かないと出てこないのでここで会うとき彼はいつもコーヒーを飲んでいる。
 十人に聞けば八人はかっこいいと答えるであろうその顔に人好きのする笑みを浮かべてこちらを見つめているけど、心の中にはわずかな『焦り』と『心配』が有るのが、私には『わかる』
 多分時間を気にしてるのだろう。学校帰りにいきなり呼んだのはちょっと厚かましかったかもしれない。でも、一番大きな感情は『楽しい』だし少なくとも心の中に『迷惑』は無いようだ。少しは安心してもいいかしら。
「・・・さん?あやかさん?」
「え?」
 声をかけられてようやく私は我に返った。
「ああ、戻ってきた戻ってきた。おかえりー」
「あはは・・・ごめんなさい。また『入って』たみたいね」
 私はちょっと赤面した。
 人の『感情』や物に込められた『思い』を自分の物として感じ取れるこの能力を、専門的には共感能力・・・エンパスと言うらしい。私の持つその力は時にそちらへと神経を集中させてしまい自分の心を置き去りにしてしまうことがある。
 見た目にアブナイので気をつけてはいるんだけど、今でも時々『入って』しまう。
「まったく、しっかりしてよあやかさん」
「ほんとごめんね。姫山君急いでるのに・・・」
 姫山君は少したじろいだ。
「な、なんでわかったの?顔に出てた?」
「ふふ・・・女のカンかしらね。この後デートなんでしょ?」
 私が少し意地悪な笑いを浮かべて言うと姫山君は苦笑と共に頭を掻いた。
「うーむ。次のデートを悟られるようじゃ男として失格だなあ」
「姫山君・・・それ以前に掛け持ちは止めた方がいいわよ?」
 彼は肩を竦めて答えない。やれやれ、やっぱり言っても無駄みたいね。まあ、そのむやみに広いつきあいが私の求める噂話のよい情報源なのだから、いきなり真面目になられても困るのだけど。
「で?何か心当たりはあるの?」
 私は彼を更正させるのを諦めて本題を切り出した。
「妙な噂・・・あるっていえば、あるんだよ」
 姫山君は不意に真顔になった。
「今回は噂だけじゃなくて俺も実際確認したんだけどさ、何か妙な宗教って言うか・・・サークルみたいなのが広がってんだよ。しかも凄い勢いで」
 私は眉をひそめた。
「宗教?」
「そ。活動内容はまあ友達を作ろうみたいな感じなんだけど・・・どうもおかしいんだよ。俺が付き合ってたそのサークルに入った娘が五人まとめて俺のことふってきてさ」
 姫山君はそこまで言ってちょっと顔をしかめた。プレイボーイを自認する彼にとってそれはだいぶ屈辱的な話なのだろう。
「それでその理由が『あなただけを特別視できない』だってさ。しかも俺もそのサークルには入れとかなんとか。片山とか館川とかまでだぜ?」
「で?入らなかったワケね?」
 姫山君は苦い顔で頷いた。
「ああ。何か・・・危険な気がしたんだ。ほら、覚えてるだろ?例の天使病。あの件と似た香りがするんだ。何の根拠もないんだけど・・・あれはヤバイよ」
 私は自分の顔が暗くなるのを押さえられず、窓の外を流れる人波を見つめるふりをして誤魔化した。
 天使病事件は・・・まだ私の中で処理し切れてない、古傷のような出来事だから。
「そのサークル・・・名前は?」
「・・・『リンカー』っていうらしい。活動場所はうちの学校のクラブ棟だけど最近はこの街のあちこちに支部があるみたいだ。人数も学校内だけだって百や二百じゃきかないレベルだよ。代表者は、うちの高校の3−B、遠藤幸恵」
 私がそれをメモしていると姫山君は眉をひそめて私の顔をのぞき込んだ。
「あやかさん・・・やっぱり行くわけ?」
「ええ・・・」
 頷くと彼はその端正な顔をしかめて頭を掻きむしった。心の中に『心配』と『いらつき』が渦巻いてるのが『わかる』
「あれは本当にやばいんだぜ?俺にはわかるんだ。そういうの」
 事実だ。姫山君自身明確には気付いてないみたいだけど、あの人によればそれは彼の『能力』らしいから。
「わかってるけど、でも・・・私は行かなくちゃならないの。ほら、仕事だしね」
 彼には本業の雑誌編集の一環だといって情報を聞き出している。一応一連の事件はまとめているけど・・・この記事を発表することは、多分永久にない。
「俺、ついてこうか?」
 あ、『迷って』る。
「これからデートなんでしょ?私は大丈夫だから。頼もしいボディーガードもついてるし」
 それも、二人もね。
「ボディーガード?・・・ああ、あの人か。でも本当に来るの?」
「嘘はついても約束を破ったことはない人だし・・・それに大丈夫、深入りするつもりはないわ」
 彼は『疑問』に思っている。まあ、確かにね。
「ありがとう、心配してくれて。姫山君は優しいね」
「そりゃあ、あやかさんにはまだデートして貰ってないからね」
 私は思わず苦笑した。苦笑なりに笑ったことで彼は少し『安心』した。
「まあ、気が向いたら一緒に食事くらいなら。それより時間、いいの?」
 姫山君はちらっと腕時計を見た。
「ん。もうすぐ来るよ」
「なに?ここで待ち合わせなの」
 私はちょっとあきれた。それでわるびれずに人をデートに誘うとは・・・
「あ、三郎君!」
 窓の外からかかった声に私達はそろって横を向いた。ガラスを隔てた通りに彼と同じ三咲学園の制服を着た女の子が立っている。
「あ・・・」「え・・・」
 私は声をあげた。女の子も同時に声をあげる。
「あれ?知り合いだったの?」
「え・・・うん、まあ親しいわけじゃないけどね。知ってるだけで。それよりいいの?彼女凄い顔で見てるわよ?」
 彼女の心は・・・『困惑』か。彼女は私とあの人の関係も知ってるし、誤解しないでくれたようだ。
「ん。じゃあ俺は行くわ。くれぐれも気をつけてくれよ?」
 姫山君はそう言い残して店を出て彼女と共に去っていった。
 私は去っていく彼女の後ろ姿をぼんやりと見つめた。
 終末を願った彼女もこんなに元気になった。今や『能力』も絶望もなく、ごく普通の、どこにでもいる女の子として。
 そう、人は変わっていく。拒んでも目をそらしても揺らぎに満ちたこの世界では変わらないでいることは出来ない。
 でも、世界がゆらいでいるから・・・変わっていくからこそ私達はどうしようもない現実からあがき、抜けだそうとすることが出来る。
 そういう世界を守れたことを・・・私は誇りに思う。


 2000/02/01 17:15 三咲学園

 私立三咲学園。町の中心に位置し、その可愛らしい制服で女の子にとても人気のある高校。そして・・・あの天使病事件が終わった場所。
 私はまた、ここに帰ってきた。
「・・・はい、では記事にする場合連絡して下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
 顔なじみの教師に了解を取って職員室を退室し私はクラブ棟へ向かった。
 夕日と校舎の組み合わせは、日本人の心に何とも言えない寂寥感を与える。赤い光とのびる影、遠くから聞こえる運動系の部活のかけ声。
 学校という空間全てに『楽しさ』『苦しさ』『嫉妬』『挫折』『恋愛』・・・本当に様々な思いが込められている。私にはそれが『わかる』
 私は『入って』しまいそうな意識を現実に戻してクラブ棟の前に立った。たしか二階の角だって言っていた。
 活動内容が明確じゃないのに部室があるっていうのも考えてみれば何か不自然だ。やはり、これが私の感じた『違和感』なのだろうか。
 大晦日に起こった最後の事件以来途絶えていたけど、それ以前には何度と無く感じた世界に対する『違和感』
 それは姫山君の『予感』と同じく、未だ外れたことがない。
 コンコン・・・
 私は意を決してドアをノックした。
「どうぞ。話は伺っています」
 中からはすぐに返事が返ってきた。
「失礼します・・・」
 私はドアを開けて部室に足を踏み入れた。
 中は極端にシンプルな内装をしている。会議室にあるようなスチール机が一つとその周りに置かれたパイプ椅子。インテリアらしいインテリアはいくつか置かれている観葉植物だけだ。
「はじめまして。ようこそ『リンカー』へ」
 机の端、いわゆるお誕生日席に座った少女が笑顔で口を開いた。彼女を中心にして座っていた数人の少女が同じような笑顔で会釈をする。
「こんにちわ。『キッチュ』編集部の桜井あやかです。今日は取材を引き受けて下さってありがとうございます」
「いいえ、私達の活動を紹介して下さるんですから、お礼を言うのはこちらです。あ、どうぞお座りになって下さい」
 私は進められるままに机の端、彼女の反対側に座った。
「えっと、あなたが代表の遠藤幸恵さんですか?」
「はい、遠藤は私です。でも代表っていうのは少し違うかも知れません」
 そう言って彼女は微笑みを浮かべた。思わず微笑み返したくなるような、人好きのする笑顔だ。
 でも・・・
 私は内心で激しく動揺していた。彼女の心が『わから』ない。
「代表じゃないと言いますと?」
 少し警戒しながら私は話を進める。
「同好会としての体裁を整えるために私が会長ということになっていますが、私はただ最初の『リンカー』だというだけです。私達に上下関係や代表っていう関係はないんです。私達全員が、『リンカー』ですから」
「先ほどからよく出てくる単語ですけど、『リンカー』っていうのはいったい何なんですか?」
 私が問うと遠藤さんと少女達は微笑んで頷いた。
「私達の団体名であり私達の総称なんです。それから、私達一人一人のことも『リンカー』って呼ぶんです」
 遠藤さんの隣の少女がそう言うとその隣の少女が引き継ぐように言葉を繋げる。
「意味はそのまま、『つながっているもの』です。私達には何の秘密もなく誤解もありません。私達の心はメンバー全てが等しく『繋がって』いるのです」
「繋がって、いる・・・」
 私が呟くと遠藤さんが大きく頷いた。
「言葉で言われても信じがたいかも知れませんが、比喩ではなく本当に私達の心は『繋がって』います。私達リンカーは今急激に増えていますがその全ての人たちわかりあえているんです。リンカーの誰かと『繋がる』ことは、全てのリンカーと『繋がる』ことと同義ですから」
「そんなことが・・・」
 私の言葉を遠藤さんが笑顔のまま引き継ぐ。
「できるんです。それが、リンカーです」
 確信と自信に満ちた顔だ。そしてそれは、他の少女が浮かべている表情でもある。
「どうやったら・・・その、『繋がる』ことが出来るんですか?」
 私は半信半疑を装って尋ねた。
 本当は、私も確信している。彼女がそうなのか、彼女たち全員がそうなのかはわからないけど・・・『能力者』だ。
「簡単ですよ。わかりあうことさえ望めば、あなたもすぐにリンクできます」
「え・・・」
 私はドキッとした。
 『わかりあう』願い。それは、私が何よりも大きな衝動として抱えている望み。
 もしも・・・もしも、彼女たちの力で本当にわかりあえるなら・・・
「お、お願いできます・・・か?」
 私は思わずそう告げてしまっていた。
 危険な力を秘めているかもしれないという理性や姫山君の警告が頭をよぎるけどそれ以上に強い衝動が私を突き動かす。
「では、私の目を見て下さい」 
 言われたとおりに私は彼女の瞳を見つめる。大きな、愛らしい目。その瞳は吸い込まれそうな光で私の視線を離さない。
「リラックスして・・・大丈夫。何も怖くない」
 静かに紡がれる遠藤さんの言葉が私の耳に・・・いや、心に届く。
「あなたは私・・・私はあなた・・・繋がっている」
 遠藤さんの声以外、全ての音が消えた。
 ちょ・・・これ、まずいんじゃないの!?
「警戒しないで・・・これからは『私』も『あなた』もないのだから・・・」
 一瞬だけわき上がった感情もすぐに消える。その代わりに、膨大な情報が私を押し流した。
 遠藤さんのこと・・・人目を引く容姿と敵を作らない性格のおかげで小さい頃からいつもリーダーをせざるをえなかった。でも、いつもそれがうまくいくわけもなく悩んでいたところにこの『力』が目覚めたこと。
 周りの少女達のこと・・・半信半疑で試してみた娘、人間関係に悩んですがりついた娘、嘘を暴こうと乗り込んできた娘。
 ここにいない全てのリンカーのこと・・・友達がリンカーで誘われた、噂を聞いて学校外の集まりを尋ねた、ネットで知った・・・
 男性も居たし女性も居た。若い人が多かったが青年から中年に至るまで幅広い年齢層の『リンカー』がいた。
 その全ての『リンカー』の事が、私の能力なんかとは比べ物にならないレベルで『わかる』
「何も、心配いらない・・・」
 呟きは、私の唇からこぼれた。
ね、大丈夫だったでしょう?
 ええ。心配していたようなことは、何もない。
うん。あたし達は繋がってるんだもん。
これを望んでたんだろ?
 そう・・・これが私の望んでいた・・・
僕が願っていた・・・
私の求めた・・・わかりあえる『力』
そう、人の垣根を取り払い・・・
もっと『上』の存在へ・・・
『あやか先輩』
 不意に、声が聞こえた。
『あやか先輩だけは・・・人間を見捨てないで・・・!』
 バチンッ!
 私は我に返った。
 さっきまでと何も変わらない『リンカー』の部室。机を隔てて座った少女達が今は驚愕の表情でこちらを見ている。
「美夜・・・」
 意識せず、言葉がすべり落ちた。
 天使になってしまったあの娘の・・・最後の言葉が私をリンクから切り離したの?
『何故だ』
 放たれた言葉は一つ。でもそれは、『リンカー』の少女全ての口から同時に放たれた。
『何故こばめる。何故リンクしない!』
「わ・・・私・・・」
 口ごもる。何故だろう。わかりあいたいのに・・・誰よりも私はそれを願っているのに。
『危険だ・・・おまえは危険だ!排除せねばならない!』
 彼女たちは同時に叫んだ。瞬間、私の心に強烈な感情が伝わってくる。
 これ・・・『敵意』!?
 私はとっさに立ち上がったがそれよりも早く『リンカー』の少女が二人同時に私に飛びかかる!
「きゃあっ!」
 なす術もなく悲鳴を上げる私に彼女たちの手が伸び・・・
 チッ!
 鋭い音を立てて彼女たちは崩れ落ちた。
「で、電波障壁・・・」
 私は思わず呟いた。彼女たちが私の前に展開された精神電波の壁に衝突したのがわかったのだ。
『くっ・・・』
 リンカー達は一斉に私に背を向けた。
「あ・・・ちょ・・・」
 私が口を開くよりも早くリンカーの少女達は窓を開け、遠藤さんを中心にひとかたまりになってそこから飛び出した!
「え?え!?」
 こ、ここは二階よ!?
 ぐしゅ・・・
 湿った鈍い音が響いた。私は慌てて窓に駆け寄り下を見下ろす。
「う・・・」
 思わず口を押さえてしまった。
 ひとかたまりになって飛び降りた意味・・・簡単なことだった。
 それは、クッションになるためだったのだ。おそらくは、中心にいた遠藤さんを守るための。事実遠藤さん自身は怪我一つなく走り去ってしまっている。
 そして、下になった何人かは・・・何人かは・・・足や腕を奇妙な方向に向けてぐったりとしたまま血を吐き出している。
 即死した人は居ないようだけど・・・きっと、元の体にはもう戻れない。
「・・・ここ、あぶないよ」
 呆然とした私を澄んだソプラノが現実へ連れ戻した。
 振り返ると、白い少女が微かな笑みを浮かべて私を見つめている。
「美鈴ちゃん・・・危ないってどういうこと?」
 あれ以来私を守ってくれている少女に尋ねてみる。さっきの電波も美鈴ちゃんのものだ。
「さっきのアレ・・・おっきくなってもどってくるよ」
 言ってからちょっと首を傾げる。
「増える?大きくなる?よくわかんない。けど、ここにいると危険だから・・・早く移動して」
「移動ってどこへ?それに翼さんは?」
「中心を、さがして・・・」
 それだけ言って美鈴ちゃんの姿はすっと揺らめき空気に溶け込むように消えた。
「中心?」
 私は呟きながら辺りを見回した。
 外はいつの間にか野次馬が集まりだしている。
 放たれている感情は『恐怖』に『好奇心』・・・それに。
「敵意・・・」
 私は一言呟いてからバックを掴み急いで外へ出た。階段を駆け下り茂みに飛び込むと同時に『敵意』を放つ生徒が二人階段を駆け登っていった。
 間違いない。私は『リンカー』全員を敵に回したんだ。
 幸い彼女たちの能力は私のと違って『繋がって』いる人の事しかわからない。私は彼らに見つからないように学校の外に出た。
「・・・こういうことばかり上手くなっちゃうわね」
 誰にも見つからないままに外へ出れて思わず苦笑してしまう。3ヶ月以上こういうことに首を突っ込んでいると否応なく適応力が出来てくる。
「ん・・・!」
 『敵意』を感じて私は角を曲がり身を隠した。スーツ姿の男性が足早に通り過ぎる。
 やっぱり、『リンカー』全員が動いている。でもなんで?何で私にそんなにも敵意を向けるの?繋がらなかったから?繋がれなかったから?
「中心・・・」
 もう一度呟いてみる。美鈴ちゃんが言ったんだから、きっとその言葉は核心をついているはず。今は私の側にいることが多いけど、元々あの娘はこの街の守護者みたいなものだから。
 中心。『リンカー』達の中心。遠藤さん?
 でも、私自身繋がったからわかるけどリンクの中での彼女は他の『リンカー』と同じ、いわば端末でしかなかった。でも・・・部室から逃げるときに、確かに彼女は他の『リンカー』に庇われていた。
 私は足を早めた。気付けば三咲学園の周りは『リンカー』の放つ『敵意』で一杯になっている。
 姫山君によれば三咲学園の中だけでも百や二百じゃきかない人数のリンカーがいる。この街全体だと何人居るか一度繋がった私にすらわからない。
 それだけの人たちが共通の目的に向かって一糸乱れぬ行動をとっている。
「わかりあえてる・・・のかな」
 寂しかった。わかりあえている彼女たちの中に入れなかった自分も、繋がっている意識を『敵意』のみで満たしている『リンカー』も。
「うっ・・・」
 また少し『敵意』の密度が上がり、私は頭を押さえた。強力な負の感情を『わかって』しまうと、それが原因で体調の不良が起きることがある。
「今回は百人以上の『敵意』だもんね・・・」
 呟いてから、私は何か引っかかる物を感じて眉をひそめた。
「今回は、百人以上の、『敵意』」
 区切りながら何が気になったのか考えてみる。
「百人・・・以上?」
 そう、それだ。
 私は目を閉じ、感覚をとぎすませてみる。
 あたりを動き回り、探し回っている『リンカー』・・・その感情は『敵意』・・・あまりにも平坦な・・・共通の『敵意』
 何故今は感じ取れるのだろう。最初にあったとき、彼女たちからは何の感情も読みとれなかったのに。
 疑問は他にもある。彼女たちは何故今になって私達の感覚に引っかかったのだろう。
 『能力者』を増やしていた彼も『覚醒』を促進していた『天使』もない今になって私は彼女たちに気付いた。
「っ・・・!」 
 目を見開き、私は絶句した。
 そうだ。根底から間違っていたんだ。でも・・・もしもそれが当たっているとしたら!
「・・・・・・」
 私は空を見上げた。それから深呼吸してもう一度目を閉じる。
 今度は更に感覚を大きく、大きく広げていく。普段自分に禁じているレベルよりも遙かに遠く。大丈夫、できる。私だって・・・戦っているんだから!
「ん・・・んっ・・・!」
 歯を食いしばる。膨大な、生の感情。押し寄せる波のようなそれから『リンカー』の『敵意』をより分ける。そして、その中から他と違う意識をより分ける。
 そう。『遠藤幸恵』・・・彼女は、やっぱり中心だったんだ。いろんな意味で。
 見失いそうになる『自分』を必死に繋ぎ止めながら私は彼女の手触りを探した。『リンカー』の意識の、わずかな違い。
「居た!」
 私は叫んだ。目を開けると現実の光景が少し歪んで見えてふらついたけど頭を激しく振って何とか立ち直る。
 そのまま一気に走った。大通りに出て、タクシーを拾う。もちろん運転手がリンカーでないことは確認済みだ。
「緑林公園までお願いします!」


 00/02/01 18:52 緑林公園前

 私はタクシーを降りて深呼吸をした。
 なるべく感じないようにしても、ひしひしと『敵意』を感じる。そして、わずかな『恐怖』も。
 意を決して私は歩き出した。入り口を抜けて、公園内に足を踏み入れる。
 普段なら平日の夜でもウォーキングにいそしむ主婦や散歩するカップルでそれなりににぎわっているのだけど、今日は人一人見あたらない。
 『リンカー』が通行止めにでもしているのか、この場所が危険だということが普通の人にも感じ取れているのか。
 ともあれ、私にとてもそれは都合がいい。きっと、戦いになるだろうから。
 緑林公園は広い。簡単なサイクリングコースすら造ってある本格的な自然公園だから豊富な樹と芝生が目に優しい。
 そういえば・・・この街に来て初めて遭遇した事件もここで決着が付いたんだっけ。
 そんなことを考えながら私は『リンカー』の集まっている中央広場へと急ぐ。どうやら向こうも私が来るのを察知しているみたいで、意識の大きさがさっきまでとは桁外れだ。
「・・・・・・」
 そして、私はそこへとたどり着いた。
 噴水のある、中央広場。そこに彼らは居た。
『やはり・・・ここへ来たか』
 数百の口から同じ科白が唱和される。はっきりいって、怖い光景。
「ええ。確かめなくちゃいけないから」
 私は言いながら彼女達に近づく。
 遠藤さんは・・・居た。噴水の真ん前、彼女たちの中心に。
「私を何とかすれば『リンク』が解けると思ったんですか?言ったでしょう?私達は全員等しく『リンカー』だって。しっかり私達の誘導に引っかかりましたね」
 遠藤さんは微笑みながらそう言った。数百人の『リンカー』もつられたように笑う。
 全員、同時に。
「・・・いい加減、遠藤さんの真似をするのはよしたらどう?」
 私はそれを無視してそう言い返した。
「・・・真似、ですって?」
 彼女の顔が歪む。
 『怒り』、『敵意』、そしてさっきよりも拡大された『恐怖』が私には『わかる』
「そうよ。あなたは遠藤さんじゃない」
「何を言っているのあなた。なら、私は誰なの?」
「『あなた』なんて、存在していないのよ。他の人もそう。一見個人の集まりに見えるけど・・・それは、そう装っているだけなんだわ」
 彼女の顔から表情が消えた。続いて、他の『リンカー』からも。
「ユニットが個別化しているんでひどくわかりづらかったけど・・・あなた達から放たれている感情は全員同じ種類、同じ質だったわ。わからないでしょうけどね、こんな事あり得ないのよ。同じ意志に支配でもされていない限り!」
 『リンカー』は無表情にこちらを見つめている。
「ネックだったのは、誰が支配しているかという問題。私自身『繋がった』から、構成ユニットの誰かが支配しているんじゃない事はわかった。だから、答えは一つ。誰も支配なんてしていないのよ」
「・・・振り出しに戻っているじゃない」
「いいえ、それが結論よ。そして回答はあなたが既に口にしたのよ」
 私は唇を嘗めた。数百人分のプレッシャーで口の中はからからになっている。
「『私』も『あなた』もない!あなたはそう言ったわ!その通り、『リンカー』は、全体で一つの意志!人間一人一人を単位とした『群体』なのよ!」
「な、なにを・・・」
「普段はユニットの収集を目的としてバラバラのまま活動している・・・多分、元となった人間のデータを使った自律プログラムみたいな仕組みで。だから私は遠藤さんからも他の人からも感情を受け取れなかった。でも、あなたは・・・『リンカー』は私をユニットに出来なかったことに驚いて目を覚ましてしまった!だから、あなたが操っているユニットからは感情が放たれていた」
 もはや『リンカー』は答えない。
「操るという言い方すら、この場合は当てはまらないかもしれない。あなたにとって一人一人のユニットは体の一部なのだから!」
 私は言葉が尽きたので口を閉じた。まだ全てが分かったわけじゃない。ここからが、本当の勝負だ。
『よくそこまで辿り着いた物だな』
 黙った私に『リンカー』が語りかける。最早遠藤さんが喋っている体裁を整える必要もないので全員の口を使ってだ。
『だが、それがわかったからと言ってどうなるというのだ?おまえにも多少は能力があるようだが、この規模にまで成長した私に勝てるとでも?」
「いいえ。それに、あの時あなたを退けた力は私の物じゃないわ。私を守ってくれる女の子の力」
 私は遠藤さんの体に視線を向けてゆっくりと言葉を続けた。
「防御専門の彼女の力を借りてもあなたには勝てないわ。でも、負けることも多分無いでしょうね。彼女の電波防壁を、いくら人数が多いからって普通の体で突破できるとは思わない方がいいわ」
 実ははったりだ。確かに彼女の防壁は強力だけど彼女にも私にも限界という物がある。私達は天使ではないのだから。
『・・・私がそれで引き下がるとでも思っているのか?』
「・・・さあ?」
 私は短く答えた。
『確かにおまえを殺すことは出来ないかもしれない。だが、おまえも『繋げて』しまえばいいだけのことだ!今度はさっきのような優しいやり方ではないぞ!抵抗なぞできると思うな!』
 言うなり『リンカー』の数百個の目がカッと見開かれた。私の中から一気に音が消える。心に数え切れないほどの『触手』が伸びる。
 確かにさっきとは押し寄せる威力が違う!抵抗など、するだけ無駄な強力さだ。何しろ向こうは1000人近い意識の集合体なのだ・・・
 だが!
『美鈴ちゃん!お願いっ!』
 心の中で叫んだ声に、確かな感触が答える。
 『リンカー』とは、人間の精神を一ユニットにした群体だと私は推測した。そして、それぞれを繋ぐことによってその形成を保っている以上、どこか一つに接触すればそこから遡ることでどの端末の意識だって探ることが出来る!
 ただ感じることしかできない私だけでは無理でも、彼女は・・・美鈴ちゃんは本来、心を操る『精神電波』の使い手。その協力が有れば!
『な、なんだ!?』
 『リンカー』の意識が驚愕の声をあげる。そう、彼女は私と『繋がった』ことがあるから私の能力はある程度把握していたかもしれない。でも、美鈴ちゃんのことまではわからなかった。
 だから、きっと夢にも思わなかっただろう。
 私が、この状況をこそ望んでいたことに!
『見つけた!』
 私は『リンカー』の中に広げた感覚で遠藤さんの意識を探し出した。間髪入れずに美鈴ちゃんが精神電波のメスをその中に突き込む。
『いまさら遠藤幸恵の意識を戻しても無駄だぞ!奴はきっかけにすぎない!』
 『リンカー』が叫ぶ。
『違う!あなたを構成する精神の中で、彼女だけが自分を隠していた!』
 切り開いた遠藤さんの意識から、さっき見た物とは別の記憶が漏れだしてくる。

 

「何で私を頼るの・・・!?」
「私は人の上になんか立ちたくないのに!」
「物わかりのいいリーダー!?違うっ!言いなりなだけ!ホントは、誰のこともわかってないのよ!わからないわよ!」
「なんで!?なんで人はバラバラなの!?みんな・・・みんな繋がっていればいいのに!」

 そして、黒いコートの男のイメージ。

「ならば、やってみるといい。みんなの心を繋ぎ・・・ゆらぎのない世界を」

 

『やっぱり!』
 私は叫んだ。
『あなたは遠藤さんの願いから彼が生み出した最後の能力者!その性質故に本体から離れているけど、あなたは間違いなく遠藤幸恵本人なのよ!』
 バチンッ!
「つっ!」
 精神の接続をいきなり切られて私はのけぞった。
『くっ!違うッ!違うッ!違うッ!』
 『リンカー』が絶叫する。
 彼女を形成するネットワークはインターネットのような複回線式ではなく一昔前のパソコン通信のように遠藤幸恵というホストを仲介して構成されている。
 だから彼女さえ何とかすれば他のユニットは『つながって』居られなくなり・・・数がそろわなければ存在できない『リンカー』としての意識形態は消滅するはず。
 そう思っての賭だったんだけど・・・やはり防御専門の美鈴ちゃんと感じ取るだけの私じゃ完全には切り離せなかった!
 『力』が・・・使いすぎてもう、『力』が入らない・・・
『何故だ!何故おまえは私を認めないッ!おまえも『繋がり』たいはずなのにッ!おまえは私と同じ筈なのにッ!』
「私は『わかりあいたい』のよ!『繋がりたい』わけじゃない!」
 体も精神も酷使しすぎて疲れ果てているけど、不思議とはっきりと叫ぶことが出来た。
「『繋がり』合ってゆらぎが無くなったように見えてもそれは幻想よ!わかりあうことを拒否して一つになったって『繋がって』居ない人は結局他人じゃない!だから絶え間なく人を取り込んで自分を増やしていく・・・でも、それでどうなるっていうの!?このまま進めばきっとあなたは世界中の人を繋ぐことになるでしょうね!」
 ふらつく足を必死に支えて私は絶叫し続けた。
「世界の全てを飲み込んで、自分以外居ない世界で一体誰とわかりあうって言うのよ!どうしようもないじゃない!だからあなたは自分を殺すしかなくなるんだわ!それは静寂に満ちた・・・」
 ついに膝が落ちた。地面に膝をつき上体を手で支え何とか倒れるのを防ぐ。
「世界の、終わりよ・・・」
『違うッ!私は間違っていない!違う違う違う違う違うチガガガガガガガガウウウウ!』
 『リンカー』が一斉に動き出した。
 頼みの美鈴ちゃんも無理をしたせいで弱々しい。多分、もう防壁一枚作れないだろう。
「・・・終わり、なのかな」
 私は呟いて体中の力を抜いた。私に出来ることは、もう無い。
 私は地面に倒れ・・・
「・・・やれやれ」
 すぐに抱き起こされた。
 視界に殺到する『リンカー』のユニットが写る。そして、いつのまにかあらわれ、私を横抱きにして立っている黒いコートの彼も。
「翼さん・・・」
「まったく・・・こういうときは呼べって言ったろ?」
 翼さんはわざとらしく顔をしかめて見せた。
「でも、ただ助けを待つだけの女は嫌いだっていったのもあなたですよ?」
「ま、言ったけどな」
「それに」
「それに?」
「ちゃんと、助けに来てくれたじゃないですか」
 のんびり喋っている間に『リンカー』はすぐそこにまで来ていた。いかにも力の強そうな男性のユニットが十人近く一斉に飛びかかってくる。
『シネエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッッッ!!!!』
 翼さんはそれに対応して軽く息を吸い込んだ。電気の粒がパチパチと飛ぶ。
 そして!
『どきやがれえええええええええええええっっっっっっっ!!!!』
 さっき私達が放った物とは全く違う、黒く強力な精神電波が物理的な力さえ発揮して襲いかかってきたリンカーをまとめて薙ぎ払った!
「翼さん!遠藤さんを!」
「わかってる!」
 私を抱いたまま翼さんは倒れた『リンカー』を踏み越えて遠藤さんへ迫る。
『サ、サセンッ!』
 叫びながら襲いかかってくるユニットを精神電波でなぎ倒し拳で払いのけ蹴り倒し翼さんは躊躇無く前進する。
『ナンナンダ!オマエハイッタイ、ナンナンダアァッ!!!』
 遠藤さんを守るように周りを囲んだ少女達・・・おそらく、三咲学園の生徒であり最初に彼女と『繋がった』少女達がカッと目を見開く。
『俺にそんな物が効くかぁっ!』
 だが、彼女たちの切り札である『リンク』は翼さんの黒い電波にあっけなく引きちぎられた。余波を受けて少女達は糸が切れたように倒れる。
 ただ一人無事だった遠藤さんはぺたんとその場に尻餅をついた。
「なんでなのよ・・・何で効かないのよ・・・あなた誰なのよ・・・」
 遠藤さんは私達の方を見てブツブツと呟き続けている。こっちを見ていても、私達自身を見ているわけじゃない。
「繋がりを失ったら『敵』を見ることすら出来ないか。もろいな」
 翼さんは冷たい瞳と声で彼女を打つ。
「やめてひきはがさないでひとりにしないでわからなくなるいやよ・・・」
「甘えるな!ゆらぎを拒み安易な道に走ったおまえに、救いなど有る物か!」
 ひときわ鋭い声に遠藤さんはバッと顔を上げた。
「あんたは一体誰なのよぉっ!」
「はっ・・・!あいつから聞いていなかったのか?」
 言ってから翼さんはにやっと笑った。電気の粒がパチパチとはじける。
「まさかっ・・・黒翼ッ!」
「BINGO!」
 翼さんが叫ぶと同時に膨大な電波が彼を中心に立ちのぼり、可視領域にまで圧縮された電波が激しく渦巻く。
 あたかも、黒い翼のように!
『砕け散れぇぇぇっ!!』

 そして滝のような電波が、全てに決着をつけた。


2000/02/01 20:17  桜井あやか邸

「遠藤さん達に・・・ひどいこと、してないよね?」
 私は服のままベットに横たわって翼さんに尋ねてみた。
「ああ。あいつら自身は被害者みたいなもんだからな。いつも通り、能力と関係ある記憶を破壊しただけだ。色々つじつまが合わないことが出るだろうけどそこまではしったこっちゃないな」
 翼さんは小テーブルの上にコーヒーを二つ置いて肩をすくめた。
「でも、今回は関係者が凄く多いし何人どこにいるかもよくわからないわよ?」
「大丈夫。あいつらって精神が繋がってたわけだろ?そのルートを伝って電波を流してやったからな。ま、コンピューターウィルスみたいなもんだよ・・・それよりコーヒー。飲むだろ?」
「うん」
 私は起きあがって翼さんの隣に座った。しばらく休んだから精神の疲労はだいぶましになった。
「・・・遠藤さんが、最後の能力者なのかな?」
 コーヒーカップを両手でもって私は呟いた。
「多分な。まあ、俺達が見つけたのが最後なだけで、能力が発現したのは結構前の筈だけどな」
「うん。11月の終わり頃に同好会が設立してるから、その頃にはもう発現してたみたい」 翼さんはコーヒーをすすりながら首を傾げた。
「しかし、何で今になって見つかったんだろうな。俺やおまえの感覚をこんなにも長く騙し続けてたってことか?」
 私はコーヒーの黒い水面を見つめる。
「多分・・・ちがう。最初はきっと・・・本当にわかりあえる能力だったんだと思う」
「どういうことだ?」
「『リンク』って方法自体は、多分危なくなかったんだよ。でも、『繋がる』人間が増えるに従って一人じゃ支えきれなくなって・・・群体としての『リンカー』が生まれた」
 コーヒーに広がる波紋。それは、私が震えている証拠。
「何でだろうね・・・ただ、わかりあいたかっただけなのにね・・・そのための能力なのに・・・何で世界を・・・私・・・私の『力』も・・・いつか・・・」
 知らず涙がこぼれた。翼さんに甘えてるなって思ったけど、やっぱり涙は止まらなかった。
「あやか・・・おまえとあいつの『能力』は、同じ『願い』から生まれたが、全く別の物だ。あいつは人とわかりあう努力を捨てて自己を拡大する方法をとった。おまえは不完全なままで人とわかりあう努力を選んだ。そりゃあ、完全にわかりあっているのはむこうかもしれないけど・・・ゆらぎを否定して『ずる』をすれば破滅もするさ」
 翼さんは私の涙を拭ってから自分の胸ポケットをまさぐった。
「翼さん、禁煙・・・」
「わかってるって。煙草はもう持ってない。ちょっと昔の癖で探しちまっただけだ」
 翼さんが苦笑する。わたしもつられて、ちょっとだけ笑った。
「・・・今、ちょっとした動作から俺が煙草探してることがわかっただろ?俺達って少しはわかりあえてるって事じゃないのか?」
「そう、なのかな」
「『力』の有る無しは関係ねえよ。俺もおまえも相手の心がわかる『能力』を持ってるけどお互いに使ったことは無いだろ?少なくとも、プライベートではさ」
 私が頷くと翼さんはぐっと私を抱き寄せた。私はコーヒーがこぼれないように慌ててバランスを取る。
「だからこれでいいんだよ。俺達は人よりも少しわかりあうために便利な『力』を持っている。そして、それに頼らないでわかりあおうとする。こんな風にな」
 言うが早いか翼さんは素早く私の唇を自分のそれで塞いだ。
「ん・・・」
 しばらくして、唇が離れた。
 相変わらず、強引なんだから・・・
「・・・あのね?」
 私は翼さんを見つめて口を開いた。
「『リンカー』と繋がったとき・・・向こうに取り込まれそうな私を恵美香の声が救ってくれたの。『人間を見捨てないで』って」
「意味、わかったのか?」
「うん・・・」
 翼さんは片眉をあげて私を見つめている。
「教えてくれるか?」
「ふふ・・・」
 私が笑ってみせると翼さんは不審そうに首を傾げた。
「何だよ一体?」
「さっき翼さんがやったことが答えよ」
「は?」
「つまり・・・能力がある人もない人もひっくるめて・・・人間は素敵ってこと・・・」
 言って今度は私から彼の唇を塞ぐ。

 私達は、ゆらぎに満ちた世界を選んだ。
 確かに人を越えて、ゆらぎのない世界に生きれば不幸せにはならないかもしれない。でも、きっと幸せを感じることもないはず。
 限定された力の中で、それでも頑張って望みを願い、かなえる人間は・・・
 きっと、何よりも幸せだから。

 だから私は、翼さんと一緒に掴み取ったこの人間の生きる世界を、誇りに思う。
 きっと誰よりも、誇りに思う。