「状況は?」
黒いシャツに黒いスラックスという黒ずくめの男に問われて警官は緊張した面もちで頷いた。
「犯人は6人。全員一室にまとまったまま延々と交渉を続けています。人質の・・・つまりあなた方のターゲットである少女もそこです。確認した限りでは犯人達の武装は種類はバラバラですがピストル各自1、サブマシンガンが計2・・・おそらくは爆薬も所持していると思われます」
「つーことはだ、いざとなったら自爆もあり得るって訳だな?」
男の隣でたばこを吹かしていた女は忌々しそうに呟いて首を振る。こちらも黒ずくめで、素材は全てレザーで統一されている。
「結局今回も奇襲だよ。たまんねーな」
「仕方あるまい。これも仕事だ」
肩をすくめる男に警官は数枚の紙をさしだした。
「犯人が立てこもっているホテルの見取り図です。こっちは部屋の内装ですが犯人達が動かしている可能性は高いと思われます」
「うむ・・・広いな、結構」
男の呟きに女は軽く笑みを浮かべる。
「日本のホテルだったら大変だよ。こっちの・・・アメリカのホテルならそれなりにスペースもあるから潜入しやすいってもんだ。いい事じゃねぇか春彦」
「ああ・・・装備はちゃんと整備したか?景子」
春彦の問いに景子は肩をすくめた。
「あったり前だろうが。おまえと違ってオレはまめなんだからな」
「耳が痛いな」
苦笑して春彦は傍らのテーブルに置いてあった装備を身につけはじめた。
薄い鉄板を仕込んだオープンフィンガーグローブ、防御力の高い厚手のコート、対弾・対閃光コーティング済みのサングラス、腰のベルトにナイフが数本。だがそれらはほとんど使わない。無論、全て黒い。
そして、仕上げに黒いニットキャップをグッとかぶる。
「よし。そっちの準備は?」
「待て・・・よし、行こう」
こちらは対照的に各部に拳銃とその弾倉、爆薬のたぐいを装備して景子は頷く。
「では、警察の方では説得を続けてくれ。SWATをこれ見よがしに待機させておくのも忘れずにな」
春彦はそれだけ言い残して歩き出した。じゃれ合いながら歩み去る黒ずくめの二人組を見送る警官に、若手の警官が不審気な声をかけた。
「先輩、あの二人は何者なんですか?この大事な現場を民間人なんかにまかせていいんですか!?」
「・・・そうか、おまえは初めてみるんだな。あの二人を。だが名前くらいは聞いたことがあるはずだぞ?”黒猫”の山名夫婦と言えばわかるか?」
新人の目がまん丸に見開かれた。
「あんなに若いんですか!?三桁に上る賞金首をあげ、マフィアを1ファミリー壊滅させた、はや伝説にまでなってる傭兵夫婦・・・それでいて死人はゼロだって言う・・・」
「おい、外はどうなっている?」
緊張した面もちで犯人Aは窓から外を覗いていた犯人Bに尋ねる。
「動きは無い・・・いや待て。畜生!SWATがいやがる!」
「なぁに、こいつが居る限りそう簡単には突入しねぇよ。交渉は!?」
人質の少女に銃を向けたままのAの叫びに、電話で延々と交渉を続けていたCはさっと振り向いた。
「電話では埒があかないので交渉人を寄越したいって言ってますぜ!」
「・・・警察とSWATを下がらせろ。それが条件だ」
ソファーに座り自分達の現場を報道するTVを眺めながらDが命令する。
「OKボス!」
Cが交渉を再開すると、それまでホテルの周りを隙間無く埋めていた警官達がゆっくりとその包囲を広げだした。SWATも人員輸送車に戻る。
「待て!SWATの連中は武装解除して見えるところに並ばせておけ!」
「OK・・・交渉人の件はと聞いてますがどうします?」
Dは少し考えた。
「いいだろう。入り口で武装してないかチェックするのを忘れるなよ?」
「まかせとけ!」
「抜かりはねぇ!」
玄関を固めていたEとFから威勢のいい返事が返ってくる。
そして数分が経ち。
ビーッ。
低いブザーが鳴った。
「来たか・・・油断するなよ!」
Dの声を受けてFは覗き穴に目を当てた。暗い。
「なんだ?」
呟いた瞬間、外開きだったそのドアが勢いよく開いた。支えを無くしたFは何が起きたのかわからぬまま廊下に転がる。
「一人」
春彦は足下のFへと足を振り下ろした。鉄板入りの異常に頑丈なブーツがFの腕の骨を粉砕する。
「な・・・!?」
叫びながらEが銃を構えたときには既に春彦は懐に入り込んでいた。
「疾ッ!」
密着から放たれた右拳が鳩尾に突き刺さり、Eはぐるんと白目をむき崩れ落ちた。
「糞ッ!奴ら裏切りやがった!」
Aは絶叫して人質に向けた銃の安全装置を解除した。
だが。
ガシャン・・・
軽い音と共に何か丸い物が傍らに転がった。
「あ・・・あ・・・」
割れた窓・・・その外に逆さでぶら下がって笑う黒ずくめの女と投げ込まれた球体を交互に見つめてBは口をパクパクと開け閉めする。
「しゅ、手榴弾!?」
Aが叫ぶと共に球体がまばゆい閃光を放った。
キュイィィィィィィィィィィンンンン!!!!
同時に耳をつんざくような轟音も。
「正解はスタングレネードだ」
ニヤニヤ笑いと共に呟いて景子は腰から拳銃を引き抜いた。
突入した春彦はソファーから立ち上がったDに疾風のような身のこなしで迫った。
「SHITッ!」
叫びながらサブマシンガンを構えたDがトリガーを引こうとした瞬間隣室からの轟音がDの注意を一瞬奪った。
そして、その一瞬は春彦にとっては十分以上長い。
「覇ッ!」
鋭い蹴撃で手の甲の骨を蹴り砕かれたDの腕からサブマシンガンが吹き飛ぶ。
「がっ・・・」
苦痛の声と共に無事な手で腰の拳銃を引き抜こうとしたDの首に手刀を打ち込み春彦はその場を飛び退いた。
「死ね死ね死ね死ね死ねぇええええ!」
Cが乱射する弾丸は不気味なほどに春彦を避けて通る。
「な、なんなんだ!?」
いくら撃っても当たらない事実にCが恐怖した瞬間、ふっと春彦の姿が消えた。
「ジーザス・・・」
呟いたCの背後にすっと春彦は現れる。
「目に頼りすぎだ。それと、轟音で三半規管を揺さぶられた状態で銃を撃ったところで当たるわけがあるまい」
呟いて春彦はCの首に腕を回し頸動脈を締め上げた。
「かはっ・・・」
Cはそのままあっけなく気を失う。所要時間はたったの二秒。
「さてと」
春彦は呟いて歩を進めた。
「景子、そっちはどうだ?」
声をかけ足を踏み入れた隣の部屋にはAとBが手を押さえて転げ回っていた。両の手のひらを外から打ち抜かれて。
「案外歯ごたえ無かったな。つまんねぇの」
そう言って笑いながら景子はブーツの踵で蹴り割った窓をくぐって部屋に入る。
「人質は?」
呟いてあたりを見渡した春彦の目が部屋の隅で座り込んでいる少女を見つけた。
「大丈夫か?もう終わった・・・ぞ・・・」
声をかけた春彦の動きが止まる。
「どうした・・・って何ぃ!?」
景子も同じように硬直した。
「えっと、ご苦労様です」
少女はそんな二人をキョトンとした顔で見比べてからぺこりと頭を下げた。年の頃は十歳ほどだろうか。顔立ちの整った美しい少女だ。
赤い瞳と白い髪の。
廊下で待つこと3分。待機していた警官隊が一斉に部屋へと踏み込んだ。公式にはこの時点で犯人達は逮捕されたことになる。
「”黒猫”!お見事でした!」
現場責任者である警官が駆け寄ってくる。
「仕事だからな」
素っ気なく言って春彦は少女の肩を叩いた。
「大変だったな。あとはこの男についていけば両親の元に帰れる」
「はい。本当にありがとうございました・・・あの、一つ聞いてもいいですか?」
少女はそう言って可愛らしく首を傾げる。
「ん?何だ?言って見ろよ」
景子に促されて少女は口を開いた。
「あの、どこかでお会いしたことはありませんか?」
「!」「!」
二人は同時に目を見開く。
「・・・・・・」
景子の視線を受けながら春彦はしばし考えた。
「・・・いや、気のせいだろう」
やがて放たれた言葉に少女は少し寂しげに笑う。
「そうですよね。すいません。なんだか、そんな気がしたもので・・・」
「・・・俺の方からも一つ聞いていいだろうか?」
春彦の言葉に少女は小さく頷いた。
「今、幸せか?」
簡潔で、それでいて難しい問いに少女はふわっと笑みを浮かべた。
「はい!」
「うむ。ならいい」
春彦も柔らかな笑みを返す。
「”黒猫”・・・そろそろいいだろうか。この子を連れて行くんだが・・・」
警官の問いに春彦はゆっくりと頷いた。
「では、協力に感謝します。後金はいつも通りスイス銀行に振り込むので」
「あ、あの・・・本当に、ありがとうございました!」
「・・・ああ、ちょっと待て」
立ち去りかけた背中を春彦は呼び止めた。
「?」
振り返った少女の小さな頭に、春彦はかぶっていたニットキャップをぽんっとかぶせる。
「記念だ」
そう言って笑う春彦に少女は一瞬驚きを、そして次の瞬間には満面の笑みを返していた。
「ありがとうございます!ずっと・・・大切にしますから・・・ずっと・・・」
大きすぎてずり落ちてくるその帽子を片手で押さえて少女は深々と頭を下げた。
涙は、別れには似合わない。
「・・・よかったのか?」
現場からほど近い公園のベンチに腰掛けて景子は煙草に火をつけた。
「ああ。次からはバンダナでも巻くか」
「そうじゃなくて・・・あの子、多分・・・」
口ごもる景子の肩を春彦はぐっと抱き寄せた。
「その名は呼ぶな。昔言ったことがあるだろ?俺達があの子をその名前で呼んでしまったら、本当にあの子はあいつになってしまう・・・時は、戻してはいけない」
「だけどよぉ!」
口から煙草をとばして叫ぶ景子に春彦は笑みを向ける。
「幸せだって言ってただろ?だから、それでいいじゃないか。俺には・・・おまえが居るんだからな」
「けど・・・うむっ!?」
さらに反論しようとした口を唇で塞がれて景子はそれ以上喋るのを諦めた。
「・・・くそ、日本を発ってから5年にもなるのに、まぁだオレはこういうのに慣れねぇ」
しばらくしてから身を離して景子は赤らんだ顔で呟く。
「それがまた可愛い」
「ぐっ・・・」
さらっと言われてさらに赤面する。負けっ放しである。
「ははは・・・」
春彦はそんな姿を愛しげに眺めて空を仰いだ。季節はおりしも春。風は柔らかく、新緑が心地よく香る。
「帰るか。久々に日本に・・・」
いままで執拗にさけてきたその国への帰還を春彦は口にした。
「ああ。そうだな・・・あいつらにもこのことを話してやるか」
大きく頷く景子に春彦はニヤリと笑って見せた。
「ちなみに、日本に帰ったら龍実町で結婚式やるんでよろしく」
「何っ!?」
のけぞった景子に嬉々とした表情で春彦は追い打ちをかける。
「ウェディングドレス・誓いのキス・ブーケ・ケーキ入刀。いやぁ、目に浮かぶなぁ」
「よ、よせっ!お、オレはそういうの苦手なんだ!」
「知ってるぞ」
平然と頷く春彦の笑顔を眺めて景子はぐったりとベンチに沈んだ。
「ったく・・・性格悪ぃぞ・・・」
呟き、それから笑顔を浮かべる。
いまだに戸惑うことも多い。春彦を呆れさすことも多い。
でも。
今、山名景子となった女は幸せに暮らしている。
ともあれ、いつも二人は一緒なのだから。
〜CherrySnow・WishMoon fin〜