「・・・ぼ、僕は。なんで・・・幻獣に食われたんじゃ・・・なかったのか」
 肉の残骸に埋もれて、狩谷夏樹は呆然と呟いた。
 激しくタイヤを軋ませて傍らに指揮車が止まり、その中に寿司詰めになって乗り込んでいた5121小隊の面々が・・・狩谷の『仲間』達が転ばんばかりに駆け寄ってくる。
「生きてまーす」
 真っ先に彼を見つけた坂下が大声を上げる。
「びょ、病院だ!病院!」
 あたふたしながら本田が叫ぶと芳野が涙ぐみながら携帯電話で救急車を呼ぶ。軍の回線を使えばよいものをわざわざ携帯で呼ぶ辺りが芳野らしい。
「止血します!」
 肉の残骸から掘り出された狩谷の手足を原が手早く応急処置していく。医療と言うより整備と言ったほうがいい手つきなのはこの際文句は言うまい。
「・・・だいじょうぶなのよ。これからはいいことしかおこらないの。ねー」
「にゃー」
 傍らでのぞみとブータが顔を見合わせて笑っている。
 結局、猫と少女がこの戦いの鍵となったのだ。何百万、何千万という大人が頭を悩ませたこの戦争の鍵となるその一戦の。
「やれやれ。どんな兵器より、小さな子の怒った声ですね」
 それを思い、善行が笑う。
「それが、正しい世界ってもんでしょう。それを知ったら、みんな馬鹿らしくて戦争をやめるんじゃないですかね」
 冗談めかした若宮の言葉に善行は苦笑したまま眼鏡の位置を直した。
「・・・違いない」


「やれやれ。ようやく終わったようだな厚志」
 その光景を眺めて舞は息をついた。多目的水晶の接続を解き、自由になった左手で肩をトントンと叩く。
「さすがに肩がこった・・・む!?今そなたおばさんくさいと思ったな?無礼な!」
「・・・・・・」
 返事のない速水に舞は首を傾げた。
「厚志?」


 尚敬高校屋上のヘリポートに『きたかぜ』を降ろし、芝村準竜師は校庭で降着姿勢をとっている士魂号を遠く眺めた。
「速水は・・・半実体形成器の力で戦い続けていられただけだ。戦いが終わり、絢爛舞踏である意味を失えば、その力は失せるのは当然だ」
「つまり、その・・・」
 口ごもった副官に冷笑を投げかけて準竜師は右の拳を左胸に当てた。
「無論、死ぬ。死になおすと言うべきか。最初の一撃の時点で奴はもう死んでいるからな」
 そしてこれまで幾度と無く口にし、戦いが無くなる日まで言い続けるであろうその言葉を準竜師は口にした。
「ゴッドスピード。速水」
 軽く息を吐き、芝村準竜師は踵を返して『きたかぜ』に乗り込もうと歩き出す。
 カツン。
 だが軍靴の踵を鳴らして準竜師は足を止めた。
「どうしました?」
 問う副官に視線を向け、少し迷う。
「・・・俺は、期待していたのだろうか?」
「は?」
 きょとんとした副官に困惑の顔で続ける。
「俺は、あいつが・・・速水がハッピーエンドを作り上げると期待していたのだろうか?誰も死なず全てが丸く収まるなどと、そんな都合の良いことを考えていたのだろうか?」
 そこまで言って言いすぎたとばかり口をつぐんで座席に座った準竜師に、副官は暖かい笑顔を向けた。
「それはそうでしょう・・・この戦争を憎んでいたあなたならば・・・」
「・・・芝村に感傷はない」
 仏頂面で呟く準竜師の隣に副官は腰を下ろした。
「戦争は終わりますよ。彼の功績によって」
「・・・ああ。奴には似合いの時代が来る。死を呼ぶ舞踏なぞではなくもっと・・・」  口をつぐんだ準竜師を乗せてヘリは上昇する。
 芝村準竜師はようやくそれを認めた。
 彼もまた、速水厚志を気に入っていたのだ。


「おーい速水ぃ!早く降りてこーい!」
 士魂号のカメラに向かって飛び跳ねながら滝沢が叫んだ。
「よくやったぜ速水。ご褒美に可愛い娘の二、三人も紹介してやるぜ」
 片腕にのぞみをぶら下げて瀬戸口がくだけた敬礼を送る。
「・・・おめでとう・・・おまじない・・・効いたわ・・・」
 ブータを抱えて石津が微笑む。
「幻獣をも許す心・・・感服しました」
 大げさに遠阪が感動してみせる。
 全ての人が同じ名を呼んでいた。
 速水厚志がいつもどおりにぽややんな笑顔で降りてくるのを、待ち望んでいた。
「・・・聞こえるか、厚志。皆がそなたを呼んでいるぞ」
 舞は士魂号複座型の特徴である上部ガンナーシートで呟いた。
 その胸に、パイロットシートから引っぱり出した速水の身体を抱きかかえている。
「駄目だぞ厚志。そなたはいつも周りに愛嬌を振りまいては私をイライラさせる。今だけは・・・今くらいは、そなたは私だけのものだ」
 呟いて血のこびりついた髪に顔を埋める。速水の身体は、その大半が破壊されていた。下半身は原形をとどめぬほど潰れ、ひしゃげ、腹にもコクピットの外壁素材が突き立っている。
「いつもそうだ」
 舞は生まれて初めて出会った愛しい男に囁き続けた。外部確認用の補助モニターに騒いでいる仲間達が映っているのを見てスイッチを切る。
「そなたはいつも自分一人で全てを決めて自分一人で何とかしてしまう。私を変えてしまった責任もとらずその笑顔で私を困らせるのだ」
 強く強く抱きしめても、いつも困ったように微笑んでくれた男は、冷たい感触をしか返さない。
「何が絢爛舞踏だ!何が人類の守護者だ!そうやって好き放題して居なくなってしまってはあの男と一緒ではないか!そなたまで私を置いていくのか!そなたは私のカダヤなんだぞ・・・!」
 舞は絶叫した。
 生まれて初めて、本気で、魂も千切れんばかりに泣いた。
「私は、そなたのことが好きなんだぞ!」

 その時、光が弾けた。

 青い光・・・芝村の色であり、精霊の光であるその光が狭いコクピットを満たす。
『・・・芝村舞殿』
 澄んだ声に、舞は涙に濡れた顔を上げた。
「・・・そなたは」
 コクピットモニターの突起にその小さな人影は立っている。青い光の粒をいくつも従えて、巫女神はすっと頭を下げた。
『イトリと申します・・・我が主よりあるものを預かりこの方を守護してきたものです』
 イトリはほんの僅か迷った後、決意に満ちた顔で口を開いた。
『英雄神を人の世に残すことは我が主の望むことではないのかも知れません。ですが、私は、いえ・・・私達はこの方をあなた方から取り上げたくはないのです』
 精霊の光は、ひしゃげて狭くなったコクピットを埋め尽くすように澄んだ青い光で満たす。
『私達の力でも、天より我等を見下ろすあの銃の力でも、死した者を黄泉帰らす事はできません。ですが、この方はまだ生きています・・・我が主より送られた、類い希なる強運故に』
 舞は大きく眼を見開いた。その視界の中で、イトリの姿が青い光に溶けるように薄らいでいく。
『呼んで下さい!この方の御名前を!あなたの思いを乗せて!私達が主のもとに戻される前に!』
 叫ぶように告げたその言葉と共にイトリの姿が消え、それを見届けることなく舞は腹の底から叫んだ。ほんの僅かな、幻想とも言える可能性に賭けて!
「厚志ぃっ!愛しているっ!ひとりにしないでくれぇっっっっっっ!」
 瞳を閉じ、舞は待つ。
 一秒経ち、二秒経ち。
 何も起こらない。光は既になく、何も聞こえない。
「私は・・・」
 絶望のあまり力が抜け、舞は崩れ落ちるように倒れ・・・かけて、柔らかく抱き留められた。
「舞、大丈夫?」
 聞き慣れた・・・自分の半身ともいえるその声を真っ白な頭で受け止めて、舞は閉じた瞼の間から暖かい雫を溢れさせた。
「そなたの方が重傷だ・・・人を気遣っている場合ではあるまい」
「その筈なんだよね・・・なんでだろ。傷がないんだけど」
 本気で不思議そうな声に、今度は無性に腹が立ってきた。
「厚志っ!」
「な、何っ?」
 急に飛び起きた舞に速水はのけぞった。
「今日という今日はもう容赦せんぞ!そなたはあまりにも残酷すぎる!人が気にしてるにもかかわらず薄い胸をまさぐるし、そのくせ優しいときはいやという程優しい。何でいつもそうなのだ!なんで・・・そんなにも私を喜ばすのだっ!」
 舞は目を白黒させている速水の胸に飛び込んだ。
「よいか!絶対に放さぬからな!これは強制だぞ!芝村の名にかけて私はそなたを一生放さぬ!でぇとも毎週するし他のことも、その、なんだ。いろいろするぞ!人類の守護者だろうがなんだろうが構うものか!私が好きなのだからな!」
 速水はしばらくの間戸惑っていたがやがて表情を柔らかくし、いつものように微笑んで舞の頭を抱き寄せる。
 しばらくの間泣きじゃくる舞の髪を撫でてから速水はふと気付いて声をあげた。
「あ、舞・・・」
「・・・なんだ?」
 ほんの僅か迷ってから困ったときの笑顔で告げる。
「さっきから、外部マイクのスイッチ入りっぱなしだったみたい・・・」

『こ、この益体無し益体無し益体無しっ!なんでそなたはどこまでも!』
『ちょ、ちょっと待って舞・・・うわっ、そこ痛っ!うわっ!』
 大破した士魂号から聞こえてくる人類を救った英雄達の痴話喧嘩に、5121小隊の面々は・・・特に善行と原と若宮は意地の悪い笑みを浮かべた。
 戦いは続くだろう。幻獣に関しては終わったとはいえこれから先も人間同士の、これまでよりも陰惨な戦いが続くはずだ。
 だが。
 このお気楽な英雄が居る限り。
 きっと最後は。


                              めでたしめでたし