「DRY」
唐突だが、俺は乾いている。
人間生きてりゃ喉が乾く。いわんや部活動なんぞでくそ暑い真夏日に半日防具付けて竹刀振ってりゃがっつん喉乾いても不自然ではあるまい?
もう一度繰り返す。俺は乾いている。そして、目の前には一つの水道。
普通ならすぐにでもむしゃぶりついて水道管までかじりつくすくらい水を啜る所なんだが・・・
「紅い・・・」
目の前の蛇口はやけになった前衛芸術家の作品よろしく錆で真っ赤っかだった。
そういや昨日水飲んで倒れた奴が居たって聞いたが・・・
賭けるか?俺の実力に。っつーか腹に。
駄目だ駄目だ駄目だ!そんな一か八かはできん。俺はよろよろとその場を離れた。
少し行けばたしか自動販売機がある。そっちで給水と行こう。
歩くこと数分、俺は目的地に到着した。
その間にも灼熱の太陽はじりじりと俺を焼き最早俺の喉は限界を超えた乾きに血も吐かんばかりの痛みを生み出している。嗚呼、いっそ血でも吐いてそれすすろっかなあ・・・
そんなことを考えながら自動販売機を見つめる。並んでいるのは数々のコーヒー、紅茶、お茶、スポドリ(スポーツ飲料)、青汁、豆(実在するぞ)、おでん(これもある)といった缶・缶・缶。
「よし、アOエリアス!君に、決めたっ!」
俺はポケOン風にオーダーを決めるとズボンのポケットの財布を取りだして・・・取りだして・・・
「・・・・・・」
尻ポケットをあさり鞄をひっくり返し靴を逆さに振る。結果、ゴミ大量に発生。
俺は空を見上げた。青い。空は今日もイイ感じに真っ青だ。多分俺の顔と良い勝負に。
落ち着け。ドンマイ、レッツゴー回想。家を出たときにはあった。練習後はどうだ?たしか副将の安田が財布を忘れたとか言って・・・喉乾いたって言うから財布出して、金貸して、10倍にして返せって優しい言葉をかけたら泣きながら遠慮したから俺の慈悲が受けらんねえのかこらって笑いながら言って後ずさりする安田に小銭を叩き付けて・・・
そして、そのまま出てきた、と。
ぐああああああっ!?更衣室に財布おいたままじゃねえかっ!安田ぁっ!殺すぞ!(八つ当たり)
どうすんだよ俺!打開策だ!打開策はねえのか!?
俺は静かに考えた。で、結論。
「どっかに小銭ねえかな?」
呟きながらあちこちのポケットの奥をさらう。
おっ?Yシャツのポケットから100円玉発見。続いて定期入れから10円玉だ!
ぐらしあすあっみーご!俺はその小銭を叩き付けるように投入口へ放り込んだ。
コインを入れた右手をひくモーションと同時に左手をクイックに突きだしアクエリアスのボタンを強打する。
「オキャクサマノオサレタショウヒンハ、120エンデス」
次の瞬間、乾いた合成音が無情な事実を俺に突きつけた。
なんだそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
俺はもう一度ボタンを押してみる。
「ナンドオシテモ120エンデス」
うぉっ!違うセリフが出るとは凄いなこの自動販売機。
「ニホンノギジュツハ、ニホンイチデスカラ」
なんか怖い上に言ってることがおかしいが・・・とりあえず話が通じるならありがたい。見ての通り財布がねえんだよ。後で返すから110円で売ってくれ。
「ダメデス」
そこをなんとか。
「ムリ」
無理は承知だ。
「ヤダ」
ふざけんじゃねえぞこらぁっ!俺は鋭いミドルキックで自動販売機を蹴り飛ばした。
「カヨワイオトメヲケルナンテサイテー」
どの口でほざくんだ機械。
「カラダハキカイデモココロハオトメ」
そう言うことはそのかくかくしたしゃべりを何とかしてから言え。
「こんな感じでいいかしら?」
マジかよ。最近の技術ってのはすげえな。本田技研もびっくりだ。
まあそれはそれとしてだ。本当に頼むよ。喉乾いて死にそうなんだよ。
「うーん、気持ちはわかるんだけどねー。あたしも自動販売機として料金はまけらんないのよ」
・・・これはこれで不気味かもしんねえな。
「なんか言った?」
いや何も。なあ、ほんとにどうにもなんないのかよ。こんな苦しんでる人間を見て少しは助けてあげようとか信用してあげようとか思わねえのかよ。
「女の子に手を上げるような人を信じろってゆーの?」
いやあれはだな。まだおまえが女だってわかってなかったからなあ。
「うわ、ひっどーい。最悪。バカチン。女の敵!こんなかわいい娘に向かって何言うのよ!」
むう・・・わかった。おまえは可愛い。最っ高にキュートな自動販売機だ。おまえ程美人な自動販売機は生まれてこの方見たことがねえ。
「心がこもってなーい」
うるさい。
「最後に愛してるよハニーを付けてワンスモアプリーズ?心を込めて」
・・・もういい。おまえに頼った俺が馬鹿だった。人間は人間らしく人間を頼るべきだったな。機械なんぞに頼るようになったら退化するよな、うん。
「今時機械抜きで生活なんて出来ないわよ」
そう言う問題でもない・・・お、いい感じに向こうから女の子が歩いてくるじゃねえか。
年は俺と同じ16、7ってとこか?ショートがよく似合ってて可愛いな。俺好みだ。
「あたしとどっちが可愛いかな?」
機械と人間を比べてどうする。
「ちぇっ」
ちぇっじゃねえよ。真剣に交渉すんだから邪魔すんなよ?
「はーい。せいぜいがんばってねぇ〜?」
黙ってろ・・・
「なあ、ちょっといいか?」
「え?私?」
「そ、君。いやー可愛いねえ。俺、なんか運命感じちゃうよ。どう?暇だったらどっかあそびに行かない?」
「うーん、あなたって好みのタイプだしちょっと遊んでも良いかなーってきもするけど・・・ごめんね。友達と待ち合わせしてるのよ」
「そっか・・・残念だな。ごめんな、時間取らせちゃって」
「いーのいーの。じゃあね」
「おう。じゃあな」
女の子はさっさと行ってしまった。僅差だったが失敗に終わったようだ。
「失敗に終わったようだ・・・じゃないわよ。交渉とやらはどうしたのよ交渉とやらは」
あー。えーと。
まあ、人生失敗はいくらでもある。
「馬鹿じゃないの?」
うお、なんかつっこみきびしーな。どうしたんだよ。
「別にぃ?あたしはどうもしないわよ」
なんか言葉の節々がとげとげしいんだが。
「知らないわよそんなの。死んじゃえ」
おかしなやつだな。何怒ってんだよ。
「怒ってなんかないわよ」
怒ってる・・・じゃ・・・ねえか・・・よ
「あれ?ど、どうしたの?足下ふらついてるわよ!?」
いや・・・脱水症状が・・・極限・・・
「ちょっと、ねえしっかりしてよ!」
そうだよな。太陽だって笑うさ。あっはっはっはっは。ほぅら、いつの間にか周りがお花畑だ・・・あっはっはっはっは。なんかきれいな川・・・
「駄目!渡っちゃ駄目!」
あぁ・・・オOレ兄さん。
「ネタ的にそれはヤバイわよ!って冷静につっこんでる場合じゃないわね・・・ねえ!お願いだからしっかりしてよ!せっかく会えたのに!まだ話したいことが一杯・・・」
その言葉も途中で途絶えて。
俺の意識は闇の中へと急降下していった。情けねえ・・・今時脱水症状で気絶かよ・・・
.
..
「あの・・・大丈夫ですか?」
かけられた声で目を覚ました。
「う・・・」
くらくらする頭を押さえてもらしたうめき声がかすれて聞き取りにくい。
「いきなり路上で倒れてるから・・・びっくりしましたよ?」
俺を抱き起こしているのは優しげな女性だった。うーむ、二十代中盤ってとこか?まあまあ美人だ。
「いや、平気ですよ。ちょっと脱水症状起こしただけですし」
俺は言いながら立ち上がる。女性も俺に合わせて立ち上がった。
「脱水症状ですか?」
「ええ。この馬鹿自動販売機が可愛くねえ事ばっか言うもんで」
かすれ声を何とか元に戻そうと喉をさすりながら背後の自動販売機をにらむ。
「可愛くないことを言う?自動販売機が?」
女性は目をぱちくりさせながら首を傾げた。
「そうなんすよ」
「・・・あの、それ機械ですよ?」
「いや、こいつは喋るんすよ。おい、黙ってないで何とか言えよ」
沈黙。ただひたすらに沈黙。
「おい、どうしたんだよ。さっきみたいにぺらぺら喋ってみせろってば」
それでも尚沈黙。
「あ、あの・・・」
ふるえている女性の声に振り向くと、ずいぶんと遠くに女性は立っていた。
「お、お元気なようなので私はこれで・・・」
え?あ!
「いや、違うんだこれは!別に俺は頭の方にキてる訳じゃ・・・!」
「ごきげんよう・・・!」
女性はものすごいスピードで後ずさって路地に消えていってしまった。
・・・おいおいおい。
「おいこら自動販売機!冗談にしては悪質だぞ」
自動販売機は答えない。
「こっちはなあ、のどが渇いて死にそうでさっきは本当に死ぬかと思ったんだぞ」
自動販売機は答えない。
「さっきおまえが一言喋ってくれりゃああの人から十円借りて飲み物にありつけたんだ」
自動販売機は答えない。
「何とか言えよ」
自動販売機は答えない。
「ふざけんのも大概にしろよおい!聞いてんのか!」
自動販売機は答えない。
俺は更に叫ぼうとしてせき込んだ。喉が渇いているという現状は悪化するのみだ。
そのとき俺は気づいた。
「幻覚・・・か?」
今までの会話全部、俺を蝕んでいる、今もまだ続いているこの乾きがもたらした幻覚だったって言うのか?
俺は喉と頭を押さえながら目の前の自動販売機を見つめる。
どこにでもありそうな、ごく普通の自動販売機だ。どこも特別なところなど無い。
「ごめんな・・・」
思わずそんな言葉がこぼれた。
「八つ当たりだよな。俺がわりいのに・・・ほんと、すまねぇ」
そうだ。幻覚を理由に罵倒されたんじゃ自動販売機もやってらんねえだろうし。
俺は乾いたため息をついて自動販売機に背を向けた。
しょうがねえ。その辺の家で水を飲ませて貰おう。クソ・・・みっともねえ。なさけねえよマジで。
ふらふらと歩き出す。そのとき。
「ビー・・・ガシャン」
背後で音がした。
電子音、そして、金属音。
ゆっくり、ゆっくりと振り返る。早く動いたら、全てが終わってしまう気がした。
「普通に考えたら、気のせいだよな」
呟きながら再び自動販売機を見つめる。
「さもなきゃ、幻覚の続きだ」
じりじりと近づいてみる。
「そんなこと有るわけねえよ」
取り出し口に手を差し伸べ、ゆっくりつっこんでみる。
.
カツンッ
.
手応えは堅かった。
スチールの安っぽい手触り。きんきんに冷えた感覚。流れ落ちる水滴。陽光を反射した輝き。その全てが、俺の感覚をとらえて離さない。
「うおおおおおおおおおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉっ!」
俺は吼えた。
ジュースの缶を握りしめただひたすらに吼えた。堅く閉じた目から涙がこぼれ落ちる。
みっともないのはわかってる。不気味なのも承知の上だ。
だが、それでも。
俺は真夏日の奇跡に感謝して、叫び続けたのだった。
. .
.
「一本だけだからね?」
.
.
.
<終幕>