ジリリリリリリリリリ・・・
 けたたましく鳴り響く今時ベル式の目覚まし時計を止めて、少女は長い髪をかきあげた。
「うぅん・・・」
 軽いあくびをかみ殺して少女は寝ていた布団を手早くたたみ押入にそれを押し込む。
 眠そうなその目が机の引き出しに止まった。
「・・・・・・」
 意味もなくあたりを見回してからその引き出しをそろそろと空けると、黒い布で包んだ写真立てがその中から姿を現す。
 少女はそっと黒い布を外した。
 木刀を片手にニヤリと笑う少年がそこに居る。言わずと知れた、風間恭一郎だ。
「愛里ー!朝御飯が冷めるわよー!」
「は、はい!わかりました!」
 階下から聞こえた声に少女・・・中村愛里は写真立てを落としそうになり何度かお手玉をしたあげくそれをがっちりと握り返事をした。
 額の汗を拭い再び写真立てを布にくるんで机にしまい、愛里は傍らにかけてあった制服を手早く着込み始めた。
 ふとあたりを見渡す。
 およそ色気やかわいらしさとは縁がない六畳の和室がそこにあった。以前ここに足を踏み入れた友人に『明治時代の書生さん?』と称された部屋だ。
 警察官の両親に育てられた愛里は男の子を望んでいた両親の偏った教育の成果により極めて男らしい少女に育ってしまった。
 現在では流石に反省したらしい両親から女の子らしい言動の解禁を受けているが、今更どうやって可愛くなれるというのだろうか。
 ため息を一つついて愛里は部屋を出た。
 恋する乙女の前途は、遙か長くて険しいようだ。

『おはようございます母さま・・・   中村愛里』


 龍実町も10月に入り北風が身にしみるようになってきた。特に午後も三時を過ぎると日の陰りと共に一分ごとに寒さが増すような気がする。
「ぅぅ寒っ・・・!」
 女子フラフープ部への助っ人参加を終えた美樹は寒気に首をすくめながら剣術部練習場の扉を開け放った。
「よう皆の衆!今日もいい感じにだれてる!?」
 靴を脱ぎ捨てて板張りの練習場に入ると、室内唯一の暖房である石油ストーブの横で茶を飲む三人集が『ん?』という顔で振り向いた。
「美樹さんお疲れさま。紅茶と緑茶どっちがいい?」
「あ、あたしお茶で」
 ニッパリと笑いながら答えて美樹は恭一郎の隣へ横座りに座った。
「しっかしあんたら練習してないわね〜」
「失礼な奴だな・・・おまえがよーわからん部活に行ってる間に素振りから乱取りまできっちりやってんだよ。寒いから早めに切り上げただけで」
 言って恭一郎は湯飲みを傾ける。葵が家からわざわざ持ってきている、京都は宇治の玉露がさわやかな苦みを下に与えて喉を通る。
 あえて断言しよう。お茶は京都だ。
「まさに至福ですね・・・学校でもこのような美味しいお茶が飲めるとは・・・感謝します北の方」
 何か遠くを見つめるようなエレンに苦笑しながら葵はストーブの上で適度に暖まっていたヤカンから急須へとお湯を注ぐ。
「しかしアレよね。どこの部活もそろそろ活気が出てきたわね・・・さんきゅ、葵ちゃん」
 湯飲みを受け取りながら呟く美樹に、恭一郎はコキンと首を傾げた。
「何がだ?予算編成まではまだ大分時間があるぞ」
「そーじゃなくて文化祭よ文化祭!えっと、大極祭だっけ・・・変な名前。何よ大極って」
「馬鹿者。大極とは陰陽の調和がとれた状態を指し・・・えっと、あれだ。ともかくこの六合学園のエンブレムの真ん中についてる黒と白の奴のことだ側室」
 呆れたようなエレンにどうでもいいような頷きを返し美樹は恭一郎に詰め寄った。
「ねねねね!うちはなにやんの?」
「あ?うちは運動系だぞ?文化祭は何もやんねーよ」
 盛り上がる美樹に対して恭一郎はいたって素っ気ない。
「そんなのつまんないじゃん〜!なんかやろうよ〜。ねぇ、葵ちゃん」
「うーん、そうだね。去年は見るだけだったし・・・なんかやろうか?恭ちゃん」
 ニコニコと微笑む葵の顔を見て恭一郎はポンッと膝を叩いた。
「よし、じゃあまた辻試合を」
「それは禁止!またみーさんに爆破されるわよ」
 葵が同意した途端前言を翻した恭一郎に美樹は冷たい眼でつっこみを入れる。
 その時だった。
 コンコン・・・
 練習場のドアが、ためらいがちにノックされた。
「はい?どうぞー」
 のんびりな葵の返事に少し安心したのか静かに練習場のドアが開く。
「・・・失礼します」
 律儀に頭を下げて入ってきたのはお下げ髪に大きめの眼鏡な、いかにも真面目!・・・といった印象の少女だった。図書委員などによく居るタイプである。
「あの・・・こちらは、剣術部ですよね?」
「おう、俺が代表の風間だ。なんかようか?」
 あぐらをかいたまま湯飲み片手に尋ねる恭一郎に少女はこっくりと頷く。
「あの、わたしは原田沙也花と申します。今日はお願いががございまして参りました」
 少女はゆっくりと恭一郎に歩み寄りすっと正座をし、深々と頭を下げた。
「どうか、この度の文化祭でわたしと共に演劇をやっていただきたいのです!」
 恭一郎は、カクンとのけぞった。
「あのな・・・どーも手品部事件以来誤解されがちなんだが・・・うちは剣術部だ!剣・術・部!剣で戦う部活であって断じて何でも屋じゃあない!」
「あやしいものね」
「主におまえのせいだぁああああああああああっっ!」
 美樹の突っ込みに猛り狂う恭一郎をなだめながら葵はのどかな笑みで少女・・・沙也花に視線を向けた。
「でも、何故うちに?演劇部は自前の劇があるから駄目としても他にもお芝居系の部活はいっぱいあるよ?」
「ええ・・・ですが、この劇はアクションシーンが多いので普通の演劇者ではちょっと・・・あの、決して伊達や酔狂で皆さんにお願いしているわけではないのです」
「ふむ。この劇と言うが・・・何の劇をやるつもりなのだ?」
 腕組みしたエレンに頷いて沙也花は背負っていたリュックから一冊の古びた本を取りだした。ずいぶんと傷んではいるがどうやら脚本のようだ。
「これは、10年ほど前にこの六合の演劇部に居た部員が書き上げたもので・・・一度も上演されぬまま行方がわからなくなっていたものです。近所の古本屋に埋もれていたのを発掘してきました」
「どれどれ?」
 美樹はその脚本を受け取りぺらぺらとめくり始めた。
「えっと、『Phantom』・・・ってこれがタイトルね。優秀な騎士と悪徳の王、見かねて諫言した騎士は王の不興をかい拷問の末投獄、現れた死神の力を借り僅かな間だけ亡霊として復活する力を得て王への復讐を誓う・・・か」
 斜め読みする美樹に葵はふと首を傾げた。
「ひょっとして・・・王の護衛である女騎士と戦いのなかで恋に落ちたPhantomは死神の告げる期限の最後の日、つまり舞踏会の夜に女騎士と別れのダンスを踊り一人王と対決する・・・っていう話?」
「あれ?葵ちゃんこの劇知ってるの?」
 キョトンとした美樹にめずらしく真剣な顔で葵は頷き沙也花に向き直る。
「原田さん。この脚本、伝説の劇ですね?」
「・・・ご存じの方が居るとは思いませんでした・・・はい。そうです」
 こちらも真剣な顔で頷き返し沙也花は遠い目をする。
「わたしは演劇部員ではありませんが、お芝居を心から愛しています。それゆえに、偶然見つけたこの劇を、是非とも上演して上げたいのです!」
「そうなんだ・・・うん、そうだね。悲しい伝説は、癒してあげないといけないよね」
 微笑みあう2人に恭一郎達は冷ややかな視線を向ける。
「全然話が見えんぞ。なんなんだその伝説の劇ってのは」
「二人だけで盛り上がっちゃってつまんない〜」
 唇をとがらせる美樹に苦笑して葵は小さく頷いた。
「その昔、演劇部に一人の女の子が居たの。学生ながらも素晴らしい脚本を書くその子は何本もの傑作を演劇部にもたらしたの。でも、その人が三年生の時・・・自ら最高傑作だと言い残した一本の脚本を残して事故で亡くなられてしまったんだって。そして、残された脚本は女の子の才能に嫉妬していた部長の手で縁起が悪いとしてどこかへ封印されたって話なの。その後は、なにかたたりがあったとかなかったとかそういう話になっちゃってよくしらないけど」
「た、祟り!?」
 のけぞった美樹の後頭部を張り飛ばして恭一郎は唸る。
「ふむ。伝説の劇なぁ・・・見たところたしかに斬り合うシーンが多いし俺達向きではあるけどなぁ。俺達は四人しかいねぇぞ?あんた含めても五人だ」
「すいません・・・わたしは演出の方に専念させて下さいませんか?」
「それじゃあ四人だね。この劇って何人居れば出来るのかな」
 首を傾げる葵に答えてエレンがペラペラと脚本をめくる。
「ええと、主人公Phantom・ヒロインの女騎士・王・王妃・死神で最低五人ですね。他にもエキストラが大量に必要ですが・・・」
「頭数でも一人足りねぇうえに男は俺だけだぞ?王と死神はどーすんだよ」
「既に主役は自分にきまってるわけね・・・」
 復活した美樹のつっこみを涼しい顔で受け流して恭一郎はお茶をすする。
「背の高いお二方に男装していただければ王と死神は大丈夫だと思いますよ」
 沙也花の言葉に美樹はキランッ!と瞳を輝かせた。
「葵ちゃんはいかにも王妃・・・っつーかお姫様だから、後は女騎士だけね。それならやれそうな人が居るじゃない!」
「あん?・・・ああ、あいつか。ワンパターンじゃねぇか?第一今回は脅すネタがねぇぞ」
 片眉を上げて尋ねる恭一郎に美樹はパンッと二の腕を叩いてみせる。
「そこはそれ!この美樹ちゃんにお任せってね!やろうよ恭一郎!おもしろそうじゃないこれ。葵ちゃんも乗り気なみたいだし」
 しばらく悩んだ末に恭一郎は大きく頷いた。
「わかった。やるか!俺の華麗な剣さばきを学園中に見せつけてやろう!」
「・・・結局、こういうの好きなのよねこいつは。ま、いいや。じゃ、葵ちゃん達はその本コピっといて。人数分ね。あたし達はいつもの人を呼んでくるから」


「おっと、ここを通すわけにはいかねぇな」
 練習場への道を歩いていたいつもの人・・・つまり愛里は道をふさぐように現れた見知らぬ少年達に軽く眉をひそめた。
「・・・なんだ?お前達は」
「へっへっへ・・・槍道部、高岡健三郎!」
「俺は連接棍同好会今岡長治!」
 がたいが良くがらの悪い二人はバッと音を立ててそれぞれの獲物を構える。
 練習用に刃を外してある木槍と三節棍を見て愛里は深くため息をついた。
「・・・で、何がしたいのだおまえ達は」
 呆れたような声に男達は卑屈な笑みを浮かべた。
「剣道部の副部長を倒したとあればマイナー系の俺達の名も上がる!」
「辻試合に負けてばかりのあんたなら楽勝だぜ」
 じりじりと間合いを詰めてくる二人に愛里は大きなため息をつく。
「まったく、最近この手の輩が増えて困る・・・」
 呟いて愛里は背負っていた竹刀袋の紐を静かにほどいた。
「へへっ、せめて顔は勘弁してやるよ。そんな性格で顔まで悪かったら女として悲惨だもんなぁ」
「ぐっ・・・悪かったな!男女でっ!」
 青筋を立てて叫んだ愛里に向けてシュバッと不意打ちに槍が繰り出された。
「貰ったぁっ!」
 鳩尾直撃を確信して叫んだ高岡の手に激痛が走る。
「な!?」
 歩くでも跳ぶでもなく、ただするりと突きをかわした愛里が放った一撃に思わず取り落としてしまった木槍を呆然と見つめる高岡に代わって、今度は今岡がヌンチャクを振りかざす。
 が。
「遅い」
 ほとんど足を動かさず滑るように肉薄した愛里に竹刀を突きつけられて今岡はぽかんと口を開けた。
「な・・・なんだ今の・・・」
「縮地・・・要するにただのすり足だ。剣道とは、剣を使う術を体系的かつ効率的にまとめたもの・・・従ってその基本技は全てを征する」
 愛里は言いながら少し下がり、美しい剣閃で床に落ちていた木槍を打ち砕いた。そのまま振り上げた竹刀で今岡のヌンチャクも弾き飛ばす。
「使う得物こそ違うが見たところおまえ達にはそれがない。見た目やおもしろさにかまけて基本が出来ていない奴など敵ではないな。相手の実力も読めぬ愚か者め・・・そんなことだからマイナー部はマイナーなままなのだ」
 言いたい放題言われて男二人の顔が屈辱に歪んだ。
「く、くそ。こんなに強いとは・・・」
「私は確かに強いがそれ以前におまえ達が弱いのだ・・・それと、私が風間恭一郎に負けっぱなしなのは彼が鬼のように強いからな事も忘れるな」
 愛里はそれだけ言い残して木刀を袋に納めた。
「まあ、もう少し修練を積んでから夢を見ることだ」
 ぱちぱちぱち・・・
 言い残して立ち去ろうとした愛里は、不意に聞こえた拍手に足を止めた。
「すっごーい、愛里さん本当に強かったんだね」
「そだな。わりと地味だが・・・」
 失礼なことを言いながら現れたのは美樹と恭一郎であった。
「ほれ、そこの雑魚二人!さっさと失せねぇと今度は俺にボコられるぞ」
 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる恭一郎に雑魚達は一目散に逃走する。
「か、風間っ・・・な、何をしに来た!?」
 不意に高鳴った胸はびっくりしたせいだと自分に言い聞かせながら愛里は後ずさる。
「はっはっは、俺とおまえの仲だ・・・言わずともわかるだろ?」
「ぬばっ・・・馬鹿者!ななななにをいきなり言い出すのだ!べ、別にわ、私とおまえは何の関係も・・・その、無いとは言い切らないが有るともその、まだはっきりとはだな・・・あれだ、ごにょごにょごにょ・・・」
 最後の方はわけのわからない呟きになってしまった愛里の言葉に首を傾げながら恭一郎は口を開いた。
「よーわからんが・・・大極祭で劇をやる。面子が足りねぇからおまえ、出ろ」
 恭一郎の言葉に愛里は未来予想図を描くのを中止して眉をひそめた。
「何故剣術部が劇をやるのかがそもそもわからんが、なんで私に話を持ってくるかが更にわからん。言っとくが部長に掛け合っても無駄だぞ。今度は個人的な問題だからな。賭け試合もやらん」
「むう、だから無理だっていっただろうが美樹」
「ま、いーからいーから・・・愛里さん、ちょっとこっち」
 美樹は素早く愛里の手を取り道のはじっこの方に移動した。
「なんのつもりだ?」
「しっ!小声でね・・・あのさ、愛里さん。映画、好き?」
 囁く美樹に眉をひそめながら愛里は頷いた。
「それは、嫌いではないが・・・それがどうした?」
「今話題の某ラブロマンスの只券を母さんが貰ってきてさぁ」
「・・・映画のチケット一枚で動くとでも?」
 半眼になった愛里に美樹はちっちっちと指を振って見せた。
「二枚持ってるんだなーこれが。でね、ラブロマンスを一人で見に行くつもりがないから恭一郎を誘うつもりなのよ」
「なんだと!・・・ごもごも・・・」
 叫びだした愛里の口を慌てて塞いで美樹は言葉を続ける。
「まあ聞きなさいって。それでなんだけど・・・『もしも』当日に急病になったりしたら、誰かに代役を頼まなくちゃ行けないよね?誘っといて行けなくなりましたじゃ失礼だもんね?『誰か』に私の代わりで恭一郎と映画を見てきて貰わなくちゃ行けないわよねぇ?」
 越後屋の顔でニヤリと微笑んだ美樹に愛里はきゅぴーんと瞳を輝かせた。
「・・・そうだな。『偶然』行けなくなったんなら誰か代わりに行かねばならんな」
「そうよねー。『たまたま』龍実駅前に買い物に来ていた人・・・とかねぇ?」
 美樹と愛里はそのまま無言で握手を交わした。
 オーラをみなぎらせて戻ってきた愛里に恭一郎はわからないながらも少し後ずさった。
「風間恭一郎・・・義を見て助けざるは勇なきなりという・・・おまえ達が助けを必要としているというのならこの私が助けよう!まかせるがよい!」


『そ、そうか・・・よくわからんが助かる・・・陰謀の香りがするが・・・ 風間恭一郎』


「えっと、それではキャストを発表します」
 愛里を連れて練習場へ戻ってきた恭一郎達を前に沙也花は葵と協議した結果を読み上げた。
「Phantom役、風間恭一郎さん。女騎士アレクサンドラ役、中村愛里さん。暴虐王ロムスカ役、エレン・ミラ・マクライトさん。王妃ルシータ役、神楽坂葵さん。最後に死神が天野美樹さんということになります」
「ちょ、ちょっとまったぁっ!なんでエレンが王様なわけ?あたしも王様がいい!」
「・・・暴虐王だぞ?」
 恭一郎の呟きに構わず叫びたてる美樹にやれやれと行った様子でエレンが肩をすくめる。
「王にも剣劇シーンがあるのだ。恭一郎様と斬り合うだけの技量があるのか側室?」
「むぅ、ないけどさー」
 まだぶつぶつ言っている美樹をよそに葵はぱんっと手を打った。
「じゃあ決まりだね!大極祭まであと一ヶ月、頑張ろう!」
「・・・さっきはノリで手伝うと行ってしまったが・・・一ヶ月も練習をサボるのか」
 不安そうな愛里の頭を恭一郎はポンッと叩いた。
「大丈夫。俺から貴に言っといてやるよ。剣術部で研修とか何とか、まあ名目は適当にな。腕の方は俺やエレンと乱取りが出来るぶんいい経験だと思えよ」
「うむ・・・まあ、そうかもしれん」
「納得したところで今日は取り敢えず脚本でも読み合わせとくか。コピーは終わってんのか?」
「はい。そこのコンビニで」
 頷いて沙也花は台本を各自に配る。
「ふむ、どれどれ・・・」
 台本を受け取った愛里は案外楽しそうにそれに目を通し・・・
「なんだこりゃぁああああああ!」
 即座に絶叫した。
「わ、すごい肺活量」
「おい風間恭一郎!」
 愛里は口元を引きつらせながら呟く。
「どうした?なんか顔が怒ってるみたいになっているぞ」
「・・・確か、剣劇だと聞いたと思うのだが」
 真っ赤な顔の愛里に恭一郎は大きく頷いてみせる。
「ああ、おまえと俺は特に多い。アドリブでもらなんとか出来るかもしんねぇけどきっちり手順も覚えとけよ」
「あ、ちゃんと殺陣のシナリオも書いときましたから」
 沙也花の言葉に愛里はブンブンと首を振った。
「それはいい・・・それはいいんだが・・・」
 ぷるぷると震える拳をぐっと握りしめる。
「なんなのだこれはっ!私とおおおおおおおまえが、そのこっここ恋に落ちる配役だぞこれはっ!」
「言ってなかったか?」
 事も無げに言う恭一郎の襟首を掴み愛里は勢い良く恭一郎を振り回した。
「言ってない!しかも騎士の家に生まれて男として育てられただと!?私への当てつけか!?」
「他意はねぇよ。俺のダチん中じゃおまえが一番剣が上手い女だから頼んだだけだ」
 恭一郎は何を怒っているのかといった表情で愛里の手をするりと引き離した。
「ほれほれ、そー怒ってないでさっさと始めんぞ」
「く・・・」
 真っ赤な顔で座り直した愛里を見て美樹は一人肩をすくめる。
 
『あれはね、怒ってるんじゃなくて照れてるのよ・・・  天野美樹』


 そして一週間ほど過ぎ。
「じゃあん!衣装だよ!」
 練習場せましと並べられたきらびやかな衣装を指し示して葵はにっこり微笑んだ。
「お、すげぇな。今度も手作りか?」
「今度も?」
 美樹の疑問に恭一郎は大きく頷く。
「ほれ、手品部のヘルプをしたときの衣装があっただろ?あれは葵の手作りだったんだ」
「・・・あのバニーの衣装か」
 嫌な記憶が甦った愛里が呻くのを眺めて恭一郎は肩をすくめた。
「いい出来だっただろ?・・・ところで俺の衣装はどれだ?」
「恭ちゃんのはね、特に自信作!これだよ!」
 言って葵が差しだしたのは黒い鎧に黒いマントに黒い仮面という黒ずくめセットであった。
「いい出来っていうか・・・鎧なんてどうやって作るわけ?」
 美樹は半眼になって足下に置いてあった銀の鎧をつつく。十字架が描かれたそれは愛里・・・女騎士用の衣装らしい。
「これはね、プラスチックの一体成形なの。まずは体格を計測して型を作ってね、そのデータを元に・・・」
「あー、いや。あんま専門的な事言われてもわかんないからその辺でいいです」
 美樹の言葉に、葵は残念そうにうなだれた。
「ふむ・・・」
 愛里は自分用の鎧を持ち上げた。流石にプラスチックだけあって見た目よりずっと軽い。きちんとメッキもしてあって本格的だ。
「悪くないな」
 ちょっと嬉しそうに呟く愛里に葵は更に笑みを深くして声をかけた。
「中村さん!中村さんの衣装、もう一つあるんだよ!クライマックスシーン用のやつなんだけどちょっと着てみてくれない?」
「む?どれだ?」
 上機嫌のまま振り向いた愛里はそのままの姿勢で硬直した。
「これが一番大変だったんだぁ。綾野さんに手伝って貰ったんだけどね」
 嬉しそうに語る葵の声が遠い。
「・・・どれす?」
 愛里は真っ白な思考の中でぽつりと呟く。
 それは、きらびやかな・・・そして純白の、裾が大きく広がったあまりにお姫様なドレスであった。
「うわぁ、可愛い!」
 美樹は歓声を上げてドレスのあちこちに触る。しっかりとした縫製のそれは、とても学生演劇の衣装とは思えない見事な出来映えだ。
「最終幕直前の舞踏会のシーンからはこれに着替えるんだよ」
「わ、わたっ、私はスカートもはいたこと無いんだぞ!?こんなもの着れるか!」
 叫ぶ愛里に美樹は『にたぁっ』と人の悪い笑みを浮かべる。
「じゃ、愛里さん初体験だ!恭一郎!カメラ用意しといて!沙也花ちゃん、お赤飯ッ!エレン、手伝ってちょうだい!」
「承知」
「ぬわっ!?なんだ?放せ!お、おい・・・!」
 更衣室へ引きずられていく愛里を見送って恭一郎は呆然とした。
「なんか、今回は美樹がやけにもりあがってんなぁ」
「うん。ノリノリだね・・・よいしょ」
 恭一郎は三脚を組み立てる葵を呆れたように見守る。
「あの、私・・・お赤飯を炊いた方がいいんですか?」
「・・・真面目に反応しない方がいいぞ。精神衛生上・・・」
 言っているうちに、更衣室のドアがゆっくりと開いた。
「・・・・・・」
 何故か青い顔で美樹が出てくる。
「・・・まさかこれほどとは」
 同じような表情でエレンもまたふらふらと更衣室から出てきた。
「なんだ?そんなに笑えるのか?」
「・・・いや、なんつーか・・・見てみ」
 美樹は言葉少なに更衣室を指差す。
「?」
 恭一郎は首を傾げて立ち上がり更衣室のドアをくぐった。
「どうした中村。別にドレスなんか似合わなくても気にするこたあねぇだろうが」
 言いながらあたりを見渡す。目に入ったのは簡易なロッカーと姿見の鏡、扇風機、ベンチ、壁に貼られた『節約』の標語、清楚なお嬢様、バット、各種ボール・・・
「何ぃ!?」
 思わず視線を素通りさせてから恭一郎は絶叫した。
「ば、馬鹿者っ!いくら似合わないからってそこまで叫ぶこともないだろうが!あの二人共々失礼な奴め!私とて恥ずかしいのだぞ!」
 ドレスのまま涙ぐんで愛里は叫び返す。
 いつもはポニーテールにしている髪の毛を降ろし、簡単にだが化粧まで施された愛里はいつもの男っぽさが抜けて・・・
「馬鹿はおまえだっ!似合ってんだよ!それも洒落んなんねぇ位どっぱまりだっ!びっくりしただろうがっ!」
 文字通り、お姫様の雰囲気を漂わせているのであった。
「なななななにを言うか!そ、そんなはずがないだろう・・・私が・・・」
「なら自分で見ろ!」 
 半ば逆切れのように意味もなく叫びながら恭一郎は愛里の手を取り鏡の前に導いた。
「ば、馬鹿者!手を握る・・・な・・・」
 抗議の声が途中で途切れる。
「な?すげぇ似合ってるだろ?」
「でしょ?自分たちで着替えさせといてなんだけど似合い過ぎよね・・・」
 恭一郎の言葉に戻ってきた美樹が頷く。
「わ、愛里さんエレガント」
 葵は嬉しそうにパンと手を打ち今だ呆然としている愛里の手を取って練習場に連れ出した。
「はい、ちーず」
 そのままシャッターを切る葵を眺めて美樹は怪しく微笑んだ。

『ふっふっふ・・・この写真を剣道部の愛里さんファンに売れば・・・ 天野美樹』
『!?・・・天野屋、お主も悪よのぉ  風間恭一郎』


「ところで愛里さん」
 それから更に数日たった頃、練習のために借り切った第二講堂のステージ脇で休憩中の愛里に葵はふと話しかけた。
「ん?なにか?」
「あのね、愛里さんの身の回りで何か妙なことは起きてないかなぁ」
 突然な問いに愛里はキョトンとした顔で首を傾げる。
「妙なことと言われてもな。今の状況その物が私には十分妙だ・・・」
「そうじゃなくてね。みーさんが・・・あ、私のお友達の風紀委員さんなんだけどね、そのみーさんから愛里さんに注意してあげてって電話があったの」
「注意してってな何だよ葵。もっと具体的になんか言ってなかったのかあの神出鬼没野郎は」
 いつの間にか近づいてきていた恭一郎の問いに葵は静かに首を振る。
「うーん、まだよくわからないんだって」
「気遣いは嬉しいが、役職上恨みは買いやすい。ほら、少し前のあの二人組のようにな」
 愛里は事も無げに言って笑う。
「あれは弱かったな。槍道部なんつったら結構でけぇ部なんだけどなぁ。うちと比べりゃ」
「・・・それは、貴様等が小さすぎなのだが・・・」
 半眼で呟いた瞬間、
「!」
 恭一郎は不意に眼光を鋭くして愛里を突き飛ばすように押し倒した。
「ぱぶはっ!?」
 ドスンッ!!
 動転して意味不明の声をあげた愛里の耳に何か重たい音が届く。
「・・・間一髪だ」
 恭一郎は倒れた愛里にまたがるようにして半身を起こした。その視線の先で、天井から落下してきた照明が火花を上げている。
 それも、さっきまで愛里が居たあたりで、だ。
「だ、大丈夫?恭ちゃん!愛里さん!」
 慌てて駆け寄る葵に頷き恭一郎は天井を見上げた。
「人の気配はねぇな・・・ただの事故か、それとももう逃げた後か・・・」
 呟いたところで、講堂のドアがバンッと開いた。
「恭一郎っ!大変っ・・・ってうおぉおっ!?」
 飛び込んできた美樹が愛里の上に馬乗りになっている恭一郎を見て絶句する。
「なにをやっとるかこのセクハラ男ぉぉぉぉっっ!」
 美樹はそのままステージの上に駆け登り恭一郎の首を後ろから勢い良く回し蹴りで張り飛ばした。
 新日のマットを見ているような美しい延髄斬りである。
「だっしゃぁっ!」
 為す術もなく吹き飛んだ恭一郎を見ながら美樹は鋭く拳を突き上げた。
「闘魂してんじゃねぇ馬鹿野郎!状況を見ろ状況を!」
 首を押さえて立ち上がった恭一郎に叫ばれてようやく美樹はあたりを見回した。
 唖然としている葵、呆然と倒れたままの愛里、床にめり込んでいるライト。
「・・・駄目じゃない恭一郎。ライト置きっぱなしよ?」
「んなわけねぇだろ!落ちてきたんだよ!それが!上から!」
 美樹はしばらくのあいだ天井で切れているコードと床のライトを眺めてから小さく舌を出した。
「美樹ってば、はやとちりさん☆てへ」
「・・・っく!」
 反射的に木刀を探した恭一郎を慌てて葵が押しとどめる。
「わわわわわ・・・そ、それより美樹さん!なにかあったの?慌ててたけど・・・」
「そうなのよ!これを見て更に大事件だと判明したわ!」
 美樹はブンブンと頷き取り敢えず今だ床に倒れたままの愛里を助け起こした。
「取り敢えずみんな練習場まで来て!」


「あ、みなさん・・・」
 わからないながらも剣術部練習場までやってきた一行を出迎えたのは青い顔をした沙也花だった。
「第4幕の小道具を忘れてきたのに気付いて沙也花ちゃんとエレンを連れてこっちに戻ってきたのよ。そしたら・・・」
 言って中を手で指し示す美樹にうながされ恭一郎達は練習場の中を覗き込んだ。
「な・・・」
 そして一様に絶句する。
 そこに吊してあった衣装の数々が、原形もとどめぬほどビリビリに破かれていたのだ。もはや布の切れ端と化したそれらを黙々とエレンが拾い集めている。
「・・・被害は?」
 恭一郎の言葉にエレンは苦々しげに首を振った。
「ここに吊してあった者はほぼ全て・・・かさばるので奥においてあった鎧類を除いては、ほぼ全滅と言うことになります」
「大変だったのにぃ・・・」
 悲しげな葵の声に恭一郎はぎりっと奥歯を噛み締めた。
「・・・やはり、この劇は呪われているのでしょうか・・・」
 悲しげな沙也花の呟きに美樹はちょっと怯えた顔で頷く。
「切り裂かれた衣装に落ちてきたライト・・・ホラーかミステリーとしてはベタネタの展開よね・・・」
「どちらかと言えば、ミステリーだろうな」
 恭一郎は静かに呟いた。
「なんで?・・・まあ、現実にホラーが起きるって思ってるわけじゃないけど」
「いや、幽霊とかはいるぞ。だがこれは違うだろ・・・この切り口、カッターナイフだ」 恭一郎は切り裂かれた衣装の一つを手にとってしげしげと眺める。
「・・・おそらくは大型の、工作用カッターナイフだな。それと、あまり研がれていない」
「何でわかるのだ?風間」
 愛里の発した当然といえば当然の疑問に恭一郎はニヤリと笑う。
「自慢じゃないが俺は刃物には詳しいぞ。切り口を見れば大体わかる・・・幽霊は刃物を使ったりはしねぇだろ」
「じゃあ、誰がやったんだろ?」
 葵の呟きに愛里はさっと青ざめた。
「・・・私が、狙われてるのか?」
「え?あ!みーさんの言ってた注意って・・・」
 恭一郎はふむと頷き愛里の肩をポンッと叩いた。
「ま、取り敢えず気をつけておくに越したことはないだろうな。俺と一緒にいるときは俺が守ってやるが、一人の時は注意しろよ?」
「ば、ばばばば馬鹿者!だ、だれが貴様などに!」


『・・・ところで、何で幽霊が居るって断言してんの?恭一郎? 天野美樹』
『ああ、爺さんの家がな、寺なんだよ・・・          風間恭一郎』


 そして、あっという間に大極祭、当日。
「結局何もおきなかったねぇ」
 いつもの公園で葵は眠い目をこすりながらエレンに話しかけた。
「そうですね北の方・・・それよりも、大丈夫ですか?衣装の作り直しでほぼ連日徹夜だったと聞きますが」
「うん、でも手伝いの人がいっぱい来てくれたから何とか間に合ったよ」
 笑顔で答える葵の顔に、やはり拭いがたい疲労を見つけてエレンは少し顔を曇らせる。
「・・・大丈夫だよエレンさん。私の役はほとんど台詞もなく寝そべってるだけだしね」
「・・・ご無理は、なさらないようお願いします」
 何となく沈黙した二人の視界に、いつも通り騒がしい空気を引き連れて恭一郎と美樹が入ってきた。
「おっはー!葵ちゃん、エレン!ついに本番、テンションあげていこー!」
「おまえは上げすぎだ」
 無暗に元気な美樹に苦笑しながら二人は立ち上がった。疲れた顔を見せないように気を使いながら葵はにっこりと微笑む。
「じゃ、行こうか?」
「ああ、待て」
 恭一郎は歩き出した葵を制して鞄の中をあさった。
「これ飲んどけよ葵」
 言いながら小さな瓶を放って恭一郎はさっさと歩み去ってしまう
「・・・栄養ドリンク」
 葵はキョトンとした顔で受け取った瓶を眺める。
「あ、それ母さんが締め切り前によく飲んでる奴だ。眠気覚ましと疲労回復にガッツン効くらしいよ」

『・・・ありがと、恭ちゃん・・・   神楽坂葵』


「おーっ、なんかいっぱい集まってんぞ〜」
 舞台袖から客席をのぞき見て恭一郎は呟いた。
「そりゃそうでしょ。あたし達って良くも悪くも有名だし」
 同じく緞帳の隙間からのぞいていた美樹が苦笑しながら答える。
「殿、舞踏会シーン用エキストラの貴族的ダンス研究会及び宮廷シーンエキストラであるエレガント部員一同、集合して下さいました」
 控え室に続くドアを開けて呼びかけてきたエレンに頷いて恭一郎は美樹の方をぽんっと叩いた。
「ま、せいぜい楽しもうぜ。そろそろ俺達も着替えた方がいい」
「そだね・・・っていうか、あたしよりあんたの方が衣装着るの大変なんだからちょっとは慌てなさいよ。鎧なんてそう簡単に着たり脱いだり出来るもんじゃないでしょ?」
 控え室へ続く廊下を歩きなら恭一郎は軽く肩をすくめた。
「愛里の着るようなフルプレートならともかく俺のはハーフプレートで軽装だからな。大したことはねぇよ。第一幕用のは簡単に脱げるように細工されてるし。その分激しい動きは出来ないが・・・」
 美樹はふぅんと頷いて控え室のドアをノックした。
「誰か着替えてる〜?」
「大丈夫だよ美樹さん〜」
 葵ののんきな声が答えてからドアを開ける。
 今回はメインスタッフ5人中4人が女ということもあって控え室は女性用更衣室も兼ねている。恭一郎が着替えるときは、もう少しステージに近い更衣室を使うのだ。
「客はいっぱい入ってるぞ。楽しみだな」
「そ、そうか・・・いっぱいか」
 気合い十分の声の恭一郎に答える愛里の声が固い。
「なんだ?緊張してんのか中村」
「あ、あたりまえだっ!げげげ劇など生まれて初めてなのだぞ!しかもこんな役・・・」
 不安げな顔の愛里を葵がしきりになだめているがあまり効果はないようだ。
「おまえ、以外とプレッシャーに弱いんだなぁ。よく全国大会とか出れるなそれで」
「馬鹿者!剣道の試合ならこんなに緊張しない!・・・ううぅ」
 瞬間的に上がったテンションがまた下降していくのを見て美樹はぽんっと手を打った。
「そだ。愛里さんにビー・・・泡の出る麦茶でも飲ませてみよっか。舞台度胸つくかも」
「台詞も何もかも忘れる可能性があるからやめとけ」
 恭一郎が首を振る横で愛里はしきりに手のひらに書いた『人』を飲み込む。
「うーん、うちの面子には緊張って言葉がないから新鮮よね。こういう風景」
「一番緊張感がないのはおまえだがな。側室」
 それこそ緊張感のないやり取りを聞きながら恭一郎はニヤリと笑った。
「おい中村」
「・・・なんだ?」
 不安げな顔を上げた愛里は、いきなり視界にどアップで迫った木刀を反射的に白羽取りでがっちりと止めた。
「ちょ!何やってんのよ恭一郎!」
「・・・いつも通り、動けてるじゃねぇか」
 美樹の非難を涼しい顔で聞き流して恭一郎は微笑む。
「自分を見失うな。おまえは中村愛里だろ?これだけの事が出来るんだ、劇のまねごとぐらいわけねぇよ。大丈夫だ・・・俺が保証する」
 愛里はキョトンとした顔で恭一郎を眺めていたがやがて柔らかな笑みを浮かべた。
「・・・馬鹿者め、妙な理屈を。だが、ありがとう」
 恭一郎は頷いて木刀をおさめた。
「よし、そろそろ開幕だ。俺も着替えてくる。どうせ一回しかやらねぇんだ!思う存分暴れるぞ!」
 どう考えても劇の前とは思えない台詞を残して歩み去る恭一郎を眺めて美樹は葵の耳元に口を寄せた。
「ねぇ、さっきの愛里さんの笑顔・・・いい感じだったと思わない?これは本格的にライバル出現って感じよね!」


『・・・?    神楽坂葵』


『王よ・・・そのような無法がいつまでも通るものではありませぬ!』
 純銀の鎧をまとった恭一郎が大きな身振りできらびやかな衣装のエレンに訴える。
『騎士長!王に向かって何という暴言を!』
『自らの地位に思い上がってはおりませぬかな!』
 エレガント部員の扮する貴族達の声を無視して恭一郎はエレンに腰の剣を突きつける。
『私はあなたの騎士であると同時にこの国の騎士だ!これ以上静観は出来ぬ!』
『・・・貴様に何が出来る?王たる我に刃向かうだけの気概もなく今まで黙っていた貴様が今更吠えたところでもはや同調する者などおらぬ』
 エレンはゆっくりとマントを翻し冷たい声で告げると共に兵士達・・・主に野球部員だ・・・が一斉に恭一郎を床に押さえつける。
『くっ・・・放せ!罪もない民衆をこれ以上苦しめるわけにはいかぬのだ・・・!』
『苦しみは、貴様に与えよう・・・連れて行け。第三種牢獄の使用を許可する。死んだら城門にでも吊しておけ。よい飾りになることだろう』
『王よ!・・・いつか!いつの日かあなたに・・・いや、貴様に裁きが下る!私はここまででも誰かが必ず貴様の元に死神を連れて来るぞ!王よ!』
 恭一郎の絶叫と共に静かに幕が下りる。

「はい、お疲れさまです。続いて第二幕牢獄のシーン!風間さん着替えを手早くお願いします!野球部の皆さんはすいませんがセット交換の手伝いをお願いします!」
 豆灯だけの薄暗いステージで演出・監督の沙也花の指示が飛ぶ。
「・・・つーかよ、てめぇら本気で床に押しつけやがっただろ?無茶苦茶痛かったぞ」
 ぶちぶち言いながら立ち上がった恭一郎に野球部部長である武田はふふんと鼻で笑って見せた。
「知らないなぁ。少々演技に熱が入ったってだけだろ?なぁ三浦」
「ええ、誤解ですね」
「そこ!喋ってないで行動に移って下さい!」


『もう・・・何ヶ月が過ぎただろうか・・・』
 真っ暗なステージの上で倒れ伏す恭一郎にスポットライトが当たる。
『飲むものも食べるものもなく、暗闇の中に閉ざされ・・・このまま拷問で受けた傷が腐っていくのを待つのみか・・・』
 呟く恭一郎の側にふと黒い影が立った。
『そう、汝は既に死すべきが定め』
『誰だ?・・・何処にいる』
 恭一郎の声と共にパッともう一条スポットライトが当たった。ちなみに照明は慣れているからと言う理由でエレガント部員が担当している。
『ここだ。汝の、目の前に』
 黒い布を頭から被った美樹がくぐもった声を出した。
『・・・幻覚か?』
『否。我は死神・・・汝が魂を迎えに来しもの』
 恭一郎はがっくりとうなだれる。
『そうか・・・私は死ぬのか・・・あの邪王を誅することなく・・・無念だ・・・』
 美樹は黒い布を僅かに揺らした。
『ならば、その無念を糧に立ち上がるか?強き魂を持ちし者よ』
『・・・どう言うことだ?私を助けてくれるのか?死神が?』
 美樹はその台詞を聞くと共にまとっていた布を大きな身振りで投げ捨てた。中から現れたあちこちに切れ込みの入った水着同然の衣装に客席から歓声が巻き起こる。
 大鎌を担ぎ美樹は上機嫌で台詞を続けた。
『そう、我は死を司る者。此岸と彼岸を繋ぐ者。故に、彼岸に赴く者が多すぎる現状を好んではおらぬ。汝が望むならば、力を与えよう』
 恭一郎はゆっくりと起きあがった。
『私に、王を倒す力をくれるというのか!?』
『但し・・・三つの制約が汝を縛る。一つ、汝が甦ることが出来うる期間は九日のみ。二つ、汝が甦りうるのは夜の間のみ・・・』
 指を一本一本立てながら美樹は続ける。
『そして三つ・・・王を殺す、もしくは九日が過ぎ去った後汝の魂は滅びる。死は永劫の別れではないが滅びは消滅・・・二度と生まれ変わることも彼岸で安らぐこともない・・・それでもよいか?』
 恭一郎はしばし迷うように首を振っていたが、やがてバッと立ち上がった。
『構わない!民を救い、あの邪王に裁きを与えられるのならば・・・例えこの魂が滅びようとも構いはしないっ!』
『よかろう。選択はなされた!』
 美樹の言葉と共に照明が激しくフラッシュする。再び暗転し、スポットライトのみに照らされた舞台には誰もいない。
『・・・騎士よ。王を殺す為に甦りし汝を我はこう名付けよう・・・Phantomと』

 幕が下りたステージ袖で美樹はほっとため息をついた。
「いやあ、この衣装結構寒いわ・・・」
「当たり前だ。なんだよそれ。俺は聞いてねぇぞ」
 呆れたような恭一郎に美樹はにぃっと笑う。
「興奮した?破られた衣装を修復する過程でこうなったのよ」
「・・・ほれ、引っ込め。おまえの出番は7幕までねぇんだから」

 
 舞台は、思いの外順調に進んだ。

『貴様、何奴だ!』
 エレンを舞台の袖に押しやった愛里に黒い仮面の男・・・恭一郎が剣を構え直す。
『俺はPhantom・・・暴虐なる王に裁きを下す亡霊』
 数度打ち合ってから恭一郎はひらりと後方に飛び退く。
『待て!逃げるのか!』
『君と決着をつけることに意味はない。俺が欲するのは奴の命のみ』
 身を翻した恭一郎の姿が闇に紛れる・・・実際には黒い布を被って背景に溶け込んだだけなのだが。
『Phantom・・・奴は何者なのだ・・・』
 
 幕が降り、愛里は全身でため息をついた。
「つ、疲れる・・・」
「お疲れさま中村さん。つぎの第5幕は私とだね」
 ニコニコしながら現れた葵に頷いて愛里は背筋を伸ばす。
「うむ・・・よろしく頼む」

 晩餐会のシーンなので出番がない恭一郎は、控え室で鎧を外していた。
「・・・動き回ってると、やっぱ重いぞこれ・・・」
「そりゃそうでしょ。蒸れるし」
 苦笑しながらの言葉に、同じく出番がない美樹が答える。
「まあ、しばらくは出番もないしここは一つゆっくりとだな・・・」
 呟いて傍らのクーラーボックスから冷えたお茶を取りだした瞬間、
「大変っす!」
 高い声を響かせて小柄な影が控え室に飛び込んできた。
「あれ?由綺ちゃんじゃない。どしたの?」
 美樹の言葉に風紀委員、神戸由綺は荒い息を整える。
「ちゅーす!みなさん!いやそれが危険が危なくて大変なんすよ!」
「・・・さっぱりわからん」
 恭一郎は半眼で呟いてプルトップをカキンッと起こす。
「中村愛里さん先輩はどこっすか!?」
「愛里さんなら今舞台よ?そろそろ戻ってくるけどマントだけとっかえてまた舞台行き」 美樹の返事に神戸はばたばたと腕を振りまわした。
「中村さん先輩が狙われてるっす!みーさん先輩が調査してたんすけど今日裏付けがとれたっす!」
「・・・詳しく聞こうか」
 恭一郎は少し目を細める。
「あれっすよ。中村さん先輩がこの間叩きのめしたっていう三年生二人が子分と仲間連れてこの劇を襲うんす!嫌がらせに屈しなかったから直接攻撃って事らしいっす!」
「直接攻撃!?そんな、学校行事よ!」
 美樹の叫びに神戸は残念そうに首を振る。
「卵を投げるとかブレーカーを落とす、野次る・・・方法はいくらでもあるっす」
 恭一郎はバシッと手のひらに拳を打ち付けた。
「劇自体をめちゃくちゃにしちまえば観客は逃げるからな。後はただの喧嘩だ。お互いに武術系の部活の部員だったら辻試合扱いになる」  
 その時、沈黙が満ちた控え室の扉が、ゆっくりと開いた。
「今の話、本当か・・・?」
「愛里さん・・・」
 ドアノブを手のひらが白くなるほど握った愛里が、無表情に呟く。
「・・・残念ながら、間違いないっす。現に体育館脇の道でみーさん先輩が説得中っすから」
 愛里は無表情に頷き踵を返した。
「おい、どこ行くんだよ」
「・・・知れたこと。そいつらを追い返す」
 言葉短かに答える愛里の二の腕を恭一郎は素早く掴んだ。
「駄目だな。すぐに出番だろうがおまえは」
「私だって放り出していきたくはない!だが風紀委員だけにまかせるわけにはいかないだろうが!」
「おまえじゃ間に合わない。剣道は一対多の武術じゃねぇからな」
 恭一郎は愛里を自分の方に向かせてその顔を覗き込んだ。
「だから、俺が行く。俺の学んだ剣術は大勢を相手にするためのものだ。出番まであと10分くらい間があるしな」
「し、しかし・・・」
 躊躇う愛里の頭を恭一郎はぐりぐりと撫でた。
「・・・俺はな、中村。こういうときの為に剣を握ったんだ。俺と、俺の大事なもんを力ずくで汚そうとする奴から守るためにな・・・だから、行かせてくれねぇか?」
 そう言って笑う恭一郎に愛里は胸の中で跳ね回る想いを噛み締め。
 そして、大事なものという言葉が葵のことを指している事実に、ちくりと心が痛んだ。
「頼んでも、いいのか・・・?私が、おまえに・・・」
「おうよ。俺はダチの頼みは断らねぇ主義だ」
 言ってウィンクを一つ残し恭一郎は走り出した。
「神戸!案内しろ!」
「はいな!」
 あっという間に見えなくなった背中を見送って愛里はステージへと向かう。

 その胸の想いを、改めて抱きしめながら。

『あ!愛里さん!まだ衣装変えてないよ! 天野美樹』


「こっちっす!」
 神戸の先導でそこへ着いた恭一郎の目にうつったのは、手に手に武器を持ち集まっているがらの悪い男達と20人からの男にぼーっとした視線を向けているみーさんだった。
「だから、どけっつってんだろぅが!」
「・・・だめ」
 イライラした様子の男・・・槍道部の高岡が叫ぶのに平坦な声で答えたみーさんはふと振り返った。
「恭一郎」
 呟いてしゅたっと手を上げる。
「よぉ、手伝いに来たぜ」
 恭一郎は軽く手を上げ返してからぶんっと木刀を振った。
「ったく、頭の悪そうなのが良くも揃ったもんだな。お前らみたいな阿呆は六合では居場所がねぇからな。つるむしかねぇってわけだ」
 揶揄するような恭一郎の言葉に男達が色めき立つ。
 六合学園は、無茶をする生徒や喧嘩っ早い生徒はいくらでもいるがいわゆるヤンキーというのは少ない。一芸に秀でた生徒が集まった結果なのだが、この男達のような自堕落な不良にとってははなはだ居心地の悪い空間なのだ。
「うるせぇ!ちょっと強ぇえからって調子のんなよ!?こっちは何人居るとおもってんだ」「全部で21人すね。風紀委員調査によれば、学園内の自堕落生徒のほぼ半数っす」
 神戸ののんきな答えに男達は青筋を立てる。
「時間がねぇんだよ。おい、みー。こいつら全員ぶちのめすけどいいよな?これは『辻試合』であって喧嘩じゃねぇから」
 恭一郎にみーさんはぐっと親指を立てて見せた。
「おいおい、やる気か?余計な怪我をしたくなかったら・・・」
 高岡の声を恭一郎は投げやりに手を振って遮った。
「わかったわかった。いいからかかってこい」
「うん、かかってこい」
 恭一郎に引き続いてみーさんもそう言って、背中に背負っていたリュックから長短二本の棒がL字状に連結された武器・・・トンファーを二本取り出す。
「ん?今日は爆薬はつかわねぇのか?」
 それを見て片方の眉を上げた恭一郎にみーさんは神妙な顔で頷いた。
「恭一郎言った・・・爆破は控えめに」
「はは・・・ちゃんと学習してんだなぁおまえ」
 恭一郎は右手でみーさんの頭を撫でてからゆっくりと男達に向き直った。みーさんもトンファーをくるりと回し両手に構える。
「骨まで貰おうとはおもわねぇが、しばらく物が喰えると思うなよ?」
 呟く恭一郎の目の中に静かに燃える怒気をみつけて男達は反射的に後ずさった。

『葵の作った服を破いた時点でてめぇらは死刑だ!  風間恭一郎』
『うん。しけい。                御伽凪観衣奈』

「風間さんはどうしたの?もう出番なのに・・・!」
 舞台袖で台本を握りしめる沙也花に美樹は引きつった笑顔を向けた。
「だ、大丈夫・・・ちょっと席を外してるだけだからすぐに帰ってくるよ・・・」
「すぐって・・・あと台詞3つで出番なんですよ!?」
 
『陛下!本当に心当たりはございませんか!?Phantomが誰なのか!』
『くどいぞ!王たる我を疑うのか!』
 舞台ではエレンが愛里を突き飛ばし歩み去ろうとするところであった。

「もう出番ですよ!?」
 沙也花の声に美樹はぐっと拳を握る。
(なにやってんのよ恭一郎!早く・・・早く!)

『よいか!Phantom等と名乗っていても所詮賊は賊だ!すぐに討ち取って見せよ!討ち取れぬと言うのならばそうそうにこの城を去るがよい!』
 エレンの台詞を最後に舞台に静寂が訪れる。ここで現れるはずの恭一郎が舞台袖にいないからである。
 長い沈黙に観客席がざわめき、沙也花も美樹もがっくりとうなだれた。

 だが!
『自らを守る騎士にすら信をおけぬ王か!笑わせる!』
 突如、講堂中に声が響きわたった。この手の突発演出に強いエレガント部員がさっと声の出所にスポットライトを当てる。
『Phantomはここに居るぞ!貴様に・・・死を与えるために!』
 講堂の入り口を大きく開け放ち、恭一郎は颯爽と現れた。疾風のごとく観客席の間を駆け抜けて恭一郎は舞台の上へと跳び上がる。
『こ、殺せ!』
 動揺しながらもなんとか台詞を言いきったエレンの声に答えて愛里はシャキンと剣を抜いた。
(・・・大丈夫か?)
(おうよ。軽くのしといたぞ)
 目で素早くやり取りをしてから恭一郎と愛里は激しい剣劇を始めた。


 ちなみに、
「ううぅうう・・・化け物だ・・・」
「なんでこうなんだよぉ・・・」
 うめき声を上げる21の屍を前に神戸は途方に暮れていた。
「ボクにこの場をどーしろってんすかねぇ・・・」


『くっ・・・』
 倒れた愛里に恭一郎は剣を突きつける。
『俺の勝ちだな・・・む!?』
 素早く振り返り、恭一郎は飛来した数本の矢を斬り落として見せた。何か細工があるのではなく、威力は緩めてあるが本物のボウガンでの狙撃だ。迫力満点である。
『貴様・・・アレクサンドラにも当たるところだったぞ!』
『当然だ!当てるつもりだったのだからな!役立たずめ!』
 一声叫んでエレンは舞台袖へ走り去る。
『王よ・・・』
 呆然と呟く愛里へ恭一郎は静かに首を振ってみせる。
『君は騎士には向いていないな・・・すくなくとも、あの王の騎士は務まらないようだ・・・俺と同じように』
『・・・だが、私は騎士の家に生まれ騎士となるべく育てられた・・・それ以外の道など知らぬ』
 愛里は座り込んだまま呟く。半ば演技、半ばは自分自身の言葉で。
『Phantomよ・・・どうしたらいいのだ?今更他の存在になどなれぬ。貴族の令嬢のように華麗にも村娘達のように快活にもなれぬよ・・・』
 その瞳から一粒だけ涙が流れた。
「それでも・・・それでもやっぱり、私は女なんだ・・・!」
 叫びながら愛里は恭一郎に抱きついた。その肩に顔を埋め嗚咽を漏らす。
『アレクサンドラ・・・』
 呟く恭一郎の顔からぱらりとマスクが落ちた。
『・・・!?守護騎士ラーヴィン・・・死んだ筈では・・・!?』
『・・・私は、ここにいる。今は、ここに・・・』
 恭一郎はマスクを拾いすっと立ち上がった。
『明日の夜・・・舞踏会に来てくれないか?』
『舞踏会に?』
 見上げる愛里にそっと微笑み、その顔を黒く無表情な仮面で覆い隠す。
『そう・・・ドレスを着て、剣を持たずに・・・』
『な!?そんな・・・本気で言っているのか!?』
 叫ぶ愛里に答えず恭一郎はマントをはためかせて舞台袖に走り去った。

「ふう、疲れた・・・」
 ステージを離れて恭一郎は一息ついた。
「遅いわよ恭一郎!むっちゃドキドキしたじゃない!」
「うん、どきどき」
 美樹の言葉にみーさんは無表情に頷いてみせる。
「ねぇ?もうちょっとはやく戻って・・・って何でいるのよみーさん!」
「あれ?みーさんだ」
 のけぞった美樹の脇から葵が顔を出す。出番待ちなのだ。
「葵・・・ドレス、かわいい」
 みーさんに抱きしめられてる葵に苦笑してから恭一郎はふと首を傾げた。
「それにしても中村の奴・・・無茶苦茶熱演だったな」
「・・・気合い入ってんでしょ多分。ほら、第7幕はあたしとあんたなんだからね!さっさとスタンバりなさい!」
 恭一郎の背中を押しながら美樹はふと思う。

『あれは多分・・・愛里さんの本心だよ恭一郎・・・  天野美樹』


 優雅なダンスの中一組だけ、たどたどしい足取りのカップルが居る。
『し、仕方ないだろう?踊ったことなどないのだ・・・』
 泣きそうな顔で呟く愛里に恭一郎は首を振る。
『踊りの上手下手などいいんだ・・・私は、君と踊れたというそれだけで・・・満足なのだから・・・』
『そ、そんな!ラーヴィン様ならばどのような女性でも喜んで踊りましょうに』
 いつしかそれなりのステップを踏むようになった愛里の言葉に恭一郎は力強い声で答える。
『だとしても、君が自分を卑下する理由にはならないだろう?君は魅力的だよ。君には君にしかない魅力と美しさがある。男のような言葉遣いも、剣の腕が立つことも全て君の魅力を損なうものではない。それも含めて君の魅力だよ・・・』
 恭一郎はそこまで台詞通りに言って、仮面の下で微笑んだ。
「本気で、そう思うぞ・・・自信を持て」
 アドリブに愛里の目が大きく見開かれる。
「・・・ありがとう」
 愛里は囁き返し、そっと恭一郎の胸に顔を埋めた。
 


 そして劇は大歓声の中終わり、恭一郎達は控え室で祝杯を挙げていた。
「いやはや、案外上手くいったな」
 さすがに校内で酒を飲むわけにも行かず缶のお茶を片手に恭一郎は笑う。
「お疲れさま恭ちゃん。最後の爆破シーン、痛くなかった?」
「おうよ。あの鎧、結構防御力高かったぞ。花火が多すぎたのは気になったが・・・」
「はっはっは、悪い悪い。アレやったのあたしだわ。派手な方がいいと思って」
 そう言って舌を出す美樹に恭一郎は半眼で縦チョップを放つ。
 その時。
「うふふふふ・・・」
 恭一郎の背後で不気味な笑い声がした。
「ぬわっ!?何だ!?」
 慌てて振り向いた視線の先に、小さなパラポラアンテナを片手にしゃがみ込んだ少女が居た。
「あれ、萌さん。どーしたの?」
 葵の声に答えて水無月萌は音もなく立ち上がる。
「電波が教えてくれたの・・・でも遅かったみたい。もう成仏しちゃったのね・・・」
「成仏?」
 愛里の問いに萌はふらふらと踊りながら答える。
「それと同時に、みんなを包んでいた残留電波も消えたみたい。もう何も残ってないのね・・・かくして伝説の劇は再び伝説の闇へ〜」
「は?」
 眉をひそめる恭一郎の袖をくいくいとみーさんが引っ張る。
「忘れてた。さっき捕まえた男達、衣装破りやった言ってたけど、ライト落とし、違う言ってた」
「へ?」
 美樹が引きつった声をあげる。
「あ、あれ?台本・・・!」
 それに被さるように葵が叫んだ。
「台本、真っ白だよ?」
「何?・・・本当だ・・・そんな馬鹿な・・・」
 騒然とする控え室に萌の不気味な笑みが響きわたる。
「うふふ〜、誰か足りないような気がしない〜?」
「え?・・・あ、沙也花ちゃんは!?」
 見渡しても、おさげに眼鏡の少女は何処にも居ない。
「ちなみに、伝説の劇を書いた人の名前って知ってる〜?」
 萌の声に恭一郎は静かに呟いた。
「・・・だれか、原田が何処のクラスだか覚えてる奴居るか?」
 沈黙が満ちる。
 そして。

『きゃぁあああああああああっっ! 美樹&愛里』